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2017-11-19

「チバニアン」= 第四紀 更新世 千葉期(仮称)

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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わたしは、この話題の狭い意味の専門家ではなく、詳しい知識はない。しかし、第四紀学会会員でもあるし、地学概論のような授業を担当することもあるので、広い意味の専門家として、大まかな解説を書いておきたいと思う。

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千葉県にある地層が、世界の地質年代の区分の標準として使われることになりそうだ、というニュースが出た。ただし、まだ決まったわけではない。

ひとまず、ニュースのもとになったプレスリリース(報道発表)を紹介しておく。

そこにも紹介されているが、その前にこの発表があった。

6月7日の記事のほうに、その根拠となる学術論文が3つ参照されている。そのうち2つめの論文の筆頭著者である菅沼悠介さん(極地研)の仕事については、次の紹介記事もある。

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地球の歴史を考える際には、時間軸の目盛りが必要だ。そして、それには世界じゅうで共通な標準がほしい。

時間軸の尺度は、物理学で決められた時間の単位ではかればよい、という考えもある。これが「絶対年代」だ。時間の国際(SI)単位は「秒」だ。地球の歴史では「今からなん年前」という言いかたをする。「年」と「秒」との比率は定数として決められている。時間軸の原点としての「今」がいつかが問題になる場合(地球史のうちでは新しい時代を扱う場合)には、西暦1950年の初めを原点にとることが多い。

しかし、地層や岩石に残された過去の地球についての証拠を扱う場合、いつも絶対年代を決められるとは限らないし、決められても不確かさをもち、測定しなおせば数値が変わるかもしれない。絶対年代の推定方法が今ほど発達しないうちから、地層や岩石の年代の理解は、相互対比で進んできた。地層のかさなりあいかたから、どちらが新しいか決められることがある。生物の化石の種(しゅ)のちがいから、ある種が生きていた時代、それがまだいなかった時代、絶滅したあとの時代を区別できる場合がある。そのようにして「相対年代」がわかる。そして、限られた地点ででも絶対年代がわかれば、相対年代の尺度に、絶対年代の数値がはいる。

相対年代は、はじめは地域ごとに考えられたが、しだいに世界じゅうで統一した標準がつくられてきた。今では、国際地質科学連合(International Union of Geological Sciences、IUGS、学会の連合であって政府間機関ではない)の決定を、学者も政府も尊重する習慣ができている。

相対年代の体系は、地質時代の区分という形をとっている。連続した時間軸を区間に分けるのだ。区間は階層的に細分されていく。それぞれの区間つまり時代には、大きいほうから、代、紀、世、期ということばの前に固有名がつくような名まえがついている。(日本語で「紀」と「期」が同じ音であるのは、学術用語の名づけかたの失敗だと思うが、簡単には変えられなくなっている。固有名をふくめればまぎれることはない。) それぞれの時代に対応する地層は、界(代)、系(紀)、統(世)、階(期)の前に同じ固有名をつけて呼ばれる。

(この時代区分の説明は、Wikipedia 日本語版の「地質時代」の項がよくできていると思う。)

しかし、相対年代の決めかたのほうから考えると、基本は、時間軸の区間である時代ではなく、時間軸上の点である、時代と時代の境目 (地質学用語ではないが「画期」と呼んでおく)のほうだ。画期として選ばれるのは、ある場所(「模式地」と呼ぶ)の地層で何かあきらかな事件が起こっていて、必ずしもその事件自体ではなくてもよいが、それとの前後関係を判定しやすい変化が、世界のなるべく広い地域で起こっているような状況だ。それは、生物種が大はばに入れかわる事件であることが多く、その前後で、温度、乾湿、海洋の溶存酸素などの環境の物理量も大きく変わっている(と推定されている)ことが多い。しかし、時代画期として選ばれなかった時期に同様に大きな変化がなかったとはかぎらない。

相対年代の標準のために、IUGSは、国際標準模式地 (Global Boundary Stratotype Section and Point, GSSP)を決める。ただし、これはまだすべての画期について決まっているわけではなく、学問的知見が定まっていくのをふまえて順次決めていく。

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地質時代のうち最近の「紀」である「第四紀」は、その大部分をしめる「更新世」と、最近約1万年 (詳しくは11784年とされる) の「完新世」に分けられる。その「更新世」は長いあいだ、「前期」「中期」「後期」と分けて認識されてきた。

2009年に第四紀の始まりの画期が改訂され、ジェラシアン(Gelasian)期が新第三紀鮮新世から第四紀の更新世に編入された。

それから、これまで「更新世前期」と呼ばれていた時期は、模式地を含むイタリアカラブリア地方にちなんで、カラブリアン(Calabrian)期と呼ばれるようになった。

更新世の「中期」「後期」にはまだ名まえがついていないが、カラブリアンと中期とのあいだのGSSPが決まったら、「中期」にはそのGSSPにちなんだ名まえをつけようということになった。

カラブリアンと「中期」との画期は、地磁気が逆転した時期に合わせようということになった。地球の歴史のなかでは、地磁気の極がたびたび逆転したことがわかっている。約77万年前に、磁極が今とは逆の「松山逆磁極期」[次の4節参照]から、今の向きの「ブリュンヌ(Brunhes)正磁極期」に移った。過去の地磁気は、火成岩のほうがわかりやすいのだが、近ごろは堆積岩でも地磁気の向きが判定できる。地磁気はグローバルな現象だから、世界規模の対比に適している。(ただし、磁極逆転の前後で、物理的環境にも生物相にも大きなちがいがあるわけではない。)

この画期のGSSPに適したところは、地層の堆積が連続して起こっており、しかも堆積速度が速く(したがって記録の時間分解能がよく)、地磁気逆転が明確に認識でき、その年代が精密に測定できるところだ。その自然条件にめぐまれたところが日本の千葉県にあり、日本は、そのサンプルをとって地磁気や年代を測定する意欲と技術をもつ人びとがいるという社会条件にもめぐまれていたので、その地点をGSSPの候補として提案することができたのだ。

