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2009-12-31 主に舞乙、あと流星のロックマンのドリル

舞乙15話


舞乙HIMEにおいて一番異色の回

いや、舞シリーズにおいて一番異色な回がこの

舞乙15話だ。


いつもここで「あれ?」って思う。

シリーズスタイルと違うというか。

シリーズ少女漫画的なものを強引に男性向けの領域に引っ張ってくる

スタイルを基本にしているのに対して、

この15話だけは、きちんと少女漫画をやろうとしているように感じる。


まあ次の16話ではいかにもな舞シリーズの感じに戻ってて、

「15話であんだけ少女漫画っぽいやりとりしたのにツンデレで処理かw」

っていうのが、逆に面白い。


セックスするかしないかまでいって

安い女だなって言われて、

その上であのいかにもアニメちっくな憎まれ口の叩き合いっていうのも

いいじゃないか、と



15話の絵コンテのよこた和さんは

ターンエーガンダムの名エピソード「ローラの牛」の

コンテを担当した演出家


渡邊哲哉さん(ローラの牛の演出処理)の担当話数の舞乙13話と並んで

シリーズの懐の深さを示す話数ですね。

織原真盃=小原正和


だとして数少ない監督コンテ回が触手ってどうなのよwww

舞乙6話の話です。


織原真盃さんといえば、俺にとっては「天使になるもん」のコンテの人

というイメージなんですけど、

もし織原真盃=小原正和なのだとしたら、

ウテナと舞HIMEを繋ぐラインはここかもしれませんね。

舞乙


久々に見ると、前見たときよりも面白くてびっくり。

舞HIMEは2ヶ月に1回くらい見てるが、

舞乙もう一年くらい見てなかったからなぁ。


なんというか感覚的に、俺が働き出したのが大きいのかもしれない。

舞HIMEは学生の話だけど、

舞乙はどちらかというと会社研修っぽいから。


放映当時見たときには気づかなかった、そういう部分の良さがあるなぁ。



あと、5話のアリカがニナに弱音を吐いて

ニナが「その程度だったのね」って言うあたりのシーン、

星野真澄さんの担当パートっぽい。


シリーズでの仕事以外ではあまり知らないというか

あまり目立たない人だけど(種の版権書いてたっけ?)

シリーズに限っては凄くいい表情作画をする人。


それともう一つは「宇宙をかける少女」との対比。


「夢なんて簡単に見つかりっこない。

周りから言われて本当にやりたいことかもわからないまま、

それを夢だと思い込んでるだけだ」


とは富野御大の言。

夢宮アリカはその名の通り夢を見つけた存在で、

細田守版の「時をかける少女」は夢を見つけるまでの物語だった。


でも獅子秋葉は、

そんなもの宇宙規模の動乱程度で簡単に見つかるもんじゃない

ということを表現していた。

富野イズムの一つの形だったのかもなぁ

流星のロックマン足立回まで見てから舞乙1話


舞乙HIMEの1話って本当に完璧だよなぁ

個人的には00年代でもっとも良く出来た1話


舞HIMEの1話がまだスタイル模索しているのに対して、

舞乙はEDまでの流れを含めて完成されている。

初代ガンダムに匹敵する1話

少なくともエヴァは超えてると思う。

流星のロックマン外伝れでぃ×ばと!


ちょっと聞いてくれよ、もう大晦日なんだけどさ。


れでぃ×ばと!流星のロックマン白金ルナが高校生になって出ているわけだが。

ジーベックはまだロックマンで稼ぐつもりなのか



あれか高見明男足立慎吾師弟の絆か?

中原麻衣植田佳奈ミックスジュースの絆か?

タクティカルロアか?

アイショーティーか?


演出的には、川澄「萌え専制君主」綾子が登場するあたりの

カットが割りが凄かったね。


「ラプサンスーチョンをミルクティで」

から

「まあどなかと思ったら〜」

までの数カット


この白金ルナ(CV中原麻衣)と川澄のキャラ

位置関係を隠すトリックは、

そりゃあ「奇を衒っただけの小手先のテクニック」とか

インパクト重視で物語云々かんぬん」とか

言って批判するのは楽。


でも、あのシーンはそのくらいの方がいい。

実質あそこがこの1話の山場なんだし。



さて、流星のロックマンでも見るか


D4プリンセスの日色回を見直すのもいいな

舞乙の1クール目って


どの回も面白いなぁ。

平均値が高い上に水草回と長井回と渡邊回がある。

やっぱりアニメの質はローテ演出家の面子が

一番重要だなぁ

2009-12-30

緊急


このブログを見た人でn_euler666さんに連絡を取れる方は

キャンディーボーイの同人誌印刷所の関係で販売されない」

とお伝えください。

俺の持っている伝達手段では伝達しない可能性があるので。

2009-12-28

矛盾する多面性を内包するアニメ


それが俺の考える「最強のアニメ」の定義

「ギャップ萌え」などと言われるのは

その魅力の片鱗。


出崎統がなぜ色んな原作に手を出すのか。

それは一つでも多くの要素を、内包したいからに他ならない。


それは作画というミクロな部分でもそう。

演出と矛盾する作画であっても、

それを内包すればいいのだ。


矛盾していてもいい。

一貫性と柔軟性

現実幻想

繊細と大胆

闘争心と冷静

素直さと猜疑心

鋭さと鈍さ




って波溜師匠が言ってた

2009-12-27

2009年ワーストベスト

http://d.hatena.ne.jp/ill_critique/20091220/1261317064

の企画


帰宅

あと4分で今日終わる


なんか、俺のやろうとしてたネタはkarimiさんとグダさんが先にやってるし、

もうやることないっす。



ベスト(別格)


GENJI


もう特にいうことはありません。

最高です。

マジキチです。


ベスト(定格)


極上!!めちゃモテ委員長


OPの本当は喧嘩の強いの〜のところがなんとなくダイモスっぽくて好きです。

ダイモスダイモス闘将ダイモス

お前の空手を見せてやれ〜


ダイモス


マリー&ガリー


マジ土田豊だし。

ツッチーは東映をしょって立つ男

ラブコイルですよ


田中宏紀全部


「……全部」

「うん全部」


「エーでも田中以外でも」

「ああ、あるよねかなり」

世界亀田とか?ハハハ」

「ウン、あれは」

「AHOのちょっと前のやつはどう?」

「やっぱ田中が抜けちゃったらさ〜」


へー良かったですねーふーん


メカティーチャーのアニメでエクスタヌーより)


ワースト


・キルミン


足りない

グミンが足りない

明らかに変態が作ってて、

深夜アニメなのにヌグミンしないのはおかしい。


あ、もう4分過ぎてる

終了〜

劇場版クラナドを見よう」終了


お疲れ様です。

いやぁ楽しかったですね。

いままで注目していなかった部分も色々と見つかって、

考える脳が増えると解析も進むものです。


あと、りきおさんという物凄いKEYファンの人の話も面白かった。

方向性は違いますが、尊敬します。


グダさんとりきおさんのツイッターのやりとりも面白くて、

あれこそが本当の


出崎信者VS原作信者


の戦いなんだろうな。

俺も共同出演者の枕さんも割と穏健派だった(?)のでw


まあとにかく「劇場版CLANNAD」是非見てみてください。

2009-12-26

劇場版クラナド欠点もあげおこう


・作画

もう何度も言ってるけど、作画。

なぜキャラデザ杉野昭夫じゃないのか。

おかしいだろ、常識的に考えて。


だって絵コンテがもう杉野昭夫の絵前提で描かれてるんだもん。

それでもシークエンスによっては

かなり絵コンテニュアンスに近づけてるところもあるけど。

でも、あの朋也がケガするシーンはねぇ。

絵コンテの父親の絵と比べて、ちょっと・・・。


あと、幻想世界な。

あれも本当は福島敦子ポポロシリーズゲームの方のキャラデザ)あたりが

やってれば、もっと凄いものになったと思うんだ。

迷宮物語」のあれみたいな感じで。


・3クール「も」やってよ。


劇場版クラナドはあの尺でいい。

いや、映画的なダイナミズム・「構造」の巧みさを発揮するためには

あの尺こそベスト


ただ、劇場版クラナドのそこかしこに散りばめられた出崎統

「俺がTVシリーズをやるならここを膨らませるぞ!」

というメッセージが憎い。


例えば、序盤に3カットも見せる「朋也の母親」の写真

多分、出崎版TVシリーズでは朋也の母親のちょっとしたエピソード

が入り込んでくるんだろうな、

とか

春原の家庭の事情、みたいな話も当然TVシリーズでは

ガチで盛り込んでくるだろう。


サブキャラの面々も、原作の縛りがなければ

どう膨らませるのかがこの劇場版でわかる

春原のポスター騒動の件で、智代が裏で動いたことは明白。

智代と杏がなぜ、「反=生徒会」として立ち上がったのか、

そこらへんのエピソードも出崎監督の中にはあるはずだ。


まあどんな題材でもいいから2クール以上の出崎作品「も」見たいわけですよ。

マジ、雪の女王とか神企画だったなぁ。

NHKさんまたがんばってくださいよ

今週のサテンさん


(あらすじ)

