マクロビはジョブズを殺したのか? その2

   (第一回)をお読みの方の一番の疑問は、恐らく以下の点だろう。

ジョブズのがんは怪しい代替医療に嵌っている間に転移してしまったのだろうか?」

 一通り調べた私個人の結論は、はっきりと断言することは出来ない、というものだ(ただし、治療の遅れ自体は一切メリットを生んでいない)。

 まず、転移については分かっていないことが多い。むしろ同時多発的なものではないかとの説があり、その説に基づいた予防的な抗がん剤投与は近年成果を上げてもいる。
 進行に従い増えていくのは確かだが、現在の技術では微少転移の発見は難しい。何々がんのステージ幾つでは何%程度、は判明しても、その時期の特定までは至難だ。

 そして、ジョブズの罹ったがんの種類も問題だ。

 膵臓で作られるホルモンのひとつにグルカゴンがある。インスリンと逆の作用を持つホルモンで、肝臓無いのグリコーゲンを分解して血糖値を高めるのだが、ジョブズの場合、グルカゴンの過剰が大きな問題となっていた。要するに体が自分を食べる状況になっていて、グルカゴン濃度を下げる薬を使っていたのだ。 p299-300

 これは膵臓内分泌種の中でも、グルカゴノーマと呼ばれるものだ。闘病中の極端な体重の減少など、諸々の症状も一致する。
 一般に膵臓内分泌種は比較的予後がよい。比較的大人しいインスリノーマであることが多いからだ。インスリノーマは膵臓内分泌種の約70%を占め、その内90%が良性である。
 一方、グルカゴノーマは50%が悪性を占め、腫瘍が小さな内から肝転移を起こすことが知られている。そして画像だけでは、転移などの詳細な判断がつかないことが多い。早期発見をしたからと言って油断は出来ない。
 素直に伝記の記述を読む限り、「怪しい代替医療に嵌っている間に転移してしまった」との断言は出来ないものと推測される。

 だが、それはあくまで、「断言は出来ない」というだけのことだ。くどいようだが、治療の遅れは何らプラスではない。ジョブズの検診と同年の学会誌から引いてみよう。

・膵内分泌腫瘍は一般に予後が良いと考えられている
・膵内分泌腫瘍は(中略)外科切除によってはじめて良好な予後が得られる
http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=naika1913&cdvol=92&noissue=4&startpage=589&lang=ja&from=jnlabstract

 著者も記しているが、膵内分泌腫瘍の治療は手術しかない。良性である可能性が大だからといって、怪しい治療にすがるような神頼みはするべきではないと言うことだ。

 別な見方をするなら、ジョブズだからこそたった9ヵ月でいったん代替医療を見切り治療に入れた、ということも出来るだろう。治療を拒否し拘泥した結果、との例は、枚挙に暇がない。「好転反応」や「ここで止めたら今までのことがすべてムダになる」と言った、無意味な代物に引き留めるための方便も。

 彼の一連の行動は「他の方法でも治癒できる」と本気で信じていたフシがあります。でなきゃ、最初から手術をうけるか、最後まで拒否るかのどっちかですよね。  「ザ!世界仰天ニュース」でスティーブ・ジョブズの特集をやっていた」

 もし食事などの身体に対する負担の少ない方法でがんが治せるなら、これほど喜ばしい話はない。けれども、食事で治せることが判明した病気がどうなったか、いったん振り返ってみるべきだ。脚気やクル病のように、当の昔に対処法が広まり、激減している病気のことを。今や恐れられてもいなければ、仮にかかったとしても落ち着いて対処するだけの病気のことを。
 ましてや今はインターネット時代だ。いくら「がん治療には多額のビジネスが絡み云々」と言ってみても、患者を治したいという現場の医師一人一人を止められるものでもない。何かがあるなら、もっと広まっている方が自然だろう。

 ジョブズの場合こそ微妙だが、早期であればかなりの確率で治療できる白血病悪性リンパ腫だったらどうだろう。きっちり因果関係が出て、マクロビが廃れるきっかけになったのではないか。1930年代、健康によいとして大流行したラジウムが、愛用した大富豪の死と共に廃れたように。

 通常医療に対する拒否だけではない。マクロビを始めとする菜食主義を、特にがんに罹った時の食事として採用するのは大きな問題がある。   (続く)

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