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macroscope

2015-01-29

環境決定論・気候決定論に関する勉強途中の覚え書き

このごろ、「環境決定論」あるいは「気候決定論」のような話題に接することがいくつかあった。どうやら、関連があることはあるが別々の問題がまざっているようだ。まだ整理の途中なのだが、いつ完了に至るかわからないので、ひとまず書き出してみることにする。

何が決定されるのか?

「環境決定」という表現は「環境を決定すること」でもありうるのだが、ここでは「環境が何かを決定すること」をさす。そして、この「何か」は人間やその社会に関するものごとに限ってもよいだろう。

人間個人の能力や何を好むかの傾向について、その原因は、遺伝か、環境か、本人の意志や努力か、という問いが出されることがある。複数の要因が働いていることが多いだろうが、そのうちどれが重要かを問うことには意味があるだろう。このうち「環境」には、自然環境と、家庭や学校などの人間関係からなる社会環境が含まれる。

次に人間社会の特徴の原因について考えてみる。社会を構成する人の遺伝的要因もありうるのだが、昔はともかく今(20世紀末ごろ以後)は、これは社会どうしの違いの決定的要因にはなりそうもないと考えられている。そのほかを大きく環境要因と社会内要因に分けることができるだろう。環境要因の大部分は自然環境だが、注目している社会の外側の社会(国単位で考えるならば外国)は社会環境としてとらえるべきだろう。社会内要因を、前の世代から引き継いだものと、今の世代がその意志で選びとっているものに分けて考えることもできるだろう(具体的に何をどちらに入れるべきかはむずかしいが)。

環境要因と社会内要因のどちらが重要かという議論は、人間社会の特徴全般についてではなく、どんな特徴についてか限定しないと、話が進まないだろう。

地理学での環境決定論と環境可能論

わたしは1970年代に、たしか高校生向けの地理参考書(少し古いもの、つまり1960年代ごろに出たものだったと思う)で、「ラッツェルの環境決定論、ブラーシュの環境可能論」という文句を読んだ覚えがある。そこに詳しい説明はなかった。わたしはそれを暗記させられたことはないが、いわゆる「暗記もの」の題材になっていた。【おそらく、大学の入学試験に出て、出題者は暗記させたかったのではなく地理学の基礎知識だと思って出題したのだろうが、参考書の編集者は試験に出るキーワードを入れなければならないと考えるうちに、キーワードが多数に、それぞれの記述が簡単になったのだろう。】

ラッツェルとはドイツのFriedrich Ratzel (1844--1904)、ブラーシュと言われたのはフランスのPaul Vidal de la Blache (1845--1918)、ただしこの名まえはVidal de la Blacheが姓で、略すならばヴィダルとするのが適切らしい。この2人の学説を「環境決定論」「環境可能論」と評したのはフランスの歴史学者(アナール学派をはじめた人々のひとり)のフェーヴル(Lucien Febvre、1878--1956)が1922年に書いた本『大地と人類の進化 --歴史への地理学的序論--』がはじめらしい。わたしはこの本を日本語訳で読みかけたのだがまだ読みおえていない。したがって、わたしの理解が正しくないおそれがあるが、ひとまず、今の段階での理解を書いておく。

何が環境によって決定されるかどうかが問題になっているかというと、人文地理現象、つまり、人間社会の特徴のうち、地上に空間的な形として見えてくるような特徴が、なのだと思う。その主要なものは、人間の居住の「形」で、移動生活か定住か、定住のうちでは散村か集村か、といったことだ。それは、農業・牧畜などの(今の地理学用語でいえば)第一次産業と関連が深い。

Febvreがこの本を書いた当時、社会学者が「社会形態学」という領域をたててこのような問題にとりくんだ。そこで社会内の要因を重視し、「地理学者は環境が決定すると言っているがそんなことはない」というような議論をしたらしい。Febvreはそれに反論して、環境要因の重要性を主張しながら、Ratzelは環境決定論かもしれないが、Vidalや自分はそうではなく、環境条件が同じでも人間社会のありかたにはいろいろな可能性があると考えているのだ、とも言ったのだ。FebvreがRatzelを環境決定論的だと言ったのはこのような相対的文脈なので、Ratzelを「人文地理現象は完全に環境で決まると考えた」きびしい意味での環境決定論者としてとらえるのは正しくないようだ。

