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2017-11-28

引用符のなかまの役割分担を決めたい

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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最近1年間ぐらいのうちに、次のような主張を読んだ覚えがある。

引用符は引用をあらわすものだ。それ以外の目的に使ってはいけない。」

ただし、どこで読んだか、だれの発言だったかを覚えていない。ことばも正確に覚えているわけではなく、上のかこみのかぎかっこの中の文はわたしが記憶から構成したものだ。したがって上のかこみの内容は正確には引用ではない。かぎかっこが引用符だというのはよいと思うので、上のかこみの内容を書いたわたしは、かこみの内容の指示にしたがっていないわけだ。

上のかこみのような発言をするのは、歴史学哲学文学を含む人文系研究者や編集者だろう (ただし、そのすべてではない)。

文献を論評したり、参考にしたりするとき、もとの文献の文字づかい (必ずしも著者自身の文字づかいでなく、出版あるいは写本ができたときの文字づかいだとしても)を伝え、読者がそれを確認できるようにしたい、という趣旨はわかる。

原文をそのまま書いたのでは長すぎることがあり、省略は必要になる。そのときは、「 ... 」などの記号を一定ルールで使うことになっている。欧文では、文の頭であるかどうかによって大文字と小文字が変わることがあり、原文では文の途中の「this」を文の頭として引用したい場合には「 [T]his」のような形で明示しているのを見ることがある。

わたしは、自分がふだんから上のかこみのような規則に従うのはとても無理だと感じている。しかし、そういう規則をもつ本や雑誌に文章を出すことになったら、その規則を尊重して従う努力をしたいと思う。

しかし、引用以外の場面で、引用符と区別されてもよいが、引用符と同類の記号を使えることは必要だと思う。

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日本語を漢字かなまじり文で書くときにふつう使う引用符は、かぎかっこ(「」)、二重かぎかっこ(『』)だ。同じものの開き・閉じが対応する。かぎかっこ による まとまり のうちに かぎかっこ が含まれるときは、内側で二重かぎかっこを使う。

その第1の使いかたは、引用だと言ってよいと思う。わたしは小学校のときに、かぎかっこの使いかたを習った。そのときは、「引用」ということばは使われず、およそ「人の発言を伝えるときに使う」というような表現だったと思う。(それが引用と同じかちがうかについては、あとで議論したい。)

第2の使いかたとして、本などの題名を示す場合がある。この使いかたも、著者なり出版者[注]なりが決めた題名の文字列を忠実に伝えることになるので、「引用」の意味をやや広げればそれに含まれるとも言えそうだ。

  • [注] わざと「出版社」と書かなかった。出版者は、学会など、会社でない場合も多いからだ。

小学校で習った規則は、題名の場合も「」が基本で、「」の中にきたときだけ『』、だったと思う。しかし、近ごろ見るいくつかの学術雑誌では、本の題名は『』と決めてあることもある。

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日本語の出版物のうちで、欧文由来の「“ ”」などの引用符を見かけることもある。それとかぎかっことの使いわけについては一般のルールはない。出版物ごとにルールを決めていることはあるだろう。そのときごとの感覚で使っている人も多いと思う (わたしの場合もそうだ)。

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きびしい意味の引用ではないが引用符を使いたい場合の第1として、引用ということばを ゆるい意味[注]で使えば含まれそうなものがある。他人の言うことを伝えたいのだが、表現がもとの発言や文章のとおりでない場合だ。

  • [注] 「広い意味の引用」と書くと「それは引用ではない」としかられそうなので、別の表現を考えた。「狭い意味」「広い意味」にだいたいあたることがらを[2013-09-13の記事]では「鋭い」「鈍い」と表現してみたが、ここでは「きびしい」「ゆるい」としてみた。

わたしの小学校のときにならった「人の発言を伝える場合」でまず想定されたのは話しことばだった。話しことばは、正確に記録しておらず記憶によって再構成することが多い。わたしは、書きことばを「伝える」場合も同様に考えたので、引用符の使いかたはきびしい意味の引用に限るとは思わないまま育った。理科系[注]の専門文献でも(他の著作を細かく批評するときのほかは)、ことばを正確に伝えなくても趣旨が変わらなければよいとされることが多い。文科系の文献できびしい引用に限定することがあるのは、あとで知った。

  • [注] ここで「理科系」「文科系」ということばは、とてもおおざっぱに使っている。すべての学問を二分してしまおうなどという意図はない。

第1のものの変種として、自分の意見とちがう意見を想定してみたい場合がある。たとえば、次のかぎかっこの使いかただ。

「日本は核兵器を持つべきだ」という意見に、わたしは賛成しない。

このくらいの長さならばかぎかっこなしでも読めるが、もっと長くなると、意見の内容をかこむ記号がほしくなる。

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きびしい意味の引用ではないが引用符を使いたい場合の第2として、単語を典型的でない意味で使う場合がある。次のような場合を含む。

  • 世の中の人が言う○○ (自分はそれが○○であるとは思わないが)を「○○」と書く。
  • (世の中ではふつう○○と呼ばないものを) 自分があえて「○○」と呼ぶ。

たとえば、今の日本は常識的に見て戦争中とは言えないが、ある意味で戦争中と似た状況にある。その「ある意味」を伝えるために、かぎかっこつきで「戦争中」 と表現する。

第2のものの変種として、見慣れない単語を持ち出すとき。あるいは、強調したいときがある。これは、日本語では傍点か傍線、欧文ではアンダーラインかイタリック体、HTML では <em>...</em> か <strong>...</strong> が 適切なのかもしれない。しかし、機械への文字入力で文章を書いていると、傍点などは技術的にできなかったり、できてもてまどるので、(わたしは)かぎかっこで書いてしまうことが多くなった。同様にかぎかっこを使う人が多いかどうかは確かめていないが、めずらしくはないと思う。

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引用符には含まれないと思うが、そのなかまであるものとして、かっこ[括弧]がある。「( )」が基本で、「{ }」(波かっこ)、「[ ]」(角かっこ)も同類だ。

論文、とくに自然科学系の論文は、かっこなしでは、まず書けないだろう。かっこが多重になる場合の対策、かっこ類の使いわけなどは、一般的ルールはあまり明確ではなく、出版の場(雑誌など)ごとのローカルルールや、専門分野ごとの習慣などによっていると思う。

