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macroscope

2013-12-19

地球温暖化の見通しは、確かであり、不確かである。

地球温暖化の話題に対して、その分野の科学的知見の状況を知っている者として、「地球温暖化の見通しは非常に確かなのだ」と言いたくなることもあるし、「地球温暖化の見通しは非常に不確かなのだ」と言いたくなることもある。それだけ切り離して示されると矛盾になるが、自分の考えは一貫しているつもりだ。科学的知見はひとつの文で書けるようなものではなく複雑な構造をもっている。それを木にたとえるとすれば、確かな「幹」と不確かな「枝葉」あるいは知識の欠けた「葉の間の空間」とがあるのだ。そのような構造が、専門外の人にうまく伝わっていないので、枝葉の部分の見通しを信頼しすぎる人や、たまたま枝葉の不確かさにぶつかって幹をも信頼しなくなる人が出てくるのだと思う。

わたしは2013年になってから、この主題で2回講演する機会があった。暫定的にウェブページ「気候の変化について、わかっていること、わからないこと」「地球温暖化について、確かなこと、不確かなこと」プレゼンテーションファイルの画像と質疑応答のメモは置いたが、講演内容を文章にしていなかった。もう少し勉強してから文章を書こうと思っていた。しかし、ネット上の議論にコメントしようとすると、短く述べるのがむずかしいことを別に書きためておく必要がある。ひとまず完成はめざさず、書き出しておこうと思う。

2013年5月の地球惑星連合大会の科学論のセッションに出て、科学哲学者の野内玲さんの発表(地球科学者の熊澤峰夫さんと共著)を聞いて、科学的知見が信頼できるかどうか評価するときに使われる「ロバストネス (robustness)」という概念があることを知った。この語が統計学用語として使われる場合(日本語では「頑健性」とされることもある)と意味の根は同じだが別概念だ。講演予稿であげられていたSolerほか(2012)の本も読もうと思っているが、今のところわずかに拾い読みしたところでその紹介はできない。野内さんの講演からわたしが理解した範囲では、「ロバストネス」は多義的だが、「複数(3つ以上)のデータや手続きが仮説を支持する。」「別の仮説やデータを導出(予言)できる。」などの意味を含む。

他方、IPCCでは、第3次報告書以来、「不確かさ」(uncertainty)の表現を整備している。最近発表された第5次報告書の第1部会の部(所在[別ブログ記事]参照)の場合は、技術的要約(TS)のBox TS.1に説明があり、日本語では、2013年9月27日の報道発表資料 http://www.jma.go.jp/jma/press/1309/27a/ipcc_ar5_wg1.pdf の「別紙3」の部分に紹介がある。IPCCは、「可能性」(英語ではlikelihoodだが統計学用語の「尤度」ではない)と「確信度」(英語ではconfidenceだが統計学用語の「信頼」ではない)を使いわけている。(IPCCの例ではないが、たとえば「8月に東京に雪が降る可能性が低い」ということについての専門家の確信度は高い。) この「可能性」はほぼ「確率」に対応する(ただし主観的確率であることが多い)。「確信度」は証拠が豊富なほど、また証拠どうしの示す答えが一致しているほど高く、この2つの軸の組み合わせによって構成される。わたしの理解では、この「確信度」と、上の科学哲学の議論でのロバストネスとは、同じとは言えないとしても重なりのある概念だ。【IPCCはわたしが「証拠どうしの示す答えが一致している」と表現したところで「robust」という用語を使っている。仮の日本語訳では「頑健な」となっていたり「強固な」となっていたりする。わたしのいう「ロバスト」の意味はこれと共通性はあるが同じではない。】

2007年のIPCC第4次報告書発表以来、地球温暖化は「気温がすでに上がっている」「その主な原因は人間活動によって排出された二酸化炭素である」ということだ、と言われることが多い。しかし、少なくとも1983年から地球温暖化を知っており、またWeartの『温暖化の発見』の本の翻訳にもかかわったわたしは次のように考え、多くの人がそのように理解してほしいと思っている。地球温暖化に関する科学的知見の本筋は、「二酸化炭素濃度がふえれば理論的に気温が上がるはずだ」「二酸化炭素がふえているという観測事実がある」「したがって気温が上がることが予想される」という、物理法則に基づく理論と「原因」の観測事実とに基づく将来の「結果」の見通しという構造のものなのだ。専門の科学者たちが地球温暖化の見通しを確信した(ロバストな知識だと思った)ので国連に働きかけて1988年のIPCC設立に至ったのだが、そのときはまだ温度が実際に上昇したことの確信は得られていなかった。「気温が上がっている」「その原因は何か」は、1988年ごろ以後発達してきた「気候変化の検出と原因特定」(detection and attribution of climate change, D&A)というわき筋なのだ。

