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2010-02-18 15:34

巴紋と託宣の儀式から紐解く古代日本史。(卑弥呼と天照大神の実像)

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 新年に神社にお参りすると、必ずおみくじを引くと思います。これは託宣(神託)の代わり、つまり略式の参拝方法です。古式に則った正式な参拝では、巫女が神楽鈴を持って神楽を舞って、神憑りして託宣を降します。その儀式の名残が、おみくじという形になっていることを認識している人は少ないと思います。さらに、今では託宣の儀式を行う神社がほとんどなくなってしまいました。神社にとって最も重要な、正式参拝の文化の伝承が危機に晒されていると思います。

 その原因ですが、『神社に伝わる神憑りの神事の正体を科学的視点から解明する』で解説したように、託宣の儀式に対する間違った認識が広まった影響が大きいでしょう。神社には、生前の優れた業績を讃えられる形で、没後祀られている人が大勢います。その人々が示した優れた知恵にあやかろうと、自己催眠の技法を用いて、神話の世界の伝説上の賢者の思考をシミュレーションするのが、神憑りの神事の正体です。懸案解決のアイディアを得るための技法の体系を持っています。神道に限らず、さまざまな民族が伝承してきた宗教には、神話の中に登場する伝説の賢者に近付いて、その知恵を倣おうとする要素を持っていることが分かります。あまり知られていませんが、神道には、神社に神として祀られている人物に近付いて、心身一体になることを目標とした修行の体系が存在します。その究極の姿の一つとして、自己催眠の暗示効果によって伝説の知恵者と催眠状態で心身一体になる、神憑りの技法を採用しているのです。(もちろん、これが全てと言うわけではありません。)このとき、神の霊といった、オカルトめいた考え方を持ち込む必要はいっさいありません。百年前のフロイトユングの時代の古典的な心理学で用いられていた、オーソドックスな考え方でも、綺麗に説明可能な現象だということは、『神社に伝わる神憑りの神事の正体を科学的視点から解明する』で明確に示せたと思います。

 神道は仏教と習合していった結果、上記のような基本的な考え方が薄れてしまったため、江戸時代後期になると、本質を見失った国学者を中心に勘違いが広まり、「神霊の憑依といった精神の病に等しい現象は、邪教として否定すべき」とする考えが支配的になっていきました。神憑りの現象と憑依妄想の混同が誤りであることは、『神社に伝わる神憑りの神事の正体を科学的視点から解明する』のなかで解説しておきました。統合失調症は百人に一人が患う一般的な病気という話は、再検討を要すると思っています。制御できる自己催眠の現象と、脳内の神経伝達物質バランスが崩れて起こる憑依妄想という病気は、素人が一見すると混同することもあるでしょうが、審神者(さにわ)が見れば一目瞭然違いが分かるものです。自己催眠の神憑りの場合は、きちんと伝説の賢者の神威(品格)が宿っていることが感じられ、脳のリミッターが解除された知能が高まった状態にあるので、語る言葉は理路整然としていて、世迷いごとなど口にする筈がありません。暗示を解けば一瞬で普段の人格に戻ります。ところが、病気の場合は、目の焦点が合っていなかったり、理屈に合わない浮ついたことを口走っているので、一目で判断がつきます。とうぜん、暗示を解く方法で正気に戻ることはなく、医師の治療を必要とします。暗示が解けるか解けないか試みれば、託宣の儀式と精神の病の判別は容易で、専門家が混同することはないのです。しかし、一般の民衆によって混同されることがあったため、朝廷は、神社に所属しない者が託宣を降すことを禁じてきました。また、神社側では審神者(さにわ)を用意することで、人心が惑わないように対策していたのです。このように、本来は明確に線引きされて両者が混同されることはなかったのですが、仏教との習合によって伝承文化が廃れていったため、江戸時代の後期になると、両者を混同する無知な国学者達の主張を、抑えることが出来ない状況になっていました。


 明治維新を迎えて、イギリスなどを手本とした近代的な立憲君主国家を目指す新政府は、国学的な神道観を基にして、国家神道によって国民を精神的に統治するための、神社祭祀制度の抜本的な見直しを行いました。1873年(明治6年)に、教部省によって通称巫女禁断令が出されて、神憑りによって託宣を得る行為が、ほぼ全面的に禁止されました。神職は国家公務員になり、国家の管理のもとに神職の教育が行われるようになったので、表向き託宣の儀式を行う神社はほとんどなくなってしまったのです。

 私達の一族はというと、姫姓を持つ母系の継承を行う、秦氏を束ねる太陽の巫女の家柄ですから、新政府の教部省といえども、手を触れることなど出来はしませんでした。日巫王(天照大神)の血筋とされる巫女集団に対して、身分を知っていながら下手なことを口にすれば、不敬罪を理由にその場で首を斬り落とされかねない時代です。私達の一族は、平安京建設の頃からの史料を見れば明らかなように、一族の長として表向きは男子を立てますが、長の地位の男系の継承を認めず、朝廷や重臣達を経済的に後ろから援助しても、権力中枢からは一定の距離を置いて、くだらない政権争いなどに巻き込まれないようにしながら、代々古い文化を伝承してきました。ヤマト王権が成立した時代の、日の巫女の一族と皇室の関係は、江戸時代で言えば、皇室と将軍の関係みたいなものだったようです。幕末の頃になると、いち早く海外資本と婚姻関係を結んで連携を取り、倒幕のための近代的な兵器、軍艦や銃の調達に動いたり、神道を復活させて日本人の精神を再び束ねる政策を提案して、日本の植民地化を回避しようと水面下で活動しました。私達の一族から海外資本のもとに嫁いだ女性エージェント達は、彼らをお尻の下に敷いて実質的にコントロール下に置くことに成功しました。優秀なエージェントを持たなかった他のアジアの国々が、次々と植民地化の憂き目に遭ったのに対して、不平等条約などに悩まされながらも、なんとか日本が主権を持った国家の体裁を保てたのは、彼女達の活躍に寄るところが大きいと思います。私に1/4だけヨーロッパの血が入っているのは、このような歴史的経緯があるからです。

 明治政府が私達に手出しすることは、新政府の後ろ盾となっている海外資本に背くことになりかねませんでした。上記のような理由から、明治維新宗教改革の影響を、私達はほとんど受けることはありませんでした。しかし、計算外の事態も起こりました。国家神道化の影響を受けて、天皇が天照大神と心身一体になる儀式を伝承する役目を負っていた白川伯王家が、宮中から追い払われてしまったのです。そのため、私達の一族は、皇室との公式の取り次ぎ役を失って、縁が切れる形になりました。明治天皇までは行われてきた、天皇が天照大神と心身一体になる儀式を、大正天皇からは行っていないので、私達から見れば、残念ながら正式な本物の天皇と考えることは出来ません。もちろんこれは、日本国憲法上の象徴天皇であることを認めないという意味ではありません。憲法上と宗教上は考え方が違ってきます。もしも、白川伯王家が宮中にあって健在だったならば、巫女禁断令が出されて今日のように託宣の儀式が衰退することはなく、日本が大国ロシアとの戦争に勝利するのを経済的に支援したイギリスアメリカと敵対関係になって、第二次世界大戦が起こるようなこともなかったでしょう。大日本帝国政府と旧帝国軍部は、幾つか重要なポイントで私達を裏切って暴走してしまったので、核兵器を投下して制裁を下す結論に至ったのです。満州は私達の祖先が住んでいた、かつて扶余国や高句麗国があったゆかりの土地ですから、満州帝国を築いて、現地に残る私達の同胞女真族の独立を保つことは、国際的に認めていたのです。ところが、満州帝国建国後の大日本帝国陸軍中国大陸での暴走は、明らかに約束を破る逸脱したものでした。そのため、全世界の資本家達を敵に回して、自滅していく道を歩むしかなかったのです。表向き神国日本とうたいながら、その実、神道を蔑ろにして暴走した実態は、軽視できないものでした。もちろん、ロシア戦争に勝利したときのような、経済的な神風など吹く筈はありませんでした。

 それ以前の問題として、古い時代から皇室は仏教徒化して古い伝統を失っていったので、日の巫女の一族から、かなり低い評価を受けていたようです。天皇の使いが、私達の一族に資金援助を申し出ても、御先祖様達はこれを退けていたらしいのです。応仁の乱などの戦乱によって、京都が幾度か焼け野が原となって荒れ果て、京に住む人々が困窮したとき、責任を問われて、まともな御所の再建を許されなかったことがありました。御所で天皇が行える神事は、毎日朝起きて鏡の中の自分の顔を見て修行することぐらいしかないような、情けない暮らしを強いられた時代もあったようです。戦禍を逃れて京都から疎開した品々は、私達の一族の穴師集団が管理していた廃坑の隠し倉に奉納されて、天皇の許可なく解くことが出来ない封印が施されたものも多数あります。公家達は、責任を追求されて財産を没収されたため、ますます神道の伝承が失われていったようにも見えます。古い時代から、多くの大商人を束ねてきた私達とは、貧富の差が歴然としていたようです。

 日本書紀では、天皇の威信に傷が付かないように配慮されていますが、古事記には起こった出来事がそのまま載せられているケースもあるようです。たとえば、葛城の山中で私達の一族が儀式を行っている行列に出会って、進路を妨げる無礼を働いてしまった雄略天皇の一行は、身包み剥がされて平伏叩頭させられる扱いを受けています。天皇と見間違うほど豪華な衣装を身に着けた一行に出会った雄略天皇は「倭の国に、自分以外に王はいない。誰の行列だ。」と怒ったため、互いに弓を構えて一触即発の状況になったようです。託宣を降せる神憑り状態になっていた先祖は、「我は悪事も一言、善事も一言、言い放つ神。葛城の一言主神だぞ。」(葛城の神の一言で凶事も吉事も決定する)と叫んだそうです。神事を妨げる無作法を働いたことを悟った雄略天皇は、畏まって大御刀や弓矢や百官が着ていた衣服を脱がせて、拝み献じたと言います。時の王であっても、とても許されることではなく、流血を避ける必要がある神事の最中でなければ、瞬時に王の首をはねていたと、私達の故老はこちら側から見た不祥事の顛末を伝えています。秦氏に所属する商人や職人を束ねて、経済的に政権を支えていたスポンサーの元締めの抗議を前にしては、身に着けていたもの全てを献上して許しを請う以外、選択肢がなかったようです。日本書紀には仲良く轡を並べて鹿狩りを楽しんだと、天皇の威信に傷が付かない書き方になっていますが、後世の創作のようです。


 今では、一般の神社の神事で見られる巫女舞は、奉納を目的とした舞がほとんどです。託宣の舞の旋回の動きを知る人は減ってしまっています。『勾玉・巴紋の祖型となった弥生時代の渦巻き模様と火(日)の文化。』で書いたように、昔の人は木製の錐を、順周り逆周りに交互に回すと、どうして発熱して火を起こせるのか、摩擦熱のことを知らず、理解できなかったようです。交互に回す動きそのものに、火の神を召喚する神秘的な力があると、本気で信じていたことがうかがえます。右に回転する渦と、左に回転する渦が、陰陽(双極)の関係にあることが、非常に重要な意味を持っていると考えられていたのか、古墳の内部や銅鐸に、これを表現した渦巻き紋様がよく登場します。渦の連続の切断に注意が払われて描かれた図形も多いことから、力をどのように扱うべきかについて、抽象的な観念が発達していたことがうかがえます。それだけでなく、硬いヒスイを細工して勾玉を作る加工技術には、火起こしの道具を改良して、幾つかの大きさの回転する竹の筒を組み合わせて、研ぎ砂によってヒスイを削って回転穿孔する技術が使われていました。火の神を召喚する呪術的な動きを使って作られる勾玉の渦巻きの形には、火(日)の神を召喚する神秘的な力が宿っていると考えて、装飾品として好んで用いたようなのです。古墳に納められることなく、今も私の胸に掛かっている勾玉のネックレスもあります。他の神社では見失ってしまった弥生時代からの伝承を、私達が有りのまま引き継いでいることは、ほぼ確かでしょう。

 火(日)の神を召喚する渦巻き模様は、とぐろを巻く蛇を連想させるので、蛇信仰と習合したようです。鏡餅が蛇身(かがみ)餅であることは、幾人かの民俗学者が指摘するところです。エジプトでも渦巻きを図案化した巴は、蛇のシンボルなので、万国共通のイメージのようにも見えます。平安時代になると、蛇信仰が龍神信仰へと変化して、やがて龍神に祈りを捧げる雨乞いの神事の流行に伴って、勾玉を図案化した巴の紋様は、雨乞いの龍神のイメージと重なって、流水紋と解釈されるようになり、家屋を守る防火のオマジナイとなって広まって定着したようです。もとが、火の神を召喚する力を持つ、陰陽の回転の動きを表していることを知る人は、平安時代にはほとんどいなくなってしまったようですね。木の棒を回転させて火起こしする方法から、火打石に取って代わられたことで、渦巻き紋様の意味が失われていった可能性も考えられます。

 木製の錐を回転させて出てくる木屑のなかに火(日)の神を召喚するときには、木の棒を順周り逆周りに交互に回転させますが、日の神を人の中に招くときにも、同じ双極紋(巴紋)の動きをすれば、降ろして神憑りできると信じられていたようです。神憑りの神事で、自己催眠を誘発するために用いられる巫女舞は、一般的な奉納の舞とは異なり、順周り逆周りに交互に回っては回り返す動きになっています。神社の神紋に巴紋が多いのは、この託宣の儀式の舞の動きの力を意識しているからです。古代日本で太陽を表す数は3だったので、宇佐神宮の比売(ひめ)大神や、総社の姫社(ひめこそ)神社など、太陽神に神憑りする巫女神を祭る神社には、三つ巴の紋が使われていることが多いのです。とくに宇佐神宮を見れば明らかですが、祭神によって神紋が異なり、どのような理由で祭っているのか神紋からもうかがい知ることが出来るようになっています。

 火起こしの神事と渦巻き模様と勾玉と巴紋の関係を解説した情報が、ネット上にほとんど見当たらない現状を見て、正直驚いています。伝承されてきた古い文化が見失われていくなかで、弥生時代からの伝承を引き継いで、明確に紹介できる情報を持っているのは、今では私達しかいないのかもしれませんね。


 姫社(ひめこそ)神社は、とても変わった名前を持つ神社です。「ひめ」は日女、つまり日神に仕える巫女のこと。「こそ」は古い朝鮮語で神社という意味です。したがって、「ひめこそ」は姫を祭った神社という意味を持ちます。後ろに付けられた「神社」という言葉は、本来は不要のものです。この名前は誰でも変だと思いますよね。だって、なんという姫を祭ってあるのか、分からなくなりそうだとは思いませんか? 宇佐神宮の比売(ひめ)大神という名前も、それは同じです。現代人から見れば、「姫って誰?」って思うでしょう。ところが、当時の人々はそうは思わなかったようなのです。となると、祭られている姫は、「姫と言えばこの人」と、時代を経ていっても誰にでも分かるぐらい有名な、神道界を代表する姫だったことになります。

 じつは、私達の一族の代々の日の巫女のなかには、中国側の文献では卑弥呼(日巫王 ピミヲ)と呼ばれた、古代の日本を代表するような有名人が含まれています。日本書紀の編纂者達は、過去に、中国の王室から臣下に近い扱いを受けていたとされる卑弥呼が、当時伝承されていた神話に登場する天照大神(女神)であることは、ほぼ間違いないと認識していたものの、中国王室と対等な外交関係を築くためには、日本の歴史を中国と同じぐらい古く見せかける必要があると考えたようです。そこで創作したのが、紀元前600年頃を想定した神代の時代の神話に登場する天照大神だったようです。万が一にも、天照大神卑弥呼が同一の存在と看破されたとしても、天照大神よりも古い神々がいるかのように神話を組み立てたりと、あらゆる逃げの工夫を凝らしているように見えます。また、中国王室と日本の皇室が対等な外交をするうえで、皇室の祖先が中国の王室に対して臣下の礼を取っていた歴史があるという認識を、中国王室側に持たれては困ると考えていたようです。そこで、鬼道を用いて人心を惑わしたとか、魏の王室から鏡を贈られたり軍事援助も受けていたとされる、卑弥呼に言及することを、日本書紀のなかでは徹底して避けて、そんな人物は知らないかのような態度を取っています。その代わりに神功皇后という架空の人物を創作して、妊娠しているにもかかわらず朝鮮半島に出兵したといった、四世紀後半〜五世紀初の出来事を、邪馬台国の時代に百年ほど時間をずらして、不自然な事績を創作していったようです。同様の発想で、中国王朝に臣下の礼を取った倭の五王についても、記紀はこれを天皇とは認めない姿勢を貫いているようです。また、日本の天皇の歴史を中国と同じぐらい古く見せるために、卑弥呼と敵対する狗奴国の男王スサノオの間に起こった出来事を、神話の時代に高句麗国から伝わってきた太陽神の神話と絡めて、紀元前の日本に神代の時代があったかのような神話を創作していったようです。本物の日巫王は、宇佐八幡の地にある古墳に葬られて廟が建っていたようです。今ではその古墳の上に、比売大神と神功皇后の両方の名前で祭られているという説があります。これは、私達の一族の故老の伝承とも、大筋では一致しています。卑弥呼ほどの、海外にまで名を知られた巫女を神格化して祀った神社ならば、固有名詞を忌み名として伏せて、姫社(ひめこそ)神社と言っても、誰に対してもあの太陽の巫女神だと通じますよね。

