真・女神転生III-NOCTURNE マニアクス:その10

 左右に設置された篝火が風にはためいている。足元を見下ろすと、柵や段差なんていう優しげなものは何もなく、つま先の10cmも先からは全てがゴマ粒大の地上。


 ……とてつもなく高い……


 落ち込んでいるのに任せて物見台へと来てしまったが、「なんとなく」なんて動機はあっさり吹き飛んだ。凝視していると、眼下の景色が目前に迫ってくるような感覚。腹の下のあたりから背筋にかけて、ひどく疼く。
 さっさと踵を返してエレベーターに戻れと脳が命令するが、すっかり竦んでしまった膝から下は頑として動こうとしない。暴風の中棒立ちするしか出来ない俺。勢いだけでこんな近くまで見に来るんじゃなかった。鬱だ……


アメノウズメ「すっごーい。アンタ飛べもしないのに怖くないワケェ?」
アラハバキ「流石は我と覇道を行かんと誓約せし主よ。その眼に一片の恐怖も無し」
キクリヒメ「この状況で身じろぎ一つしないなんて……見直しましてよ!」


 例によってノンストップで勘違いする仲魔ども。突っ込む気力も無い。しかし放置しておくと、奴らは生まれたての小鹿のように澄んだ期待のまなざしを向け始めた。アラハバキの眼が怖い。お前は土偶なんだから無理に見開くなと。目が合うと奴は嬉しそうに瞬きした。頭がふらふらする。気まずくなって改めて視線を落とした。──無理だ。これは無理だ。こんなところ(サンシャイン60屋上)から飛び降りようなんて思う奴はどうかしてる。実行する奴は変態に違いない。そういや一人いたな、ダイブ決めた赤いのが。改めてダンテを変態認定しておく。


アメノウズメ「あのデビルハンターとかいうヤツ、全然ピンピンしてたよねー」
キクリヒメ「主も行けるんじゃありませんこと?」


 ああ、とうとう言葉にしやがったこいつら。ここでビシっと主人としての立場を守りつつ奴らをたしなめる名言が出てくればいいのだが、口下手な俺にそんな芸当が出来ようも無い。もう、本当に飛び降りてやろうか。深呼吸しようと空を仰ぐ。
 ──そらの中心に浮かぶ煌天の輝きが目に入った。カグツチが満ちたのだ。ギラギラ刺すような光が、俺の意識の理性にあたる部分を真っ白に霞ませる。脈絡無いハイな気分が全身を支配した。そうだ、ダンテだって無事だったのだ。悪魔の身体を持つ俺がどうして恐れなければならない。ここから飛び降りたらもっといい気分になれそうなのに。人間の時には味わえなかった経験だぞ。ここでやらなきゃ勿体無い。オトコじゃない。二秒で覚悟完了、いざ、筋肉を収縮させる。お、やるのか?と仲魔が沸き立つ。


アラハバキ「主の偉業、しかとこの目に焼きつけん」
アメノウズメ「それでこそマスターって感じ? 頑張って〜☆」
キクリヒメ「行ってらっしゃいまし、治療はお任せくださいな!」


 お前らもな。一緒にイイ気持ちになろう。


三体「え?」


 掌中に光の槍を形成し、連中の足元にヒートウェーブを叩き込む。ダメージは無いが、浮遊していた3体は衝撃に吹っ飛ばされて、全員空中に放り出された。その手足を適当に捕まえて、俺も飛び降りる。


アメノウズメ「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ、死ぬ、マジで死ぬ、浮かんでられるのちょっとだけだからああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


キクリヒメ「いやあああああぁぁぁぁあああ、まだリカーム覚えてませんのよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


アラハバキ「のああああああ、如何に物理無効の我と言えど、もしかしたらっ、割れるっ、粉微塵に割れてしまう──────!!!」


 心地のいい悲鳴。心地のいい落下感


ビュオォォォォォォォォォォ


 心地のいい加速。心地のいい風圧。


ゴオオォォォォォォォォォォ


 あれ……地面まだ?
 ちょっと……ヤバくない……か?…………────


三体「だから死ぬって!!!!!!!!!!!」


 煌天の魔力に本能的恐怖が勝り、正気を取り戻す。──何やってんだ俺は。
 う、わ、あ──────
 悲鳴を発せようとしたが、既に着地点はすぐそこだった。


 俺達は形容し難い地響きを立てて、激突した。






「全く、久々の召喚だと思ったら……馬鹿にも程度ってものがあるんじゃない?」


 血溜まりの中、なお頭から血を噴出してる俺。半身が完全に粉々なアラハバキ。轢かれた蛙の様にみっともない格好でうつ伏せてる古事記ダンサーズ。僅かな余力で呼び出されたハイピクシーは、俺達を見下ろして呆れていた。回復の魔法を使うかどうか悩んでいるようだ。
 ごめんなさい、もうしません。魔が差したんです。頭を下げて容赦を貰う。


 どうにか全員一命を取り留めたが、息も絶え絶えな状況の中俺は……


 割と、イイかもしんない。


 何かに目覚めてしまっていた。(続く)