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地衡風、旋衡風、傾度風、温度風

(中に出てくる用語の説明はこれまでの「気象むらの方言」の記事にあるものが多い。ひとまず、本文から各記事へのリンクはつけていない。[このカテゴリーの記事一覧]を参照していただきたい。)

大気の大部分(地表面に近い「境界層」を除いた、「自由大気」と呼ばれることもある部分)では、摩擦力は無視できる。大規模な運動では、鉛直方向の力のつりあいは前に述べた静水圧平衡、つまり重力と鉛直方向の気圧傾度力のつりあいだ。水平方向には、主要な実際の力は気圧傾度力だけになる。

気圧傾度力だけが働けば、気圧の高いほうから低いほうに向かう加速度が生じ、たぶんその向きの空気の質量の移動が生じるだろう。その質量の移動は気圧傾度を打ち消すように働くので、この気圧傾度は長続きしないだろう。

ところが、地球は自転していて、われわれは地球とともに自転する座標系で見ているので、コリオリの力がある。気圧傾度力とコリオリの力がつりあって等速直線運動つまり一定の風向・風速の風がふいている状態が成り立ちうる。赤道付近を除く地球上の大気の時間スケール約1日以上(空間スケールは大ざっぱに約1千km以上)の運動の大部分が、このようなつりあいに近い状態にあるのだ。このつりあいを「地衡風平衡」という。(海洋物理あるいは大気・水圏をあわせた地球流体力学の立場では「地衡流平衡」という。)

「地衡風」ということばの語源は「地球の自転とつりあった状態で吹く風」だと思われる。何がつりあっているかというと、気圧傾度力がだ。

温帯の対流圏中層では、ふつう、赤道側のほうが極側よりも等圧面高度が高い。気圧傾度力は極へ向かう。コリオリの力がこれを打ち消すように赤道に向かうような風は、西風ということになる。

この概念の基本は「地衡風平衡」であって、地衡風という種類の風があるとは考えないほうがよい。しかし、中・高緯度では気圧の場が先に決まってそれに合わせて風が決まる傾向があるので、与えられた気圧場に対する地衡風の風向・風速はこれこれであるという言いかたもすることがある。

低緯度では、地衡風平衡があまりよい近似でないうえに、風が先に決まってそれに合わせて気圧の場が決まる傾向がある。それでも、赤道のごく近くを除いて、地衡風の関係は参考にはなる。

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実際の地球上での運動は無限の直線運動ではなく、むしろ渦だ。その理想的な形として、円運動を考えてみる。

まず地球の自転がきかない場合を考えてみる。気圧傾度力が向心力となれば等速円運動が可能だ。そのためには内側ほど気圧が低くなっている必要がある。回転方向は右まわり・左まわりどちらでもよい。このような定常状態を「旋衡風」という。現実の大気中でも、たつまきなどの空間・時間スケールの比較的小さい現象では旋衡風に近い状態が出現しやすい。

【[2012-06-14補足] 「旋衡風」も風の種類ではなく気圧の場と風の場との関係である。このページの初期の版では「旋衡風平衡」と書いた。円運動する空気の塊とともにまわる座標系で見ればその円運動の遠心力が加わって力のつりあいの形に書ける。しかし、ここでは地球に固定した座標系で見るので、空気の塊に働く合力はゼロではない。念のため、「平衡」という表現を避けることにした。そのほか関連する表現を修正した。】

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地球の自転がきく場合には、気圧傾度力とコリオリの力の合力が向心力となれば等速円運動が可能だ。この定常状態を「傾度風」という。

【[2012-06-14補足] これも「旋衡風」の場合と同じように、初期の版で使った「平衡」という表現を避けることにした。】

【「傾度風」という用語はわたしには納得がいかない。この「傾度」は気圧傾度をさすにちがいないのだが、それは地衡風にも旋衡風にも現われるのだ。気象学の文献で使われる用語なので紹介するが、自分ではなるべく使わないことにしている。】

内側ほど気圧が低い低気圧型の渦の場合は気圧傾度力が内向きでコリオリの力が外向きとなり、風は北半球では上から見て反時計まわり(南半球では時計まわり)となる。[人は地上から空を見上げるにもかかわらず、気象学で風がどちらまわりかは上から見た立場で述べる習慣がある。]

内側ほど気圧が高い高気圧型の渦の場合は気圧傾度力が外向きでコリオリの力が内向きとなり、風は北半球では上から見て時計まわり(南半球では反時計まわり)となる。

合力が内向きでなければならないので、高気圧と低気圧の状況は単純な裏返しにはならない。傾度風の関係に従う高気圧の気圧傾度と風速には上限があるが、低気圧はいくらでも強くなれる。

【[2012-06-14補足] 理屈の上では、低気圧で気圧傾度力もコリオリの力も内向きであるような円運動もありうるが、現実に起こる渦の近似としては考えなくてよいと思う。】

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地衡風に関連した用語として「温度風の関係」がある。地衡風平衡、静水圧平衡、大気の状態方程式を組み合わせると、東西風速の鉛直傾度温度の南北傾度に比例するという関係があるのだ。

これはもともと温度と風の関係であって、「温度風」という種類の風がふいているわけではない。(ただし、中高緯度で地衡風近似がよく成り立つことを前提として、二つの等圧面ではさまれた層の平均の温度をもとにして両等圧面の風速の差のベクトルを計算することがあり、そのベクトルが「温度風」と呼ばれることがあった。)