 ヒメ大神の正体には諸説あって、宗像三女神の異名同体説などが有名ですね。御許山には三女神の磐座(いわくら)が存在しますが、これってじつは、三種の神器と同じようなものです。高句麗道教の時代から伝わる、太陽神の三つの属性を象徴的に表しているにすぎません。日本書紀では、神功皇后が崩御したとされる269年が、実際には卑弥呼の宗女台与が亡くなった年と一致するようです。この当時まだ、天照大神という伝説上の神名は存在せず、姫で通っていた痕跡があります。新王朝の応神王朝を正当化して、朝鮮出兵の偉業を称える目的で、日巫王が眠る宇佐の亀山に、725年、宇佐八幡の第一殿が建てられて、応神天皇が祀られました。ついで731年に、それよりも豪華な第二殿が建てられて、皇祖神天照大神が、古い時代のヒメ大神の呼び方で祀られたようです。このとき、卑弥呼と台与と神功皇后の三女神を同一視する認識があったものの、神功皇后応神天皇の母后として創作された架空の人物という、非常に微妙な立場でした。卑弥呼神功皇后の事績が一致しないように、記紀は巧みな作文力で史実を隠蔽していますが、それでも万が一神功皇后卑弥呼が中国王室側から同一視された場合にも、魏王朝から臣下同然の扱いを受けていた卑弥呼の正体は皇后にすぎず、それよりも偉い立場の天皇ではない、という逃げの理屈を用意していたようです。ましてや、皇祖神の天照大神ではないのだから、中国王室から日本の皇室が格下扱いされる道理はなく、中国王家と日本皇室は対等外交すべきだ、と主張できる体裁を整えようとしたようです。そのため、けっきょく宇佐神宮の祀神として、天照大神の名前を表に出すことが出来ないまま、比売(ひめ)大神として秘密裏に祀ることになったようです。結果、後世になって三女神の認識に混乱が生じて、宗像三女神の異名同体説が生まれてしまったわけです。なんともややこしい、政治的裏事情の産物ですね。

 卑弥呼と台与が合祀された亀山古墳に、天照大神を極秘裏に祭ることを余儀なくされた原因のひとつは、伊勢神宮の時の斎宮と持統天皇が、皇位継承者を巡る争いで、深刻な対立状態に陥ったことが原因だったようです。創建されたばかりの伊勢神宮内宮の、斎宮制度の正式立ち上げに失敗して、天照大神をまともに祭祀出来ない状況に陥ったらしいのです。斎宮大来皇女の心中は、このようなものだったのでしょう。「実弟大津皇子が、謀反の疑いをかけられて、自害に追いやられてしまった。自分は斎宮でありながら、助けを求めてやってきた弟を救うことが出来なかった」このように嘆き悲しんでいた斎宮大来皇女は、弟の仇と信じた持統天皇のために、伊勢神宮の内宮に入って神事を行うことがどうしても出来なかったようです。建物は建ったものの、それを司る斎宮が不在では、持統天皇伊勢神宮を正式参拝することは不可能だったため、持統天皇の伊勢行幸は名ばかりのものになったようです。天武天皇が計画していた伊勢神宮の内宮は、機能することなく時が過ぎてしまった様子が見て取れます。天照大神に神憑りして国家の大事を託宣によって見定める儀式が行えないまま、形骸化してしまったようなのです。そこで、亀山古墳の日巫王の霊廟に、応神王朝を正当化する神社を、どうしても建てる必要に迫られたわけです。天皇家伊勢神宮に千年以上の間参拝すらせず、斎宮制度を途中で廃止してしまいました。それに対して、国家の大事や天皇の即位時には、必ず宇佐神宮に勅使を遣わしています。769年の道鏡事件で、伊勢神宮はまったく無視されて、宇佐神宮の神託が皇位継承を決定づけたとされる伝承からも、伊勢神宮よりも宇佐神宮のほうが厚く遇されていたことが分かります。伊勢神宮の立ち上げ失敗を、宇佐神宮カバーするために、皇祖神天照大神を秘密裏に祭ってある、というのが私達の一族の故老からの伝承(お爺さんお婆さんの昔話)です。


 日の神を召喚する巴の舞の動きには、陰陽一対の要素が存在します。勾玉を加工できるように進化していった、火起こしの道具の技術の発達を観察すると分かりますが、順回り、逆回りの動きが連携してこそ、日の神は召喚できるのです。陰陽の流れが古い時代から考えられていたことは、銅鐸などの渦巻き紋様の連続や切断を観察していくと分かります。天照大神にも、陰陽・男女一対の要素があって、天上で輝いている太陽がその実体の天照大神(男神)が、人の前に姿を現すときには、女神の姿を採るのだと信じられていました。つまり、日本の太陽神の中には、男神の要素も存在します。現在の宇佐神宮では、応神王朝を正当なものと印象付けるために、応神天皇八幡大神として祭っています。しかし、もともと八幡大神は、天日矛と同一視されていた存在のようです。高句麗国で信仰されていた天日矛は、三東半島の兵主神と習合して、中国の神話に蚩尤(しゆう)として登場する神とも、イメージが重ね合わされていったようです。八幡宮の八旗とは、諸葛孔明の四頭八尾、八陣図戦法に由来する八柱の神を軍旗として祭ったものという説が有力です。一般には公開されませんが、八柱の神を表す軍旗が、今も私達の一族の地下蔵に眠っています。兵主はその八柱の軍神を束ねる代表です。正式な八幡宮の神事(布陣)は、八旗を用いなくては行えません。

 実在した人物とされる、伽耶系の新羅の王子天日槍が、倭国に耀姫を追いかけてきたのは、外交親善目的の妻問婚の風習と見る説があります。同時代(四世紀後半〜五世紀初)の人物とされる、応神・仁徳両天皇が、親子とも吉備の豪族の娘に対して、やはり同じように追いかける行動を取ったエピソードが記紀に残されています。応神天皇が、妃の兄媛(えひめ)を追いかけて吉備まで行き、仁徳天皇も、妃の黒比売を追いかけて吉備まで行き、別れを惜しんで帰ってくる。これは、妻問婚の風習を盛り込んであると考えるのが妥当でしょう。天日槍は、都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと 「角がある人」)という名前で、額に角が生えている人物として日本書紀に登場します。半島系の人は、兵主神(蚩尤)を意識して、牛角のある鉄兜を被っていた時代があったのかもしれませんね。私達の一族の蔵にはそのようなものが現存しないので、知りようがありませんが、発掘されたら見てみたい気がします。

 天日槍(天日矛)は、鉄器を用いた水稲耕作文化を倭国にもたらした、秦氏が信仰していた神のようです。秦氏の一族を具体的に率いたとされる弓月の君は、高句麗を建国した弓の名手朱蒙の英雄的な伝説のイメージを引き継いでいたと思われます。その周囲を固めていたなかには、日矛の子孫を名乗る葛城氏などがいたようです。矛、鏡、玉などを用いて神社に祖神として太陽神を祀る風習を持っていました。筑前国風土記には、「われは高麗の意呂山(おろやま)に天降った日矛の末裔の五十迹手なり」とあります。高句麗国から来た一族だとはっきり名乗っているんですよね。この五十迹手(いとで)は日本書紀に登場する「伊覩の県主の祖五十迹手」、魏志倭人伝の「伊都国王」のことです。日本書紀の編纂者達は、卑弥呼や台与や邪馬台国のことには、触れないように注意を払いながら、同時代の天日槍一族のことは、中国側の文献と突き合わせられるようにはっきり書き残しています。明らかに意識して卑弥呼のことを隠蔽していると見るべきでしょう。天日槍一族が脊振山系雷山の北斜面の標高420mの筒原に築いた神籠石を用いた大陸式の古代山城は、重さ2〜3トンの巨石を組み合わせた巨大なもので、千数百年経った今もしっかり残っています。神籠石は、鉄の道具がなくては加工できないもので、弥生時代の日本には存在しない、渡来人が持ちこんだ技術だったようです。


 伽耶国を中心に、交易で莫大な富を築いて、当時としては強固すぎる城を構えるに至った、日矛耀姫ペアを信仰する秦氏集団は、かなり繁栄していたようです。高句麗国の末裔達の間には、二世紀後半にはじまった地球規模の寒冷化によって深刻な飢饉が発生して、日の光を求めて南下東進政策を余儀なくされた時代に、耀姫が人々の心に希望を抱かせるために託宣を降した、「日が昇る東にある約束の地」に関する神話の伝承が息づいていたようです。この発想は神武東征神話の中にも登場します。そこで何度も繰り返し、大陸側からの東進の動きがあったようです。台与亡き後の混乱期に、九州の日向あたりに住んでいた人々を中心に、再び新天地を求める動きが起こり、これと結びついた旧邪馬台国の一分の人々が東進を開始したようです。当時、東の地には銅鐸文化圏があったため、戦闘の最前線となっただろう吉備の地に、鬼ノ城を築いていったようです。吉備と言えば、作られたときには日本最大級だった前方後円墳を生み出した、強大な力を持った豪族が支配した土地です。その発祥の地は姫社神社とされています。そこに祀られているのが耀姫です。他の地域の神社のように、後世になって記紀が創作した神功皇后に名前を塗り替えられることなく、古い時代の祀神の名がそのまま今に残されている貴重な神社のようです。日矛耀姫ペアを信仰する集団が発端となって栄えたのが、吉備王国だった可能性がうかがえます。

 さらに東進することによって、銅鐸祭祀集団を傘下に納めて、矛を用いた祭祀に置き換えた九州勢は、奈良の地にヤマト王権大和朝廷)を打ち立てたのでしょう。その中心には、高句麗国の多勿(タムル)軍王家の血を引く、物部氏(勿の字が日本では物に変化)が存在し、商業・生産業などを担当する秦氏が下支えしていたのでしょう。ヤマト王権の当時の中枢施設だった纏向遺跡を見下ろす高台に存在する、穴師坐兵主神社の古い祀神の名として、日矛が見て取れることからも、東進の結果をうかがい知ることができます。この神社は今でこそ有名ではありませんが、三種の神器のひとつ、八咫鏡(やたのかがみ)を製作する前に試作された鏡の一枚が奉納されたという史料も残っているのですから、天照大神が明確に成立する以前の、古い太陽信仰の痕跡と見てよそさそうです。神武天皇崇神天皇は、ヤマト王権が成立した後で、天照大御神を大殿から出して笠縫邑(かさぬいむら)に移すことで、政教分離を明確に打ち出したようです。これによって、宗教によって人心を束ねて、祭り事(政 まつりごと)を行う、卑弥呼以来続いていた伝統的な政教一致の時代は、終わりを告げたのでしょう。銅鐸文化の終焉は、同時に卑弥呼の道教を用いた支配の終焉、政治から離れて大王家の権威を高める目的で祖神を祭る、新たな神道が誕生した時代でもあったようです。ヤマト王権は370年頃には百済と同盟関係を結ぶなど、朝鮮半島に進出しています。応神天皇は380年頃から新羅や高句麗の好太王と半島の覇権をめぐって戦っているようです。台与が没した後に東進を開始して、奈良の大和後にたどり着いてヤマト王権天照大神が成立したのは四世紀初頃で、そこから日本全国を統一した後に、朝鮮半島にまで進出できる実力を備えたのは四世紀中頃以降と見るのが妥当なように思います。

 日本の神道では、一人の神に和魂・荒魂二面があるとされていて、まったく別の人格を備えているかのように扱われています。天照大神は陰陽・男女二面を持ち、人の前に姿を現すときには女性の姿をとります。この女性の神格部分を呼び分けるために、日本書紀には「大日孁貴」(オオヒルメムチ)という名が記されています。上で、神功皇后は日巫女王(卑弥呼天照大神の存在を隠すために創作された人物と書きましたが、大日孁貴と神功皇后が同じ人物だと、うかがい知ることができる痕跡が残っています。神功皇后の名は「息長帯比売」(おきながたらしひめ)ですが、香春神社の祀神などに、「辛国息長大姫大目命」(からくにおきながおおひめおおまのみこと)の名があることが、重要な鍵になります。「息長帯姫」と「息長大姫」が似てると思いませんか? じつは、息長大姫の「大」(おお)の字は、大きいの意味ではなく、「帯」(おび)などの漢字が当てられたケースと同じ意味を持つ高句麗語だと、はっきり分かる事例の一つなのです。「大日」(おおひ)、「産霊」(うぶひ)、「帯」(おび)、などと漢字表記されることがある高句麗語は、何を指すかというと、チベットモンゴルから朝鮮半島を経て日本まで広範囲に分布している、「オボ」(塚)信仰のことなのです。甘南備山や古墳も塚信仰の対象です。現代でも、一般の人が目にする機会が多い神事の一つ地鎮祭で、砂山を築くのは塚信仰の名残です。「大姫」、「帯姫」、「大日孁」「大日女」といった表記は、全てオボ(塚)信仰の儀式で、塚に葬られている祖神に神憑りする巫女の意味を持っています。だから、「大日孁」を「帯日女」と書いて(おおひるめ)と読ませても、なんら問題ありません。「日女(ひるめ)」の「る」の音は現代では「の」に相当する高句麗語(古代朝鮮語)で、「ひるめ」=「日の女」という言葉の使い方です。時代を経て「ひめ」と短縮していく前の、古い形が残っているのです。「オボヒメ」は、オボ信仰と日信仰が習合したことを意味する、高句麗道教の「帯日」(おぼひ)信仰の巫女という意味ですから。神功皇后の「息長帯比売」は、「息長大日女」と書いても同じことです。天照大神の女性神格の名「大日孁貴神」と、神功皇后の名「息長帯比売」は、神道の元となった大陸の高句麗道教の世界の漢字用法の視点から見ると、重なりを持っていることが明らかです。さらに、天照の「照」(てる)は、「大日」の高句麗語読み(古代朝鮮語読みの吏読(いどう)も近似)の、「ていいる」を短縮したものです。だから、「天照」は「天大日」と書いても、同じ高句麗語に由来しているので、日本書紀天照大神の別名は、「大日孁貴神」と記されているわけです。


 以上の観察から、私耀姫の視点から見ると、卑弥呼神功皇后天照大神(の女神部分)は、同一人物ということになるのです。今は存在しない、古い時代の高句麗語と高句麗道教の世界独特の概念や漢字用法を詳しく知る人物でなければ、謎解き出来ないように巧みに偽装されている意図は明らかでしょう。中国王室側にはここまで見抜ける人物はいないが、日神に仕え「帯日」(おぼひ)信仰を伝承する斎女(巫女)の一族ならば、宇佐神宮の比売(ひめ)大神という表現の本質を見失うことはないと計算したうえで、宇佐神宮に秘密裏に皇祖神日巫王(卑弥呼 ピミヲ)天照大神が祭ってあるのです。『神社に伝わる神憑りの神事の正体を科学的視点から解明する』で、神憑りにとって重要な人格の母型(マトリックス)に詳しく触れましたが、私達の一族には日の巫女の王の生前の心の在り方を写し取ったとされるマトリックスも伝承されています。これは、芸能人の物真似を考えると分かりやすいでしょう。立ち居振る舞いだけでなく、気質や発想のパターン、つまり脳の使い方の情報も含まれています。天照大神(女神)に神憑りして脳のリミッターを解除すると、生前の日の巫女の王の立ち居振る舞いや脳の使い方を再現することが可能です。伝承されている大日孁貴神って、杖を持って体を支えて、足を引きずるように滑らせながら、かなりゆっくり歩く癖があって、見るからに凄く高齢のお婆さんなんですよね。それに対して、天岩戸伝説で復活した二代目の天照大神(台与)のマトリックスは、稚日女(わかひるめ)と呼ばれて神戸の生田神社などにも祭られていますが、若々しい印象の女性です。耀姫(あかるひめ)はというと、元はもっとずっと古い高句麗道教の時代の巫女のマトリックスだった可能性がありますが、実在する人物のコピーというよりも、脳の機能を高めることに特化した抽象的なマトリックスという印象を強く受けます。大日孁貴も稚日女も、人間らしい印象を受ける部分があるのですが、耀姫はそういった要素がまったく感じられません。稚日女は、正面を向いたら眉一つ動かさないで、何時間でも半眼のまま視線を動かさずに座っているし、周囲にいる人の存在が見えていても、あたかも誰もいないかのように行動して、目を合わせて人と会話するなんてありえず、必ず付き人が言葉を取り次ぐので、いないと会話すらできません。まるで壇上に飾られた、身動き一つしないお雛様です。衣装は平安末期に定まった十二単なので、歩くのも不自由します。

