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mekaru_kの日記

2017-04-30

アニョハセヨナンバーワン


爐まえの唄はきれいだけれど 恨(ハン)がない"


気が付いたら二年近く更新が滞っていた。ご無沙汰しております。
この二年で記事書きたいなと思える作品にいくつも出会ったのだけれども、生来のものぐさゆえ中々書くに至りませんでした。でもこれは書かんといかんという映画を観たので久々に重いキーボードを取ります。


ご紹介するのはイム・ヴォンテク監督『風の丘を越えて/西便制』だ。
この映画は93年に公開されるや、瞬く間に100万人以上を動員し、「西便制シンドローム」なる社会現象を引き起こして韓国映画界を席巻、カンヌ映画祭でも大鐘賞6部門を獲得するなど大評判を呼んだ作品らしいのだが、私は観たことがなかった。というか90年代の韓国ヒューマンドラマというのが未知のジャンルだった。私の知る韓国映画といえば専ら権力と暴力と無秩序に支配された男たちが裂けた拳から突き出た骨で死ぬまで殴り合うような2000年以降のノワール映画であり、血だまりの上でプロレスしながら「俺がどんなに足掻いても 抜け出せない気がする」と死んだ鱒のような目をしてぼやくどん詰まりのストーリーばかりだった。しかし蓋を開けてみればこの作品、血こそ流れないが、後の韓国暗黒映画に継承される恨(ハン)のスピリッツに満ちた超傑作であったのである。

映画はパンソリという朝鮮半島に伝わる伝統芸能を題材としている。パンソリとは牛の皮を張ったプクと呼ばれる太鼓の奏者と歌い手の二名からなるシンプルな構成の口承文芸らしい。内容は主に風刺やラブストーリー、両班苛斂誅求に耐える庶民の悲憤慷慨を歌うもので、庶民の娯楽として各地の祭りや広場で演じられた。(wiki参照)
そのパンソリを生業とする旅芸人の一家がいた。舞台は60年代頃の朝鮮半島。昔は名の知れた一派におり期待のホープとそやされもしたが、何らかの事情で破門されたらしいパンソリ名手の父親と、故あって彼に引き取られた幼い娘と息子から成る。一家は集落を転々とし、酒場や宴席に加わって芸を披露する所謂「流し」で生計を立てていた。
ところがこの父親というのが子供たちの稼ぎをほとんど自分の飲み代に充ててしまう絵に描いたようなダメ親父であり、おまけに酒癖も最悪で、夜中に子供たちを正座させて呂律のまわってない舌で延々ダメ出しと説教を垂れまくるのだ。日中も日中で飲んだくれており、酒場から顔だけのぞかせて広場で芸を披露する子供たちを監視し、気に入らなければ「なんだその太鼓は!ふざけてんのか!」と公衆の面前で罵倒して暴力を振るうクレイジーダディっぷりを見せる。最悪っぷりもここまでくると清々しい。しかもこの親父、人の稼ぎで飲んだくれてる分際で子供たちには菓子の一つや二つも買い与えてやらないのだ。千鳥足で帰ってはそのへんからもぎって来たであろう柿をぞんざいに床に放り投げて「食え」などと命令する。二人は学校にも通わせてもらえず、友達と呼べる同年代の子供もおらず、互いが互いの全てという不健全で狭隘な世界で身を寄せ合って生きていた。
なんだか書いてて辛くなってきた。なんというか、追い詰め方というか、人間の曇らせ方に余念がなさすぎるのだ。さすがは韓国映画である。この黄金の曇らせメソッドは後年の韓国映画に脈々と受け継がれている。
こんな調子で曇らせ展開は続く。宴席で酌を強要された娘が黙って従おうものなら「お前は商売女か!恥を知れ!」とぶん殴り、止めに入った息子をまたぶん殴り、相変わらず自分は子供の稼ぎで酒を煽り、寝食以外の時間を全て稽古に投じさせて発声がイマイチだの太鼓の強弱のつけ方が甘いだのダメ出ししまくる。お前にも恥の概念があったのかと驚くばかりだが、タチの悪いことにこの親父パンソリの腕前だけは超一流なのでバカみたいに矜持が高いのだ。伝統芸能の担い手というには落ちぶれすぎているが、皮肉なことに一介の旅芸人というにはあまりに芸が秀ですぎていた。

