ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (3)

[2013-11-03の記事][2014-01-19の記事]の続き。

アメリカ合衆国科学アカデミー(NAS)の関連機関であるNational Research Council (略称はNRCだが原子力規制委員会でないことに注意。日本語表現は決まっていないようだが「全国研究評議会」とされていることがある)の委員会の報告書(2冊)が出た。まだ正式出版に至っていないが、印刷用割りつけ前で内容は完成らしいPDF版が、2015年2月10日からNational Academies Pressのウェブサイトに置かれている。わたしは別ブログ[読書メモ]を書いた。

ここでは、そこで使われた用語の件に限って、要点とわたしの考えをまとめておく。

この報告書を出した委員会の名まえには、"geoengineering climate" という表現がはいっている。これは、geoengineerという動詞動名詞の形で使われており、その目的語がclimate、つまり「気候をgeoengineerすること」という表現にちがいない。これはイギリスの科学アカデミーに相当する組織であるRoyal Societyが2009年に出した報告書の題名の表現を(climateに定冠詞をつけるかどうかの違いはあるが)引き継いだものにちがいない。

しかし、この委員会で議論した結果、geoengineering (あるいはclimate engineering) という表現は、ここで問題となっている技術群にはふさわしくないということになった。"Engineer" という動詞は、対象となるものの性質がよくわかっていて、人がそれを制御できる能力をもっている状況で使うのがふさわしいのだ。ところが人の気候という対象に関する(科学的)理解はまだ不確かさが大きく、人が今から見通せる限りの将来にはそれを制御しきれそうもない。そこで、報告書の表題にはclimate intervention (気候への介入)という表現が使われている。

わたしは、自分でことばを選べる場合は「意図的気候改変」と言うことにしようと思う。しかしこれはひとつの熟語というよりも複数の語の連鎖でありつづけるだろう。ひとつのものごととして扱いたいときは、便宜上 (NRCと同様な疑問のほかに、[2013-11-03の記事]の終わり近くに書いた不満もあるのだが)、日本語では「気候工学」、英語でもclimate engineeringという表現を使うことにしようと思う。

しかし、NRCの報告書でもうひとつ強調されているのは、大気中の二酸化炭素を吸収することと、地球による太陽光の反射をふやすことは、性質が大きく違う技術だということだ。そこで、報告書は2冊に分けられた。今後は別々に議論する機会がふえることを期待しての判断にちがいない。

Royal Society (2009)の報告書で、geoengineeringを大別して、carbon dioxide removal (CDR二酸化炭素除去)と、solar radiation management (SRM太陽放射管理)とした。それ以来、この用語が事実上の標準として使われてきた。

CDRについては、[2014-01-19の記事]で紹介したBoucherほか(2014)は、二酸化炭素以外の温室効果気体を減らす技術的対策もありうることを指摘して、greenhouse gas removal (温室効果気体除去)のほうがよい、と論じた。しかし、今回のNRC報告書ではCDRという表現を引き継いでいる。二酸化炭素以外の温室効果気体を人工的に減らす技術はありうるのだが、見通せる限りの将来に温暖化対策のなかで量的に重要になる可能性はなさそうだという判断があるのだろう。

温暖化の「緩和策」のうちにも、排出削減策に加えて、二酸化炭素を吸収する技術的対策が含まれている。いわゆるジオエンジニアリングに含まれるCDRと、緩和策に含まれる吸収策との間に、原理的な境目はない。技術を重複なく分類したければ、むりやり境界線をひくしかない。今回のNRC報告書では、大気から吸収する場合はCDR、そのほか(燃料や燃焼排気など)から吸収する場合は緩和策、と分けた。しかしこの原則を認めても、具体的技術をどう分類するかは自明でなく、この報告書の分類でよいのか、わたしには必ずしも納得がいかない。おそらくこの状況は過渡的なもので、今後は、Boucherほかの言うように、緩和策に含まれてきたものも入れてCDR (Boucherほかの表現では「温室効果気体除去」だが)としてまとめることに変わっていくと思う。

SRMのほうについては、まず、内容として「太陽放射の反射をふやすこと」でないものの扱いが問題になる。「巻雲(対流圏の上層にできる雲)を減らす」という技術の提案があるのだが、これは、地球放射(熱赤外線)の収支を変えることをねらったものなのだ。温室効果を弱めること、と言ってもよいのだが、雲は「温室効果気体」ではないし、雲をつかまえてとじこめるわけでもないので、CDRの同類とみなすのも無理がある。どちらかといえばSRMに近い。幸か不幸か、巻雲に関する科学的知見の不確かさが大きく、この技術は太陽光を反射する提案よりもさらに実現に遠いと思われるので、報告書ではごく軽く扱われるだけだ。そこで、報告書のうち1冊の主題は太陽放射の反射をふやす技術とし、巻雲改変はそのついでに扱うことにした。

SRMということばの management (日本語ではふつう「管理」とされている)にも、engineeringと同様なことが言える。われわれは、地球が吸収する太陽放射の量を、期待どおりに制御する能力をもてそうもない。(全世界平均の量だけならば制御できるかもしれないが、緯度別、海陸別、季節別には、望ましくない変化が起こるだろう。) そこで、今回のNRC報告書では、本文中ではalbedo modification (アルベド改変)という表現を使っている。アルベドとは物体(この場合は地球)が受け取った太陽放射のうち反射される割合のことだ。また、報告書の表題ではreflecting sunlight (太陽光を反射する)という表現を使っている。なおLenton and Vaughan (2013)はsunlight reflectionという表現を使っている(ただし、同じ本の他の章にはSRMという表現が見られる。)

これを受けて、今後どういう表現を使ったらよいか、わたしは迷う。短縮表現がほしいのだが、AMは「午前」やラジオの「振幅変調」などを思ってしまうし、SRは「太陽放射」あるいは「短波放射」そのものだ。頭文字略語は3文字か4文字がよいと思う。当面わたしは、Mmodification (改変)の略である、と解釈しなおして、SRMを使い続けることにしようと思う。日本語では「太陽放射改変」となる。地球が太陽放射のうちどれだけを吸収してどれだけを反射するかを変えることをさす。太陽から地球にはいってくる放射の量が変わるわけではないので不適切な気がしないでもない。しかし、地表面の反射率を変える技術(大規模化は困難だとしてNRC報告書では簡単にかたづけられている)を例外とすれば、大気中のエーロゾルや雲を変える技術に関しては、地上に達する下向き太陽放射の量やそのうちの直達日射と散乱日射の割合が変わるので、この表現はふさわしいと思う。

文献

コメント
0件
トラックバック
2件
ブックマーク
0 users
masudako
masudako