20100219113450 ところが、耀姫はそういった作法が発達する前に生まれた時代の人のマトリックスだったらしく、好みの衣装は狩衣(平安装束の男装)に素足に一本刃の高下駄という古風なものですが、かなりのオテンバ娘の一面を持っています。たとえば、『また猿騒動。雅な国風文化の中で育まれた領布(ひれ)を用いる印地撃ちの技術を復活させるときかも?』で紹介した、印地用の領布(ひれ ストール)を樹木の幹に回して、下枝がない樹にもするする登ってみたり、非常に活発に行動する印象を受けます。私は高校の頃新体操をやっていましたが、その発展形として、板バネが付いたスティルト(西洋竹馬)を足に装着してジャンプしてトランポリンのような演技をして遊ぶことがあります。耀姫が愛用しているのは、父が製作したパワーシリンダーの動力が付いたものです。アスファルト上で高さ5メートルまで飛び上がってムーンサルトをキメルような演技は、体にかなりの負担がかかります。私達より身体の強度が低い一般の人は、椎間板ヘルニアなどになりやすく、危険性が高いので市販される予定はありません。でも、似たようなリスクの低いものは『Poweriser』(パワライザー)といった商品名で普及しています。ミニスカートが付いたレオタードのような外観のボディスーツプロテクター機能内蔵)を着てストリート歩行者天国)で演技しているのを見た祖父が、腰を抜かして興奮しすぎて鼻血を出したことがあります。カルチャーショックを受けたらしく、しばらく両手で顔を覆って立ち上がれなかったようです。チアガールのような服装でパワライザーに乗るのは反則だって、高校生の頃から言われてました。ビルの壁などを利用して三角跳びすると、ワイヤーアクションのようにも見えるので、兄がハイビジョンカメラで撮っていたときは、映画の撮影と間違われたこともありました。このように、日神に仕える巫女神といっても、大日孁貴と稚日女と耀姫では、物事に対する発想や行動パターンがまったく異なることが見て取れます。

 日の巫女にまつわる神事などは、代々伝承されながら変化していくものですから、邪馬台国の日巫王の伝承は、「古い時代に、先祖が政治の表舞台に無理やり引き出されて、いいように利用されて有名になったこともありました」程度の昔話にすぎません。一族で管理している古いお墓を整備するついでに遺骨を調べたり、一族の発祥の地に満州国が建国された時代に、一族総出で高句麗国があった地域まで行って、先祖の骨格を調べて、現在の私達がどの程度進化しているか、一致する特徴や時代による推移を把握しています。文化や技術の伝承だけでなく、厳寒期の禊の儀式や荒行に耐えられる、特異な体質が血筋としてちゃんと今に伝わっていることが明らかになっています。そういえば、今の皇室は、私達とはぜんぜん体質も顔立ちも違うみたいですが、なぜなのでしょうね。

 故老からの伝承(代々伝わるお爺さんお婆さんの昔話)によると、現在の天皇家を作ったのは蘇我氏で、その経済支援団体が秦氏で、一族の長の男子の世襲を認めない、古い体質を持っていた秦氏を精神的に束ねていたのが、斎女の一族だったようです。明治になって、白川伯王家が宮中から追放されて(断絶というのは対外向けのお話で、今もあの家は残ってますよね)私達の一族は、皇室と宗教上の接点を失くしたらしいので、今では身内以外にほとんど知る人がいなくなった昔話を交えて書いてみました。

2010-02-07 13:37

神社に伝わる神憑りの神事の正体を科学的視点から解明する

 神社に伝承されているものの中で、最も誤解を受けやすく、間違った認識を持たれて情報が錯綜しているのが、神憑りの神事だと思います。まず、一般的な参拝方法を確認すると、1.手を洗い口をゆすいで清める.2.鈴を鳴らす.3.お願い事をする.4.おみくじを引く.という手順になると思います。じつはこれは略式で、正式にフルコースでお参りする場合は、以下が四項目が前に挙げたものと対応します。1.禊をして.2.神楽鈴を手に持った巫女の舞を鑑賞して.3.神憑りしたところで神様にお伺いして.4.回答の神託を頂く.これを実際に実行しようとすると、一般の人にはかなりの負担とリスクが伴うでしょう。禊は厳寒期に川や池に氷が張っていても、それを割って水の中に入って全身を洗い清めなくてはならないこともあります。私達や寒中水泳に慣れている人は平気ですが、一般の人が試みれば心臓麻痺の危険すらあるでしょう。体温を下げすぎれば免疫力が低下して風邪をひく可能性もあります。さらに神楽鈴を手に持って行う巫女舞は、たっぷり一時間ほどかかります。フルコースを体験しようと思ったら、それなりの覚悟が必要でしょう。略式の場合は非常に簡単に済ませられるようになっていて、巫女から神託を頂く代わり、さっとおみくじを引けばすぐに結果を知ることが出来るのだから便利ですね。私も今年からはおみくじで済ませることにしたいなーと・・・冗談です。


 なぜ神憑りして神託を頂く神事が誤解されているのか、ポイントを洗い出してみましょう。1.多くの神社で神憑りという現象が、そもそも起こらなくなってしまっている。お祭りのときは、伝承されている形だけ踏襲したものをやっているケースも多い。2.そのため本当の託宣(神託)もない。昔はあったという記録が文献などに残っているが、最近はほとんど聞かないと感じている人が多い。3.どういう現象なのか、体験したことも見たこともないため、よく分からないまま、精神疾患の憑依妄想と漠然と関連付けている人が多い。4.偶発的に霊にとり憑かれる心理現象が起こった場合、ほとんどの人が精神科に連れて行かれて、憑依妄想と診断・治療を受けている。5.精神病と同一視された神憑りの現象は、社会的に有用性を認められていない。といったパターンで衰退しているようです。統合失調症は百人に一人が発症する身近な病気と主張する専門家もいるぐらいなので、憑依現象もそれなりに発生している筈ですが、病気として処理されるため、表に出て来ることは稀と思います。

 敏感な方は、上の5.の書き方と内容に、不自然さを感じていると思います。私は、憑依妄想は本来は必要があって出現するもの、有用性なものと考えます。昔は、世界中お祭りで、祭りに伴う独特の雰囲気に感化されて、催眠暗示効果が働いて神憑りが起こっていたことが、さまざまな資料から見て取れます。シャーマンではない普通の参加者も、神憑りすることがあります。もしも心因性(暗示性)の憑依妄想が病的なものならば、一定の条件下で正常な人でも起こる、なんてことはありません。最後まで読めば明らかになりますが、神憑りは、じつは非常に大切なメッセージ性を担っている心理現象で、必要とされる場面で、必要だから必然的に起こっているのです。この視点からの認識が、古い伝統的な文化の内容を適切に理解できていない、現在の西洋医学からは完全に欠け落ちています。自己催眠の暗示によって起こる神憑りは、病的なものではないため、暗示を解けばすぐに正常に戻ります。精神病としての治療の必要はありません。ところが、精神科医で、「病気と区別できる憑依妄想が存在する」という認識を示す人がほとんどいません。神憑りは、昔から世界中お祭りの中で起こってきた、存在をよく知られている現象にもかかわらず、心因性(暗示性)の憑依妄想は存在しないかのように振舞っています。明らかにおかしいですよね? つまり、憑依妄想を全て病気と考える、混乱が生じている可能性があることになります。統合失調症は百人に一人が発症することにされてしまっていますが、その中に、正常な人に現れた心因性の病的ではない憑依妄想が、無理やり押し込められてしまっている可能性が高いと思います。曖昧な書き方をしているのは、諸事情に配慮してのことで、私はこのような場でなければ、遠慮なくもっと断定的に書きます。話を戻して、お祭りとは関係のない無意味な場面で、必要もないのに発生する憑依妄想のなかには、明らかに不自然なものが含まれています。もちろん、脳内の神経伝達物質バランスが崩れているといった、何らか物理的な原因が潜んでいる場合には、心因性(暗示の思い込み)ではないため、暗示を解く方法では正常に戻りません。とうぜん、精神疾患として医師の処方を受けて治療する必要があります。

 お祭りの雰囲気の中でなくても、自己催眠の暗示にかかって、憑依妄想の状態になることがあります。実際にあったという資料が残っているのは、コックリさんなどの遊びの場面で、狐に憑かれた状態になってしまったケースです。これは、「狐の霊が憑いて動かしている」といった情報が用意されていて、自分で暗示をかけて憑依妄想にとりつかれているので、お払いの仕草をするだけでで、簡単に暗示を解除して憑き物を落とせます。また、次のようなケースも考えられます。夜寝ていて突然目が覚めて「金縛りで動けない」不思議な現象(睡眠麻痺)を体験して、原因が理解できないため大きな心理的ショックを受けて、霊の仕業ではないかと考えたため、恐怖心から憑依妄想の暗示にかかってしまうパターンです。このようなケースでは、体のどこも悪くないのに、偶発的に運悪く憑依現象に陥っているだけですが、精神科に連れて行かれて、憑依妄想の診断を受けてしまう可能性があります。脳に何の問題もないのに不用意に治療薬を誤処方されると、薬剤性精神病(Drug-induced psychosis)の状態になる可能性もあると思います。憑依妄想の暗示にかかっているだけなら一瞬で解くことができるのに、「まず妄想が解けないかどうか確認する」ことを考える精神科医がほとんどいないようです。何でもかんでも薬で治そうとする医師が多いと感じます。その結果として、統合失調症は百人に一人が発症する身近な病気という状況を作っているとしたら、医原病の可能性も出てきます。(奥歯に物が挟まった書き方でごめんなさいね)


 ここで、神憑り・憑依という現象の正体を明らかにして、混乱が生じないようにしておきます。神憑りの神事の原理は自己催眠です。催眠術は、眠気を催させることで、眠って夢を見るときの意識の状態に近付ける技術です。夢には小鳥や人物が登場します。夢の中の小鳥のイメージは、夢を見ている人の深層心理が作り出していますが、本人が手で捕まえたいと思っても、自由にならない場合がほとんどです。夢の中の小鳥は、まるで自分の意思を持っているかのように、自由に行動します。夢の中に登場する人も同じで、夢を見ている本人とは無関係に、自分の意思を持っているかのように話をします。さて、テレビの催眠ショーで、夢を見るときに近い意識の状態に誘導されたあとで、「あなたは小鳥です」と暗示を与えられた人はどうなるでしょう。夢を見るときに小鳥を動かしている深層心理を、暗示によって無理やり本人の体に適用させられた状態になるのです。すると、暗示にかかった人は、夢の中に登場する小鳥を動かしている深層心理に体を操られて、本人の意思とは無関係に小鳥の仕草や鳴き真似をすることになります。暗示を解くと瞬時に元に戻りますが、原理が分からない人は、どうして自分が小鳥の物真似などしていたのか理解できないと感じて、首を傾げます。つぎに、もしも「あなたは神様です」という暗示を与えられたらどうなるでしょうか。夢の中に登場する神様のイメージを作り出して動かしている深層心理が、強引に本人の体に適用されるので、本人の意思とは無関係に神様のように振舞って、本人が考えもしない神様の言葉を口にすることになります。これが、憑きもの現象や神憑りの正体です。心理学的に説明できない要素は見当たらないので、非科学的な神の霊なんてものは、想定する必要がありません。神様が夢枕に立ってお告げをもたらすことがある、とされているのは、夢の中の神様と、神憑りのときの神様が、同じ深層心理によって作り出されたイメージだからです。

 催眠ショーの憑依現象は暗示によって起こっていることが明らかなので、誰も異常だとは思いません。暗示を解けばすぐに元に戻りますからね。神事の場合も「巫女舞をすると神憑り状態になる」と、巫女本人が強く思い込んでいれば、自己催眠にかかります。巫女の体に降りてきて宿る神様は、神社に伝承されている神話を元にして、巫女が頭の中にイメージしたキャラクターにすぎません。幽霊のような非科学的な存在を無理に考える必要はまったくないのです。でも、ただの妄想にすぎないのなら、神憑りの神事は無意味で無価値なものなのでしょうか? じつはそうではありません。神社に祭られている神様のなかには、生前の優れた業績を没後称える形で祭ってあるケースがたくさんあります。優れた知恵を示した人物が他界したあとで、飢饉や伝染病が発生して世の中が乱れたときに、「もしもあの方が今も生きていたら、どうやってこの窮地を切り抜けただろうか」と、故人を偲んでふと考えることがありますよね。これが神憑りの神事の発想の原点です。つまり伝説の知恵者の優れた思考を、自己催眠によって脳が活性化して機能がアップした状態でシミュレーションすることによって、懸案解決のアイディアを引き出すことを可能にする技術の体系が存在しているのです。これを、ただの妄想と同じ無意味なものと考える人はいないと思います。神社には有用な精神文化的遺産が伝承されているのです。


 あらゆる宗教には、伝説上の優れた人格や知恵を持った人物に近付こうとする要素が見受けられます。神道もそれは同じで、神憑りの神事は、優れた業績を伝説として残した祖先に近付こう、知恵を借りようという向上心の表れでもあるのです。本格的なトレーニングを受けた巫女の場合は、巫女舞の自己催眠によってトランス状態(変性意識状態)に移行すると、脳のリミッター(安全装置)が解除されて、封印を解かれた力が発現します。たとえば、地震や火事に直面して生命の危機を察知すると、人は本能的に筋肉を保護していたリミッター(安全装置)を解除して、火事場パワーを発揮することがあります。これが、神憑りに伴う神通力の正体です。普段出したことがないような大きな力を出せるようになりますが、限界まで筋力を使うと筋肉は損傷するので、あとで激しい使い痛みに襲われることも珍しくありません。リミッターの解除は筋肉に対してだけでなく、脳のさまざまな機能に対しても起こります。最も典型的なのは、交通事故に遭って死を直感したとき、走馬灯のように記憶が駆け巡る現象でしょう。これは、生命の危機を回避する方法を、過去に体験した出来事の中から探し出そうと、記憶を超高速検索しているのを感じ取っているのです。加速されるのは検索機能だけではありません。交通事故が起こったほんの数秒間のことを、まるで何分もかかった出来事のように感じることがあります。これは自分の周りの時間の経過が遅くなったのではなく、リミッターが解除されて思考速度が普段の何倍にも速くなった結果、周囲のものがスローモーションのように見える状態になっているのです。

 私は耀姫(あかるひめ 阿加流比売)神に神憑りすると、周囲の物が動く速度が極端に遅く感じられたり、意識すれば飛んでくるテニスボールや羽根突きの羽根が止まって見えるようになります。もちろん打ち返すのがすごく楽になります。時間感覚が間延びするため、全身の産毛一つ一つに当たる空気が、まるでゼリーのような感じに変化します。リミッターを解除する前は、平常時は数多くの対象を一度にはっきりと認識することは出来ませんが、意識容量が拡大するため、自分の体はもちろん、周囲の物の状態一つ一つが克明に分かるようになります。神憑りすると普段の自分とはまったく違う視点から物事を考えるようになるだけでなく、思考能力が飛躍的にアップするので、普通の人がまず絶対に思いつかないようなアイディアが閃くことも珍しくありません。まさに、神の視点から物事を考えられるようになるのです。ただし、神憑りに伴なうリミッターの解除は、自分の中にない知識や能力を取り出せるわけではありません。神憑りすれば何でも出来る万能の存在になれる、と思ったら大間違いです。出来ないことはたくさんあります。本当に神憑りを体験したことがない、中途半端耳学問しか持っていない宗教家達は、夢を膨らませすぎて、神憑りすれば空をも飛べるような夢物語を書き並べてしまいます。そういうものは、神憑りの原理上絶対にありえない現象です。儚い幻想ですから信じてはいけません。また、脳のリミッターを長時間解除したままにしておくと、脳がオーバーヒートして細胞単位で過労死する危険性もあるので、再封印する必要があります。

 神社のなかには、御神体が甘南備山の山体とされていて、山頂付近にある長い年月落雷を受けて磁化した鉄分の多い花崗岩の磐座(いわくら)で神事が行われることがあります。そのような場所で神楽を舞うと、磁気の中でリズミカルに頭を揺り動かすことになるので、周期的に変動する磁気刺激を脳に受けることになります。脳を磁気刺激する効果については、経頭蓋磁気刺激装置による研究が進んでいますが、この装置に比べると、はるかに弱い磁気刺激でも、脳が強く反応する変動パターンが含まれている場合には十分な効果が得られます。磁気を帯びた隕鉄製の神剣などを手に持って剣舞の動きをすると、非常に好ましい変動パターンの磁気刺激を受ける形になるので、トランス状態に移行してリミッターを解除した結果をより高めることが出来ます。

 ここまで読み進めば、神憑りして託宣する神事が、単純に昔話の神話を読んで伝説上の知恵者をイメージして、自己催眠でなりきって思考をシミュレーションしているだけではないことが分かると思います。神社に伝わっている神の中には、その人の生前の心の在り方を写し取ったとされる、人格の母型(マトリックス)が伝承されていることがあります。これは、芸能人の物真似を考えると分かりやすいでしょう。立ち居振る舞いだけでなく、気質や発想のパターン、つまり脳の使い方の情報も含まれています。一族に、記紀の神話の世界ではとんでもない乱暴者とされているスサノオマトリックスが伝承されています。面白いことにそのマトリックスをまとってみると、非常に穏やかで豪胆な人物で、これって和魂(にきたま)? と思ってしまいます。天照大神成立以前の古い神道の世界がどうだったのか調べていくと、スサノオの信仰のほうが盛んだった時代があることが分かってきます。つまり記紀の神話の中で農作物に災害を及ぼす悪役に仕立てられているスサノオは、本当の姿を正しく伝承されていない可能性があるのです。もちろん、うちの一族に伝承されてきたスサノオマトリックスが、生前のスサノオの姿を正しく伝えるものかどうか、千数百年も前の人物のことですから、検証する手段がないので分かりませんが、記紀の記述の怪しさは、すでにほとんどの歴史学者の共通した認識なので、記紀と一致しない内容のマトリックスを伝承していることは、むしろ肯定的に受け止めることができるのです。祖父の代ぐらいまでは、このマトリックスが神様の霊の実体と考えられていたようですが、近年になって大きく認識が変わってきています。脳の研究が進んできたため、ミラーニューロンなどが働いてエンパシー能力によって受け継がれていくものだということが、ある程度分かってきたので、神秘的な霊の存在など考える必要がなくなりました。認識上の混乱を招くオカルト用語を排除する意味で、マトリックスという言葉に置き換えて用いるようになりました。脳のリミッターを解除する技術を、神道の世界に閉じ込めておくのはもったいないので、もっと多くの人々が有用に活用できるようにしていく構想を持っています。そのときには、神憑りや憑依妄想といったオカルト系の誤解を招きやすい言葉ではなく、キャラクターへの変身といった、広く一般に流通している表現を用いていくことになるでしょう。


