いろいろな平衡

平衡」ということばは文脈によって違った意味に使われる。

第1は、力のつりあいだ。ある物体にかかる力のベクトルとしての合計が0になることであり、Newton運動方程式によって、その物体は静止または等速直線運動をすることになる。気象でよく使う「静水圧平衡」あるいは「力学平衡」は鉛直方向の運動を静止で近似することにあたる(鉛直運動が存在しないという意味ではなく、鉛直加速度が重力加速度に比べて微小だということだが)。「地衡風平衡」(大気に限らない表現では「地衡流平衡」)は、水平方向の(地球の自転を考えなくてはいけない程度には大きいが地球のまるさを感じなくてよい程度に小さいスケールの)運動を等速直線運動で近似することにあたる。ただし、地球上に固定した座標系は地球といっしょに自転していて慣性系(雑に言えば宇宙)に対して加速度をもっているので、その座標系で表現した運動方程式には本来の(慣性系での)運動方程式にはない見かけの力が含まれる。「地衡風」とは(運動を起こす原動力となる力が)地球の自転の効果である「コリオリの力」とつりあった状態で吹く風、という考えによってできた学術用語だ。

第2は、相平衡だ。化学平衡のなかまだが、化学変化ではなく固体・液体・気体の状態の間の変化について考える。たとえば液体の水と水蒸気がある温度のもとで共存していたとする。単位時間あたりで液体から気体に移る分子数と気体から液体に移る分子数は一般には等しくないので気相の量は変化するが、移る分子数どうしが等しい場合には気相の量は変わらない。このとき液相と気相が平衡にある。大気が理想気体で近似できる限りでは、凝結しない気体が混ざっても、水の液相と気相とが平衡にあるような気相の水蒸気の分圧は水蒸気だけの場合と変わらない。これが[3月18日の記事]で説明を省略した「飽和水蒸気圧」だ。

第3に、システムが状態量の時間微分を含む微分方程式で記述される場合に、一般にはシステムの状態は時間とともに変化しつづけるのだが、特殊な場合として時間微分の項の値がゼロになってそのまま持続できる状態がある。これを定常状態あるいは平衡状態という。わたしは「定常」のほうを好むが、力学との類推をする人は「平衡」を使う傾向があるようだ。とくに、平衡状態に小さなゆらぎが加わったとき、ゆらぎが増幅する場合は平衡状態は「不安定」であり、ゆらぎが減衰する場合は平衡状態は「安定」であるというが、このような文脈では「平衡」のほうがよく使われるようだ。

第4に、熱力学的平衡がある。ただし、大気を全体として論じる際にはこの概念は出てこない。高温の太陽放射を受け取って低温の地球放射を出している地球大気が全体として熱力学的平衡にあるはずはない。しかし気象学では温度・圧力などの熱力学変数を空間・時間の関数として扱う。しかも、同じ場所にある窒素酸素・水蒸気の分子のもつ温度は共通だと考える。この「同じ場所」というとき、地球大気全体に比べれば小さいけれども、じゅうぶん多数の分子を含むような空間スケールを考えている。このスケールの内側の空気はじゅうぶんよい近似で熱力学的平衡が成り立っていると考えるのだ。これを「局所熱力学平衡」という。地球大気の対流圏・成層圏についてはこれを仮定してさしつかえないことがわかっている。中間圏の上のほうに行くと、密度が小さいので分子間の衝突が少なくなり、電離したイオンと中性分子とが別々の温度をもつと考える必要があることもあるそうだ。

第5は第3の特殊な場合だ。気候の問題では、運動方程式などを省略してしまって、システムの状態を記述する式はエネルギー保存則だけにしたモデルについて考えることがよくある。保存則の性質から、システム全体のもつエネルギーの変化はシステムの境界を通じてのエネルギーの出入りを伴い、システムの部分のエネルギーの変化も部分間のエネルギーのやり取りを伴う。システムのもつエネルギー量が時間とともに変わらない状態は、そのことに注目すれば「定常」という表現がふさわしいと思うが、システムへのエネルギーの出入りがつりあっていることに注目すれば「平衡」という表現もふさわしい。「エネルギー平衡」のような表現がされることもある。惑星大気や地球温暖化の話題に出てくる「放射平衡」「放射対流平衡」はこのような意味での「平衡」であって、熱力学的平衡ではない。放射対流平衡を最初にきちんと計算したManabe and Strickler (1964), Manabe and Wetherald (1967)の論文の表題に、直訳すれば「熱平衡」となることばが使われていて、熱力学的平衡とまぎらわしいが、内容は熱力学的平衡ではなく、熱力学の用語で言えば非平衡定常状態一種である。

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masudako
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