わたしは、文章を書くときのかっこの役割を次のように理解している。かっこは、文を補足する情報を与えるための記号だ。かっことその中身をいっしょに省略しても、文は形式的にも正しく、基本的意味も変わらない(ように書くべきだ)。

しかし、数式でのかっこの意味はちがう。そこでは、かっこは、要素をまとめるための記号だ。かっことその中身をいっしょに、ひとつの(変数をあらわす)文字で置きかえて、その置きかえを示す式を別に書けば、式は形式的にも正しく、意味も変わらない(ように書くべきだ)。

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そこで、きびしい意味の引用ではないが引用符を使いたい場合の第3として、数式でのかっこと同様に、(数式でない) 文のうちでの語句のまとまりを示したい場合がある。

条件つきの議論どうしを比較するときなど、まとまりを示しておかないと、とても読みにくい。そこで、わたしは、かぎかっこを使ってしまうことが多い。

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引用符のなかまは複数の形があるので、きびしい意味での引用と、それ以外に引用符のようなものを使いたい場合で、記号を区別することは可能だと思う。

ひとまず、日本語の中で、きびしい意味の引用にかぎかっこを使うと決めたとしよう。それ以外の場合にはどんな記号を使ったらよいだろうか。

思いあたるのは、山かっこ(ギユメguillemets)「〈 〉」、二重山かっこ「《》」だ。これは、フランス語では引用符として使われている。日本語で使われる場面は限られているが、使うならば〈単語を典型的でない意味で使う場合〉が多いと思う。

【わたしが学生のとき読んだ本のうちには、山かっこを使ったものもあったはずだが、わたしはかぎかっことの区別を気にとめなかった。本や雑誌の題名を示すところで使われていたというおぼろげな記憶があるだけだ。

ところが、わたしが共訳者になった本[読書ノート]の題名の内で使われてしまったので、わたしはのがれられなくなった。原題には discovery ということばが引用符なしで含まれているのだが、日本語版の出版社が山かっこを使った。わたしはその理由を聞いていない。この本の場合、山かっこの必要性は大きくないと思う。しかし、同じ出版社から出た別の本[読書ノート]の場合は、あきらかに文字どおりではない意味で使われている。】

ここでわたしは、〈きびしい引用には かぎかっこ を、それ以外は山かっこを使う〉という方式を提案したい。もちろん、それは、その方式を採用する著者や出版者がふえないとなりたたない。しかも、わたしは、これまでの かぎかっこ を多く使う習慣を簡単に変えられそうもない。ときたま、山かっことの使いわけを試みてみようと思うところまでだ。

2017-11-24

なかぐろ、ハイフン、空白

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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日本語を漢字かなまじりで書くときには、わかちがきの習慣がない。わかちがきの習慣のある言語で、空白でくぎられたそれぞれの文字列を仮に word と呼ぶことにする。わかちがきの習慣のある言語では、ひとつの人名などの固有名が、複数の word からなっていることがある。それを日本語の中にもちこんで、かたかなで書こうとしたとき、わかちがきの構造をどう残すかが問題になる。

一体の固有名だという意識が強い場合は、空白なしにつめてしまうこともあるだろう。

わかちがきの構造をそのまま、空白をはさんで表現することも考えられる。わたしはこれをすすめたい。しかし、現実の日本語圏ではあまり見られない。多くの人が、空白をはさんだかはさまないかの区別を意識しないからかもしれない。

多く見られるのは、なかぐろ(「・」)を使うことだ。

ところが、なかぐろは、列挙にも使われる。なかぐろを含む人名を列挙するとき、列挙もなかぐろであらわしたのでは、人数がわからなくなる。

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アルファベットを使う言語では、ハイフンで語をつなぐ構造もある。

日本語の中で固有名をかたかなで書くとき、アルファベットのハイフンを意識的に転写する場合は、二重ハイフン(「=」)を使うことが多い。(もとのアルファベット表記で二重ハイフンを使っている場合もいっしょになってしまうが、こちらの件数は少ないだろう。)

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ところが、最近の高校の世界史の教科書では(複数の会社が出版しているが、いずれも)、ひとつの固有名の内部では、空白のところも「=」にしている、という話があった。なかぐろは固有名を列挙するときに使うので避けたかったらしい。

そのことを確認しようとして、教科書ではないが、それと共通の材料を編集したという『新 もういちど読む 山川 世界史』の本を見てみたが、言われるようになっていない。複数の word からなる人名の word間はほとんど なかぐろ だ。この本は教科書とは別の編集方針によっているか、あるいは句読点に関する編集方針がかわる前の教科書にもとづいているのかもしれない。

(なお、『新 もういちど読む』の本の索引の人名で、二重ハイフンを使っているものが少しだけある。そのうち「サン=シモン」はSaint-Simonだが、「サン=マルティン」(ラテンアメリカの独立運動家)はSan Martin、「ド=ゴール」はde Gaulleのはずで、この本の編集方針でなぜ なかぐろ にならなかったのかわからない。もしかすると、執筆者ごとの不統一が残ってしまったのだろうか。)

文献

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なかぐろ の(広い意味の)列挙の働きには、単純な列挙のほかに、「A・B間」などの構造をつくる場合がある。

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(1970年代に得た知識だが) 中国語では(漢字で横書きの場合)、句読点の「、」と「,」を区別する。日本語の読点(「、」)と同様な働きをするのはコンマ(「,」)のほうだ。「、」は列挙に使うのだ。これは単純な列挙だ。

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これから、どうしたら、まぎらわしいことを少なく、読みやすくできるだろうか。

わたしは、日本語にも空白によるわかちがきを導入するべきだという意見だ。そうすれば、英語で空白のところは日本語でも空白でよい。ハイフンはハイフンで受ければよいと思う。なかぐろは列挙に使えばよいと思う。「A・B間」は「A--B間」のほうがよいかもしれない。ここで「--」はダッシュで、便宜上ハイフン2つで示しておいた。ダッシュとハイフンの区別は、フォントによってはむずかしいので、規則にしないほうがよいかもしれないと思う。