 神憑りする対象は、なにも神社に祭られている神だけでなく、人格がイメージできるものなら、なんにでも自己催眠で変身できることが分かっています。漫画やアニメキャラクターへの変身を御伽噺と思っていたら大間違いです。神社に伝わる自己催眠の技法を学べば、誰にでも可能になります(笑)。絵空事ではない本物の変身魔法が伝承されているのです。子供達に自己催眠の技法を教えてあげると、大喜びで変身ゴッコをします。本当に子供は変身が好きですね。そういう遊びを通して社会的役割にふさわしい振る舞いについて学んでいくのです。『リニアとスパイラル 西洋型と東洋型の思考様式の違い』で、人は日常生活の中でも、社会的役割りに応じたペルソナ(仮面)を、ほとんど意識することなく自然に使い分けていることを解説しました。これって、じつは変身と非常に近い事柄です。あまりにも日常的に複数のペルソナを使い分けているので、違和感を感じる人はいませんが、文化圏が異なる人が見たら、どうして教壇に立っているときは「先生は」と話していた人物が、友達と話をするときには「俺は」なんて言って、態度や言葉遣いがガラッと別人のように変わってしまうのか、不思議に見えて、こんなにコロコロ変わる人が信用できるのか? なんて思ってしまうのではないでしょうか。

 社会的役割に応じたペルソナの使い分けは、現代社会で生きるうえで非常に重要なものです。しかし、それだけで終わってはもったいない気がします。そこで、『リニアスパイラル 西洋型と東洋型の思考様式の違い』のなかで、深層心理の次元に内在しているさまざまな要素をアバター化して、内観できるようにデータベース化する工夫について紹介しておきました。ユング深層心理に対する考え方によると、夢の中に現れるメッセージ性を持った象徴的な人物達とコミュニケーションを持つことで、コンプレックスを解消したり、心を成長させていくことが出来るとされています。しかし、夢を見て分析する方法には、幾つかの欠点があります。人間は目が覚めると、夜見た夢のほとんどを忘れてしまいます。深層心理からのメッセージを受け取りそこなって、心をメンテナンスしにくい問題を抱えているのです。ところが、ここに神道の世界に伝わる自己催眠の手法を採り入れると、新しい可能性が拓けてきます。催眠の技術を用いて、夜夢を見ている状態に意識を近付けておいて、夢の中に現れる象徴的なメッセージ性を持った人物を動かしている深層心理が本人の体を動かすように暗示を与えると、どうなるか、鋭い人はもうお分かりと思います。ユングの手法では、夢の中でしかコミュニケーションできなかった、アニマ・アニムス・グレートマザーオールワイズマンといったマナ人格の元型達と、目が覚めた状態で、しかも他の人にも客観的に見える状態でコミュニケーションできるのです。つまり、深層心理とのダイレクトコミュニケーションを可能にする技術こそが、神社に伝わる神憑りの神事の正体なのです。神社で鈴を鳴らして手を合わせて神に祈るとき、人は自分自身の心に向かって祈っています。神は心の中に存在しています。でも、それは意識上ではなく、深層心理の次元に存在しているんですよね? そして、神憑りの神事を使えば、深層心理を自分の意識上に引き上げて顕現させて、コミュニケーションを取ることが可能になるのです。心の文化は、深層心理との対話が重要で、神社の参拝システムはそのために存在しているものなのです。

 具体的な例で説明します。ある先端恐怖症の子供を持つ両親が、思い悩んで私のところに訊ねてきたことがありました。その子は、尖った物を見ると極端に怖がることを理由に、学校で尖ったものを突き付けられる虐められかたをして、悲鳴をあげて泣きながら家に帰ってきて、二度と学校に行きたくないと言い出したそうです。すでにカウンセリングも受けていたようですが、何の役にもたっていないと感じたそうです。そこで、私はその子に対する感化力を高めるために、神楽鈴を用いて巫女舞をして耀姫に神憑りしました。まるで別人のようになってしまったので、何が起こったのか分からず戸惑う様子を見せていたので、「自己催眠の暗示を用いて神憑りしたのです」と説明して、「これからこの子の心の中の先端恐怖症を生み出している深層心理を、意識上に呼び出してコミュニケーションできる状態にします。私が別人格になったように、この子も別人格になりますが、心配はありません」と言って、そっと男の子を抱きしめて軽くリズミカルに神楽の舞の動きをしただけで、その子は私の胸の中ですぐに安心して、リラックスした状態で舞のリズムに導かれて催眠状態になりました。詳細は省略しますが、暗示の言葉を用いて、先端恐怖症を生み出している深層心理擬人化したアバターをその子の体に憑依させると、怯えきった状態で涙を流して震えていました。「あなたの名前は?」と質問して名前を聞き出しました。化身のアバターに適当な名前を名乗らせることに成功すれば、本人の人格から分離した別の存在として、確実に深層心理を制御できるようになります。「可愛そうに。あなたはこんな姿に育つべきではなかったの。生まれて来たところにお帰りなさい。」と名前を添えて告げると、驚いた顔で私をじっと見ていましたが、頷いてその子の意識から離れました。体から力が抜けたようになった男の子の名前を呼んで、普段の人格に戻したあとで、私が自分の腕の皮膚をつまんで安全ピンを刺して止めて見せました。もう一つの安全ピンを取り出して、男の子の腕の皮膚をつまんで刺す仕草をして皮膚に先端を触れさせましたが、まったく怖がりもしないで、落ち着いた信頼しきった様子で私の目を見ていました。「怖くないのが不思議? でもこれが当たり前なの。」私の説得に応じて深層心理初期化されて正常な状態に戻ったので、先端恐怖の反応は消滅していたのです。「勇気のある強い男の子になりなさいね。」と言ってあげると、素直に頷いていました。勘が良い人は、これが神社のお払いの神事と同じだということがお分かりになると思います。「払いたまえ清めたまえ」と、ただ形式的に御幣を振り回すだけでは、なかなか人の心を癒すことは出来ません。本当のお払いは、このようにして行う、深層心理メンテナンス技術なのです。


 世界中に見られる、古い時代の伝統的なお祭りのなかでは、雰囲気に感化されて神憑りして、憑依妄想を持った状態になるのは、シャーマンだけではありませんでした。参加者の中にもトランス状態になる人がいたことは、文化人類学の方面のさまざまな研究資料に残されています。精神文化を理解できない西洋医学の視点に立っている精神科医達は、神憑りを病的な異常現象と解釈して、薬による治療が必要と短絡的に考えてしまうようです。ところが、実態は、深層心理と対話して心をメンテナンスして、心を浄化するセラピー上大切な精神文化的行為になっているのです。自己催眠によって心の中から深層心理の化身が現れるのは、夢の中にメッセージ性を持った象徴的な人格が出現するのと同じ意味を持っています。心の癒しが必要だと本人の深層心理が判断したからこそ、お祭りの雰囲気を利用して、表出してきているんですよね。心のメンテナンスを求める反応を示している人々を、無理解に精神病院に送り込んで、間違った投薬をするのが、本当に正しい行為なのでしょうか? 脳内の神経伝達物質バランスが崩れるといった物理的要因で起こっている精神疾患ならば薬を用いた治療が必要ですが、純粋に心因性(暗示性)の憑依妄想の場合は、心をメンテナンスすれば済むことです。誤処方によって薬剤因性精神病の状態にしてしまうなど、とんでもない錯誤だと思いませんか?

 日本各地の神社に伝承されてきた神憑りの技法が、近年、本質的な在り方を見失って、失われていきつつあるようです。「昔は託宣があったらしいが、今ではほとんどそんな話は聞かなくなった。」と話す神職の方が多いようです。神社によって信仰形態や、作法や考え方も大きく異なるので、干渉は禁物と考えて、「そうですか」と表面的には軽く受け流していますが、内心寂しく思います。神道には一般公開されない、部外者に見られてはならない神事も多数く存在します。じつは重要なものは非公開神事に含まれていることが多いので、伝承していても表に出ていない場合が多いのです。そこで、神道から心のメンテナンス技術を分離することが必要と考えています。心を浄化して、幸せな生活をおくれるようにする、伝統的な技術の体系を活かしながら、宗教臭さを取り払った、現代社会ライフスタイルにふさわしい形に再構成して、セラピーとして役立てて行く道はないかと思っています。ところが、耀姫は、平安装束を着て頭に天冠を乗せて領布(ひれ)をなびかせ、扇子を片手に優雅に振舞っているほうが、感化力が強くて癒し効果が高いようなので、少し困っています。高句麗道教の時代から約二千年の伝統の技には勝てない、そんな気もします。


 え? 特別科学的視点からの考察と感じることが書かれていない? もちろん私が専門とする、「遺伝子がどのように脳を作り出しているのか」という切り口から脳の構造がこうなっているから神憑りはこうなるって、いろいろ説明できます。でも、そういう知識を持ち出さなくても、神憑りの現象が、非論理的な怪しげなものではないことを、きちんと説明できてしまうので、出番がなくなったのです。一般の人向けの読み物だから、説明は易しければ易しいほどいいと思うんですね。といっても、読みこなすには心理学の予備知識はある程度必要でしょう。

 催眠によって普段意識している本人とは異なる深層心理が表面に出てきて、本人の意思とは無関係に、思ってもいないことを口にするのを観察すれば、意識と人間の知的思考能力が分離できるものだと分かると思います。『アスペルガー症候群の勘違いと、深層心理の教育の関係』の冒頭で、私は以下のように説明しました。

 アスペルガー症候群は一般に、知能に問題が見られない発達障害のように把握されていますが、これは大きな間違いです。明らかに知能に問題が認められるのに、その点が正しく理解されていない問題があります。人間は意識して言葉でものを考えているだけではなく、深層心理の次元で、無意識のうちに連想して物事を考えます。この部分が、人間の知的情報処理の中核であり、知能の本体です。

 人間の知能は意識の活動と切り離せないと考えている人々もいます。でも、催眠の現象を観察すると、本人が意識出来ない深層心理も、物事を考えていることが見て取れます。意識と人間の知的な思考能力は分離可能という見方も捨て難いことが分かると思います。これ以上のこみいった話は、また別の機会に譲りたいと思います。


 夢の中に出現する、深層心理擬人化した象徴的な人格を、催眠暗示を用いて覚醒時の意識上に引っ張り出す技術は、いろんな応用が考えられます。たとえば、リネージュ2といったネットゲームプレイするときに、催眠術を使って「あなたは勇者です」と言ったらどうなるでしょう? ネットゲームに慣れた人は、自分の意思とは無関係に勝手に手が動いてキーボードを操作し、自分が考えもしないチャットが行われて、ゲーム世界のキャラが自分の意思とは無関係に勇者として振舞ってゲームを進めていくのを感じます。夢を生み出す深層心理ゲームに適用しているのですから、文字通り、夢をプレイするゲームになっています。催眠現象をネットゲームに適用すると、プレイヤー本人にも自分のキャラクターアバター)がどういう選択をして、ゲームがどのように進行していくのか、まったく予測が出来ない状態になって、新しい楽しみ方ができるのです。神憑り状態に移行して、脳のリミッターを解除できれば、意識容量が拡大して、認識できる事柄の数が飛躍的に増えて、ゲーム画面がスローモーションのようにはっきりと見えるので、普段出来ないような神憑り的なプレイが可能になります。あとで普通の脳の状態に戻ってから、自分で同じプレイをしようと思っても、どういう判断を働かせてプレイしたのか、人間の状態では理解できないため、神憑りのプレイは再現不可能です。面白いでしょう? 子供の頃私が某ゲームで率いていた軍団は、サーバーの全城を制覇しましたが、神憑り的な強さを発揮していたのは、軍団の核となるプレイヤーが本当に神憑りしていたからなのです(笑)。私が率いる神々の軍団に、一般の人が戦争を仕掛けてもまったく歯が立たず、全盛期は常勝を誇っていたのも当然のことでした。といっても、一人勝ちの状態を嫌った私が、敵対陣営にもう一人キャラを作ってレジスタンスを組織し、不敗の軍団を攻め滅ぼす行動に打って出るまで常勝だった、というだけのことです。けっきょく、私が率いたレジスタンスの少数精鋭部隊に対して、神の軍団は手も足も出ずにたった2週間(2戦)で崩れ去って解散しました。集団対戦型のネットゲームは、一人勝ちの状態を作ってしまったら面白くないので、この処置が妥当だということは、ネットゲームをよく知る人ならお分かりになると思います。


 なにも神楽を舞わなくても、神剣を周期的に揺り動かして、脳にリズミカルに変動する磁気刺激を与えているだけで、催眠暗示にかかり易い意識状態に移行できます。私が神剣を振っているときの磁気の変化をセンサーで捉えて記録して、必要な要素を抽出して、経頭蓋磁気刺激装置の8の字コイル型の電磁石を用いて再現した場合にも、催眠暗示にかかり易い意識状態に簡単に移行できます。経頭蓋磁気刺激装置を自己催眠補助装置として用いて、十分な修行を積んでいない巫(かんなぎ)でも神憑りできるようにすることが可能です。多くの神社で神憑りの技法が失伝してしまい、託宣もなくなっているようですが、経頭蓋磁気刺激装置を神憑りの補助に用いれば、失われてしまった神事を復活させることが可能になります。もちろん、神憑りの実態は、伝説上の古の賢者の優れた思考をシミュレーションして、懸案を解決するためのアイディアが閃きやすい脳の状態を作り出す技術ですから、何も神社の神職だけのものではなく、広く一般の方が知能を高める技法として活用する道が開けると思います。神憑りを補助する脳機能拡張装置という言い方では、一般の方は誤解しやすいので、やはり、催眠暗示補助装置といった呼び方が適当でしょうか。私達はヒプノマシンって呼んでいますが、これも今ひとつ分かりにくい印象を与えることがあるようです。脳リミッターを解除する補助装置として経頭蓋磁気刺激装置を活用することも可能ですが、脳のリミッター(安全装置)を機械的に解除する技術は、不自然な使い方をして脳に負荷をかけすぎると、オーバーヒートによって脳を細胞単位で過労死させていく危険性も伴うので、現時点では一般公開出来ない封印技術という扱いです。

 ここまで解説すれば、神憑りの神事を、現代のハイテク装置を用いた技術の中に移植して、復活させることができている現状を十分認識できたと思います。『神社に伝承されている防疫技術、結界について』のなかで、私が高校生の頃主催していた電脳研究会の活動を紹介しましたが、神憑りの現象を科学できる時代になって、すでに久しいのです。

2010-02-06 14:45

勾玉・巴紋の祖型となった弥生時代の渦巻き模様と火(日)の文化。

 木に錐もみすると、摩擦熱で火が起こります。古い時代の木製品は風化して残りづらい可能性もあるため、何万年前からどのような道具が火を起こすために使われてきたのか、正確に調べるのは大変でしょう。火起こしの道具の進化の歴史を観察すると、まず、1.ただの木の棒を掌で挟んで木の板の上で回転させて摩擦熱で火を付ける、きりもみ式火起こし。つぎに、2.紐を木の棒に巻きつけて往復運動で回転させる、ひも錐式火起こし。3.紐の代わりに弓の弦を用いる、弓錐式火起こし。最後に、4.独楽のような形の錘が付いた、まい錐式火起こし。この順序で発達していったようです。これとは別系統で火打ち石がありますが、今回のテーマから外れます。硫黄を用いて着火しやすくする工夫は、アイヌが古くから持っていた痕跡があります。弥生時代になると、硬いヒスイなどの宝石を削って、細い木の筒の錐と研磨剤を組み合わせて糸を通す穴を開けて、勾玉などを整形する加工技術を持っていたことが分かります。硬い石にも穿孔できる錐もみの技術を、ほぼ完成の域に高めていたことが伺える、加工場の跡が見つかっています。


 現代人は摩擦熱の発生原理を知っているので、なぜ木の棒を回転させると熱くなって火が付くのか、容易に説明できます。ところが、物質が持つ熱の正体が原子や分子の振動と知らない弥生時代の人々にとっては、摩擦による発熱はまったく理解できない神秘的な現象だったことでしょう。当時の人々にとって、錐を左右交互にグルグル回して摩擦することは、火(日)の神を招く神秘的なオマジナイ、神聖な神事のひとつだったようです。

