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2018年05月10日

[]分け入っても分け入っても… 分け入っても分け入っても… - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 分け入っても分け入っても… - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 金子兜太の『種田山頭火漂泊の俳人』(講談社現代新書)を読んだ。
 山頭火と言えば、世間では人気のある俳人の一人に数えられているわけだが、僕にとってはどうもよくわからない俳人なのである。

 分け入つても分け入つても青い山

 よく知られた代表句だ。僕もこの句には素直に魅力を感じることができる。漂泊のロマンティシズム。懐深い自然の包容力。日常から解放された行楽の歓び…おそらくは作者の意図を離れたそんな読み方も許してもらうことにしよう。
 しかし、この本の中で、ああ、山頭火はこんな句も作っていたのかと、ここに書き留めておきたくなるような句に出会うことはなかった。
 金子兜太によれば、山頭火とは、求道者(宗教的に自己を律していく者)ではなく、存在者(ありのままの自分を観照する者)であるという。托鉢の僧として生きたが、教義を自らの生の支えとしたわけではないらしい。では山頭火は放浪生活の中で何を極めようとしていたかというと、それは「空」であったという。この「空」が何を意味するかは難しい。「無心」とか「何事にも執着しない心」という意味のようだととりあえず納得してはみるものの、それを作品理解にどうつなげたらよいのかわからない。山頭火の発言が捉えどころがないのか、兜太の文章が難しいのか、自分の読解力が足りないのか? いずれにしても、今のところは、この本を手掛かりに山頭火の作品世界に分け入ることができた、という感想を持てないでいるのである。残念なことである。

2018年03月21日

[]どうなる? 朝日俳壇 どうなる? 朝日俳壇 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク どうなる? 朝日俳壇 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 金子兜太が亡くなってひと月たった。朝日俳壇の選者はどうなるのだろうか。毎週丁寧に目を通していたわけではないが、兜太の選は気になっていた。兜太選のない朝日俳壇は、寂しい。

悩むことはない

悩むことはない

 古本屋でたまたま見つけて購入。糞尿満タン、放屁奔放な一冊。九十一歳の金子兜太がありのままの自分自身を語り尽くす。
 戦争末期、食糧補給が途絶えたトラック島は食うものがない悲惨な状態にあった。

 トカゲは大小いろんな種類のがおりました。とっつかまえて食ったりしていましたが、私はベッドの下に、全長五十センチぐらいのトカゲを飼っていたんです。こいつが蚊を食ってくれるんだ。

 極限状況に追い込まれた戦場において、階級の上下など関係なく句を出し合った陸海軍合同句会の話は、感銘を受ける。

2018年01月07日

[][]文豪と閨秀作家 文豪と閨秀作家 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 文豪と閨秀作家 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

硝子戸の中 (新潮文庫)

硝子戸の中 (新潮文庫)

 「人格者」、「大人」というイメージの夏目漱石だが、こんなエピソードを読むと、漱石ほどの人でもこんなことがあったのかと、近寄りがたい文豪が少し身近な人になったようで嬉しい。

…ある日楠緒さんがわざわざ早稲田へ訪ねて来てくれた事がある。然るに生憎私は妻(さい)と喧嘩をしていた。私は厭な顔をしたまま、書斎に凝(じ)っと坐っていた。楠緒さんは妻と十分ばかり話をして帰って行った。
 その日はそれで済んだが、程なく私は西方町へ詫まりに出かけた。
 「実は喧嘩をしていたのです。妻も定めて不愛想でしたろう。私は又苦々しい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引込んでいたのです」

 夫婦喧嘩の原因はなんだったのか、それは書かれていない。
 「楠緒さん」とは大塚楠緒、新潮文庫の注解(紅野敏郎)には、1875年生まれの閨秀作家とある。僕は「閨秀」という言葉に「才色兼備」という意味があると勝手に思い込んでいたが、辞書で確認してみるとそれは間違いのようで、「日本国語大辞典」では「才芸にすぐれた婦人」となっている。しかし、上の引用部前後の記載から、「楠緒さん」がとても美しい人であったことは間違いないことのように思われる。

 「ある程の菊投げ入れよ棺の中」はこの人のために詠まれたものだそうだ。

2017年09月30日

[]俳句をめぐる静かな思索 俳句をめぐる静かな思索 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 俳句をめぐる静かな思索 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 橋本鶏二の『俳句実作者の言葉』をほぼ読み終えた。
 Amazonで検索しても一件もヒットせず、ググってもあまり出てこないところをみると、出先でたまたま立ち寄った古書店で見つけて購入できたのはラッキーだったのかもしれない。静謐で端正な文章から、俳句に対する真摯な思いがにじみ出ている。読者は筆者と共に、俳句をめぐる静かな思索のひと時を過ごすことができる。
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 われわれは往々にして、題材も表現もほとんど同一で然もそれが非常に理に叶つた理屈を諷ひだしてゐる俳句に接することがある。
 客観的自然に目を開いた事のない人が、常識といふ枠で考へたものであるからだ。或ひは空想してつくり上げた概念の所産であるからだ。徹底的に主観的な一切を排除してゆく勇気の中で、静かに客観が諷はれてこそ初めて俳句は美しくなるであろう。
(「客観」より)

