Hatena::ブログ(Diary)

耀姫の日記    このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-09-18 タジン鍋がうま味を逃さない本当の秘密 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 とんがり帽子のような独特の形の蓋がうま味を逃がさない、という宣伝文句で売られ、確かに料理のうま味が逃げていないことが食べて分かることから、最近人気が出ているようです。でも、その説明文を読むと、ハテナマークが付いてしまうものがほとんどです。「蓋の上部で水蒸気が結露して素材に戻る水の内部循環によってうま味を逃がさない」なんて書いてあります。これって変だと思いませんか? 普通の形状のお鍋だと逃げていってしまう、うま味成分=水分、ではありませんよね? 水分がうま味成分だなんて奇妙な話を、そのまま信じられる人はほとんどいないでしょう。じつは、うま味を封じ込めて逃がさない幾つかの本当の理由があるのですが、それらがちゃんと書かれてないものがほとんどなのです。つまり、省略しすぎた舌足らずの説明文が流通してしまって、消費者に本当のメリットが伝わらない状況が生まれているわけです。

1.味と思っているかなりの部分が、じつは料理の匂い。

 タジン鍋がうま味を逃がさない本当の理由は、料理の味を左右する香り成分を逃がさない点にあります。皆さんは、鼻に洗濯ばさみを付けたりして、嗅覚麻痺させた状態で食べて、料理食材名前を言い当てるクイズ番組を見たことがあるでしょうか? 正解できない人が多いのを見て、笑い転げて楽しむだけでなく、なぜ不正解が多いのか考えてみてください。じつは人間は、料理を食べるときに匂いが分からない状態にすると、何を食べているのか、味までよく分からなくなってしまうのです。つまり、料理の味と思っているかなりの部分が、じつは香りなのです。

2.普通の鍋は、料理のうま味を大きく左右する香り成分を、大量に捨ててしまっている。

 食材を鍋に入れて加熱をはじめると、なんともいえない美味しそうな匂いがして、食欲をそそりますよね。でも、これって良いことなのでしょうか? だって、味を決める重要な匂いが、鍋からどんどん逃げていってるんですよね? ちょっと加熱しただけで出てくる匂いの成分は、低温でも蒸発する揮発性のものだから、簡単に空中を漂うのです。もちろん、この成分の量にも限りがあるので、あまり長時間加熱しすぎると、香りが飛んで逃げてしまいます。特に、水蒸気を長時間噴出し続けるタイプ圧力鍋などを使うと、揮発性の匂い成分も長時間噴出させ続けるわけで、煮込み料理の匂いが薄れて風味が損なわれたようになってしまうことがあります。最近のよく出来たカップラーメンは、100度の熱湯を注ぐときには付属の液体の袋を切らないで、3分待ってある程度温度が下がってきてから蓋を開けて、食べる直前に開封して液体のタレを注ぐように、調理手順が説明されています。これは、できるだけ風味が飛ばないようにする工夫ですね。普通料理を作るときにも、調理の最後に香り付けのハーブを入れたり、火を止めて少し温度が下がったのを見計らって鍋に味噌を入れて溶かすなど、手順を工夫すれば、調味料やハーブの香りが飛ばないようにできます。でも、従来の普通のお鍋で煮炊きした場合は、逃げていってしまった食材そのものが持っていた香りまでは、取り戻せないのが現実です。

3.タジン鍋は、低温揮発性の香り成分を逃がさない。

 タジン鍋の場合は、加熱することで食材から噴出する低温揮発性の匂い成分が、とんがり帽子の形をした蓋の熱くなりにくい上のほうで、水蒸気と一緒になって結露して、液体になって鍋の中に戻ります。香り成分が水滴と一緒になって集まるのは、花を加熱すると出てくる香り成分を、結露させて集めて香水を作るのと、ほぼ同じ原理です。揮発成分の回収効率は、鍋の蓋が冷たければ冷たいほど良いのですが、普通の鍋の蓋は背が低くて全体に熱が回るのが早い形状なので、温度が上がった鍋の蓋に付着した低温揮発成分は再び蒸発してしまい、鍋の外に飛んでいってしまいやすいのです。ところがタジン鍋のあの独特の円錐形の蓋ならば、頂上付近の狭い空間の部分は下から上がってきた熱気の対流がそのまま直撃しない構造なので、比較的熱くなりにくく、揮発性の匂い成分が結露して水滴と混ざって下の鍋へと戻り回収されやすいのです。もちろん、火力が強すぎれば、蓋の上のほうまで熱が回りすぎて、吹きこぼれて外に漏れてしまうので、適度な弱火でじっくり煮込むのがタジン鍋の使い方です。

4.その他、ウォーターシールや遠赤外線の効果も。

 鍋の蓋を伝った水滴が、鍋との接点に溜まってウォーターシールを作ることで気密性が得られるので、揮発性の香り成分が食べる直前まで鍋の中に留まって保持され続けます。水分が鍋の外に飛びにくいので、調理に使う水分が少なくて済み、加熱時間比較的短くなり、破壊されるビタミンの量も少なく、煮汁に溶け出して薄まることなく、濃厚な状態で味わえます。温められた分厚い土鍋の蓋からの遠赤外線効果もあるので、中までしっかり均一に熱が回って、肉がジューシーな状態が保たれるメリットもあります。ただし、これらは一般的なステンレス製のウォーターシール機能を備えた底厚の多層構造の鍋でも、十分得られるメリットです。だから、タジン鍋だけが持つ、あの独特の蓋の形状によって得られるメリットとは言えないようです。