 古墳内の壁画や、銅鐸の表面にしきりに描かれる渦巻き(太極文様)は、右回しと左回しが一対になっていることがあります。陰陽二つの力の循環を表していているのですが、これは火起こしの錐の動きに対応しています。火の神を招く神秘なパワーをイメージしたものなのです。渦巻きの力の流れを重視した文様は、弥生時代までは盛んに描かれていましたが、古墳時代になると急に使われなくなります。これは、銅鐸祭祀社会の消滅と関係が深いように見えます。中国の史書にこうあります。「楽浪海中、倭国有り。分れて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う。」じつは、この倭国の紹介とワンセットになっている、もう一つの勢力についての記述もあります。「会稽海外、東是人有り。分れて二十余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う。」ここに出てくる、倭国と同列に扱われている、東是人の二十余国を連合したグループとは一体何のことでしょうか。アイヌの国とは考えにくいと思います。これが書かれた弥生時代の日本を観察すると、ある不思議なことに気がつきます。じつは、日本列島には、北九州を中心とした銅矛祭祀文化圏と、滋賀県のあたりを中心とした銅鐸祭祀文化圏があったことが分かっています。もちろん、銅の武器を用いて祭祀するのは倭国ですが、これに対して銅鐸祭祀は、東是人の国の風習だった可能性がかなり高いのです。東是の是は「テイ」と読んで端という意味に受け取れるので、東の端にいる人達という意味になります。その東にまだアイヌの人々が住んでいるわけですが、中国人の目から見たら倭国のそのまた東の国名もはっきりしない国々は、世界の東の端という認識になってもおかしくありません。つまり、倭国とは異なる銅鐸祭祀文化圏の国々と考えると、地理的にも一致するのです。この、東是人の銅鐸祭祀文化圏の消滅とともに、弥生時代が終わっているような印象もあります。もしも、神武東征神話のような出来事があったとすれば、この時期ではないかと推理する人もいます。

 記紀は、銅鐸祭祀文化の存在を知りながら、故意に隠蔽しているフシがあります。銅鐸祭祀の国々の中心地は、天の安川(現滋賀県野洲川)のあたりにあったらしく、その地域で大量の銅鐸が発見されているようです。記紀の編纂者達は、神武東征で滅ぼした東の連合国家の名を、最後まで明らかにしたくなかったのかもしれません。その代わりに、蝦夷討伐といった言葉が出てきますが、蝦夷はアイヌではなく東是人の残党だった可能性も捨て切れません。銅鐸絵画を観察すると、絵を見る順序がまったく定まっていないように見えます。文字を持った人々ならば、絵を描くときにも一定の見る順序を定めて描きます。そういった慣習をまったく持たない人々の手による作品となると、中国の漢字文化圏と接触を持って名が知られていた倭国ではなく、ほとんど接触が希薄で国名も分からない、ただ東の端に住んでいる人々としか書きようがなかった、国々で作られた可能性が高そうです。文字を持たない、はるか昔に滅んだ国で、しかも記紀が故意に隠蔽している機密情報となると、現代人が今からその存在を復活させることは、不可能な印象があります。だって、情報を隠蔽したのは、かの有名な伊賀忍者軍団を創設した、遁甲(とんこう 忍者の兵法)の使い手天武天皇の可能性が高いからです。一説によると、遁甲は敵から姿を眩ますスパイ技術とされていますから、徹底した情報操作が行われている可能性を考えなくてはなりません。でも、記紀が一切触れずに葬り去ろうとしたその文化圏の存在は、地面の下に埋めてあった銅鐸が掘り起こされたことで、表に出てきてしまいました。古墳の中にも渦巻き紋様は残っているし、そこから生まれて弥生時代に流行していた勾玉などの装身具も、古い墓の中から大量に出てきています。陰陽左右一対の渦巻き模様は、古墳時代に入るとあまり使われなくなったということは、倭国の文化ではなく滅ぼされて歴史の彼方に葬られた国々の文化だった可能性もあります。それでも完全に消えることはなく、後には神社の神紋としてよく知られる巴紋などへと発展していきました。陰陽魚太極文様(韓国の国旗にも使われている)もその一つの例でしょう。


 火起こしの神事は、本来の火を起こす行為から離れて、さらに発展していったことがうかがえるものも出土しています。火の神のパワーを用いて神の意思を知る、占いの神事の登場です。弥生時代の灼骨卜占(しゃくこつぼくせん)は、鹿や猪の肩胛骨(けんこうこつ)を用いて行われるもので、今もうちの神社では、春になって行われる山の神の神意を問う非公開神事の一つとして伝承されています。鹿や猪の肩甲骨が占いに使われる理由はこうです。鹿や猪は山の神のつかいです。そして、骨は弥生人にとって魂の拠り所という意味を持っていました。人が死ぬと、肉が腐って落ちるのを待って綺麗に洗骨してから埋葬しました。これは、永遠不滅の骨にこそ魂が宿っている、という考え方があったからです。神様のつかいである鹿や猪の魂が宿っている肩胛骨に、火(日)の神の力が宿った燃える錐を使って神秘的な陰陽左右一対のリズミカルな回転パワーを加えていき、焼けた骨にできる亀裂を神の意思と読み取ってその年の農作物の出来具合を占うのです。山の神は鹿や猪を人の元につかわし、人の側は火の神のパワーを用いるという、神と人が歩み寄る関係が見て取れます。

 渦巻き紋様の歴史は古く、青森県野辺地町向田の向田18遺跡で、2002年10月に出土した縄文時代前期末(約五千五百年前)の朱色の木製漆器が発見されて、巻き貝が装飾として使用されていたことが判明しています。対して太陽信仰の現れである、弥生時代の貝輪(かいわ)と呼ばれる装身具には、太陽光を表す放射肋(ほうしゃろく)と呼ばれる放射線を配置する表現様式があったことが分かっています。それが古墳時代になると、8つの放射線や16の放射線で構成された車輪石の形へと変化し、最終的に皇室のシンボル菊の御紋章へと行き着きます。太陽信仰が盛んだった縄文時代は、\が朝日を表し、○が昼間の太陽を表し、/が夕日を表すルールで紋様が出来上がっているので、古い時代の人は、南を向いて立って太陽光線を見ていたことが分かります。日の出の朝日と昇った太陽と日没の夕日は、それぞれ別の神として扱われていた痕跡も認められます。陰陽道という言葉がありますが、陰陽(双極)の考え方は古墳の壁画や銅鐸の表面に刻まれた\や/の一対になった線、右巻き左巻きの渦の繋がりなどの上に見て取ることができます。

 民俗学者達の解釈を紹介してみましょう。縄文・弥生時代の人の世界観は豊かだったのか、渦巻きのイメージは蛇がとぐろを巻く姿と繋がっていたようです。白蛇信仰については、『神社に伝承されている結界の防疫技術』のなかで、注連縄のルーツが蛇の抜け殻だったと解説している部分を参照してください。鏡(かがみ)の「かが」という言葉は蛇(かが)の意味で、「み」は身(み)を表すので、鏡は蛇身(かがみ)のことという説もあります。現代人の発想では、いきなり太陽信仰と蛇のイメージは繋がりそうもありませんが、弥生時代には火(日)の力が渦巻きの図形で表現される慣習があって、蛇がとぐろを巻いた姿も渦巻きで重なることが分かってくると、イメージの連想が可能になってきます。もちろん、現代人の「蛇が怖くて気持ち悪い」というイメージを持っていては、弥生時代の人々の心の文化は見えてきません。弥生人の気持ちになって、「美しい白蛇(青大将のアルビノ)は神様のおつかいで、ネズミを食べて追い払って穀物倉庫を守ってくれる大切な存在」と考える発想を持つ必要があります。日本人の心の原点を探る旅は容易ではありませんね。千数百年前と現代では、人々が持つイメージが大きく変化しているようです。話を戻して、民俗学者達の解釈をそのまま信じるなら、蛇身は太陽の化身で、鏡も太陽の化身なので、両者は同じ「かがみ」という言葉で呼ばれた可能性があるようです。神社の御神体とされる甘南備山の、鏡岩と呼ばれる太陽光線を反射する岩は、甘南備山をとぐろを巻いた蛇と見立てれば、蛇の目の位置に相当します。お正月に神棚にお供えする鏡餅も、じつは蛇がとぐろを巻いた姿を模った蛇身(かがみ)餅だった可能性があるそうです。

 八百万の神を信じる日本の神道は、さまざまな信仰を自由に習合していく性質を持っています。インド発の仏教とも自然に融和してしまったぐらいですからね。火の神の信仰と山の神のおつかいに対する信仰が習合して卜占が生まれ、太陽信仰と蛇信仰が習合して甘南備山の鏡岩の信仰になったり、鏡餅の信仰が生まれるといった、さまざまなイメージの繋がりかたがあるようです。

 

 勾玉は、古墳内の壁画や、銅鐸の表面などに、しきりに描かれる渦巻き紋様と同じ、火(日)の神のパワーを意味する、回転系のアイテムです。神道の太陽信仰と、勾玉や神社の神紋の巴紋様が、どう繋がるのか、弥生時代から千数百年経って、よく分からなくなっている人が多いようです。巴が描かれた神紋を持つ神社の神主さん達ですら、「武具の鞆の形としか伝承されてない」と話したり、「水流が渦巻く形で、防火のシンボル」と正反対の説を出してみたり、「八幡宮の神紋」と諸説入り乱れて、けっきょく真相は分からないという反応を示す人が多いのには驚きます。「千数百年前の先祖のお墓の石室を開けてみると、ちゃんと朱色の渦巻き紋様がありますよ」と言っても、ピンと来ない人が多いようです。うちの一族が管理する幾つかの神社の神紋は、陰陽二つの渦巻きパワーを表した巴紋を採用しています。ゆみ錐式火起こし器を用いて火の神を召喚する神事が伝わっていて、火の神が宿る木の板の上には、巴紋が描かれます。紋様を描く墨に、わずかに灰を混ぜておくと、着火し易くなるといったコツがあります。紋様を描くと描かないでは、ある程度違いが認められるため、紋様が持つパワー(実際には灰のパワーですけどね)は、迷信と決め付けるものでもないでしょう(なにやら苦しい説明です.笑)。儀式をやると本当に火が付くのだから、火の神を召喚するという目的を達成出来ているので、これもいちおう迷信ではありませんね(やや強引.笑)。

 でも、骨にできる亀裂を神の意思と考えるのは、根拠のない迷信のような気がします。もしかしたら、春になるまでの間の気候変動が卜骨(ぼっこつ)の亀裂の入り方に差を生じさせるのかもしれませんが、卜占で生じる亀裂は、正直耀姫には読めた試しがなくて、気象データを参考にしながら、頭の中で自由連想して閃いたことを口にしているだけだったりします(開き直ってます.笑)。あるいは、骨の主の生前の食生活によって、肩甲骨の強度に変化が生じていて、それを見極めてその年の年間の気候を予想できるのかもしれませんが、未来予測のために必要な知識は伝承されていません。ノウハウを蓄積するのは、弥生時代の平均寿命から見て不可能だったのではないかと思います。それに、毎日の気候変動を直接肌で感じて得られる情報のほうが、鹿や猪の骨に穴を開けながら考える方法よりも、ずっと確実だと思います。こうなると、神事そのものがナンセンスということになりかねません。まるで役に立たないことをやっていたという発想で本当にいいのか、凄く疑問が残ります。

 そこで考え方を変えてみました。もしかすると、為政者が形だけ占っている姿を見せることで、祭りごと(まつりごと 政)を用いた支配体制を堅持する道具として使っていた可能性はないかと。集会の評定の結果が予め推測できてしまうと、さまざまな事前策を巡らせて、根回し工作など、悪巧みする良からぬ輩が現れることがあります。ところが、重大なことが占いで決定されるとなると、結果が予想できないので、先手を打って策を弄することが難しくなります。それだけで、政敵の動きや部下の先走りを封じることを可能にし、宮廷内の主導権を常に為政者が掌握出来る状況を作り出すことが可能になります。もしも、灼骨卜占の本当の姿が、こういった祭り事(政)のカラクリだったとすると、実用性のない迷信どころか、非常に有用な支配の道具だったことになります。残念なことに、今となっては真相を確かめる術はないようです。もしかすると、壊れていく骨のイメージを読むのは、じつは頭の体操になっているのかもしれません(笑)。いずれにしろ、卜占の結果は神憑りした人が読む(考える)ので、普通に禊をして神楽を舞って神憑りして託宣する定型的な神事と、実質的な中身はほとんど変わりません。もちろん、伝承の中で変質して今の姿になっている可能性もあるので、弥生時代そのままのものが伝わっているという、先入観を持たないほうがいいかもしれませんけどね。弥生時代は渦巻きだった図形が、今では神紋になっているのですから、後世の演出・脚色が加わっていることは間違いありません。おそらく平安末期に最終的な現在のスタイルが定まって、それ以降は変化していないものと思われます。

 春の暖かい日差しを感じながら、今年は幾つ台風が上陸してどの程度農作物に被害が出るか予言しなさいと言われても、出来ることではありません。それでも、その年度の農作業の将来設計(生活設計)の役に立つのなら、まったく意味のない事ではないと思います。未来を占う(未来に起こりそうな出来事を考える)先見性を養うことを目的とした神事と受け止めるのが妥当だろうと思います。こういった古い風習には、やはり文化を感じます。

2010-02-04 21:49

神社に伝承されている防疫技術、結界について

 現在のように医療体制が充実していなかった古い時代は、日本でもシャーマニズム系の医療技術が活躍していたことは、昨日の説明である程度把握できたと思います。これは世界中の民族の古い文化に見られる傾向です。オマジナイのような民間療法がほとんどですが、日本の神道の場合は例外的に、現在の西洋医学を凌ぐ一面も備えています。ところが、明治維新以降、シャーマニズムを非科学的な迷信と蔑視する西洋型実証主義の発想が、正しい情報の流通を妨げてきた歴史があります。この発想は、20世紀中頃までは中国の医療技術にも向けられていて、今日では迷信とは考えられていない漢方やツボといったものですら、怪しげな迷信と蔑視する空気を生み出して、医療の発達を阻害していたことが、今日から見れば分かります。まずは、この点から観察をはじめます。


 20世紀中頃まで、西洋医学の世界では、漢方の体系すらオカルトの塊のように解釈していました。蛇などの動物をミイラにして粉末を煎じて飲む(赤マムシドリンクなど、蛇パワーも侮れませんけどね)なんて風習は、怪しげな魔女のスープを連想させてしまうので、変なレッテルを張りたくなる発想も分からないわけではないのですが、迷信でない漢方薬もいっぱいあるわけで、情報の混乱はデメリットが大きかったと思います。20世紀の後半になって、薬にできそうな合成化学物質のネタが尽きはじめると、製薬会社の目が漢方薬にも向けられて、有効成分を抽出して評価するようになって、ようやく状況が一転したようです。今では漢方の考え方をオカルト視する医師はいなくなったようです。もちろん、今でも西洋医学と漢方の処方の考え方は、まったく異なる体系のまま融合してませんけどね。融和しないまま、相補的な関係を築いている、と表現するのが正しい状況のようです。

 体のツボも、西洋型実証主義に立脚する解剖学的には、きわめて難解な存在です。当然のようにオカルト視していた時期があったのです。なにしろ、人体を解剖していくら切り刻んで顕微鏡で見ても、ツボなどという器官はまったく見当りません。誰にも存在を実証できない謎、つまりは東洋の神秘ですね。掌には内臓のツボがあって、心臓が悪い人の掌にある心臓のツボを押せば、極端に痛がります。その人が病死したあとで、心臓の神経が掌まで伸びてないか調べても、何も出て来ないのでは、まるで幽霊です。今でもGスポットがあるかないか分からない、なんて議論が沸騰してますが、同じ理由で起こっている混乱だということを、正しく理解できる専門家がほとんどいないまま情報が錯綜しているようです。物質的に実在しないいツボが、オカルト以外の何物でもないと認識されていた時代に変化をもらたしたのは、多細胞生物の細胞間の協調現象に関する考え方の登場でした。多細胞生物は〜→B→Cと細胞同士がドミノ倒しのように物理的に影響を及ぼしあって、お互いに協調して動いているのではありません。それをやっていると、何億もある植物の細胞を全て連動させて、一つの生物として振舞わせることなど出来ない相談です。体全体のことを部分である細胞が知り、個々の細胞のことを全身が知るような、部分と全体の情報の授受関係の確立が必要になるのです。掌に現れる心臓のツボの存在は、全身に起こっている不具合を、部分である掌が知っているということです。心臓のツボは耳にもありますから、耳も全身の不具合を知っていることになります。単純に神経で繋がって情報交換して認識しているわけではなく、多細胞生物には、部分と全体を統合して連携させる、さまざまな情報処理システムがあることを認識しないと、ツボ(反射ゾーン)の存在は理解不可能なままです。生命情報学の発達に伴って、生物の部分と全体をフラクタル的に構造化させるシステムの存在が明らかになり、掌や耳といった部分に体全体の情報が反映されるメカニズムは、生物の構造を自己組織化させている根源的なシステムに由来することが解ってきたのです。現代ではツボをオカルト視する空気は消えて無くなりました。


 上の二例は中国に伝承されてきた医療技術に対する、西洋型実証主義の稚拙な無理解に伴う蔑視現象です。同じことは、日本に伝承されてきた医療技術に対しても起こっています。しかも、再評価はほとんど行われておらず、未だに迷信扱いするムードが漂っています。西洋型の科学知識が、東洋型の生得的真理に立脚した、神社に伝わる防疫技術を解明できるレベルに達しているにもかかわらず、未だに無理解を装っているように見えます。そこで現代人の知識の体系に楔を打ち込む意味で、この文章を書いてみることにしました。

 昨日も書きましたが、祈祷は、歌声が脳に与える影響によって、免疫系が活性化することを研究している心身医学の方面人々の考え方を採用すれば、迷信ではなくなります。祈祷のときに焚く護摩は、アロマテラピーの考え方を採用すれば、同じく迷信ではなくなります。祈祷に伴う神憑りも、催眠や暗示に関する脳の研究が進んだことで、脳の活性化技術や感化能力と関係していることが判明して、迷信と見る人は少しずつ減っていく傾向を示しています。


