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僕が線を引いて読んだ所 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008年08月05日

mf-fagott2008-08-05

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世田谷美術館で開催中の「建築がみる夢 石山修武と12の物語」を観てきました。(予定ではもう一つ、建築関係の展覧会を観てくる予定でしたが、やはり一度に二つは無理ですね。)


石山修武という人は、自分の夢をどんどん大きく育て、その夢の実現に向けて突き進む、大変エネルギッシュな人だんだなあと感じました。展示の内容については、こちらを御覧下さい。


僕はかつて石山修武の『住宅病はなおらない』という本をとても面白く読んだ経験があります。内容だけでなくそのスピード感のある文章が魅力的です。僕はいいと思った文章をパソコンに打ち込んでおくことがあるのですが、これもそうした一つです。ちょっと長いですけど、独得の文体を味わってみてください。

 バイパスの風景には実体がない。流動変化こそがその本質だ。また、バイパスの風景の主役はスピードでもある。人間の歩く速度ではなく車の走るスピード、曲る角度と曲率、停止する余白(マージン)が風景の骨格を形づくる。バイパスの風景は車のスピードを主役にして考えられた舞台装置なのだ。人間本来の眼を想定して考えられたものではなく自動車の眼、つまりヘッドライトのために構えられた風景だ。だから極彩色で無茶苦茶に自由でアナーキーなふうでありながら、一向に豊かさを生み出さない。本当の多様性とはまるで違う方向へ変化し続けるばかりだ。
 バイパスの風景には大仰な形や際立ったサインが乱立している。ガソリンスタンドもドライブインもコーヒーショップも、すべての建築物や工作物が全力をあげて車に信号を送り出している。
 車を降りて歩き出すと、しかしそれは驚くほどに退屈な風景へと変化してしまう。モノには細部がなく、精緻な関係性はどこにもない。アッケラカンとして暗闇を取り払った舞台装置みたいなものだ。。発泡スチロールの樹木や布に描かれた草木、山の姿が白日の許にさらけ出される。プラスチックやボール紙、段ボールでつくられたものではないけれど、木や鉄やガラス、それに様々な新建材で組み立てられたまがいものであることが歴然としてしまう。
 現代のあらゆる商業施設インテリアが持つ性格をバイパスはその外に露出している。商店のインテリアが裏返しになって外に反転した風景だ。あらゆる実物がその意味を消してしまって虚像を送り出すことに奉仕している。虚像、すなわち商業のためのシグナルであり情報である。
 (『住宅病はなおらない』所収「東京ゼリーの逆襲」より)