 共鳴者の多い句なども、披講されるその都度味はつてみて、多くの人が寄せる共感の所在を更に考へ、そして、自分の心に或る解答を求めるのが常である。何故採らなかつたかを自問自答してみるのである。そして得た答へが、あれは採らなくてもよろしい、と出れば晴々とするし、採り洩らしてをつたなと思ふと憂鬱である。その句の作者に申訳のない思ひなのである。(「選句について」より)

 岸本尚毅は『生き方としての俳句』の中で、橋本鶏二を「ひたすら正直に、ときには愚直なまでに写生句を詠み続けた人」、その俳句を「地に足がついた真面目な俳句」と評している。そうした人柄、句風は、散文にも表れていると言えよう。

 橋本鶏二は、『現代の俳句』(平井照敏編)の中で現代俳人107人の中の一人として取り上げられ、三十二句が収録されている。おそらく手に入りにくいであろう他の句集も探してもっと読んでみたいとまでは思わないが、今回のように古本屋でたまたま出会ったときには、手に取りたくなるにちがいない。


  鷹匠の指さしこみし鷹の胸

2017年09月22日

[]驚くのがうまい人 驚くのがうまい人 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 驚くのがうまい人 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

俳句の図書室 (角川文庫)

俳句の図書室 (角川文庫)

巻末の著者と又吉直樹の対談に勝手に加わって、鼎談にしてしまう。

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又吉 俳句作る人って、驚くのうまいなーと思うんですよね。僕らが当たり前の風景として素通りするものを見逃さないでしょう。そういう人の句を読むことで、感覚が刺激されます。こいつの見えてる世界どうなってんやろ、と想像することで、自分自身も耳をすましたり、いろんなものの匂いをかいだり、ふだん見いひんとこ見たくなりました。こどものころって、虫おったら眺めるとか、川の水触って温度確かめるとか、せずにはいられなかったじゃないですか。
ボク ということは、俳句って老人の文学なんかじゃなくて、若者っていうか、むしろ子供の文学ってことになりますよね。一番驚くのがうまいのは赤ちゃんかな。でもまだ言葉が育ってないから、文学にはならないけど。
堀本 うんうん。
又吉 いろんなことが新鮮だった。でも、だんだん飽きて、大人になると忘れてしまう。
堀本 僕、いまだにね、コメツキムシ見つけたら捕まえて裏返します。この虫は夏の季語ですね。時間がたつと、ぺこーんって跳ね上がるんですよ。それをじーと待つ。
ボク 僕なんか、コメツキムシを人差し指と親指の柔らかいところでそっとつまんで、かくっ、かくっていう感覚を指先で楽しむんですよ。
又吉 それ、あんまふつうのひとやらないですね(笑)。
堀本 ですねえ(笑)。

■追記(2017.10.1)
岸本尚毅『生き方としての俳句』より

 おしまいに、最近見つけた『晴子句集』の秀句を挙げます。

  火取虫窓辺の闇は壁のごと

 窓の外の闇の濃さを「壁」に喩えました。無心の子供のような眼差しを感じます。俳句という詩は、人がたやすく忘れ、失ってしまう童心の上に成り立っています。思えば、はかない詩です。

 作者の「童心」は、虫ではなく闇の濃さに驚いている。

2017年08月06日

[]広島と長崎を区切る線 広島と長崎を区切る線 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 広島と長崎を区切る線 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 原爆忌はいつも夏の最も暑い時期にやってくる。だから当然夏の季語のように感じていた。アーサー・ビナードの次のエッセイを読むまでは。

 原子爆弾の季節感について、細かく考えたことはなかった。だが、数年前、知人と俳句の話になり、彼は「陰暦で季節を区切るから、歳時記は矛盾だらけ」と主張して言った。
 「広島の原爆忌は夏の季語だけど、長崎のほうは秋に入る。終戦記念日も秋。本当はみんな同じ夏の季語でなきゃおかしいだろ?」
(アーサー・ビナード『日々の非常口』所収、「夏の線引き」より)

日々の非常口 (新潮文庫)

日々の非常口 (新潮文庫)