11月14日の極地研のプレスリリースによれば、このGSSPの候補には、ほかに、イタリアから2つの地点があげられたのだが、11月12日の「下部−中部更新統境界作業部会」で、3つのうちから千葉の地点を選んで上位の委員会に提案することになったのだそうだ。これから「第四紀層序小委員会」、「国際層序委員会」を経て、IUGS全体としての決定に至る。その日程はまだ決まっていないが、少なくとも1年はかかるだろうとのことだ。それで千葉の地点に決まる可能性と、未定のままになる可能性がある。

専門家にとってはGSSPがどうなるかが大事なのだが、波及効果としては時代名のほうが大きいかもしれない。GSSPが千葉の地点に決まれば更新世中期はそれにちなんだ名まえで呼ばれるようになるし、未定ならば「中期」のままになる。

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地質時代のあいだに地磁気が逆転したことを学術的に述べたのは、1920年代京都大学につとめていた松山 基範(Matuyama Motonori)だ[注]。これは、日本が世界の自然科学に貢献した早い例としても、地球物理学と地質学の両方にわたる学術研究の例としても、注目にあたいすることだと思う。

  • [注 (2018-02-13)] (この記事の初版では「最初に」と書いてしまったが) 逆転したことを最初に述べたのは1900年代のフランスのBrunhesであり、松山の業績は、多数の地点の岩石残留磁気を使ってそれを確実にしたことだ (と認識をあらためた。ただし暫定的)。

地磁気の逆転がくりかえしたことが知られてから、磁極の向きが今と同じで持続した時期、それと逆で持続した時期をそれぞれ「正磁極期」「逆磁極期」と呼び、地磁気に関する理解に貢献した人の名まえをつけて呼ぶことになった。松山の名まえは実際に彼が対象とした時代につけられることになったが、他の人名はとくに研究対象と関係なくつけられている。

なお、Brunhesという人の名まえは、日本語圏の学術文献ではながらく「ブリュンヌ」と書かれてきた。フランス語読みによったのだと思う。本来の読みかたはちがうという説もあるのだが、はっきりしないので、ここでは慣用どおりにしておく。

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千葉にちなんだ時代名については、いろいろ思うことがあるのだが、それは専門家としての解説ではなく個人としての意見になるので、別記事にする。

2017-05-27

大気のエネルギー収支解析のための質量収支の補正について

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2017年5月27日、日本気象学会の大会のなかで、大気によるエネルギー輸送量に関するデータ解析の研究発表があった。わたしがながねん(1980年代-2000年代)かかわってきた研究方法であり(成果を論文にしたものが少ないことがなさけないが)、同じ技術的問題点にぶつかっていることに気づいたので、質問してみた。発表者はその問題に気づいて対策をとろうとしていることがわかったので、ひと安心した。他方、多くの研究者にデータを提供する活動に向けて要望を述べておきたいと思い、その発言もした。

わたしのエネルギー収支解析の結果は、気象学の概論に出てくるような情報であり(実際、ある入門書[読書メモ]に図を提供した)、それがどのように導かれたかの基本は、気象学の学部上級・大学院初級くらいの教科書を見ればわかるだろう。しかし、実際に計算しようとすると、データの制約からくる問題点への対処が必要になる。その問題点と対処方法については、研究論文には書くものの、論文全体に対して小さい部分だから、読んだ人が再現できるほど詳しくはない[注]。多くの場合は、同じ「研究室」などで顔を合わせるうちに先輩から後輩に伝えられていくような、いわば専門的暗黙知になっている。

  • [注 (2017-06-03 追加)] 増田(1988)の日本語の解説(博士論文にも含めた)では、2つのデータセットについての、わたしが出会った問題点を、その雑誌の解説記事のページ数の許す範囲でなるべく詳しく述べた。その重要な部分は質量収支に関するものである。ただし、対処方法について述べたものではない。

わたしはこの数年、大学の非常勤講師として概論的な講義をしてはいるが、研究の指導をする立場になく、研究所でも同じ研究チームにいた同僚が減ってほぼ単独で仕事をしていたから(人を使って研究するリーダーとしての能力をもてなかったのがいけないのだろうが)、データ解析上の問題点と対処方法について、話題にする機会があまりなくなっていた。今になって、わたしが得た知識を記録しておく義務があると感じている。その内容はまだ他人に提供するのに適した形に整理できていないが、ひとまず「たたき台」として書き出しておく。

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エネルギー保存の法則に基づく、大気のエネルギー収支解析について、わたしが知っていることは、このブログの「大気のエネルギー、エネルギー収支、熱収支」のシリーズの記事[第1部(2016-12-09)][第2部(2016-12-10)][第3部(2016-12-11)][第4部(2016-12-13)][第5部(2016-12-26)]に書いた。

保存則を前提とした枠組みで、観測データや、気象・気候モデルによるシミュレーションの結果や、観測と予測型シミュレーションとを組み合わせたデータ同化プロダクト(古い用語では「客観解析データ」)を材料として、エネルギー収支の計算がおこなわれる。

エネルギー収支の定式化では、対象が質量保存則を満たしていることを前提とすることがある。現実の世界では(適切に定式化すればだが)質量保存が成り立っているはずだ。しかし、データから計算すると、質量保存が成り立っていればゼロになるべきところに、無視できない残差が出ることが多い。そして(おおざっぱな言いかたになるが)、エネルギーの流れの定式化が、空気の質量の流れに単位質量あたりのエネルギーをかけるような形のものだと、エネルギー収支には、質量収支の残差に単位質量あたりのエネルギーをかけたような量のオーダーの残差が出てしまう。使いものになる結果を得るためには、一方で、質量保存則からのずれがなるべく生じないように解析手順をくふうすること、他方で、生じてしまったずれを減らすように物理量(風速など)の値の修正を追加すること、が必要になる。

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わたしは、修士論文とそれをもとにしたMasuda (1983)の学術雑誌論文では、「客観解析データ」を使って3次元の「大気の熱収支」の解析をした(2節にあげたリンク先の第3部参照)。そこで鉛直座標は気圧 p をとっている。鉛直速度にあたるものは ω = dp/dt で、鉛直速度 w、空気の密度ρ、重力加速度 g とすれば、ω = -ρ g w である。

