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2006/05/27

カブおやじ

もうやんカレーを食べる OFF 会

|  もうやんカレーを食べる OFF 会を含むブックマーク

M さんがもうやんカレー(と鴨)を食いに行く会をひらくというので参加表明、そのほか K さんや G さんなどが参加する予定だった…のだが、前日夜半に M さんがトラブルに巻き込まれて怪我をしてしまい、おまけに雨も降ってるしで会は中止となった。しかしまあせっかくの週末カレーの予定を逃すのも口惜しいので結局 K さんと食い行って満足してそのあと西口のカメラ屋街をひやかして帰った。

  • オタク is dead の件
    • 当日の会場は、業界っぽいひとがあまり居なくて、ふつオタっぽいひとが大半だったとのこと。
    • イベントの反応話。「岡田さん……」派、キャッチしつつスルー派、岡田氏ウォッチ派、ポカーン派、過剰反応派、なにがなんでも衒学派、ギョーカイパワーゲーム解説君、などか。
  • オタクと恋愛の件
    • ようやく「非モテ」の話も一段落した雰囲気であり、「オタクと恋愛」に戻ってこれそうかなというのがおれの実感。
    • しかし今度は「童貞」が盛り返しそうな気もして、また当分ズレそうかなという気も。
    • やはり「オタク第 n 世代における vs 恋愛」ってかんじで切り分けていかないとどうもならなそうではある。
  • ユリイカの任天堂特集の件
    • http://www.seidosha.co.jp/index.php?%C7%A4%C5%B7%C6%B2%A1%BF%A3%CE%A3%E9%A3%EE%A3%F4%A3%E5%A3%EE%A3%E4%A3%EF
    • 特集の副題「遊びの哲学」が「滅びの哲学」に読めて、疲れてるなと思った。
    • なんか「もうちょっとちゃんとしたゲーム批評」って雰囲気ですな話。この「もうちょっとちゃんとした」は、「ユリイカ」という看板と「ゲーム批評」という雑誌の相対位置による。ゲーオタが読んでおもしろい内容なのかどうかは目次見るだけではわからず。
      • おれの中でのゲーム批評という雑誌は、遅くとも 20 世紀末に役割を終えており、それが 2006 年まで続いていたという事実自体おれにとっては驚嘆に値する。
    • ファミっ子とマーケットシェア厨は、生まれた時代の違いにより顕れ方が違うだけで根は同じ
      • どっちにせよ「体験の共有」こそが第一義で(たぶん突き詰めていけば彼らは「それがゲームである必要」を切り捨てられる)、「自分の原体験に基づいた世界観で周囲を洗脳しなければしあわせになれない」ことに強迫されているがゆえに彼らの声は大きいのだが、そういう欲望に則ったアジテーションは「ゲームへの欲望」論に意味ブレを招くので(それこそ「非モテ」と「オタクと恋愛」のように、外からみればあまり区別がつかない似たアングル)、ゲームのことだけが大好きすぎる我々ゲーオタからしてみれば迷惑な存在なんだけど(「彼らの原体験がゲームであったこと」が我々の不幸)、まあそういう手合いも社会には必要というか、「界隈外に対する不要度」でいえば我々のほうが高いのだから、こればかりは致し方あるまい。
    • なにがファミっ子と我々を分かったのかというと…、たぶん「物心つける前、無自覚にゲームを受容したらファミっ子になり(彼らにとってゲームは受け入れるものである)、物心つけたあと、自覚的にゲーセンとかメガドラに目が行ってしまったら我々になる(我々にとってゲームは選ぶものである)」みたいなかんじかなと現状思っているが曖昧。この場合の我々側には「ゲームがいつまでも中二病アイテム的存在でありつづける可能性」という罠が存在しているわけだ。
    • そのほかゲームマッチョイズム、ゲームナショナリズム、ゲームマキアヴェリズムなどに関連する話などをちょろっとしたが…造語が多すぎるのでいいかげん整理したものを書き出さないといかん気がしてきた。
    • マーケットシェア厨の主戦場は、もはやゲームでなくラノベだという話。なるほど、なるほど。
      • 上記の「ファミっ子と同根」という話とはズレて、世界観闘争技術という枝葉側の(専門化したニッチな層の)話として。基本的にシェア論争は勢力が決定している巨大なマーケットでは盛り上がらない。それほど大きくない様々の勢力が混在し、切り分けるにも多様な軸があり、明快な基準のない紛争地帯が望ましい。誰が見ても圧勝している神輿に群がるよりも、僅差で競い合っている中のひとつを取り上げて高らかに謳い上げるほうに芸としておもしろみがあるわけだ。
    • たぶん XBOX 360 は(オタクにおける)サブカル扱いされるアイテムということになるだろう話。舶来品だし。

