2004-02-24 あの頃、僕らは「はてなダイアラー」だった。
■あの頃、僕らは「はてなダイアラー」だった。
思えば「情報化社会」なんていう言葉もめっきり耳にすることのなくなっていた21世紀のあたま。すでに僕らの周りには当たり前のようにネット環境が存在していた、そんな中、僕らの視界に一つのネットワークシステムが出現した。
「はてな」という親しみやすい名前を持ったそのシステムの最大の魅力は、『はてなダイアリー』と呼ばれる、キーワードによって互いに連なり合った巨大ブログコミュニティにあった。このシステムがこれほどまでに僕らを魅了したのは、簡単にブラウザから日記が書き込めることや、キーワードからリンクされることでかなりの人数に自分の日記を見てもらえること、そして何よりも、東浩紀や北田暁大と云った二〇〇〇年代を代表するイデオローグたちの参入による、彼らと同じ位相で情報を発信する事が出来るかもしれない、という錯覚にあった。僕らは必死になって彼らの問題提起を咀嚼し、『ファウスト』を読み、自分のダイアリーで考察し、アンテナを立て合った。そうやってつながり合う事で僕らは社会との接点を見つけた気になっていた。
やがて、『はてなダイアリークラブ』とよばれる文化サークルが発足し、『はてなダイアラー映画百選』と銘打たれたリレー企画の中で、町山智浩や仲俣暁生のダイアリーと自分のダイアリーが並んでいるのを見た時、僕らの興奮は頂点に達した。僕らはますます『はてなダイアリー』に夢中になっていった。やがて、ダイアリー間にも棲み分けが出来、ミーハー層はミーハー層で、サブカル層はサブカル層で、オタク層はオタク層で、インテリ層はインテリ層で、それぞれ独自のムーブメントを形成していく。ダイアリー間にも明確な階層が生まれ、人気サイトを運営するダイアラーは一種のアイドル・カリスマとして崇拝され始める。その後、はてなダイアラーが書いた小説がネット上で話題を呼び、はてな内での作品発表・作品批評が経常化するまでに至って、はてなダイアラーは、はてなダイアラーとしての社会的自意識を持ち始める。まさに、真性「はてな市民」の誕生だった。
その熱狂は、静かなバブルだった。僕らはその熱狂の中にあって、せっせと日々仕入れた情報のアップに精を出していた。そうすることがより位の高い「はてな市民」への道であり、2ちゃんねるとは違う、選ばれた「はてなダイアラー」としての自意識の発露だったのだ。実際、そこで行われていた議論のレベルは高いものだったと云える。ブログの特性を生かし、オンタイムな議論があちこちで行われていた。僕らは、学校で習ったこと、街で学んだことを、この「もうひとつの学校」のようなコミュニティで戦わせ合った。それはまさにひとつの広場、放課後の教室だった。そこには、難しい言葉を教えてくれる先生も、わからないことにポイントひとつで答えてくれる同級生も、いた。
■はてなダイアリーは、空っぽの箱だった
『はてなダイアリー』というサイトがいま伝説化しているということが、僕にはよくわからない。当時ダイアラーだった人間にとって、『はてなダイアリー』というのは、「卒業してしまった学校」のようなものだから。「あの自習時間楽しかったね」「あの先生、すてきだったね」「あの子、可愛かったね」といった、他愛のない同窓会のノスタルジーみたいなものなのだろうか。それならいいんだけど、もしかして、とも思う。『はてなダイアリー』というサイトをまったく知らない世代の若い人たちの間にまで、『はてなダイアリー』幻想が生まれているのだとしたら、ちょっとやっかいだ。
サブカルチャー幻想の多くは、「学校の頃は楽しかったね」という一言に集約できてしまう。でも、そんな「楽しかった過去」をいっさい持たない世代が育ってきていて、そんな彼らにとっての幻想のサイトシステムが『はてなダイアリー』なんだとしたら、僕はその人たちにためらわずいいたい。『はてなダイアリー』は、ただの空っぽの箱だった、と。何も書いてない白紙の紙だった、と。誰も住んでいない建物だった、と。
何もないところにこそ、あらゆる幻想が入り込む。だけど、『はてなダイアリー』というサイトは、それまでいろんな幻想をふりまいてきたすべてのテキストサイトの集合体としてだけ意味があったんだ。それ自体はなんでもない、ただの日記サイトだった。だからこそ、そこで誰もが思い思いに好きなことをしてただけだ。
『はてなダイアリー』の再来が待望される時代なんて、不幸な時代だと思う。ネット上の土地ならどこにだってころがってる。人の住んでない家だって、いまなら探せばどこかにあるだろう。もしどうしても『はてなダイアリー』がほしければ、自分で作ればいいんだ。今度は企業の金抜きで。
■なんて
後半の文章はこちらからのパクリです。→http://www.big.or.jp/~solar/takarajima/bikkuri.html 原題は「ビックリハウスは、なにがビックリだったのか」。id:solarさんのところから。文脈おかしいのは当然です。
もし、今後『はてなダイアリー』が『ビックリハウス』のような足取りを辿ってくれるのだとしたら、僕自身もう少し「システム享楽型」であっても良いかも知れない、と思ったりした。それは、ひょっとしたら将来おいしい想い出にありつけるのかも知れない、という下心だけれども。
最近かつてのビックリハウサーたちが幾分かの面映さとともに、ずいぶんと誇らしげに戦歴を自白する姿を見るにつけ、何か僕も、「ひきこもり世代のビックリハウス」のようなものが少し欲しいな、と思ったりするのだった。
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