魔法にかかったフラヌール、『ミッドナイト・イン・パリ』


ミッドナイト・イン・パリ』(2011)

あらすじ
結婚前から意見のかみ合わないカップル、脚本家のギルとその婚約者イネスは彼女の両親と共にパリを訪れる。二人はイネスの友人ポールと遭遇し一緒に観光することになるが、こいつがまたインテリぶってるわ間違った知識をひけらかすわで気に食わない。しかもイネスは彼の肩を持つ。嫌気のさしたギルは真夜中のパリに繰り出すも迷子になって途方に暮れる。そこへ黄色いアンティークカーがやってきてとあるパーティーへと向かう。なんとそこは1920年代のジャン・コクトーのパーティーだった。

こんなにお洒落で素敵なファンタジー映画観たことないですね。さすがウディ・アレン。冒頭で流れるパリの風景にぐっと心を掴まれ、「あっ、ノートルダムだ!モンマルトルだ!オペラ座だ!ビラケム橋だ!」とパリが好きな人なら絶対にわかる有名スポットのオンパレードに観ている者はすっかりパリへと移動しているのですね。

主人公カップルと両親の諍いとかインテリ男の薀蓄とかは割とどうでもいいのですが、タイムスリップしてからがもう!!えっ、フィッツジェラルド?えっえっ、ここジャン・コクトーのパーティーなの?!マジでスゲー!!といった具合に主人公と共に驚きと喜びで大興奮です。


タイムスリップして過去の偉人たちに出会える。これ最高でしょ。わたくしパリに2か月ほど住んでいたことがあるのですが(ほほほ)パリで活躍した偉人たちも同じ石畳を歩いていたと思うともう何とも言えない感動があるのですね。特にモンマルトルの辺りは今も絵描きたちがたくさんいて、似顔絵を描いてくれたり絵を売っていて当時もこんな風だったんだろうかと想像しました。記事のタイトルに入れた「フラヌール」とは「遊歩者」という意味でボードレールが使った言葉でまさにこの映画の主人公にぴったりなんじゃないかなと思いました。

「遊歩者(フラヌール)は都市を自分の夢の中に引き込み、街路は彼を遠くに消え去った時間へと連れていく、追憶と陶酔にひたって通りを散策する者は、目に映りゆく過去の建造物や読書の知識を自らが経験したもののように覚醒させる。遊歩者はこうして歴史の瞬間に立ち会う」


ギルにとっての黄金時代は1920年代だったわけだけど、そこで出会い恋に落ちる女性アリアドネは1890年代のベル・エポックこそが黄金時代だという。そこではフレンチカンカンを描くロートレックドガゴーギャンたちに出会うが、彼らにとってはさらに遡ったルネサンスが黄金時代。つまりどの時代の人間も自分が生きる時代より一昔前が理想だと思っているんですね。わたしはというと19世紀ロマン主義ジェラール・ド・ネルヴァルの研究をしているので1830年代にタイムスリップしてロマン主義の勝利と言われるユゴーのエルナニの戦いを目撃したいですね。そしてボヘミアンの時代を過ごして東方紀行へ…。あぁ夢が膨らむなぁ。


ダリが好みでしたw

話が逸れました(笑)まぁ結局ギルは現代に戻ってきて現実を見つめ自分の道を歩むわけですが、自分にとっては華々しく映る過去に憧れるのもいいけれど、それにしがみついてばかりいないで現在を生きることが大切だと言いたいのでしょうね。

ラストのパリを優しく包むような雨がまた憎いのなんの。

あ!そうだ!一つだけ言いたいのがね、ポスターのようなシーンがなかったことがちょっと残念でした。ゴッホの『星月夜』みたいな空を背景に主人公がセーヌ河畔を歩くシーンをずっと待ってたの(笑)まぁ必ずしもポスター通りじゃなくちゃいけないってことはないけどすごく期待していたのよぅ。

恋して無敵☆、「ロボット」


『ロボット』(2010)

あらすじ
とっても頭のいいバシーガラン博士がめっちゃ美人な彼女サナをほったらかしにしてまで没頭して作ったのが超高性能ロボットのチッティ。見た目は博士そっくりでVシネ俳優みたいにシブい。最初は人間の心が理解できないという理由で審査に落ちてしまうが落雷事故による感電で人の心を持ち始める。サナに激しい恋心を抱いたチッティは博士と敵対し壮絶なバトルを繰り広げる。

