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2012-02-25

『ミステリマガジン』4月号「探偵オペラ ミルキィホームズ」特集感想

 ミステリマガジン2012年4月号の特集は「探偵オペラミルキィホームズの系譜」ということで、ミルキィホームズ好きなのでもちろん買ってきました。

 小特集『Another』(綾辻行人)とセットというのもあって前号(特集は『逆転裁判』)と比べるとボリューム不足の感はありますが、『逆転裁判』はともかく『ミルキィホームズ』はそもそも企画が通ったのがすごいので表紙だけでもだいぶ満足です。


ミステリマガジン 2012年 04月号 [雑誌]

ミステリマガジン 2012年 04月号 [雑誌]


 内容に関して、ミステリとしてはパロディ要素くらいしか書くことないんじゃ……という不安もあった『ミルキィホームズ』ですが、前号が『逆転裁判』から法廷ものに話を広げていたように、今号の特集は『ミルキィホームズ』から少女探偵に広げています。

 そこで少女小説推理小説ともに関わり両方の要素を含む『GOSICK』の著者である桜庭一樹氏へのインタビュータイトルが、「少女は探偵に向いているか?」。桜庭氏は意外にも「少女が探偵に向いているわけではないと思う」と言います。


――少女って探偵に向いてるんでしょうか。

桜庭: いえ、少女が探偵に向いているわけではないと思うんです。だってアブリルのように、ふつうの女の子には探偵なんてできないですよ。トラブルが大きくなったり、わかっていたことを忘れたり、解決が遠ざかりそうじゃないですか(笑)。

 ヴィクトリカは、すごく小柄だけど醒めた瞳をしていて、老人のようなしわがれた声で話します。大人とも子どもとも男とも女ともつかない存在にすることで、逆に、お菓子を欲しがるように謎を欲しがる”少女探偵”が成立するのかもしれません。

(『ミステリマガジン2012年4月号』「桜庭一樹インタビュー 〜少女は探偵に向いているか?〜」)


 他のエッセイに目を向けると、山崎氏は男性社会・大人社会からの排斥という視点で少女と探偵の相容れ難さを指摘します。


好奇心たっぷりに事件に首を突っ込み、謎の真相を知りたがる無防備な少女は、その事件にかかわる大人にとっては厄介な存在であり、また本人も凌辱などの危機にさらされることになる。ナンシーが過剰なほどのいい娘で、父親や恋人が彼女の行動に寛容なのは、そんな少女探偵の危うさから読者の目をそらすためではないかとさえ考えてしまう。(中略)ジュブナイルという枠を超えると、少女探偵は成立しない。目端の効く少女たちは探偵に有益なアドバイスを与えるいい目撃者にはなっても、自分で事件を解決するまでに至らない場合が多い。

(『ミステリマガジン2012年4月号』 山崎まどか「ナンシー・ドールのジレンマ 海外文学における少女探偵たち」)


 対して推理小説家・芦辺拓氏は少女と探偵の相性の良さからその間の溝、そして変身少女・魔法少女ものに接続します。


「何だかんだ言っても、男に比べれば非力で、大人からは軽視されがちな女の子という存在にとって、推理は彼らと対等に渡り合える貴重な武器だったのよね」

「でも、そう簡単には飛び越えられない溝があって、たとえば孤独な少女だった眉子・アロウラスさんは、自分が愛読した物語の中のセディ・エロルに人格変換するし、宵宮月乃さんは名探偵モードに入ることで病弱な作家志望の女の子から飛躍する。最近では”ナゾトキ姫”になることで、あこがれの男の子と対等に話せるようになる詩音ひなみさんもその部類でしょう(異常、井上ほのか、関田涙阿南まゆき各氏描く探偵)」

「ふーん……これは日本特有の現象なのかな。でも、それって変身少女、魔法少女の変形版とは言えなくもない?」

(『ミステリマガジン2012年4月号』 芦辺拓「千一夜からミルキィホームズまで――探偵たちのガールズトーク」)


 泉信行氏はライトノベル紫色のクオリア』を「ループもの」ジャンルとし、ループによる知見の拡大と捜査・謎解きとの関連を指摘した上で『紫色のクオリア』を「身に余るほどの大きな謎と対峙する、ひたむきな少女の物語」とします。


