Hatena::ブログ(Diary)

McLean Chanceの「Love Cry」 このページをアンテナに追加

2018-03-04 エリントンのスピンオフ企画です!

[] プリンスのジャズ的側面を聴く 矢崎裕一 × mclean chance


『そうだったのか!エリントン』のスピンオフ企画として、プリンスのイベントを開催いたします。

今回は、ゲストを招いての開催でして、私はホスト兼なんだろう君に徹していく予定です。

エリントンの今回的な音楽の後継者はプリンスだと思うのですが、その余りに膨大な作品数(しかも、未発表作品数が相当数あるそうです)におののいて敬遠なさっている方にも、このような切り口で聴いてみるのもよいのではないでしょうか。

もちろん、プリンス大好きな方にもオススメです。

場所は、京王線つつじヶ丘駅の近くにいある、中古レコードビールを楽しむお店「Garageville」で行います。

場所が決して大きくないので、定員は10名までとさせていただきます。


場所の詳しい情報はコチラ。

https://chofu.com/garageville/

5/20 open 14:30, start 15:00-18:00

料金 2000+1drink

定員 10名

2018-02-26 結局ウェスに戻ってきてしまう。

[] Wes MontgomeryFull House』(Riverside)

転載ですが、ご興味ある方はぜひ。

http://himag.blog.jp/52998941.html

2018-02-25 前回の「いーぐる」のイベントの続きに行ってきました!

[] 『100年のジャズを聴く』を読んで @四谷いーぐる 2018.2.25

転載ですが、ご興味ありましたら。

http://himag.blog.jp/53028246.html

2018-02-20 『Sorcerer 』と合わせて1つの作品です。

[] Miles Davis『Nefertiti』(columbia)


転載ですけども、ご興味ありましたら。

http://himag.blog.jp/52998905.html

2018-02-19 マイルス・デイヴィスの最高傑作の1つ。

[] Miles Davis『Sorcerer』(columbia)

personnel ;

Miles Davis(tp), Wayne Shorter(ts),

Herbie Hancock(p),Ron Carter(b),

Tony Williams(drms)

Frank Rehak(tb), Paul Chambers(b),

Jimmy Cobb(drms),

Willie Bobo(perc), Bob Dorough(vo),

Gil Evans(arr)

Recorded at 30th Street Studio B, NYC on May 16, 17, 24, 1967,

at 30th Street Studio A, NYC on August 21, 1962




f:id:mclean_chance:20180219201603j:image:w360



このアルバムは、ジャズを本格的に聴いてみようと思って買った最初のアルバムでした。

理由は私が知っているジャズメン、マイルスハンコック、ショーターが入っていたからです(笑)。

いっぺんに聴けるなんてなんてお得であろうと思ったんですけども、コレ、当時は全くわかりませんでした。

異様なまでに静謐で、とてつもないテクニックで演奏されているのはわかったんですが、余りにもとらえどころがないというか。

しかも、全曲同じに聴こえてしまい、最後の1962年の、ボブ・ドロウのヴォーカルが入った演奏ばかりが耳に残るアルバムなんですよね。

マイルスのアルバムの中で最も難解なアルバムである事が後でわかってくるんですが(笑)、とにかく、とてつもないことだけはとにかくわかる。という手に負えないアルバムのトップクラスでした。

コレと比べると、テナーサックスがジョージ・コールマンの頃のクインテットの『Four and More』のわかりやすいことわかりやすいこと。

当時、18歳くらいであった天才少年のトニー・ウィリアムズが煽りまくり叩きまくりの中、全員が燃えまくるライヴは(しかし、根底にクールネスが常にあります)、な誰が聴いても興奮する、わかりやすい演奏です。

それに対して、このクインテットの演奏は明らかに別モノです。

今にして、何が難解であったのか、考えてみますと、リズムセクションに原因がありますね。

ハンコックマイルスやショーターがソロを取ると、ほとんどバッキングを弾きません(自叙伝を読むと、マイルスが「弾くな」と言ったようです)。

トニーも、あのライヴのような叩き方よりも、後の『In The Silent Way』のような比較的ミニマルな反復を基調にしており(しかし、全く単調な作業ドラミングではありません)、ロン・カーターのベイスは余りにも自由奔放で、もはやリズムセクションですらありません。

こうしてみると、ボトムがフワフワとしているんです。

しかも、その上で演奏するマイルスとショーターは、調性感がかなりありません。

コレは、すべての曲がそのように作曲されているからで、驚くことに、ショーター、ウィリアムズハンコックがそれぞれ作曲しているんですが、全員が似たよう曲になっているのもすごいですね。