レベル0であることに吹っ切れ、旅に出たサテンさんは、

ひょんなことから捕鯨船レディウィスカーの一員となる。

そして航海の途中、船長エイハブ・イシュマール・アリの友人、榊原弦に出会うのだった。


いやぁ、まさか榊原弦の国外脱出にはエイハブ船長が絡んでいるとは思いませんでしたよ。

正義の味方=ジャッジメントの黒子にコンプレックスを抱いて

レベルアッパーに手を付けた彼女ですが、

能力でありながら最強クラス正義の味方・榊原弦との出会いは何を意味するのか、

今後の展開に期待ですね。




中2病全開のホラを吹くくらい、海には出なかったレールガン13話。

中津さんの絵コンテは地味だけどしっかりしてますね。

でもさすがに物足りない。


いや、コンゴウさんのデレ方は良かったですよ。

つまり、「貧富」という次元で見れば、

持つもの=コンゴウさん

持たざるもの=その他


あるいはおっぱいという次元から見れば

持つもの=メガネ

持たざるもの=その他


なわけですよ。

あと、蛇と戯れるウイハルさんいいですね。

蛇耐性という次元から見れば

持つもの=ウイハル・コンゴウさん

持たざるもの=その他


と。

まああの12話の後ということでこういう息抜きも必要なんですかね。

2009-12-24

ちゅーぶら〜日色如夏の帰還〜


日色如夏という演出家をご存知だろうか。

かつて「ゲンジ通信あげだま」などで桜井弘明酒井伸次らと

そのテンションの高いギャグ演出で競った演出家だ。


ぎゃろっぷ作品のほか、

NHKでやってた「はりもぐハーリー」や

D4プリンセスなどでも素晴らしいギャグ作品を残している。


しかし、ここ最近は「ひいろゆきな」と名を変えて、

女性向けの作品ばかりやっていて、

そのテンションの高さを披露することはあまりなかった。

(「かんなぎ」の本田透脚本回のコンテ・演出はもっと評価されてもいいと思うが)


そういう意味で、「ちゅーぶら」は

久々にハイテンション演出家日色如夏」が帰ってきたかのような印象だ。

とにかく歯切れがいい!

ストーリー的にはいかにも歯切れが悪くなりそうな

えげつない部分も見受けられるが、

それをものともしない、テンポ重視の姿勢


ちょっと前までは「空気系」とか言って歯切れの悪い作品も多かったが、

前期の「にゃんこい」、その前の「GA」等と合わせて、

またハイテンションギャグの時代が戻ってきつつあるのかもな、

とそんなことを考えた。


そんなわけで、、「ちゅーぶら」面白いです。

簡潔に


俺はね

1つのセリフで1000を表現する方が、

1000のセリフで1000を表現するよりも「時間の密度=スピード

が間違いなく上だと思うんですよ。


一つの物語に1000のセリフをぶち込むのが

「詰め込み」だという人もいるが、

その発想は根本的に足りない。


まるで足りない!



その発想に足りないもの、



それは!



情熱、思想、理念頭脳気品、優雅さ、勤勉さ!



そして何よりもー!速さが足りない!!







以上

2009-12-23

あることに気づく


劇場版クラナドを見ていて、

あることに気づく。


もしやと思ってググってみる。


まじか。

それにしてもおかしい。

じゃあ、どうして絵コンテに書いてある。

そこまで出崎が気にしていたのか。

そうとしか考えられない。


だって確かに書いてあるもの

春原のセリフ


「・・・あ、まてよ・・・たしか今日

劇場版クラナド右脳で見よう〜理屈ではなく感覚で〜


劇場版クラナドを見よう

http://d.hatena.ne.jp/karimikarimi/20091219

関連記事です)


もしあなたが劇場版クラナドを初めて見るのなら、

理屈」を考えるのをやめた方がいい。

感覚でみる。

つまりは俗に言う「右脳」で見たほうが劇場版クラナドという作品を心底楽しめるはずだ。

(ちなみに、ここで言っている「左脳右脳」というのはあくまでイメージの話で

生物学医学的な云々ではないです。)



だから、基本的にはこのブログで書いてるようなことを考えること自体がナンセンスなんだ。

感覚で見れば簡単なものを、言葉にしようとするから難しい。


そう「言葉」。これが重要だ。


クラナドというのは原作ゲームだ。

この手のゲームは必ず画面の下のほうに「テキストボックス」というのがついている。

セリフ効果音などがここに「言葉」として出てくる。

それを読む。


これが曲者。

もう「テキストボックス」の中のセリフなりなんなりを読んでる時点で

プレイヤーは「左脳」=理屈を使ってしまっている。


誤解を恐れずに言えば、

クラナドというゲームは常に「左脳」を使って視聴されている


ここに劇場版クラナド原作ゲーム版クラナドの、視聴者にとっての隔たりがある。

それでも、原作ファンの中にあって劇場版クラナドを楽しめた人は

多分「右脳感覚」で映像を見ることが出来た人だろう、と思う。


なので、もし劇場版クラナドを見るのなら、「感覚」で見てほしい。

コメンタリーを聞く前にね♪)


・蛇足〜左脳右脳論と文字演出


文字演出っていわば右脳から左脳へのスイッチみたいなものだと思うんですよ。


物語というのは「理屈」の方の脳=「左脳」を使い、

映像・音というのは基本的には「感覚」の方の脳=「右脳」を使う


アニメというのはある時には物語のために左脳を使い、

ある時には映像・音のために右脳を使う。

この切り替えが重要になってくる。


文字演出はいわばその両方の脳の切り替えをコントロールしようという演出だ、

と言えるんじゃないだろうか。


・まあ

俺はアニメでは右脳使ったほうが楽しい

ですけどね。

普段左脳使いすぎなんで。


映像的に面白くても物語がないと長い時間云々」

みたいなのは結局は右脳アニメが見れてないというだけの話。

終わりの無いミニマルトランスミュージックを聞き続けるみたいな感覚なぁ。

2009-12-22

クラナドと出崎と海〜男なら海に出ろ、そこに全てがある〜

(これは「劇場版クラナドを見よう」関連記事です。

http://d.hatena.ne.jp/karimikarimi/20091219/1261240399

これに先駆けて劇場版クラナドという「高圧縮」な作品をちょっと解凍していこうかなと思うわけです。そのため当然のようにネタバレしてます、注意)




劇場版AIRというのは、

もうまんまOVA「ブラックジャック」の「しずむ女」だったわけですよ。

ただ主人公がBJ先生じゃなかっただけで。


死因も

地球記憶の云々=公害

って考えちゃえば同じ。

ひょっとしたら劇場版AIRの観鈴の死因は

公害によるものだという裏設定があってもおかしくない。

現実の「公害病」の扱いはまさに「奇病」であったわけだし。


現代において恐ろしいのは呪いではなく人間の実害そのもの。


まあそんなわけで劇場版AIRは控えめにいって「原作なんてテイスト程度」

だったわけです。

AIR脚本を見て手塚治虫の話題作を思い出した」とするなら

それはAIRに対する最大の評価だとも思うんですけどね

(しずむ女は文庫化されてない幻のエピソードとなっている)


