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2018年08月15日

[]飢ゑし啼く海猫に日増しの北風嵐 飢ゑし啼く海猫に日増しの北風嵐 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 飢ゑし啼く海猫に日増しの北風嵐 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

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 礼文島の岬巡りコースというハイキングコースは、北の端のスコトン岬から始まる。強い風に抗うように歩き始めて30分ほどの見晴らしの良い丘の上に、上村占魚の句碑がある。「海猫」は「ごめ」、「北風嵐」は「きたあらし」と振り仮名がふってある。
 「米の香の球磨焼酎を愛し酌む」と詠んだ占魚は熊本生まれだが、九州から遠く離れた北の果ての礼文島を何度か訪れたらしい。おそらく占魚は、礼文の句を多く詠み、この句はその多くの中から選ばれたのだろうが、碑が建つほどの句なのだろうかと考えてしまう。(いや、句碑なんて常にそんなものか…)「飢ゑし啼く海猫」は文法的にはどうなんだろう。

2018年07月10日

[]プールの匂い プールの匂い - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク プールの匂い - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

教室にプールの水の匂ひ来る   茨木和生

 プールを詠んだ名句はいくつもありますが、これはその中でも好きな句の一つです。
 今年度は、現代文の授業で毎時間、俳句を一句ずつ黒板に書いて紹介しています。そして、今日の一句がこの句でした。
 水泳の授業のはじまったプールのカルキ臭い独特の匂いが、開け放たれた窓から教室の中まで漂ってくる、ああ、今年も水泳の授業が始まったんだなあ。そんなふうに僕はこの句を理解していました。ところが、生徒に聞いてみると、小学校でも中学校でも、プールの匂いが教室まで漂ってきたという経験はないと言います。(今、僕が勤めている学校は、プールと校舎がかなり離れているので、カルキの匂いが届くことはありません。それよりも隣の動物園から動物の鳴き声が聞こえてきます。)そして、一人の生徒が言いました。
「この句は、水泳の授業を終えた生徒たちが、まだ濡れた体にプールの水の匂いをプンプンさせながら、教室に戻ってくる、そういう意味なんだ。」
 なるほど! そういう解釈で改めてこの句を読んでみると、その方が句が生き生きと感じられてくるようにも思えてきます。水泳の授業を終えたばかりの軽い興奮を湛えた生徒たちが、ワイワイと教室に戻ってくる情景。なんだか、この句はもともとそういう場面を詠んだ句だったのではないかと思ってしまいます。

2018年06月03日

[][]「長谷川利行展」のち「釘ん句会」 「長谷川利行展」のち「釘ん句会」 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 「長谷川利行展」のち「釘ん句会」 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 昨年の今頃、東京近代美術館で観た長谷川利行が良かったという話はこのブログに書いたが、その長谷川利行の展覧会があると知り、プーシキンやルーブルも観たいけどまずこっちが先、と思って昨日行ってきた。
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 初めて行く会場の府中市美術館は、爽やかに晴れ上がった府中の森公園の一角に建つ立派な建物。公園内を散策しながら、夕方の句会に備えて、まだ数の足りない俳句をひねり出すというのもいい考えだが、それは後にして、900円のチケットを購入。

f:id:mf-fagott:20180603091501j:image:w160:left 一年ぶりの再会となる長谷川利行、やっぱりいい!!
 書きなぐったような自由な筆の運びと大らかな構図。様々な色をごちゃまぜにしたようでいて、全体として保たれている調和。その中で明るく鮮やかな赤い絵の具がアクセントとなって、目を引き付ける作品が多い。(購入したカタログではその赤が、実物ほど鮮やかに印刷されていないのが残念だが、仕方がない。)
 この展覧会は、前期展示が6月10日まで。後期展示が6月12日から始まる。多くの作品が入れ替わるので、もう一度行きたいと思う。

 展覧会の後は、公園内をちょっと歩いてから、句会の会場、市ヶ谷に向かう。歳時記や電子辞書を入れたショルダーバッグが、展覧会のカタログを加えてますます重くなった。毎度のことながら、満足な句が揃っていないので、気持ちも少し重い。

f:id:mf-fagott:20180603091500j:image:w160:left 釘ん句会は、今回で35回目。(良く続いているなあ…)
 今回出した五句のうちの二句。

