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08-27

[]前も紹介したんだけど 前も紹介したんだけどを含むブックマーク

あまりに急に涼しくなって、秋を感じるというよりもただただ夏の終わりを感じる、季節の狭間の空隙の日々。

とはいえ例年を思えば、すぐさままた暑さがぶり返して夏が息を吹き返すんだろうけれど、しかしそれまでの一瞬の今みたいな気候にはこの曲こそが。

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TNB!

TNB!

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08-08

[]湿度 湿度を含むブックマーク

温度や湿度のの管理された“快適な”空間で長い時間を過ごしていて、ときたま湿度に溢れることがある。それは単に屋外である場合もあるけれど、例えばエアコン等で気温は管理されつつも外気に開かれていて湿度だけがなだれ込んでくるという不意打ちのような空間も時にはあって、そんな空間に足を踏み入れてもすぐにはその異質さに気付かない。けれどしばらくそこにいると、気温の低さとなだれ込む外気の狭間で湿度はさらに高まり、空気に/体の表面にじっとりとした水分を感じることで、空調の効いた屋内や空気の底のような暑さにため息をつく屋外とははっきりと違うという違和感が浮き上がってくる。

あの感覚を後になって思い返すと何かに通じるアレなんだよと言えそうで、厳密にはやっぱり違うかなーなんて曖昧に考えながら、しかし暑くないけれどまさに水分的な湿度を纏う感覚というのは、季節は全く異なるモノの、何故か“雪”を触れるような感覚を思い出させて、その対比にへえと思ったという。

冬はドライな空気とその冷たさよりも、それによって際立つ水分/湿度によって感じているのかもしれないし、夏は暑さと湿度ではなくそこに時折差し挟まれる快適で乾燥した空気の心地良さによってこそ感じるのかもしれないよね。

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もともとアイリッシュ系は伝統的なものもより現代的なミクスチャー的な音もどちらも好きなんだけど、そのどちらとも違う形でしっとりと、かつボーカルは重くなるすぎることなくっていうこんな音がまさに今ツボで。国内ではあまり取り上げられていなくてほとんど調べずに買った一枚だったけど、結構な名盤じゃないかと思う。

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Cannie Hour

Cannie Hour

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日本酒飲みに行きたいなー

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07-24

[]Oscar Peterson Oscar Petersonを含むブックマーク

前回書いたように最近は非英語圏の音楽にはまっている一方で、局所的にはOscar Petersonにも嵌っている。僕が(今のところ)最も好きなJAZZピアニストとしてEugen Ciceroを挙げるとすれば、Oscar Petersonはそのキケロと同様の軽さ(軽妙さ)を備えているという点で以前から好きだったというのがあって。特にこの一ヶ月で、編集盤等ではないアルバムを6枚分ほど立て続けに入手しては、飽きること無く聴き続けている。

特に聴き比べるという点では「Fly Me To The Moon」なんかは面白い。『The Oscar Peterson Trio Plays』と『Tristeza』との2枚それぞれに収録されている同曲は、軽やかさと適度な湿度を使い分けるようでどちらも良い。そのままさらにその他の盤へと手を伸ばしたくなる入口になるんじゃないかと。その他の盤ではビッグバンド的なより派手な音もあったりする。

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Tristeza on Piano (Reis)

Tristeza on Piano (Reis)

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とある幸せな景色を、ああこれはつくづく良いものだなあと心底思いながら眺めるような、そういう時間が欲しい。偶然の景色でも良いし、作り込まれた景色でも良い。そこには多分、優劣はないのじゃないかと。というか作り込まれて実現された景色には、ある種、それを計画的に作り出してしまうという錬金術の実現のような素晴らしさがあるかもしれない。

てのは、理想の“広告”的な一形態だろうなと、ふと。

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07-20

ミクニヤナイハラプロジェクト「前向き

[]ミクニヤナイハラプロジェクト「前向き!タイモン」 ミクニヤナイハラプロジェクト「前向き!タイモン」を含むブックマーク

昼、ミクニヤナイハラプロジェクト「前向き!タイモン」伊丹アイホール。観るのは2度目で、1度目は2年前の2011年秋にKYOTO EXPERIENCEの一環での公演だったかと。今回の舞台もその前回とほぼ同じ内容、同じ3人の演者、同じ舞台装置だったと思う。

矢内原美邦戯曲は基本どれも情報量過剰(特にセリフ面)で、それ故に理解すら投げ捨てざるを得なくなったりすることがあるその感じこそが良さだ、なんて面倒なことも言えてしまう側面もあるし実際そう思ってもいるんだけど、既に以前観た舞台を今日ひさびさにかつ2度目を観る機会を持ってみると、驚く程すんなりと入ってくるもので。
理解したとは言わないまでも、ある種の切実さとともに感じ入った部分があったのは確かで。特にタイモンが言い続ける「待つ」ことについて、そこにタイトルのような前向きさも希望も何も感じないんだけど、それが逆の推進力にもなったりするし、タイモンが持つ人格である“良いタイモン”と“悪いタイモン”の間で俯瞰する“普通のタイモン”のような視点にもなったりするするだろうし、てなあたりに。何事にも先手を打つように回り込んで、回り込みすぎた結果、全てが起こるさらに前で立ち止まり続けることになるのには共感したくないんだけど、そこにある切実さはどうにも知らんぷり出来ないから、せめて対処法くらい備えておきたいじゃないか。