なんだかあらすじばかり書き連ねる出来の悪い感想文みたいになってしまったが、ここまでが中盤までのプロセスである。
とにかく無茶苦茶な親父のエゴに付き合わされる子供たちが不憫でならない。こんなに陰鬱で気が滅入るロードムービーヘルツォークの『アギーレ/神々の怒り』以来であり、そういえばあれも正気を失ったキンスキー(演技以前に彼は素面で狂っている)のエゴに仲間がとことんつき合わされる地獄巡り映画だったな、とぼんやり思い出したりした。旅をしてきた仲間が赤痢にかかってバッタバッタと倒れていく中、キンスキーの狂気で研ぎ澄まされた青い瞳だけが爛々と輝いていたのが印象的だった。
狂気に囚われた男は冥府魔道を征く。頼むから勝手に一人で行ってくれと思うのだが、この手の輩は概して周囲を盛大に巻き込んでから己の野望に驀進するものだからたまったものではない。しかし困ったことに、私はそういう狂った男のエゴ(地獄)につき合わされるロードムービーが大好物なんである。『ノア 約束の船』とかね。あれをロードムービーというのは無理があるかもしれんけど、災害より恐ろしい親父の狂気に振り回される家族の不憫さが執拗に描かれていて大興奮したものだ。地震雷火事親父とはよく言ったもんである。
話が逸れてしまった。親父のエゴにつき合わされる子供たちの受難は続く。息子はとうとう嫌気がさして家を出て行ってしまうのだが、娘は相変わらず父親のいうことをよく聞いて厳しい唄のマンツーマンレッスンにいじらしく耐えていた。そんな生活を続けるうちに彼女は目に違和感を覚えるようになる。何もないところでつまずいてしまう。鮮やかな西日も色あせていく。カラスの鳴き声は聞こえるのに、どこにも姿が見えない。彼女の目は次第に光を失っていった。
娘の背を撫でさすり、いつになく優しい声色で父親は語り掛ける。

<お前の唄はきれいなばかりで 恨(ハン)がない。
 人の恨とは生涯にわたって心に鬱積する感情のしこりだ。
 生きることは恨を積むこと。恨を積むことは生きることだ。
 お前はぜんぶ失った。光も失った。
 人一倍恨が鬱積しているはずだが なぜ声に出ない?>

なんという残酷だろうか。しかしこの恨への執念こそが本作の肝だった。
この終わりのない惨めな暮らしも、理不尽な思いをするのも、人々の嘲笑に耐えるのも、全ては恨を積むため、ひいては芸を磨くためであり、積もり積もった恨を唄に昇華させるためのものだった。あの時代に唄以外の教養がない盲いの女が生きていくことがどれほど困難であるかを知っていながら、それでも芸の肥やしにしろと父親は言ってのけるのだ。まさに狂気である。
苦労は買ってでもしろというが、この親父の恨への執着はそんなものではなかった。苦労するのに金なんか要らん。そもそも一文だって持ってない。食うや食わずの惨めな人生だからこそ、見えてくる境地があるのだ。娘の光を奪うことはそれを見るために必要なことだった。恨のために光を奪い、光を失って恨を募らせる。平田弘史劇画ばりの凄絶親子である。
映画を観終わってしばらく放心してしまった。滅茶苦茶今更だけど、恨って一体何なんだ。どうしてそんなもん後生大事にしなきゃいけないんだ。辛いばかりじゃないか。たしかに父親の言う通り生きることは恨を積むことだろう。怒りや私怨は忘れてしまったほうが幸せに暮らせるのは間違いない。それなら一刻も早く捨て去って心の平穏を取り戻すに限る。しかしそれでは"芸"が枯渇してしまうのだ。平穏は創造を阻む。父親は何よりもそれを恐れたのだと思う。

ここで動画を一つ紹介したい。キム・ジュン・ミというアシッドフォーク歌手の아름다운 강산 (Beautiful Rivers & Mountain)という曲だ。韓国ロック界の父と称されるシン・ジュンヒョン氏の曲で、幾度となくカバーされた韓国ソウルナンバーである。
https://www.youtube.com/watch?v=ajo3jQjKBjQ
私は「好きな歌声は?」と聞かれたら彼女の名を即答するほどこの甘いスモーキーボイスが好きで、それはそれはしょっちゅう聴いている。ほとんど毎日聴いている。自分でもどうして彼女の歌声にここまで惹かれるのか長らく疑問だったが、映画を観てひとつの答えにたどり着いた。たおやかで美しい彼女の声色の中にはっきりと"恨"が感じ取れるのだ。この曲は「新緑の山は青い、流れる雲は白い」というような風光明媚を歌ったものらしいのだが、どうして彼女のバージョンだけこんなに情念がにじみ出ているのか皆目分からない。分からないが、在韓米兵が集うキャバレーで歌っていたらしい彼女はステージでこんな名言を残している。

