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2007/12/09

モバゲー

Twitter とは全然関係ない雑感

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ネットマイノリティのうちわりあい他者に寛容なひとには二種類居て、マイノリティであるがゆえの基本的態度として寛容さをわがものにしたひとと、政治力のなさがゆえ寛容に見えているだけのひと。前者は立場が変わっても品格を落とさないが、後者はなにかの拍子に政治力を得ると途端にその排他性・攻撃性を剥き出しにするなあと思った。

Twitter @ 挨拶は是か非か

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Twitter @ 挨拶は是か非か的な議論がブスブスと不完全燃焼していたので、たぶんこのへんかなという争点の洗い出し。

  • 状況
    • Twitter で朝晩不用意に「起きた」とか「寝る」とか書こうものなら「@hoge おはようございます〜」とか「@huge おやすみなさい」とかそのての挨拶 @ 返信が雪崩を起こすクラスタが存在している。
    • 有意なコメントの羅列サービスとして Twitter を眺めたいひとにとって、そのての挨拶発言でログの S/N 比が下がるのはウザい(おれも最初なにも考えず片っ端からいろんあひとを follow していた頃はうざかった)。
    • で「挨拶 UZEEE」となるが、挨拶勢にとって挨拶行為はそれなりに有意の行いなわけなので(あるいはとくに意味はないけどそんなことで自分の言動に余計な制約を加えられることには反発しておきたいので)、挨拶 UZEEE 勢 UZEEE、になるのかといえば、必ずしもそうはならない。
  • なんで不完全燃焼か
    • 根本的には「互いをスルーすれば OK」なので、必ず争わねばならないというポイントではない。Twitter はいはゆる「相互リンク」文化圏ではないのだから、見る必要ないなーと思った相手をスルーするのがシステム的に容易(ただし運用面では必ずしもそうと決まっているわけでもなく、この問題に面倒くささがあるとすれば、そこが要点となる)。
  • 乱暴な解決法
    • 挨拶をうざいと感じるのは、頻繁に挨拶するひとを follow してしまっているからだから、そのてのひとを片っ端から remove していけば解決する。ただし、remove してしまうと、そのひとの挨拶以外の発言も自分のダッシュボード画面で読めなくなるということだから、「このひと挨拶しまくっててうざいんだけど、それ以外の発言はおもしろいんだよなあ」みたいなひとについては remove が躊躇われるかもしれない。
    • おれの場合は、機会損失だなあと思いつつも、気にせず機械的に remove することにしている。まあ Twitter 上で機会損失があったとしても、それはそれでいいかという。べつに Twitter だけが web のすべてではないのだし、どちらかといえばインターネットのおもしろについては「見逃して損をした」でなく「見なかったので得をしなかった」と理解するほうが健全だ。web 2.0 は多幸感を水増しした鉄火場だ。火遊びしてまでおもしろがりたいほど娯楽に飢えてもいないし、このあやふやに軸足のっけるつもりはない。
  • マシな解決法
    • やりかたは知らんが NG ワード設定とかができるのなら「おはよう」「おやすみ」を含む発言だけを選択的に不可視にするとかで、ダッシュボードをスッキリさせることができるかもしれない。
    • 個人的には、万一今後 Twitter 内でスパイ大作戦ネタが流行した場合に「おはようフェルプス君」とかそのての発言が NG ワードに引っかかって補足できなくなると困るじゃないかと思うので、おはようを NG ワード設定する対策は好みじゃない。可能性を慎重に適切に除去しようとする努力よりはアカウントごとバッサリいくほうが「捨てる快楽」の原則上でもカタルシスを期待できるし。それは短絡的な快楽を選ぶってことだからねばり強いひとにはおすすめしないのだが。
    • また個人的には、万一今後 Twitter 内でおれが大好きな絵本のひとつである「おやすみなさいフランシス」の話題が盛り上がったときなどに、おれがそれを補足できなくなると困るじゃないかと思うので、おやすみを NG ワード設定する対策は好みじゃない。
    • また個人的には、万一今後 Twitter 内で「グッドモーニングアルテア」の話題が以下略。
    • TV 番組「おはスタ」の以下略。