わかちがきを導入しない場合にどうしたらよいかは、よくわからない。

- 6 [2017-11-26 追加] -

今の日本語圏には、外来語でない日本語の単語を書くとき、ハイフンを使う習慣はない。しかし、わたしは、複合語の組み立てを明確にするために、漢字要素どうしの比較的強い結びつきは続けて書き、比較的弱い結びつきをハイフンで示すという書きかたを奨励したいと思うことがある。(なかぐろではまずいと思う。) ただしこれは、ハイフンとダッシュとが区別できることが前提だ。

- 7 [2017-12-03 追加] -

日本語での なかぐろ の使いかたのうちに、英語などでの単語を頭文字だけあるいは途中で省略するときに使うピリオド(「.」)に対応するものがある。ただし、この場合の なかぐろ は、連語の途中ではよく使われるが、連語の最後に出てくるのは例外的だ(英語からの翻訳ならば最後のピリオドは対応物なしに省略されてしまう)。わたしは、日本語でも横書きならば、ピリオド(「半角」のピリオドとそのあとに「半角」の空白)で表現するのがよいと思っているが、これは日本語圏での習慣になっていないので、妥協して なかぐろ を使うこともある。

2017-11-19

「チバニアン」でよいのか?

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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この記事は、[前の記事]に関連するが、前の記事が入門的解説を意図したものなのとはちがって、この記事は個人的感想を書いたものだ。雑談であって結論はない。

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近ごろは多くの自然科学系の国際学会作業言語は英語になっている。IUGS [前の記事参照] の場合もそうなのだと思う。しかし、新しい学術用語をつくるときには、(英語、フランス語ドイツ語が同等に重要だった20世紀初めごろまでの習慣のなごりだと思うが) ラテン語で構成しようとする考えも続いているようだ。

地質時代の英語名は、「紀」「世」「期」の前に、形容詞がつく。その形容詞は、昔からあるものはさまざまな形をしているが、新しくつくる場合は、地名のあとに -ian をつけたものに、だいたい統一されているようだ。

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千葉(Chiba)に -ian をつけるとすれば、すなおには、Chibaian になる。しかし、それは認められにくいらしい。母音 a と 母音 i がつながる hiatus (言語学での意味であって、地質学での意味ではない)がきらわれるのかもしれない。また、ラテン語では(わたしは正確に知らないのだが)、「ai」という音のつながりは「ae」に変えられることになっているようだ。そうすると Chibaean になる。ところが、英語では「ae」は「e」と同様に発音される。Chibaean は英語では「チビーアン」のように読まれるだろう。これでは、日本語話者にはおもしろくない(と感じる人が多い)と思う。

Chiba の最後の a を語尾とみなして取り除いて -ian をつければ Chibian になる。ラテン語や英語としてまずいことはないと思うが、日本語話者にとって「チビアン」はおかしくひびくだろう。

Chibaと -ian の間に子音をはさむことが許されるとすれば、何を入れるだろうか。わたしはラテン語の語の組み立てかたをよく知らないが、形容詞をつくるときによく出てくるのは s だと思う。(英語の「Japanese」に s があるのも、s をふくむ接尾語が使われやすいということなのだと思う。) 更新世のジェラシアン期の名まえは Gela という地名にちなんで Gelasian となっている。同様に Chiba から Chibasian という形はよさそうな気がする。ところが日本語でこれは「千葉市」を連想させてしまう。模式地の候補地があるのは千葉県ではあるが市原市なのだ。「チバシアン」はうまくない。

(わたしの推測だが)たぶんそういう考慮もあって、GSSP候補地をIUGSに提案した日本の研究者たちは n をはさんだ Chibanian という形を採用したのだと思う。(時代名もすでにIUGSへ提案したのかどうか、わたしは知らないのだが。)

しかし、Chibanian と聞くと、わたしは、Chibania という地名があることを期待してしまう。「千葉」を知らない多くの人がそう思うだろうと思う。わたしはそういう理由で「チバニアン」もうまくないと思う。ただし、逆手にとって、「ここが Chibaniaだ」として売り出すのならよいかもしれない。

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しかし、ほんとうに、母音で終わる地名のあとでも、-ian でなければならないのだろうか。

地質時代名の形容詞を見ると、-ian でない -an で終わっているものも見られる。地質学の歴史の中で古い時期に決まったものは今とちがった命名規則なのかもしれない。しかし、原生代(古生代よりもまえの時代)の「紀」の名まえは最近決まったものだろう。原生代のうちいちばん新しい(現在に近い)「紀」は Ediacaran とされている。これは Ediacara という地名にちなんだものだ。すると、-a で終わる地名に対する形容詞は -an でもよいのではないか?

もしその形が許されるとすれば、千葉にちなんだ時代名は、Chiban でよいと思う。「チバン」では「地番」などと同じ音になってしまうけれど、日本語の中では「千葉期」「千葉時代」などと呼べばすむだろう。

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ところで、Chiba という文字列は、ローマ字(ラテンアルファベット)を使う主要な言語のあいだで、読みかたがさまざまだ。[別記事「Chiba行きの電車」]に書いたように、イタリア語だと思って読めば「木場」、フランス語だと思って読めば「芝」、ドイツ語だと思って読めば「ひば」になってしまう。英語だと思って読めば、たぶん「チャイバ」だろう。ただし、別記事には書かなかったが、中国語(ピンイン)とスペイン語も含めれば、「チバ」と読むのが多数派ではあるのかもしれない。

千葉県には申しわけないが、わたしは、地名に由来するが地名を離れて使われる学術用語には、このように読みかたがまちまちに化けてしまう地名は、なるべく使わないほうがよいのではないか、と思う。

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日本語のローマ字のつづりかたを問題にすれば([2017-03-21の記事]参照)、「チバ」を Chiba とつづるのはヘボン式で、日本式や訓令式では Tiba だ。わたしは日本語のローマ字つづりは訓令式が標準だと思っているので、「チバ」ならばTiba とするべきだと言いたい。

