帰国まで

南極旅行記はこれで終わりですが、「おまけ」として、ウシュアイアから東京に帰りつくまでを載せておきます。


ウシュアイア
ポートロックロイのあたりで天気図をチェックしたところ、かなり大きな低気圧が近づいていることがわかった。このまま行くと、帰りのドレーク海峡で波の高さが10メートルという大荒れの天気になりかねない。
ということで、予定を一日早め、ポートロックロイからウシュアイアに向けて帰国の途につきました。
帰りのドレーク海峡は、船室を5階から3階へ、そして船首寄りから中心近くの部屋へとチェンジしてもらったので、船酔いも行きほどひどくはなかった。といっても、またまる2日間、ほとんど絶食状態。ちょうどよいダイエットになったかも……。
一日早く着いたので、ウシュアイアの町を歩き、最後のショッピング。
海側から見たウシュアイアの町。海沿いの通りから山に向かって、急な坂道になっている。

中央の通りをはさんで左側にある薄緑色の建物に宝石店H.Sternが入っている。同行のmegumiさんはここでクリスタルのネックレスを見て、とっても気に入っちゃたのです。試着をしてみたら、すごーくステキ! 透明でキラキラ光ってる。店員さんも「お似合い! ペルフェクト!」と大絶賛。ところが、お値段はとみると……××万円! 今回の旅行ではクレジット・カードを使わないと決めていたmegumiさん、さすがにそれだけの現金はもっていない。そもそもそんな高価なものを買ってよいものかどうか……悩みます! 


「フィー子はここで災難にあったよ! 誘拐されかけたの」
町の宣伝キャンペーンらしく、ビーバーとペンギンの着ぐるみを着た二人連れが通りを練り歩いていた。観光客がいっしょに写真を撮ったり。
「そしたら、このペンギンが、なんとフィー子をさらっていったんだよ!」

「やっと解放されたよ。ふうー、写真のギャルたちも気をつけてね!」
そういえば、このペンギン、よく見ると凶悪な顔をしている。


ウシュアイアではカニが食べられるというので、お昼はカニ料理のレストラン。
  
この甲羅を取ると、その下には……山盛りのカニの身が。
「デザートはカニパン……じゃなかった」


ティエラ・デル・フエゴ国立公園
オプショナル・ツアーとして、〈地球の果て〉号列車とティエラ・デル・フエゴ国立公園に行くことになった。
 
昔は囚人たちを乗せて走ったという小さな列車。囚人たちが伐採した木はいまも立ち枯れていて、やるせない雰囲気です。〈地球の果て〉はかつては流刑地だったのね。
そういえば、ウシュアイアの町もきれいではあるけど、たとえば家族がいなくて、たった一人で暮らすのはツライだろうなーと思う。何かから逃れてきて、ひっそり隠れ住んだりしたらどうだろう、と。北の町には、そんな孤独と放浪が似合う。とはいえ、じっさいのウシュアイアはまったく北ではなくて、最南端なんだけどね。

駅のホーム。駅舎に飾ってあった模型の鉄道。


クリスタル・ネックレスのゆくえ――結局、megumiさんは「またの機会に」ってことで購入を断念。「またの機会」があるかどうかは大いに疑問ではありますが。


ブエノスアイレス
ブエノスアイレスではタンゴ・ショーのお店で、ツアー・メンバーが最後にいっしょにお食事をして解団式となった。
「タンゴ・ダンサー風のスリップ・ドレスでおされしたよ」
 
 
クラシックな雰囲気のアルゼンチン・タンゴ。アコーディオン弾きのおじさんが渋くてかっこよかった。ディナーはアルゼンチン名物のアサド(牛肉のステーキ、ほぼレア)。
翌日はフリータイム。ブエノスアイレスの街を散策した。
観光客でにぎわうフロリダ通りの花屋のスタンド。

サッカー・グッズを扱うお店。スポーツ用品メーカーのショップも多かった。

ここで青白ストライプのシャツを買った。
「夏には〈なんちゃってアルゼンチン代表ファン〉になる予定だネ」
五月広場はいつも散策の起点。オベリスクも街歩きの目印。
 
 
広場ではデモ行進をしていたよ。爆竹のような花火を打ち上げて、音が怖かった!
この直後にチュニジアやエジプトの民衆蜂起があって、世界は連動していると感じた。南米ももちろん。


アトランタ
アルゼンチンからの飛行機が大幅に遅れた。しかも、荷物チェックがチョー厳しい。手荷物のリュックの中まで開けられる。このときは知らなかったのだが、あとから思うと、この日はモスクワ空港で爆破事件があった翌日だったのね。それであんなに厳しかったんだ!
そんなわけで、飛行機は4時間も遅れ、アトランタの乗り継ぎがぎりぎりになった。しかも、アトランタでもセキュリティ・チェックが長蛇の列。添乗員さんが空港の係員に、出発時間が迫っていると何度も訴えたんだけど、聞いてもらえず、ただ並べといわれるだけ。ようやくゲートに走りこんだのに、その目の前で成田行きの飛行機は飛び立ってしまった。がっかり。
やむなく、アトランタで一泊することになりました。
スーツケースが出てこないので、Delta航空の飛行機遅延グッズ一式をもらい(ポーチの中に、歯ブラシ、歯磨き粉、靴下、パジャマ代わりのXLティーシャツが入っている)、ホテルに到着。
映画『バートン・フィンク』か『シャイニング』に出てくるホテルを連想。こわ!
  
洗面所のタオルのたたみ方が可愛いと思ったんだけど、照明のせいでホラー風に。
アトランタのホテルはwifiフリーでサクサク繋がるから、ipadのメールで遅延の連絡も楽にできました。
ジョージア州アトランタといえば、『風と共に去りぬ』の舞台です。
髪の毛ざんばらで裸足のフィー子はまるで戦争で焼け出されたスカーレット・オハラのようです。
「もう二度と飢えたりしないわ!」by スカーレット・オハラ in ”Gone with the Wind

ブエノスアイレスの街で写真を撮るために、フィー子を鞄から出して、わしづかみにして歩いていたら、いつのまにか靴を落としてきてしまったのでした。ブエノスアイレスにはフィー子のカーキ色のバスケットシューズが落ちているはず。何かを置いてきたら、またそこに行ける……というような伝説はなかったっけ?
スーツケースがないので、フィー子も着の身着のまま。靴さえなく(泣)。
  
ホテルに隣接するレストランはメキシコ料理だった。
翌朝早くアトランタ空港に行き、昼前の飛行機で成田へ。荷物がシアトル経由になってしまうという最後のハプニングはありましたが、成田で待つこと一時間、スーツケースも無事到着。お疲れさまでした。
「あーくたびれた。おやすみなさーい」(アトランタのホテルで)