調性をものすごく薄くすると、曲調な似てきてしまうんでしょうね。

シベリウス交響曲もそういえばそんな感じです。

なんだかこうして書いているとフリージャズみたいですが(ボンヤリ聴いていると、オーネット・コールマンカルテットみたいに聴こえるんです・笑)、明らかに強力なルールが存在しているんですね。

そのルールに基づいて、自由奔放に全員が演奏しているので、フリージャズになりそうでならないわけです。

この余りにも高踏的な演奏を当時理解する人は余りいなかったようで、コレと次回作の『Nefertiti』はマイルスのアルバムとしては、悲劇的に売れなかったらしいです。。

マイルス史上、参加メンバーがこんなに渾然一体となって1つのサウンドをグループで完成させたというのは、多分、このクインテットだけであり、本作はその極点であり、アコースティックジャズが到達した極点なのであり、未だにコレを超えるアコースティックジャズというものは存在しません。

さて。

このアルバムのもう一つの謎は、このようにとてつもないところに上り詰めてしまったマイルスたちの演奏の最後に、全く脈絡もなく、1962年の、ギル・エヴァンスがアレンジした2分にも満たない演奏が付いているのだろうか?という事なんですが、マイルスを知る上でも重要な『自叙伝』でもよくわかりませんし、プロデューサーである、テオ・マセロの発言も読んだことがないです(もし、あったら教えてください)。

コレが誰の意図でつけられたのか、よくわからんのですが、マイルスという人は、録音してしまうと、あとはプロデューサーに任せきりで、出来上がったアルバムにもそれほど興味を示さず、もう次の事を考えているような人はだったらしいので、最後の曲をつけたのは、多分に、テオの判断なのでしょう。

テオの編集の大胆さは、エレクトリック期になると、ホントに大胆になっていきますが、多分、ココでもその鱗片が出ていたのではないでしょうか。

クインテットの演奏を聴いて、編集して何度も聴いていると「こりゃ、とんでもないアートだ!」とテオは驚いたんだと思います。

そして、同時に「アート過ぎて、マイルスが怒るだろうな、コレ」とも思ったのか、どこか壊してみたい。と暴力的に思ったのかは、もうわかりませんが、あの2分に満たない、それ自体はものすごくヒップでカッコいい演奏なのですが、明らかに目指している地平が違う、演奏が最後に来ることで起こる、絶妙な脱構築が、なんだか、ゴダール作品の唐突に音楽がブツリと切れたり、また、始まったりという、あの、暴力的なクセに美しくてオシャレ感すらあるあの感覚に近いもので、最後にケムに巻かれるんですね。

ウットリしてたところにスコーン!と打ち込まれるような。

そういう、マイルスとテオによる共犯関係が、まだジャブを食らわすくらいですけども、少しずつ始まりつつあるという意味でも重要な作品です。


f:id:mclean_chance:20180219201442j:image:w360

2018-02-18 とてつもない荒業に行ってきました!

[] 『Coltrane in Japan』を聴く@四谷「喫茶茶会記」

ジョン・コルトレインが、ビートルズ来日の熱狂の年である1966年に最初で最後の来日を行ったのは大変有名ですが、その東京公演の2日間が録音されており、コルトレインの死後に発表(彼のアルバムは死後発表がものすごく多いです)され、LP4枚にも及ぶ大作なのですが(初めアメリカではLP二枚組の抜粋盤として発売されています。全曲聴けるようになったのは日本の方が先のようですね)、その 7月22日の公演を全曲聴こうという、凄絶極まりないイベントに参加いたしました。

2時間にも及ぶ演奏に、たったの3曲しか演奏していない。という凄まじい内容なのですが、こんな演奏をほぼ毎日電車で移動しながら日本各地を回っていたんです。

コルトレインは、このツアーの翌年の1967年に病死しますが、原因はこのような凄絶な音楽活動にあったのだと思います。

コルトレインの演奏は、1950年代から1960年代まで、一通り聴いており、その点での驚きはもはや私にはないんですが、やはり優秀な再生装置で聴く晩年のコルトレインの演奏は、凄まじいです。

コルトレインとその臣下たちの演奏は手数が多くて一見轟音ですけども、とりわけコルトレインのテナーは、驚くほど律儀で、「Peace on Earth」にしても、「My Favorite Things」にしても、和声は壊してませんし、4を基本にリズムを取っている事を崩しません。

