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2013-10-15

のんのんびより2話〜錦織博距離感


のんのんびより1話も、

その「圧縮演出」に心打たれたのですが、

2話はさらに俺好みな錦織演出が!


錦織さんは00年代以後は、

オサレ系バトルモノの仕事ばかりが増えてしまいましたが、

私の中ではやはり、

少女革命ウテナ七実回の人!

(参考:http://nextsociety.blog102.fc2.com/blog-entry-2259.html)


シュールメルヘンこそが錦織さんの本領だと思うわけです。

その意味では、

都会人のメルヘンとしての田舎を描いている「のんのんびより」は

まさに錦織さんにうってつけの題材!

しか錦織さんは

コンテが脚本から変わって良いと言うと、「監督からでしょ」と返されますが、僕はコンテマンの時の方が変更する事が多いです。話を変えるのではなくて、状況設定をはっきりつくる事で、その場面のリアクションが変わってきます

https://twitter.com/nishiki_hiroshi/status/208649553560350722

とご本人もいっている通り、

コンテマンの方が、その演出力をストレートに出してきます


さて、では、錦織さんの演出の見所はどこか?

それは上記にもある状況設定

さらに限定的にいえば、特にキャラクター間の距離感です。


映像作品では基本的には画面内に登場人物を納めないといけないので、

登場人物の距離は近めになります

特にアニメでは物理的な制限がすくないので、

アップで多人数を画面に納めることが可能であり、これが多用されます


しかし、実際の人間には「パーソナルスペース」というものがあり、

誰でも彼でも近くに寄せるわけではありません。

微妙距離感を付かず離れずしているのです。


錦織さんは、この「微妙距離感」を状況設定として織り込んできます


例えば、このシーン

f:id:mattune:20131015184945j:image

いわゆる普通アニメ距離感からすると、

「この二人、大分離れているな」と思うかもしれません。

でも、それは良く考えてみればあたり前で、

まだ転校したての蛍は、小鞠に対してまだ距離をとっているのです。


それがはっきりと映像表現されるのが

f:id:mattune:20131015185044j:image

このカット

小鞠が歩きだしてから、歩きだす、というのをたっぷりとみせている。


逆に近すぎるところを表現しているのが

f:id:mattune:20131015185533j:image

小鞠の驚きも含めて、

これは完全に「パーソナルスペース」に入っているという描写。


それをれんげも自覚しているのか

f:id:mattune:20131015185753j:image

一旦離れたり。


このシーンは各キャラの立ち回りで、

シーンを構成していっていてどのカット面白い

ここでも

f:id:mattune:20131015185934j:image

蛍は他の3人とは物理的な距離を置いているのも象徴的だ。

このカットなんかは、普通アニメであればもっとアップの横位置で

やりそうなものだが、

「蛍の泣きのインパクト」や「言い訳する夏海」よりも(夏海の顔すら映さずに)

キャラの立ち回り・状況設定に重点を置くのが錦織さんらしい演出。



Bパートの蛍と小鞠のデートも、まさに錦織さんらしいシチュエーション演出。

f:id:mattune:20131015190435j:image

やはり、「散歩」というのはこういった、演出の基本にして究極であって、

錦織さんが日本アニメーション出身であることを思わせる。


Bパート特に素晴らしかったのは

f:id:mattune:20131015191055j:image

このカット

台詞もないまま、何気なく、蛍と小鞠が二手に分かれるんですよね。

アニメでは二人でお店にいくと、

二人でセットになって動くことがほとんどですが、

カップルでもないなら、それぞれが見たいものを見にいくというのもあるでしょう。


特にこの二人は、方や駄菓子屋常連である小鞠と、方や駄菓子屋に初めてきた蛍である

二人の目にはまったく違うものとして駄菓子屋が映っているだろうことを考えれば、

それぞれ別々に動く方が自然状況設定と言えるだろう。




やはり、錦織さんの演出を堪能するには、

こういった、のんびりとしてちょっとシュールものの方が良いなぁ。

ドンパチやってるのは派手さはあるんだけど、

それだと、こういう機微の演出が出る幕がないし。



というわけで、錦織演出、堪能させていただきました。

ンゴンゴ 2013/10/16 08:26 まあふつうに原作通りですね

mattunemattune 2013/10/16 12:29 >>ンゴさん
音楽と動きとなしの漫画で、原作がどういう表現をしているのかはちょっと気になりますね。
誰か持ってたら借りてみようかな?