インド映画といえば『ムトゥ踊るマハラジャ』!!スーパースター、ラジニカーント!!これぐらいの知識しか持ってない私ですが、彼の作品だけは当時何本か見た記憶があります。とにかく長くて歌って踊りまくってタオルぶんぶん振り回してるイメージ(笑)私は小学生だったので腹を出して一緒にふりふり踊っていましたよ。あのラジニカーントが久しぶりに見られるってんで喜々として臨みました。もうね、期待通りというかそれをはるかに超えて楽しませてもらいました。彼らってやることなすこと徹底的なんだよね。これでもかこれでもかと畳み掛けてくる。

普通ロボットっていうとなんかもっとスマートな見た目を想像するんだけど、褐色の肌のおっさんってとこが味噌で妙な人間臭さがあるんですね。しかも名前がチッティってwww響きがめちゃ可愛い。

前半は生まれたばかりのチッティが人間の世界をよく知らないために色々とハプニングを起こしてしまう。ロボットゆえの真っ直ぐで無垢なところが逆に人を傷つけてしまったり。この映画、意外と容赦なく血が出たり人がぶっ飛んで死んだりするんですね。インド映画って暴力的にも性的にもあんまり露骨な描写がないようなイメージだったのでちょっとびっくりしました。

博士の彼女サナがもうとびっきりの美女で、チッティが恋に落ちてからの暴走っぷりは見てて吹き出してしまう。見つめられただけで脳内に電流が走ってふわ〜きらきら〜ってなったり、夜中だけど「会いたくなったから会いに来た!」みたいなストーカー行為に及んだり、ロボットも恋をしたら人間と同じで盲目になってしまうのね。

後半はとにかくど派手なアクションてんこ盛りでチッティがどんどん増殖していく(笑)もう物理法則とか全部無視してやりたい放題やりましたって感じ。ラストのチッティフォーメーションによる攻撃は本当に鮮やか(?)でそのバリエーションの豊かさに腹がよじれるほど笑いました。ぱっと見は『トランスフォーマー』とか『スカイライン』に出てきそうな巨大エイリアンに見えるのによくよく見ると全部チッティ!!しかも最初の軍団の数より絶対増えてる!!もう最後の最後までぬかりなく笑わせてくれました。

インド映画は顔も内容もくどくてなんぼですね!


ムトゥ 踊るマハラジャ [DVD]

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青春を引きずる女、『ヤング≒アダルト』

あらすじ
アラフォーでバツイチ、超タカビーなゴーストライターの女が妻子持ちの元彼を奪取すべく田舎に舞い戻って暴れます。

人生のうちいつが一番輝いていたか。まだまだ先が長いであろう私にはこれから最も輝く時期が来るかもしれないと言いたいところだが、やはり高校時代と大学時代が一番充実してキラキラしていたような気がする。私の学校生活は幸いなことに「このブス女!」と罵られたり、教科書に「ヤリマン」と落書きされたり、机の上に菊の花を手向けられたりということもなく、どちらかというとこの主人公寄りの部類に入るのではないかと思う。先生には可愛がられたし親友と呼べる友もいたし、学園祭のライブやミスコンに出るような生徒だったのです。そういった周りからちやほやされることが当たり前な生活に慣れてしまうと人間は謙虚さを失い、根拠のない自信に満ち溢れ、高慢な態度を取ってしまうことが多々あるのです。主人公のメイビスもその美しさには文句のつけようがないものの、だらしない横着者で部屋が汚かったり(ドキッ)思い込みが激しくて突っ走ったり(ドキドキッ)自分が常に一番でないと気がすまないところが周囲から浮いてしまう原因になっている。


元彼のバディとその妻はほんわか仲良し夫婦で、妻子を捨ててメイビスと元鞘に戻る兆候なんて微塵も見られない。もしもこの夫婦が主人公だったらメイビスはただの勘違い女という面しか見えずにいたかもしれない。しかし、彼女のいいところはその実直さだと思うのです。この映画でメイビスがサイコなビッチに成り下がらなかったのは級友のマットの存在が大きいと思う。マットはメイビスと対照的で暗い学生生活を送り、ゲイを疑われてちんこをフルボッコにされ身体障害者となったが、自分なりの楽しみを持って孤独ながらも平穏に暮らしている。メイビスは見た目も不細工で男としての機能も疑わしい彼に対して侮蔑と憐れみを露にしながらも、自分を繕うことなく意見を述べ、強がりも弱みも見せる。一見正反対に見えるこの二人は他人から理解されにくいが故の孤独という点に関しては共通していたのではないだろうか。

