夢枕

 沙門がうちからいなくなって、もう一ヶ月以上が経った。
 彼女が死んだばかりの時は泣いて泣いて仕方なかった妻もようやく落ち着いてきて、自分自身も沙門がいない生活に馴染みつつある。
 ちなみに、結局彼女のお骨は墓を作って埋める事はなかった。シンプルなデザインの小さな仏壇を買ってきて、そこに骨壺を納めて写真を飾り、猫缶をお供えしてある。ちゃんと埋葬しないと成仏できなくて化けて出たりするんじゃないかと心配にもなるが、今のところ我が家は平穏無事で、祟られたりされてる感じもないので、きっとこれはこれで沙門も満足なのだろう。
 そんなこんなで過ぎてゆく日々だが、うちら夫婦の夢には、やっぱりというか当然というか沙門がよく出てくるようになった。
 妻が見た夢だと、俺ら夫婦がJRか何かに乗って旅行をしていると、おもむろに「にゃっ」と鳴いて私らの前に跳んで現れ、妻は喜んで「あらら、シャーちゃん(沙門はうちではこう略されて呼ばれていた)、来たの?」と声をかけ、私たちはそのまま一緒に旅をしたのだという。
 一方、俺の見る夢は専ら自宅が舞台で。状況はなんだか種々様々なんだけれど、たいてい俺と妻が普通に何かしているときに何食わぬ顔で現れてニャーニャーないて挨拶する。俺と妻は、彼女を生前と同じようになで回して可愛がる。夢の中でも、彼女がもうこの世にいない事は知っていて。それでも素直に会えた事が嬉しくて撫で回したり抱きしめたりする。でもってわがまま猫の沙門は割と迷惑そうにしたりする(笑…このへんも生前と全く変わっておらず)。
 ただ、この間はちょっと毛色が変わっていて面白いシチュエーションの夢を見た。
 
 なんか、俺と妻は妻の車でどこかに出かけていて。
 その帰り、何故か妻は別の用事を思い出して引き返すことになり、自分だけ何故か車を降りて先に行くことになった。
 そしたら、沙門がおもむろにどこからか現れたので(いつも、どこからかおもむろに現れるのよね(笑)夢の中の沙門)、俺は彼女を抱き上げて歩いてゆく。
 しばらく歩いてゆくと、路上で何かのテレビ番組のロケをやっていて。
 何故かそれを見物しているギャラリーの中に、ローリーがいた(笑…って本当に何故やねん)。
 彼はまたまた何故かゴールデンレトリバーかなんかを連れていて、俺に話しかけてくる。
 自分の連れているイヌの自慢を始めるのだ。血統書付きで値段が高くて、頭が良くて可愛くて、と、とにかくハイソなペットであることを声高に語る(本物のローリーさんがそういう人かどうかは知りません(笑))。
 俺は悔しくて、沙門を前に尽きだして、自慢を仕返す。
 うちの沙門は、そりゃ雑種で里親探しで貰ってきた猫で、血統書なんか無いけど、毛が不思議な色をしていてふわふわで、うちに遊びに来た人はみんな褒めるんですよ、ええ。性格は、なんだか気位が高くて我が儘で、だけど、本当に寂しがり屋で甘えん坊で、不器用なところが可愛くて――
 いいとこまで自慢したトコで、思い出した。
 ああ、そうだった。
 この子はもう、いないんだったっけ。
 夢の中で気づいた瞬間、きょとんとしていた沙門の姿は、自分ら夫婦が一番気に入っていた、彼女の写真になっていて――俺の手から滑り落ちた。
 そこで、目が覚めた。
 どうやら俺は声をあげていたらしく、うなされていると思った妻が声をかけてくる。
 俺は、寝ぼけ半分に、夢に沙門が出てきたことを話した。
 その後、妻はすぐ眠ったようだったが、俺は眠れなくて――声を殺して泣いた。
 夢の中で、彼女がもういないことがわかっていれば、もっと存分に抱きしめたのに。

 そんなことを思ったからか、翌晩も沙門は夢に現れた。
 今度は、彼女に夢でしか逢えないことをしっかり覚えていた俺は、彼女をとっつかまえてさんざん抱きしめてなで回した。沙門は、やっぱり迷惑そうな貌をしていた――生前と同じように。

 そんなこんなで、よく夢枕に立つことが多い沙門だが、俺の夢であれ妻の夢であれ、共通していることがあって。
 必ず、彼女が夢に現れるときは、夢の中で夫婦が揃っている。
 彼女は、うちに他の猫がやってくる前、一人っ子だった頃は、川の字になって寝たりして、自分ら夫婦の間にいるのが好きだったから――今でも、そうなのかも知れない。