にわかにわか 2013/10/16 18:26 子供じゃないなら漫画くらい買えばいいと思いますよ
というか、ここまで評論じみた事をやるならちゃんと原作あるものは原作に当たらないと、純粋にアニメについてアニメならではの視点からの批評にはならないと思いますが

tk_kappatk_kappa 2013/10/16 18:52 いい視点で見てますね。こういう映像の読み方は好きです。

mattunemattune 2013/10/16 19:45 >にわかさん
原作に準拠する、改変する
ということ自体が演出家の判断だと思うんですよ。
だから、その判断の良し悪しというのは結局は
アニメの出来上がりの中にしかなくて、
「原作にあるものは原作の手柄、
原作に無いものはアニメスタッフの手柄」
みたいな分け方は、私はしていません。
なので、私に無い視点でにわかさんが書いたものを是非読みたいです!
ブログやりましょうよ

>tk_kappaさん
見た時の自分の思考の流れをそのまま文章に
落とし込んでいるので、
そう言ってもらえると幸いです。

メロン名無しさんメロン名無しさん 2013/10/17 01:25 「出来上がったアニメ」を褒めること自体は別に良いとは思うけど、この記事だと「これらの距離感や動きの全部が絵コンテ:錦織博の功績です!」って断定してるじゃん。その点は問題だと思うよ。

上の人の言う通り原作もこういうのかもしれないし、監督の指示でこうなったのかもしれない。吉田玲子が書いたホンのト書きに「この2人の距離感はこれくらいで!」とか「駄菓子屋では二手に分かれて!」とか書いてあったかもしれない。演出処理や作画のアドリブかもしれない。

そんな不確定な状況なんだから「錦織博の功績!」って断定するのはおかしいし、単純にこういう演出が良かったからのんのんすげえ…で済めばいい話。

どうしても錦織博語りたいなら他作品の錦織コンテ回の例を挙げて検証した上で「もしかしたらこの人のおかげかもね」ってやればいい。

mattunemattune 2013/10/17 08:06 >メロン名無しさん さん
メロン名無しさんのいう事も良くわかって、
それは、出発点の違いかな、と私は思うんですよ。

メロン名無しさんのおっしゃっている考察法というのは
「制作側」から、いわば出発点を入り口にした考察の方法。
そうすると、その制作過程から誰の手が入って〜という形の考察になる。

それに対して私がしているのは上にも書いてある通り
「思考の備忘録」
視聴者としての私の感じたものから出発しています。
いわば、アニメの出口からの考察です。

制作の状況は確かに「不確定」ですし、
その状況全てを把握されている人はほんの一握り。
しかも、私たち視聴者は伝聞という不確かな形でしか
情報を手に入れることはできない。
自分の功績を謙遜する人もいれば、過大評価する人もいます。
全ては不確定なままです。

でも、私がこのアニメを見て「どう感じたか」は確かなことです。
というか、私にとって確かなことはそれしかありません。
私は、このアニメを見て、過去の錦織さんの作品で感じた"何か"が
ここでも感じられました。
その"何か"について述べてものが上記です。

なので
「他作品の錦織コンテ回の例を挙げて検証」
これは実はしてます、
記事には入れてないけどw
もし、これが仕事で、この資料で誰かを説得するなら
それを根拠に付けますけど、
私の中での備忘録なので、今回は割愛しました。