アニョハセヨナンバーワン」

意味が分からない。しかしとんでもなく力強い響きだ。アニョハセヨナンバーワン。日本語に変換すると「コンニチハ イチバン」だ。ますます分からない。彼女は覚えたてのつたない英語と母国語で挨拶し、何曲かを披露してさっさとステージを降りた。
アニョハセヨナンバーワン。唄に耳を傾けてくれる異国の聴衆への親愛の念のなかに、かすかな"恨"を感じるのは気のせいだろうか。



(余談だが何度やっても動画の埋め込みに失敗したのではてなダイアリーへの恨が積もってしまった。いずれ何かの創作で活かしたい)

2015-08-13

夏休み自由BL研究

今回はBLの話です。いかがですか皆さん。BL、読んでますか。
少女漫画フリークの私はこれまで「風と木の詩」や「摩利と新吾」のようにクラシック少女漫画という括りのボーイズラブはおさえてきたのですが、所謂「商業BL」は門外漢でありました。ご存知の通り、少女漫画BLコミックスは昔から分かち難い関係にあります。両方のジャンルで活動なさっている作家さんも少なくありません。近年はBLの研究が非常に進んでおり、多くの評論や通史が次々に発行されています。美術手帳や大手文芸誌に大々的に特集を組まれたのも記憶に新しく、世はまさにBL黄金時代です。
さすがに「全く知らん」ではいかんと思い、ネットで調べてよさそうなのをいくつか注文して読んでみたところ、今まで素通りしてきた自分にラリアットかましたくなるぐらいのショックを受けました。一概に"BL"と括っても近年のBLってものすごく多様化していて、驚くほど成熟してるんですね。おまけにほぼ毎日新刊が出ていてサイクルの循環も早い。これは研究が進むわけですよ。
数で言うとまだ50冊いかないぐらいしか読んでないのですが、今回は私が「面白かった!」「BL不得手の方にも自信をもってオススメできる!」という作品を数点ピックアップしていきたいと思います。BLビギナーゆえ取りこぼしの部分もあるかと思いますが、そのへんはご理解ご容赦の上でお付き合いいただけたら幸いです。
それではいきます。


・ 囀る鳥は羽ばたかない ヨネダコウ
私がBL漫画を手に取るきっかけとなった一作であり、20年以上暴力団取材してきたライターの鈴木智彦さんをして「未踏の地はここしかない」と言わしめた現代黒社会BLの傑作。今までのBL漫画ではどこか義賊のように扱われていた"日本のヤクザ像"のファンタジー性をぶち壊し、真っ向からアウトローの実態を描くことに挑んでいます。
これは私見なのですが、従来のBLアウトローモノには余分な甘さが不可欠だったように思います。恐喝、借金の取立て、違法薬物の売買など、彼らが日常的に行う汚れ仕事に目を背け、くさいものに蓋をして、甘ったるい睦言の漬物石でこれを封じます。黒社会ジャンルではイチャラブが毒消しのような役割を担っており、それこそが余分な甘さといわれるものの正体だったように思います。
でもそれでいいんです。古来よりBLはファンタジーと見なされてきたのですから。裏社会に生きる人間が(マンガの枠内では)手を汚すことなく堂々とイチャラブできる、そんなやさしい社会がBLにはあるのです。素敵じゃありませんか皆さん。
しかしこの漫画は例外です。描ききってしまった。ヤクザの組織構造や流儀や我々の想像を絶する非日常を描ききり、そのいずれにも合理性を持たせてしまった。加えてBL黒社会モノに不可欠だった毒消しとしての甘さが見られない。限りなく無糖に近い。それが新鮮でした。
前置きが長くなりましたが、あらすじを紹介します。