科学は、観察から、観察された事実の構造の認識、そしてその因果関係を説明する理論の形成、その検証、と進むのが常道なのかもしれない。気候変化についての科学者の議論も、観測事実の記述をていねいにするところから出発して、その原因を考える、というものが多かった。気候の指標とその変化の原因かもしれないものとの観測事実を比較してその相関関係から因果関係を考える研究が多くおこなわれた。そのような研究も、気候に関する理解を深めるうえで必要だったのだ。しかし、その路線では、気候に影響を与えうるさまざまな原因候補のうちで何を選ぶかの決め手がない。なかなかロバストな答えに至らないのだ。

気候変化についてロバストな(IPCC流に言えば「確信度の高い」)知見をもたらすうえでもっとも重要な考えかたは、物理法則に基づく理論からもたらされたと言えると思う。物理法則をさらにしぼれば、エネルギー保存の法則だ。ただし、この考えの源流はエネルギー保存の法則が確立する前から始まっており、当時は「熱収支」にもとづいていた。今でも、大気・海洋のエネルギー収支のうちで運動エネルギーの寄与は小さいので(「運動の影響が小さい」という意味ではない)、「熱収支」と言ってもよい。

ローカルな気候について、大気・海・陸の小部分を開いた(物質やエネルギーの出入りしうる)系としてエネルギー保存の議論をすることは可能ではある。しかしそれは複雑で、エネルギー保存の各項を列挙すること以上に有用な理論にはなかなかならない。グローバルな気候についてだと、地球の外とのエネルギーのやりとりは放射(電磁波)だけにしぼれるし、もし全球合計値を問題にするならば水平のエネルギー移動の効果が消えるので、話が簡単になる。観測に基づく気候の研究ではローカルよりもグローバルのほうがむずかしいのだが、理論の場合はむしろグローバルのほうがとりつきやすいのだ。

実際の気候は空間についても一様でないし時間にともなう変化もある。しかし理論をたてる際にはそこを単純化した近似を考えることが多い。時間依存性の単純化としては、ひとまず定常状態どうしの比較を考える。たとえば、「大気中の二酸化炭素濃度が300 ppmから600 ppmに変化するならば全球平均地上気温はどうなるか」という問いを考える際に、「変化する」は時間とともにふえていくことを考えるのがすなおなのだが、そうするとどれだけの時間をかけて変化するのかに関していくらでも多様な場合が考えられる。理論的に考える際には、まず、「昔からずっと300 ppmだった世界」と「昔からずっと600 ppmだった世界」を考えてそのふたつの世界の長期平均気温どうしの差を「二酸化炭素倍増に対する定常応答」として扱い、これを基本として、濃度が時間とともに変化する場合には気温はどうなるかを「過渡応答」として扱ったほうがよいのだ。

空間次元についても単純化して考える。まず0次元の扱い(物理量を東西、南北、鉛直のいずれの空間分布も省略して1つの値で代表させる)が試みられたが、それでは定常応答の値は定まらなかった(問題設定をわずかに変えるだけで応答が非常に大きくも非常に小さくもなりえた)。鉛直1次元の扱いでは、Manabe and Wetherald (1967)によって、二酸化炭素倍増に対する定常応答として、成層圏の寒冷化、地上気温の温暖化が明確に得られ、それから10年くらいの間にさまざまな人によって細かい設定を違えても定性的特徴や数量の桁の意味で同じ結果が得られた(Ramanathan and Coakley 1978)。今に至っても、二酸化炭素の気候におよぼす影響について専門科学者の確信度が高いことのおもな根拠は、この鉛直1次元の理論的扱いにあると思う。

もちろん、現実の気候にあるプロセスのうち、鉛直1次元モデルでは表現しきれず観測事実に基づいておおざっぱに入れるしかないものもある。そのうちには、3次元モデルならば表現できるものもある。3次元モデルによって二酸化炭素倍増に対する定常応答を最初に示したのはManabe and Wetherald (1975)である(ただしこれは理想化された海陸分布によっており、現実的な海陸分布の結果が発表されたのは1980年ごろである)。この3次元モデルの結果を全球平均で見ると鉛直1次元モデルの結果と基本的に同じだったことが、この知見をロバストなものにしたのだ。