「ループもの」は畢竟、全知に似た認識(視点)と、万能に近い手段を得ることをテーマにしていく。(中略)ゲームならばプレイヤーがシナリオの記憶を引き継ぐように、ループものの主人公も「記憶を保ってリトライすること」が問題解決への糸口となる。記憶の継承がない設定で「ループ」を扱う作品はまれだろうというほど、ループものとは「より広範な知見を得ることによる解決」を主眼とするジャンルなのだ。(中略)まさしく本作は、身に余るほどの大きな謎と対峙する、ひたむきな少女の物語なのだ。

(『ミステリマガジン2012年4月号』泉信行「少女・捜査・ループ ラノベ/ゲーム/アニメの世界の『謎解き』」)


 各氏の立場や言及しているものはばらばらですが、自分が共通して受け取ったものとしては、少女にとって謎それ自体が目的となりがたい、桜庭氏の言う「お菓子を欲しがるように謎を欲しがる”少女探偵”」の成立が困難ということでした。山崎氏や芦辺氏の論では「探偵」を通じた男性社会への飛び入りが目的となっていますし、泉氏の言う「ループもの」の少女主人公作品ではその行動目的が「少女が少女を想う」という昔からの少女小説に通じるものでした。

 少女探偵というと近年ではライトノベル“文学少女”シリーズ』がありますが、この「探偵」であるところの天野遠子は、「自分はあくまで探偵ではなく、ただの文学少女。ゆえに自分がするのは推理ではなく妄想、もとい想像」と言います。あくまで文学少女であることが彼女の行動目的でした。

 積極的に世の中の不思議な何かに関わっていく少女という点では同じくライトノベル涼宮ハルヒシリーズ』を挙げることができます。非日常を求めるハルヒが作中でも浮いた少女とされているように、少女と謎への欲求は相容れがたいものです。それは少女が虚構的な日常で過ごしているからかもしれません。


真実とは乙女にとって禁断の果実だった。それに手を伸ばした途端、乙女は冷静になる。自らの本当の姿を知って恥じ入ることになる。お前は乙女ではない。禁断の果実とはそういうものである。乙女とは夢見る存在なのだ。乙女の目はこの世にあるものに向けられていない。乙女はうっとりと空を見上げて語る。乙女の言葉は決して真実を語らない。乙女は美しいメタファーを愛する。

赤染晶子『乙女の密告』)


 少女と探偵の間の溝を埋めるように置かれた、「男性社会への飛び入り」や「誰かへの想い」、「文学少女というアイデンティティー」などのクッションは、『ミルキィホームズ』で言えば目的としての「ヨコハマの平和を守る」、手段としてのトイズといったところでしょうか。

 山崎氏の稿に「ナンシーが過剰なほどのいい娘で、父親や恋人が彼女の行動に寛容なのは、そんな少女探偵の危うさから読者の目をそらすためではないかとさえ考えてしまう」とありましたが、ミルキィホームズの面々は過剰なほどのダメダメで彼女らの行動を忍耐強く見守っていたアンリエット会長は2期7話にしてついに見限ってしまいます。「少女探偵」という文脈では『探偵オペラミルキィホームズ』というアニメがこれからどのようにそれを成り立たせるのか? そしてそのような視点が果たしてこの作品に成り立つのかも含め、楽しみではないですか。


 ところで『ミルキィホームズ』ですが、原作であるはずのゲーム版2弾(8月発売)のコミカライズが既に刊行されているという事件が起きています。これは原作であるゲームよりも先にアニメが放送され半ば「正史」とされてしまったことを思い出す事態。



 さてさてこの『探偵オペラミルキィホームズ2』がゲームとアニメの異なる世界観をつなげる試みなのか?それにしては新キャラ出していいのか?ていうか時系列矛盾してるよ!……というなんともミルキィホームズらしい不安たっぷりなスタートが楽しく、数多の『ミルキィホームズ』漫画の中でも一番おすすめの出来。

 内容的にも小林オペラがいなくなったところから始まるという程度で、アニメ版のみ視聴という方でも知識面は何ら問題なく読めます。原作ゲーム内容の先取り、もっと言えばアニメ3期(まだ決まってもない)内容の先取りにもなるかもしれません

 『ミルキィホームズ』の魅力の一つにキャラクターがありますが、2の新キャラクターであるエラリー姫百合ジョセフィーヌ新生徒会長も人気出そうでアニメ化が楽しみです(気が早い)。

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