私にとっての"何か"は距離感によるもの、あるいは、距離感そのものだった
というのが、現時点の私の結論であり、
それが私にとって重要だったのです。
だからこのような記事になっております。

にわかにわか 2013/10/17 11:11 他人が読む以上、個人的な印象・感想にとどめた記事であるならそう自覚して書いている事を明記するか、そうと分かるように作文すればこういう不毛なやり取り、誤解は初めからないと思います。
つまり、上の「このアニメを見て、過去の錦織さんの作品で感じた"何か"が
ここでも感じられました」
という一文が普通に記事内にあれば別に原作に当たれとかくだらないこと言いませんよ。
一作品はその作品で独立してあるべきものだし、最近はやたら「これは○○のパロディだ引用だ、それが分からないなら作品の価値も一切分からんだろ」みたいな解釈が流行っててうっとうしいんで、出来上がったものと、それを受け取った人の印象ありきっていう立場はむしろ擁護しますが。
ただ、それと原作の存在を無視する事は別だと思います。
少なくとも私はあなたの記事から、のんのんでの人同士の距離感はアニメになって、錦織演出だったからこそ初めて表現された、と書かれているような印象を受けました、というかそうとしか読めませんでした、そういうことです。

mattunemattune 2013/10/17 12:06 >にわかさん
ブログのあるべき論みたいなものに
あんまり興味がないんですよね、私。
私の書いたものが誰に読まれていて、
誰がどう解釈しても自由だと思うですよ。

だから、にわかさんが「そうとしか読めない」というなら
それはにわかさんの中の真実ですし、
私の意図と違っても全然構いません。
解釈というものは自由です。

まあ、友人からは「お前の書いたものを鵜呑みにして権威のようにかざしてくる連中がウザイ」
とか言われますが、
私にとっては無解釈で鵜呑みにするというのは
一番興味のない部分なので、
にわかさんのように「俺はこう読んだ」
という風に自分の考えを持っている人の方が好きです。
そういう人の方が話していて楽しいですしね。

通りすがり通りすがり 2013/10/17 18:53 あなたは頑なに自分の非を認めないね。

「錦織コンテだからこうなった」って部分に説得力を感じないから
こんだけコメントで指摘が入ってるのに
口を開けばアニメ出来上がりしか見ないだの考察法がどうだの
「これは個人的な備忘録」とか言って逃げ道作って
そこを指摘されれば「ブログのあるべき論に興味ない」で
挙句の果てには「受け手の解釈の問題」だとは

結局のところ論点ずらして、自分の非を認めようとしないだけじゃないですか。

こういうのってプライド高いエリートタイプの人に多いと思うんですが、
あなたもそうなんじゃないですか?

ここではまだ穏やかなもんですが、
こういう姿勢は周りの人間とのトラブルの元ですよ。

mattunemattune 2013/10/17 19:29 >通りすがりさん
ご心配ありがとうございます。
私がエリートタイプか、
と言われるとよく分かりませんが、
「非を認めること」がトラブル回避に重要
ということを再確認させていただきました。

だからという訳ではありませんが、
「この文章に説得力がなかった」という部分は
まったくその通りだと思います。
そもそも、説得するために書いていないので、
説得力を求めていたのなら申し訳ありません。

今後も説得するためにブログを書く事はあまりないと
思いますので、「説得されたい」のでしたら、
その願望を叶える事が出来なくて申し訳ありません。

ちも>>>すしおちも>>>すしお 2013/10/17 20:52 ははは確かにこういう論点のすり替えって頭いいけど難ありな人がよくやるね
政治家とか宗教の教祖とか
トオルハシモトとかよくやってるわ

プライドの高さから自分の非を認めることができない
だが相手は正論を言っている
そのアンビバレントな状況を打破するテクニックが論点のすり替えっていう

こんだけ言われてようやく認めたかと思ったら「説得する気ねーから」というすり替えで自分を守る

ものを書いてそれを大衆に発表してるのに「受け手に理解させる気ない」って…
ヤマカンとかも似たようなこと言ってるけど、
それって「わかる奴にだけわかればいい」よりさらにタチ悪い捨て台詞だよ