しかし、(松山(Matuyama)基範の時代には、少なくとも物理学関連の学者のあいだでは、欧文で署名するときも日本式が多数派だったのだが)、今では、日本語の単語を欧文にまぜて書くときのつづりかたはヘボン式が圧倒的に多いだろう。訓令式にしようという意見は少数意見にしかなりそうもない。そこでむしろ、「チバ」以外の地名を使ったらどうかという意見に傾く。

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千葉県は、旧国名で言うと、上総(かずさ)、下総(しもふさ→しもうさ)、安房(あわ)の三つをあわせたものにだいたい一致する。

模式地候補地の地磁気逆転の層準は、このうちの「上総」にちなんだ「上総層群」という地層の中にある。また、模式地候補地の場所は、上総の国に含まれるらしい(わたしの確認がまだできていないがこれからする予定)。

そこで「上総」にちなんだ名まえが考えられる。Kazusa も「-a」で終わっているから、もし「-ian」でなく「-an」でよいならば、Kazusan (カズサン)とするべきだろう。「-ian」にしなければならない場合は、2節と同様のことを考えなければならないが、Kazusian (カズシアン) でも、おかしいことはない。

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地質時代の名まえを考えるときには、人間の歴史の中でなるべく古い時代の地名を使おうとする傾向もあるようだ。

そうすると、上総・下総にわかれる前の「ふさのくに」にちなむほうがよいような気もする。Fusa も -a で終わっているから、「-an」でよいならば Fusan (フサン)となるが、「-ian」にしなければならないならば、2節と同様な問題がある。

ただし、Chibanian の場合は、n の由来が不明だが、もし Fusanian (フサニアン)とする場合には、n は「ふさのくに」の「の」から来たという言いわけができるかもしれない。

なお、訓令式ならば「ふさ」は Husa だ。

しかし、わたしは、古語に関しては、ハ行は f でつづるのが順当だと思っているので(また、16世紀のポルトガル人も当時の日本語のハ行を f でつづっているので)、ここは Fusa でよいようにも思う。

2017-10-30

わかちがき むき の ひらがな フォント が ほしい

【この 記事 は まだ かき かえる こと が あります。 どこ を いつ かき かえた か、かならずしも しめしません。】

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わたし は 日本語 の 文字づかい に ついて、漢字 を やめて かな だけ に して も よい と おもって いる。この かんがえ は、梅棹 忠夫 [うめさお ただお] さん の 『知的 生産 の 技術』 そのほか の 著書 の 影響 を うけた もの だ。その こと は、[2017-07-08 の 記事] に かいた。

しかし、漢字 かな まじり の 文章 と ならべられる と、かな だけ の 文章 は 印象 が ちがい すぎる。そこ で、梅棹 さん も やって いる よう に、漢字 を 音よみ で は つかって よい が、訓よみ で は 原則 と して つかわない、と いう こと に する。(例外 と して は つかう こと が ある。)

すで に 漢字 まじり で かかれた 文章 に ついて、単純 に 漢字 を かな に かえる と、意味 が わからなく なる こと が ある。ことば を えらび なおす 必要 が ある。かな で かいて わかる こと は、ほぼ、おと と して きいて わかる こと と おなじ だ。あたらしく かく ばあい に かぎれば、この よう に ことば が かわって いく の は よい こと だ と おもう。

しかし、漢字 を へらして かな に かえる と (文字 表記 だけ かえる と して も、ことば を おき かえる と して も)、文字数 が ふえる。

しかも、かな が つづく と、意味 の きれめ を とらえ にくい。ローマ字 (ラテン アルファベット) を つかう ばあい と 同様 に 単語 の あいだ を あける 「わかちがき」 を する べき だ [注]。ただし、わかちがき の ため の あき を 文字数 に かぞえる と、ますます 文字数 が おおく なって しまう。 (この ブログ 記事 で は、あき は アルファベット の 空白 を つかった ので、おおく の ブラウザ で、漢字 や かな の 半分 の はば に みえる だろう。それでも み-なれた もの より は まのび して みえる と おもう。)

  • [注] 英語 で a word は、ふつう、空白 を あけないで つづけて かかれて いる 文字列 を さし、文法 を ほとんど 意識 しないで つかわれて いる と おもう。日本語 で も、もし これから わかちがき が あたりまえ に なって、みんな だいたい おなじ きりかた を する よう に なれば (こまかい ちがい は あって よい)、同様 に なる と おもう。しかし、いま は わかちがき を する ひと の あいだ でも 流儀 の ちがい が ある。カナモジカイ の やりかた は、だいたい 学校 文法 で いう 「文節」 で くぎって いる。ただし 複合語 は 学校 文法 で いう 単語 よりも こまかく 構成 要素 ごと に わける。わたし は、『知的 生産 の 技術』に ならって、かながき で も ローマ字 の ばあい と おなじ よう に こまかく わける こと に した。学校 文法 の「単語」と は いくらか ちがう が、「単語 わかちがき」と いえる と おもう。
  • [注の補足 (2017-12-04)] この わかちがき の 単位 が 学校 文法 で いう 単語 と いちばん ちがう の は、学校 文法 で いう 「助動詞」 の あつかい だ。学校 文法 の 用語 を つかって 近似的 に 説明 する と、「助動詞」 の うち、「動詞」 の 「終止形」 または 「連体形」 に つく もの は わける が、「連用形」 や 「未然形」 に つく もの は つなげる、と いえば だいたい よさそう だ。

いま の 日本語 の 印刷 文書 で は、漢字 も かな も ひと文字 あたり の 面積 が おなじ な の が ふつう だ。そこ で 漢字 を へらす と、おなじ 情報量 を つたえる の に 場所 を よけい に とる。また、掲載料 を だして もらう ばあい や、原稿料 を もらう ばあい は、「みずまし」に なる こと は 気 が ひける。それ で、わたし は、おおやけ に なる 文章 で あまり 漢字 を へらせなかった。

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ひらがな、かたかな の ほとんど の 印刷用 や コンピュータ用 の フォント は、字 が おさまる わく を、漢字 と おなじ おおきさ の 正方形 に して いる。しかし、かな は 平均 すれば 漢字 よりも 画数 が すくない から、漢字 よりも ちいさく して も よめる はず だ。

