おむすび山は、おわんの形をした小さな山脈のこぶとしてずっと昔からあった。
ずっと昔からというのは僕が物心ついたころからの話で、
体育座りをさせられているみたいにちょこんとした小さな山だった。
おむすび山から小さな尾根を沿っていくとやはり小さな神社とその境内の公園があった。
ブランコだけが最初にあり、その後何人かでのっかって揺らして遊ぶ恐竜型の遊具、
原子モデルみたいなジャングルジムが後から加わった。
恐竜型の遊具が動いているのをみたことは、一度もない。
ドラム缶がいくつか転がっていて、中に水と杉の枝が沈んでいる。
なんだか恐竜時代の植物みたいで、オレンジ色のサビか何かがその上には降り積もっていた。
おむすび山で誰かに会ったことは1度しか無い。
見慣れない夫婦が神社にお参りにきていた。
僕は彼らから隠れ、神社の裏側、お社の軒下にいた。
僕が軒下の砂に隠れるアリジゴクを捕獲していると、彼らは帰っていった。
20年近いおむすび山に通った中で、人を観たのはその時だけだった。
たいていは一人でぶらんこに座り、捕まえたクワガタの関節のきしみに耳をそばだてていた。
おむすび山には、僕だけの秘密の場所があった。
それは、この近辺では珍しいクヌギの木のあるエリアの中の一本だった。
以前はこの街の森はすべて雑木林だったらしいけれど、川が近くにあり、運搬が容易になることから
金になる杉の木にほぼすべて植え替えられていった。
その一本のクヌギへ、夏休みには毎日いった。
頻度こそ落ちたが、大学生になってもまだいっていた。
すごい時は、朝いって、夕方いくと二度もクワガタをとることができた。
スズメバチも必ずいたけれど、そのクヌギには小さなウロがあり、そこから蜜がわずかに出ていた。
大概はカナブンだけれど、木の隙間をよく見ると、クワガタが細い隙間に引っ込んでいる。
コクワガタしかとれなかったけれど、それでも胸は高鳴った。
小さな枝でこじると、イヤイヤ出てくるコクワガタを捕まえた。
時にはびっくりするほど小さなクワガタや、立派な大きさのコクワガタを捕まえることもできた。
大学生の頃に、そのおむすび山に山荘ができた。
別荘的に使うもののようだった。
僕がアルバイトをした料亭の社員さんが製作にあたっていた。
彼は元々はログハウスが作りたくて、修行していた人だった。
少しだけ手伝いをしたこともあるが、それからというものの、僕はおむすび山にいく頻度がずいぶんと減った。
山荘が完成し、しばらくして、父から聴いた話だ。
彼は完成した山荘でお酒をのみ、深夜ログハウスのテラスから落ちて顎を割った。
手術をしたが、顔の形が変わってしまったという。
彼はログハウスをつくっているとき、とてもうれしそうだった。
それ以降、彼の話は聴いていない。
秘密の場所にそれからしばらくしていくと、
そのウロがずいぶん高い位置に移動していたし、ちいさくなっていた。
それまでは、まったく場所を変えていない様に思えていたのに。
幹が肥大成長をし、ウロを潰していく。
クワガタの現れる頻度は減っていく。
それからさらにしばしして、冬とも秋ともいえないある晴れた暖かい日曜日、
僕はおむすび山へ向かう。
消えかかったウロの底に、まだクワガタがいるような、そんな気がして。
朝も夕もおむすび山へ向かったのは、その「いまいけばまたいるかもしれない」というような、
取り残しをしたような心残りと期待感に煽られてのことだった。
ウロの底や家の隙間からはい出てくる。
冬を越す前に、春を待ちわびて。
夏の残り火が未だにどこかにあって、それは時折這いでてきて、そうして消えていく。
クワガタはいなかった。それはそうだ。
秘密の場所から、ウロは完全に消えていた。
肥大成長して潰されたか、高い場所にいってしまったのか。
僕はしゃがみ込み、指で樹皮と樹皮の間の溝をなぞる。
このあたりがいいだろう。
春が来たら、ナイフを持ってきて、ここに少しだけ傷をつけてみようか。
「坂道を転がる球のようなものなのですか?」
「そういえるかもしれない。台風はそれ自体で動くわけではないからね。
風や、気圧や、そういったものに動かされるんだ。
今回は偏西風がずいぶん北の方を吹いていてそのせいらしいよ。」