しかし、それでも特に出崎と親和性が強い部分が

「海」である。

そうAIRは「海」の話であった。

だから基本的には出崎のホームで出来た。



そこで、クラナドである。

もうお分かりだろう。


「渚」

「汐」


このキーワードこそクラナドと出崎を結ぶ太いパイプだ。

渚はまさに朋也にとっての海だった。

海の入り口だった。

出崎アニメにおいて「海」というものが何を意味するか。

それはぜひ「宝島」か「ガンバの冒険」を見てほしい。


原作者は何を思ってヒロイン名前を「渚」と付けたのだろうか。

それは俺にはわからない。

しかし、もしヒロインが「渚」で無ければ、

出崎は渚にあれほどの思い入れをしなかったかもしれない。


海をバックに渚の言う「汐」の名前の由来は

原作とはちょっと違うらしい。

詳しいことは原作ファンの方に聞きたいが、

なぜ、わざわざ「汐」という言葉意味を、いわば曲解してまで


「汐は海の真ん中」


と言ったのか。

それは多分、男なら渚を越えて・・・

いや、これ以上は言葉にすると陳腐なのでやめておく。


ただ、俺の考えが正しければ、

もうこの時点で自分の今後を予見というか覚悟してるんだろうな。

劇場版の渚は「手段を選ばない」女だし。

だとしたら、絵コンテの全身白の服装指定は・・・

(「白い服に白い日傘をさしている」「ボウシも白」とわざわざ書いてある。ここ以外に服の色を指定しているカットはない)

2009-12-20

劇場版クラナドを見よう


http://d.hatena.ne.jp/karimikarimi/20091219

っていう企画にゲストで呼ばれました。

信者の人と話す機会はあまりないので、

原作がどうなってるのか気になっている部分を聞きたいと思ってます。


とりあえず、

原作ゲーム中の朋也の母親の扱い」というのは

映画の序盤で一番気になるところなので、

そこは聞きたいな、と


これを機会に、劇場版クラナドを見てない人はぜひ見てください

2009-12-19

mattuneでググったら


ここの次に「松田翔伍 (mattune)」という方が引っかかった。

見てみたら、なんかメカとか描いてる。


うーんスカイプとかGメールで「mattune」のIDが取れなかったのは

この人のせいなのかな?


というわけで、表記を「mattune」→「まっつね」に変更しますw

まあID関係だと問題解決してない気もするけどw

生徒会の一存面白かったぞー


やっぱり全体的に出崎度が高いアニメだったように思う。

新房が明確に出崎を意識した「まりあほりっく」よりも高かった。


参加メンバーが「マリみて」4期からの流れだったというのも

一つ出崎度の高い理由だろうか。

「杉崎」という主人公自体が出崎度が高いのは間違いない。



シビアな設定だけど、それをあまり見せずに日常を描くことに重点を置く」

という試みはニアアンダーセブンで既に佐藤監督が行っているけれど、

生徒会の一存はその試みをさらに進めたもののように思う。


あとは何度も言うけどヒロイン声優の「本多真梨子

出崎が好きな旧世代型アニオタとしては、

彼女オールドファッションな演技を評価したい。


巧くキャリアを積めば、

かつての川村万梨阿ポジションにつけると予言しておこう。

電磁砲

ああ、二期なんだ。

2クール目も山内重保回ないかなぁ


作画的にも見所が多い(特にエフェクト周り)

シリーズですし、引き続き期待ですね。


そうそう、前に「サテンさんは海に出るしかない」っていう風に言いましたけど、

俺の言うとおりになりましたね!

水着回という形ですけどw


持てる者・持たざる者については、もうそういうものだという方向で。

グダさんのところから曾孫引きメモ富野語録


http://d.hatena.ne.jp/nuryouguda/20091219


>富野「 (略) 勉強ができたり知識のある人のヤバいところは、まさにこういうところで、

>安彦さんは今、簡単に時代性の話をしたよね。

>この2、3年のズレがどうのって。

>そんなのお利口な人が頭の中で考えただけのズレであって、

>人の暮らしっていうのは10年、20年、50年通してのものなんですよ。

>2、3年のズレなんて全然問題じゃないの。

>お勉強ができる人たちにとっては大きな違いなのかもしれないけど、

>多くの人々にとっては、そこには何の違いもない。」


でも富野にはインテリに対するコンプレックスがあって、

そういうのが無い出崎を富野が憧れるのもわかる。

出崎統をいまだに「止め絵」「三回PAN」「透過光」でしか語れない


そんな旧世代の天才無名演出家にあっても、

「画面」とか「テクスト」とか「再解釈」などの空虚な用語を駆使すれば

あたかも何か重厚な理論を持っているかのように

批評を出来るのであります。


まあ、出崎統について語るならまずその「構造」に注目すべき、

と言ったヤマカンの方がなんぼかマシと言えましょう。


彼らのような「意味」に価値を感じる類の人間でも、

アプローチが異なるのは面白い


まあ「アンチ段取り主義」的に言えば

意味があるのかないのかなんていう低レベル批評はしたくないわけですよ。

視聴者やら批評家やらにカチンコが見える時点で本当は論外。

チンコじゃなくてカチンコね。

2009-12-18

ラシャラさま万歳〜異世界の聖機師物語

もうにゃんこいけんぷファーも吹っ飛びましたよ!


ラシャラさま

今期最高のヒロインは間違いなくラシャラさま

「展開が急すぎるんだよ!」とか関係ない

なぜならラシャラさまだからさ


つか、あの夜のラシャラさまと剣士のシーンの作画誰よ?

やばくね?

まじやばくね?

大塚健さんはメカのところだろうし、

IMAさんの師匠早川ナオミさんか?


なんというか、梶島正樹同人アニメなんだけど、そこが良いんじゃないかなと思わせるだけのパワーのあるシーンだった。

シーン単位での今年のベストまである。

アニメオタクをするということ

http://d.hatena.ne.jp/mattune/20091213/1260664421#c1261062590

のヒロさんのコメントレス





俺はね、端的に言えば別にアニメオタクアニメだけ見てても良いと思ってるんですよ。仕事じゃなくて趣味なんだから。

アニメを作るんならアニメ以外の知識も必要だと思うけど。


そしてアニメを見た時に「感じた」ものが全てでしょう、基本的には。

現代の技術だろうが死に物狂いだろうが、出来たものを見た時の感覚が全て。

「面白い!」とか「凄い!」とか「神!」とか。

そういうことを感じるをアニメを腹一杯見たいわけですよ。


で、実際にアニメレンタルなりDVDで見るためには、

固有名詞がないとDVDなりを探せないんですよ。

演出家が死に物狂いで作ったアニメを買いたいんですが・・・」

ってDVDショップで言うわけにもいかないでしょう

「神アニメ探してます」とかもねw


でも「出崎統アニメを買いたいんですが」って言えば店員が検索してくれますよね。アマゾン自分検索するんでもいいですし。



だから、このあいだの「演出にカブレル」は

プリキュアは知ってるし演出にちょっと興味があるけど、五十嵐卓哉はよく知らない」人達向けをターゲットに書いています。

で、あえて説明を省いたの。

何でかといえば、自分で調べ・考えてほしいから。

出崎統ってなんだ?」

山内重保ってどんな作品作ってるんだ?」

って。

そういう意味では確かに俺は「閉ざされてる」部分があって、

そういうことを自分で調べない人間自分で考えない人間には興味がない。

アニメオタクをやる気な人にしか興味がない。


だから、666さんに

「分かる人だけで結構!って感じのブログだよね」とか言われちゃうw


あと、現状としては、ほとんどのアニメオタクは「アニメを見尽くす」段階にはないわけですよ。

文学なり現代思想なり」に手を出す前に知るべきアニメの要素が山ほどある。


作画について注目が行くようになったのも最近のこと。

でも例えば「色」についてはまだ未知数な部分が山ほどある。


反アニさんとことか、iketomoさんとかが

とらドラ」の色彩について語ってましたけど、

色彩設定の人の名前とかは出てこないですよね。



JCSTAFFの色彩といえば俺にとっては「店橋真弓」さんで、とらドラにも各話で参加してるけど、

とらドラ色彩設定の「石田由紀」さんはハチクロもやっている人



とか言えば、少なくともこの二人の作品は追うことが出来る。

そこから色彩についてもっと「開く」ことが出来る。


アニメの中での開拓が終わってないのに、

やれ文学現代思想エーコだと言って、それがアニメオタクプラスになるとは思えない。



アニメ評論ブログなんてのは所詮はきっかけ

見るのも感じるのも調べるのも、本来は自分でしょ?