↑完全にビッチメイクです。


↑赤子を前にまったく可愛いと思っていないこの顔(笑)

シャーリーズ・セロンは本当に美しくて二日酔いでそのままバタンキューした後のぼさぼさでよれよれでも素材がよいので見るに耐えられる。特にヌーブラ+ストッキングのみの姿を堂々と見せたのはなんかもう驚き通り越して賞賛の拍手!いやでもやっぱりヌーブラとストッキングでのベッドシーンはなんか自分の私生活を第三者の目で覗き見ているようでなんとも言えない恥ずかしさがあったんだけども(笑)

女性にしろ男性にしろこの主人公に共感する人は少ないと思うけど私は割と共感できました。というか自分もかなりこういう傾向があるのでよい戒めとなりました。はは。過去の栄光にばかりすがっていないで現在の自分を輝かす生き方をしたいものですね。

ヤング≒アダルト [DVD]

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3月映画鑑賞記録

映画はそれなりに観ているのだけれども感想を書くのに1〜2時間費やしてしまう筆不精なのでなかなか更新できず。じっくりと感想を書きたいものは後ほど機会があったらということにしてとりあえずまとめて記録だけつけることにします。あーあ。

『ジャンパー』(2008)…自分のイメージする場所にばびゅんとワープできる能力を持った男が調子こいてサミュエル・L・ジャクソンに怒られる。あたしだったらもっとうまくやる。世界各地でロケやりました!ってのがよく伝わる。正直ストーリーとかあんまり覚えてない。
テキサス・バイオレンス [DVD]

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『テキサス・バイオレンス』(2006)…テキサスで実際に起きたバイオレンスな事件の映画です。(そのまんまやんけ)タイトルとパッケージの衝撃的な文句に惹かれて観たけどグロシーンは全然なくてテレビの再現映像みたいな感じ。女の警官が一番ゾクっとしました。
人間失格 豪華版 [DVD]

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人間失格』(2010)…太宰治がどんなに堕落して貧しくなっても次々といろんな女に貢がれて生き延びます。生田斗真がとても美しくて貢ぎたくなる女たちの気持ちがよくわかりました。あの陰鬱で絶望して何をしても満たされない感じの表情がそそる。映像も綺麗でした。『96時間』(2008)…ジャック・バウアーみたいなスーパー親父のリーアム兄さんが誘拐された娘をパリまで助けに行って悪党たちをフルボッコにします。娘役の女の子がすごく地味なのに悪の組織でこいつぁ上玉だぜみたいになっててちょっと浮いてた。
ユゴーの不思議な発明(文庫) (アスペクト文庫)

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ヒューゴの不思議な発明3D』(2012)…ヒューゴ少年が機械人形を修理して映画好きのおじいさんと映画の歴史を振り返ります。ポスターの感じから空飛んだり魔法使ったりするファンタジーだと思っていたら全然違いました(笑)マーティン・スコセッシの映画愛にあふれた作品でとても感動したんだけど、ヒューゴ少年は別に発明してないし不思議っていうと魔法っぽいのでそういうのやめてほしいですwこれは3Dで観た方がいいと思える映像でした。
ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える [DVD]

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ハングオーバー!!史上最悪の二日酔い、国境を越える』(2011)…あのお騒がせな男たちが国境を越えてタイでバカ騒ぎします。はっきり言って場所が変わっただけやってることは前回と大して変わらないんだけど、ザック・ガリフィアナキスを観てるだけで癒されました。彼の語らずして訴えかけるあの円らな瞳。大好き。こういうのはどんどん作って欲しいですね。

『ものすごくうるさくてありえないほど近い』(2012)…タイトルが長い。9.11で父親を亡くした少年が父との約束を果たそうとニューヨークの街を奔走する。今まさに崩れようとするツインタワーからかけてきた父の電話の緊迫した声には息が詰まる思いだった。もうどばどば泣きました。少年が父親にべったりで母親と微妙な距離があるのもまたラストに生きていてよかった。うん。ラストがよかったねぇ。