まあそんなこと言ってもどうせあなたのことだから「いや私は本気で説得する気ないです。私が好き勝手に書いて受け手が好き勝手に語ればそれでいいんです。」みたいな論点ずらしするんだろうけど

mattunemattune 2013/10/17 21:33 >ちもすしおさん
ブログを公開するということは
大衆に向けて発表することであり、
それは受け手に理解させるようにせねばならない、
とこういう訳ですね。

ぶっちゃけて言えば、
私はそうは思いません。
それは私が難ありだからかも知れませんが、
「読み手にわかるように書いてないものも
書いても良い」と思っているからです。
ただ、あなたが「読み手にわかるように書くべきだ」
と考えることを私は否定しません。
それはあなたがどういう考えを持つかは自由だからです。

また、あなたの分析の通り、私はプライドの高いために
あなたの「正論」を受け入れられないのかもしれませんが、
私にはあなたの考えが正論とは思えませんでした。
「ブログを公開するからには読み手に理解してもらうように書くべき」
という命題について、
それをしない自由があって良いし、
広告も料金徴収も放映もしてないブログが
そういった縛りを受ける必要もないと思います。

私を「正論の分からぬ頑固者」と捨て置くのでも、
説得を試みるのでもあなたの自由です。
ヤマカンのように、ブロックしたりはしませんので、
コメント欄は自由に使ってください。

クールじゃい…クールじゃい… 2013/10/17 22:26 どうしてまっつねさんはブログを書いてるんですか?

読者に理解されるつもりはなく、思考の備忘録であるとしたら
ネットに発表せずに、オフラインで書けば済みますよね?

mattunemattune 2013/10/17 22:53 >クールじゃい
ぶっちゃけ、私は整理整頓がダメな方なので
紙とかデータとかだと、
どっかいっちゃうんですよw
ブログで公開しておくと、
無くならないし、仮にパスワードとか忘れても
ネット環境さえあれば、いつでもどこでも見れるので
凄く重宝していますね。

本当は、タグ?カテゴリー?みたいなのを
記事に付けたりすると良いんでしょうけど、
それが出来るマメさがあったら、
ブログはやってなかったかもしれませんね。

クールじゃい…クールじゃい… 2013/10/17 23:54 なるほど
ありがとうございます

ゲイ迅ゲイ迅 2013/10/18 00:30 まっつねさんの指摘されてるところは確かに原作通りのところが多いです。

・小鞠と蛍の距離感
原作では真横からですが、他2人(夏海、れんげ)よりは小鞠と距離をとっているのがわかります。

・小鞠にれんげが寄る所
机に乗り出すところは原作通り。

書いてて気づいたのですが、チョップをする夏海は
一番パーソナルスペースに割り込んでるキャラと言えますね。実の妹だけあります。

・れんげが一旦離れる所
原作ではその過程を描いているわけではないのですが、
れんげが手をタパタパさせるコマでは小鞠かられんげを離して描いているので、まあ原作通りです。
ただ、アニメは原作よりさらにれんげを離しています。
そもそも机の配置が原作と異なるのでその影響かもしれませんが。

・蛍を夏海がなだめにかかる所
俯瞰なのも、夏海の表情を隠しているのも原作通りです。
(角度は異なりますが)
しかしながら、原作では夏海とれんげは蛍に近寄っていきません。
というのも、やはり原作とアニメは机の配置が違うので、
原作通りの構図に近づけるために3人が動いていったような形でアニメは動かしています。