結果、今までみたミクニヤナイハラプロジェクトの中で一番良かったんじゃないかと思えた。

[]華麗なるギャッツビー 華麗なるギャッツビーを含むブックマーク

夜、映画「華麗なるギャツビー」を観る。原作「グレート・ギャッツビー」が好き過ぎて訳者を変えては読み続けてる背景があるもので、果たして…と思いつつ、いざ観てみるととても楽しめた。それこそ映画というより元ネタを知っているアトラクションに逐一頷きながら乗ってるような。ファンタジックで演出過剰だったりチープだったりする映像や、数年前に一瞬火がついてすぐ消えてしまったエレクトロスウィングを思わせるような音楽使いに最初は首をひねったりもしたのだけれど、観るうちにやがて、その軽さ/あざとさ/儚さこそまさにギャッツビーを描く映画に相応しいと思い至り、全面的に楽しんでしまった。普段ほとんど劇場に行かないので相対的には見れないし原作好きバイアスもある上で、まあしかしそんなのは良いじゃないかと、そう思えてしまったなあと。

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ここ2ヶ月程はすっかり非英語圏の音楽に心が奪われていて、自分でも不思議。以前「メロディーもリズムもちょっとなあ…」と感じた時があって、その時はノイズへと進んだ契機になったあの感覚が、今回は“英語圏”に象徴される音楽的形態を食い破る方向で現れたのだと思う。自然とラテン系の音を多く聴くことになっているけど、他にも欧州のルーツ系やらアフリカやらインド周辺やら、まだしばらくこの指向は続きそう。いずれmusicカテゴリで紹介すると思う。

[] を含むブックマーク

仕事上の案件の重なりが度を越すあまりに何も出来ない期間が1ヶ月強。気付けば7月も後半。暑い。会社からの夜中の帰り道に見かけるのは公園の芝生で寛ぐ人達やら、まだ生きている蝉をつついては銜え振り向く雀やら、街灯を避けるように場所を選んでアスファルト道ばたに座り込み会話を続けるおばちゃん達やら。季節は確実に過ぎていく。

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05-28

mcmlxxx2013-05-28

[][]大竹伸朗『焼憶』展 大竹伸朗『焼憶』展を含むブックマーク

25、26日と愛知名古屋へ。目的は常滑での大竹伸朗『焼憶』展@INAXライブミュージアム。2月からやっている展示だけれども終わりも近づいた中で、巡回もないだろうしてことで観に行ったもの。大竹伸朗大好きなんだよね。
INAXライブミュージアム自体は常設展示メインで、そこに一部企画展も加わるというような美術館兼博物館といった体裁の施設。決して大きい施設群ではないけれども、そこには世界のタイルの歴史を知ることのできる博物館や、日本における建築部材としてのテラコッタの歴史を知れる施設なんかもあったりして、その辺興味ある人であればかなりの時間を費やせる場所になっている。特に世界のタイルの展示は、質と量を同時に把握しながらその歴史的変遷を俯瞰できるという点で、とても興味深い。中国のタイルをベースにオランダへと伝播していったデルフトタイルに心癒されるというか、それこそほっこりするような“手づくり”の暖かみ/良さが、それ以降のイギリスでの量産システムを経た反動と言えるアーツ&クラフツ運動といった動きまで俯瞰する中で再度浮かび上がってくるような展示形式であって、それが嫌みなく伝わってくるタイル自体の魅力に納得させられる。初夏の暑さに脳を溶かしながら言えば、うん良いよねえ手描き、、、てのが、とても素直に実感出来てしまうのが面白かった。

そんな中の一室で展示されていた大竹伸朗『焼憶』展について。INAXと大竹伸朗の関係は、直島公衆浴場直島銭湯 I♥湯(アイラブユ)」プロジェクトでのタイル制作での関わりからとのこと。展示自体は、大竹伸朗の過去作品の画像を焼き付けたタイルや、常滑の写真(大竹伸朗撮影と思われる)を焼き付けたタイルによる壮大なコラージュ作品であり、それが巨大な本のハードカバー部分を形作るというもの。大竹伸朗によるコラージュでかつ本の形式の作品と聞けば、ライフワーク的に続けているスクラップブックが想起されるが、今回の作品はその巨大ver.と取って良いのか。けれどページ部分は明らかにぞんざいな白紙の扱いで、タイルで覆われているのは表紙/背表紙部分のみ。外部とも言えるそのハードカバー部分は、タイルの整列によるグリッドと、画像の集合によるカオスが共存しており、さらにそれまで観てきた世界のタイルにまつわる展示や土と人の歴史を思い起こす中で、人が作品を作る媒体としての土という素材の強さと、同時に無常さをも思い起こされる。紙にくらべてさらに強いその素材により形成されたスクラップブックの元ともいえるそれにスクラップされるのは、何なのか。観るものの記憶を焼き付けるそれは、同時に記憶を焼き尽くす時間をも象徴するようでもある。
タイルにまつわる技術が進化してきた経緯を踏まえながら『焼憶』展の展示を見直すと、その技術の進化が逆に儚さを浮かび上がらせるようでもあり、だからこそまたそれが潔さにつながりもするといったいくつもの意識の層を巡る感覚があって、今という時代の中でまさに今を把握することの厄介さをを感じたりもした。いや抽象的だけれども。

[]道中庵 道中庵を含むブックマーク

その後向かったのは高横須賀駅前にある道中庵(正確には「中」の字が違うんだけど)という日本茶専門店。数年前に兄に連れて行ってもらって以来、そのあまりの“美味さ”に衝撃を受けて愛知に行く度に足を運んでいるお店。大体どうにか年に一回くらいは行けている、と思う。表現が難しいし、その味の深みやそこで受ける感覚の複雑さを考えると安易に言葉を添えづらいのだけど、それこそ初めて味わったときの感覚をそのまま記すとすれば“脳が揺さぶられる”感覚であり、そんな味/香りである、とか、そんな大げさなことになる。冗談抜きでそうなんだから、ホント凄い店なんだよね。

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