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松原和之の「教育考現学」 RSSフィード

2017-06-06

いつでも、どこでも学べる学習環境づくり

こんにちは。コアネット教育総合研究所松原和之です。

北欧の学校を見学して以来、私が「日本の学校もこうなったらいいな」と思っていることの1つは、「いつでも、どこでも学べる学習環境」です。

北欧の学校では、休み時間や放課後に、カフェテリアや廊下に置かれたテーブルを挟んで何人かが集まり、ノートパソコンを開いて、話し合いながら学習をしている姿がよく見られます。
北欧の子どもたちは、自主的に集まって相談し合いながら学習をしているのです。

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一方、日本の典型的な学校の姿は、学習するのは教室の中だけ。それ以外の場所では遊んでいるだけというスタイルです。学校によっては教室とは別に自習室を設けているところもありますが、そこは一切私語禁止。黙って1人で勉強するスペースです。

北欧と日本では学習観が違うと言ってしまえばそれまでなのですが、いま日本でもアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)が推奨され、次期学習指導要領の大きな方針の1つになっています。つまり、学習観の転換が求められているのです。

そして、いま先生方は、アクティブ・ラーニングをいかに授業に取り入れるかに躍起になっています。

もちろん、授業において主体的・対話的な学びを取り入れるのも大切なことです。
でも、本当に主体的に学ぶのであれば、授業中じゃなくても自主的に学ぶ姿勢を育てたり、機会や場を増やしたりする方がよくないですか?

グループで話し合って答えを出すような課題を出すとか、相談し合わないと答えが出せない宿題を出すとか。
子どもたちが慣れてくれば、自主的に相談し合いながら、予習や復習をするかもしれません。

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そう言うと、先生方は「生徒も忙しくて、昼休みや放課後に集まって学ぶなどという時間はないんですよ」と返してきます。
でも、年に何回かは、文化祭の準備や合唱コンクールの練習で自主的に集まって準備や練習をしていますよね。
実は、その気になれば、協働学習の時間を自主的に作り出すことも可能なんじゃないでしょうか。

もう1つ大切なのは、そのような自主的な協働学習を行うことが可能なスペースの確保です。
北欧の学校は、至る所に、テーブルと4〜5脚のイスのセットが置いてあります。場合によっては、教室内のイスより数が多いかもしれません。気軽に集まって話し合いができる場所がたくさんあるといいな、と思います。

教室は学ぶ所、廊下は歩く所、食堂は食べる所、図書館は静かに本を読む所という画一的な利用法を改めて、学校内をいつでも、どこでも学べる学習環境にするというのはいかがでしょうか。

その姿を思い浮かべると、何だか楽しそうじゃないですか?

2017-04-21

AI時代に必要な人間の知性とは何か

こんにちは。コアネット教育総合研究所松原和之です。

今月の「ハーバード・ビジネス・レビュー」はとても面白かったです。最近、私が常に考えていることに大きなヒントを与えてくれる内容でした。

そのタイトルは「知性を問う」です。人工知能(AI)の時代だからこそ、人間の知性の本質とは何かを考えなければならない。これは、私の問題意識に重なります。

このタイトルで、4人の方の論文、インタビューが掲載されているのですが、その中の1人、ヤフーCSOの安宅和人氏の論文から、印象に残った点を紹介したいと思います。

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安宅氏は、AIが得意なのは情報の識別や予測、実行過程の自動化であり、不完全な情報の中で問いを見立てたり、単層ではないタイプの問いに答えることはできない。知的生産の本質は何らかのイシューに答えを出すことであり、大切なのは正しいイシューの見極めだ、と言います。
仕事の多くは課題解決であり、その要素である(1)課題の性質の見極め、(2)大枠のイシューの見極め、(3)課題の腑分け、(4)答えを出すアプローチの見極め、(5)分析的に答えを出す、(6)統合といったものはAIにはできない。つまり、知的生産の多くの過程は当面人間の仕事として残る、とも記述しています。

AI全盛の時代になるからこそ、人間には「思考」することがますます求められるのだと思います。

安宅氏によれば、思考とはインプットをアウトプットにつなげることであり、情報を知覚(感覚)し、理解し、統合し、判断し、実行につなげることです。

情報収集や分析の量と質を上げるためにはAIは活用できますが、正しい課題解決に結びつけるのは人間の知性です。
また、情報収集はAIがやるからといって、知識は必要ないかというと、そうではないと安宅氏は言います。

いちいち必要な情報を脳にアップロードしなければならない人では適切な判断は難しい。どれほどAIが発達して知識や判断をサポートしてくれるようになっても、過去の先人がつくり上げてきた知的体系を学ぶことの必要性は変わらない。知的体系の理解なしには、その場で起きている問題を総合的に見立て、把握し、判断することができない、と言います。

学習指導要領の改訂や高大接続改革の議論の中で、思考力・判断力・表現力等を重視する傾向に対し、「知識は必要ないのか」という反論を述べる方がたくさんいます。安宅氏の論を見れば、ビジネスの現場にいる方から見ても、知識は必要だということです。

その通りだと私も思います。決して知識が不要になるわけではありません。しかし、子どもたちの学ぶ機会や時間は有限です。思考力等の汎用的な資質・能力を身に付けるための学習を行うためには、これまでのやり方では無理です。細かい知識はAIに任せておけるので、メタレベルでの知識や思考や判断に活用できる形で身に付ける知識を重視することが大切なのではないでしょうか。

この手の議論が抽象論では済まないことは私も認識しています。アクティブ・ラーニングをより実践的にするためには避けて通れないポイントです。
AI時代の人間の知性とは。そして、それを身に付けるために学校で学ぶことは何か。
これからも、より具体的に考えていきたいと思います。