・駄菓子屋で二手に分かれる所
原作では蛍一人に絞って2、3コマ程度で描いてるので、
こちらはアニメで初めて出てきたものと言えますね。


2話を通して考えてみると、
最初の人物紹介からボール遊びまでのくだりはかなり組み替えています。
原作1話のところなのでおそらくwebの試し読みとかで見られるかと。
飴のくだりに関しては、
原作通りのアングルはほとんど使っていないのですが、距離感という意味ではほぼ原作を踏襲して描かれています。
こまぐるみが何個も飛び交うところはアニメオリジナルで、あずまんがEDを思い出してしまいました。
駄菓子屋のくだりに関しては、
原作では小鞠は終始蛍(別人だと思っている)に振り回されているのですが、
アニメでは駄菓子屋に行く前後で距離が縮まるような描き方をしています。
かき氷を食べるところは原作より距離が近くなっています。


長々とした羅列になってしまいましたが、距離感という観点から今回のお話を捉えなおすということは、原作アニメ両方見ていても私の頭には入ってなかったので、新鮮な気持ちで読めました。

mattunemattune 2013/10/18 07:25 >ゲイ迅 さん
おっ、ゲイ迅さん、おひさしぶりです。
アニバタの座談会ではお世話になりました〜
紙面には載りませんでしたけど、
あの時、背景・レイアウトについて話したの楽しかったのでまた是非

そしてマンガとの比較ありがとうございます!
ツイプレッションでの、のんのんびよりの記事も楽しみにしてますよ〜

お節介お節介 2013/10/19 23:36 今さらですがちょっと差し出口。

レスの中で、
記事は「私の中での備忘録」
「説得するために書いていない」
という風におっしゃってますが、本気で本当にそうお考えなんですか?

ご冗談でしょう
記事を読めば、文字を赤くしたりして
明らかに読者を意識した文体だし、
ドヤ顔で得意げに語っちゃってますよね。
もしもほんとうに自分だけの「備忘録」としてこれを書いたなら
むしろ病気です。

文章を書いて人目にさらすという行為には
いろいろとフクザツな心理が絡むもので、
そこをあまり咎めても仕方ないのですが。
ただ、あまりにみっともない嘘八百はどうかと。

記事内容そのものに大きな「非」があるとは私は思いません。
のんのん2話を見て、まっつねさんが
「私にとっての"何か"」を感じたというのはきっと本当でしょう。
人物の立ち位置や距離のとり方に(演劇的な意味で)「演出」の采配を感じたとか、
錦織作品を見続けてきた経験から、何かしらを直感できたとか、
そういうことかもしれません。
そこまでは間違ってない。

問題は記事の書き方にある。
それがおわかりですか。
上から八つめの「ななし」さんのコメントは、
書き方の問題な点についてきわめて適切な指摘をなさっています。
よく読んで、理解して、自分の文章のどこがよくないか反省した方がいい。

それから、批判的なコメに対して
売り言葉に買い言葉的なレスをするのが、おそらく愉しいのでしょうね。
が、そんなことをする暇があるなら
コメの指摘を受けとめた上で、ちゃんとした記事を書いたほうがいいでしょう。
のんのん2話について、もう一度考えなおして考察を深める
くらいの余裕をもってもいいのではないですか。

というわけで、この場合、
・(ご自分で)原作と比べてみてわかったことをあらためて記事にする
・「他作品の錦織コンテ回の例を挙げて検証」を記事にしてアップする
この二つくらいは是非やっていただきたい。
もしも「自分の発言にたいして責任をとる」気があるのなら。
もしも良心をもってブログを書いていらっしゃるのなら。

そうすれば少なくとも、あなたの記事にこれ以上泥はつきません。
しないなら、ご自身で自分の記事の価値を貶めることになる。
まあでも、お忙しいのでしょうね。
失礼

お節介お節介 2013/10/19 23:41 間違えました。
上のコメントで「ななし」さんと書いたのは誤りです。
「にわか」さんです。
失敬

mattunemattune 2013/10/20 12:18 >お節介 さん
どうも長文ありがとうございます。

ドヤ顔、ですか。
ここ2年くらい
「ドヤ顔」ということをキーワードに
「はてなブログ界隈」を批判する人がいるようですね。
確か、2011年の流行語大賞ノミネートだったので、
そこからなんでしょうね。
私はその頃は色々と大変で、
あんまり流行に乗っかる余裕が無かったのが
思い出されます。


