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2016年03月08日

[]売れてたまるか 売れてたまるか - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 売れてたまるか - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

f:id:mf-fagott:20160308234751j:image:w240:left 読むたびに、僕を楽しませてくれる建築石山修武の文章。この本もまた、期待を裏切らない。
 自らの商品を語る石山修武の文章は実に面白い。石山修武だったら、たとえどんなにつまらない商品でも、屁理屈を並べてそれがいかに価値あるものかを語って見せることができる。お客さんにとって、もう商品の善し悪しなんてどうでもよくなってしまう。読者としてその話芸を楽しませてもらえればもう満足なので、商品を手に入れる必要はもはやない。商品を買うつもりはないけれど、ダイレクトメールは読みたいからどんどん送ってくれ、今度はどんな商品をどんなテを使って売り込むつもりか、お手並み拝見といった気持だろう。そんなわけで、雑貨商、石山修武の扱う商品は、あまり売れないに違いない。
 石山修武自身が、「あとがき」でぽろっと本音を吐いている。

…本当にみなさんにわたしの商品を買って貰いたいのか、それとも何かを書くのが本来の目的なのか不明なのが自覚できてしまったわけだ。

ほらね。石山修武は自分の商売に至極満足している。売れなければ売れないで、売れないことを楽しむ術を知っているからだ。

わたしの商店のベストセラーを御披露する。もちろんベストセラーとは一番売れなかった商品である。わたしの商店は当然のことながら量より質を大事にするからだ。ベストは量ではない質である。そして質というものは最終的には個人の好き嫌いに属する。これが大事だ。別の言い方を短くするならば売れてたまるかのモノ。

 こんな調子で始まる文章の中で、石山修武は第十八宝幸丸のカツオを「宝」と呼び、宝の価値の分からぬ人間をおおいに憐れむ。そして、最後はこうだ。

そんなワケでハンマの宝幸丸の初ガツオは二度と売ってあげない。わたしが一人占めして初夏の初ガツオとともに満喫してやる。
ザマミロである。

 石山修武は文章の達人である。と同時に、人生を満足して生きる達人であるに違いない。

2015年12月17日

[][]鎌倉近代美術館 鎌倉近代美術館 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 鎌倉近代美術館 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

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 10月11日、連休中はやっているだろうと疑いもせず、よく調べもしないで行ってみたら展示替えのためにまさかの休館中だった県立近代美術館。今年度一杯で閉館してしまうので、ぜひとも一度は行っておきたいと思っていたのだが、今日、美術の研究授業の一環で見学に行く生徒の引率教員の一人として訪れることができたのはラッキーだった。
 事前指導で生徒に見せていた古賀春江の「窓外の化粧」の実物に接することがやはり一番の楽しみだったが、松本竣介佐伯祐三などの作品も見ごたえがあったし、数は少ないが立体作品にも面白いのがあって、与えられた約1時間の観覧時間はすぐに経ってしまった。
 平日にも関わらず、大勢の人でにぎわっていたのは意外だったが、つい先日、NHKの日曜美術館で取り上げられたのだと聞き、なるほどテレビの影響は大きいのだと思った。(この番組は再放送があるとのこと、ぜひ観てみたい。)
 見学後の研究協議会では、美術館の学芸員の方たちから興味深いお話をうかがえて、とても充実したひと時を過ごすことができた。
 鎌倉に行っても、もうあの魅力的な空間で幸せな気分に浸ることができなくなるのだと思うと、ちょっと寂しい。
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2013年12月15日

[]一番古い記憶 一番古い記憶 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 一番古い記憶 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

天下無双の建築学入門 (ちくま新書)

天下無双の建築学入門 (ちくま新書)

 藤森照信『天下無双の建築学入門』の次の部分が興味をひいた。そして、自分の一番古い記憶のことを思った。

 生れてから現在にいたるまでの自分の記憶は、脳の中に定着された自分の世界は、建築と町並みによって安定と連続性を保証されているのだ。
(中略)
 人が人らしくありうるのは、自分が自分であることの証は、脳の中に作られている自分の世界の安定と連続によるのだけれど、そのことを人間は自分で確かめることはできない。しかし、建物や町並みを見て懐かしいと感じた時、実は、意識の奥で、その確認がなされており、確認できたことのよろこびが、懐かしいという得もいわれぬ感情となって湧きあがってくる。