これまで の ほとんど の フォント は、たてがき を 前提 に 設計 されている。よこがき を 前提 と すれば、かな の 字体 は たてなが に する の が よい と おもう の だ が、そう いう フォント は なかなか みつからない。

カナタイプ (かたかな の タイプライター) や、それ を 参考 に した ひらがな タイプライター で は、欧文 (ローマ字) の タイプライター と おなじ 機械 の しくみ を つかった ので、活字 に あたる タイプフェース は たてなが に なって いる。タイプライター は かな だけ で 文章 を かく こと を 想定 した もの だ が、漢字 に まぜる ばあい に も このような フォント が つかえる と おもう。まぜた ばあい、かな の よこはば は 漢字 の 6わり くらい に なる だろう。

そのような フォント が ある か と いう 疑問 を かいたら、Shiki Okasaka さん が、「ツルコズ」と いう フォント が ある こと を おしえて くださった。祖父江 慎 [そぶえ しん] さん が デザインしたもので、https://www.typebank.co.jp/kanabank/s-sobue/ の ページ で 紹介 されて いる。その フォント は モリサワ から 商品 と して でて いた こと も ある そうだ が、いま は でて いない。

この うち かたかな は、カナモジカイ の マツサカ タダノリ [松坂 忠則] さん が 1930年 に 発表した「ツル 5号」と いう 書体 だ そう だ。字 の うえ の ほう の よこ線 を そろえる と いう 特徴 が ある。また、「イ」 など の 字 の うえ の 部分 が その よこ線 から おおきく うえ に でる。わたし に は、この おおきく うえ に でる ところ が、どうも なじめない。しかし、1970年代 に カナモジカイ の 出版物 『カナノ ヒカリ』 など で つかわれて いた 字体 は、だいたい 同様 な の だ が、うえ に でる ところ は みじかく なって いた。それ ならば、わたし は なじめる。

ひらがな は 祖父江 さん が あたらしく デザイン した もの で、マツサカ さん の かたかな に ならった もの だ と いう の だ が、よこ線 が そろって いない。ひらがな は もともと まっすぐ な よこ線 を もって いない ので、そろえよう と いう 発想 が おこらなかった の も 無理 は ない。しかし、わたし は、近似的 に そろえた ほう が よい と おもう。

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マツサカ さん の カナタイプ用 の 書体 の 設計 は、おおまか に ローマ字 の 小文字 の かたち に ならった もの だ と おもう。

ローマ字 の 大文字 は、一定 の たけ を もち、ほとんど の ばあい に それ が しめ うる わく の うえ の はし [上端] から した の はし [下端] まで とどいて いる。かり に、いえ [家] に たとえて、うえ の はし を「やね[屋根]」、した の はし を「土台」と よんで おく。

小文字 を かたちづくる 線 の 大部分 は 大文字 の たけ より は だいぶ せまい おび の うちがわ に ある。この おび の 両はし を、かり に「天井[てんじょう]」、「ゆか[床]」と よぶ こと に する。ローマ字 の ばあい は、この うち ゆか の ほう が だいじ で あり、英語 で base line と いえば そちら を さす と おもう。

小文字 の うち に は、天井 よりも うえ や、ゆか よりも した に つきぬける 部分 を もつ もの が ある。その 部分 が やね や 土台 に とどく か どう か は 統一 されて いない と おもう。

カナタイプ用 の 書体 も、同様 に、大部分 が「天井」と「ゆか」の あいだ に おさまる が、ときどき うえ や した に つきぬける よう に つくられて いる。ただし、ローマ字 小文字 の ばあい と ちがって、「天井」の ほう が「ゆか」よりも だいじ な 線 だ。そして、それぞれ の 文字 の うえ の ほう に よこ線 が ふくまれる ばあい に は、その よこ線 を「天井」の たかさ に そろえる よう に デザイン されて いる。この よこ線 の そろえかた は、デーヴァナーガリー 文字 や チベット 文字 など の インド系 の 文字 に みられる もの に にて いる と おもう。(デーヴァナーガリー 文字 の ばあい は、よこ線 を つないで しまう ので、印象 が ちがう が。)

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わたし は、ひらがな の 書体 も、カナタイプ用 の かたかな の 書体 と おなじ 原則 で デザイン した ほう が よい と おもう。

残念 ながら、わたし は デザイン を する 能力 が とぼしい し、計算機上 で 略図 を かく こと さえ にがて に なって しまった。

ひとまず、ひらがな の 書体 が どんな もの で あって ほしい か を ことば で かいて みる。

まず「あいうえお」についてみると、「」「」「」「」の それぞれ うえ の ほう に ある よこ線 が 「天井」に のる。「」と「」の たて の 画[かく] と、「」と「」の うえ の 点 は、「天井」よりも うえ に つきぬける (「やね」に とどいて も よい)。「」の 点 は だいたい「天井」に のる。よこ線 の ない「」は、両方 の 画 の うえ の はし が 「天井」に とどく よう に する。したがわ で は、「」の はらい は「ゆか」よりも した に つき ぬけ、「土台」に とどく。「」「」の した の はらい も、「ゆか」よりも した に でて も よい (「でなければ ならない」 と は しない)。

」の ほか に、「ゆか」よりも した に つきぬける 字 に「」「」、つきぬけて も よい と する 字 に「」「」「」「」「」「」「」「」が ある。「」は、「ゆか」よりも した に のびて「土台」に むかう、「ゆか」に そって みぎ に むかう、「ゆか」から みぎうえ に まがる、など の かたち が かんがえられ、フォント デザイン ごと に かわり うる と おもう。「」も 同様 だろう。「」は した に のびる か、まっすぐ みぎ、「」「」は まっすぐ みぎ か、みぎうえ が かんがえられる。「こ、せ、た、と、に、を」の おわり の ところ は「ゆか」を まっすぐ みぎ で よい と おもう。「」「」の おわり の 画 は、ほか の 部分 から はなれた かたち を 採用 して、「ゆか」から みぎした に のびる の が よい と おもう。

文字 の した の ほう に まる があるばあい、まる は 「ゆか」の あたり に くる。デザイン と して まる の 中心 を「ゆか」の 線 に おく の が よい と おもう。これ に あてはまる の は「な、ぬ、ね、は、ほ、よ、る」だ。「」の まる も ふくめる か どう か は むずかしい。「」は ふくめず、まる の した の はし を「ゆか」に あわせる の が よい と おもう。