 アマゾンの大きな箱で来る香水
 節つけて「おはようよのなか」夏始


 「アマゾン…」のような句は、もう誰かが作っているに違いない。
 Kさんからお借りして帰った俳誌「知音」を読むのが楽しみ。

2018年05月10日

[]分け入っても分け入っても… 分け入っても分け入っても… - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 分け入っても分け入っても… - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 金子兜太の『種田山頭火―漂泊の俳人』(講談社現代新書)を読んだ。
 山頭火と言えば、世間では人気のある俳人の一人に数えられているわけだが、僕にとってはどうもよくわからない俳人なのである。

 分け入つても分け入つても青い山

 よく知られた代表句だ。僕もこの句には素直に魅力を感じることができる。漂泊のロマンティシズム。懐深い自然の包容力。日常から解放された行楽の歓び…おそらくは作者の意図を離れたそんな読み方も許してもらうことにしよう。
 しかし、この本の中で、ああ、山頭火はこんな句も作っていたのかと、ここに書き留めておきたくなるような句に出会うことはなかった。
 金子兜太によれば、山頭火とは、求道者(宗教的に自己を律していく者)ではなく、存在者(ありのままの自分を観照する者)であるという。托鉢の僧として生きたが、教義を自らの生の支えとしたわけではないらしい。では山頭火は放浪生活の中で何を極めようとしていたかというと、それは「空」であったという。この「空」が何を意味するかは難しい。「無心」とか「何事にも執着しない心」という意味のようだととりあえず納得してはみるものの、それを作品理解にどうつなげたらよいのかわからない。山頭火の発言が捉えどころがないのか、兜太の文章が難しいのか、自分の読解力が足りないのか? いずれにしても、今のところは、この本を手掛かりに山頭火の作品世界に分け入ることができた、という感想を持てないでいるのである。残念なことである。

2018年03月21日

[]どうなる? 朝日俳壇 どうなる? 朝日俳壇 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク どうなる? 朝日俳壇 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 金子兜太が亡くなってひと月たった。朝日俳壇の選者はどうなるのだろうか。毎週丁寧に目を通していたわけではないが、兜太の選は気になっていた。兜太選のない朝日俳壇は、寂しい。

悩むことはない

悩むことはない

 古本屋でたまたま見つけて購入。糞尿満タン、放屁奔放な一冊。九十一歳の金子兜太がありのままの自分自身を語り尽くす。
 戦争末期、食糧補給が途絶えたトラック島は食うものがない悲惨な状態にあった。

 トカゲは大小いろんな種類のがおりました。とっつかまえて食ったりしていましたが、私はベッドの下に、全長五十センチぐらいのトカゲを飼っていたんです。こいつが蚊を食ってくれるんだ。

 極限状況に追い込まれた戦場において、階級の上下など関係なく句を出し合った陸海軍合同句会の話は、感銘を受ける。

2018年01月07日

[][]文豪と閨秀作家 文豪と閨秀作家 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 文豪と閨秀作家 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

硝子戸の中 (新潮文庫)

硝子戸の中 (新潮文庫)

 「人格者」、「大人」というイメージの夏目漱石だが、こんなエピソードを読むと、漱石ほどの人でもこんなことがあったのかと、近寄りがたい文豪が少し身近な人になったようで嬉しい。

…ある日楠緒さんがわざわざ早稲田へ訪ねて来てくれた事がある。然るに生憎私は妻(さい)と喧嘩をしていた。私は厭な顔をしたまま、書斎に凝(じ)っと坐っていた。楠緒さんは妻と十分ばかり話をして帰って行った。
 その日はそれで済んだが、程なく私は西方町へ詫まりに出かけた。
 「実は喧嘩をしていたのです。妻も定めて不愛想でしたろう。私は又苦々しい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引込んでいたのです」

 夫婦喧嘩の原因はなんだったのか、それは書かれていない。
 「楠緒さん」とは大塚楠緒、新潮文庫の注解(紅野敏郎)には、1875年生まれの閨秀作家とある。僕は「閨秀」という言葉に「才色兼備」という意味があると勝手に思い込んでいたが、辞書で確認してみるとそれは間違いのようで、「日本国語大辞典」では「才芸にすぐれた婦人」となっている。しかし、上の引用部前後の記載から、「楠緒さん」がとても美しい人であったことは間違いないことのように思われる。