2009-12-17

なんとも、なんともあおきえい

f:id:mattune:20091217212513j:image

これはあおきえいという技法です。

歴史的には「おねがいティーチャー」のあおきえい回などで使用されています。

もしかしたらあおきえいの象徴かもしれません、

いやあそれにしてもあおきえいさんは凄いですね



っていうくらいあおきえいですよ、奥さん!


もちろん「ささめきこと」の11話の話です。

こりゃあまたドエライのが来ましたね。

森脇真琴回の次にこれやっちゃいますか!やっちゃいますか!


あれか、「おねがいティーチャー」の水着回のあおきえいと

おねがいマイメロディ」の森脇真琴で「おねがい」シリーズってか


もうねアバンからあおきえい全開ですよ!

キャラが最初に出てくるカットで、

ちゃんと二人ともめっちゃカメラ目線ですよ。

これぞ「あおきえい」という技法!


プールサイドでなんで横並び、って思うけど、

これっていわば「舞台演劇」なんだよね。

プールの側には観客がいる。

観客の方を見ながら、役者が「うわぁ人がいっぱい居る!」

って言う。

そういう演劇

基本FIXだし。


でも演劇との違いはカメラの位置の変化

そこらへんはhttp://d.hatena.ne.jp/mattune/20090223

でも触れたけど。


不必要にアングル切り替えるのが分かってない素人にはウケルんですよね〜

的なことを無名天才の人が言ってたけど、

むしろ、これくらいアングルを的確にこだわって切り替えてる方が

俺みたいなにわか素人には馬鹿ウケですよ。


え?細田守っぽい?

わざとやってんじゃないのかな、きっとw

飛行機雲だから細田守っぽいとか言うと

きっと玄人の人に怒られちゃうよね。


でも、なんというか本質的には・・・

いや、違うな。

「今の細田守ってあおきえいっぽいよね」っていうのが正しい気がする。

橋本カツヨはもっとカメラに感情がのってたから。

最近クールぶってる細田守はあおきえいっぽい


あおきえいはガチクールだから、これがかっこいいんだけどね。

人をびっくりさせるためにはキャラを軽々と殺せる人。


バトルプログラマーシラセ」もクールでよかったねぇw

秋山さんの毎回の「見なかったことにしよう!」とかさw


そんなわけで、時間あったらもっとちゃんと書きたいと思わせるスペシャルな回でした

劇場版クラナドを追いかけて〜 岩田幸大 〜


ささめきこと11話の作画の良さは作監の合田さんの力だと思うけど、

レイアウトの良さとかも考えると、この岩田幸大さんによるところも大きいのかもしれない。

結構作画アニメ名前を見る人だけどよく分からん

隠れた作画アニメセイバーマリオネットRのキャラデザとか。

(そういや、菅沼栄治さんも作監やってたな)


ただ、劇場版クラナド原画陣の中でも、水上ろんどと並んで参加経路が分からない人だし、

ひょっとしたらダンゴ大家族らへんの巧い作画はこの岩田幸大さんて可能性もある。


というわけで、水池屋さんとか作画オタクの人は岩田幸大さんについての情報があったら教えてください。

2009-12-15

寝る前に


また朝見た劇場版クラナドの話なんだが、

屋上で渚が「アンパン!」て言って立ち上がるところ(118〜119カット

で、ちょっと渚が「んっ」って言って立ち上がるんだが、

この「んっ」が絶妙のタイミングだということに気がついた。

作画の「気持ちいいタイミング」的な気持ち良さ。

そういうのって芝居なら作画に限らずあるはずなんだよね。

ああ、中原麻衣はすげぇ声優なんだな、と改めて思った。

島宇宙って

ヤマトの復活編2に出てくる島大介の息子のことらしい。

息子に宇宙なんて付けるなんて、大介もロマンチストだな、と思った。

2009-12-14

色々言いたいことはあるが疲れているのでちょっとだけ。


会社行く前に15分くらい劇場版クラナド見たんだが、

137・138カット(朋也が渚にアンパンを渡した直後の2カット

がめちゃくちゃカッコいい事に気がついた。


いつもと違う感覚で見ると新しい発見があって面白い。

2009-12-13

しかし今日日記はひどいな

いくら出崎がコブラ降板したからって、

人に当たるのは良くない。


うん、良くない。


良くないのに、我慢出来なくなって思ったこと書いた結果がこれ。

水池屋さんのツイッターが非公開になったら、

ネットアニメ評論界隈の大きな損失に・・・・・・


まあもう言っちゃったことはしょうがないし、

なるようにしかならん!寝る!

ツイッター

ツイッターというのはブログと同じくらいには開かれたものだと思っていたのだが、

どうもそれは俺の勘違いだったらしい。

どちらかというとミクシィ的なものなのか?


それでブログの閉鎖性をツイッターで打破しようって言ってるのは

なかなかロマンがあっていいと思う。

ぜひ頑張ってほしい


ツイッター内部は自由だけど、外からはどうにもならないというのは

悲しいけど、現実としてツイッターやってる余裕ないしなぁ。

これからはツイッターをやってないと人にあらずという時代がくるのでしょう。


で、「ツイッターの閉鎖性を打破する」みたいな動きになるんでしょう。

ぜひ頑張ってください。

メモ

ツイッター見てたら、なんか凄い人がいっぱい居たのでメモ


http://4ji.blog118.fc2.com/

http://uchigawamoon.cscblog.jp/

http://hidosugiru.blog75.fc2.com/http://dorahapper.s7.dxbeat.com/

akikaz01さん

sakaedaさん

unkoerさん



特にブログやばい。

なんつーか、幽白で三竦みとか言ってたら雷禅の親友がいっぱい来ちゃったとか

そんな感じ。



それとも俺が疎いだけでネット界隈では有名な人達なんだろうか?


うちゅう人田中太郎の人とかセーラームーンの人とかマジですげぇ。

いや、藤子の人も凄いな。

渡辺歩データベースは重宝しそうだ。

ビリ犬とか余裕で知らんし。


http://blog-imgs-26-origin.fc2.com/h/i/d/hidosugiru/shinsaruyamashita.jpg

という非常においしいキャプを乗っけて

後藤圭二に言及しないのも硬派で凄い。

俺のような軟派なヌルオタとは格が違う。

このブログはK様公認の人気ブログ


>アニメ感想評論ブログ執筆者の方々で、大袈裟キャプチャー画像を使い、

>「上手=心理的に上、下手=心理的に下、俯瞰=抑圧、仰角=威圧

>みたいなことをやって喜んている人は、滅んでも構わないんじゃないかな。

>というのも、そんな原始時代の単純な論理で現代アニメのカットは割れないからです



>あるアニメ作品のあるカットキャプチャー画像を貼って、

>「これは〜という技法です・歴史的には〜などが使用しています、

>もしかしたら〜の象徴かもしれません、いやあそれにしても××さんは凄いですね」

>というフォーマットにのっとってブログを書けば、誰でも人気アニメブロガーになれます。


                             ――   無名の天才演出家 K



つまり、このブログは人気アニメブログになってるはずだ!

あの天才演出家ネットアニメ評論の中心にいるK様が言ってるんだから

間違いない。


いや、違うな。

K様の言ってることは無条件に素晴らしいから


このブログは人気ブログなんだ!