東京島 [DVD]

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東京島』(2010)…無人島でただ一人の女、清子が男を手玉に取って女王様として君臨するけど男同士でいざこざとかあって面倒くさい話です。ストーリー展開が冗長だったかな。なぜか中国人と意思の疎通がはかれてる窪塚洋介がいいキャラしてました。

シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』(2012)…ホームズとワトソン君がツンデレしながら事件を解決します。うーん。みんなベタ誉めだったけど私はそれほどでもなかった。ガイ・リッチー節が全面に押し出されているので好きな人は好きなんでしょうがね。ぶっちゃけ途中で寝そうになりました(笑)

『ドゥームズ・デイ』(2008)…スコットランドで未知の殺人ウイルスが蔓延して封鎖されるんだけど、実は封鎖された中に生存者がいて住民はカニバリスムな暴徒と化していました。なんかもうね、好きな要素詰め合わせですごくお腹一杯!!最初は『バイオハザード』や『28週後』みたいな路線かと思いきや、ゴスパンに身を包んだ食肉族が出てきたり、はたまた中世のお城みたいのが出てきたり、最後はカーチェイスまでやっちゃう!『エンジェルウォーズ』を見終わった後みたいな満腹感でしたね。

『戦火の馬』(2011)…サラブレット馬が農耕に励んだり戦火を走り抜けたりして胸熱。いつの間にかお馬のジョーイの声を心の中でアテレコして観ていました(笑)「そこは俺に任せて後ろに下がってな」とか。有刺鉄線を切るシーンが好きだな。燃えるような朝日に始まり夕日に終わる。さすがですスピルバーグ

プリンセスと魔法のキス [DVD]

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プリンセスと魔法のキス』(2010)…グリム童話の『かえるの王さま』をパロった作品。自分のレストランを持つのが夢の黒人の娘が高慢でお調子者の異国の王子に巻き込まれてカエルになってしまいます。これは面白かった!舞台がニューオリンズだから軽快なジャズがたくさん流れて楽しい。フランス人の魔術師のヴィランが宮迫みたいです。ミッドナイト・ミート・トレイン』(2008)…夜中の列車内で人肉が吊るされてぷらぷらします。血がいっぱい出て面白かったお!ブラッドリー・クーパーがイケメンだったお!オチがなんか壮大だったお!


かなり雑な感想になりました。ごめんなさい。

泥にまみれた仕合せ、『ヒミズ』

鑑賞してからかなり時間が経ってしまいましたが、パンフレットを読みながらシーンを思い出し、鑑賞直後に書き留めていたメモを見て感想を書きたいと思います。

古谷実のあのヒミズが、あの園子温で映画化と聞いて思わず机を一打し「なにぃ?!」と叫んでしまいました。基本的に原作に思い入れが深い作品の映画はなるべく観ないようにしているのですが、これは観る前から絶対にものすごい映画だという確信がありました。しかしながら私の居住する地方ではセカンド上映ということで、世間があーだこーだと『ヒミズ』の感想を述べている時は耳を塞いで原作の復習をしていました。

私この映画好きです。少しやりすぎで滑稽なシーンもありますがその泥臭さもまた青春だと思うのですね。茶沢さんが壁一面に住田語録を貼って瞳を輝かせながら叫び、住田くんを思い出してはきゃっきゃと悶える姿は昔の私にも覚えがあります(今でも時々)。振り返ってみればなんて幼稚で馬鹿なことをしたんだろうと思えることも、当時の自分からすればくそ真面目に少ない脳味噌をフル回転して出した答えを実行に移したというだけで、その時はそれでよかったのだ。住田くんが顔に絵の具を塗りたくり紙袋に包丁を入れて彷徨するのも、彼にとってはそうするのがその時の最善策だったのだと思う。

拍手喝采若手俳優、染谷翔太と二階堂ふみ。彼らは本当に素晴らしいと思いました。住田くんのすべてを見下したような眼差しや吐き捨てるような喋り方。茶沢さんはエネルギーをコントロールしきれずに暴発する弾丸のようだった。恐ろしいほど大人びた表情を見せたかと思うとふとした瞬間にあどけない顔を見せる二人は子どもと大人の中間地帯を不安定ながらも爆走しているように見えた。私は二人ががんがん叩き合ったり激しい口喧嘩をするシーンが気に入っています。自分が中学生の頃を思い出すと中2ぐらいまでは普通に男子と殴り合いの喧嘩していたのですが、中学生の男子って女子と言えども全然手加減しないで喧嘩するんですよね。これってまだ男と女だという性的な意識を持っていないという証拠なのだと思います。原作では二人が昼間っからヤりまくってる描写もありますが映画でそういったシーンがなかったのはそういうことなんだろうと思いました。

