左翼というのはプライドたりえるのだろうか このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-01-28 武士道

[]武士道 16:39 武士道を含むブックマーク 武士道のブックマークコメント

f:id:meiwakoko:20070128211027j:image

いまさらだが、武士道新渡戸稲造著)を読んだ。

これは「武士道」というものを世界に広めた名著と言われているが、なるほど、確かに名著だ。

何気なく、空気のようにある私達日本人の精神性、これは決して日本国内をいくら見ても全く見えてこない。

武士道」は世界の人に日本の武士道を紹介するために書かれた。

世界に日本を紹介すると同時に、この本は世界と比べることによって日本人の特有性、考え方、良心のあり方、そんなものの中に脈々と「武士道」が伝えられ、生きていることを逆に照らしてくれている。

日本人の精神構造を客観的に外から見ることで、日本人が日本人たる所以が抉り出され、日本人であることにひたすら感謝の意が自然に芽生えてくる。

まあ確実に僕は農民の子孫なわけだが。

蛇足だが、ここで挙げられている武士道名誉の切腹とか忠の心は何よりも大切とか)は確実に江戸時代武士道だろうな。戦国時代武士道だったら裏切りは完全に裏切られる方に責任がある卑怯、せこいは所詮は敗者の戯言約束とはだまし討ちまでの準備期間のこと、というような徹底的なリアリズム武士道だったろうから


ある時私は、ベルギーの法学者に「日本には宗教教育がない」と話したところ、「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と驚かれた。思い返すと、自分に善悪の観念を吹き込んだのは武士道であることに気がついた。


らしい。この文章を読んで、正直、僕は「は?宗教と道徳とどう関係があるわけ?ましてや武士道とどう関連が?封建社会既得権益層が自らの立場を正当化するためのプロパガンダ?」と思った。思ったんだよ。不覚にも。

読み進めていくうちに、穿った考えがひたすら破れていってスルスルと上の文章が心の中に沁みていくまでにそんなに時間はかからなかったけど。

例えば、武士道の中で重要な概念に、義理というものがある。

「義理」という概念は外国語に無いらしいのだが、思いっきり簡単に言ってしまうと、

「親切を受けた相手には受けた親切以上の施しをしなければいけない」義務だ。

我々は、「」内のことを当たり前だと思っている。

当たり前過ぎて気にも留めないのだが、よく考えてみると、「」内のことは何の根拠もない。

別に親切を受けようが受けまいが自分が親切をすることと何の関係もないし、自分が親切をしてやって他人がうれしがることと自分がうれしいことは本来何の相関も無いはずである。

しかし、「」内のことが前提となっている世界前提となっていない世界を比べると、圧倒的に前者の方が皆にとって住みやすい世界であろうことが予想される。

この世の中は決してゼロサムゲームではない。

「」内のことが前提になっていれば人はたやすく他人に優しくするし、人から優しくされれば自分もその人に恩返しをしなければいけない義務が生じる。

そうやって人と人との係わり合いがスムーズに、暖かくなっていくことは間違いない。

とはいえ「」内のことを強制的に人々の前提とするのは難しいことだ。

しかし、武士道では義理という言葉一つでそれを可能にした。

武士道が道徳を構成するってのはそういうことだ。



もう一つ。武士道において、「恥」は死よりも悪いものとされる。「恥」とは卑怯なまねをしたり、自分の怠惰によって仕事に不都合を生じたり、不忠を働いたりすることだ。

冷静に考えれば、どんなに恥ずかしかろうが生きていた方がありがたいに決まっているのだが、あえて「恥は死より忌むべきもの」と思い込む。

周囲も全員思い込む。すると恥を回避すれば周囲が認めてくれる。認めてくれればうれしい。

「恥は死より忌むべきもの」というものも何の根拠もない。

しかし、何の根拠も無いものも周りが全員信じていれば、善悪の感情もできていない子供のうちから刷り込んでおけば、根拠もくそも無く思い込んでくれる。

そういったカラクリによって、武士は武士に卑怯なことをしたり怠惰で人に迷惑をかけたり人のものを盗んだりさせなくすることに成功した。



翻ってみると、僕も物を盗もうとすると、何か大きなものが僕自身にブレーキをかけてくる。

うまく言い表せないんだけど、物を盗もうとした瞬間に見えない空気でできた手みたいなものが心臓を押さえつけて動けないようにする。

(同じような体験をした人はいいたいことがなんとなく分かるだろうけど分かんない人には一生わかんないだろう)

