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Mitigation、緩和(策)、軽減

地球温暖化対策の文脈で、英語で mitigation、日本語で「緩和(策)」ということばが使われる。これは、温暖化の原因を減らすことであり、ほぼ「温室効果気体排出削減(策)」と同じことだ。(「ほぼ」と書いたのは、森林育成など、排出削減という表現に合わないものもいくらか含むから。)

この用語は、たぶん、1988年にIPCC (気候変動に関する政府間パネル)が発足したころから使われていたのだと思う。【[2015-07-23補足] ただし1990年に出たIPCC第1次評価報告書にはまだ現われていないようである。】

しかし、わたしが認識したのは、2001年にIPCC第3次評価報告書が出たときだった。2001年7月のIAMAS (国際気象学・大気科学連合)の学会大会の場で、もうすぐ出版される報告書(Climate Change 2001)の紹介があった。そこで紹介されていた内容は第1作業部会の報告だったと思うが、出版案内のちらしにあった第3作業部会報告書の副題が「Mitigation」の1語だった。すぐには意味がわからず、なんだろうかと思った。

さかのぼって調べてみると、第2次(Climate Change 1995)では第2作業部会の報告書の副題が「Impacts, Adaptations and Mitigation of Climate Change: Scientific-Technical Analyses」だった。第3次報告書の準備が始まった1997年ごろに、部会の担当範囲を変える決定がされたにちがいない。なお、第1次(1990年出版)の第2部会の報告書の副題は「Impacts Assessment of Climate Change」だった。第2次報告書の準備が始まった1992年ごろに、第2部会の担当の課題にmitigationが加わったにちがいない。【[2015-07-23補足] なお、第1次評価報告書では、第3部会の主題が、温暖化の対策の戦略(response strategies)であった。その内容は、適応策も含むものの、大部分の内容が第2次報告書以降は mitigation と呼ばれるものにあたる。しかし、少なくともその章・節の題目には mitigation ということばは見あたらない(adaptationはある)。】

わたしは、IPCCの第1次の第1部会の報告書はよく参照し、1993年・94年に出た自分の著作に参考文献としてあげたこともあるのだが、第2・第3部会の報告書があることを明確に知ったのは、2001年夏に第3次報告書の近刊案内を見たときだった。MitigationということばのIPCCの文脈での意味がわかったのはそれを副題とする本の趣旨説明文を読んだときだった。

もっとも、わたしはmitigationという英語の単語を知ってはいた。1991年に、東京大学生産技術研究所の内部組織として「国際災害軽減工学研究センター」ができた(今は別の組織に変わっている)。英語の名まえはInternational Center for Disaster Mitigation Engineeringだった。略称INCEDEにはMは含まれていなかったのだが、当時ちょっと新鮮に感じた「災害軽減」という表現が英語ではdisaster mitigation であることが印象に残った。「防災」あるいは「災害予防」、disaster preventionということばはもっと前からあった。京都大学防災研究所の英語名はDisaster Prevention Research Instituteなのだ。しかし、人々がいくらがんばっても、災害をなくすことはできそうもない。災害が起きたときの被害を減らすことのほうが現実的目標だ。

それで、地球温暖化の mitigation をわたしは「地球温暖化の軽減」と書いてきた。日本の公文書では「緩和(策)」と書かれていることを知ったあとも、それに流されまいとしてきた。わたしの感覚では、「地球温暖化の緩和」は、地球温暖化そのものを弱めることではなく、地球温暖化の人間社会へのインパクトを弱めることのような感じがするのだ。ところがそれは地球温暖化に関する公文書では「適応(策)adaptation」と呼ばれているもうひとつの柱(IPCCでは第2次以来現在まで、インパクト評価とともに第2部会の担当)をさすことになってしまう。話がくいちがうのを避けるには「緩和」を使いたくなかったのだ。近ごろは共著の文書をつくる機会がふえたので、不満に思いながら、公文書の用語にあわせて「緩和」と書くことがふえてしまった。

わたしの不満は英語の mitigation にもある。わたしが納得した災害の mitigation は、たとえば大雨による洪水について考えると、大雨の雨量を減らすことではない。同じ大雨が降っても、建築物をそれに耐えるような構造にしたり、人が早めに情報を得て避難できるようにしたりして、被害を減らすことをさしている。地球温暖化の文脈でこれに理屈のうえで対応することがらは、やはり適応策になる。

もっとも、わたしは「災害軽減」以外の、もっと日常的な文脈での mitigation ということばの意味の広がりをよく知らない。「原因を減らすこと」という意味に使うのも妥当なのかもしれない。Mitigation of emissionの略として理解されているのかもしれない。「排出削減」に直接対応する英語は reduction of emissionだと思うが、reduction は「減らす」ことのほかに「還元」と訳されるいくつもの意味があってやっかいなことばだ。だからわたしは温暖化の mitigation ということばの使いかたはよくないと主張するわけではない。ただ自分の内側にわだかまりが残る。

なお、IPCC特有の表現が必要でない文脈で、英語で abatement という表現を見ることがある。mitigation と同じ意味だとわたしは理解している。