ヒミズ』撮影期間中に3.11の震災が起こり、急遽脚本を変更して震災後の日本を舞台にしたとのことですが、震災直後の映像をカメラに収め、震災から一年も経たないうちにこの映画を上映するということにとても感銘を受けました。ただ普通に生きたいと願う少年が突然天涯孤独になってしまうというのは、震災によって一瞬で瓦礫の山と化してしまった街を見渡す気持ちとリンクする。この映画は震災がテーマではなくてあくまでも住田くんの物語なのであまりここにこだわる必要もないとは思うけれど、少なくとも今回の震災で住田くんのようにもがく人が増えたのではないだろうか。最初に教師が言った「がんばれ住田!世界にたった一つの花だ!」という台詞も茶沢さんが言うとがつんと心に響くあの感覚。原作では命を絶ってしまう住田くんが「がんばれ住田!」と土手を走る姿を見てとても救われた気持ちになりました。あのシーンで号泣した私はエンドロールで涙を乾かそうとしましたが、意外にも早くスクリーン内が明るくなってしまいぐちゃぐちゃの顔のまま帰路につきました。

ヒミズ 1 (ヤンマガKC)

ヒミズ 1 (ヤンマガKC)

始まりと終わりの黒い太陽、『メランコリア』

ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』を観てきました。「メランコリア」という惑星が地球にぶつかっちゃうまでのとある姉妹のお話です。


憂鬱。このごちゃっとした文字を見るだけでふぅとため息をつきうつろな瞳で虚空を眺めたくなるのは私だけではないはず。メランコリアと聞いてすぐに思い浮かぶのはドイツ・ルネサンス期の画家アルブレヒト・デューラーの描く銅版画の傑作『メランコリア・I』です。デューラーがこの銅版画を描くに至った直接の動機は古代ギリシャアリストテレスが確立した四大論(大地、水、火、大気)の思想にまで遡り、中世には人間四性論として結実したもの。人間の体内に流れる四種の液体の性質により人間の性格が決定されるというもので、温かく湿り気を帯びた血液は多血質、熱く渇いた血液は胆汁質、冷たく湿ったものは粘液質、そして冷たく渇いた血液が憂鬱質(メランコリア)を生み出すと考えられていたのですね。憂鬱質は人間の病的な状態を指すのですが、イタリアの哲学者フィチーノは孤独を好み瞑想にふける知的で創造的な人間としてとらえました。『メランコリア・I』の翼を持つ人物がコンパスを手に持ち、周りにはハシゴや定規、秤、砂時計などが描かれているのも創作行為を示しています。そして左上で妖しい光を投げかける“MELENCHOLIA”と書かれたものは黒い太陽または土星と言われています。この言葉はギリシャ語に由来し、「黒い胆汁を持った状態」を意味しているらしい。黒い胆汁が陰鬱な気質を生み、ロマン派の詩人たちに大革命後の乱世を憂う世紀病を流行らせました。このメランコリックはテオフィル・ゴーチエの『メランコリア』や時代は下るがヴェルレーヌの『土星詩集』の中の「メランコリア」、サルトルの『嘔吐』の草稿の原題『メランコリア』にまで及んでいます。この黒い太陽ないし土星は実は彗星だという説もあり、今回の映画にはこちらの解釈の方が都合がよいですね。いずれにせよ、メランコリアとは終末の闇を意味すると同時に、創造的人間の脳裏にひらめくインスピレーションの源の象徴でもあり、原初の闇つまり創世の混沌なのです。そこには創造→終末→新生という輪廻的宇宙観が見てとることができます。錬金術との関連まで話しているともう日が暮れてしまいそうなので興味のある方は自分で調べましょう!