それは何故かといえば、「世間様に顔向けできない」からだろう。

日本では世間様が一番偉い。

世間様に顔向けできないことは、絶対にやってはいけない。

少なくても僕の中では。

僕の中で、「良心」というなんだかよく分からないものを形成しているのは「世間様」なんだ。

日本以外では、多分「世間様」はいない。

韓国でも中国でも北朝鮮でもインドでもアメリカでもフランスイラクでも「世間様」はいない。

そう思ったとき、「宗教が良心をつくる」ということが何となく理解できた。

日本では

世間様や、

食べ物を粗末にしたときに出るもったいないお化けや、

嘘をつくと舌を切ってしまう閻魔様や、

人を陥れるとバチを当てる神様や、

正しいことをすると天国に連れて行ってくれる仏様や、

リリアンを見ているマリア様や、(そこ、ニヤニヤしない!)

そういったものを全て管轄しているのが、キリスト教のGodとかイスラム教のアラーなんだ。

だからキリスト教徒は人の弱みに付け込もうとすると、Godに見えない力で押しとどめられるんだ。

おそらく。

「何の宗教も信じていない人間は馬鹿にされる」という言葉の意味が分かった気がする。

宗教を信じていない人間は世間様がいない空間では人を悪く言ったり迷惑をかけたり物を盗んだり殺したりすることにブレーキがかかることが無いんだ。



そう思うと、例えば「ローマ帝国皇帝は民衆を支配するためにキリスト教を広めた」って初めは何か悪い意味で言っているのかと思った(皇帝が自分の趣味を民衆に押し付けたのか?くらいに思ってた)けど、違うんだな。

人がお互いに迷惑をかけあったりだましあったりする国より、人が助け合ったり、微笑みあったりする国の方が国家権力のほうも統治しやすいだろう。

そう気づいてから、マジで僕の中の昔の支配者に対する尊敬の意がうなぎのぼりした。



日本ではなぜ「宗教」のイメージが悪いのか。それは日本にある「宗教」の大半がカルト宗教だからだ。

私達が良心を持っているのは、皆が住みやすいような心を持つように宗教でコントロールされたからだ。

ということは、その宗教の心のコントロールを一歩はずせば周りに迷惑をかけることを是とするような良心を作ることができる。

そういうものを作り出す宗教カルト宗教という。

なぜ日本では宗教といえばカルト宗教ばかりなのか。

それは、日本人のなかで最も尊ぶべき存在である「世間様」より偉い神様を信仰してしまうと世間と調和が取れなくなるからだろう。


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おはようございますおはようございます 2007/01/29 02:46 良質なブログいつも楽しみに読んでいます。
アホな右翼のブログを読むより百倍楽しいです。

はじめは色々ごちゃごちゃ言おうかなとも思いましたが、読むだけにします。

10年後の大成期待しています。

SigmentosSigmentos 2007/01/29 13:33 初めて書き込みします。
エントリーと余り関係ありませんけど、許してください。
真面目なまともな左翼のブログは、大変珍しいと思います。

現在、特亜が大変痛い国々であるというのは、まともな人の目には当たり前ですけど、左寄りの人達は大抵、その痛い国々を擁護したりするので、左翼は狂っているというイメージを振りまいていると思うのです。
その為、今は右寄りの風潮になっていると思うのです。
つまり、右傾化の原因を、痛い左翼が作っている訳です。