 日本の神社の優れた防疫技術と言えば、結界のことを指します。鬼(疫病神)の進入を防ぐ結界を陰陽師が張る技術の正体を、解き明かしていきましょう。 昔陰陽師が扱っていた鬼は、現在伝わっている「人の姿をして額に角が生えている」姿とはまったく違うものでした。藤原四兄弟が相次いで天然痘によって病死して、蘇我氏の滅亡の祟りと考えて怨霊を恐れる空気が生まれ、そこから疫鬼・疫神の存在が考えられるようになった当初は、「疫病を流行させる鬼は、人の目には姿が見えない存在」とされていたのです。ところが後世になって、無関係な仏教の羅刹のイメージが混入したことで、本来の正しい認識が変質して、迷信的な鬼の姿が作り出されてしまいました。もともとの鬼は、疫病の病原体を擬人化した象徴ですから、細菌やウイルスが目に見えないように、「鬼は人の目に見えない」のが当たり前です。陰陽師が疫鬼・疫神に対処する結界(防疫)技術を確立した時代の、当初の認識は正しかったのです。天然痘ウイルスによって藤原四兄弟が相次いで病死した時代の鬼は、架空の迷信ではなく伝染病として実在する脅威でした。もちろん、いい加減な迷信的なオマジナイでは、本物の伝染病に対抗することはできません。日本の神社に秘伝として伝承される対天然痘用防御結界は、京都の祇園の伝染病平癒のお祭りの主役、牛頭天王の秘術として存在します。ウイルステロに使用されることがないように、陰陽師の祖吉備真備から託された技術を、ずっと今日まで私達の一族の内に封印してきたのですが、すでに天然痘は撲滅され、牛の天然痘を用いた種痘の技術(牛痘法)も一般に広く知られているので、牛頭天王の秘術の概要の説明程度は行っても問題ないと判断します。西洋で牛痘法が確立されるずっと以前に、日本では牛頭天王の秘術が確立され、伝染病の蔓延を阻止することに成功していました。

 ただし、牛痘法はワクチンの生成に関わりの深い技術で、新型インフルエンザのワクチンを巡る騒動とも絡んでくる微妙なテーマです。残念ながら、種痘は医原病を生む危険なものとして、廃止を余儀なくされた経緯があります。新型インフルエンザについては、すでに被害を捏造したと言った指摘が出ているので、疑問視している人も多いと思います。さらにワクチンとは何かを巡って突っ込んだ話を展開していくと、西洋医学と真っ向対決してしまう複雑な状況が生まれるため、この話は後日に譲ります。科学知識と遺伝子情報系が保持している生得的真理の関係を示さないと、なぜ日本や中国の伝統的な医療技術が、西洋の科学的実証主義を凌駕する、正しさを備えた知識の体系になっているのか、納得できないと思います。科学知識と生得的真理の関係を解説したあとでないと、牛頭天王の秘術を明かしても、ただの迷信にしか見えない人も多いと思うので、今は書かないことにします。真理とは何か、その情報の成立過程を追っていけば、西洋の科学的実証主義の問題点が明らかになり、人類は新たな知的情報処理の体系を手にすることも可能になる、とだけ書くに留めます。


 神道に伝わる結界技術の代表格は注連縄でしょう。細菌やウイルスを擬人化した、目に見えないシンボルにすぎなかった鬼が、後世になって疫病対策の知識がない人々の手で、迷信的な姿を付与されてしまったように、注連縄もまた、登場の当初は本格的な結界技術だったものが、後世になって形骸化して、迷信が混入していくという、同じ情報の変質の経過を辿っています。

 注連縄は、神社の建物などに張り巡らして、ここは神聖な場所ですよって、目印にしてますよね。でも、ただの藁で編んだ紐に、聖域を守るような結界の力が本当に備わっていると考えるのは迷信です。藁で編んだただの飾り紐は、たしかに魔物を退ける力がないただの迷信ですが、じつは、注連縄のルーツとなった別のアイテムの存在に気付くと、この結界技術が迷信ではなかった時代があることが見えてくるのです。

 神社の建物は、高床式倉庫が元型になっています。梅雨の時期に高温多湿になる日本で、凶作による飢饉の発生に備えて、お米を乾燥した状態で保存するには、高床式倉庫が向いていたようです。このような倉庫にとって、最も防がなくてはならない魔物と言えばネズミでしょう。倉庫の中に棲みつかれて、鼠算式に増えてしまったら、損害は甚大です。猫がまだ日本に存在しなかった弥生時代、ネズミの天敵は蛇でした。今でも農村に行くと、昼間でも青大将が農家の周りに姿を現します。村人達は蛇を追い払ったりはしません。とくに青大将のアルビノ(白蛇)は、神様の御使いとして大切にされます。ネズミは蛇の臭いを嗅いだだけで、怖がって居着かなくなるので、蛇の抜け殻を高床式倉庫の周囲に張り巡らせておくと、ネズミが入れない臭いの結界を形成できます。これが、注連縄の本来の姿でした。つまり、注連縄が蛇の皮だった時代には、迷信ではなくきちんと機能を発揮して、実生活の役に立っていたのです。

 神社に神様を祭るようになる以前は、山野に八百万の神々が宿っているとされました。出雲系の神道では、神は普段天上に住んでいて、必要に応じて落雷となって甘南備山に降臨することになっていたのです。山が御神体なので、拝殿はあっても本殿がない古い形式を取る神社は今も現存します。神様が神社に祭られるようになったのは、人間のほうの都合で、ヤマト王権大和朝廷)が姿を現しはじめて、宗教を国を治める支配の道具に使う発想が生まれてからのことのようです。神社の建物は、中に米などを貯蔵するわけではないので、倉庫のようにネズミ避けを考える必要はありません。それでも、高床式倉庫の様式の建築物なのに、蛇の皮の飾りが付いてないのは見るからに寂しいので、代わりに藁を編んだ紐で飾り付ける風習が生まれて発展していったのです。神社の正面に飾り付けられる大きな注連縄は、雄雌一対の蛇を表現している場合もあります。ちゃんと雄と雌の注連縄には区別がある地域もあります。今では神社は狛犬が守っていますが、狛犬が伝来する以前は、蛇が睨みを利かせて神域を守るスタイルをとっていたのです。古風な伝統を受け継ぐうちの一族の食べ物を貯蔵している蔵には、今でもネズミ避けの結界として、白蛇の抜け殻が張り巡らしてあります。もちろん迷信ではなく、実用的な防御効果を発揮しています。


 続いて、風邪の病魔を寄せ付けない結界技術に目を向けてみましょう。私は生まれてから今まで一度も風邪をひいたことがありません。親戚にも風邪をひく人はほとんどいません(老衰した人を除く)。子供の頃から、学級閉鎖が相次ぐ季節になっても、毎年私の周りの席の子だけは欠席しないので、私の周囲には風邪が寄り付かない見えないバリアーが存在する、と友人達は噂して、結界の存在を信じていました。中学になって理科の教師に、なぜ風邪をひかないのか質問されたので、以下のような内容の、父から教わった昔話を用いて説明しました。

 昔々中国の歴代皇帝達は、大きな団扇で煽がれて、優雅な生活をおくっていました。皇帝の体にハエや蚊がとまらないように、担当者が必死で煽いでいたのです。あるとき、虫が嫌う匂いがする木材で団扇を作ると、仕事が楽になることに気付いた人々は、しだいに良い香りがする香木を収集するようになっていきました。香木で作られた団扇を用いて良い香りを漂わせると、不思議なことに、宮廷内で風邪が流行しなくなることに気付いた人々は、高貴な香りが宿る霊木には、病魔を撃ち払う神秘的な力が宿っていると考えるようになりました。日本の天皇に対して中国の皇帝が団扇を贈ったときに「これは何か」と訊ねられた使者は、「病魔を撃ち払うもの」と回答したので、「うちはらう」を略して、日本ではうちわと呼ぶようになりました。香木で作られた個人用の病魔を退ける魔除けの棒は、聖徳太子が手に持っている木の棒(勺 しゃく)の形をした、演説のときに使うカンニングペーパーとして、役人を中心に普及していきました。持ち歩くメモの量が自然に増えて、香木の板を何枚も紐で束ねて用いるように進化した結果、日本で扇が発明されました。香木に豊富に含まれる精油(フィトンチッド)は、抗菌・ウイルス失活作用を持つので、高貴な香りがする木製の扇子を持っていると、精油の蒸気が体の周りに病魔の進入を阻む結界を張ってくれるのです。

 私は非常に暑がりの体質で、のぼせやすいことを理由に、季節に関係なく常時木製の扇子を手に持ってパタパタやっているのをみんな見知っていたのですが、高貴な香りを漂わせるのは貴人の嗜み、ぐらいにしか思っていなかったようです。漂っている雅な香りが、病魔の進入を阻む物理的な結界を形成していたとは、思いもよらなかったようです。千年以上前に生まれた、中国皇室発の防疫技術を、うちの一族が今も伝承していることに驚いた教師は、私が動かしている扇に鼻を近づけようとして、学友達に無礼をたしなめられました。愛用しているのは、中国の皇帝が日本の天皇に贈ったとされる香木で、近年になって作られたものです。応仁の乱によって京都が焼け野が原になったとき、うちの一族の住む隠れ里に大量の物資が疎開しました。今は一族が管理する廃坑跡に設けられた地下倉に保存されています。木製の扇子といっても重い桧扇ではなく、煽ぎやすいように香木を薄くスライスして作られたものです。香りが持続して病魔に対する結界を維持できる寿命はおよそ3年で、それを過ぎたものは粉末にして香道で使うか、健康茶として飲んでしまいます。この霊木からは、抗がん剤の成分が採れるといった話も近年散見されます。したがって、精油成分を吸引することによる健康効果も、幾分かは期待できるようです。


 精油成分を用いた風邪薬には、胸に塗って体温で温まって蒸散してきた精油成分を吸引する、ヴィップス・ヴェポラップといったタイプのものがあります。愛用している結界形成効果は比較にならないという実験結果もあるようです。「神憑りさんの周囲に存在する見えない結界の正体は、香木の匂いの成分だった。」という話は、あっという間に校内に広まりました。「神社で売られている無病息災の木製の御札も、香木が使われているから迷信じゃないらしい。」「開けてみたら、無病息災のお守り袋の中に、いい香りがする文字が書かれた木片が入っていた。今年風邪をひかなかったのは、これのおかげ?」「あそこの神社の絵馬もヒバの木らしい。ヒバってヒノキより免疫力活性パワーがあるんだよね。神社に奉納しないで家に持って帰って部屋に飾っておくほうがいいな。」といった情報が飛び交って、受験生達が神社に殺到して、その日のうちに木製のお守りは全て売切れてしまったのでした。紙製のお守りはプラシーボ効果しかないという噂が立って、一枚も売れませんでした。

 「バスクリンにも、ヒバエキスは入ってるんじゃないの?」と私が言うと、スーパーなどのヒバエキス入りの入浴剤が売切れてしまったり、「斑点(シュガースポット)がついたバナナって、免疫力を活性化する物質が大量に含まれてるみたい。」と話すと、スーパーのバナナ売り場に一斉に生徒が押し寄せたり、「歌声で脳の働きが調整されて免疫力が高まる」という話をすると、神社に巫女萌えの盗撮小僧だけでなく、望遠マイクを持った盗聴小僧まで現れて、録音したものを校内で高値で販売して、風紀委員の私達に補導される人も出てくるなど、受験シーズンが終わるまで、結界フィーバーが続いたのでした。一番困ったのは、教室内にいろんな匂いが漂って、相性が悪い香りが混ざったときには臭く感じられるため、息苦しくなったことです。匂いに敏感な私がついに頭に来て、フィトンチッドを拡散する装置を校内の各所に設置する提案を行いました。一種類の森林の香りで統一したことによって、学校全体に病魔の進入を阻む結界が形成されました。以降学級閉鎖の発生率が激減したことは言うまでもありません。近年になって、フィトンチッドを拡散する装置が何種類か市販されるようになり、新型インフルエンザ対策の一環として、不完全な形ながらもさまざまな場所に導入されるケースが増えてきています。神社に古くから伝わってきた未科学の分野にあった防疫技術の一部は、科学技術のなかに移植されて、形を変えて現代の医療防疫の現場で復活しつつあるようです。もちろん、本格的な結界技術を持っている私達から見ると、まだまだ西洋医学は未発達なので、不完全なものにすぎませんが、そのうちインフルエンザウイルスや虫歯菌が撲滅できる日も来るだろうと思います。


 神社に伝わっている防疫技術は、何も物理面だけに限られたものではありません。言霊を響かせる歌声などは、脳に作用して病は気からの部分を改善するので、心身医学の面から有効と思われる心理的な結界も存在します。1998年にフィトンチッド発生装置が校内に設置されるまでは、私の席の周りの子達は教室を離れると、香木の扇子が生み出す結界の外に出てしまっていたことになります。それでも風邪をひかなかったのは、私から精神的な感化を受けて、免疫活性が高い状態を良好にキープできていたからです。精神的にテンションが高い状態をキープするには、私がその場にいる必要はありません。私の脳が発生させている微弱な磁気を、センサーで解析して、そのパターンを抽出して、経頭蓋磁気刺激装置などを用いて適度に脳を刺激しても、同じような結果が得られることが分かっています。

 私は高校生のとき、電磁的な刺激が脳に与える影響を研究する会を略して電脳研究会を主催していました。うちの一族には、強磁気を帯びた隕鉄製の神剣が伝わっています。調べてみた結果、人類がまだ製鉄の技術を持っていなかった時代に、鉄でできた隕石を加工する技術を用いて整形されたものだと分かってきました。どうやら、シュメール文明の地域で発見された隕石を、あまり温度を高めることなく整形して作られたようなのです。シルクロードの西の果てにある国の宝物がどうやって日本まで来たのか不思議に思いますが、とにかく伝家の宝刀です。この神剣を手にして剣舞を舞うと、脳が活性化して運動神経が一時的に良くなり、一時間ほどその状態が継続するので、神剣には霊力が宿っていると信じられてきました。1985年頃から盛んになった経頭蓋磁気刺激法の研究によって、8の字型の電磁石を用いて脳を磁気刺激した場合にも、運動神経が一時的に良くなった状態が一時間ほど継続することが明らかになりました。強磁気を帯びた隕鉄製の神剣の霊力の正体に、科学の光が当たる可能性が見えてきたのです。この未科学分野に興味を抱いた父は、神剣の分霊品(レプリカ)を、親戚の刀鍛冶と共同して製作してくれました。私が趣味の七宝焼きの手法を用いて金銀の装飾を施して、ガラスコーティング仕上のピカピカに輝く美術品に仕上げて愛用しています。オリジナルよりもさらに強い磁気刺激効果を発揮するものが完成しました。私が主催する電脳研究会は、経営陣を同じくする私立の大学の教授を顧問に招いて、被験者のデータの収集に乗り出しました。風紀委員の私達に捕まると、人格矯正と称して、経頭蓋磁気刺激装置や神剣が帯びた磁気を用いたブレイン・ウォッシング(洗脳)を施されるため、不良グループから非常に恐れられていました。悪いことに対して拒絶反応が起こるように、倫理観を司る深層心理に対してちょっとした教育を施していただけなのですが、悪いことに対して嫌悪感を感じる潔癖症の人に生まれ変わるため、なにやら誤解されて怖がられていたようです。他にもさまざまなデータの収集やノウハウの蓄積を行っていたのですが、恐怖の?ブレイン・ウォッシングだけが注目されて、他の成果はあまり評価されていなかったようです。本当は、悪い人達の矯正にはありま興味がなくて、それよりも、磁気が健康面に及ぼす影響の調査、つまり磁気ヒーリングの効果を熱心に調べていました。磁気刺激によって一時間ほど運動神経を良くする効果は、空手部や柔道部や野球部から引っ張り蛸の状態でした。ふだん帯刀している愛用の神剣は、刃付けされていない七宝焼き仕上なので美術品扱いですが、人前で振り回すと本物の剣を振っていると勘違いする人もいるので、応援の剣舞は人目に触れないところで行うようにしていました。このため、敵対視するカツアゲグループは、「電脳研究会は、試合の直前にサバトを開いて運動部員達を洗脳している」「磁気刺激装置は●●●真理教の教祖が使うヘッドギアと同じ」なんて怪情報を流して、しきりに攻撃を試みていたようです。


 私達が集めた、磁気刺激によって得られる免疫活性のデータを踏まえて、親戚が経営する私立の学園には、校門や廊下に脳を磁気刺激する環境磁気発生装置が設置されています。これは、神社に伝承されていた、病は気からの精神面の防疫結界を、現代の科学技術と融合させて復活させたと言えるものです。神社の御神体とされる甘南備山の山頂にある磐座(いわくら)が磁気を帯びた鉄分の多い花崗岩の岩だったり、霊場とされる場所が、特殊な磁気を帯びた土地だったりすることはよくあります。活断層に沿って神社仏閣や教会が建てられる傾向が世界的に認められるため、レイラインと呼ばれているようです。地下で巨大な岩石が破砕されると地電流が発生して、磁気を帯びた土地が形成されるため、脳が磁気刺激を受ける環境が霊場として好まれてきたのではないか、という説もあります。こういった宗教施設が建てられてきた神聖な土地が持つ効果が、経頭蓋磁気刺激装置の登場によって、ある程度実験室内で再現して確認できるようになったので、電脳研究会と称してさまざまな試みを行って、生かされるようにしていったのです。