というわけで前フリが長くなってしまいましたが、えーと『メランコリア』ね。まず冒頭の作品全体を抽象的に表現してみましたといった感じの超スローモーション映像が一気にこの憂鬱な世界観へと誘ってくれる。第1章はヒロインであるジャスティンの結婚式。式に大幅に遅刻してもなんら焦りを見せず無邪気に笑うジャスティンだが、離婚した母親の皮肉たっぷりなスピーチで幸せムードは一変する。そこから瞬く間に仮面は剥がれ落ち、ヒステリックな母親に女たらしの父親、強欲で高慢な上司の姿が現れる。ジャスティンは極端に落ち込んだり突然ハイになったり、ウエディングドレスを脱いだり着たり引きずったり、悲壮の色は濃さを増していく。ジャスティンを演じるキルスティン・ダンストは決してパーフェクトな美しさではないのだけど、幼少の頃演じたヴァンパイアのような無機質で人形のような雰囲気が憂愁さを醸し出していたように思いました。よく「うつ病は脳の病気だ」と言うけれど、結婚式から7週間後のジャスティンがよろよろと歩き目を開ける気力もない様子は脳の病気ではなくて、何か宿命的で逃れがたくとてつもない重力を持った憂鬱さにまとわりつかれているようでした。

第2章では姉のクレアが主眼となる。このクレア役のシャルロット・ゲンズブールを見るとどうしても『アンチクライスト』を思い出してまた夫のちんこを刺したり足首に穴を開けたりするんじゃないかとハラハラしてしまいました(笑)惑星メランコリアが地球に近づくにつれてすっかり回復し悟りを開いたかのようなジャスティンに対し、今度はクレアが不安状態に。私の心はジャスティンと同じように動いていって終末を迎える覚悟というかその運命を受け入れる姿勢になって観ていたので、今頃になって焦り出すクレアの神経質な挙動や表情は少し滑稽に見えたぐらい。終末を描いた映画って大抵街中がパニックになってきったねぇ人間のエゴが描かれたりするけど、『メランコリア』の場合はそういった一般人たちとは隔離された場所が舞台であったことがより寓意性を強調させることに成功したのではないかと思います。テレビを見ることもなく、ネットで惑星メランコリアを調べることが唯一外界との接触であるのにプリントアウトしようとした瞬間に停電になるなど、尽く外界との接触を断っている。危機が迫っていることは分かっているけれど詳しくは知らないという状況は『ハプニング』にも少し通じるところがあると思いました。

そしてラスト。あの轟音で近づくメランコリアは観ている者を圧倒し、「あぁ。もう終わりなんだなぁ。」と思わせる。その後の静寂はまさにサウンド・オブ・サイレンスで背筋がぞわぞわとして身体全体が痺れ、息をするのも忘れそうな瞬間だった。自分まで擬似的に終末を体験したようなそんな気分。映画館を出た後のふわふわと浮き足立ち現実味のない感覚はすごく不思議なものでした。

ラース・フォン・トリアー監督の作品はそれなりに観ているのですが、『メランコリア』はかなりのお気に入りとなりましたね。『アンチクライスト』、『メランコリア』ときて次は一体どんな作品になるのかすごく楽しみです。

殺してもいい?、『ドラゴン・タトゥーの女』


 去年の秋ごろからあの衝撃的な予告編を見てからずっとずーっとその公開を楽しみにしてきたこの作品。トレント・レズナーとカレンOがカバーしたことによってよりエッジのきいた印象となった『移民の歌』は本編のOPでも使われ、どろどろとした液体がリスベットの顔やPCケーブルや震え咲く花となってうねる映像は圧巻。監督曰くリスベットの悪夢を表現したらしいが、こちらも何度も繰り返し見たくなる。しかし、正直言ってこれがこの映画の中で一番気分が高揚した瞬間だった。いや、十分面白かったんですよ?ただなんでしょうねこの鑑賞後に残る物足りなさは。あ、ちなみに原作もミレニアムシリーズもまったくの未見ですのであしからず。

