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2007年12月06日 荒地に実った果実 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

朝日新聞の書評を読んで、是非読みたいと思っていたねじめ正一の『荒地の恋が、職場のすぐ近くの図書館の新刊コーナーに並んでいた。ラッキー!
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北村太郎は、同じ詩人で親友の田村隆一の4人目の妻、明子と深い仲になったことを妻の治子に告白する。治子は激怒し、衣類を鞄に詰めて家を飛び出す。

北村は玄関に突っ立ったまま治子を見送った。
後悔が押し寄せてきた。
と同時に、突き抜けるような開放感があった。疲労も徒労もない、言ったぞ、俺は言ったぞと大声で叫びたくなるような開放感だ。断崖から飛び降りるとき、人はきっとこんな開放感を感じるのだろう。俺はこれが欲しかったのだ、と北村は思った。

北村は自由を手に入れる。そしてそれと引き換えに、妻と二人の子供とで築いてきた平凡で平和な家庭の幸せを永久に失ってしまう。
北村太郎、53才、このときから彼の本当の「荒地」は始まる。
…と、ここまで書いてきて、本当にそうだろうか、とも思う。
北村太郎は29歳のとき、最初の妻明子と息子を事故で失っている。その失意の底から救い出してくれたのが2番目の妻、治子だ。治子は「北村に生のエネルギーを注ぎ込み、運命の不幸に乾涸らびていた北村の感情を生き生きとよみがえらせてくれた。」しかし、「運命の不幸」がもたらした北村の心の荒地は、幸福な家庭という青々と生い茂る草木にひとたびはすっかり覆い尽くされたかに見えたが、人生の実りの秋を迎えようとしていた北村の中で、再びその荒涼とした地肌を露わにし始めていたのではないか。
荒地は実りをもたらさない。
北村太郎は手ごたえのある果実を欲していたのではないか。詩人にとって、それは言葉によって紡ぎ出されねばならない。明子との不倫、さらにもっと若い恋人阿子との濃密な時は、北村太郎の荒地を耕すことではなかったか。実際彼は、家庭人であることを捨ててから、それ以前とは比較にならないほどの創作意欲の高まりを見せる。
北村太郎の死後に催されたお別れの会に出席した阿子は、太郎の双子の弟から「北村太郎を幸せにしてくれて、ありがとうね」と言われる。確かに若い阿子との逢瀬は、北村にとって甘美で心休まるひとときであったに違いない。しかし、まだ死ぬには早すぎる60代の北村をして、死ぬことはちっとも怖くないと言わしめたものは、何よりも詩人として十分に表現し得たという達成感ではなかったか。

荒地の恋

荒地の恋