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2016-11-01

「ケッペンの気候区分」をどうするか? (気象学会発表を終えて)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2016年10月27日、日本気象学会大会で、[2016-07-08の記事]に出した予稿にそった発表をした。発表の時間を超過し討論の時間を削ってしまって申しわけない。

また、セッションの後に質問を受けて、結論が不明確な発表だったことを反省した。学校教育でケッペンの気候区分を教えるべきでないという主張はしたつもりだが、それに代えて何を教えるべきかについて、わたしの考えはまとまっていなかったのだ。

いま考えてみると、答えは「ケッペンの代わりにこれを教えるべきだ」という単純な形にはなりそうもない。「ケッペンの気候区分が使われる場面ごとに、それが採用された目的をさぐり、その目的にはそれが適切か、もっとよい表現はないか、考えるべきだ」という主張になる。

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気候の話をするとき、「温帯」「熱帯」「乾燥地帯」などの気候によって地域を類型化する用語は必要だと思う。

現代の日本では、そのような用語の定義が必要と考えられるとき、ケッペンの定義がひっぱり出される。その準備のためにあらかじめケッペンの定義を教えることもある。ただし、必ずしも「ケッペンの気候区分」と明示して教えられるわけではない。単に「気候区分」と言って、それが唯一の気候の表現方法であるかのように教えられることも多いと思う。

さて、気候の話をするときに、気候地域類型の定義は必要なのだろうか。

学術用語には、合意された定義をもつものもあるが、もたないものもある。定義されない用語の意味は、典型例を知ることによって身につく。典型例が共有されていれば、定義は明示されていなくても、その用語を使った議論はできるのだ。ただし、典型でない事例については、その事例にその用語があてはまるかどうかの判断が一致しない場合もある。そういうことが生じたら、議論を進めるには、合意できる表現に至るまで用語を調節することが必要になるだろう。それは学問にとってあたりまえのことなのだと思う。

このように用語の定義が不明確な場合、試験問題では、典型例について「ここは熱帯か」などという問いをして採点してもよいが、熱帯と温帯の境界は幅をもった境界帯として認識すべきであり、境界帯内にある地点については、問うのはよいとしても、どちらか一方を答えたらまちがいになるような採点をしてはいけない。また、地域(たとえば都道府県)の地誌の記述では、地域全体が気候の境界帯にあるならば、そのように記述すればよく、地域内に(たとえば)熱帯と温帯の境界線をひくような記述は不適切だ。

(ケッペンの気候区分は、植物群の生育できる気候条件をもとに考えられたものだから、気候類型の境界とされたところが、実際に植生が大きくちがう境界でもあるのならば、そのことを指摘する価値がある。しかし、ケッペンの仕事は、おもに大陸での植生分布と気温・降水量の対比だ。海岸や島の地点では、大陸内部の地点と、気温と降水量で示された条件が同様でも、植生は似ていないことがある。海岸や島の地点について、ケッペンの気候型を詳しく論じることには、あまり意味がないだろう。)

用語の意味のひろがりの個人差は許容するべきだと思うが、あまりにちがう場合は、共存できない。たとえば、ソ連(当時)のアリソフは、「熱帯気団」と「赤道気団」を区別した。その「熱帯気団」は、ほぼ今の気象学者のいう「亜熱帯高気圧」と同じだ。日本語による議論の中で、アリソフの「熱帯」などの用語を使いたければ、「アリソフの」という限定が必要だ。それなしで使うことは、混乱をまねくので、避けてもらいたい。

ときには、共同作業のつごうで、すべての地点が必ずひとつ(だけ)の類に属することが確実になるように、気候区分の定義を明確にしておきたいこともある。その場合の選択肢として、ケッペンによる定義を使うのが適切なこともあるだろう。それで議論を進めるためには、ケッペンによる定義を記述した文書を、その共同作業の関係者のだれでもいつでも参照できるところに置いておく必要がある。(それを準備するのは、学会あるいは大学の研究室の役割りかもしれない。) しかし、あらかじめ暗記しておく必要はない。まして、中学や高校で全部の生徒に教える項目に入れる必要はないと思う。