 僕の一番古い記憶は建物の記憶だ。
 二歳と数カ月の頃、移り住むことになっていた横浜の郊外に新築中の家を、両親と見に行った時のものだ。北側の勝手口の小さな土間の辺りから中を覗き込んでいる自分自身のイメージを、僕は今でもはっきりと思い浮かべることができる。中では若い大工さんが一人、黙々と作業をしていた。
 それは純然たる「記憶」とは呼べないものかもしれない。その時のことは、両親との間で話題になることもあったから、それによって補強された部分もある。その後、その家には20年ほど住んだのだし、写真も残っているから、それらの新しい情報と混ぜこぜになっていることも確かだ。しかし、僕にはそれが自分の中で一番古い記憶であることは間違いないと感じるし、あの建築中の家を覗きこんだときの幼い自分の気持ちのありようが、いかにも自分らしいものであったと思えてならない。半世紀以上も前の記憶の中の2歳数カ月の男の子が、今の自分と同一人物であることは、疑いようもないのだ。今でも僕は、住宅建築現場というものに、格別の思いを持っている。
 その家はもう20年くらい前に取り壊してしまったけれど、もしその家が今でも残っていて、それを見ることができたとしたら、これ以上はないというほどの懐かしさを感じるに違いない。平屋建ての、小さな家だ。

2013年11月23日

[]お寺のことがわかる人になりたい お寺のことがわかる人になりたい - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク お寺のことがわかる人になりたい - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

最近、古い建物の残る町を歩いたり、神社やお寺を観たりするのが楽しい。
そんな年齢になってきたんですね。
それでこんな本を購入。

お寺の基本

お寺の基本

少しでも知識が増えると、見る目が違ってくる。この門は、二階建てだから楼門だな、なんてね。これからは、建物のことだけじゃなく、宗旨の違いなんかについても勉強したいと思っている。

今日はまた、今年何回目かの鎌倉に行ってきた。逗子駅から歩き始めて、名越切り通しを越え、光明寺というコース。
逗子の駅前でいただいた逗子のハイキングガイドのパンフレットを頼りに、名越の切り通しを目指したが、その途中で立ち寄った妙光寺と岩殿寺がとても気に入った。背景の山とお寺の建物が素敵に調和している。逗子とか鎌倉というのは、お寺を建てるのに実にふさわしい地形なんだと思う。
f:id:mf-fagott:20131123120547j:image:w250 妙光寺

f:id:mf-fagott:20131123124042j:image:w250 岩殿寺

2013年04月28日

[][]大磯界隈歴史・文学散歩 大磯界隈歴史・文学散歩 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 大磯界隈歴史・文学散歩 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

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大磯駅から徒歩10分くらいで、島崎藤村旧宅に着く。
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萩の枝で作られた下地窓。
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大正硝子の窓に、庭の新緑が写る。
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大磯で最期を迎えた藤村、ここに眠る(地福寺)
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鴫立庵。ここは日本三大俳諧道場の一つ。(他の二つは、京都の落柿舎と滋賀の無名庵)今でも頻繁に句会・歌会が行われているそうだ。
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創業明治24年の「新杵」で西行饅頭を買い、後半に向けて腹ごしらえ。
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この後、大磯に多く残る横穴墓群を見て回り、さらに茅ヶ崎市美術館で「藤間家所蔵、文人名主由縁浮世絵」展を見学。充実の一日。企画し案内してくださったFさんに感謝。茅ヶ崎駅近くの居酒屋で飲んだビールが美味いこと! ちょっと飲みすぎて、翌日の演奏会は、頭の芯に少し痺れが残ったままステージへ。

2011年11月03日

[][]読書用椅子 読書用椅子 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 読書用椅子 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