帰りがけの新宿駅南口へ向かう途中、PGR3 で確認できそうなアングルから携帯電話で Hugin 用素材撮影。オートフォーカスがアレな携帯電話で夜間撮影をする場合、電話を固定できる地上物が必須となる。撮った写真の展開も遅いのでピンボケたかどうかの確認も手間だし。なかなかうまいこといかない。

新宿新宿新宿

で、雨の中ほっつき歩いたのが災いしたか、帰ってから風邪っぽい症状。

キミキスのことを忘れていた

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先日 PS2 を手放したわけなんだけども、インターネットを巡回していて「そういえばキミキスのこと忘れていたよ」と思い出した。今週の PS2 界隈は、PC エロゲーの紙芝居というか絵物語の文化圏を背負って立つ「つよきす」(http://www.oaks-soft.co.jp/princess-soft/tsuyokiss/)と、コンシューマのギャル時間消費インターフェースの文化圏を背負って立つ「キミキス」(http://www.enterbrain.co.jp/game_site/kimikiss/)とが同日発売されたりとかして盛り上がっていたらしい。このふたつの文化圏の違いを大雑把にいえばエロゲーとギャルゲーの違いであり、その思想がどんなふうに違うかを説明するのはむずかしいのだが、まあなんだたとえばフェイスアニメーションやリップシンクに対するスタンスとかで説明すると「エロゲーの場合なんのかんのいいつつも読み物としての読みやすさ至上であり、基本的に遷移フレーム以外では画面上のグラフィックはすべて固定されてあるのが望ましく、それゆえフェイスの切り替えが頻繁なわりに目パチや口パクは除外される傾向があり(←画面中で動いているものがあると、そこに気を取られるので文字メッセージに集中できないのだ)、ギャルゲーの場合は「画面の見た目の楽しさ」がけっこう重要であるため、目パチ口パクの導入はわりあい善」とかそんなかんじになる。このへん特に考えなく PC →家庭用移植したようなタイトルの場合、エロゲー文化圏ベースなのに目パチしてたりしてて「そこはむしろがんばらないほうがいいんじゃないのかなあ」とか思わなくもないが省略。おれの場合には、枯れたスクリプト芸の味わいは素晴らしかろうけどもそこに The Real Dating Simulator の可能性はないだろうと思っているので「つよきす」には特に興味がなく、「キミキス」はその出来映えを見てみたい。けどまあいいか。あとで。数年後とかに。なにしろ確保してある TLS 1&2 にすら手が付いてないし。

…しかしそれにしても当分は触れなさ過ぎるな。PS3 のエミュレーション能力を期待するにせよおれが PS&PS2 プレイ環境を私有するとすれば相当先の話になっちゃうし。やっぱ ROM イメージ作成してエミュレータで遊ぶというのが正しいかな。キミキスのほうはわからないが、初代 PS 用タイトルである TLS なら動作環境に不自由もなかろうし。

歯が痛い気がする

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どこが痛いかよくわからないが歯が痛い気がする。虫歯か親不知か。単にどこかに違和感があるだけか。歯医者行ったほうがよかろうかな。虫歯だとすると、そんなに甘いものとか食った覚えないんだけどな…と思って横を見ると、おれが飲み干したコーラ缶が山のように転がっていた。これだろうか。

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