要するに、トコトン基本に忠実で、むしろその点に驚きます。

コルトレインがジミー・ギャリソンをずっとバンドに入れ続けている(ホンの一時期ギャリソンを手放すのですが)のも、クリックとしての役割を愚直に勤める彼がいないと、どうしてもコルトレインの音楽というのは成り立たないんですね。

「My Favorite Things」のギャリソンの長いベイスソロを聴くと、彼が恐ろしくオーソドックスなジャズ・ベイシストである事がよくわかります。

この曲は6/8拍子ですが、クロスリズムとしての4/4拍子でずっとソロを取り続け、少しもポリリズムにもならず、ずっと4拍子のままです。

この前のカルテットは、ギャリソンを中心にすえて、トレイン、マコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズが繰り広げる、ポリリズムの祭典がものすごかったんですけど、そういうメンバー同士のいい意味での競い合いみたいなものは、この晩年の編成ではむしろ弱まっているんですね。

とはいえ、コルトレインのテナーソプラノは更にすごい事になっていて、テナーはほとんど高音しか使わず、ソプラノは壊れるんじゃないのか?という爆音で吹いていて、恐いくらいです。

もう、何もかも振り払ってとにかく没入し尽くしたい。という、そういう吹きっぷりですね。

有り体に言えば、イッちゃっているというか。

それをやっても演奏が壊れないようにするために、コルトレインには、ギャリソンのような忠実でオーソドックスなプレイヤーがどうしても必要だったんでしょうね。

ラシッド・アリのドラムも、エルヴィンと比べると、リズムの点ではむしろ普通です。

そうしないと演奏がロストして、めちゃくちゃになってしまうからなんでしょうね。

コルトレインは若いファラオ・サンダースフックアップして現場で鍛えるためにバンドに入れたんでしょうけども、コルトレインとの釣り合いが余りにも取れてないですね。

力量が違いすぎます。

こういう混沌とした状況で、コルトレインのテクニックが乱れず、猛然と一曲50分以上も演奏しているんですよね。

しかも、間髪入れず。

各人のソロ、とりわけコルトレインのそれはものすごく長く、ジャズが持っている、各人のソロを回していくという意味がもう消失してしまって、ハテなんの演奏してるんだっけ?というくらいになってしまうので、音楽の構成としてはかなり問題です(モダンジャズは原理的にこんなに長く演奏できる音楽ではないと思います)。

そういう問題点がとても多い晩年のコルトレインのクインテットですけども、それでも胸を打たれるのは、ひとえにコルトレインの演奏の物凄さですよね。

最早、ノンシャランなジャズというものを圧倒的に逸脱した、この公演の司会を行った相倉相人の「コルトレインの祝祭が始まります」という名MCが示す通り、「祝祭」と言う言葉がピッタリな演奏だと思います。

とにかく、圧倒的な経験でした。

身も心も音楽に捧げ尽くした、ジョン・コルトレインの演奏はなかなか手強いですが、一度経験してみる価値は間違いなくあります。

いきなりこのライヴを聴くのは無謀だと思いますけども、コルトレインの黄金カルテットの演奏や50年代のマイルス・デイヴィスフックアップされた頃の、自身のスタイルを模索中のコルトレインから聴いてみるといいかもしれませんね。

実は、1950年代からコルトレインの演奏は、ものすごく真面目で求道的な所は全く変わってませんね。

この、真面目で求道的でトコトンまで行かないと気が済まない。という、ジャズメンとほとんど相入れない価値観をもって演奏にのぞんでいたコルトレインが、いろんな人々を巻き込んでいき、教祖的に見られるようになってしまうんですけども(ここにコルトレインのものすごい功罪の「罪」の側面がある気がするんですが、この話には立ち入りません)、コルトレインが晩年目指していたのは、これだけ荒れ狂いながらも、グルーヴ感を失わないという、ブラックミュージックであった。かなり異形の。という事に尽きるのではないでしょうか。

f:id:mclean_chance:20180218221913j:image:w360

2018-02-04

[] Art Tatum『Classic Solos(1934-1937)』(Decca)、『Piano Starts Here』(Columbia / Legacy)

personnel ;

Art Tatum(p)

(Classic Early Solos)

Recorded on August 22, 24 and October 9, 1934, on November 29, 1937 in New York City

(Piano Starts Here)

March 21, 1933 in New York City, and spring of 1949, at Shrine Auditorium in Los Angeles



アート・テイタム(1909-56)は、ジャズ史に燦然と輝くピアニストでありますが、ソロピアノを基本とするという、ジャズの中ではかなり異色のスタイルを持っていたためか、いつしか忘れられた存在になってしまったのかもしれません。