鎌倉で知人の出演する演奏会があった。せっかく鎌倉まで行くのだから、どこかもう一か所寄って来ようと思って調べたら、こういう展覧会があったので観て来た。

神奈川県立近代美術館(鎌倉)開館60周年
シャルロット・ペリアンと日本
2011年10月22日〜2012年1月9日

ペリアンという人を僕は知らなかったけれども、「戦前戦後を通じて日本のデザイン界に多大な影響を与えた」女性デザイナー(展覧会のチラシより)だという。
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こういうところで、シンプルで使いやすそうでおしゃれな家具を見ると、自分の家に置いてみたくなったり、座りたくなったりする。もちろんそれは無理なので、自分で似たようなデザインの家具を作ってみようか、などと考えたりする。今までパソコン用の机だとか、ガーデニング用の棚だとか、いろいろ作ったけれど、椅子は作ったことがない。くつろいだ姿勢で本が読めて、そのまま寝てしまえるような居心地のいい椅子を、いつかぜひ作ってみたいと思っていた。ペリアンのシェーズ・ロングというのはまさにそのための椅子、という感じで、これと良く似たデザインで商品化されたものが展示されていて座ることもできた。しかしこれは体がかなり仰向けになるので、座るよりは横になるという感じで、あっという間に読書から睡眠へと突入してしまいそうだ。
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cascadefcascadef 2011/11/07 10:46 私も読書用の椅子が欲しい。たとえ眠くなってもこんな椅子が合ったらなあと思います。この記事、Facebookでシェアしてもいいでしょうか?

cascadefcascadef 2011/11/09 00:01 フェイスブックでシェアしました。

mf-fagottmf-fagott 2011/11/09 20:30 cascadef様、当ブログを読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

2011年01月17日

[]職業と家庭と 職業と家庭と - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 職業と家庭と - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

TUTAYAまで、現代文の授業で見せる『鉄道員』のDVDを借りに行ったついでに『マイ・アーキスト ルイス・カーンを探して』というのも借りて来た。僕はルイス・カーンという名前すら知らなかったのだけれど、いったいどんな作品を残した人なのか、興味がわいたのだ。
観てみると、このドキュメンタリー映画は、建築よりもむしろその設計者であるルイス・カーンという人物を追うことに主眼があった。そして、たまたま同時に借りた『鉄道員』との間に、意外な共通点があることに気がついた。
『鉄道員』の主人公、佐藤乙松は根っからの仕事人間で何よりも仕事を優先、そのために自分の娘の死に目にも妻の死に目にも会えない。「俺はぽっぽやだから、身内のことで泣くわけにはいかない」と言って、涙を見せることもない。家族を深く愛してはいるのだが、職責を全うしようという気持ちは頑なといっていいほど強く、それゆえ家族への負い目を感じつつ生きることになってしまう。しかし乙松は、最後に不思議な形で家族からの許しを得ることになる。
ルイス・カーンもまた、仕事への情熱と家族への愛情のはざまで人知れず苦しんだ人間なのではないか。妻と二人の愛人の間にそれぞれ一人ずつの子供をもうけ、それぞれに愛情を注いだが、一般的な意味での幸せな家庭を築くということにはならなかった。しかし、ルイス・カーンが愛人との間に残した息子、ナサニエル・カーンは、世界中に残された父親の建築作品を訪ね、父親と関わった人たちの証言を集めて制作したこの記録映画の最終章において、ルイス・カーンは建築という仕事を通して人々への普遍的な愛を実現したのだという認識に至る。
佐藤乙松は自らが駅長を務める駅のホームで倒れるが、ルイス・カーンが突然の最期を迎えたのもペンシルバニアの駅だった。

鉄道員(ぽっぽや) [DVD]

鉄道員(ぽっぽや) [DVD]

マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して [DVD]

マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して [DVD]

2010年11月17日

[]建ててしまった人も読みたい住宅本 建ててしまった人も読みたい住宅本 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 建ててしまった人も読みたい住宅本 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

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石山修武というのはやっぱりなかなかの文章家だと思うのである。この『笑う住宅』も、読んでいて、なぜか心地よいのだ。(というようなことは、以前にもこのブログに書いた。)もちろん、僕はただ文章を味わっているだけではなく、その内容を楽しんでいるのだ。その内容というのは、8年前に家をたててしまった僕が今さら知ったところでどうにもならないようなものであって、「もう建ててしまった人は読まないでください、後悔しますから…」という注意書きが必要なんじゃないかと思うほどのものなのだが、読んでいて面白いんだから、もう死ぬまでに絶対に家を建てるつもりがない、というか、建てたくても建てられない人間が読んだって構わないじゃないか、と思うのだ。いや、むしろ、これから家を建てようと企んでいる人間よりも、「もう建ててしまった人」の方が、石山修武の訴えていることがよーくわかるという意味では、この本の読者としてふさわしいと言えるかもしれない。よーくわかる授業が生徒にとって楽しいように、よーくわかる本は読者にとって楽しい。最初に書いた「なぜか心地よい」というのは、「よーくわかる」というところから生まれてくる感覚だろう。石山修武はなぜあんな変てこな形の家を作ったか。僕はあんなのに住みたいとは思わないが、ああいう形になったワケというのは、実によく納得できる。あれは石山修武の住宅観の具現化であることは勿論、その文章からも立ちあがってくる彼の人間としての魅力が形をなしたものでもあるだろう。そんなことを考えつつ本書に収められた図版を見ていると、ドラム缶のような住宅の実物に、一度お目にかかってみたいなどと思ってしまうのだ。