 宗教施設が好んで建てられてきた場所に存在する活断層は、岩石に加わる力の変化に応じて、圧電効果によって刻々と地盤が発生させる電圧が変化しています。その影響を受けて、たえず地電流や磁気も変動します。あまり知られていませんが、活断層の変動とは無関係に、地球全体の磁気もたえず変化しています。これは、太陽が噴出する大質量のガスなどの影響で地球を取り巻く電磁的環境(オーロラ電流など)が変化することが原因の一つと考えられています。こういった環境磁気の周期的な変動が人の脳に与える影響について、20世紀から研究が行われてきました。古い時代から皇室には、北枕で寝ると良いという健康法が伝わっています。これは地磁気の極の方向と人が寝る方向を合わせると、睡眠の内容が変わることを意味しているのではないかと考えて、調べた人がいました。睡眠中の人間の頭近くに磁石を置いて、磁石の位置の移動によって睡眠状態が変わることを示すデータを得ています。また、環境磁気を遮断した部屋に住んでいると、中枢神経系や日周リズムなどに明らかに異変がみられると報告をした研究者もいました。これらを踏まえて、鉄筋や鉄骨が使われているコンクリートの建物の中では、自然環境よりも極端に少ない地磁気しか浴びることができないので、磁気欠乏症候群になるのではないか、と推理した人もいます。一般の人向けに易しく書かれた分かりやすい情報サイトはここなどです。「現代人の磁気欠乏症候群」 そのページには、残念なことに、古い時代の日本には、海外のような磁気を活用するアイテムやノウハウが存在しなかったかのように書かれています。ところが、皇室には北枕健康法が伝わっています。また、神社の御神体とされる磁気を帯びた磐座(いわくら)の前で神楽を舞う神事が斎女(巫女)の脳に与える効果なども、古くから知られてきました。火山が侵食されて出来た西宮の甲山の山体は、ドーナツ状の特殊な磁気構造を持っているため、弥生時代からうちの一族の聖地の一つだったと言い伝えられています。御先祖様が神剣を奉納したという古い言い伝えが残っているのですが、昭和49年に山頂から本当に銅戈(どうか)が出土して、誰もが驚いたそうです。私は神楽を舞うときに隕鉄製の神剣を愛用していますが、舞に合わせて振り動かすことで、脳にリズミカルに変動する磁気刺激を与えるもので、磁気ネックレスなどのアイテムとはまったく異なる脳活性化作用をもたらすことが分かっています。磁気ネックレスを身に着けていてもトランス状態に移行するようなことはありませんが、隕鉄製の神剣を振ると、神憑りして託宣する神社の神事がスムーズに行えるので す。しかしこういった研究の情報だけでは、環境磁気が人の精神活動や健康に影響を及ぼしていることは示唆できても、具体的にどのような磁気環境を機械装置を用いて人工的に作り出せばいいのかまでは、判然としませんでした。ピップエレキ判と、今日一般的に脳に磁気刺激を与える治療目的で使われている経頭蓋磁気刺激装置では、得られる結果がまるで違います。もちろん、20世紀の古い研究結果だけでも、人の脳と健康に良い影響を及ぼす環境磁気を作り出している、活断層に沿って宗教施設を建てていった古の知恵者達の、磁気を感じ取る感性が確かなものだったことが分かります。すでに20世紀に決着がついた古いテーマなのですが、勉強不足のまったくの素人が、今でもレイラインといったキーワードに過剰反応して、オカルトと妄信して研究者を蔑視的態度で似非科学と罵る誹謗中傷行為を繰り返すトラブルなどが散見されるようです。

 じつは、21世紀になってこの方面の研究は飛躍的に進んでいます。従来の脳波やMRIによる観察に加えて、脳の活動を調べる装置として、SQUID(スキッド 超伝導量子干渉計)と呼ばれる超電導電流を流すジョセフソン素子を利用した高感度の磁気センサーが登場して、脳磁図(MEG)を描いて脳の活動が詳細に分かるようになったことが大きいでしょう。さらに、ブレイン・マシン・インターフェイス(脳とコンピューターを繋ぐ装置)の研究に、かなりの投資が行われた成果も出てきています。頭の中で考えただけでパソコンに文字が入力できるシステムなどは、すでに何年も前にNHKで紹介されています。この分野は今熾烈な技術開発競争の真っ只中にあるので、産業機密扱いの研究も多いようです。新しい成果が表に出て来にくい状況になっているため、どのような環境磁気の変動パターンを与えるのが望ましいかある程度分かっていても、具体的なノウハウなどを公表できない状況にあるのです。このことを承知のうえで、従来から見られる稚拙な無理解に伴う蔑視現象を悪用して、ライバルを蹴落とす加害目的で、蔑視的態度を煽る誹謗中傷を働くグリーファーも存在するようなので、似非科学者呼ばわりの人格攻撃を行う人物には特に注意を払って、一定の距離を取る必要があるでしょう。

 活断層が作り出す局地的変動を含む、地磁気の変化が人体に及ぼす影響を専門に研究している方は、「地球はまるで生き物のように動いて、たえず人の脳にメッセージを送ってきている」と冗談のように話します。私が、「地球の言葉が分かりますよ」って言うと、すごく羨ましそうな顔で見られたことがあります。地震が起こる前兆として、予備的な地盤の崩壊に伴って井戸(地下水)の水位が変化したり、地下の岩石がゆっくり破砕されて電離したり、圧電効果に変化が生じることで地電流が急激に乱れる現象が起こったりします。それに伴って環境磁気も大きく変化することがあります。こういった変化を地震が起こる前に察知した動物達が、騒いだり避難する行動を取ることが知られています。野生動物の脳と人の脳の基本構造はあまり違いません。しかも、本当は人の脳のほうが高性能です。だから、本来は誰にでも地震の前兆は分かるはずなんですよね。現代人は視覚と聴覚に頼り切った生活をしているので、環境磁気の変化に意識が向かなくなって感度が下がっているだけです。でも、無意識のうちに脳や体は反応しているので、睡眠状態や体内時計のリズムが、磁気の影響を受けて変わることがあるのです。深層心理レベルで感知している情報を、意識上にうまく持ち上げることが出来なくなっています。私は阪神淡路大震災が起こる何日か前から違和感を感じていたし、早朝だったにもかかわらず、地震が発生する直前に家族が一斉に目を覚ましました。この話を聞いて、「野生動物並みの感度が得られるのは、環境磁気に反応する脳の神経回路網が開拓されているからですね。俺も原始生活をして鍛えてみようかな」なんて決意表明した人もいます。でも、原始生活をすれば磁気を感知する能力が高まるとは、私には思えません。根拠のない迷信の可能性が高いと思います。アスペルガー症候群の勘違いと、深層心理の教育の関係で、小学生のような絵しか描けない人達のケースを説明しましたが、現代人の磁気に対する感度の低下も、同じように「使われない脳の領域が未発達なまま捨て置かれてしまっている」状況に原因があります。だから、適切なトレーニング方法で、積極的に鍛えればいいんですね。私立の学園の地下に、環境磁気発生装置を設置して、私の脳が生み出す磁気変動のパターンを抽出・加工して流す試みを行ったところ、生徒達の環境磁気に対する感度が良くなることが分かりました。つまり無理に野性に帰って原始人の生活を体験しなくてもいいのです。生徒達は、磁気刺激によって気が整い、免疫活性を正常に戻すことで、風邪に対する抵抗力を高めることができます。生活環境への磁気活用技術の応用を研究している人々の間では、人の免疫細胞に直接磁場を印加することによって、特定の免疫担当細胞の機能の調節が可能なことが知られるようになってきています。細胞単位の磁気刺激効果を狙った、磁場処理装置の特許を出願する動きなども盛んで、今後多くの製品が市販されることになるでしょう。

 フィトンチッド発生装置と環境磁気発生装置を、他に先駆けて1990年代から2001年頃にかけて次々と設置していったのですが、によって、物心両面に対応する防疫結界を張る試みが功を奏したのか、親戚が経営する私立の学園では、学級閉鎖の発生が激減しました。昨年から騒がれている新型インフルエンザで学級閉鎖にしたケースはなかったと思います。これは、通常の季節性インフルエンザに対して、新型が特にハイリスクと言えそうな要素が見当たらなかったことも関係しているとは思います。


 というわけで、病は気からの精神面の防疫結界が、最新のブレイン・マシン・インターフェイスの技術を応用して形成できることが分かっています。環境磁気にまったく配慮していない、地磁気を遮断して磁気不足が発生する鉄筋・鉄骨を用いた建物の中に住み、磁気ノイズと言っていいような悪い磁気を出す家電製品に囲まれて、現代人の脳はストレスを受けて疲れてしまう傾向を示しているようです。そのうち家電製品に磁気シールドの対策が施されて、脳に心地よくて健康を増進してくれる、好ましい環境磁気を人工的に発生させる家の中で、快適な生活がおくれるようになると思います。私はいろんな制約があって、ここに具体的なノウハウを書くことができませんが、すでに他の親切な人達がネット上に情報を提供しているので、北枕健康法から順に試していくことは誰にでも出来そうです。ただし、体に機械を埋め込んでいる人は、強い磁石の取り扱いに注意したほうがいいと思います。それから、私は磁気ネックレスの類をあまりお勧めしません。強い磁気を帯びたものを体の一部分にだけ当て続けていると、どうしても偏りが生じます。素人考えで使うと、場合によっては悪い効果をもたらす可能性もあるのです。

2010-02-03 13:10

神社に伝承されている技術と迷信の関係

 『我々は迷信行動を行うハトになっていないか?』という面白いブログを読んで、私も医薬品の開発に関わることがあるので、民間療法や医療と迷信の関係について、少し書いてみることにしました。


 医薬品の評価は、難しいものがあります。医師が「この薬は効きますよ」と言って、何の効果もない薬を患者に与えても、ある程度治療効果が認められるデータが得られてしまいます。効かない薬でも病気に効いてしまう不思議な現象が生まれる原因は、暗示効果にあります。「病は気から」の部分に作用して、暗示を与えるだけでも一定の成果が得られてしまうのです。これをプラシーボ効果と言います。偽薬を与えても人の病は治ることがあるので、心身医学の分野では有効な治療手段と考えます。もちろん、新薬の研究を行うときには、このような効果を排除する試験方法を採用しないと、本当に薬の成分が効いているのかどうか、正しく見極めることが出来ません。


 インフルエンザワクチンは、じつは最も必要のないもの、という見解を示す方々がいます。「これは医療ではなく政治」と語った医療関係者の方々の真意を読み解こうとすれば、昨年からの新型インフルエンザを巡るおかしな情報の流れの本質を見極めることが出来るでしょう。ワクチンの考え方そのものの中にも、じつは迷信が含まれています。天然痘を防ぐ種痘(牛痘法)の発見から始まっていますが、これは、危険視されて廃止しなくてはならなくなった問題性のある技術です。私はどこに迷信があるか指摘できますが、ほとんどの専門家がまだ問題の本質に気付けない状態にあると感じます。今回は西洋医学の迷信を解き明かすのが目的ではないので、この問題への言及は、またの機会に譲ることにします。

 私は生まれてから一度も風邪をひいたことがありません。だから、風邪をひくということが、感覚的によく理解できません。悪い物を食べてお腹を壊して痛くなった経験がないので、腹痛というものもよく分かりません。虫歯菌が口の中に棲んでいないので、虫歯が出来たことがなく、歯が痛いとはどういうことかも理解できません。つまり、古い日本の伝統文化の風習に沿った生活をしていれば、風邪をひかず、腹痛にならず、虫歯も一本も出来ず、健康に過ごせるということです。ワクチンなどを開発して病気を防ぐ高度な技術を発達させた西洋医学の世界のほうが、東洋よりはるかに進歩していると思っている人々は、「えー?」と驚くと思いますが、虫歯という伝染病一つ取ってみても、西洋医学では防ぐことも撲滅することも出来ていないのが現実です。あえて、一般の人の視点から書きますが、口の中を殺菌すれば虫歯菌なんていなくなる筈ですよね? でも、成功したって話を聞いたことがありますか? なぜないのでしょう? こういったところに、薬を使った殺菌神話の致命的な問題点が潜んでいます。隠蔽されてしまった真実が見えなくなっています。東洋の防疫技術は劣っていて西洋の技術は優れいているという発想も、私から見ればただの幻想、迷信の類にすぎません。

 神社に伝承されている風邪を防ぐ技術の体系には、物心二面があるのですが、物理的に風邪の病原体を食い止める技術は、「うちわ」という日本語が生まれた経緯を調べていくと、はっきり正体が見えてきます。簡単に言えば、植物に含まれる精油(フィトンチッド)を主とするバリアー(結界)が張り巡らされて、病原体が力を持った状態で体内に入れなくしてしまう技術の体系が存在するのです。この工夫は西洋の世界にもあって、昔は、ローズマリーといったハーブを療養所の周囲に植えていました。アロマテラピーに詳しい方は、どう使えば防疫技術が組み上がるか、ある程度お分かりになるでしょうが、本格的な有効性を持ったものに育て上げるには、ノウハウの蓄積が必要になります。虫歯菌のほうも、感染経路や口内に棲みついて除去できなくなるメカニズムを調べていけば、どうやって防げばいいか、おおよそ見当がつきます。でも、子供の口の中に虫歯菌を定住させないためにはどうすればいいか、熱心に指導している歯科医って、あまり見かけませんよね? このような面は西洋医学に比べて、はるかに優れたものを私達は祖先から受け継いできていると思います。でも、一般の人はその恩恵を十分受けられていませんよね。どうしてでしょう? 古い時代から伝承されてきた優れた文化や技術を、ただ闇雲に非科学的と決め付けて迷信扱いして、自分達で受け取りを拒否してきたからです。


 神道の世界に存在する言霊の効果も、勘違いが生じやすくてややこしいものの一つだと思います。小学生のときこんなことがありました。風が水田の苗の上を撫でて太陽の光を反射して輝くのを見るのが好きなので、私は他の子達が歩かない水田の細い畦道を歩いて、毎日学校に通っていました。神社で神楽を舞って神憑りして託宣する神事を担当しているため、まるで生き神様のように扱われるところがあります。言霊を響かせて和歌を詠んだりハミングしながら歩いていた畦道の両脇だけ苗の成長が早いことに、ある日気付いた農家のお爺さんがいました。私に向かって突然両手を合わせて拝みだしました。通行の邪魔になっていたので、お爺さんが惚けて変なことを始めたと勘違いしたその家の人達は、あわてて手を引いて動かそうとしました。私は「お待ちなさい」と言って扇子の一振りで制止しました。お爺さんは、「耀姫様は毎朝私達の心を和ませてくださるだけでなく、心がない植物の心まで動かす奇跡をお示しになった」と、感激した面持ちで話しました。それを聞いて、集まった人達は一斉に驚きの声を上げました。私が歩く道に沿って苗の成長速度がはやくなっていることが、一目瞭然だったからです。

 お爺さんを見習ってみんな手を合わせて拝みはじめたので、私はこう言い放ちました。「私が子供だからって、そんな迷信を語って騙そうとしても無駄です」傍から見れば、一筋縄ではいかない扱いづらい子ですよね。何の粗相をしたのか分からない様子のお爺さんが、私の背後で土下座をする気配がありましたが、背を向けたまま立ち去りました。その日の午後、お爺さんは心を痛めた神妙な面持ちで私の家までやって来て「お恐れながら、耀姫様を騙すつもりなど毛頭ありません」と、畳に額をぴったりつけた姿勢のまま喋りだしました。付き人が内心くすくす笑いながら、表面的に不機嫌な素振りを形だけ作って「耀姫様が口ずさむ唄が、心がない植物の心を動かしたなどと、迷信を語ることは許されません」と柔らかくたしなめるように、しかしきっぱりと告げました。

 それでも納得できないのか、動こうとしなかったので、わざわざ私の口から道理を説明してあげるしかありませんでした。「言霊を、いかがわしい迷信と勘違いしているようですね。私の言霊の作用は、科学的視点からも説明がつく本物です。植物は録音した音楽を聞かせても、成長が早くなります。言霊は植物の心を動かしたのではなく、多細胞生物の植物を構成する細胞を一斉に揺り動かしたのです。大勢の人がボートを漕ぐときに、リズムよく号令をかけて動きを揃えて力を合わせるとよく進むように、私が言霊を聞かせたことで植物の細胞に音の波が作用して、細胞間の動きを揃えることで、力を合わせて強い生命力を発揮できる、協調性が高い状態が生まれた結果なのです。」お爺さんは、目の当たりにした奇跡の正体を理解したらしく、納得して帰りました。

 人間の集団は、太鼓を叩いて歌を歌って集団心理を形成することで、協調した社会行動を取ることが可能になります。歌は多くの人の脳に対して、同じリズムを刻むので、共感によって人間の集団を心理的にまとめて、動きが揃った大きな力を引き出すことを可能にします。地引網のときに歌う労働歌などが典型的な例でしょう。歌は、人間の集団の次元に働くだけでなく、人間の細胞の集団レベルの情報伝達の次元でも、同じように働いて協調現象の調整に役立つことが分かっています。朝起きて、お経を唱えるのと、祝詞を唱えるのと、好きな流行歌を歌うのでは、文化スタイルが大きく異なりますが、結果的に同じ効果を持っています。歌えば脳が目を覚まして、免疫活性を高めてくれることが、心身医学の分野の研究で明らかになってきました。出来れば、言霊を響かせる歌い方のほうが、より多細胞生物の細胞間の協調性を高めてくれるので、効果的でょう。