 今年の立秋は明日。確かに広島と長崎の間に季節を区切る一線が横たわっている。
 歳時記ではこの問題をどう扱っているのか気になって、手元にあるものを調べてみた。

・角川春樹編『現代俳句歳時記』…「広島忌」、「長崎忌」ともに秋
・平井照敏編『新歳時記』…同上
・『新版季寄せ』…同上

・角川書店編『今はじめる人のための俳句歳時記』…「広島忌」、「長崎忌」ともに夏
・宗田安正監修『季別季語辞典』…同上

・『合本俳句歳時記第四版』…「原爆忌」の項は夏、秋の両方にあるが、夏の巻では主に「広島忌」、秋の巻では「長崎忌」について説明している。

 多くの歳時記の中のごく一部を調べたに過ぎないが、歳時記によってまちまちであることは確認できた。
 こうして調べながら考えたのは、広島忌、長崎忌がどちらの季節に分類されていようと、大した問題ではないのかもしれないということだ。歳時記の性質上、季語をいずれかの季節に所属させなければならないのは当然のことで、陰暦に従えば微妙なところに位置する広島忌や長崎忌も、いずれかの季節に位置付けなければならない。しかし、広島忌、長崎忌に関して言えば、それを夏に入れたか、秋に入れたかによって、その本質が変わってくるだろうか。どちらにしても、歴史に刻印されている8月6日、8月9日という日付は動かない。
 そうは言うものの、僕の頭の中では、やはり最初に書いた通り、広島・長崎の惨事を暑い夏と切り離してイメージすることはできない。陰暦による歳時記の分類が実感とそぐわないという具体例はいくらでもあるのだが、立秋前に来る広島忌を秋に入れるというのはどういう考えによったものなのだろうか。

2017年05月06日

[]旅人、正岡子規 旅人、正岡子規 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 旅人、正岡子規 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

f:id:mf-fagott:20170506154742j:image:w300:left 「正岡子規展―病牀六尺の世界」を開催中の神奈川近代文学館で復本一郎の講演会「子規の芭蕉」を聴いてきた。
 印象的だったのは、次のような話。

…子規は蕪村を称賛し、芭蕉に対しては随分厳しい評価を下しているが、資質的にはむしろ芭蕉の方に近かったのではないか。子規は実地に赴き、実際に見たものしか句にできない。蕪村のように空想で句を作ることができない点で、凡人なのである。もし子規が頑健で芭蕉のように旅を続けることができたら、より芭蕉的な世界に近づいていただろう。病に倒れた子規には、それは叶わなかった。子規の中に蕪村を希求する思いが生じたのはそのためなのだ…

 しかし今日、子規の旅の足跡を図示した展示を見てわかったのは、子規が当時の人としては驚くほど精力的に日本の各地を訪ね歩いていることだ。芭蕉を意識してのことでもあろうが、旺盛な好奇心のなせる業なのだろう。子規とは、実に人生を太く短く生きた人なのだと思う。

 つい先日、佐倉の街を歩いた時に偶然見つけた子規の句碑、二つ。
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霜枯の佐倉見あぐる野道かな
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子規は1894年(明治27年)12月にこの地を訪れたという。
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常盤木や冬ざれまさる城の跡

2017年04月23日

[][]花と港 花と港 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 花と港 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 近代文学館へ行って、5月6日の講演会のチケットを購入。

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 開催中の展示は講演会当日に見ることにして、港の見える丘公園の花と景色を楽しむ。5月に来るときには、今盛りのチューリップはすっかり消えて、バラの花が咲き始めているだろう。

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 この後、ミューザ川崎で、知人が多く参加しているオケの演奏するマーラーの交響曲第6番を聴いた。長大な曲だが、曲想や音色の変化が面白く、最後まで飽きずに聴き通すことができた。

2017年03月29日

[]林檎と地球 林檎と地球 - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 林檎と地球 - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

石川のぶよし句集『一石』を読んだ。

一石

一石



直立の独楽に疲れのひとゆらぎ
流されし距離を戻りてあめんぼう


 リアルにものを描き出すのに、細密画のように細かな筆遣いは必要ないということだろうか(そもそも俳句にそれは無理だけど…)。勢いを失い、ふらつく独楽が、流れに抗うあめんぼうの機敏な動きが、ありありと目に浮かぶ。

春眠の夢の外より呼ばれけり
名をひとつ覚えて菖蒲園を出づ

 誰にでも覚えのありそうな出来事が、こうして言葉を与えられることで慈しむべき経験の一つとなる。
 最初に挙げた「独楽」もそうだが、比喩、擬人法が巧みに用いられた句が目立つ。

呼び水に応へ井戸水今朝の秋
わかさぎの銀のしづくのごとく釣れ
白菜を鳴かせて四つに割きにけり
手に地球ころがすおもひ林檎剝く


 果実の皮をむく句は多いが、「地球」は新鮮で驚かされた。「白菜」の句を読んで、僕は俵万智の「白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる」という歌を思い出してしまった。「白菜」に性があるならオンナに間違いない、などと考えてからもう一度「白菜」の句を読むと、これは少々残虐な句なのだなと思ってしまう。
 しかし、作者の人を見る目は暖かい。