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気候が変化しないとみなせる限りで、気候の類型の典型は、専門家間でのくいちがいは少ないと思う。しかし、気候の変化を考えると、やっかいなことが生じる。

たとえば、今の気候で、沖縄(本島)が熱帯ではないことは合意されているとしよう。気温が3℃上がったとき(上がりかたは世界一様でないだろうが、仮に世界平均でも沖縄ローカルでも3℃上がるとしよう)、「沖縄は熱帯になる」だろうか。

ケッペンのように、気温で定義するとすれば「熱帯になる」ことになりそうだ(わたしはまだ実際の数値を入れて確認していないが)。

他方、大気大循環の力学のほうから考えれば、地球の自転のききかたを指定するコリオリ パラメータが変わるわけではないから、いま温帯であるところは、世界じゅうで3℃上がっても、たぶん温帯だろう。(これも、力学に基づく「熱帯」「温帯」の詳しい定義しだいではあるが)。

このような場合、どちらが正しいかを争ってもしかたがない。ことばを補って、「沖縄は、大気力学の観点では引き続き温帯だが、気温に注目した観点では熱帯になる」のように言うのが適切だと思う。

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ケッペンのような、植生分布を説明するために考えられた気候区分ではなく、気候自体に内在する特徴による気候区分が考えられるか。

発表予稿であげたうち最初のものについて、もう少し論じておきたい。

大気大循環から見ると、世界は、ハドレー循環(Hadley circulation)が主役の「熱帯」と温帯低気圧が主役の「中高緯度」に分けられる。(温帯低気圧が主役である地帯の典型は、温帯(中緯度)だが、寒帯(高緯度)もその続きと見るべきだと思うので、こう表現した。)

中村和郎 (中村ほか, 1986)は、これに基づく気候区分を試みている。ハドレー循環の領域は季節によって移動するので、それが年を通じて覆う地域、北半球の夏に覆う地域、南半球の夏に覆う地域が区別できる。中村ほか(1986)の図にはほかの情報も書きこまれているが、わたしは町田ほか(2003)の分担部分のために、それだけを抽出した図を作った[図のページ]。ただし、中村ほかの本の図から線の位置を読み取っただけで、ハドレー循環の位置として適切かどうか、自分で確認したわけではない。

どう決めるか考え始めてみると、ハドレー循環の範囲を明確に示すことはむずかしいと思う。亜熱帯高圧帯には、ハドレー循環の下降域と、フェレル循環(温帯低気圧が主役となる循環体制のうちに副次的に生じる平均場の循環)の下降域とが共存していて、両者のあいだに明確な境目はないのだ。この考えかたによる気候区分の境界線はとても太くひくしかないと思う。

【なお、中村ほか(1986)は「ロスビー循環」という用語を使っており、町田ほか(2003)の増田分担部分でも使ってしまったのだが、ここではこの用語を避けて「温帯低気圧が主役となる循環体制」のような表現をしてみた。この用語の件については[中村ほか(1986)の読書メモ]の中に書いた。】

(大気力学にこだわるならば、対流圏上層(気圧でいえば200 hPaあたり)のポテンシャル渦度(「渦位」ともいう)の分布に注目すれば、熱帯と中高緯度の境をひけるかもしれない。ただしこれはそれぞれの日時についてだから、地域区分に使うためには、多数の日時についての情報を重ねあわせて、境が来る頻度の高い場所を抽出する必要があるだろう。しかし、そうしてみても、地上の気候要素に注目する地理の気候学の人の関心にはつながりにくいだろう。わたしには実際に作業してみようという元気が出ない。)

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ケッペンの気候区分は、気候自体の区分ではなく、「陸上生態系の分布を制約する気候条件」を示した先駆的な仕事とみるべきだと思う。(「制約する」であって「決定する」ではない。生態系は気候以外の環境因子の影響も受けているからだ。)