プロ理論とそれをプロじゃない人に説明すること


俺は数学関係の仕事民間企業でやっているんだが、

はっきり言って、お客さまも営業関係の人も

数学的な理論なんてまったくわからないわけですよ。


でも説明しなきゃいけないし、厳密ではなくても、

その理論の単純化された概要でも理解してもらわなければならない。


そうしなければ、その理論がどんなに優れていても、

商品化されることもなく、導入されることもなく、

お客さまが買うこともない。


でも周りを見ても、そのことを理解してる理系社員は少ない。

「でもそれは厳密ではないよね」とか

「でもそれは単純化された世界の話」とか言う。

確かにこの人達数学能力という意味では俺なんて足元にも及ばないほど優秀。

でもそれでは、例えば他部門の人に説明できない。


で、説明できる人がいないかというと、

説明できる人が役員になってる。


数学が分からない人達にこれ説明して分かってもらえると思ってるのか?」

がその人の口癖。


四則演算微積分も数理統計も説明出来なきゃ駄目

ルベーグ積分を持ち出すなんて以ての外


以上の話を鑑みるに、

確かに

>原始時代の単純な論理で現代アニメのカットは割れない


でもその結果、妥協せずに文章化したのが

これ

http://keiesworks.blog122.fc2.com/


ラジオで「わかりにくいよね〜」と言われた俺が言うのもなんだがw、

これを普通アニオタが見て

ヒャッコ」なり「ホワイトアルバム」なりの凄さを理解して

視聴・購入という行動に繋がるとは思えない。


なら、誰が見ても分かるように書かないと駄目。

例え「割れない」としても単純化してわかるようにしないと駄目。

それで飯を食ってるプロならね。


どんなに複雑な理論で作られていても、見てもらえないんじゃ意味がない。

単純化して説明しても、ちゃんと見てもらえば、

「複雑な理論」の恩恵を受けてもらえる。


俺は基本的に自分の思ったことを書き連ねているだけだが、

(この記事もそう)

時々そこらへんを気にすることもある。

キャプを使ってる記事とかフォント弄りしてるのはそれ。

演出家名前歴史に注目するのも同じ。

まとめ

・このブログは人気ブログ

・K様はツイッター素人叩きしてないで、ブログの方をきっちりと書いてもっと驚かせて下さい。

2009-12-12

今週のアニメは再び凄い面白かったわけだが


いや、すげぇな。

ささめきこと森脇回の面白さはまあわかる。


続く「にゃんこい

うん面白いw

川口監督コンテは本当に安定して面白くて不思議

質×量で考えると最強の演出家なんじゃないか?

テンポは本当に良いし。


演出処理は別所さん

シャングリ・ラ監督やってもAICでの立場は変わらずなのかな?


で、にゃんこいも十分面白いんですが、今週その上を行ってたのが

けんぷファー」w


うわ、気持ちわるいアニメwwwwww


絵コンテ・演出処理は

坂田純一・井上茜の狂乱家族18話コンビ

あれも不快感極まって快感になるアニメだったなw


もう細かくなんかいうよりは脳のスイッチを切り替えた方が懸命・・・っ!

第九とかもうねw

あれで「裏切ったんだ!○○と一緒で僕を裏切ったんだ」とか

主人公が言えばエヴァパロってことで丸く収まるんだけど、

そうはしないのがNOMAD黒田作品!

さすがですわ


そして「電磁砲」

何気に最近いい仕事してると評判の二瓶さんのコンテ回

うむ、普通に面白いぞ。

ストーリー的にも素晴らしい盛り上がり。


でもまあ構成的にまたちょっと残酷さが足りないなぁ、個人的には。

けんぷファー脳になってたせいもあるかもしれんが、

1話丸丸つかって木山先生過去話をやってほしかった。

もっと幸せ時間を表現して、

最後の実験失敗との落差をもっとつけてほしかった。

もっと見てて辛くなるくらいが良い。


あんまり見てて辛くならなかったじゃん、この回って。

逆にアンチ段取りとして考えるならば、

木山先生過去を描写すること自体が不要。



そんなことを思いながら見たのが

生徒会の一存加藤敏幸絵コンテ


加藤さんもやっぱり出崎リスペクターの一人なのかな?

随所随所に出崎を感じる。

雪の中のシーンもそうだし、

入射光もそう。


前にどっかで「生徒会の一存夕焼けの使い方はへたくそ

みたいなのを見たけど、そうは思わないな。

人間としての一日のサイクルという根源を考えれば、

感情表現としての夕焼け」なんてのは

おまけでしかない。

日の出と共に起き、日暮れとともに寝る。

本来の人間の行動サイクル。


そういうのが記号論だの演出論だの前の

大前提なんだと思うんだけどね。


というわけで、今回のBパート後半は、

その「サイクル」を抜けた部分。

学校も出てるし、生活サイクルからもはみ出している。

10話分積み重ねたからこそ、

この11話でそうすることに重みが出る。


そう考えれば「いつもと同じ」〜雪のシーン〜告白

という流れも分かりやすい。

あそこで「いつもと同じ」というのはこの作品らしいというか

佐藤卓哉監督らしいというか。


来週への期待という意味ではこの「生徒会の一存」が一番次回が楽しみですね

おまけ

木山先生

「なれなれしいし・・・だから子供は嫌いだ」


っていうのが逆シャアのクエスの

「だから子供は嫌いだ!図々しいから!」

を思い出してちょっと笑った。

木山先生キャスト川村万梨阿でもよかったなぁ


ああでもそれだとせっかく新井里美川村万梨阿なんだから

カミー・・・じゃなくて飛田展男さんのマッドサイエンティストも出したいなw

もちろんナレーションは十郎太さん

2009-12-11

鈍感というか眼中にないんじゃないか?

strさんの

http://d.hatena.ne.jp/str017/20091210

の鈍感主人公についてなんだけど、

別ににゃんこいの主人公って鈍感ではないと思うんだ。


にゃんこいの主人公にはもうはっきりとした「本命」がいて、

その本命しか見えてないというだけで、

幼馴染に対して鈍感というよりも、

眼中にないって感じだと思う。


これは同じハーレムアニメけんぷファーにも言えること。

あれも「本命」がいるために他が見えてない。


ではなんで彼らを鈍感と感じるかというと

それは、視聴者は主人公に感情移入するにも関わらず、

視聴者と主人公には情報格差があるからだ。


例えば「にゃんこい」で言えば、

視聴者は幼馴染の心情をモノローグという形で聞いている。

幼馴染がどれくらい主人公が好きかを知っている。

でも主人公にはその情報はない。

あくまで、主人公から見た情報しか主人公は持ってない。

そのギャップは常に意識しないといけないで、

そんなことを考えながら見ている人はほとんどいないだろう。


また、「本命」に対する主人公の気持ちに感情移入出来るかは、

視聴者の好みによる。


時々「なんで主人公はこんなヒロインを好きなのか分からない」

という様な感想を聞くが、

異性の好みなんて人それぞれなんだから、

それをとやかく言ってもしょうがない。


これを演出する側から逆に見るとこうなる。


・主人公の持っている情報視聴者に伝えて、情報のギャップを緩和する必要がある。(客観的アプローチ

・主人公の「本命」への思いに説得力を持たせるために、視聴者が納得するだけのヒロインを魅力を表現する。(主観アプローチ



この両輪が巧くいっていると、主人公に対してスムーズ感情移入できる。


これに対して、感情移入を否定する演出ならば、

そもそも主人公の本心を見せない手法をとるだろう。

いわゆる群像劇だ。


わかりやすいところで言うと「ハチミツとクローバー」の笠井監督なんかは

この系統

前回紹介した五十嵐卓哉DTB岡村天斎なんかもそうですね。


時間ないからこんなところで

2009-12-10

ささめきこと森脇真琴


アニメは爆発だ

アニメ=爆発・・・1


芸術は爆発だ

芸術=爆発・・・2


よって1・2より

アニメ芸術

である              証明





森脇さんは凄いですなぁ

もうささめきことが面白いんじゃなくて

森脇さんが面白いんじゃないかと思ってしまうくらい凄いですなぁ


今期は森脇さんと中村憲由さんと山内さんのスリートップが圧倒的だなぁ

いわゆる演出に興味のない人でも

一目で見てわかる面白さだし、それは凄いことだと思う。


しかし、森脇さんも衰えないというかなんというかw

森脇さんが昔演出した作品と比べてもテンションが落ちてないんだよね。

まあマイメロの時点であのぶっ飛びようだったんだから、

そりゃそうかw


エヴァもどき〜空気系の時代が長くて、

ギャグ演出家というのは、大地やナベシンのような作家性のあるタイプじゃないと

注目されないということが多かったけど、

これからは今までよりも単純に「笑い」が評価される時代が来るのかもしれない。


アニメバブルが崩壊して「アニメ」である事自体の価値が下がれば、

より感情的感覚的な「笑い」の要素がもっと重視されても不思議ではない。


東なんとかはこういうのも「動物化」とか言うんだろうか?