 「ある程の菊投げ入れよ棺の中」はこの人のために詠まれたものだそうだ。

2017年09月30日

[]俳句をめぐる静かな思索 俳句をめぐる静かな思索 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 俳句をめぐる静かな思索 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 橋本鶏二の『俳句実作者の言葉』をほぼ読み終えた。
 Amazonで検索しても一件もヒットせず、ググってもあまり出てこないところをみると、出先でたまたま立ち寄った古書店で見つけて購入できたのはラッキーだったのかもしれない。静謐で端正な文章から、俳句に対する真摯な思いがにじみ出ている。読者は筆者と共に、俳句をめぐる静かな思索のひと時を過ごすことができる。
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 われわれは往々にして、題材も表現もほとんど同一で然もそれが非常に理に叶つた理屈を諷ひだしてゐる俳句に接することがある。
 客観的自然に目を開いた事のない人が、常識といふ枠で考へたものであるからだ。或ひは空想してつくり上げた概念の所産であるからだ。徹底的に主観的な一切を排除してゆく勇気の中で、静かに客観が諷はれてこそ初めて俳句は美しくなるであろう。
(「客観」より)

 共鳴者の多い句なども、披講されるその都度味はつてみて、多くの人が寄せる共感の所在を更に考へ、そして、自分の心に或る解答を求めるのが常である。何故採らなかつたかを自問自答してみるのである。そして得た答へが、あれは採らなくてもよろしい、と出れば晴々とするし、採り洩らしてをつたなと思ふと憂鬱である。その句の作者に申訳のない思ひなのである。(「選句について」より)

 岸本尚毅は『生き方としての俳句』の中で、橋本鶏二を「ひたすら正直に、ときには愚直なまでに写生句を詠み続けた人」、その俳句を「地に足がついた真面目な俳句」と評している。そうした人柄、句風は、散文にも表れていると言えよう。

 橋本鶏二は、『現代の俳句』(平井照敏編)の中で現代俳人107人の中の一人として取り上げられ、三十二句が収録されている。おそらく手に入りにくいであろう他の句集も探してもっと読んでみたいとまでは思わないが、今回のように古本屋でたまたま出会ったときには、手に取りたくなるにちがいない。


  鷹匠の指さしこみし鷹の胸

2017年09月22日

[]驚くのがうまい人 驚くのがうまい人 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 驚くのがうまい人 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

俳句の図書室 (角川文庫)

俳句の図書室 (角川文庫)

巻末の著者と又吉直樹の対談に勝手に加わって、鼎談にしてしまう。

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又吉 俳句作る人って、驚くのうまいなーと思うんですよね。僕らが当たり前の風景として素通りするものを見逃さないでしょう。そういう人の句を読むことで、感覚が刺激されます。こいつの見えてる世界どうなってんやろ、と想像することで、自分自身も耳をすましたり、いろんなものの匂いをかいだり、ふだん見いひんとこ見たくなりました。こどものころって、虫おったら眺めるとか、川の水触って温度確かめるとか、せずにはいられなかったじゃないですか。
ボク ということは、俳句って老人の文学なんかじゃなくて、若者っていうか、むしろ子供の文学ってことになりますよね。一番驚くのがうまいのは赤ちゃんかな。でもまだ言葉が育ってないから、文学にはならないけど。
堀本 うんうん。
又吉 いろんなことが新鮮だった。でも、だんだん飽きて、大人になると忘れてしまう。
堀本 僕、いまだにね、コメツキムシ見つけたら捕まえて裏返します。この虫は夏の季語ですね。時間がたつと、ぺこーんって跳ね上がるんですよ。それをじーと待つ。
ボク 僕なんか、コメツキムシを人差し指と親指の柔らかいところでそっとつまんで、かくっ、かくっていう感覚を指先で楽しむんですよ。
又吉 それ、あんまふつうのひとやらないですね(笑)。
堀本 ですねえ(笑)。

■追記(2017.10.1)
岸本尚毅『生き方としての俳句』より

 おしまいに、最近見つけた『晴子句集』の秀句を挙げます。

  火取虫窓辺の闇は壁のごと

 窓の外の闇の濃さを「壁」に喩えました。無心の子供のような眼差しを感じます。俳句という詩は、人がたやすく忘れ、失ってしまう童心の上に成り立っています。思えば、はかない詩です。