陸上生態系の分布を制約する気候条件に関して、わたしは1990年ごろまでに参照可能だったものを、2000年に出した紀要論文(Masuda, 2000)の序論でレビューした。残念ながらその後、更新ができていない。ただし、新しい研究成果は、計算機プログラムが必要で、直観的に理屈がわからないものが多いような気がする。あらけずりであっても、古典的論文のほうが、理屈を考えるうえでは価値があると思う。

気象学会での発表のとき示した(ただし充分説明できなかった)表を少し改訂したものを、この下に示しておく。その中で「著者名(年)」の形の表現は文献をさし、[「植生を制約する気候要因の探索」のページ]の文献リストにある。抜けていたものは2017-02-19に補充した。

多くの著者が注目している要因は、大きく

  1. 生育期間の温度・エネルギー
  2. 水分
  3. 冬の寒さ

と、まとめられると思う。

このうち 3 の冬の寒さは、植物体内の水の凍結によって、それぞれの種の植物の分布を制約する。

1 と 2 は合わせて、陸面の水の蒸発(植物からの蒸散を含む)能力、と考えることができる。

光という要因もあるが、野外の分布からは光とエネルギー条件との分離は困難だ。また、CO2濃度も重要と考えられるが、野外の分布からその効果を知ることはできない。

エネルギー条件を示す変数には、可能蒸発量(その定義にはさまざまなものがある)、正味放射量、積算温度などがあるが、大まかに見れば、同じ情報だ。

水分条件のデータは、観測値の得やすさから、降水量が使われることが多い。しかし、植物の形態に関連する乾湿としては、水分の絶対量ではなく、利用可能なエネルギーのわりに水分が充分あるかどうかが問題になる。多くの著者がそれを、エネルギー条件の変数と降水量との比で示してきた。

この展望からふりかえると、ケッペンの(試行錯誤の末に1928年に決めた)乾燥限界(BとA+C+Dとの境界)は、水分条件を、降水量と、年平均気温の1次関数で表現されたエネルギー条件との比で示したものと考えられるし、(1918年の論文以来の) CとDの境界である最寒月気温 -2℃は、広葉樹の水分凍結への適応限界の近似と考えられる。しかし、同じ最寒月気温を使っていても、AとCとの境界は、他の著者の枠組みでいうエネルギー要因に関係するものだろう。ただしこの点は、まだ吟味できていない。

表: 植生地理分布または光合成純生産(NPP)を制約する気候要因 (学説を整理する試み)

著者利用可能エネルギー・
成長期の温度
利用可能水分
(エネルギーに相対的に)
冬の温度
(植物体内水分凍結)
W. Köppen (1918, 1928)(気温)(乾燥限界を決める関数)
降水量/年平均気温の1次関数
気温(最寒月 -2℃)
L.R. Holdridge (1947, 1957, 1967)
"Life Zones" (蜂の巣型ダイアグラム)
biotemperature
(0℃未満を0℃に置きかえ平均)
可能蒸発量はこれに比例
aridity index
=降水量/可能蒸発量
(川喜田 二郎)
吉良 竜夫 (1949, 1971)
暖かさの指数
(5℃以上月積算気温)
乾湿度
=降水量/暖かさの指数の1次関数
寒さの指数
(5℃以下月積算気温)
H. Walter, H. Lieth (1967)

気候ダイアグラム Klimadiagramm

各月の気温各月の降水量
(気温の1次関数との差)
H. Lieth, E.O. Box (1972)
Thornthwaite記念モデル (NPP)
可能蒸発散量 (Thornthwaite)実蒸発散量
←土壌水収支
←{可能蒸発散量, 降水量}
M.I. Budyko (1971)『気候と生命』(植生地理帯)
内嶋 善兵衛・清野 豁 (1987) 筑後モデル (NPP)
正味放射放射乾燥度
=正味放射/降水量
E.O. Box (1981)(気温)moisture index
=降水量/可能蒸発量(Holdridge)
最低気温
酒井 昭, W. Larcher (共著は1987)最低気温
F.I. Woodward (1987, 内嶋訳 1993)
(I.C. Prenticeほか(1993)のBIOMEも類似)
可能蒸発量 (Penman-Monteith)葉面積指数
←光合成・水収支
←{可能蒸発量, 降水量}
最低気温
文献

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