多くの場合、風速の水平2次元成分の情報はある(風向と風速の大きさの情報があれば変換できる)が、鉛直成分の観測値はない。しかし、質量保存の式は p 座標で書けば3次元の発散が0という形になるから、水平発散を計算して鉛直に「積み上げる」ことによってωを得ることができる。しかし、現実には風のデータが完全でないので、下端(地表面)と上端(理屈のうえでは「大気上端」)の一方の境界条件としてもっともなものを与えて積み上げると、他方の境界での状態が物理的・気象学的常識から見て変なものになる。

わたしの修士論文のときは、材料が等圧面高度と気温のデータで水平風速もなかった。対象が中高緯度であることを前提として、準地衡風近似を使い、水平風速としては地衡風を使い、水平発散は準地衡風渦度方程式によって求め、それを「積み上げて」ωを求めたのだった。

ωについての地表面での境界条件としては、水平風が地形にあたって押し上げ・押し下げられる効果による上昇・下降流があるとした。このとき、実際に地形にぶつかる境界層内の風は、自由大気(境界層の外)を想定した客観解析データの風速よりも弱いだろう、と考えて補正係数をかけることもある。また、地表面の高さとして何をとるべきかも自明ではない(あとであらためて論じる)が、ひとまず現実の地面の標高をあらわす緯度経度格子データセットをもってきて自分の解析作業で使う格子点に内挿したものを使うことにした。

データ解析対象領域の上端での境界条件をどう考えるかはむずかしい。単純に考えれば「大気上端」では p = 0 で ρ = 0 だから、w があっても ω = 0 としてよいだろうと考えられる(わたしの修士論文ではそのように考えた)。ただし、たとえば対流圏全体のデータ解析ならば、実際の解析対象領域の上端は、対流圏界面の少し上、つまり成層圏下部にある。そこでは平均の鉛直流が無視できず、その大きさを見積もる必要があるかもしれない。(わたしの修士論文では、記載した結果は対流圏の下半分に限ったのだが、計算の枠組みは対流圏全体を扱おうとしたものだった。)

データから風速の水平発散を求め、pについて地表面気圧psから0まで鉛直積分(の近似となる差分計算)をすると、p = 0 でのωは0になるべきところだが0でない残差が出る。この残差を鉛直差分の各層に分配する。分配方法としては、p座標の間隔あたり均一に分配する(ωの補正量は p - psに比例する、つまりpの1次関数になる)のが代表的だ。わたしの修士論文では、地表付近に比べて上層ほど材料データの誤差が大きいだろうと考えて、pの小さいところほど重みが大きくなるpの1次関数で分配し、ωの補正量がpの2次関数になるようにした。これと均一に分配するのとどちらがよいかはいちがいには言えないと思う。なお、補正式をつくる際には、鉛直座標の関数を、p よりも実際の高さに近似的に比例する log p の関数とみたほうがよいという考えもあるが、このときは採用しなかった。

質量保存を考えて鉛直流(風速の鉛直成分)を補正したのならば、それとつじつまのあうように風速の水平成分も補正するべきだ。実際、1980年ごろにも、中小規模の気象の解析では、3次元の風速の場を質量保存を満たすように補正する「佐々木(嘉和)の変分法」を使う研究もあった。しかし、それは当時としては大量の計算機資源を必要とした。大規模の気象では、風の水平成分の内わけは回転成分が主で発散成分はわずかだから、補正の必要はないと考えられることが多かった。(今の計算機事情と観測誤差を前提とすれば補正をする意義があるかどうかは、わたしはよく知らない。)

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Masuda (1988)の論文(わたしの博士論文の主要な部分でもある)になった研究では、2節であげたリンク先の第2部で紹介したPeixoto & Oortの本の式と同様な定式化にしたがって、鉛直積算したエネルギーの水平輸送を計算した。ただしOortが観測データだけに基づいたのとちがって、数値予報とともにつくられた「客観解析データ」から計算した。

この研究では、鉛直に層を分けたエネルギー収支を考えることはあきらめた。そうすることによって、ωを求めるというややこしい問題を回避したのだった。

データが与えられているのは水平方向には緯度経度の格子、鉛直方向には p 座標の標準気圧面(1000 hPa, 850 hPa, ...)である。鉛直積算の下端(pの値が大きいほうの端)は地表面で、そこでのpの値は時刻ごとに変わるのだが、地表面気圧の値はデータに含まれていなかったので、地表面の高さと、標準気圧面の等圧面高度や温度などから、内挿・外挿で計算する必要があった。

そこで、地表面の高さとしてどんなデータを使うべきかという問題がある。「客観解析データ」は観測値と予報値(予報モデルの出力)とを重みつきで混合したものだが、重みは明示されていなかった。観測値ならば現実の地表面の標高、予報値ならば予報モデルの地表面の標高を使うのがよさそうだと思われた。予報モデルの地表面は現実の地表面の値をもとにしているが、差分計算のノイズを小さくするために平滑化してあったり、風に対する山による抵抗を適度な大きさにするために実際の標高の升目平均よりも高めの値になっていたりすることもある。わたしは、質量収支・エネルギー収支を計算するうえではモデルの地表面の標高を使うべきだと判断した。地表面の標高は時間とともに変化しない量だが、当時の「客観解析データ」には含まれていなかったので、「客観解析データ」をつくる事業にたずさわっていたかたにお願いして提供していただいた。

地表面の境界条件を適切に与えると、雑に与えた場合に比べて、質量保存の残差はだいぶ小さくなった。しかし、エネルギー収支計算のためには、まだ補正が必要だった。

詳しいことを言えば、大気の質量の総量も時間とともに変化する。水蒸気以外の成分の質量は、1日から数年の時間規模では、変化しないとみなしてよさそうだが、水蒸気の質量が、降水と地表面からの蒸発の差に伴って変化することは、大気の質量の季節変化にも現われている(教材ページ[大気の質量の季節変化]参照)。ただし1980年代の段階ではこのこと自体が先端の研究課題であり、質量保存の補正の際に考慮することは現実的でなかった。

