どうせ踊らされるのなら

 いきなりなんだ、と言われそうだが、自分は誰かに「踊らされる」ことがそんなに嫌いではない。「踊らせる」ことは無論好きだけど(笑)。
 人の権力にも知能にも欲望にもヒエラルキーというものが厳然として存在する以上、下位に属するものがより上位の存在に利用されるのは仕方のないことだし、下位に属するものにとっては、「踊らされ」てみせることによって逆に上位の存在を利用する、という図式も考えられるだろうから。
 だから、「どうせ踊るなら気持ち踊ってやろう」とか「みんなしてバカみたく踊ろうじゃないの」とかいう台詞がかなり好きだったりする(笑…前者は、出典が不確か。たしか、ココリコミラクルタイプで、時給800円がデビューしたとき、八嶋さんか誰かがそんなこと言ってたような…。後者は、「スパイラル」の土屋キリエの台詞。清隆さんに踊らされてることについてのコメント)。弱肉強食な世の常の不条理を全面的に飲み込んだ上で、踊らされる者、力無き者の意地を見せてやろう、という覚悟が垣間見えてかっこいいと思うのです。
 なんか前置きが長すぎでしかも抽象的なお話で申し訳ないですが、もともとは何の話をしたいのかと言うと。

 先日ちょっとしたお祭り騒ぎとなった、ハリウッド版『呪怨 JUON』CMに関する公式ブログコメント欄での抗議集中の件について。

 抗議100件以上…「呪怨」CM怖すぎて差し替え

 まあ、自分としては、そもそもクレーマーという人種が好きではないし、メディアでの表現規制の問題については、受け手側の問題を送り手側の問題にすり替えて大騒ぎするバカどもが大嫌いなので、「良識のある親」ぶって暴論を展開する書き込みが不愉快きわまりなく、しかもあまりにツッコミどころが多いのでつい自分もつられて反論カキコちょっとだけ(本当にちょっとだけ)してみたりもしたのです。
 それら抗議に一部とはいえ屈したかに思えるCM差し替えですが、この裏側で何が起こったのかについての根拠ある推測を、テレビ業界関係者としての視点から大先輩ふりーく北波さんが展開しておられます。

 http://black.ap.teacup.com/devilwing/105.html

 もし、これが事実だったら、という仮定の下でのお話ではありますが…

 あひゃひゃひゃ、楽しくて笑いが止まりませんわん。
 結局、全部お釈迦様の掌の上。俺も含め、大騒ぎした連中はみんな踊らされたにすぎんわけです。ですがまあ、なんと気持ちの良いことか。そしてまた、抗議して「全部ではなくても要求が受け入れられた」と思って喜んでる連中の、馬鹿面を想像すると腑よじれそうになりますわ。
 久々に、俺的には気持ちよーく踊らされて、楽しく「やられた!」と思えました。
 もしこの記事を読んで悔しがってるクレーマーがいたなら、次回からもうちょっと賢くなることをお薦めする。昔から、あんたらみたいな輩は掃いて捨てるほどいたんだからさ。ちょっと頭のいい人間なら、あしらい方くらい予め予測して仕事してるってこった。

ゲームブックは創元か社会思想社に限る

 最近更新ペースが復活で嬉しい「ちゆ12歳」さんちで、こんなニュース見ましたー。

 「ソーサリー」の新訳版が完結 http://tiyu.to/title.html#17_02_21

 最近、過去の名作ゲームブックの復刻が静かなブームになっていることは知っていましたが、とうとう完結ですかソーサリー4部作。自分が生まれて初めて自分で買ったゲームブックこそ、実はソーサリーの三作目「七匹の大蛇」だったのです。なんで三冊目なのかっつーと、田舎の本屋にそれしか置いてなかったから。ちなみに、初めてプレイしたのはアニメージュの付録だったナウシカゲームブック巨神兵を倒せ!」でした。ああ懐かしい。
 というような個人的追憶はさておき、
 ちゆさんに追従して申し上げると、やっぱし新訳の固有名詞の扱い方は納得がいきませんなあ。
 なんだよ時大蛇って。なんか剣と魔法の世界の魔物と言うより裏山の沼の主みたいなイメージではないですか。
 でもまあ、訳が浅羽莢子さんですからねえ…そういえば社会思想社ファイティング・ファンタジーシリーズは結構この人の訳多かったような気がしますが、微妙に和風な感じではありました。エルフの名前で「赤速」さんとか。
 ともかく、新訳や復刻は嬉しいけど、やっぱりソーサリーとかはイラストも題名も創元社版が良かったと思う俺でした。
 あと、二見から出てたJ・H・ブレナンの「ピップ」シリーズ(あるいは、「マーリン」シリーズ?)も出てるんですね。全作出たら買って再プレイするかも。