・・・ドMで変態、淫乱の矢代は、真誠会若頭であり、真誠興業の社長だ。
金儲けが上手で、本音を決して見せない矢代のもとに、
百目鬼力が付き人兼用心棒としてやってくる。
部下には手を出さないと決めていた矢代だが、
どうしてか百目鬼には惹かれるものがあった。
矢代に誘われる百目鬼だが、ある理由によりその誘いに応えることができない。
自己矛盾を抱えて生きる矢代と、愚直なまでに矢代に従う百目鬼

はい。ちなみに真誠会というのは歌舞伎町に実在する組織らしいですね。実在する組織の若頭をドMで変態のネコにしてしまうヨネダさんのお茶目さと肝っ玉が凄い。思わず「姐さん」と呼んでしまいたくなります。
この漫画の主人公の矢代というのはセックス狂いの淫乱なんですけど、セックスはセックスでも他者と"与え合う"セックスではだめなんですね。理不尽な暴力を"与えられる"セックスでしか満足できない、自傷代替行為ととらえてるんですよ。そのへんは少年時代のトラウマも起因してるんですが、とにかく矢代は誰かと与え合ったり共有することを過度に恐れています。心身の痛みも例外ではありません。
二巻のラスト、病院のベッドで矢代は過去を回想します。

「俺は全部受け入れてきた。なんの憂いもない。誰のせいにもしていない。俺の人生は誰かのせいであってはならない」

死の淵にあっても他人を拒絶し、痛みを共有することを頑なに拒む矢代。痛みは誰かから与えられるものであって、舐め合うものではないという彼の信念を痛々しく思いつつ、同時にどこか頼もしい印象も受けました。受ける側には受ける側なりの強さと信念がある。それは攻める側が与えるものの強弱によって揺らぐことのない絶対的なものです。それから矢代は血の気が多いヤクザに「ホモ」「メス」「オカマ」と様々な中傷を受けますが、それらは一様に聞き流して「変態」という呼び方にだけ応じます。どうしてかは読んで頂ければ分かると思うんですけど、そのへんにヨネダさんの誠実さが感じられてすごく好感が持てました。
ちなみにこの作品、現在三巻まで出てて正規カップルが一回もセックスまで至ってないというBLにあるまじき(ある)スローテンポさなのですが、彼らが結ばれると死にそうな予感が凄いので、とにかく死に急ぐのだけは勘弁してほしいと思います。
この作品は男性が男性に惹かれるプロセスをきちんと描いてるのもポイント。それがヤクザという因果な商売と密接に関わっていて説得力があるのも良いです。そういった点からも囀る〜は「漫画は好きだけどBLは読んだことがない」という人のとっかかりに相応しい作品なんじゃないかと思います。おすすめ!

・ ミ・ディアブロ 梶本レイカ
これは大問題傑作ですよ。まず絵が凄い。エゴン・シーレ絵画のようなどこか不安になる線です。
あらすじです。

・・・「私は、悪魔に飼われている」
アメリカ人の父と、メキシコ人の母から生まれたジェイク。厳格な警察官の父と、娼婦で麻薬の売人だった母。いびつな家族生活は、いとも容易く崩れ落ちた。やがて警察官になったジェイクは、ギャングのリーダー・ミゲルと出逢う。おおらかで深いミゲルの愛情は、孤独なジェイクに甘く沁みる。運命の歯車はかくも廻りはじめた。交錯する嘘と欺瞞。愛を求め彷徨う魂が、最後に掴むものは――。

なんとメキシカンギャングの抗争をテーマにしたBLです。こんなのもあるんですね。本当にBLジャンルの豊穣さには驚かされてばかりです。
「僕はただ、自らの血統を証明したかったんだ。ホワイトであるためには父さんと同じ警官になるしかなかった」というモノローグにある通り、主人公のジェイクは自身に流れるメキシコ人の血を嫌悪しています。血の"正しさを"証明するため、ジェイクは厳格な父親と同じ警官の職に就き、ギャング(ナルコ)に潜入してリーダーのミゲルという男に近づきます。ミゲルもまた、組織を束ねる父親ルーマニア人娼婦の間に生まれた"半端な"人間でした。
メキシコの裏社会には、たとえ身内が権力者であっても当人がハーフである以上は幹部のポストに就くことが出来ないという厳しいルールがあります。スコセッシの映画『グッド・フェローズ』もまさにそこを突いたお話で、あの劇中世界でも純血のイタリア人でなければいくら大きな仕事で名を立ててものし上がることはかないませんでした。イタリアマフィア然りメキシコのナルコ然り、アウトロー社会というものはいつの世も血統がものを言うんですね。
話を戻します。潜入捜査官のジェイクと、三下ギャングのリーダー・ミゲルは、母方の血を心底憎んでいました。そして重度のファザコンでした。一刻も早く武功をたてて、自らの血の正統性を証明し、父親の信頼を得ようとあがきます。警官とギャングという対照的な立場でありながら、同じ思いを抱えた二人。彼らは互いの欠陥を埋めるように次第に心を通わせていきます。