次に、鉛直積算した質量保存の式は、鉛直積算した質量の水平輸送の水平発散と、鉛直積算した質量(地表面気圧に比例する)の局所的時間変化とによっている。モデル出力だとすれば、水平発散と組み合わせるべきものはモデルの時間差分の1ステップの局所的時間変化だと考えられるけれども、その値は提供されていない。提供されているデータの時間間隔は12時間(6時間のこともあったが期間限定)だった。水平発散を計算した時刻の前後それぞれ12時間(合計24時間)の平均の局所的時間変化ならば計算できるけれども、それを考慮に入れることによって計算手順が複雑になるわりには補正が改善されないだろうと思った(ただしその点をきちんと確認しないままで来てしまった)。それで、わたしは、鉛直積算した質量の水平輸送の水平発散を消すという方針で補正を考えた。

1988年に出した論文では、南北方向のエネルギー輸送だけを考えたので、各緯度円を通過する(見かけ上の)質量の重みつきの東西鉛直平均の風速南北成分を求め、それをその緯度円にある東西・鉛直断面の各格子点の風速南北成分からひく、という方法をとった。

それと並行して、水平2次元の(鉛直積算した)エネルギー輸送の計算もしていた。そちらでは、鉛直積算した質量輸送の水平発散が消えるように補正することにした。

2次元の流速(風速)の場からその発散成分を求めるには、まず水平発散を計算し、Poisson方程式をといて(空間座標による2回積分にあたる)、velocity potentialという量を得る。そしてvelocity potentialの水平gradient (1階微分)によって、速度の発散成分を得る。

補正計算の場合は、この「速度」の代わりに鉛直積算した質量輸送ベクトルを入れて、その発散成分を得る。それを鉛直積算した質量(=地表面気圧/重力加速度)で割って速度の次元の量にし、「客観解析」の風速からこれをひく。

球面上のPoisson方程式をとくには、アメリカのNational Center for Atmospheric Research (NCAR)のScientific Computing Divisionの数値解析専門家 SwarztrauberさんたちによるFISHPAKという、差分近似してできた連立1次方程式の解を直接求める方法によるFortranサブルーチン集があったので(先輩の中村一さんがNCARから持ち帰っていたので)それを使うことができた。その後、球面調和関数展開し、展開結果の成分ごとに適切な係数をかけて、また格子点値にもどす、という方法も使った。球面調和関数展開にもSwarztrauberさんたちによるSpherepackというサブルーチン集を使うことができた。

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p座標では、地表面の鉛直座標値が一定しないが、気象モデルではたいてい、各格子点の地表面の鉛直座標値が時間とともに変化しないような鉛直座標を使って、数値を与える鉛直位置(レベル)を与えることが多い。そのような鉛直座標としては、まず気圧pを地表面気圧psで割ったσ (シグマ)座標がある。地表面ではσ = 1 である。σ座標は山に伴うでこぼこが大気上層にまで現われるという欠点がある。地表付近ではσに近く、高いところでは p に比例するような混成座標が使われることがふえてきた。

データ同化の結果は、気象モデルの格子で得られるが、多くの利用者が標準気圧面での数値がほしいので、公式プロダクトとしては、モデルの鉛直座標からp座標への内挿をした結果がおもに提供されてきた。しかし、モデル鉛直座標のまま内挿しないで提供してほしいという利用者の声も知られて (わたしのように収支解析をしたい人のほかに、3次元流跡線解析をしたい人、大気・陸面相互作用の計算をしたい人などからも希望があったと思う)、NCEP/NCAR Reanalysis、NCEP/DoE Reanalysis 2、JRA25、JRA55などでは、モデルの格子のままのデータも公式プロダクトに含まれるようになってきた。モデルの鉛直座標面で与えられたデータからそのまま計算すると、質量収支の残差は、なくなるわけではないが、等圧面に内挿されたデータで計算する場合よりもだいぶ小さくなる。

【[2017-05-28補足] なお、エネルギー収支の計算で、質量収支の誤差の影響を小さくするために、いくらかくふうできることがある。位置エネルギーの輸送を計算する際には、ジオポテンシャル高度 z から、対象となる大気全体の(質量で重みづけした) zの平均値に近い定数 z0 (たとえば 6000 m)をひいたものが運ばれるように考えて計算する。同様に、内部エネルギー(の水蒸気によらない部分)の輸送や圧力による仕事の項を計算する際には、気温 T から同様な T の平均値に近い定数 T0 (たとえば 255 K)をひいたものが運ばれるように考えて計算する。これで、質量収支の誤差がエネルギー収支に一方的にきくのを避けることができる。】

近ごろは、CMIPプロジェクトなどの気候モデル出力のデータが公開提供されるようになってきた。その大気部分の3次元データは、鉛直座標として気圧をとったものが主とされている。モデルの鉛直座標のままのデータも提供されることを希望する。ただし、データ総量やファイル数がふえてしまうので、データ提供サービスにのせることがむずかしいのかもしれない。もしそうだとすると、鉛直内挿で誤差が生じるのは残念だが、等圧面のデータを使うしかないのかもしれない。

また、モデルの鉛直座標のデータを使うことには欠点もある。大気によるエネルギー輸送は、東西全経度平均した量で表現できる「子午面循環」による輸送と、その平均からのずれどうしの積による「渦(eddy)による輸送」(「波による輸送」ともいう)とに分けて考えることができる。(さらに、時間平均した量とそれからのずれとに分けることも組み合わせることが多い。[教材ページ「「渦(eddy)輸送」: 「積の平均」と「平均の積」の違い」]参照。) このとき、東西平均の対象としては、ほぼ同じ高さのところの値を使う必要がある。p座標ならばだいたい同じ高さなのでよいのだが、モデルの鉛直座標を使うと、鉛直座標値が同じでも山の上は平地の上よりもだいぶ高いところを見ることになって、実質的に子午面循環と渦輸送とをうまく取り出せないのだ。このように分けたいときは、気圧面で計算するのが順当だろう。

文献

2016-05-09

Medieval Quiet Period (中世静穏期) (Bradleyほか 2016)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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【わたしは、読んだ本の紹介を別ブログ http://macroscope.world.coocan.jp/yukukawa/ に、自分が考えたことや聞いた講演の印象などをこのブログに書いてきた。個別の論文(学術研究論文もあれば「論じる文」もある)の紹介を書きたいこともあるのだが、ブログの新しい記事シリーズをたてるかどうか迷っている。この記事は、講演で聞いたことの紹介とも言えるので、新しいシリーズをたてずにここに書いてみる。】