文献

  • 梅棹 忠夫 [うめさお ただお] , 1969: 知的生産の技術 (岩波新書 青版 722, F93) 岩波書店。ISBN 978-4-00-415093-0。

2017-07-08

わたしはどのようにして「表音派」になったか

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

この記事は、個人的な覚え書きです。知識を提供することも、意見を述べることも、意図していません。ただし、将来、知識提供または意見の記事で、背景説明として使う可能性はあります。

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日本語の文字づかいについては、わたしは「表音主義者」だ。つまり、標準は かな か ローマ字だけで書くことにしたほうがよいと思っている。ただし、漢字をなくそうというのではなく、漢字の読み書きを義務としないようにしようということだ。

しかし、(学生のころはともかく就職して以来)、その主張を、たまにしか実践してはいない[注]。わたしの日本語の文字づかいは、同業者(自然科学者)の並のものに近い。わかちがきなしの漢字かなまじり文だ。ただし、横書き (縦書きはぜひ必要なときだけ)、数字は原則として算用数字だ。同業者の並よりも、やや表音主義寄りのところはある。なじみのない字をわざわざ持ち出すことはしないようにしている。漢字書きわけの議論を避けたくて、読者には見慣れないだろうと思っても、かな書きをすることもある。

  • [注] まったく実践していないわけではない。個人ウェブサイトにローマ字日本語によるページをつくっている。http://macroscope.world.coocan.jp/ja_roma/ 世界に発信するのに、文字はローマ字にして日本語で書くことによって、英語で書くのとは別の読者につながると考えたからだ。しかし、これまでにそこに置いた記事は少しだけだ。

わたしの文字づかいの感覚のうちで、どれだけが、わたしの世代(そのうち理科系の勉強をした人にかぎるべきかもしれないが)で共通で、どれだけが、わたしに特異なのか、自分でもよくわからない。そこで、ひとまず、わたしの個人的背景を書き出してみることにした。

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わたしは、ひらがなとほぼ同時、もしかするとひらがなよりも前に、(日本語を書く文字としての)ローマ字を知った。これは1960年ごろの日本の幼児としてはめずらしいことだっただろう。それはたぶん親の意図ではなく偶然だった。

家には「いろはつみき」という積み木があって、わたしは毎日のようにそれで遊んだ。一辺3センチほどの正方形、厚さ1センチほどの木片で、おもて面にひらがな1文字が書いてあった。積み木として使うこともできるが、字をならべてことばを示す教材を意図したものだろう。裏に、おもてと同じ音の、かたかなと、ローマ字(訓令式だったと思う)が書いてあった。

ところが、おもては、わりあい濃い色の塗料を塗った上に黒い文字が書いてあって、明度コントラストが弱い。(色は6とおりぐらいあって、積み木をいろは順にならべると色がそろったのだと思う。) 裏は、木の地の色(わりあい薄い)の上に黒い文字で、明度コントラストが強い。さらに、わたしは視力がよかったので、1cmの文字のほうが、3cmの文字よりも読みやすかった。それで、わたしはおもてのひらがなよりも、裏のかたかなとローマ字を読んだのだった。

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わたしは、ひらがな、かたかなの読み書きは小学校入学前にできるようになっていた。漢字は、書くほうはあまり早くなく、自分の名まえなどを別として、学年別割り当てよりちょっとだけ早い程度に覚えた。読むほうは早くて、小学校低学年ごろに、おとな用の新聞などを拾い読みしていた。ただし正しく読んでいるとは限らなかった。祖母が覚えていてあとで話してくれたところでは、テレビの字幕の「皇室」を「のうしつ」と読んだ。(「天皇」が「てんのう」であることは知っていて、推論したのだった。)

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わたしが子どものころ、家にはいろいろな本があって、わたしは、いわば「手あたりしだいに」読んだ。

文字づかいで分けると、次のような本があった。

  • 子ども向けの新しい本: 当用漢字表・音訓表にしたがった (さらに教育漢字の学年別割り当てを意識した) 文字づかい。
  • おとな向けの新しい本: (当用漢字表にある字は)新字体、現代かなづかい。漢字の使いかたは著者の感覚しだい。新聞社などのマニュアルにしたがったものは原則として当用漢字(固有名詞は別)。
  • 古い本: 旧字体、歴史的かなづかい。子どもが読むと想定されたものはルビつき。

文字づかいのちがいは感じたが、あまり気にしないで読んでいた。しかし、書くときは、ほぼ学校の教科書にあわせていたと思う。ただ、宿題などで、親からおそわったとおりに書いた部分の文字づかいを、先生になおされるなどの場面で、文字づかいの標準が、(当時の)今の学校とむかしの学校とでちがっているらしいことを知った。

そして、親が買っていた『当用漢字小辞典』や『国語の早わかり』という本を、たぶん親よりもだいぶ熱心に読んで、「当用漢字」や「当用漢字音訓表」がどんなものであるかを、かなり詳しく認識した。

中学生ごろ、国の政策が漢字制限を弱める(漢字をふやす)ほうに少し向かった。教科書に紙をはった覚えがある。学年割り当ての漢字が追加されたので、かなで書かれていた語を漢字にする、という変更だったと思う。

わたしは漢字をふやす方向の変化に反発した。一般に人の自由をしばる規制には賛成しないのだが、漢字については制限するのがよいとする思想を自分のものにしていた。

その根拠として、まず、言語は音が基本で文字はそれをあらわすものという(言語学的意味での)表音主義が正しいと思っていた。(今のわたしは、手話や数式などまで考えれば、音が基本でない言語もあると認識しているが、日本語や英語を論じるときには、音が基本という主張を変えなくてよいと思っている。)

また、民主主義の立場から、国民としての権利を行使するのに、漢字をたくさん覚えなければならないのはまずいと考えていた。(国民でない人、文字をまったく覚えられない人などの立場も考えると、この主張は構成しなおさなければならないが、それでも有効な理念を含んでいると思っている。)