「 ミゲル ミゲル 私の血で お前が純血になればいい
私は白い血が足りず 私は黒い血が足りない 何者でもなく 悪でも 正義でもない
半身でしかなく 父さん あなたの 息子ですらない 」

これは彼らが体を重ねる場面からの引用です。肌を重ねて体液を交えることでかりそめの純血に陶酔する場面です。ここの描写がまたとんでもないんですよ。
いやエロいとかじゃなくてね…この漫画のセックスシーンはなんと言ったらいいのか、命を削って描いてるんじゃないかというぐらいの鬼気迫る描写力なんですよ。まずこの人の描くヤク中が死ぬほど怖い。体中の骨という骨が浮き出てて、眼球がくぼんでおり、髪がパサついてて、頬がこけてて、顔に変な斑点があって、口が半開きで、そこからのぞく歯がボッロボロなんですね。つまりヘロイン中毒の犯罪者の写真まんまなんですよ。そのヤク中同士がボッロボロになりながら互いの血と骨と体液を漏らさず味わうように抱き合っています。先ほど「エゴン・シーレ絵画みたいな線」と形容しましたが、セックスシーンではそこに餓鬼道地獄絵図を足したようなダイナミズムを見せてくれます。
彼らは組織との連繋や実父への執着を断ち、ついでにヤクも絶つことができるのか。そして母の血を、自身を肯定することができるのか。その答えは単行本で!
この漫画はボーイズラブというより人の愛の根底にある痛みとしがらみを追求したものですので、BLありき!という作品が苦手な方にもよろしいんじゃないでしょうか。先述のようにところどころの描写が死ぬほど怖いので人を選ぶ作品というのは間違いないのですが。ただし人によっては、その切実なまでに容赦のない暴力描写に安らぎを覚える場合もあるんでないかと思います。おすすめ!
(余談ですが作者の梶本レイカさんは凄まじい暴力描写BL漫画界を騒然とさせた『高3限定』という青春漫画も描いてらっしゃいます。私は一巻の表紙でビビって二の足を踏んでいます。だって背中に生々しいアイロンの火傷痕ついてんねんで!青春!青春とはいったい!
しかし梶本さんの漫画であれば面白さは保証されてるので、踏ん切りがついたらチャレンジしてみようと思います。 ああゞ…高校…3年生……)


・因果の魚 新井煮干し子
ユニークなお名前ですね。たけし軍団みたいですよね。
あらすじいきます。

・・・いとこ同士で幼なじみの逸成と涼一。
社長御曹司で俺様な逸成と、彼に従うばかりの陰気な涼一との間にはいびつな主従関係ができあがっていた。
心酔する逸成からの征服を受け入れ、
喜んで体を差し出してきた10代の涼一。
しかし数年後、同じ会社に入った2人の関係は少しずつ変わりはじめて――?