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2016年3月、古気候学者のRaymond Bradleyさん(Massachusetts大学)が、三上岳彦さん(帝京大学)と中塚武さん(総合地球環境学研究所)の招きで東京と京都を訪問された。東京の地理学会大会の中での研究会でも講演があったのだが、わたしはその日は他の用事で出席できず、三上さんのところでのセミナーで話を聞いた。

Bradleyさんは古気候のうちでも第四紀、そのうちでも新しい時代の最近約2千年の気候について、さまざまな古気候指標を総合する仕事をしている。第四紀の古気候の教科書(Bradley, 1985, 1999, 2014)でも知られる。

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今回の話題は、Bradleyほか(2016)の論文(「論じる文」のほうで、この雑誌ではForum Articleという分類になっている)になっている。(まだ正式に出版されておらずページ番号が決まっていないが、出版年はおそらく2016年になるだろう。)

ここからは、おもにわたしが理解した限りでのこの論文の内容、【...】の形で補足やわたしの考えを述べる。

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Medieval Warm Period (MWP、中世温暖期)ということばは、近ごろも多くの人が使っている。

その発端は、Lamb (1965)の論文らしい。ただしこの論文の表題での表現は「the early medieval warm epoch」だった。そしてそこで論じられていた時期は西暦1000-1200年ごろだった。

しかし、それ以後、いろいろな人が論じるMWPの時期は、西洋史でいう中世(およそ西暦500年から1500年)の間には含まれるものの、人によってまちまちである。

Stine (1994)は、Medieval Climate Anomalyという表現を使った。地域によっては、気候の変化の特徴は気温よりも乾湿に現われるからだ。【IPCC第5次評価報告書の第1部会の巻(2013年)は、MWPに代わってこの表現を採用している。】 なお、Stine (1994)が論じた時期は、12世紀と14世紀だった。

気温の変化は地域によって違うので、世界に共通な温暖期を定義することはむずかしい。全球または北半球の平均気温の復元推定がうまくいけば、それにもとづいた温暖期を定義することは可能だろうが、実際には昔にさかのぼるほど証拠の分布が限られるので、広域を代表する値を推定するのはむずかしくなり、中世のうちどの時期が温暖だったかという問いにはなかなか答えが出ない。

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そこで、この論文では、気温などの気候システムの状態量ではなく、気候システムに対する強制作用に注目する。

【気候システムは、大気・海洋・雪氷などを合わせて、その物理、とくにエネルギー収支に注目してとらえたものだ。便宜上、大気中の成分である二酸化炭素やエーロゾルの濃度は、気候システムの外として扱い、その変動が気候システムに対する強制作用に含まれる。ただし大気の成分のうちでも3相にわたる水(H2O)の変動は温度などの物理量とともに気候システム内として扱う。なぜこのような扱いをするのかを理屈で説明するのはむずかしく、1世紀近くにわたる研究の過程で得られた経験的知恵というべきかと思う。】

気候システムに対する強制作用は、気候システムのエネルギーを増減させる働きである。産業革命前は、人間活動起源の強制作用は小さかった。(土地利用変化はあったが、グローバルの気候におよぼす影響はあまり大きくなかった。) 自然の強制作用として主要なものは、太陽活動(太陽が出すエネルギーの変動)と、火山噴火起源のエーロゾルが、いずれも地球の放射収支を変える効果だ。

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太陽活動の復元推定には、ベリリウム10や炭素14の同位体比が使われる。これらの核種は宇宙線によってつくられること、地球に届く宇宙線は太陽活動によって変調されていることが知られている。ただし、著者たちは太陽活動による強制作用をTSI (total solar irradiance、従来「太陽定数」と呼ばれた量)の変動としてとらえたいのだが、同位体比からTSIに変換する定量的な較正は確立していない。相対変化として太陽放射の強弱を論じることはできそうだ。この論文ではVieiraほか(2011)によるTSI復元推定の結果を参照した。

火山噴火起源エーロゾルの復元推定には、氷床コアの硫酸イオンが使われる。全球への影響が大きい熱帯での噴火を同定するには、南極とグリーンランドとの同時性を確認できるだけの精密な時間目盛りが求められる。この論文では、時間目盛りを改良したSiglほか(2015)の復元推定の結果を参照した。

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結果を、まず火山から見る。熱帯の大きな噴火の頻度は、世紀ごとにかなり違う。西暦682年と1108年にそういう噴火があったが、その間にはない。(939年にアイスランドの噴火があるがその影響は北半球高緯度に限られた。) 1108年以後は、1171, 1230, 1257年と噴火が続いた。(1257年のはインドネシアのLombok島のSamalas火山だとわかった。[2015-11-11の記事]参照。) そして19世紀まで噴火の頻度がわりあい多く、20世紀には少なくなった。

大きな火山噴火が少なかった8-11世紀(700-1100年)について、太陽活動を見ると、その時期の最初の725年ごろまでと、最後の1025年ごろ以後は、太陽活動が弱かった。(後者の時期はOort Minimumと呼ばれる。【これは、(物理気候学者Abraham Oortの父親でもある)天文学者Jan Oortにちなんだものにちがいないが、たぶん本人は太陽に関する研究はあるもののとくにこの時代について研究したわけではなかっただろう。】) 725年から1025年までは、太陽活動は変動が少なく、比較的強い状態が続いた。(ただし、20世紀ほど強くはなく、最近2000年間の平均に近いレベルだったそうだ。)

そこで、この論文では、725年ごろから1025年ごろまでを、Medieval Quiet Period (MQP、中世静穏期)としようと提唱している。最近2000年間には、太陽活動の低下や、火山の噴火による、負の放射強制がたびたびあったが、そのうちこの300年間にはそれが少なく、強制作用の変動が少なかったのだ。

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余談だが、Bradleyさんの日本での講演用のプレゼンテーションファイルには、MQPに「Heian Period」と書き加えてあった。気候システムにとって平安な時代が、日本史の平安時代【794年から、1185年または1192年までとされることが多いようだ】と大きく重なっているのだ。【奈良時代を含め源平の時代をはずすともっとよく合う。】

【たとえば、「放射強制の変動が少ない時期は、日本の気候が安定していて、社会も安定していた」ということになれば、話はすっきりするが、おそらく現実はそう簡単ではないと思う。】