 作者の「童心」は、虫ではなく闇の濃さに驚いている。

2017年08月06日

[]広島と長崎を区切る線 広島と長崎を区切る線 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 広島と長崎を区切る線 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 原爆忌はいつも夏の最も暑い時期にやってくる。だから当然夏の季語のように感じていた。アーサー・ビナードの次のエッセイを読むまでは。

 原子爆弾の季節感について、細かく考えたことはなかった。だが、数年前、知人と俳句の話になり、彼は「陰暦で季節を区切るから、歳時記は矛盾だらけ」と主張して言った。
 「広島の原爆忌は夏の季語だけど、長崎のほうは秋に入る。終戦記念日も秋。本当はみんな同じ夏の季語でなきゃおかしいだろ?」
(アーサー・ビナード『日々の非常口』所収、「夏の線引き」より)

日々の非常口 (新潮文庫)

日々の非常口 (新潮文庫)

 今年の立秋は明日。確かに広島と長崎の間に季節を区切る一線が横たわっている。
 歳時記ではこの問題をどう扱っているのか気になって、手元にあるものを調べてみた。

・角川春樹編『現代俳句歳時記』…「広島忌」、「長崎忌」ともに秋
・平井照敏編『新歳時記』…同上
・『新版季寄せ』…同上

・角川書店編『今はじめる人のための俳句歳時記』…「広島忌」、「長崎忌」ともに夏
・宗田安正監修『季別季語辞典』…同上

・『合本俳句歳時記第四版』…「原爆忌」の項は夏、秋の両方にあるが、夏の巻では主に「広島忌」、秋の巻では「長崎忌」について説明している。

 多くの歳時記の中のごく一部を調べたに過ぎないが、歳時記によってまちまちであることは確認できた。
 こうして調べながら考えたのは、広島忌、長崎忌がどちらの季節に分類されていようと、大した問題ではないのかもしれないということだ。歳時記の性質上、季語をいずれかの季節に所属させなければならないのは当然のことで、陰暦に従えば微妙なところに位置する広島忌や長崎忌も、いずれかの季節に位置付けなければならない。しかし、広島忌、長崎忌に関して言えば、それを夏に入れたか、秋に入れたかによって、その本質が変わってくるだろうか。どちらにしても、歴史に刻印されている8月6日、8月9日という日付は動かない。
 そうは言うものの、僕の頭の中では、やはり最初に書いた通り、広島・長崎の惨事を暑い夏と切り離してイメージすることはできない。陰暦による歳時記の分類が実感とそぐわないという具体例はいくらでもあるのだが、立秋前に来る広島忌を秋に入れるというのはどういう考えによったものなのだろうか。

2017年05月06日

[]旅人、正岡子規 旅人、正岡子規 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 旅人、正岡子規 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

f:id:mf-fagott:20170506154742j:image:w300:left 「正岡子規展―病牀六尺の世界」を開催中の神奈川近代文学館で復本一郎の講演会「子規の芭蕉」を聴いてきた。
 印象的だったのは、次のような話。

…子規は蕪村を称賛し、芭蕉に対しては随分厳しい評価を下しているが、資質的にはむしろ芭蕉の方に近かったのではないか。子規は実地に赴き、実際に見たものしか句にできない。蕪村のように空想で句を作ることができない点で、凡人なのである。もし子規が頑健で芭蕉のように旅を続けることができたら、より芭蕉的な世界に近づいていただろう。病に倒れた子規には、それは叶わなかった。子規の中に蕪村を希求する思いが生じたのはそのためなのだ…

 しかし今日、子規の旅の足跡を図示した展示を見てわかったのは、子規が当時の人としては驚くほど精力的に日本の各地を訪ね歩いていることだ。芭蕉を意識してのことでもあろうが、旺盛な好奇心のなせる業なのだろう。子規とは、実に人生を太く短く生きた人なのだと思う。

 つい先日、佐倉の街を歩いた時に偶然見つけた子規の句碑、二つ。
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霜枯の佐倉見あぐる野道かな
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子規は1894年(明治27年)12月にこの地を訪れたという。
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常盤木や冬ざれまさる城の跡