12号と素っ気ない名前を与えられたそれが、地球の上をころころ転がる様を僕は思い浮かべた。
帰り道に珈琲豆を買いによると、土砂降りがはじまり雨に降り込められてしまった。
雨の音は不思議だ。雨はトタン屋根に、瓦に、アスファルトに。
ほこりっぽい小学校のグラウンドに、帰りを急ぐ車たちの上に降り注ぐのに、その音はどれもほとんど同じように聴こえる。
それぞれの個性を主張しない、匿名的な音だ。
そういった意味で、それは拍手ににているかもしれない。
今日の雨はずいぶんと熱のこもったものだが、それは誰に向けられたものだろう。
その日に出してもらったサービスのアイスコーヒーはとても旨く感じたが、
それが自分の好きな味だったかどうかには自信がもてなかった。
味覚が、珈琲についての味覚が、ここ数ヶ月で変わったからだ。
体調もあるだろうし、豆の保存方法もあるかもしれない。
理由はどうあれ、結果は一つで、僕はキリマンジャロの酸味があまり好きではなくなってしまっていた。
高校の頃からだから、かれこれ9年目になるだろうか。それくらいに馴染んだ味だった。そのはずだった。
半ば冗談、半ば本気とはいえアフリカのキリマンジャロに登山し、
その山頂の雪でその山と同じ名前の豆で珈琲を淹れようとするくらいには好きな豆だった。
因みに、キリマンジャロには登頂したが山頂の雪は温暖化により溶けてほとんど残っていなかったため、
珈琲は飲めなかった。
「夏にはキリマンジャロは少し重いかもねえ」と、店長の奥さんはいっていた。
以前は夏もずっと飲んでいたはずだけれど、その時の舌の記憶は思い出せなかった。
アイスコーヒーを手に取り、そして盆に戻すまでの間に店長による気象の話は実際の予報の際の技術までに及んでいた。
「なんでそんなに天気に詳しいんです?」と店長にきくと、
「俺は波やってたから。サーファーだったんだ」といつものように相手の眼をじっと見ながら答えた。
お客さんが入ってきて、ブレンドを100g買って帰っていった。
「ゆっくりとやってくる台風は最高なんだ。雨と風よりも速く、波はやってくるから。
そんなときは内海で、だけどね。江ノ島とかさ。カレントを捕まえて沖に出るんだ。」
「カレント。。。離岸流みたいなものですか?」
「それそれ。波をよくみていると、そのなかで一部分だけ道のように沖に伸びているカレントがみえるんだ。
それにのるんだよ。
だけど、海でも水泳禁止のところ、あるだろう。そういうところには、悪いカレントがある時がある。
沖へと伸びていったそのあとで、底へと沈み込むカレントがあるんだ。
それは人を引きずり込むカレントだ。
もしそういうものに出会ってしまったら、「潜れ」と漁師は言うんだよ。
逆らわず、底へと10mくらい潜るんだ。すると、そこから吐き出されて戻ってこれる。
逆らわず、冷静に潜り、そしてあがってきたものだけが生き残るんだ。
途中で息が切れた奴は死ぬね。」
外をのぞくと、水たまりの上を見えない鳥が歩きまわっているようにみえた。
豪雨に紛れて隠れていた透明な鳥が、水浴びの機会に待ちかねていたかのように。
小さな足跡としぶきをまき散らしていた。
店長は、もう波乗りはやめたらしかった。
そのことを言ったわけではないけれど、その話し方は過去のもののようだったから。
そして話は移り、うちの近所にできた喫茶店の話や、ドライブの話をしているうちに雨の音は消えていた。
水浴びは終わり、鳥は水たまりの中の自分の巣に帰っていった。
バイクにまたがり点火したときにふと、今もう一度飲んでみたら、再びキリマンジャロが美味しいと感じるかも知れないと思った。
湿った綿に似ていた。積乱雲の、その隅っこは夕焼けの手前の空にぽってりと垂れていた。
猫がいたずらにひっかけば、それは爪にまとわりつき顔をしかめさせただろう。
リトルカブにキック。エンジンを始動させる。
5時と少しの空は明るい。
陸橋を渡ったあたりだったと思う。
鼻先に雨粒が張り付いた。大粒で、たった一粒だけだったから気に留めてはいなかったけれど、
気がつけば土砂降りになっていた。
速度を50k近くまであげると、雨粒が小石のような痛みをもってくる。
ジーパンとポロシャツでは長くは持たない。
原チャの後ろに取り付けたボックスにはゴアの雨具が入っていたが、それはもう着ないことにした。