そんな彼の全盛期である、1930年代ニューヨークでのスタジオ録音と1949年のロサンジェレスでのライヴを収録したものです。

驚くのは、結構年代が空いているのに、1930年代1949年のライヴ録音の演奏がほとんど変わってない事ですね。

彼のピアノスタイルは、真にソロが一番合っていることがイヤというわかります(クラシックのコンサートを見れば、明らかな事なのですが)。

そのダイナミックな曲想、強靭ピアノのタッチ、驚異的な手数を誇るテクニックは、全ジャズ史の中でも屈指と言ってよく、ソロピアノをやっている時のタッチが似ているバド・パウエルピアノスタイルは、やはりビバップにフィットさせるためにテイタムのいろんな部分を削っている事がよくわかります。

超絶技巧ピアノを弾きまくったオスカー・ピーターソンが辛うじてテイタムの後継者と言えるでしょうが、彼ですらモダンではテイタムの複雑極まりない要素を多分に含んだピアノを汲み取りきれません。

その余りに独特の演奏法を作り上げてしまったが故に、後継者は皆無なのですが、面白い事に、近年のジャズピアニスト達がモダンジャズでは敢えて切り捨ててきた左手の使い方を見直すためにテイタムがまた見直されているようなんですね。

たしかに右手も左手もbpmが速かろうと遅かろうと、とにかく目まぐるしいほどに動きまくり、それでいて、一音一音はチキンと立っていて、音が大きいのです。

しかも、圧倒的にスインギーであります。

コレを生で聴いたら、ホントにたまげるでしょうね。

ある意味行き着くところまで行き着いたピアノですから、どれを聴いても同じと言えば同じです。

そういう意味で言うと、テイタムというのは、要するにものすごいプレイヤーでしかなく、それ以上でもそれ以下でもないんですね。

同じ意味でビバップ創始者であるチャーリー・パーカーも、圧倒的なプレイヤーとしての凄さなので、なくなってしまうと、影響力はドンドンなくなっていくんですね。

コレに対して、セロニアス・モンクはその特異なピアノ演奏以上に後世に影響を与えたのは、そのユニークな作曲で、ジャズミュージシャン以外の人たちも刺激するらしく、常にいろいろなジャンルの人々に取り上げられています。

個人の能力や資質に依存しすぎたスタイルやその音楽というものは、どうしても一代限りの芸当になってしまい、それは、なかなか継承できないものでありますね。

先日取り上げたジャンゴ・ラインハルト、そして、アート・テイタムというのは、まさにそういう人であり、技巧として分析しやすいところなどは継承されますけども、どういう発想からこういう演奏になっているのか。という、いわば、感性の側面は分析が難しいので(フロイトじゃありませんけども、人間の内面なんて、とても手に負えませんから)、どうしてもオミットされてしまい、一番大切な部分が欠落してしまいます。

テイタムはその驚異的なテクニックもすごいのですが、その曲の展開のさせ方が一体何に基づいているのかが、あんまりリクツで説明がつきにくい、とても不可解なところが多く、それはもうテイタムのその時の気分としか言いようがないんです。

「その時々の気分」というものと演奏が不可分というは、もう後世のミュージシャンにとってお手上げなのでありまして(笑)、であるからこそ、そこに忖度や想像の余地があって、独自に発展させる事ができるという意味もあるわけですが。

そもそも、テイタムはジャズがどうのという意識はほとんどなく、自分の音楽を探求しているだけにすぎないのだと思いますし。

自身では作曲せず、いろんな曲を全て自分の曲に改変していくという事を生涯にわたってやり続けていた人ですね。

そういう、分析不能なところがタップリとあるものこそ、古典としての強度がハンパではなく、ですから、今聴いてもびっくりしてしまうんです。

古典はありがたく神殿奉納するものではなくて、手に取って読んだり、見たり、聴いたりして味わうものである。と、ロラン・バルト的な「テクストの快楽」を主張し、本論を終わります。


f:id:mclean_chance:20180204123420j:image:w360


f:id:mclean_chance:20180204123540j:image:w360

2018-02-03 破壊的にポンコツな戦前の日本のジャズを聴きました(笑)。

[] 『へたジャズ』のイベント@荻窪ベルベットサンへ行ってまいりました。


転載ですが、ご興味のある方は。

http://himag.blog.jp/52900687.html

2018-01-20 ボウイ死去から程なく録音された傑作!