特亜に対して義憤し、頭に血が昇っている人は多いと思いますが、そのような人達に、一旦冷静になって考えて貰う機会を与える様な可能性を、このブログは秘めているかも知れません。
左翼だからと言って、即座に「基地外」だと決めてかかる人は、ここを見た方がいいと思います。

本当は、右翼も左翼も関係なく、皆が仲良く楽しく暮らせるのが一番です。
当たり前ですけど、その「当たり前」がなかなかままならない今の世の中が心痛い。
憎むべきは、右翼左翼に関係なく憎しみを煽る人です。
以前の自分を思うと、余り偉そうな事は言えませんが、反省の意味も込めて・・・。

纏まりのない文章で済みませんが、とにかく応援しております!!

誠犬誠犬 2007/01/29 15:25 はじめまして。

新渡戸稲造の「武士道」は所謂「明治武士道」であり、
本来の武士道とは異なる、という意見があります。
武士道の逆襲 (新書)
菅野 覚明 (著
はお読みになられたでしょうか。お勧めです。

また、戦後の日本における「宗教嫌い」は先の大戦における反省による物も大きく、
所謂左翼勢力やアメリカ他戦勝国の意図も大きく関わっている気がします。

>日本では宗教といえばカルト宗教ばかり
なのかどうかは即断を避けるべきでしょうね。
亡くなったらお葬式を開いてお墓に入る人はまだまだ多いでしょう。

ただし、今日の日本では神や政治イデオロギー等の「大きな物語」が失われ、
多くの人が良心の支えを失っているのは事実だと思います。
そこに現れてきているのが昨今の「右傾化」ではないかと考えていますが、
話がそれすぎても良くないので、今日はこのへんで。

また寄らせて頂きます。右左に硬直しない柔軟な論考に期待しています。

leftylefty 2007/01/29 20:02 >おはようございます さん
ありがとうございます。10年後にどうなっているか分かりませんが、これからも面白いブログを作れるようがんばってみます。
>Sigmentos さん
私の意図を理解していただき、ありがとうございます。そうなんですよね。実際、思想の左右と特亜は何も関係の無いはずなのに、何故か左の人間は特亜と関係を持ちたがります。
思想の左右と親or反特亜の間違ったリンクを断ち切るために、このブログを立ち上げたようなものですから。
>誠犬様
はじめまして。新渡戸さんの武士道と実際の武士道が実際にはずれがあるという話は聞いたことがありますが、その本は読んでないので読んでみます。ありがとうございました。
今の日本では勝手な人間が闊歩するようになったとか言われますが、「世間様」がいなくなっている現れなのかなと少し寂しい気持ちです。

真名真名 2007/01/29 20:08 とても素晴らしい文章でした。
ただ一言だけで失礼します。

葵 2007/01/29 20:28 リンクしたつもりなのに駄目だった。残念!
貴方は本当の日本人の心を持ってますね。
それが私には嬉しいの。
貴方を知って 左翼=左巻き
↑この考え方が、すっかり変りました。

昔は「そんな事をすると世間様(お天道様)が許さない」という『恥の概念』があったのですがね・・
支持する政党は違うけど、私は貴方を尊敬しています。
若い貴方に期待して、楽しみにブログを拝見させて頂きます。

つみれつみれ 2007/01/29 21:27 はじめまして。

共産党を支持しながらも武士道を階級闘争の生贄にする事なく、また、所謂左翼思想(この場合、「個の尊重」という限定の意味で)を糾弾するあまり持論の装飾に用いる事もない、管理人氏の御理解に驚いております。恐らく、管理人氏の共産党に対する立場は積極的支持ではなく、消去法に基づいた消極的支持なのでしょうね。