 もともと科学的見地から発達していった技術の体系ではないので、言霊に関する論文を書いて発表するような、木に竹を接ぐ不自然なことをするつもりはありませんが、言霊を巡る主要な伝承技術には、迷信が入り込む余地はありません。もちろん、いろんな宗教家がいて、さまざまな身勝手な独自の発想をして、枝葉をくっつけていってしまうのが宗教です。現在の多種多様な神社に伝わる言霊にまつわる伝承に、迷信が含まれないとは言いません。むしろ、カビが生えるように迷信的要素が付着しやすいものなので、伝承されている情報の取り扱いは要注意と考えるべきでしょう。技術を構成する骨子の部分を見失うと、科学知識を身に付けている現代人ですら、迷信とそうでない部分の混同が生まれかねません。

 神道の前身となった高句麗道教の時代から、私達が約二千年間伝承してきた技術の体系の本質的な部分は、そのほとんどが迷信でないことが分かっています。役に立たない技術は、何百年何千年と経過していくうちに、失伝していきます。自然に迷信がふるい落とされていけば、後には正しい有用なものだけが残る結果になるのです。さまざまな役立つ技術が伝承されていても、正しい形で理解できない状況を作ってしまっているものは何かを見極めないと、古い文化に接する現代人のほうで、無理解に迷信的行動を取ってしまう状況に陥ることになります。


 神社に伝わる技術のなかで、最もややこしい勘違いした扱いを受けているのは、加持祈祷でしょう。これって迷信なのでしょうか? 本当に? 短絡的な結論を出すのを少し待ってください。加持祈祷とは何か、内容を観察していくと、一般に知られている認識とは正反対の姿が見えてきます。加持祈祷にもいろんな人がカビを付着させているので、その部分を見てしまうと迷信だらけだと感じると思います。迷信とそうでない要素を見分けて、本質を見極める必要があります。ここでは主要な3つの点について観察してみることにします。

 医療が発達していなかった昔は、病気になったら加持祈祷を行うのが常識でした。ところが、水戸黄門などの時代劇では、護摩を焚いて一心不乱に祈る祈祷師の姿を、いかがわしい迷信に陥った人々が取る典型的な行動として扱っています。「迷信を植えつけて人心を操って世の中を乱す、いかがわしい悪党の集団を懲らしめる必要がある」というパターンのストーリーがお約束になっていますよね。でも、現実の世界では違います。祈祷を行う神社にいる神主達は、時代劇に登場するような悪党ではありません。現代の神主達は大学を出ている人も多く、非科学的な迷信とそうでないものぐらい見分ける判断力を持っています。迷信深い人のほうが少ないでしょう。作り話の世界と現実は大きく違うので、混同しているとそれこそ迷信に陥ることになります。

 すでに祈祷の効果は、言霊の説明で明らかにされていますよね。耀姫が言霊が響くように歌うと、体細胞の協調性が改善されて、衰えていた生命力が蘇るリフレッシュ効果が期待できます。歌うと、脳から免疫細胞に対して出される命令などが調整されて、免疫活性が回復する効果が期待できるという研究は、歌を用いた健康法としてかなり知られるようになってきました。古臭い祈祷を耳障りに感じてしまう現代人が多いので、何も無理して古臭いスタイルを維持する必要はなく、好きな流行歌を一緒に歌ってあげたほうが、はるかに気晴らしの効果が高いことも分かっています。

 アルツハイマーの診断を受けた人達が入院している施設に行って、「あなたーを待つの♪テニスコート〜♪」って、私が言霊を響かせて歌うと、それまでボーっとしていたお年寄り達が、「何事が起こったの?」と、集団心理を働かせて、目が覚めたように一斉に振り向きます。超音波成分が脳細胞を刺激する効果が高まるように声の響かせ方を工夫すると、頭がキンキンするという人もいますが、目が覚める効果が倍増するようです。

 次の要素として、加持祈祷では神憑りも行われます。神憑りの正体は自己催眠です。トランス状態(変性意識状態)に移行して神憑りする(神様になったという暗示にかかる)と、精神的テンションが高くなるのはもちろん、脳のリミッターが解除されて、思考能力や身体を調整する機能が飛躍的に高まることが分かっています。その状態で病人に対して手をかざしたり、息を吹きかけるといった仕草を用いて接すると、精神感化によってミラーニューロンなどを刺激して、健康を維持するのに重要な働きをしている自律神経系や免疫系の働きが調整される効果が期待できるのです。

 自閉症の子供達をイルカと遊ばせると、イルカの鳴き声に含まれる超音波成分が脳を刺激して、改善が見られることが知られています。ドルフィン・アシステッド・セラピー(イルカセラピー)については、肯定的な人と否定的な人がいますが、人間が意識できない音域の超音波成分が、脳細胞に刺激を与えている点については、否定派の人も認めています。耀姫の言霊効果に興味を持った海外の研究者に招かれたことがあります。私がイルカと体を接触させて仲良くなっていくと、エンパシー効果だけでなく『相撲は神社に伝わる最高の格闘技ではない(朝青龍「泥酔致傷騒動」を見て思うこと)』のなかで紹介した手乞い(てごい 合気道)の技の作用が相乗して、私の脳とイルカの脳がシンクロした状態になります。自己催眠のトランス状態(変性意識状態)になって脳のリミッターを解除してから、言霊を響かせて詠うスキルを用いて、イルカの脳に干渉して鳴き声をコントロールすると、予想どおり、自閉症の子供の脳に与える効果が大きく高まることが明らかになりました。これは、磁気センサーで脳の活動を観察した結果なので、一目瞭然見間違えようがありませんでした。エンパシー能力が高いイルカの調教師は、信じられないような顔をして、「まるで耀姫がイルカに憑依して詠っているような気がする」と指摘していました。合気道の体がくっつく系統の技の原理を知らない人が見たら、イルカと人間が脳をシンクロさせて歌う行動に神秘性を感じても無理はないと思います。イルカは人間ほど感情が豊かではないので、鳴き声の種類はあまり多くないのですが、人の脳とシンクロすることで、普段とは違う鳴き方で子供に感性豊かな接し方をしていることが調教師にははっきり分かったようです。イルカの脳の足りない部分を、私の脳で補った結果です。合気道で、技をかける人の体にくっつかせて、新たな行動を作るのも、イルカの脳を制御して新たな行動(この場では感情豊かに歌う行動)を作るのも、原理は同じなのです。実際にその場でその人に合気道の技を用いて、私の体に手が吸いついて離れなくなって、指示通りに体が操られる現象を体験してもらいました。「海水で濡れている状態で弱帯電するんですか?」と、唖然としていました。私は物理学者の保江邦夫が著書『武道vs.物理学』の中などで解説している帯電現象では説明しきれないケースと考えています。『量子脳理論とポラリトロニック・デバイス』で私が示した電磁的な情報伝達が起こって、お互いの脳が干渉した結果、行動が発現していると見るのが妥当でしょう。


 つぎの項目に移ります。加持祈祷では護摩を焚きますが、じつはこれも迷信ではありません。アロマテラピーに詳しい人なら、あまり説明の必要はないでしょう。植物には免疫細胞がないので、細菌やウイルスから身を守るために、抗菌・抗ウイルス作用を示す化学物質を作って蓄えています。木を燃やすと精油に含まれるそれらの成分が噴出してきます。護摩を焚いて病人のいる部屋に精油分が含まれる煙を満たすと、殺菌作用やウイルスを失活させる作用を持つさまざまな成分の働きで、空気感染するような伝染病を物理的に抑え込める可能性があります。医薬品には植物の中から発見された成分を抽出したものが多いことからも、焚く樹木の種類によっては、うまく機能する可能性があることが分かると思います。もちろん、体内まで殺菌できるわけではないので、病気の種類によってはほとんど意味がないこともあります。だから、護摩を焚くのは万病に有効だなどと妄信したり、中途半端な知識でデタラメをすれば、ただの迷信にすぎなくなります。つまり紙一重です。植物の精油成分を胸に塗って吸引するタイプの風邪薬として市販されている、ヴィップス・ヴェポラップといったものも、護摩を焚くのと同じような効果を狙っていると言えるでしょう。また、人間は肺からもさまざまな物質を体内に摂りこむことができます。海浜浴は、半日ぐらい砂浜の日陰で過ごして、海風に含まれる海に溶けている希少ミネラルなどを肺から吸収して、免疫力を取り戻すことがその目的とされています。護摩を焚けば、植物からも希少ミネラルなどがある程度噴出して、肺から摂取する効果が期待できるでしょう。

 というわけで、加持祈祷を構成する主要な要素である、祈祷・護摩・神憑りは、どれも迷信とは言えないものなのです。水戸黄門などの時代劇は、科学的な根拠の有無を推察する能力を持った人が、じっくり考えてお話を作っているわけではないので、間違ったレッテル張りが起こっても仕方がないのかもしれません。西洋医学の世界の、伝染病を食い止める技術に穴が空いているのは事実ですが、加持祈祷のような伝統的な民間療法に頼らなくても、医療を受ければほとんどの病気が治るようになってきているのもまた事実です。うちの一族は、古い時代のものをかなり正確に伝承していますが、ほとんどの神社は伝承内容が不確かなものになっていき、失伝する傾向を示しています。現在では、形骸化したただの迷信にすぎなくなっているケースのほうが、圧倒的に多いようです。そういった残滓を無理に信じようとするのは好ましくない結果を招くと思います。


 うちの一族が管理する神社に、難病に苦しんで相談に来る人が稀にいますが、親戚が経営する病院などを紹介して、私達が宗教人の立場から治療に関わることはまずありません。私は生命情報学畑の人間ですが、その活動と宗教はまったく別ジャンルのものです。大規模な地震災害が起こったときには、ボランティアとして被災地に赴いて、救援活動にあたることがあります。阪神淡路大震災のときは、医師の資格を持っている従兄弟達だけではとても手が足りない状況だったので、当時小学生だった私も、被災地に入りました。手かざしで痛みを止めてあげたり、手を当てて挫滅した筋肉の炎症を抑えて、クラッシュシンドロームで死亡するリスクを下げる処置をしたり、骨折部分を繋いで添え木を当てるだけでなく、筋肉を制御する神経系に精神感応を用いて割り込んで、怪我をした部分を筋力で固定するように命令を刷り込んだり、止血のために包帯を巻いただけではなかなか出血が止まらない場合は、血管(も筋肉の一種)に命令して出血部分の血流を適度に抑えて止血したりといった、一般にはあまり知られていない技術を駆使した救援活動を行ったことがあります。でも、それらはあくまでも緊急時の応急処置の範囲内です。ボランティア活動ですから、もちろんお金など取ることはありませんでした。平常時は、医者でもない私達がこのような伝統の技を使う必要はないので、治療が必要な方は病院に行ってもらうようにしています。ほとんどの一般の神社は、私達と同じ考え方を持っていると思います。そうではなく、ミスターマリックの物真似のような手つきのハンドパワーで難病を治すことに熱心な宗教家の方々には、疑問符をつけたほうがいいのではないかと思います。とくに、何でもかんでもハンドパワー(手かざし)や浄霊で処置できるような話をして、応用的なバリエーションがないようなら、体系的な技術を学んだことがない人と見てほぼ間違いないでしょう。

 浄霊についても少し解説しておきましょう。この技術は、じつはオカルト的な霊の存在を考える必要がまったくありません。私は霊の存在など、いっさい信じていません。浄霊術の霊は、夜見る夢の中に出現する人物となんら変わりがないのです。フロイトユング深層心理学の考え方では、夜見る夢に現れる人物は、何らかの意味があるものを象徴していることになっています。浄霊術の霊も、それとまったく同じです。中学・高校生だった頃、放課後になると私の机の前に行列が出来て、「肩凝りがあるので取り払ってください」といった頼み事をされることが多かったのですが、私が使う浄霊術は、かなり変わっていました。まず、首・肩・腰をほぐす運動をしてもらってから、壁に背中をつけて背骨を真っ直ぐにして姿勢を正すように言って、問題点を自分で把握してもらいます。「肩の上に何かが乗っている感覚や、首の硬くなったところに何かが触っている感覚がありませんか?」と質問します。「なんだか重いです」「その重さや硬さを作り出す、悪さをしている存在がいると思ってください。あなたの体を歪ませている、悪い癖を作り出している存在を、うまく擬人化してイメージできれば、それを除去する暗示を与えることで、悪い習慣を取り除いて楽になることが出来ます。ではいきますよ。123はい、消えました。肩や首を回してみてください。軽くて楽になったでしょう?」たったこれだけです。人間は、イメージを想い描かないと、何も出来ません。体の歪みを生み出しているさまざまな動的な感覚要素を、イメージしてまとめあげるのは、簡単なことではありません。そこで、夜夢を見るときに無意識に行っているのと同じように、悪さをしている架空のキャラクターへと擬人化して象徴表現するテクニックを用いるのが、楽で確実な方法です。イメージさえ持てれば、その象徴的存在が消えて、問題が解消されるという暗示を与えて、分離・消去することで、正しい姿勢を維持する本来の筋肉の使い方に復帰させることが可能になるのです。浄霊術の霊の正体は、仮想上のイメージにすぎませんが、それを取り除くことをイメージするだけでも、十分に効果があるのです。このようなテクニックのタネ明かしの説明を受けた後でも、迷信と考える人はほとんどいませんよね。

 人間の体は、病気に慣れてしまうと、その状態が普通だと思うようになって、病気を治せという指令がうまく出せなくなっていることがあります。そうなると、慢性化した状態が改善する方向にまったく動かなくなります。ツボを刺激したり、言葉で暗示を与えたり、感化によって刺激を与えてあげると、病気を治せという指令が正しく適切に出されるようになって、快方に向かうことがあります。病は気からという現象には、こういった要素も含まれているのです。この領域は、西洋医学の盲点の部分なので、私達が伝承している技法が役に立つこともあります。二人の従兄弟が医師をしていますが、「自分が病気だと、本人の体が理解していない患者がいるから、教えてあげてほしい」と、助けを求めてくることがあります。上で示した浄霊術と同様で、こういった暗示を与えるときにも、オカルトめいた言葉を使うことを極力避けます。心霊治療のような印象を与えて、迷信に陥る人が増えるのはよくありません。こういった技法は、原理が分かってしまえば、オカルト系の説明をする必要は一切ないのです。「今太陽神経叢という、自律神経が束になった部分を刺激しています。私の手から出ているエネルギーによってお腹が温かくなって行くイメージを持ってください。暗示にかかれば、本当にお腹が温かくなってきます。それによって自律神経が活性化すれば、免疫のほうも調整されます。自分の体に病気に打ち勝つ免疫力があると信じて、毎日お腹の中に太陽があって暖かいというイメージを練る訓練をしてください。これがその教科書です」と言って、シュルツの自律訓練法という自己催眠の技法を解説した本をお渡しすることが多いんですよね。現代人には宗教色を出さずに心身医学の方面から説明していったほうが、説得力があるため暗示の効果が高くなります。古臭い宗教のイメージを暗示に用いる必要もメリットもほとんどないのです。


 最後に、心霊治療詐欺についても触れておきます。宗教を信じている、一部の人々は、困ったときの神頼みで万病が解決できるという幻想を抱いてしまい、妄信を流布したがる傾向を持っています。加持祈祷がどんな病気にでも効くなどと吹聴する宗教家の話は、要注意でしょう。虫歯の物理的欠損は、どう逆立ちしても祈祷で治る筈がありません。歯の痛を止めてほしいって言われれば、一時的になら止めることは出来ますが、それは気休めにすぎず、根本的な解決になっていません。癌についてもそうです。免疫細胞が殺して食べることができるサイズのがん細胞は、病は気からの部分を改善すると、体内から消えてなくなる可能性があります。でも、人の目に見えるようなサイズまで大きくなってしまった癌を、免疫細胞に食べろと命令しても、あまりにも大きすぎて口に入りそうもありません。そのようなケースは自然治癒が期待できないと思ったほうがいいでしょう。したがって、専門医の指導に従う必要があります。医学の専門知識を持たない幻想にとり憑かれた宗教家をアテにして難病と向き合う発想を持っていると、心霊治療詐欺に引っかかる可能性が出てきます。神様は万能で自分に治せない病はないなどと吹聴する宗教家の話は、ほぼ間違いなく迷信と思って、感化されないように距離を取ったほうがいいと思います。


 宗教と医術と迷信を巡る関係をざっと観察してみました。おそらく皆さんが今まで神社に伝承されている技法に対して抱いていたイメージが、180度引っ繰り返る情報が提示されていたと思います。長い年月淘汰されることなく伝承されてきた技術の体系は、迷信部分が脱落していって、優れた有効なものだけが残っている場合が多いのです。宗教はオカルトで迷信と決め付ける発想が、新たな迷信を作り出すことがある点を見逃していると、伝承されている有用な技術を活用する機会を失うことになります。風邪や虫歯への対策がきちんと出来ていないのは、その典型的な例だと思います。

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mayumi_charron
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生得真理と科学知識の関係(生命情報学)や、日本の伝統的な心の文化について、一般の人向けの解説をしていきます。