しんがりを拍手で包み運動会
一等は靴の脱げし子運動会

 読む人を幸福感で包み込んでくれる、素晴らしい句集だと感じた。


大岩がその奥見せず岩魚釣
道ゆづりあふたびこぼれ萩の花
救ひ出すやうに金魚を掬ひけり
滝の水伸びて縮んで落ちにけり
風押して走りゆく子や風車

2017年03月06日

[][]「秋」は「飽き」? 「秋」は「飽き」? - 僕が線を引いて読んだ所                        を含むブックマーク 「秋」は「飽き」? - 僕が線を引いて読んだ所                        のブックマークコメント

 今日は、『伊勢物語』第68段について。

むかし、男、和泉の国へ行きけり。住吉の郡、住吉の里、住吉の浜をゆくに、いとおもしろければ、おりゐつつゆく。或る人、「住吉の浜とよめ」といふ。
 雁鳴きて菊の花さく秋はあれど
   春のうみべに住吉の浜
とよめりければ、みな人々よまずなりにけり。

 「新潮古典集成」の頭注は、この歌について以下のように書く。

「住吉の浜」に「住み良し」を懸けることは、誰でもおもいつく平凡な発想だが、「春・秋」の対比に「憂・飽」をからませるところまでは、簡単に思いつくことではない。だから「みな人々よまずなりにけり」ということになる。

 さて、僕の疑問は、「住吉=住み良し」は当然として、「秋=飽き」、「海=倦み」という掛詞まで読み取る必要があるのか。作中の人々が感銘を覚えたのは、それほどまで凝った技巧を読み取ってのことだったのか、ということだ。
 そもそも言葉の同音性を面白がる日本人の心性をどう考えたらよいのか。前回の記事で「よしや、あしや」を「蘆」との音の重なりを面白がっているにすぎないと書いたが、そうしたことを低級な言葉遊びと断じてしまって良いのだろうか。
 …こんなことを考えていた時、『俳句の海に潜る』(中沢新一小澤実共著)の中で次の一節を見つけた。

十数万年前、今日の私たちと変わらない脳構造を持った新人が出現したとき、はじめて芸術と宗教が出現します。(中略)
そのとき生まれた、いちばん古い文芸の形はなぞなぞだと言われています。なぞなぞでは問いかけがあって、答えがありますが、問いと答えの間の距離が大きいほど、面白い謎だと言われました。最古層に属するなぞなぞに「目があっても見えないものは何」、というものがあります。むずかしいですよね。答えは、ジャガイモです。目(芽)が出るけれども見えない。音の共通性が遠く離れた意味の場を急接近させ、それが古代の人の心に喜びを発生させたのですね。
(中沢新一「俳句と仏教」)

 「音の共通性が遠く離れた意味の場を急接近」させるのだという見方は、単なるダジャレとも見なされかねない言葉の遊びの捉え直しにつながる。
 中沢新一は、同書中の小澤実との対談の中で、次のようにも発言している。

比喩には解放する力があります。例えば箸。そのままだと箸という用途に閉じ込められているけれど、これを橋とつないでみると、この箸と橋がつながってしまう。ハシとハシ、つないでいるのは音だけです。その時、箸が解放され、橋と箸がつながっていく。用途の中に閉じ込められていたものが自由になる。その自由さが滑稽の大本ではないかと思う。

 言葉の音の重なりと、詩と、滑稽と。これらの関係は、これからもさらに考えていきたいと思うテーマの一つだ。

俳句の海に潜る

俳句の海に潜る

 先ほどの「伊勢物語」に戻って、「秋」や「海」に「飽き、倦み」まで読み取るべきかどうかという点については、時代によって読み手の好尚が異なれば、その捉え方にも変化が生じるのだろうとは思う。作中の人々が「住吉」に「住み良し」を読み取るだけでも十分に感動できるほどの「古代の人の心」を持っていたということはあり得る。今の僕の個人的な好みに従えば、「古典集成」の頭注にあるような深読みをすることは、歌の興趣をかえってそいでしまうのではないか、ということになる。

■追記(3月7日)
 森野宗明校注の『伊勢物語』(講談社文庫)では、第68段の歌について次のように記す。

「あき」に「飽き」を、「うみべ」に「倦み」をかけたとみ、「……秋は飽きると同じで住みよくないが、春の海べは憂みといっても住みよい所だ」とする説があるが、考えすぎか。

 岩波の『古典体系』なども、上の説は採っていない。どうやら「秋=飽き」説は分が悪いようだ。