5.結論。

 以上の考察によって、タジン鍋は「料理から出た水蒸気が結露して水が循環するからうま味を逃がさない」という説明では、十分に真実を伝えていないことが明らかになったと思います。「加熱によって食材から噴出する揮発性の香り成分を、蓋の上部で結露させて水滴と一緒に再回収できる温度傾斜を備えているから、料理に含まれる低温揮発性のうま味分を逃がさない」が正解でしょう。料理の味は味覚だけでなく嗅覚にも大きく依存していることを、一般の人が知らないと考えて、揮発成分の循環を、水の循環の話に置き換えて説明するのは、消費者を侮った話のように見えます。香水の作り方だって、ほとんどの人は理解できるのだから、料理の香りを飛ばさないメリットについてちゃんと説明しても良いはずです。料理にとって香りも大切なことは、ほとんどの人が知っています。この事実を無視して、舌足らずの説明を流通させているのは不自然だと感じたので、書いてみました。

6.オマケ。タジン鍋以上に食材の香りを逃さない、水蒸気爆発圧調理器。

 食材は、高温にするだけでなく、高圧にしても調理が進みます。水蒸気爆発というのは、水を急激に加熱して一気に大量の水蒸気の状態にすると、爆発するように圧力が上昇する現象のことを言います。たとえば、火山マグマ地下水と触れると、ドッカーンと岩盤が数百メートル空高く飛び上がりますよね。それを見て火山が噴火したって言う人も多いけど、テレビ専門家が「水蒸気爆発」と解説するのを聞いた人もいるでしょう。とにかく凄いパワーを持っていて、危険な爆発現象の一つです。でも、調理器の中に入れる水の容器の大きさを決めておけば、気化する水蒸気の量も制限されるので、爆発の威力を確実に安全な範囲内にコントロール可能です。父が発明したタジン鍋に似た外観をしている水蒸気爆発圧調理器は、スチームクッキングマシンの究極進化形と言って良いでしょう。食材に対して高温高圧の水蒸気を当てるので、一瞬で食材細胞破壊されて柔らかくなり、高温の水蒸気が浸透して、熱もしっかり通ります。外側から圧力と熱を加えるので、素材の中の水溶性の栄養分や揮発性の成分は、外に出ることなく封じ込められたまま残ります。ただし、調理器具の造りや使い方がいい加減だと、噴出する水蒸気や爆風で飛び散る食材が火傷の原因になることもあります。そういった理由から、特許を取ったり市販する予定はないようですが、凄く便利なので、普及の道はないものかなーと思っています。

 こういった形で得られる爆風は、料理だけでなく、金属の表面に通常の方法ではなかなか強固にくっつけられないような異金属などを、しっかり貼り付ける加工にも使えるので、料理用とは別に、趣味の有線七宝用の加工機も持っています。最近は家庭用の電子レンジマイクロウェーブ・キルンとして使って、一千度近い高温を得られるものも登場しているので、食品の加工と装飾品の加工に使う機械の境界が曖昧になってきている印象を受けます。最近七宝焼きは、素材の塊に微細な模様を付けて加工していくトップダウン型の加工技術だけでなく、原子分子自己組織化させて、一定の規則性を持った形のあるものに作り上げていく、ボトムアップ型の微粒子アセンブリ技術やパターニング技術など、ハイテクを用いた技法も登場してきました。それに応じて、使用する3Dプリンタなどの加工機も、複雑化の一途を辿っています。でも、まだまだ伝統的な有線七宝の技法も捨てたものではありません。古いものには古いなりの良さがあるものです。

7.ルネッサンス温故知新)。

 シルクロードを通して古い時代に伝来して、うちの神社に奉納されたタジン鍋があったそうです。元は陶器だったようなのですが、なぜかうちの一族が造った複製品は、皿の部分が泥七宝に置き換えられたようです。おそらく、面白い形を真似て作ってみて、メリットが最大限生かせるのが七宝焼きだったからなのでしょう。時代が下って陶器タジン鍋を子供が落として割ってしまったという話も残っているのですが、もともとアフリカの北西部で作られているものは素焼きの土鍋です。弱火で使っていても劣化して割れてしまう性質があります。日本まで伝来したものが、モロッコで作られた素焼きのものだったのか、中国あたりで複製された陶器製だったのか、今となっては知る術がありません。今日まで伝わっているのは、七宝焼きの22器のセットと、断片的な幾つかの言い伝えだけなのです。長い年月を経て使い込まれてきた深い味わいがあるので、今でも大切に使われています。石臼を代用した火鉢の外周に、食材を入れて乗せて並べておくと、じわじわゆっくり加熱されて、素材が持つ水分だけで、香りを逃がさずに調理できると伝承されてきた優れものです。蓋を(夏場は気温より15度冷たい)井戸水でよく冷やしてから使う作法も残っています。つまり、ご先祖様達は間違いなく、この蓋の形状のメリットと、有効に活かす方法に気付いていたようです。

 ところが最近になって、大量の野菜を無理なく食べられるヘルシーな良さが見直されて、日本で急速に普及しはじめたタジン鍋に付けられている説明が、うちの神社で古くから伝承されてきたものに比べて、あまりにも舌足らずの見劣りする状態で、進展が認められないんですよね。食品の風味を逃がさない本当の理由が、どうしてきちんと説明されないのか、首を傾げてきました。

うそう、タジン鍋の蓋の頂上に氷を乗せると結露効果が高まるので、低温揮発成分を空気中に逃がさずに回収する長所がさらに生きてくるんですよね。氷を乗せると効果的なことは、気の利いたサイトなら載せている情報ですが、念のため。