物語」という理性ではなく、

「笑い」という刹那的な感情に素直になることが動物化とかっていうのかもしれない。

「笑い」って感情的ではあるけど、非常に人間的だよね、って俺は思うけど。



最近視聴者は茶化さずにシリアスものを見れない」という話があったけど、

最近評論家気取りのやつは、茶化さずにギャグものを評価出来ないよね。


例の思想地図の座談会の連中(氷川艦長を除く)に

マイメロとか味っことかカブトボーグとかを

茶化さずに評価できるとも思えないし。

2009-12-08

見ると演出にカブれるアニメ〜その1〜


演出にはいろいろな分け方があるが、

特にアニメにおいて重要な分け方に

感情移入型か異化型というのがある。


感情移入型はその名の通り(主に)主人公に視聴者感情移入することで

展開していくアニメのことだ。

アニメの多数派はこっち。

それはアニメの特性とも関係してくるんだが、それはちょっと置いておこう。


今回のメインはもう一つの「異化型」

一口に言ってしまえば、「感情移入せずに見る」タイプアニメ

こちらは少数派だ。

だが、こちらの方が感情移入型に比べると「演出」というものを感じやすい。

もちろん感情移入型にも演出はあるんだが、

作品に入り込む分、普通に見ていると見えにくい。


というわけで、異化型のアニメに触れて演出を感じようというわけだ。


ここで今回オススメの一本が

ふたりはプリキュア」の8話。

作品的にもソフト的にも見やすいところで選んで見ました。


五十嵐卓哉の演出作品の中でも一番「技巧的」な作品。

脚本自体は「感情移入型」を想定して書かれていると思われるが、

その脚本とどう対したかというのを考えながら見ると

面白いかもしれない。


以下、時間がないのでメモとキャプだけ。

レンタル屋とかで探しやすいので、「演出」が気になる方は見てみてください。


f:id:mattune:20091208224608j:image

カメラが中立になった瞬間。


f:id:mattune:20091208224606j:image

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妙技ともいえる大胆なカット割。

これがなぜ「大胆」と言われるか考えてみると面白いかも。

背景とモブがキーですね。



このシーンでなぎさ感情移入させちゃうと

「ふたりは」では無くなってしまう点も注意。


f:id:mattune:20091208224611j:image

同じく。

なぎさの「ありえない」のみに感情移入させないためのカット


f:id:mattune:20091208224612j:image

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ここも分かりやすい。


f:id:mattune:20091208224614j:image

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ここも見事な切り替えし。

光の演出も「出崎作品がきっかけで業界入り」でかつ「山内重保の影響」

というのがわかりやすくてよい


f:id:mattune:20091208224616j:image

とにかく、なぎさに安易に感情移入させないために。


f:id:mattune:20091208224617j:image

ここのほのかの絵がすばらしかったので。



「作画の良さが分かりやすいアニメ」というのはアニスタで大分取り上げられたが、

演出が際立つアニメというのはあまりセレクションされてないので、

ちょっとやってみた。

時間ないから適当だけど。


あ、バレーボールをバシってやるカットのキャプ忘れた・・・

ウテナ信者としては迂闊だなぁ

そこも注目ということで。

2009-12-07

ドキばぐの


柴田亜美のドキばぐのアニメ業界版があったら面白いのに。


ファミ通であれやってたんだから、

ニュータイプアニメージュだって出来るはずだ。

才能と実力は似て非なるもの 〜 持てる者・持たざる者を越えて 〜


「草時は“閉じた人生”をおくっていた。自身が体験することに対してすら、常に傍観者であった。

彼は優秀な評論家であったかもしれないが、いつしかプレイヤーの本分を忘れ、評論家以外のスタンスを見失っていた。

森羅万象のすべてが、ガラスを一枚隔てた“向こう側”のことになってしまっていた。

体験により自分が変わる、という前提を、彼はついに持てなかったのだ。

それは、なまじ才能があると陥りやすい、楽な生き方である。

楽な、しかし、結果的にはあらゆる豊かさを損なう危険生き方である。


才能あふれる草時には、なにが足りなかったのか? 

才能と“実力”は、本当に似て非なるものだと思う。


才能とは、現実への可能性でしかない。だが実力は、現実そのもののことだ。


                「少女革命ウテナ脚本集・上 薔薇花嫁」巻末収録  榎戸洋司


努力物語を欺瞞と言うangmarさんや、

>最初から最強かつ無慈悲なやつが持たざる者を圧倒的火力で叩き潰す話が好き

という有馬さんに

同じことを感じた。

この話を思い出すまでに随分時間がかかってしまったが。


あるいは、この「閉じた人生」の究極が

宇宙をかける少女」の獅子秋葉と言えるかもしれない。

その対極に、「体験により自分が変わる」ことの象徴であるツツジがいる。


宇宙をかける少女の最終的な着地点はまさにここ。


電磁砲について言えば、

閉じた世界で「パーソナルリアリティ」とやらを手に入れると能力が手に入る

「とあるシリーズ」の世界観では、

多分サテンは救われない。


あれを「「個性教育ゆとり教育」の痛烈なパロディ」といったのは

エピソードゼロさんだったか。


文科省によって実施された「ゆとり教育」の最大の欠点

同じく「閉じて」しまっていることだと思う。

有馬朗人が想定していた手本はもっと・・・・・・

2009-12-06

歴史は繰り返す・・・のか


コメント欄等で「アニメブーム86年終焉説」が有力である。

これを見ていこう


確かにブームは86年に終わったのだろう。

だが、

ブームには残り香というか余韻がある。

それが例えばマシンロボであったり、ZZであったり

ドラグナーであったり、レモンエンジェルであったり

あるいはサムライトルーパーだったのだろう

どれも86年以降の作品だ


これを今の状況・アニメバブルに直すとどうなるか

例えばこれ

http://anime.webnt.jp/blog/yamada/2007/12/tv0625007213.html

右肩上がりで増えてきたアニメの本数が

減少に転じたのが2007年


つまり、1986年2007年

という風に見ることが出来る。

今、自分達が「アニメの冬の時代」にあることを自覚している人はいないだろう。

でも多分将来振り返るとここらへんを境にするのかもしれない。


もちろん2007年以降にもアニメバブルの余韻がある

それが「グレンラガン」であり「電脳コイル」であり、

コードギアス」などなどのオリジナルアニメだ。


そういう意味では「化物語」の馬鹿売れはまさに

アニメバブルの余韻の終了を意味しているようにも思われる。


00年代ももう終わり、アニメバブルの余韻さえなくなる。

それがこれからの5年。

もうアニメにとってはどん底のような5年になるだろう。


どうぞ皆様アニメを思う存分楽しんでくださいませ。

2009-12-05

生徒会の一存10話


小島正士は小林常夫超えたんじゃね?


っていうくらい感じの良い回

小島正士さんはDEENアニメーター演出家

最近は演出がメインみたいだけど、

昔は例えば「封神演技」のキャラデザとかをやってた人


シスタープリンセスピュアの5話のBパートとかが代表作になるかな


演出家としてはDEENを中心に活動しつつも

小林常夫作品にも演出家として参加している。

黒神とかエマとか。


この回の感じの良さってなんなんだろう?