わたしは、まだFebvreのいう「可能論」(possibilism)の意味がよくわかっていない。わたし自身は、「環境は人間社会のとりうる姿に対して制約条件を与えている」という表現が適切だと考えている。そして、たぶん環境可能論というのはこれと同じことだと思っている。

文献

  • Lucien Febvre, 1922 (第2版 1924): La Terre et l'Évolution Humaine. Introduction Géographique à l'Histoire (L'Évoltution de l'Humanité, Synthèse Collective) La Renaissance du Livre.
    • フェーヴル 著, 飯塚 浩二 訳, 1941, 改訳1971: 大地と人類の進化 --歴史への地理学的序論-- (上) (岩波文庫 7283-7285 青454)。岩波書店, 307 pp.
    • フェーヴル 著, 田辺 裕 訳, 1972: 大地と人類の進化 --歴史への地理学的序論-- (下) (岩波文庫 7286-7288 青455)。岩波書店, 314+19 pp.

Huntingtonの気候決定論

アメリカ合衆国の地理学者Ellsworth Huntington (1876--1947)は気候決定論を主張したといわれる。わたしはまだHuntingtonの著書を読んでいない。鈴木(1975, 1978)とFleming (1998)の論評をもとに考えた。

Huntingtonが気候によって決定されると言ったのは「文明」である。文明の高さがひとつの尺度で順序づけられると考えていた。そして、世界の空間分布の問題として、気候条件が最適なところで高い文明がおこったと考えた。また、歴史の問題として、気候の変化に伴って文明の盛衰があったと考えた。

気候と文明の中間項として、労働生産性を考えた。工場労働にせよ、頭脳労働にせよ、人の労働効率は温度などの気候条件によって違う。(そこで問題になるのは室内での労働については室内の気候なのだが、野外の温度が高すぎるところで室内を適切な温度にするのは、冷房技術が発達していなかった当時は困難であり、冷房技術のある今も資源を必要とするので、数量を調整すれば野外の気候条件におきかえて論じることはできそうだ。) Flemingによれば、Huntingtonの研究方法は粗雑だった。また、人々がそれぞれ違った気候に慣れていることも考える必要がある。しかし大筋として、労働生産性に気候条件依存性があり、最適な温度などの範囲があることは認められそうだ。鈴木が指摘しているように、工場労働などの生産性が高いことは、必ずしも価値的に望ましいことではなく、それを望ましいとするのは温帯の文化の偏見かもしれない。しかし、工業力で他の地域よりも優勢になる人々がどの地域から出てきやすいか、というような事実問題としては成り立つ関係だろう。ただしこれは気候が生産性を「決定する」のではなく、生産性の制約条件を与えるということだ。

Huntingtonによる文明の空間分布の議論で使われた文明の序列は、アンケート調査によるものだが、被験者が欧米に偏っており、今から見れば、西洋優越主義に偏っていたことは明らかだ。しかし、気候の違いが、地域による文明・文化に影響を与えていることはある。文明・文化の特徴を、よしあしの価値判断ではなく、かってな量的指標によって比べたとき、その指標が気候と関連していることはあるだろう。

強い意味の気候決定論は成り立つとは思えないし、文明に序列をつける価値判断はすべきではないが、気候が文明の制約条件になるという考えならばもっともであり、勝ち負けと善悪や価値的優劣とを混同しない価値観で、ていねいな研究をしたほうがよい課題だと思う。

文献

  • James Rodger Fleming, 1998: Historical Perspectives on Climate Change. New York: Oxford University Press. ISBN 0-19-518973-6. [読書メモ]
  • Ellsworth Huntington, 1915 (その後複数の版がある): Civilization and Climate. Yale University Press.
    • [日本語版は複数あるが一例] ハンチントン 著, 間崎 万里 訳 (1938): 気候と文明。岩波文庫。[わたしはいずれも読んでいない。]
  • 鈴木 秀夫, 1975: 風土の構造。大明堂。(現在は原書房から出版されている。また、講談社学術文庫にも収録されている。) [読書メモ]
  • 鈴木 秀夫, 1978: 気候と文明。気候と文明・気候と歴史 (鈴木 秀夫, 山本 武夫 著, 朝倉書店), 1 -- 69. [読書メモ]