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【MQPという表現がみんなに受け入れられるかどうかはわからないが、放射強制の変化に注目することは、復元推定の不確かさが大きい温度に注目して「温暖期」などを論じるよりも、すぐれていると思う。】

文献 (有料のものが多い)

  • Raymond S. Bradley, 1985: Quaternary Paleoclimatology: Methods of Paleoclimatic Reconstruction. Allen & Unwin (のちChapman & Hall).
  • Raymond S. Bradley, 1999 (第2版), 2014 (第3版): Paleoclimatology: Reconstructing Climates of the Quaternary. Academic Press. [出版社も題名も変わったが、上記の本の改訂版という意味で第2版から始まっている。]
  • Raymond S. Bradley, Heinz Wanner and Henry F. Diaz, 2016: The Medieval Quiet Period. The Holocene (published online before print, January 22, 2016) http://doi.org/10.1177/0959683615622552
  • Hubert H. Lamb, 1965: The early medieval warm epoch and its sequel. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 1: 13-37.
  • M. Sigl, M. Winstrup, J. R. McConnell et al., 2015: Timing and climate forcing of volcanic eruptions for the past 2,500 years. Nature, 523: 543-549. http://doi.org/10.1038/nature14565
  • S. Stine, 1994: Extreme and persistent drought in California and Patagonia during mediaeval time. Nature, 369: 546-549.
  • L. E. A. Vieira, S. K. Solanki, N. A. Krivova and I. Usoskin, 2011: Evolution of the solar irradiance during the Holocene. Astronomy and Astrophysics, 531: A6. http://doi.org/10.1051/0004-6361/201015843

2015-11-11

火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響

[前の記事]で予告したように、火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響についての基礎知識をまとめておく。(影響の持続時間が、Pinatubo級の噴火で2年程度なので、「気候」というよりも「天候」と言ったほうがよいと判断した。もっと長期の気候に対する影響は、複数の火山の噴火が続くことによって起こりうる。)

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1970年代の気候変動に関する解説には、「火山灰が太陽光をさえぎるので、空が暗くなり、地表に到達する太陽放射エネルギーが減るので、気候が寒冷化する」という記述がよく見られた。

地域規模(千kmくらいまで)、短期間(噴火継続中から数日後まで)の天候に対して起こる影響としては、この記述はもっともだ。

たとえば、Robock (2000)によれば、1980年アメリカのセントへレンズ(St. Helens)山の噴火の日には、東に135kmのYakimaの地上気温が、時刻によらずほぼ一定だった。噴火がなかった場合に比べて、噴煙(火山灰)の太陽放射と地球放射を変える効果が、昼に8℃冷却、夜に8℃加熱の働きをしたと見積もられている。この場合は昼夜平均すると地上気温に対する効果はゼロだが、他の場合には昼の効果のほうが強いことが多いようだ。

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しかし、全世界規模の天候に影響するのは、エーロゾル(大気中にただよう固体・液体の微粒子)にはちがいないのだが、その主役は、成層圏に達した火山ガス中の二酸化硫黄(SO2)が大気中で反応してできた硫酸の液滴であることがわかってきた。岩坂(2013)の総説によれば、それは1960年代後半から1980年代に行なわれた一連の観測研究の成果だが、なかでも1974年のグアテマラのFuego山、1982年のメキシコのEl Chichón山の噴火の観測の寄与が大きかった。観測には、気球・航空機での直接サンプル採集と、ライダー(レーザーレーダー)による観測がある。ライダー観測で得られたレーザー光の偏光解消度から、エーロゾル物質が何であるかが推測された。粒子の形が球だと、入射光の偏光状態が反射光でも維持され、球からずれるほど偏光が解消される。火山灰(岩石片)は偏光解消度が大きく、硫酸液滴は偏光解消度が0に近いのだ。エーロゾルの光学的厚さと偏光解消度から、エーロゾルの変遷は次のように整理される(岩坂の第1図)。

  • 第1段階: 噴火後数週間。エーロゾル濃度はふえ、偏光解消度は高い。つまり、火山灰粒子がかなり含まれている。
  • 第2段階: エーロゾル濃度は減少し、噴火後10か月から20か月でピークの1/e (≒1/3)になる。偏光解消度は第2段階のうち早い時期に0に近くなる。つまり、硫酸液滴が主になる。SO2がH2Oなどと反応して硫酸粒子がつくられる過程と、成長した粒子が落下する過程とによって濃度が変わる。
  • 第3段階: エーロゾル濃度はゆるやかに減少する。硫酸粒子はもはや生成されず、落下などによって減る一方だが、粒子は小さいので落下は遅く、濃度の変化はむしろ大気の大規模な運動による移流の影響を受ける。

成層圏エーロゾルには、次に述べる放射に対する影響のほかに、成層圏オゾンへの影響もある。エーロゾルの表面で、Clx (ClとClO)がつくられる反応が進行し、それがオゾン破壊を促進する。ただしこれは人為起源のクロロフルオロカーボンが成層圏に届いていることが前提で、自然状態では起きなかったはずだ。

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ここからは、Robock (2000)のレビュー論文と、Robockがウェブサイトに置いている講義資料のプレゼンテーションファイル(2014年)に基づいて述べる。Robockは大規模の気象の力学を背景として火山噴火の天候への影響を研究している人としておそらく世界で最有力な人だが、持論にこだわるところもある。わたしなりに取捨選択したが、他の研究者の主張と比較検討してみるべきかもしれない。

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成層圏に上がったエーロゾルは2-3週間で全経度に広がる。南北の広がりはそのときどきの風による。Pinatubo (北緯15度)のエーロゾルは赤道の南北に広がったが、El Chichón (北緯17度)のは赤道と北緯30度の間に広がった。成層圏には低緯度で上昇し高緯度で下降する循環【Brewer-Dobson循環】があるので、熱帯成層圏のエーロゾルは両半球の中高緯度に運ばれる。高緯度の噴火のエーロゾルはその半球の中高緯度に限られることが多い。