>文字を赤くしたりして
>明らかに読者を意識した文体

私が意識している読者、というのが確かにただ一人います。
それは「未来の私」です。
そういう意味では、常に「未来の私」に伝わるように書いてますね。
赤字なんかは、自分で過去の記事を読み返している中で、
思いついたものです。
それが病気というなら、私は病気なのでしょう。


>・(ご自分で)原作と比べてみてわかったことをあらためて記事にする
>・「他作品の錦織コンテ回の例を挙げて検証」を記事にしてアップする

これはまさに優先度の問題ですね。
先日、社会人の友人に
「今期は色々と面白い作品が多すぎて、混乱してる」
と相談したら
「そういうときこそ、ビジネスマンとして優先順位をつけて
その順番にこなしていくしかないだろう」
といわれて、そうだなぁ、と。


とりあえず、今日はアウトブレイクカンパニーについて書こうかと思っています。
あれも面白いけど、地味なので今書いておかないと、
という感じの作品に思えますね。

nuryougudanuryouguda 2013/10/20 15:40 色々な方がコメントされているけど、この記事にはもっと深い問題があります。
それがおわかりですか。
この記事でまっつねさんは女性キャラクターたちの距離感の分析を得意げに画像キャプチャを使って強調しています。
しかし、それだけでは分析としては全く片手落ちと言わざるを得ません。
のんのんびよりで本当に問題視されなければいけないのは、存在感のない兄との距離感でしょう。

記事冒頭で錦織さんについて「ウテナの七実回の人」と赤字と大文字で強調しているのにも関わらず、それを「シュールなメルヘン」の一言でまとめてしまうのはいかにも考えたらずと言わざるを得ません。

人物の距離感をテーマにして記事を書くのなら、距離感が主観的に無限遠として描写されている兄の演出論についての疑問を解消することの方が重要なはずです。
それに対して全く無視するというのは論理的に不可解です。

こののんのんびよりという作品を解説するならば、
「なぜ、この作品の妹たちはOP、EDから本編に至るまで兄の存在を無視し続けているのか」
「妹たちはどういう精神構造で兄を無視する行動に至っているのか」
「妹たちのサークルから物理的にも精神的にも演出的にも距離を置かれている兄の気持ちを考えたことがあるのか」
「また、メタ的に作者やスタッフ陣はなぜそのような作品構造を選択したか」
を考えなくてはいけません。
それを「メルヘンだから」で片づけるのは妹たちに対する思考停止に他ならない。

表面的な百合描写に引きずられがちな作品ですが、その裏にある「男性軽視」もしくは「男性忌避」という描かれていない部分の要素について考えないのはもったいないです。特にもともと女性しか出ない萌え豚百合アニメとは違い、男性であり兄である越谷卓が登場しているにも関わらず、居ないものとしてキャラクターにもスタッフにも原作者にも扱われている「のんのんびより」という作品の特異性、歪さに言及する必要がありますね。


もっと妹たちと兄の関係を考えなければのんのんびよりと少女革命ウテナを真に理解することはできないでしょう。

mattunemattune 2013/10/20 16:23 >>グダさん
おお、グダさんまでw
さすがは、「兄」というキーワードには敏感みたいですね。

それを見て、
兄弟についてのウテナの鳳暁生の割りと好きな台詞
を思い出しました。

ウテナ「ボクには兄妹がいないから、よく分からないけど、妹にとってお兄さん
    って、どういう存在なんですか?...なんです?お月様?」
暁生「普段は気にもしないし、役にも立たない。でも、時々見上げて、
   心安らかになったりする。」

妹にとっての兄=月
という切り口は、のんのんびよりに適用しても
面白いかもしれませんね。

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