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母はもと英語教師だった。しかし、母はわたしに積極的に英語を教えようとはしなかった。わたしが英語を(簡単なものにせよ文を組み立てられるように)学んだのは、中学入学以後だった。

ただし、母は、子どもたちに英語やそのほかの外国語になじみをもたせようとは意識的にしていたようだ。父のアメリカ出張の準備のために、レコードの英語会話教材を買ったときには、わたしも、その最初の部分だけ、何度も聞いた。(のち、ブラジル出張準備でポルトガル語、ソ連出張の可能性があってロシア語の入門教材を買ったときも同様だった。) また、テレビ・ラジオの語学講座を母自身が娯楽的に聞いていて、わたしもいっしょに聞いた。

また、英語の発音を構成する基本的な音については、「発音記号」(IPAの英語関係の部分)や、口からのどの断面の図解を含むやや専門的な本(大学または教師用の教材か)も使って教えてもらった。

文字についても、penmanship (いわゆるペン習字)をちょっとやらされた。今ではあまり使わなくなったが当時は必要と考えられていた、筆記体の書きかただった。ペンをためして、あまりに手をよごすので、あとは鉛筆になったと思う。

母の学生時代・教師時代から持っていた英語学の本をのぞいて見たこともあって、詳しくは理解できなかったのだが、英語の発音とつづりの関係の複雑さについては、ふつうの中学生よりはよく知っていた。

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中学・高校のころ、わたしは、ノンフィクションに偏ったが、そのうちではさまざまな分野の本を読んだ。学校の図書館も使ったし、親が持っていた本も読んだが、こづかいで自分で買った本もあった。新書判の本が多かった。今もある、岩波新書、中公新書、講談社現代新書、ブルーバックスのほか、今はない、三省堂新書、紀伊国屋新書、三一新書、日経新書などが記憶に残っている。

そのうちで、言語学に関する本を読んだ印象がわりあいよく残っている。例をあげれば、グロータース 『誤訳』(三省堂新書)、魚返 善雄(おがえり よしお) 『言語と文体』(紀伊国屋新書)、金田一 春彦『日本語』(岩波新書)、柴田 武『日本の方言』(岩波新書)などだ。

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家には手動の英文タイプライターがあった。母が教師時代に使っていたものにちがいない。本体は金属(たぶん鉄)で、キートップは緑色の「樹脂」だった。かたいが薄い木質(ベニア板に化粧紙貼りか?)のカバーがあって、それを閉じるとかばんのように持てた。英語のロゴがあった。Remingtonだったかもしれないが正確に思い出せない。キーボードはアメリカ英語用で、$はあったが£はなかったと思う。「1/2」「1/4」という合字もあった。数字は2から9までがあり、0はオーの大文字、1はエルの小文字で兼用することが想定されていた。

教則本もあった。日本語横書きだったが、日本語の本としては変則的な装丁で、American Letter SizeかA4の短辺とじだったと思う。キーを見ないで打てる、当時の用語で「ブラインドタッチ」ができるようになるのを目標として、段階を追って訓練するものだった。わたしははじめのほうだけ読んだのだが、指を「ホームポジション」に置き、遠くのキーを打ったあともそこにもどすことを強調していた。最初の練習は、左右のホームポジションのひとさし指を打つ「fjfj」だった。それだけやってみた。あとはざっと読んで、自己流に打ってみた。

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タイプライターにふれたのとの前後関係は忘れたが、梅棹忠夫 (1969)『知的生産の技術』(岩波新書)を読み、強く影響を受けた。親にすすめられたのだが、親は「京大式カード」による情報整理をすすめたかったのだと思う。(わたしはけっきょく、この本にあるとおりのカードによる情報整理はしなかったが、学校のノートをルーズリーフにしたという形で影響が残った。) この本がわたしに印象を残したのは、著者の文字づかい(漢字を音よみでは使うが訓よみでは原則として使わない)と、タイプライター利用の試みだった。

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大学に入学するとき、親戚の人に何か買ってもらえることになったので、欧文タイプライターを希望した。

「英文」ではなく、フランス語ドイツ語なども打てるものを希望した。(日本語ローマ字で長音をあらわす山形(フランス語のアクサン シルコンフレクスにあたる形)を打ちたかったのも理由だが、それは言わなかった。)

Olivettiの製品で、型名は忘れたが、internationalという種類のキーボードを選んだ。フランス語、ドイツ語、イタリア語にほぼ対応していたが、スペイン語、ポルトガル語、スウェーデン語、チェコ語などを書こうとすると補助記号が不足していた。アルファベットの配列の基本は英語用のQWERTYだった。(わたしはこのときはまだ、フランス語では AZERTY、ドイツ語では QWERTZ がふつうだとは知らず、ローマ字圏ではみんな QWERTYなのだろうと思っていた。) フランス語のアクサンやドイツ語のウムラウトは、いわゆるデッドキーになっていてキーを打ってもキャリッジが進まず、その使いかたは、まず補助記号を打って、それから文字を打つのだった。セディーユはcとあわせた文字のキーがあった。エスツェットはあったか覚えていない。ssで代用せよということだったのかもしれない。

大学1年のときは、これでおもにローマ字日本語を打っていた。つづりかたは、『知的生産の技術』および小学校時代の教科書などの記憶で、訓令式にしていた。わかちがきは、戦前の田丸卓郎さんなどの方式ではなく、戦後の柴田武さんたちによる、いわゆる「東大システム」(そういう表現で『知的生産の技術』に出てくる)に近いものを使っている。理屈でなく習慣で身につけたのだが、助詞をひとつずつ前の語と分けることは意識した。(学校文法でいう助動詞の扱いの説明はむずかしい。いま反省してみると、近似的には「終止形につく助動詞は分けるが、ほかの形につく助動詞は分けない」と言えそうだ。)

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知的生産の技術』には、日本語の表記には、ローマ字や かたかな よりも ひらがな のほうが見こみがありそうだ、ただし、わかちがきは必要、という議論があり、わたしは賛同した。

わたしはひらがなタイプライターがほしかった。大学生協購買部にひらがなタイプライターが現われたので、キー配列は梅棹さんが勧める斎藤強三さんの「ひらかな標準配列」ではなかったが、買ってしまった。ブラザーの製品だった。(この既製品ならばこづかいで買えたが、キー配列を指定するような特別注文は学生の手におえない値段だろうと思って、どこが売っているかさえ調べなかった。その後、それを知っているはずの人に会っても、たずねないまま来てしまった。)

