日々の記録

2016-02-05 晴れ

元の実家に住んで15年、実家引っ越して13年、一人暮らしをして4年、しばらく実家に戻って、アメリカで1年半強、今の場所半年弱、どこにいても「家に帰りたい」とふとした瞬間に思う*1のだが、その「家」というのが何処のことなのか自分でも分からない。実家にいても帰りたい家というのは何のことなのか。

どこで住んでいても、ホテルに泊まっている感覚とさほど変わりがない。自分のものがどれだけ持ち込めるかに差があるだけて、「くつろぐ」やら「ほっとする」という点においては個人的にはあまり差を感じない。「どこにいても仮住まい」というほどではないが、なんとなく住むのが適当というか、こだわりがないというか、いつまでたっても馴染まないというか、鈍感というか。家具インテリア別に使えりゃいいかとしか思っていないのだが、無頓着なのはこの感覚のせいの気がしてきた。

家についてはこんな有様だが、では住んでいる/住んでいた土地はどうかというと、関西にもちろん帰りたいのは帰りたいが、それが愛着なのか慣れているからなのか便利だからなのか暖かいからなのか外食ソースの味が甘めだからなのか、そのあたりはよく分からない。少なくとも「何処に帰りたいか」ということについてははっきりしているので、家よりはマシなのだろう。

それにしても、一体何処に帰りたいのか。それほど深刻に思っているわけでもなく、割とどうでもいい。そんな家は空想上の場所しかないことを知っている。死ぬまでに見つからなくてもいいし、幸運にも見つかればその幸運と家を楽しむだけだ。

*1:そしてたまに声に出る。

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