ただし、今でもかなりの定量的不確かさが残っており、IPCC第5次報告書では、二酸化炭素倍増に対する全球平均地上気温の定常応答は「1.5から4.5℃の範囲にはいる可能性が高い」という幅をもった形で示されている。そしてこの「可能性が高い」は(厳密な確率が定められるわけではないが)確率66%以上に相当するとされている。この不確かさはおもに、気温変化に対する雲のフィードバックと、エーロゾルの効果(雲を介した間接効果を含む)とに関する理解がまだロバストでないことから来ている。【しかし裏返せば、1.5℃よりも小さい可能性や4.5℃よりも大きい可能性は(ありえないわけではないが)低いとされていることにも注意したい。地球温暖化完全否定論や、温暖化で地球の生物圏が壊滅するといった極端な温暖化脅威論は、いま専門家がもっている科学的知見と両立困難である。】

現実の気候の変化と定常応答のいちばんの違いは、大気は海洋とエネルギーをやりとりしており、海洋は熱容量が大きいので、温度の変化に時間がかかることだ。もし海洋全体が一様にあたたまるとすれば時間スケールは千年程度になり、定常応答が大きいとしても当面の温度上昇は大きくないことになる。1980年代の間に「地上気温は海洋表層数百メートルの温度とともに上昇し温室効果気体濃度上昇に比べて数十年遅れる」という見通しの確信度がだんだん高まってきた。それを支えた知見の主役は、海洋の化学成分や同位体に関する観測・分析だと思うが、3次元大気海洋結合モデルによる過渡応答の数値実験(例、Spelman and Manabe 1984)も役割を果たしたと思う。

さて、IPCCが発足した1988年ごろから、3次元の大気海洋結合気候モデルに、今後1世紀のわりあい現実的な二酸化炭素濃度シナリオを与えた予測型シミュレーション (projection)が行なわれるようになった。そのモデルの検証を兼ねて、過去の気候変化の再現シミュレーションも行なわれている。さきほど述べた「検出と原因特定」の研究も、この再現シミュレーションができるようになって進んだのだ。

IPCCの第4次報告書でも第5次報告書でも、多数の予測型シミュレーションの結果をまとめた21世紀の全球平均地上気温のグラフが、要旨の主要な図に含まれている。第5次ではたとえば第1部会の「政策決定者向け要約」(日本語訳暫定版 http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar5/prov_ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf 日本語訳 http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf [2016-09-24 リンク修正])の図SPM.7(a)である。結果を見ると、いくらかは温暖化が進むという大きな傾向はロバストだと言える。ただし数量のばらつきは大きいが、そのうち気候モデル間のばらつき(気候に関する自然科学的知見の不確かさ)と、濃度シナリオ間のばらつき(おもに今後の政策の効果および社会科学的知見の不確かさ)とが同程度の大きさをしめる。(ただし近未来25年くらいまでに限れば濃度シナリオによる違いは小さい。) それに、それぞれのシミュレーション実行結果では数十年規模の気候システム内部変動が加わるのだが、IPCC報告書の要約の図では多数の数値モデルの多数の実行結果を平均しているので内部変動はほとんど打ち消されてなめらかに見える。

シナリオ作成過程について、いくつかの注意が必要だ。

  • 第5次報告書で採用された濃度シナリオの組RCPは、第4次報告書で採用されたSRESとは異なる。したがって、第5次と第4次のグラフを直接比べても意味がない。とくに21世紀末の温暖化の量の幅の下側の値が小さめになったおもな理由はRCPにはSRESよりも濃度が低くおさえられるシナリオが含まれているからである。
  • 気候変化の自然要因として火山噴火と太陽の変動があるが、将来これらはどうなるかわからないので、変動なし、または20世紀に経験した程度の変動があると仮定されている。もし20世紀に経験しなかったような大きな火山噴火あるいは大規模な太陽放射出力の低下があったら、人間活動起源の温暖化が打ち消される可能性はないとはいえない。しかしそれは明らかにあてにできることではない。

以下、予測型シミュレーションに基づく21世紀の気候変化の見通しの特徴を、ロバストと思われることと、よく期待されるが残念ながらロバストでないと思われることを中心に簡単に述べる。ただし、わたしはまだIPCC第5次報告書を確認しておらず、以下の記述は第4次報告書やその前後の個別研究論文を読んだ結果わたしが持っている主観的総合であることをおことわりしておく。

ローカルな気温変化の見通しはグローバルのものよりも確信度(ロバストネス)がだいぶ低い。世界のほぼどこについても今後1世紀の傾向は温暖化と予測するのが適当だが、はずれることもありうる。とくに南大洋は東西ひとまわり陸がないという境界条件のせいで風によって起こされる海洋循環が深層におよぶので、長期的傾向が温暖化であっても、当面数十年にわたって寒冷化する可能性がかなりある。