どうも「主従」とか「征服」とか「喜んで体を差し出す」ってのが引っかかるなあ。そもそもこの作品、単行本の帯が全く内容を汲んでなかったんですよ。俺様御曹司×従順な下僕ってやつ。とでも書けば売れるか〜って飲み屋で顔を赤くした出版社の人がノリで決めたとしか思えないセンスなんでありますよ。そのせいか、公式のあらすじも少しいい加減に思えてなりません。この漫画が描いているものは主従関係などではなく、近親憎悪とモラトリアムからの脱却だと思います。何が俺様御曹司と下僕じゃ。
閑話休題御曹司の逸成と、身内の企業にコネで入社した涼一は顔の造作や背格好が瓜二つのいとこ同士です。しかし性格はまるで正反対。昔から社交的で世渡りが上手い逸成は陰気な涼一を「出来の悪いおれだ」と内心嫌悪し、涼一は決断力のある逸成に憧憬し、何をするにもべったりとあとをついて行きます。自立心のない涼一に苛立ちを覚えながらも、彼から伸ばされる手を拒めない逸成。その関係は逸成に海外赴任が決まって突如終わりを迎えました。
赴任中に一度も会うどころか文のひとつも交わさなかった二人が数年ぶりに再会するわけですが、自分がいなくなってすっかりダメ人間と化しているに違いないと思っていたのに、なんとそこそこ大きい仕事を任されていて、部下からの信頼も厚く、おまけに若い女子社員から好意を寄せられてるデキる男に変貌している涼一を見て逸成は愕然とします。こいつは本当にあの涼一か!?だとすると俺が知ってる出来損ないの涼一は何だったんだ?もしかして俺がいないと駄目なのではなく、俺がこいつの傍いたから駄目だったのでは…?自問を繰り返し、ついに涼一本人を問い詰めます。
「お前はずっと俺(出来のいい自分)になりたかったんじゃないのか!!」
というね。あそこのやりとりに新井先生の共依存の捉え方があらわれていて好きですね。続きはコミックスでご覧下さい。(いい加減電子コミックのサンプルみたいになってきた)
モラトリアムからの脱却が共依存的な二人の関係にどう影響するかがこの作品の肝だと思っているので、これを「俺様御曹司×下僕の主従関係」とみなすのはやっぱり頂けないですね。強いて言うならなんだろうなあ。「半身×半身の脱皮」とかかなあ、そんな帯文句じゃ売れないかもしれないけど。
あとこの漫画で一番興味深かったのは涼一に密かに思いを寄せる女性社員のキャラクターですね。この密かってのがポイントですね。決して主張はしないけれども、涼一を所有物化していた思い上がりの逸成に冷水を浴びせ掛けた上に屈折した二人の関係を微修正までしてくれるんですよ。モブなのに。この子がですね、非常に面白い。「当事者ではなく傍観者として物語に参加したいという作者と読者の願望を投影したキャラクターなんじゃないか?」というのは知人の指摘なんですけど、これがまさにその通りで、目からウロコが剥がれ落ちました。確かにBL漫画に登場する女性キャラクターって、一部の例外を除けばかませ犬同性愛に偏見がない無害な傍観者のどちらかってイメージがあるのですが(あくまで個人のイメージです)この女性キャラクターは後者の要素が兼著です。当人たちだけではどうしようもない関係性を正すには外部からのアシストが不可欠なわけですが、この作品に関しては「このいじらしい二人を見守りたい!あわよくばくっつけたい!」という読者の願望が具現化して作品世界にまで影響を及ぼしてしまっている印象すら与えるんですよ。腐女子ってすげー!調律者!
個人的にとても興味深いテーマであるわけですけど、BL時空では日々恐ろしいスピードで研究が進んでいるので、この「物語に介在する傍観者としての女性キャラクター(読者自身)」はとっくに語り尽くされて風化してる段階かもしれません。詳しいテキストが読める書籍やサイトがございましたら教えて頂きたいです。
というわけでちょっと話が混線してしまいましたが、この漫画は帯文句に全く興味を抱けない人でも楽しめる内容なんではないかと思いますので、進化したBL共依存のあり方とBLの女性キャラクターが担う役割にご関心がある方におすすめします。



あと三冊ぐらいご紹介するつもりでしたが、長くなってしまったので分割します。力尽きました。いつになるかは分かりませんが、次回は「坂の上の魔法使い」シリーズとJUNEコミックスの巨匠・杉本亜美先生の作品あたりに触れたいなあ。BLをひととおり読み終わったらGLコミックにも手を出したいですね。例によってGLも「おにいさまへ・・・」と「ガラスの城」ぐらいしかおさえてないような少女漫画馬鹿なもんですから、かなりの長期戦が予想されます。しかし折しも世は夏休みですからね。課題図書は多いほうが燃えます。

今回は三冊しか紹介できていませんが、今回のテキストが皆さんのBL漫画選びの一助となれば幸いです。また漫画小説映像作品問わずBLGL作品のおすすめは随時募集しておりますので、「これを読まず(見ず)して語るな!」という作品がありましたら教えていただけるとめっぽう喜びます。
では長々とお付き合い下さりありがとうございました。あれば次回!