温暖化問題に関する言説が気候決定論になっているのではないか

人間社会の持続可能性の問題は多数の局面をもち、気候変化はそのひとつである。ところが、地球温暖化の重要性を主張する議論のうちには、将来の人間社会の直面するだろう困難として、温暖化に伴うものだけを強調するものがある。また、地球温暖化の対策の政策を議論するための予測型の研究では、気候とその対策とをいろいろ変えて検討するけれども、ほかの社会要因・自然要因を変えた検討まではしないことが多い。それは必ずしも気候以外の要因は重要でないと思っているのではなく、人の能力のほうの限界で検討しきれないのだと思う。しかし、へたをすると、気候以外の要因を忘れることになるおそれがある。

Hulme (2011)は、気候決定論と「気候還元論」を区別しているが、わたしはまだその区別を理解できていない (理解できたら補足したい)。

わたしなりに大まかにとらえれば、気候以外の要因を思考の方便のために省略したことを忘れて気候決定論におちいらないように注意しましょう、ということなのだと思う。

文献

中野邨尊中野邨尊 2018/05/27 10:52 北米を除く温帯地域のヨーロッパと中国と韓国と日本を考えた場合、ヨーロッパが近代化を遂げ、中国(清朝)と韓国がほぼ植民地となり、日本は遅れて近代化しました。
東アジアで日本だけが異なっていた原因を研究すると、気候決定論でない何かがみつかるのではないかと思います。

masudakomasudako 2018/05/27 18:34 中野さんのご指摘の件は、わたしも前から関心があるのですが、実証的にこたえることはむずかしいと感じています。

歴史のなりゆきについて、偶然と必然を分けることがむずかしいからです。中国の近代化については、イギリスなどが、清朝の近代化政策に、日本に対してした程度に協力的であったら事情はちがっていたのではないか? (ここで紹介した本 http://macroscope.world.coocan.jp/yukukawa/?p=7144 でPomeranzがちょっと書いていた論点です。) そんなことが起こりえないとする根拠があるか? など。

いくらか関係があるかもしれないと思うのは、
梅棹 忠夫, 1967, 文庫 1974: 文明の生態史観。中央公論社 (中公文庫)。
の論点です。ただし、わたしは文庫本が新刊だったころ読んでおもしろいと思ったのですが、具体的な議論はわすれてしまいました。おぼろげな記憶によれば、ユーラシア内陸部と両側(ヨーロッパ、東アジア)の気候のちがいは重要なのですが、東アジアのうちでの日本の立地条件の特殊性としては、気候がちがうとは考えておらず、離れ島であることによって人の往来にいくらか制約があったことをあげていたと思います。

masudakomasudako 2018/06/02 12:16 「文明の生態史観」を、ていねいに読む時間はまだとれていませんが、関連しそうなところに目をとおしました。5月27日のわたしのコメントに述べたことは変更しなくてよいと思います。

あとは梅棹さんの議論についてのわたしの推測ですが、「生態史観」は二つのちがった意味が重なっていると思います。

第1は、植物や動物からなる生態系の分布が人間社会の制約条件になっていることです。そして気候も生態系に対する制約条件としてきいてきます。ユーラシアの内陸と海岸部では乾湿がちがうので生態系があきらかにちがいます。中国のうちでも東西で大きくちがいますが、中国東部と日本とは、この面でのちがいは小さいです。(なお、少なくとも「文明の生態史観」の梅棹さんは、文明が始まったころ以後の気候の変化は問題にしていないと思います。)

第2は、人間社会の発達を、とくに同時代の人間社会どうしの相互作用を主要因としてとらえることです。(「生態史観」は発達段階論と対立するものとして提唱されたようです。) ここで、同じ東アジアの湿潤地帯の人間社会であっても、中国の平原部は乾燥地帯との相互作用が強かったが、日本は相互作用が弱かった、というちがいが、社会の発達に影響をおよぼした、という考えなのだと思います。陸続きでなく海があったという自然条件が制約となったわけではありますが、自然の生態系が制約となるのとは別の件だと思います。

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