いろいろすっ飛ばして争点想像。

  • @ 挨拶を人力でやるのは馬鹿げてるよ。そんなもの Plagger にでもやらせとけ(←それが実際に Plagger でできるのかどうかとか関係なく、たとえば「hoge の「起きた」という発言に反応して「@hoge おはよ〜」と返すスクリプトとか走らせとけばいいじゃん」の意)。
  • ちがうよ全然ちがうよそうじゃない、機械にやらせとけばいいことを全部機械にやらせるんだったらお袋の味とかソウルフードとか要らないんだよ、完全食の粘土とか錠剤とかチューブ入り味噌汁でも飲んでろ血の通わぬ二十一世紀観に生きる SF 人間め。機械にもサーヴィス可能のことをあえて人力でやる、というのが高度化した人間社会における贅沢であるとわからんのかなー、銀英伝でもなんかそんなふうなこと書いてあったよ。おはようとおやすみは互いにわざわざ声を掛け合うこと自体に意味があるんだよ。Plagger なんかに挨拶されたってちっとも嬉しくないんだよ。
  • まあ嬉しくなかろうね。だから、Plagger にやらせとけばいいようなことは Plagger に読ませとけばいいんだよ。わざわざ人間が読むほどのことでもない。フィルタリングするのが妥当だ。せいぜいログ溜めといて集計なり傾向なり推移なりを自由に切り出してあそぶのが、人間らしい仕事とでもいうべきではないか。
  • だいいち挨拶リプライの正確性でいうと自動応答のほうが優秀だ。人間は寝るけど機械は眠らないから、人間が取りこぼす寝ている時間帯の挨拶も機械ならカバー可能だ。人力でやったって不完全だ。
  • それも違うよ不完全だからこそ挨拶には意味があるんだよ。パーフェクトに誰にでも挨拶するのは誰にも挨拶しないのと同じだ。いろいろあって全部をフォローしきれない不完全性こそが人間らしさだよ。
  • それをいうなら不完全性じゃなく柔軟性で対処すべきだろ。チューリングマシンを困らせるくらい決まりきった定型挨拶をプペポするだけの簡単なお仕事のために自分の時間を使うんだったら、そのぶんの想定時給よりスクリプト走らせる電気代のほうが安くつくよ絶対。どうせなら機械と区別できない人力単純作業より、人間かと錯覚するくらいアドリブのきく機械応答開発のために頭ひねったほうが有意義じゃない?
  • くわー、唾棄すべきアルファギークが新自由主義で web 2.0 マーケティング大勝利ってかおんどりゃー。そんな頭あるならおれはいまごろとっくに渋谷でドットコムバブルがビットバレーのパワーモンガーでハッカーがインターナショナルだよ。そうじゃないから @ 挨拶なんだよ、ぼくらの平坦な戦場なんだよ指を信じたいんだよ。こちとら自縄自縛の根無し草だから根を張らずライクアローリングストーンだけど絡まりあってひろがっていくんだ。わかってるくせに理解できないとかいって挑発して周囲を疲労させるのをやめろ。察しろ。空気読め。
  • あなたが誰かに空気を読めというのなら、いつだってうまいこと言うために汲々としてろよ。柔軟性だよ。頭を使うんだよ。逆にあなたがうまいこと言おうとして言えない側の人間なら空気圧にすがるな。その武器はあなた自身を苦しめているものだよ。

そのほか雑多に。

  • そもそも、「Twitter は follow も remove も勝手」という文化観を容認するかどうかで各ユーザ間に運用の食い違いがあったりする(←「見知らぬ相手から勝手に follow された!無礼!無礼出た!follow するなら事前申請してください!お礼は三行以上です!」みたいな極端な例はさすがに居ない…んじゃないかと思うけど似たような感受性のひとは居てもおかしくない。まあこの場合「Direct Message で申し入れしてくれ」的な対応がやわらかいんだろうけど、でも Direct Message は互いに互いを follow していないと送信できないんだよね)。インターネットにおけるリンクは自由か否かですら揉めるんだから、いわずもながというか。仕様は問答無用だけど運用は問答有用という、その性質の話かもしれない。
  • いやそれだとちょっとアプローチが違うか。ブログは(ジャーナルとして使ってるぶんに)意見発信だけど Twitter は振る舞い発信っぽいので、ブログ批判を意見批判とするなら Twitter 批判は振る舞い批判と受容されやすいのかもしれない。そして意見は外部化が容易だけど振る舞いは切り分けづらいと感じるのだとすれば、エントリ批判を人格攻撃だと誤解するのと同じ理屈で、振る舞い批判を「自分の人格を拒絶された」というふうに受け取るするひとは居るかもしれない。そしてこのへんの解釈がネットにおける承認問題とかと絡むと面倒っていうか。その深度まで Twitter に依存するような態度って社会人としてどうなのか的なアレはさておいて。
  • ブログで意見が食い違った場合「ああ、このひとは自分と立場が違うんだな(でも会ったらいいひとかも)」というかんじで処理されるが、Twitter で馬が合わない場合「(趣味志向はどうあれ)このひととは仲良くできなさそう」というかんじになりやすい気はする。立場の違いとノリの違いでどっちが大事かという問題か。毛繕いコミュニケーションを楽しみたいひとたちにとって後者のほうが重要であるのはいわずもがな。
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