どうせ、下はないのだ。
西に進むに連れて空は暗くなり、あの湿った綿を絞った底へと近づいているのだとわかった。
視界がみえないほどの雨の中で、自宅まであと数分、というところで気が変わった
ポケットには財布とケータイ。
別に濡れたって構わない。
パンツまでびしょぬれなのだから、散歩をしよう。
家に続く道の一本手前、
川へと下る道を降りていく。急カーブをきれいに流れる水と平行に、底へ底へと降りていく。
時折溢れる排水口から噴水のように水が吹き出して、
道路ではあまりに大きい雨粒が大量に落ちるので、そこかしこが逆撫でした猫の背中のようだった。
増水した川の上にある橋は水を貯めていて緩やかな川となっていた。
川の交差点をエンジンに水が入らない程度にするすると進んでいく。
ここからは急な上り坂だ。
対向車線から下り落ちてくる車が遠慮なしに大量の水を僕にひっかぶせる。
車は好きじゃない。あれはたいがいにおいて愚鈍な人間をさらに鈍くする。
坂を登り、僕と同じ名前の公園を通りすぎると、僕と同じ名前の峠がある。
今は封鎖されているけれど、殺人鬼が死体の一部をおいて行った場所だ。
完全に濡れそぼった服はぴったりと体に張り付いて、お腹と背中を絞ろうとするように圧力をかけてくる。
体は少し悪寒がするものの、炭酸みたいに気分は軽かった。
こんなにびしょぬれになったのは、小学校の頃着衣遊泳の危険性を学ぶためにプールに着いで入った時以来だ。
ふわふわした気分のまま、今度は峠を下り、また川沿いへと帰っていく。
濡れて頭を垂れる笹を振り払い、あふれた水に乗った小石を避けながら。
よくランニングで通りかかる野球場は水で溢れてむしろいつもより滑らかにみえたし、
青い灯りの電話ボックスは水槽のようにみえた。
街はうっすらとけぶっていて、花火の日の夜のようなのにずいぶんとおとなしい。
街を見下ろそうと、広徳寺の長い長い坂道を登った。
光、遠雷、光、、、、、、光。光、音は聴こえない。
灯りがとても弱々しくて、その無意味さがいとおしい。
ああ。指でつまんで殺してしまいたい。
満ち足りて、街を見下ろしながら道を戻った。
西の空は夕焼けの色で、僕の頭上から東はまだ綿の底だった。
カナカナが聴こえる。夕焼けの方角。
世界が瞬きをして、今度は大きな音が響いた。
僕はびしょぬれで、川沿いを走っている。
通りすがりの車に浴びせられた水で、ジーンズが重かった。
実家に向かう電車は相変わらず20分に一本しかない。
電車が発信した。
たぶん、5つか6つ、終点までには駅があったはずで、
僕は千に届くくらいにはのったはずのこの路線のその数を知らない。
これからも知らないだろう。
興味がないからだ。
それでも椅子に座れば手の置所を探すように、
僕は眼の置所を探して路線図を見る。
ただ一本の道、点々と、駅の名前。
下りは上りと違い、ほとんどあたらしく乗る人間はいない。
街のシルエットは終点に近づくに連れ、灯りも減り、大雑把になっていく。
ひとつひとつ、駅が進む度に、乗客は減っていく。
僕の生まれた場所に近づくに連れ、同じ駅で降りて、同じ場所で暮らしているのであろう人々が濾過されたように増えて行く。
もっともっと遠くから、僕のふるさとに近づいていけば、最後に同じ車両に残った人は僕の知り合いで、優しい気持ちを持ち合えるんじゃないか。
そんな風に感じてしまったけれど、膝の上に手をおいたら、ジーンズの重みがそれを否定した。
脱ぐわけにはいかないが、こいつは僕を疲弊させる。
もう、終点につくまで顔をあげることはやめようと思った。
周りを見渡して、そこに誰も知った顔はなく、そもそも自分に知った顔などそう多くはないのだし、と言い聞かせる。
立ち上がり、外へ出ると雨の音がした。
こちらに向かって、女の子とスーツの男がやってくる。
雨の中、クラッチバッグを頭上に掲げて走ってくる女の子と、
スーツなのに淡々と歩いてくる男。
時速10kmの女の子と、時速6kmの僕と、時速4kmのスーツが、出会うはずなんてなかった。
出会うとすれば、空から降る縦軸の、その幾筋か。
そう、雨だって平行線で、交わることなどないではないか。
それとも、時には交わることも、あるのだろうか。