雪氷の変化は基本的には各地のローカルな気温変化に追随する(そしてそれを強める)。雪氷の存在域のうちでは温暖な日本などでは、雪が雨に変わる。しかし、とくに寒冷な北極海沿岸などでは、水蒸気の供給がふえるので雪がふえる。

海水準の変化。温暖化が続けば、海水の熱膨張と山岳氷河の融解によって海面が上昇することはロバストだと言えるだろう。これは気温・海面水温の上昇を時間について積分するような形でゆっくりと効いてくる。グリーンランド氷床も融解が進み海面上昇に寄与すると予想されるがどのくらい速く進むかの予想はロバストでない。南極氷床については、増減の符号さえロバストでない。

水循環の変化。温暖化すれば海から水が供給されて大気中に存在する水蒸気量がふえる。温度で決まる飽和水蒸気量の増加にほぼ比例して(つまり相対湿度をほぼ保って)ふえるだろうと予想される。全球平均の降水量・蒸発量(単位時間あたりの水の質量の移動量)もふえるが、蒸発が地表面のエネルギー収支に制約されるので、ふえかたは水蒸気量に比例よりは遅い。水蒸気の大気中平均滞在時間はのびる。他方、ローカル・短時間の降水は水蒸気量に比例してふえることができる。したがって、降水は空間的・時間的に集中する。「温暖化すると(世界全体としては)大雨もかんばつも起こりやすくなる」という直観的にわかりにくい見通しにはこのような根拠があるのだ。ただし残念ながら「どこで大雨、どこでかんばつがふえるか」の見通しはロバストでない。

世界の降水の、赤道付近と温帯で多く亜熱帯で少ないという帯状構造は変わらず、そして強化される。つまり降水が赤道付近と温帯でふえ、亜熱帯では減る傾向がある(Emori and Brown 2005)。ところが、同じ緯度の東西方向でどこで降水がふえどこに降水が減るかはロバストでない。その一例だが、熱帯太平洋のENSO (エルニーニョ・南方振動)がエルニーニョ型とラニーニャ型のどちらに傾くかもロバストでない。亜熱帯高気圧が夏に覆う地中海沿岸で降水が減ることはロバストであるらしい。しかし東アジア・西太平洋を含むモンスーン地域のうちどこで降水がふえどこで減るかの見通しはロバストでない。

文献 (科学哲学関係)

  • 野内 玲, 熊澤 峰夫 (2013): 科学の動態のモデル: 科学のロバストネスの説明。日本地球惑星科学連合 2013年大会 MZZ41-12 (予稿 http://www2.jpgu.org/meeting/2013/session/PDF/M-ZZ41/MZZ41-12.pdf )
  • Léna SOLER, Emiliano TRIZIO, Thomas NICKLES & William C. WIMSATT eds. 2012: Charactizing the Robustness of Science -- After the Pratice Turn in Philosophy of Science (Boston Studies in the Philosophy of Science 292). Dordrecht: Springer, 372 pp. ISBN 978-94-007-2758-8.

文献 (気候関係)

  • S. Emori and S.J. Brown, 2005: Dynamic and thermodynamic changes in mean and extreme precipitation under changed climate. Geophysical Research Letters, 32, L17706. 海洋研究開発機構からの報道発表(2005年8月29日)参照。
  • S. Manabe and R.T. Wetherald, 1967: Thermal equilibrium of the atmosphere with a given distribution of relative humidity. Journal of the Atmospheric Sciences, 24, 241 - 259.
  • S. Manabe and R.T. Wetherald, 1975: The effects of doubling the CO2 concentration on the climate of a general circulation model. Journal of the Atmospheric Sciences, 32, 3 - 15.
  • V. Ramanathan and J.A. Coakley Jr., 1978: Climate modeling through radiative-convective models. Reviews of Geophysics and Space Physics, 16, 465 - 489.
  • M.J. Spelman and S. Manabe, 1984: Influence of oceanic heat transport upon the sensitivity of a model climate. Journal of Geophysical Research, 89, 571 - 586.
  • Spencer R. WEART, 2003, 2008: The Discovery of Global Warming. Harvard University Press. [同、初版の日本語訳]: S.R. ワート著, 増田 耕一, 熊井 ひろ美 訳, (2005): 温暖化の〈発見〉とは何かみすず書房[読書ノート]

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