成層圏の硫酸エーロゾル粒子の大気放射に対する効果の第一は、太陽放射を散乱することだ。粒子の典型的直径は0.5 μmで、可視光の波長と同程度だ。前方散乱と後方散乱では前方散乱のほうが大きい【Mie散乱の理論参照】。この散乱の強化は、肉眼でも、非常に赤い夕焼けとして認識される。地表に達する直達日射は減るが前方散乱による下向き散乱日射がふえて、かなり補われる。しかし合計での全天日射も減る。

硫酸エーロゾルは太陽放射を吸収する割合は小さいが、それでも太陽放射の近赤外部分の吸収は無視できない量である。またエーロゾルは地球放射(熱赤外線)を吸収・射出するので、温室効果ももつ。

結果として、地表の熱収支にとっては、直達日射の減少が、散乱日射の増加と、エーロゾルの温室効果とを上回って、正味で冷却となる。他方、成層圏では、エーロゾルのあるところで、太陽放射の近赤外部分の吸収と下からの地球放射の吸収によって、正味で加熱となる。

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火山噴火の強さと天候への影響の強さとの関係は必ずしも単純でない。火山が放出した硫黄の量、それが成層圏に達したかどうか、大気循環によってどのように広がったかによる。

火山噴火の指標としてはNewhall & Self (1982)のVEI (Volcanic Explosivity Index、火山爆発指数)がよく使われる。これは火山噴出物のうちテフラ(火山灰・火砕流など、いったん大気中に出て降下した岩石類)の体積を対数目盛りで階級わけしたものだ。火山学上の注意としては、爆発的でない溶岩流出は含まれておらず、たとえばハワイのKilauea山の現在の噴火は溶岩流出の規模は大きいがVEIは1にすぎない。他方、天候との関係での注意としては、成層圏への硫黄の注入量は、必ずしもVEIとよく対応しない。たとえば1980年のSt. Helensの噴火はVEI 5だったが、硫酸エーロゾルのグローバルな影響という面では無視できるものだった。しかし同じVEI 5でも、1982年のEl Chichónや1963年のインドネシアのBali島のAgungなど、無視できない場合もある。

Robockたちは、南北両極圏の複数の氷コアの硫酸イオン濃度あるいはその代理としての酸性度・電気伝導度のデータに基づいて、大気中の硫酸エーロゾル量の指標データを作った。Gaoほか (2008)の論文では、西暦501-2000年の時系列の値を求めている。これにも氷コアの位置に近い噴火が大きく見えるなどの欠点はあるが、天候への強制としての火山噴火の指標として現在得られるもののうちで相対的には有用だろう。

1991年のフィリピンのPinatubo山の噴火(VEI 6)で出たSO2の量は20 Mt (20 Tg、2×1010 kg)と見積もられている。【上に注意したとおり関係は不確かだが、おおざっぱに言えば、1815年のインドネシアのSumbawa島のTambora山の噴火(VEI 7)ではこれより1桁、7万年前のインドネシアのスマトラ島のToba火山の噴火(VEI 8)では2桁多い量が出たと見てよさそうだ。】

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天候への影響としては、次のようなことが指摘されている。

成層圏の高温。成層圏下部の気温が高くなる。Pinatubo噴火後は全球平均気温が2℃上がった状態が約2年続いた。熱帯の噴火では熱帯で温度上昇が大きく、赤道と極との間の温度勾配が大きくなり、極渦が強くなる。

地上の(とくに夏の)低温。地表面に達する下向き放射が減ることが冷却に働く。これが地上の天候への主要な影響だと言えるだろう。熱帯の気温および中緯度の夏の気温にはこのシグナルが見られることが多いが、エルニーニョに負けることもある。

夏の陸上の降水・河川流量の減少。【Robockは2000年のレビュー論文でこの因果関係があると解釈できる例を示したが確信度は低いと言っていた。2014年のプレゼンテーションファイルでは確信をもって述べている。ただし熱帯の噴火と中高緯度の噴火とでは応答に違いがあるとしているようだがその趣旨は必ずしもよくわからない。他の研究者の確信度はまだ低いのではないかと思う。】Trenberth & Dai (2007)は、Pinatubo噴火後に世界の陸上の降水量・河川流量が減ったことを示した。また、Tambora噴火後にインドの夏のモンスーンが弱かった(雨が少なかった)ことが知られている。熱帯の夏のモンスーンによる降水に関しては、エーロゾルがあると、地表に達する放射が減るので、モンスーン前の乾季の陸面の加熱が弱く、海陸の温度コントラストが弱いので、モンスーンが発達しないという理屈がある。【しかし雨季が始まってしまえばいずれにせよ温度コントラストは弱まるので、この効果が持続するかは疑問だとわたしは思う。】

北半球中緯度の大陸上の冬の高温。ある緯度帯が一様に高温になるのではなく、波状に、高温のところと低温のところができる。これは放射強制では説明できないが、大気の力学を介するしくみでの、噴火に対する応答である可能性がある。Robockは次のような因果連鎖を考えている。熱帯成層圏の加熱→冬半球成層圏の南北温度勾配・気圧勾配の強化→極渦の強化→プラネタリー波が対流圏にとどまる→定在波→波状温度偏差。【これも、他の研究者の確信度はまだ低いのではないかと思う。】

文献

  • Chaochao Gao, Alan Robock and Caspar Ammann, 2008: Volcanic forcing of climate over the past 1500 years: An improved ice core –based index for climate models. Journal of Geophysical Research, 113: D23111. http://climate.envsci.rutgers.edu/IVI2/
  • 岩坂 泰信, 2013: 火山噴火と気候。天気, 60:803-809. http://www.metsoc.jp/tenki/PDFファイルがある。
  • Christopher G. Newhall and Stephen Self, 1982: The volcanic explosivity index (VEI): An estimate of explosive magnitude for historical volcanism, Journal of Geophysical Research, 87: 1231-1238.
  • Alan Robock, 2000: Volcanic eruptions and climate. Reviews of Geophysics, 38: 191-219. http://doi.org/10.1029/1998RG000054
  • Alan Robock, (2014): Volcanic eruptions and climate. 著者ウェブサイト http://envsci.rutgers.edu/~robock/ にあるプレゼンテーションファイル VolcanoClimate22.pptx (2014-07-08 更新)
  • Kevin E. Trenberth and Aiguo Dai, 2007: Effects of Mount Pinatubo volcanic eruption on the hydrological cycle as an analog of geoengineering. Geophysical Research Letters, 34, L15702, http://doi.org/10.1029/2007GL030524

