Hatena::ブログ(Diary)

僕が線を引いて読んだ所 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2007年01月20日

[][] グレン・グールド俳句  グレン・グールドと俳句を含むブックマーク  グレン・グールドと俳句のブックマークコメント

相互リンクさせていただいているブログ「不二草紙 本日のおススメ」の最新の記事に触発されて、本棚の『「草枕」変奏曲――夏目漱石グレン・グールド』(横田庄一郎著)を本棚から取り出して拾い読みしたり、久々にグールドレコードを聴いたりしていたら、すっかり夜が更けてしまいました。
『「草枕」変奏曲』の発行は98年5月、僕の読書日記を見ると同年8月23日に購入して、29日に読了。こんなコメントを書いていました。


芸術家としての漱石グールドの共通点が、グールドが愛読したという『草枕』を手がかりにしだいに明らかにされる。が、これは書名から想像できるように、研究書ではない。「非人情」という主題をめぐって、全三十章のゆるやかな完結性を持った短章が積み重ねられてゆくうちに、グールドの芸術への理解が深められる。強引に自説に引き込もうとする押し付けがましさのない、軽やかな、ちょっと枯れた文章が、読んでいて気持ちよかった。」


今回あらためて目次を見ると、「第二十四 禅と俳句」という章が目につきました。そこにはグールド俳句の結びつきに関して、次のような記述が見られます。

 草枕』は漱石が「俳句的小説」と呼んでいるほどだから、たくさんの俳句が出てくる。だいたい主人公の画工は画工なのに絵をかくより、俳句三昧なのである。そして小説では俳句ができそうな境地がえがかれ、そこから実際に画工がひねってみせる。そこには俳句の創作過程が明らかになっているのだ。『草枕』を愛読したグールドが画工に共感し、俳句に惹かれるようになったとしても、決しておかしくない話である。
 …
 あれほど饒舌な、批評家には「ピアノを弾くより、無意味なことをしゃべることを好む」といわれたグールドが、言葉を極限にまで絞り込む俳句をつくっていたという話は実に興味深い。ただし、こうした内面に関することをグールドは自ら語っていない。書き残したものもないのである。今後、何か俳句についての資料が出てくれば面白いのだが、いまのところ、そうしたものは見つかってはいないようだ。

さて、その後、グールド俳句を結びつける資料は見つかったのでしょうか。ご存知の方がいたら、ぜひ教えてください。

「草枕」変奏曲―夏目漱石とグレン・グールド

「草枕」変奏曲―夏目漱石とグレン・グールド

すいとん大将すいとん大将 2007/01/21 09:09 カナダのピアニストと俳句ですか〜。音楽って奥が深そうですね。
小生も何か、若き日=暇と可処分所得の多かった頃=に音楽の素養を身におけば良かったと今更ながらに後悔しております。

私事ですが、娘二人は共に吹奏楽やギタ・マン系。
上の娘はこの春から名古屋の音楽系=ライヴ&ステージ裏方養成=の専門学校へ進学します。 ← 学校もアパートも自分でリサーチして、さっさかと決めて親に納得させました(そういう娘です)。 かの地には小生の高校同級生が音楽事務所も経営しているので、それも頼りの一つ。

閑話休題。
「分け入っても 分け入っても 青い山」(山頭火)の句を音楽で表現すると、どんな感じですか?
個人的に、この句って好きなんですが。

追伸
弊ブログにも、ぜひまたお越しください。貴兄の推敲やご意見を賜りたい「文面」も記しておりますので。