 「誰がハリエットを殺した?」というキャッチでポスターやCMは流れ、それはそれはものすごく難解なミステリーが隠されていて観る者の予想を覆すようなトリックやどんでん返しが待っているに違いない!!と勝手に思っていたのですが、割と最初の方で犯人とトリックの予想がついてしまうし実際かなりあっさりと解決しちゃいます。連続猟奇殺人についてもあまり掘り下げることがなかったし。回想みたいな感じで犯人が暴行してるシーンとかぱっと入れてくれたらよかったのになぁ。個人的な希望だけど。ジャンルとしてはサスペンススリラーとされているのにスリリングさも少なめ。最後の方のミカエルが犯人の邸宅に忍び込んでからの一連のシーンが一番緊迫してドキドキするはずなのにそれもなく。ただスウェーデンの凍てつくような風景はすごく素敵でした。簡素で画一的な佇まいのヴァンゲル一族の邸宅もその清潔そうな見た目の裏に何かおぞましい陰謀が隠されていそうで。予告編を見すぎたせいで「あ、この場面はここか」という回収作業をする楽しみも。
 そして私が最も期待していた暴力&セックス描写が生温い。リスベットと後見人のブタ野郎のレイプシーンは観ていてふふっと喜んだのだけれどね。「アナルは好きか?」ってね。『セブン』のスパゲッティを死ぬまで食わされた男といい、フィンチャーはああいうブタ野郎を痛めつけるのが好きなんですかね。また、各方面から苦情の声が絶えなかった例のミカエルとリスベットのセックスシーンのモザイク。いやいやいやいや!!なにあれwww吹き出しそうになったよ。ギリモザ職人を呼んで来い!!まぁあれは監督の意図ではないにせよかなり興ざめでしたね。あのシーンてミカエルとリスベットの関係を構築する割と重要なシーンなんじゃないの?なんであんな雑なモザイク被せたの?ねぇ!!

 一方、二人の主人公の役作りはとても素晴らしかったと思います。なんといってもルーニー・マーラ演じるリスベット!病的な色の白さとぱつぱつに切られた黒髪に真っ黒な衣装。ゴスというかエモというか。毎回変わる凝った髪型もどうなってるんだこれ?って。驚いたのは鼻、眉毛、唇などのピアスってあれ本物なんですね?穴を開けなくてもうまいこと付けられるんだと思ってたけど、パンフレットを読む限りでは実際に開けたらしく。女優なのに顔に穴開いて大丈夫なんですかね?化粧で隠せるのか。そういった見た目だけじゃなく中身もすごく複雑で不安定で繊細な人間であることがよく表現されていたと思う。また、ダニエル・クレイグ演じるミカエルは鼻の利く犬のような洞察力を持ったジャーナリストで、片耳と首に無造作に掛けられたメガネをすちゃっと装着する仕草は何かを発見した合図のよう。そしてミカエルが犬ならリスベットは猫。気まぐれでしなやかな動き、警戒心が強いけど一度心を許すとすり寄る。「ネコ!」と呼ばれていた(笑)野良猫がリスベットと入れ替わりになっているような気もする。リスベットの中性的で攻撃的なファッションを見れば察しのつくとおり、彼女はバイセクシャルである。原作を読んでないのでリスベットの過去についてはあまり詳しくないのだけれど、きっと何か性的な問題を抱えるような出来事があったんだろうと推測する。ビジュアル系やゴスパン系、エモ系ファッションを好む人間は複雑な性を持つ人が多い。変身願望があるので見た目を大きく変えることで自分が敵視するものに対して武装する。リスベットの場合、クラブで誘ったビアンの彼女に見せた微笑みやミカエルに自分からセックスを迫ったことを考えると、支配欲が強いのではないだろうか。だから後見人のブタ野郎のようにセックスを強いる者には牙を剥く。父親との確執も何かありそうだけれど本編ではさらっとしか話していないのでよくわからないけど、これからの続編で明かされたりするのだろうか?そしてミカエルとリスベットの関係がこれからどうなっていくのかも気になるところ。ミカエルが最初にリスベットの部屋に押しかけた時、彼女は強い警戒心を示すけどすぐにその必要がないことを悟り、彼に対する信頼を急速に増していったように見える。ベッドでもっと背中を触ってと言ったり、「殺してもいい?」May I kill him?とミカエルに問うリスベットは忠実なペットのよう。最後のシーンは切ないけど彼女らしいと思った。

 というわけで、ハリエットの犯人捜しは二人の主人公を引き合わせるためだけに使われた要素であって、あくまでも二人の人物描写に力を入れた仕上がりとなっている。監督自身もそういったようなこと言ってるし、まぁこれでいいのか。ただ、予告編やOPのどす黒く激しい衝動のようなイメージを本編にも期待して観に行ったこちらとしては肩すかしをくらった感は否めない。モザイクとかモザイクとかモザイクとか。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女 [DVD]

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