2011-10-22

気象・気候の問題に使われるスペクトル解析についての序説

[このブログには世の中に対する意見を書くことが多くなったが、科学的知識や科学で使う方法について書きたくなることもある。ウェブサイトにまとまった知識を書くときは、単純HTMLページかwikiを使おうと思うのだが、そこまで行っていない覚え書きを書く場としてブログを使うことがある。]

スペクトルということばには、関係はあるが区別したほうがよいいくつかの意味がある。

おそらく近代科学用語としての最初の意味は、光が、プリズムを通したとき、色ごとに分かれて見える形をさしていたと思う。色の違いが波長の違いに対応することがわかり、光を波長別に分けることをさすようになった。光の速さは一定値と見てよいので、振動数(周波数)は波長に反比例する。光を波長別に分けることは振動数別に分けることでもある。

そして、時間あるいは空間に分布する数量を、さまざまな振動数あるいは波数(波長の逆数)をもつ波のたしあわせとして表現することを、スペクトル分解というようになった。

微分方程式の近似解を求める方法としてスペクトル法と呼ばれるものがある。少なくとも気象モデル(あるいは気候モデルの大気の部分)の文脈では、数量の時空間分布のうち水平2次元の座標の関数となる部分を直交関数系で展開してその係数で表現することをさす。係数は水平位置座標の関数ではなく波数の関数となる。この話はここまでにしておく。

時系列データ解析でスペクトルということばを使うときは、データを、さまざまな振動数の正弦波の重ね合わせとみなそうという発想がある。

データの理論的分布には、離散と連続、有限区間と無限区間が考えられる。フーリエ変換には双対性があり、「離散と連続」と「有限区間と無限区間」が入れかわる。現実のサンプルは有限個であり時間範囲にも限りがあるので、時間領域・振動数領域とも「離散・有限区間」の定式化で計算することが多い。しかし、理屈をつけるときには、定常確率過程を想定し、時間領域では無限区間、振動数領域では連続分布を理想とし、有限個のサンプルによる計算はその近似とみなすことが多い(と思う)。単純に有限区間で計算すると、同じ区間が無限回くりかえしていることを想定することになり、多くの場合それは現実と違うので、端を特別扱いする処理をする場合と、がまんして使う場合がある。

時系列解析では時間等間隔のサンプルから出発する技法が発達している。等間隔でないデータを扱う方法はあまり発達していない。等間隔であってもデータが欠損することがある。欠損の一般的対策はなく、対象ごとにその特性に応じた対策が考えられていると思う。

スペクトル解析のうちいちばんよく使われるのはパワースペクトルを求めることだ。これは自己共分散をフーリエ変換したものであり、ランダムデータのもつ分散を振動数の区間ごとに分配したものだ。

パワースペクトルを求める主要な方法は大きく次の2つがある。

第1は、振動数領域を等間隔に区切り各区間のパワースペクトル値を求めるという発想に立つ。時間領域で(いろいろな時間差について)自己共分散を計算したあとフーリエ変換する方法(Blackman-Tukey法)と、まず時系列をフーリエ変換して振動数領域でパワーを求める方法がある。データ欠損の扱い、データの存在する区間の端の扱いと、数値計算上の誤差を別とすれば、両者は同等である。いずれにしても、サンプル値からこの理屈で単純に計算したものは、サンプル値が確率過程の一実現例だとして母集団のパラメータを推定する立場では、推定誤差が大きすぎる。対策としてBlackman-Tukey法では自己共分散にウィンドウ関数をかけること、フーリエ変換法ではパワースペクトルを平滑化することが行なわれる。

第2は、サンプルの時系列が確率過程からの出力例であると考え、確率過程のパラメータを求めるという発想に立つ。確率過程のモデルとしてまず使われるのは自己回帰(auto-regression)モデルである。時間を離散で扱う場合、各時間ステップの値は、同じ時系列の過去の有限個の値を時間差だけに依存する係数をかけて重ね合わせたものに白色雑音が加わる形をとる[この部分2011-10-24訂正]。観測された時系列がこのモデルの出力だとして、係数の値を推定する。係数が決まればパワースペクトルを求めることができる。スペクトル解析の分野でmaximum entropy法というものは情報エントロピーの考えに基づいているが、この自己回帰モデルのあてはめと同じとみてよい。

気象の分野では、第1の方法が圧倒的によく使われる。第2の方法は、振動現象が見えているにもかかわらず有効なデータの期間が短いために第1の方法ではうまく抽出できない場合に限って勧められる。

地震などの固体地球物理の分野では第2の方法のほうがよく使われるようだ。

この違いは、おそらく流体と固体の力学系としての性質の違いから来ているのだろう。固体の振動は少数の固有振動の重ね合わせで大部分が説明できることが多いが、流体の振動は起こりうるあらゆる振動数にパワーが分配されることが多いのだ。

ただし、気象・海洋を主な部分とする気候システムの現象でも、日周期・年周期・Milankovitch周期、あるいは潮汐周期などは、流体系内部ではなく天体力学の質点系または剛体系に支配された強制作用の周期性なので、第2の方法によって抽出されやすい。ただし、そのように強制された運動が流体の運動全体のうちでどれだけの割合を占めているかを考えるためには、第1の方法による解析も必要となる。

文献 (思い出したらまた追加するかもしれない)

  • 赤池 弘次, 1968: スペクトル解析。相関関数およびスペクトル--その測定と応用 (磯部 孝編, 東京大学出版会), 28-46. [赤池氏は自己回帰による方法の開拓者だが、この文献はここでいう第1の方法の解説。赤池氏の著作リストは 赤池記念館にある。]
  • 花房 龍男,林 良一, 1977: スペクトル解析. 気象研究ノート(日本気象学会),第131号.
  • 日野 幹雄, 1977: スペクトル解析。朝倉書店。
  • 宮田 元靖, 1983: データとパワースペクトル (I, II)。日本物理学会誌, 38(3), 195-202 http://ci.nii.ac.jp/naid/110002075192 ; 38(4), 267-272 http://ci.nii.ac.jp/naid/110002075215 .