2011-07-11
■新房監督と幾原監督
さて、ピングドラム1話放映以降、この二人のどっちがどっちのパクリだ
という議論が盛んに行われているという。
前にも
「新房シャフトはウテナのパクリ」なんていうことを言っている人がいたが、
ここらへんが
俺の認識としては
まったく別のところ出てきて同じような道を途中まで歩んでいた
似た者同士と言ってもいい
さて、幾原監督について話す時に、まず出てくるのがセーラームーンであろう。
そういう原作モノの中で、
注目を集める。
最初に注目を集めたのは
この話数が爆発的な人気を誇った。
前回まで二年連続で「ふしぎの海のナディア」が
各話賞を受賞していたが、
作品部門においてもセーラームーンが選ばれる。
1994年にはこれも幾原演出回として名高い
通算話数110話「ウラヌス達の死?タリスマン出現」が選ばれている。
セーラームーンにおける幾原SDの存在感をこれ以上説明する必要はないだろう。
意外にも作品部門の受賞は1992年のみで
そう
「幽☆遊☆白書」
だ。
ご存知のこととは思うが幽☆遊☆白書はジャンプ連載の漫画の原作モノであり
ジャンプ三本柱とかジャンプ御三家とか呼ばれいた人気タイトル。
彼がまず注目されたのが、
ご存知「黒龍波の回」こと
58話「究極奥義!ほえろ黒龍波」である。
といっても、この回は上妻晋作さんの素晴らしい作画に注目が集まったと言っていい。
新房さんはもともとは金田伊功氏のファンだったようであることが
「剛Q超児イッキマン(1986年)」のOPに上妻晋作さんをプッシュしたのは
その情報源が新房さん、というのは十分にありうる話。
演出に移行したのが、鴫野彰監督の「からくり剣豪伝ムサシロード」
新房さんは上妻さんの回などで演出処理と場合によっては作画監督をしている。
鴫野彰さんとの出会いは大きかったと、インタビューで新房さんは語っている。
鴫野彰さんというのは、竜の子プロダクション出身の演出家であり、
スタジオぴえろ(ぴえろもタツノコ系)に移った押井守さんの後釜に座った人だ。
いわゆるタツノコ系といわれる人たちの演出は独特の感性があり、
例えば、「色使い」についてもタツノコには独特のものがあった。
独特のセンスの持ち主
ななこSOSでは
原作のこの色彩を
アニメでは
他にも独特のセンスを爆発させすぎた監督作
ではその独特すぎる作品世界と、ある意味では後の深夜アニメへと繋がるエロさが祟って
そんな鴫野さんの元、「ムサシロード」そして「丸出だめ夫」で各話演出の経験を積み、
その彼が演出家として力を発揮したのが
「ドクターの回」こと
この回も10年くらい前までは、もう「新房演出=ドクター神谷」ってくらい
誰でも知ってるほど有名な話数なんだけど、
今はどうなんだろうか?
話をちょっと軌道修正しよう。
東映アニメーションというバックボーンを持ち、人気原作モノで独特の演出を繰り広げた幾原邦彦さん
金田伊功さんとタツノコの影響の下、人気原作モノで独特の演出を繰り広げた新房昭之さん
(幽白とセラムンというところに因縁を感じるというのもあるw)
●JCSTAFFの登場
そんな評価を受けた二人の次のステップは監督、それもオリジナルアニメの監督ということになる。
ここで、出てくるのが「JCSTAFF」という制作スタジオだ。
現在も「演出」の大切を訴える松倉友二Pの入社が1992年であり、
この作品にも大きく係っている。
一方の幾原監督も、このJCSTAFFにお世話になる。
そう「少女革命ウテナ」だ。
これについては説明不要であろう。
幾原監督がウテナのやっている1997年、新房監督はといえば、
同じくJCSTAFFでOVA版「ヤマモトヨーコ」を作っている。
TV班とOVA班。まさに「横目で見る」状態だったのは想像に難くない。
まるで1997年の立場が逆転したかのような配置。
この頃は、幾原監督と新房監督が「JCSTAFF」の二枚看板であったと言っていいだろう。
●そしてその後
タツノコがバックボーンである新房監督はタツノコリメイクものや
「The Soul Taker」を作る。
知っての通りの「新房シャフト」へと流れていく。
新作の構想の噂は00年代中盤には出ていたが、
「今世紀中の完成するかどうか」などといわれて、
●二人の奇才
ここまで見てきてわかるように、
30代の頃、同じような道を歩いていたというのは、
非常に面白いことだ。
まったく正反対の道を歩んでいる。
そして今、またこの二人の「類似性」が議論されている。