カット割のリズムが素直とか、

全体の構成が良いってのは感じるんだけど、

それを言語で表現するのは難しいなぁ


一つ言うなら、

ノーパンの娘がノーパンだと気づいて、

生徒会長が「すごいよ〜」って言うあたり。

わざわざノーパンであることを説明しないのがいいよね。


そういうの積み重ねなんだろうな、テンポって


あと、アイキャッチ無駄鈴木博文さん

なんかNANUTOの雷切みたいな技を撃ってますねw


最後のほうの、人コマのシップシンクも気になった。

あれは何なんだろう?

とある科学の超電磁砲10話


あれ?ニュータイプの方には本名で書いてあったのに、

テロップは須間名義になってるw


というわけで須間雅人こと小林常夫さんのコンテ。

「黒神」ドッペルゲンガーシステムレベルアッパーに同じ無常観を見出すか。


なんというか、展開的にも演出的にも「スーパーGALS寿蘭」を思い出すような感じでしたね。

初春とサテンの熱いやりとりとか、

小林常夫さんの技の一つ。


特にサテンさんについては2回ほどアングルが変わって

心境の変化を表現していましたね。


サテンが「ううん、違う本当は・・・」ていうところと

初春が「大丈夫です」っていうところ


サテンとレベルアッパー(というかipod)を結ぶラインを

イマジナリーラインと考えれば、イマジナリーライン越えという見方も出来ます。

とりあえず、今回はあの一連のシーンが本当に秀逸。

サテンさんの短い輝きに対するせめてもの手向けか。



しかし、サテンさんは本当に短い輝きでしたねw

http://d.hatena.ne.jp/mattune/20091128/1259381506

での暁生の予言通り

といっても、さすがに半パートは短すぎでしょw

もっとサテンがレベルアッパー使って「ぬか喜び」

しているところを表現してくれると、

さらに盛り上がるのになぁw


幸せの絶頂が高ければ高いほど、不幸になった時のショックも大きいわけだしw

そういう意味では、制作者がちょっとサテンさんに対して残酷になりきれてないね。

幾原邦彦だったらもう、上げて上げてあげまくってから落としてることでしょうw


御坂の無自覚についてはもう散々言ったのでスルー


あと、どうでもいいんだけど、

レベルアッパー被害者って上条さんに触ってもらえば治るんじゃね?

まあそもそもあの世界の「幻想」の定義わからんからなんともいえんけど。

ウテナ革命少佐公安人形使い

「老人よ、時代は変わりました。
われらを支配してきた概念上への志向
しかしそれは相対的なモノにすぎなかったのです

我らの向かうべきところ
絶対的であるそれは

                 ヴァンデミエールの翼 最終話より


666さんのhttp://d.hatena.ne.jp/n_euler666/20091204/1259946131

インスパイアーされて)



エヴァンゲリオン以降、いや本当は「Vガンダム以降」というべきかもしれない。

80年代終わり、高度成長期バブル崩壊と共に終焉を迎えた。


これによって高度成長期を支配してきた概念・「上への志向性」は

絶対でないことが周知の事実となる。


そこから先問題となるのは「内」と「外」という概念

Vガンダムセーラームーンあるいは出崎版おにいさまへなどで片鱗を見せ、

エヴァンゲリオン」で本格化する。


上記ヴァンデミエールの翼も97年の作品

エヴァ社会状況をもろに受けた作品だろう。


エヴァンゲリオンは最終的に「内」に収束した(特にTV版は)

世の中の向上を目指すのではなく、

「閉じた世界でいかに内面的な幸福を得るか」

重要であるという思想


それに対して「外」に発散したのが「少女革命ウテナ」だった。


少女革命ウテナ」も「鳳暁生=世界の果て」を表現することで

上への志向性=一般的意味での革命を否定している。


ウテナでの結論は「上」でも「内」でもなく「外」、

世界革命するのではなく、閉じた世界で安寧するのでもなく、

「閉じた世界を出ていくのが革命

というコペルニクス的転回を行った。



「エースをねらえ」は間違いなく「上への志向性」の物語だった。

angmarさん言う通りビルドゥングスロマン


しかし、ウテナはそうではない。

ウテナには上への志向性はない。

だからウテナは「やっかい型持てる者」なのだ。


また「内」「外」の問題では攻殻機動隊も見逃せない。

押井版の少佐は外に向かっていた。

ネットは広大よ」と言い残して、

彼女は閉じた世界公安することを止めたのだから。


神山版の少佐の「内」と押井少佐の「外」


この対比には注目する価値がある。


・この論点で「とある科学の超電磁砲」を見るとどうか。


サテンにはまだ漠然とした「上への志向性」がある。

あの漠然とした上への志向性というのは、非常に今らしい。

いや正確には「金融危機前の日本」らしい。

「実感のない好景気」が生み出した「漠然とした上への志向性」

サテンはそれを体現している。


でも彼女も気づく、「上への志向性」は絶対的なものではないと。

上をあきらめ「内」と「外」どちらかに向かうか、

相対的なものとなった「上への志向性」をなおも持ち続けるか。


学園都市という閉じた世界内面の安寧を得るか、

それとも学園都市という閉じた世界から出て行くのか

努力を重ねるのか


そういう意味では御坂も黒子もそして初春も「内」を選んだ存在だ。

上条さん能力はまさに「内」であることの能力


そもそもパーソナルリアリティもシュレディンガーの猫も「内」的な発想だ。

本当は別に猫はいつまでも箱の中にいる必要はない。

シュレディンガーの猫は死にたくないなら箱から外に出るべきなんだ


この状況でサテンはどういう選択をするのか。

作品的には「内」を選ぶのだろう。

きっと原作では「内」を選んだのだろう。

だが、アニメオリジナル要素も多いというし、

まだまだ分からないと、俺は思っている。


初春と一緒に旅に出るとかどうよ

「女はやっぱり海に出なきゃ駄目よ!」

とか言って。

で俺のジョンシルバーに「船には女を乗せない決まりになってるんだ」とか

言われて

もちろん監督出崎統

2009-12-04

今週は継投


って感じでしたね。


ささめきことは4話以来のマジックバスグロス。

マジバとAICも結構付き合い長いんだよね。

制作会社としてのイメージは正反対くらいな感じだけど。


絵コンテの土屋さんはちょいちょい見かける人だけど、

結構良いコンテの回があります。

たまに見るコナンが面白いなと思うとこの人だった、ということもあったり。

世界の聖機士物語の共同コンテとかも最近だとありますね。

最新話とかあおきえいとの共同コンテだし、もうちょっとちゃんと見ようかな


確か来週のささめきことは森脇真琴さんのコンテ回だったはず。

期待したい。



けんぷファー1話・6話と担当しているローテ演出の山崎みつえさんのコンテ回。

ノーマッド松尾監督作を中心に見かける方ですね。

俺の中では「狂乱家族」で井上茜と並んで不気味な演出をしていた人。

特に4話は3話と並んで、気持ち悪い世界から抜け出せない気分にさせられた。


今回のけんぷファーもその不気味が存分に発揮されていましたが、

「狂乱家族」に比べると分かりやすい気持ち悪さなのが、

良い点でもあり物足りない点でもあり。


にゃんこいは・・・

加奈子招き猫落書きするあたりが作画的に面白かったですね

矢向さんのパートになるのかな?