私個人としては、戦国期に於ける原・武士道(便宜上、こう呼びます)と、江戸期に成熟をみた武士道、戦中の武士道、三島由紀夫に代表される戦後の武士道はそれぞれ別物だと考えています。三島や新渡戸の論ずる武士道については、「日本人総体の美点」として捉えている点で私は懐疑的であります。武士道が生贄或いは装飾に用いられる時、共通しているのはここですね。

共産主義を支持する方による、単なる文化否定に堕する事のない武士道観は初めてです。興味深く拝読しました。

leftylefty 2007/01/30 21:57 >階級闘争
確かに武士は民衆を弾圧してきた特権階級ですが、世界史を学ぶうちに戦争に明け暮れている外国の領主に比べれば平和を保った分だけマシだろ、と思うようになりました。「俺はサムライの子孫だ!」とか訳の分からないプライドに凝り固まっている奴もアホですが江戸時代に戦争をしなかった武士を偏に否定してしまうのももったいないと思います。
>戦国期に於ける原・武士道(便宜上、こう呼びます)と、江戸期に成熟をみた武士道、戦中の武士道、三島由紀夫に代表される戦後の武士道
確かに別物ですね。何か、どんどん美化されていっているような…
>真名さん
ありがとうございます。その一言が励みになります。

真名真名 2007/02/01 16:09 いえいえ、とんでもない。
いま私が読んでるブログは、ここと三輪さんのとこと、ジャパンハンドラーズだけですよ。

仮 2007/06/12 11:24 「親切を受けた相手には受けた親切以上の施しをしなければいけない」義務。これは返報性の原理という人間の基本的な行動原理。

「人を悪く言ったり迷惑をかけたり物を盗んだり殺したりすることにブレーキがかかることが無い」良心のない人間は一定確立で存在し、反社会性人格障害と呼ばれる。

12.武士道12.武士道 2007/09/16 08:32 武士道とは建前の理論であり漫画のサラ金に出てくる本宮ひろしの考えの方が余程的をえていると思います。
学の無い私が学を語るのも変な話ですが日本人の識字率の高さは他国に比べ群を抜いていたのは昨今の話ではなく明治の遥か前より寺子屋にて行われていた朱子学の流れに属するものであり様々な日本人古来から持っていた「和」の思想より成り立っている訳で間違っても百姓のせがれが武士道なんてものにカブレる事は有り得ません。切支丹に対する弾圧を行う「お上」の側の理屈を一般庶民の農工商階級が支持するも何も教わる機会すらないのですから武士道など貴方が言う平安仮名くらい無用の長物です。神様等と言った所でキリストが生まれてたかだか二千年の歴史しかなく仏教が日本に伝来して1500年程度のものですから為政側には太陽神である天照大神はその遥か前に存在し神道はそれを天皇に結び付け敬っていたのでしょうがそれにしてもわずか2700年足らずの話です。貴方の言う世間様に誰一人反論しない段階でアホ丸出しの読者しかいない事がよく解りました。

世間様=お天道様の事ですこれは神道から来てる話です。従って武士道とは全く意味合いが違い尚且つこの発想は江戸時代以降の話です。日本史を年号でしか覚えていない貴方が歴史を語るのは未だ早すぎるようですね。日本人の謙虚と言う姿勢は遥か大昔から存在した「和」の思想であって私は逆説の日本史を支持する者として武士道に脈づくと言う与太話には到底ついてはいけません。

ちなみに貴方に宛てたコメントでレスがない方が1月の分にありましたが都合の悪いコメントに返答しないやり方は右も左も関係なく過激な主張をする方に多く見られる傾向だったように記憶しています。クソコメにムキになる必要は無いと思いますが今一度貴方の返答で終了していない分に関してはどのような考えなのか書いておかれた方が良いのではないかと大きなお世話ですが思いました。

過激な主張はシンパも作りますが敵も作ります。下らない揚げ足を取られない為の真摯な姿勢を保つ努力はされた方が良いのではないかとも老婆心ながら思います。

それではこれ以上の書き込みは時間の無駄ですから12にて終了と致します。