ブラザーのひらがなタイプライターのキー配列は、カナモジカイ式のカナタイプ (英文兼用でなく専用のほう)と同じ配列で、ひらがなに変えただけだった。英文ならQWERTYのところが「たていすかんなにら」、ホームポジションの段は「ちとしはきくまのりれ」だった。わたしは、(fjfjに相当する)「はまはま」の ためし打ちをしてから、その日の日記を書こうとしたら、「ちりままねん ちれがつ とちにち」となったのを覚えている。数字はホームポジションのキーをシフトすると出るようになっていたのだが、シフトキーを押すのに力が必要で、そのときのわたしの押しかたでは不足だったのだ。「1977年 10月 21日」と解読できる。それからしばらく日記を打っていたのだが、日記を書く習慣がなくなって、ひらがなタイプを打つ習慣もとぎれてしまった。

ともかく、学生のときのわたしは、日本語をローマ字かひらがなで書くのがふつうになるとよいと思い、また、機械による情報処理が発達している流れが進むと、たぶんそうなるだろうとも思っていた。もちろん、漢字かなまじりで書かれた日本語をそのまま表音文字で書いたのでは、意味がわからなくなることもある。わたしは、表音文字で書いて通じる日本語を使うようにしようと思った。Nippon-no-Rômazi Syaの会員になったり、カナモジカイの『カナノヒカリ』や、個人のかたが出していた『ひらがな たんか』を購読したりもした。

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大学4年のときから、大学の計算機を使うようになったが、アルファベットの大文字、数字、英文の句読点、算数記号だけだった。

大学院になってから、使える文字にアルファベット小文字が加わった。計算機プログラムや数値データのほかに、英語の文章を計算機で処理することが、なんとか可能になった。修士論文を大型計算機上で編集して roff というソフトウェアで整形しプリントした。

それから、パソコンで日本語文字が使えるようになった。わたしが知っていた8ビットパソコンでは、「半角」かたかなは使えたが、漢字や「全角」かなは、ハードウェアでは画像として扱い、日本語処理ソフトウェア内でだけ文字として扱えた。単漢字で読みから選択する変換ができた。わたしは日本語ワープロソフトウェアにもさわってみたが、実用に使ったのはまだ英語ワープロだけだった。

1984年ごろには、16ビットパソコンで、単語・文節レベルのかな漢字変換ができるようになった。わたしは日本語をローマ字入力することにした。プログラムや英語を書くことが多かったからローマ字キーボードには熟練していた。ひらがなタイプライターを使った経験は、カナキーボードへの熟練には達しなかった。1986年ごろには、NEC PC9801 MS-DOS上の「一太郎 version 3」を使い慣れて、打つ速さではなく作文・推敲を含めて「時速2千字」の作業効率をひそかに誇ったこともあった。(「一太郎 version 4」は、version 3と同じハードウェアで使うと遅すぎたし、ファイル形式がMS-DOSテキストファイルとちがうものになってしまったので、わたしは敬遠し、できるかぎりversion 3を使いつづけた。)

1995年ごろからは文書作成の作業場を MS-DOS から Unix (Linuxを含む)に移し、emacsで文書を編集した。日本語入力は egg + wnn だった(のち、sj3 を使ったり anthy を使ったりした)。文書整形にはLaTeXも使ったが、HTML文書を書くことのほうに熟練したので、HTMLをプリントすればすむときはそうしている。

2011年ごろから、Linuxを日常に使う習慣がなくなってしまい、文書作成はMS Windows上でやっている。日本語入力はOS付属のMS IMEによっている。なにごとにも熟練していない単なるパソコンユーザーになってしまった。

「一太郎」の時期に、わたしの日本語の文字づかいは、同業者(自然科学者)の標準的なものに近い、漢字かなまじり文になった。1節にも述べたように、多少は表音主義寄りではあるが。

コンピュータによる文字処理技術の発達によって、日本語の文字づかいは、1969年に梅棹さんが予想したのとはちがう方向に進んだ。わたしも大きな意味では日本語話者の多数と行動をともにしたのだ。

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これまでの日本では、梅棹さんやわたしが予想したような、子どもや外国人向けに限らず多くの日本語の文章が ひらがな で書かれるような状況にはなっていない。

しかし、宋(2014)の文章を読んで気づいたのだが、韓国では、ほとんどの実用的な文章がハングルで書かれるようになった。

1970年代の学生としてわたしがもっていた知識では、北朝鮮では朝鮮文字(韓国でいうハングル)だけで文章を書いていたが、韓国では、ハングル漢字まじり文がふつうだった。ただし漢字を音読みだけで使っていた。1980年代、わたしの知っている自然科学分野の韓国の学術書はハングル漢字まじり横書きだった。(人文学分野のものは縦書きのものが多かった。)

その後、わたしは韓国語の文献を読む必要性を感じなかったので気づかなかったのだが、2000年代に韓国の本屋に行くと、自然科学分野の学術書なども、ハングルだけで書かれている。1980年代とは文字づかいが変わってきたのだ。もちろん、それと並行して、学術用語を漢字に頼らないように変える努力がおこなわれている。宋(2014)はその努力を解説したものだった。

わたしは、韓国で、どんな動機で、どのような過程で、文字づかいが変わってきたのか、追いかけていない。(漢字が使われなくなったことで、わたしにとっては、追いかけるのがむずかしくなった。)

そういう立場からの想像にすぎないのだが、まさに梅棹さんが日本語について想像したように、機械(ワープロ、パソコン)による情報処理がきっかけとなって、表音文字化が進んだのだろうと思う。

文献

  • 永彬 (ソン ヨンビン), 2014: 韓国における専門用語平易化の試み -- 医学と物理学日本語学 (明治書院), 2014年3月号 (33巻3号) 44-57. [読書メモ]
  • 梅棹 忠夫, 1969: 知的生産の技術 (岩波新書 青版 722, F93) 岩波書店。ISBN 978-4-00-415093-0。(電子版は2015年).