本当は今週のささめきことみたいなの演出を丁寧に見ていかなきゃいけないんだろうけど、

山内レールガンの見すぎで、ちょっと不感症になってるなぁw

けんぷファーに反応しちゃうのもその後遺症のような。

演出的には今週のささめきことはしっかり語られるべき回。



とにもかくにも、各作品の来週以降のクライマックス展開が気になるところ。

特にけんぷファーが気になる・・・

2009-12-03

ちょっとメモダイの大冒険


ダイの大冒険持たざる者クロコダイルでしょう。

あと北の勇者ノヴァ

ポップと対比するなら、まぞっほ。


ポップは「岡ひろみ型」

メドローアの習得も早かったし、

バーンの天地魔闘も破ったし、

カイザーフェニックスもなんとかしたし。

最終回付近のポップは大魔王と同じくらいには強いんじゃないか?w


その点、クロコダイルさんは地上で居残り+せいぜいザボエラを倒す程度

6大軍団長でも結果的に最弱クラス


でも地上居残り組VSザボエラは熱かった。


あの地上/天空の隔たりこそ持たざる者/持てる者の壁

敵も味方もね。

2009-12-02

持てる者と持たざる者の書きなぐり

666さんのhttp://d.hatena.ne.jp/n_euler666/20091201

インスパイアーされたんだが、

考えがまったくもっとまとまらないので適当に書く。


・じゃあ「岡ひろみ」は持てる者なのか持たざる者なのか


これが分からない。

エースをねらえは最初


岡ひろみ持たざる者) ⇔ お蝶夫人(持てる者)


という感じで出てくるんだけど、

ひろみは挫折しつつもお蝶夫人を超えていく。


類似したというか、一種のパロディオマージュであるのが

トップをねらえ」と「カレイドスター

それぞれ


ノリコ ⇔ カズミ

ソラ  ⇔ レイラ


という対比になる。

展開も大体そのまんま。


結果的には「持てる者」達を超えていくんだけど、

彼女達はみんな最初は「持たざる者」だった。

努力」とか「挫折」とかそういったもので話を作っていく

持たざる者」で始まる一つの典型。


余談ですが、この典型では「持たざる者」が「持てる者」になる奇跡の根拠である「努力」、

これをどう表現するかが重要

それを表す面白い言葉

佐藤順一監督



「特訓して特訓して、また特訓して、減量して、鉄球を受け止め、丸太を押し返していれば、空飛んだっていいんだよ!」

という発言。

この過程をちゃんと表現しないと、「最初から持てる者」か「超展開」になってしまう。


さらに余談ですが、

出崎統という男は基本的に「持たざる者」しか興味がないので、

岡ひろみが成長してしまうと、

もう岡ひろみには注目しなくなって、「持たざる者」になったお蝶夫人にべったり。


その結果、お蝶夫人こと竜崎麗香が「エースをねらえ・ファイナルステージ」の事実上の主人公になっている。

カレイドスターで表現すれば「4クール目は全部レイラハミルトン物語」といった感じだろうか。


・「持たざる者」もう一つの典型

それは端的に言えば、「ドラえもん」の野比のび太

こいつは凄い。

まるで成長していないw


彼は「持たざる者」であることはアイデンティティであり、

いつも変わらず失敗している。

でもだからと言って必ずしも彼が不幸ではないことを描いたのが

のび太結婚前夜」

未来の彼はまったくもって変わらず「持たざる者」だが、

変わらず味のある良い男だった。


渡辺歩監督劇場版では原作にはないジャイアンセリフがある


今日、なんでしずかちゃんがお前を選んだのか分かった気がするよ」


この渡辺歩絵コンテ担当した「あずまんが大王」の19話もこの流れで観ると面白い。

インターハイを目指して練習に励んでいる神楽が主人公組にこういう


「お前達は良いよな、なんか余裕があって」


帰宅部で特に何も打ち込むものもない主人公達にこういうのだ。

これも一つの「持たざる者」の味だろう。


・「持てる者」の物語の典型

一つとしてはいわゆる「天才ヒーロー型」であろう。

もう最初からめちゃくちゃ強くて、その活躍を眺めて楽しむタイプ

例えば「テニスの王子様」はその典型だし、

英雄を扱った歴史モノもこのタイプが多い。

後はデスノートとかもこっちだろう。


ただし、ここには変身モノは必ずしも含まれない。

変身もいろいろではあるが、

「変身前は平凡な主人公が変身してヒーローになる」

というパターンが存在するからだ。

スパイダーマンとかセーラームーンとかどれみとか最近だとけんぷファーとかw


二つ目は「天才の苦悩」パターン

天才であるが故の悩みとかそういったもの。

例えば「トップをねらえ2」や「ガンダム」や最近だと「鋼の錬金術師」そうかな


アムロがもしニュータイプでなかったら

ガンダムに乗ることに悩む必要もなかっただろう。

つまり、彼らはある一面で天才ではあるが、

それであるが故の苦難とか、欠点とかも存在するということだ。

あるいは「天才」であるが故の「責任」を負っていたり。


アムロしかガンダムを動かせないのだから、彼が乗るしかない。

たとえどんなに嫌だとしても。


これら二つのパターンの「持てる者」は持たざる者にとっては「憧れ」の存在となる。



・「持たざる者」にとって一番やっかいな「持てる者」

それは自分が「持てる者」であることに無自覚な者。

例えば、少女革命ウテナウテナ、天地無用の天地(とその弟)、あとは上条さんもそう。

後は究極の形としてソラカケの秋葉


これらのキャラは持って生まれたものだけで何不自由生きていけ、

自分は「普通」だと思っているので「持てる者」としての苦悩もない。

一見物語にしにくそうな者達だが、そうでもない。


なぜなら、この者達は「持てる者」と「持たざる者」を繋ぐのに非常に便利だからだ。

普通」と「特別」、あるいは「日常」と「非日常」と言ってもいいかもしれない。

彼らは一見普通だが、何事もなかったように「非日常」にも順応出来るのだ。


世界に飛ばされても、何事もなかったかのように順応してしまう剣士や

レベルゼロ(無能力)という振れ込みなのに超能力大戦で一勢力になってしまう上条さん

何事もなかったかのように薔薇花嫁を手に入れてしまうウテナ


またこれらのキャラは「持てる者」とも相性が良い。

能力」に縛られない自由な彼らに憧れるというわけだ。


だが、これらのキャラ自分能力に無自覚な分、「持たざる者」にとっては残酷だ。

彼らはいわばノーリスク能力を持っているのに、「自分なんて大したことない」とか言ってしまうのだ。



・電磁砲について

電磁砲の御坂は一番やっかいな「持てる者」に非常に近い。


黒子にはまだ自分が特別である自負もあれば自覚もある。

「ジャッジメントとしてのプライド」と言い換えてもいい。

それをあらわすエピソードもあった。

彼女はいわゆる「ヒーロータイプ


じゃあ御坂はどうか。

努力レベル5になった」とは言ってるが、

それがどれほどの努力かは分からない。

作品を見る限りでは、例えばカレイドスターのそらやエースの岡ひろみほどの

努力があったとは思えない。


そして、御坂自分能力に自覚もなければ責任も負っていない。

自覚してないから適当路上で電撃ぶっ放したり、

ジャッジメントにも何にも所属していなかったりする。


持たざる者」のサテンは黒子に憧れ、御坂に傷つけられる。

相乗効果で彼女能力を渇望する。


この構図は再三言っているウテナの20話も同様。

自覚のある西園寺と自覚のないウテナ・アンシー。

前者に憧れ、後者に傷つけられて黒薔薇を手に取る。


・よだんとしての「けいおん

けいおんの話をすると怒られるからちょっとだけ。


俺にとって、けいおんの設定および1話を観た時、

唯は「持たざる者」かと思ったんですよ。

岡ひろみ」型か「のび太」型かどちらかはわからないけど、

きっと物凄い努力(それこそ鉄球を押し返したりするような)をするか、

全然成長しないけど、楽しい日常を送るかどっちかだと思っていた。


でも蓋を開けてみたらびっくり、「やっかい型持てる者」だった。

唯には苦悩もなく、物凄い努力もない。

「分かる人がニヤリとする程度の努力」しかしない。

だからと言って、「持てる者」の自覚もなければ責任もない。

このタイプが必要なほど非日常な何かが作品にあるかというと別にない。

世界観アニメにしては非常に現実的。


自分の中で最後までこのギャップを埋めることが出来なかった。

それが俺の「けいおん」に対する不満である。


ただ、sasahiraさんのhttp://d.hatena.ne.jp/sasahira/20091119/1258627515#c

でのコメントを見て、

確かに、「先生」の側に感情移入したら面白いのかもしれない、と思った。


俺も塾講師をしたことがあるが、面白いように成績の伸びる子は教えていても面白い。

そこに実際に努力してるかはあんまり関係なくて、

「成績が伸びる」こと自体が嬉しい。

そういう気分を「けいおん」を見て味わっただとしたら、

それは確かに納得できるものだと思う。

超余談

俺の考える最も俺好みの電磁砲の裏設定

「実は御坂レベルアッパーでレベル5になった」


本当にこれだったら痺れるのになぁ