2010年03月28日

[]木の楽器、木の家 木の楽器、木の家 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 木の楽器、木の家 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

オケの練習に向かう電車の中で、バイオリンの女の子(筆者注:美人)と一緒になる。
「ホームで何の本を読んでいたんですかあ?」
「あ、これね。こういう本。」

建築史的モンダイ (ちくま新書)

建築史的モンダイ (ちくま新書)

「へえ、なんか意外… どうしてそんな本読んでいたんですかあ?」
「まえから建築には興味があってね。」
「どうして…」
「家を建てるときにいろいろ調べたの。ずいぶんいろんな本読んだよ。それで、今でもこういうの時々読むの。」
「その家は和風ですか、洋風ですか。クラシック音楽やるような人は、やっぱり洋風ですか。」
「どっちかっていうと、和風かなあ。靴脱いで入るからなあ。でも畳は三枚しか使ってないしなあ。どっちかなあ。ほら、僕の楽器は木管楽器でしょ。だからね、家も木の家なの。今度遊びに来てよ。あっ、でも家の中は禁煙だからね、タバコはベランダでお願い。」

2010年02月07日

[][]くぎ、ん? くぎ、ん? - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク くぎ、ん? - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

「蠟梅」とは、読めても書くことはできない漢字ですね。
今日は「家づくりの会」の建築家の方々との2回目の句会がありました。そこに「蠟梅(蝋梅)」を詠んだ句が出ていたので、僕は先月、鎌倉の明月院に行った時のことを思い出しました。これはその時の写真。
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1月半ばで梅の花にはまだ早く、咲いていたのはこの蠟梅と水仙の花くらいでしたが、今頃は鎌倉でもあちこちで紅白の梅が咲き始めているのでしょう。
それにしても毎年この時期になると梅の句を作ろうとするのに、なかなか納得できる句ができないのはなぜでしょう。今回も、自分で「梅」という題を出しておきながら、なかなか句が浮かばずに苦労しました。櫂未知子『季語の底力』の「梅」の項を読むと、こんなことが書いてありました。

『万葉集』に登場する花で最も多いのは萩の花ですが、萩が歌を詠む人を選ばない(つまり、階級の上下に関係がない)のに対して、二番目に多い梅は、作者が上流階級に限られていたというのは面白い現象です。

どうも梅の句がうまくできないのは、気高い花を見て柄にもなく品よく詠もうと無理をしてしまうからかもしれません。
今日の句会で「梅最中」というお菓子を詠んだ方がいらっしゃいましたが、『季語の底力』には虎屋が「夜の梅」という羊羹を出していることが書いてありました。僕が「梅」の題で作った句は「夜の梅となりて校門出でにけり」ですが、これは羊羹とは関係ありません。
今回の最高得点句はu-ochさんの、
白黒はいっときの運日向ぼこ
句会の名称は「釘ん句会」に決定。次回は5月です。

いちよういちよう 2010/02/08 18:22 お疲れさまでした・ありがとうございました。
勉強して出直します(できるかな?)

u-ochu-och 2010/02/08 19:55 昨日はありがとうございました。
たまたま最高得点を頂きましたが、
まさに「いっときの運」という感じですね。
5月もよろしくお願いします!

mf-fagottmf-fagott 2010/02/08 20:52 いちようさん、u-ochさん、今回もいろいろ楽しませていただき、こちらこそありがとうございました。
句会の名前が決まってよかったですね。僕も次回まで、もっともっと勉強して点の取れる句をひっさげて参加したいと思います。