[] Donny McCaslin『Beyond Now』(AGATE)



personnel;

Donny McCaslin(ts, fl, al-fl, cl),Jason Lindner(keys, p),

Tim Lefebre(el-b),Mark Giuliana(drms),

Jeff Taylor(vo),David Binney(synth, vo),Nate Wood(g)


recorded at Systems Two, Blooklyn, NYC on April 2016





マリア・シュナイダーオーケストラの重要メンバーにして、デイヴィット・ボウイの遺作『★』にも参加している、ドニー・マキャスリンがボウイ死去からそれほど時間を置かずに録音された作品。


メンバーを見ると、その主要参加者はそのまま『★』のメンバーですね。このアルバムについては、

こちらに書きましたので参照ください。

http://mclean-chance.hatenablog.jp/

で、聴きましたら、コレがもうとにかく滅法すごいのです!

多分、2016年に発売されたジャズアルバムでベスト3に確実に入りますね。

前回紹介した、チャーリー・パーカーのアルバムの事実上のリーダーと思われるドニーのテナーがえらく気に入ってしまって、彼のこの前に出したリーダー作はどんなものだろうと思いまして、聴いてみたんですけども、コッチはもう怒涛のように吹きまくってますね。

吹きまくってフリー寸前までいく時があるんですが、どこかクールで、あの全身が火だるまになるような演奏とは明らかに違います。

マイケル・ブレッカーの流れは組んでいるんですが、マイケルの奏法は超絶ながら、それはジャズフュージョンが生み出したテクニックの集大成みたいなもので、その枠を超える事はないんです。

しかし、マキャスリン演奏はほとんどジャズイディオムではないですね。

そういうのものを意図的に避けています。

ですから、ブレッカーのテクニックをベイスとしつつも、その楽曲やフレージングは全く似てないですね。

ブレッカはメカニカルでどこか冷たく無闇に饒舌に過ぎるところが、特に若い頃はありましたけども、マキャスリンは吹きまくってもそんなに過剰な感じはないですね。

サイドメンもすごいです。

アルバム全体の雰囲気を見事に作り出しているのは、明らかにジェイソン・リンドナーで、従来のジャズのように弾きまくりで圧倒する事はあまりなく、ボンヤリ聴いていると気がつかなきいほどに全体に溶け込んでいて、どちらかというと、空気感みたいなものを変える事に集中し、マキャスリンのソロを聴かせることに、貢献しています。

絶妙は瞬間にピアノを弾いたりもします。

一見地味ですが、演奏面での最大の功労者は彼ではないでしょうか。

いわゆるエレクトロ・ミュージックの発想なんでしょうけども、単なる思いつきレベルでは到底ありません。

そして、なんといっても人力ドラムンベースである、マーク・ジュリアナのドラムが演奏を煽りまくって聴き手の血を沸騰される事この上なし。

このアルバムの人選は恐らくはマキャスリンですから、もうそれでかなりの部分勝ちなのでしょうけど(恐らくは、ボウイとの録音の中で構想が膨らんだものと推測します)、このアルバムを名盤にしているもう一人の重要人物は、プロデューサーのデイヴィット・ビニーでしょう。

演奏でも何曲か参加してますが、彼のメイン楽器である、アルトサックスは吹いてません。

このところのマキャスリンのアルバムのプロデューサーはなぜかビニーなのですが、ビニーは大変優れたサックス奏者であり、マリア・シュナイダーのもとではリードセクションの同僚である彼がサックスではなく、プロデューサーにほぼ徹しているというところが、オレがオレがの世界になりがちなジャズの世界が明らかに変わりつつあり、むしろ、演奏しない事で自分の表現は可能である事に、気がついたのでしょう(実はマイルスが実践してきた事ではあるのですが)。

このところのジャズアルバムにとても欠けていたのは、優秀なプロデューサーだったわけですが、ブルーノートが近年復活しているのは、明らかに優秀なプロデューサーを複数抱えているからですね(何しろ、社長のドン・ウォズがもともと素晴らしいプロデューサーです)。

このアルバムは、マキャスリンにとってもビニーにとっても生涯の中でとても重要な作品となったのではないでしょうか。

それにしても、こういうミュージシャンを最後に起用するボウイの嗅覚には改めて恐れ入る次第です。

ボウイ追悼のためでしょうか、彼の代表曲「ワルシャワ」が演奏されています。


f:id:mclean_chance:20180120103252j:image:w360

2018-01-13 大変有意義でした。

[] 四谷「いーぐる」のイベントに行ってきました。



転載ですが、興味ある方は。

http://himag.blog.jp/52786531.html