バッハを歩く・バッハと歩く

2008-04-01 日本テレマン協会のベートーヴェン

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 日本テレマン協会の「ベートーヴェン交響曲全曲&合唱幻想曲・荘厳ミサ曲」シリーズの第一夜(大阪・いずみホール)に出かけました。プログラムは<第一番ハ長調>と<第三番変ホ長調「英雄」>。作曲当時の楽器・奏法・編成、そしてメトロノーム記号を踏まえて演奏に臨みます。日本テレマン協会は、延原武春さんによって創設されたバロック・古典音楽の総合団体。「テレマン室内管弦楽団」、「コレギウム・ムジクム・テレマン」、「バロック・コア・テレマン」などの演奏団体を抱え、関西を拠点に活動をしています。

 当夜の演奏会評は、5月売り出しの「音楽の友」(6月号)掲載されますので、そちらをご覧下さい(ずいぶん先でごめんなさい)。ひとことだけ触れておくとすれば、この日いらしたお客様は幸せ者だ、ということでしょうか。ここでは、延原さんがこの「交響曲全曲演奏」で何を目指しているのか、に関する一考察を。そしてそれは、古楽に関する原理的一考察でもあります。

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「どう鳴り得たか?」

 作曲当時の演奏習慣の研究や、楽器の復元を通じて、20世紀の音楽シーンに大きな影響を与えた古楽。しかし、この音楽運動が普及するのに伴って、誤解を生んだこともまた事実です。その中でもっとも厄介なのが古楽原理主義。歴史的正当性を追い求めその他を認めない考え方ですが、歴史一般がそうであるように、古楽も解決不能な(再現不能な)点を持っている以上、原理主義は空疎と言わざるを得ません。

 一方、19世紀来の伝統に従い、現代楽器でロマンティックな演奏をすることにも反論をしておきましょう。「作曲家は当時の楽器や演奏に不満を持っていたので、作曲に際してもっとも理想的なそれ、つまり現代楽器と演奏とを想定していた。だからわれわれの音楽が彼の意図したところである」とするのは度の過ぎた想像力で、作曲家の意図を捏造しています。根拠が一切ない以上のような主張もまた、空疎です。

 それでは、クラシカル楽器を用いてベートーヴェンの交響曲を演奏することで、日本テレマン協会は何を目指しているのでしょうか。初演当時の「忠実な」再現を目指しているのではないでしょう。かといって、想像力を過剰に発揮して作曲家の意図を捏造するわけでもありません。作曲家にとって「可能な世界」-- 手に取ることができた楽器と楽譜、楽団の規模と質、当時の演奏習慣、使用できた会場 -- の内、もっとも音楽的と言える「一世界(組み合わせ)」を取り出そうとしているのです。その意味で、日本テレマン協会の目指すところは、すぐれて歴史的な上に現代的で、なにより音楽的です。「どう鳴ったか?」ではなく「どう鳴り得たか?」。その探求から新たなサウンドが産まれてきます。

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