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「やらせ」の極致のような番組である。自分の子供を他人の見せ物にする親がこの世の中に居ようとは。こういう親 のことを、「鬼畜」と言うのではないか。むろん、この番組を見ている視聴者も「鬼畜」といってよいだろう。そういう自分も臆面もなくこの番組を見ていたのだ。自分の「鬼畜」ぶりに腹が立つ。
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200601/sha2006010302.html
いったい、この記事はどこの国のことだろう。
「三越本店では限定1袋で1億円の18金製照明スタンドも午前中に売り切れる勢い」
これに至っては、呆れて果ててしまった。
まさに、「異常」「異様」だ。
日本人はよく、
「雰囲気に流されやすい」とか、
「横並び志向」などと、
言われることが多いが、こういう記事を目の当たりにすると、それを信じたくなる。
1日の夜、NHKの「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」が教育テレビで再放送されていた。
途中から見みたら、作家の山本一力氏と映画監督の山本晋也が出演していた。
丁度、故池波正太郎氏のことが取り上げられていた。
「人間というものは、善いことをしながら、悪いことをする。あるいは、悪いことをしながら、善いことをするものだ」という池波正太郎氏の言葉を引用しながら、
「現代はものの白黒を決めないと済まない世界になっている。本当はそうではなくて、白でもなく、黒でもないその中間が大事である」と、山本一力氏は熱く語っていた。
確かに、そういうふうにひと言で言い切ってしまえば、人間という生き物は理解しやすくなる。
しかし、そうではない。人間はそんな単純な生きものではない。
池波正太郎氏の小説に登場する人物は、善人も悪人も、全て類型化された人物ばかりで、氏はそういう類型化された人物をうまく使いながら、ストーリーのおもしろさでぐいぐいと読ませていくタイプの作家である。
人間を深く洞察して、その深層に迫るというものでもなく、もがき苦しむ「生の人間」を描いているわけでもない。
人間という生き物は善悪の二次元だけの世界に存在しているのではない。
心理学者オズグッドの人間心理の分析(SD法)によればに、人間の心理は少なくとも三次元空間にあることは違いない。
池波正太郎氏の描く世界は、単純でおもしろい人生であって、いわば大人なおとぎ話のようなものである。そこに人生訓を求めても仕方がないし、彼の小説から生きざまや、人生観を導き出すこともできない。
氏の小説を貶しているのではない。
池波氏の小説が、読書の楽しみを教えてくれるものであることに間違いはない。
しかし、「人間とは何か」を得る小説でないことも事実だ。
山本一力氏の勘違いが、可笑しい。
空と海の微妙な色 美しいですね。場所は何処なのでしょう。
また 今年もお写真を観させていただきます。
nonbiri-mamaさん、早速訪問頂き、ありがとうございます。
詰まらない写真しか撮れませんが、ごひいきに。
ホームサイトもよろしく。
新装開店の割には、見苦しい写真で、おそまつでした。
現地は写真のイメージとは反対に、意外に暖かく、気負って着込んいって、損をしました。
今年もくだらない写真をホームサイトにバンバン掲示しますので、ひとつ、よろしく。