Hatena::ブログ(Diary)

Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2006-10-03 湯川れい子とネットの新型「ブランド」バトル

[] 湯川れい子とネットの新型「ブランド」バトル 13:18

日経新聞に掲載された湯川れい子さんの「立ち読みは犯罪」発言が炎上している様子だ。

no title

私も出典記事を読んだとき、いまどきこんなことを・・と目が点になった。まぁ、彼女の世代的にも立場的にも、仕方ないかな〜・・・と思いつつ、ため息が出た。

Googleなどによる本の中身検索、P2Pによる音楽ファイルシェアリング、YouTubeへのテレビ録画画像のアップロード・・などなど、コンテンツ供給者の立場から、これらの一連の「盗み」行為を糾弾する一連のできごとの一つと位置づけることができる。ネットによる閲覧・検索・アップロードが便利になるにつれ、こうした「盗み」(カッコつき、です)行為を問題視する供給側の声がそれに比例して大きくなっているようだ。

こうした行為を「盗み」と見る人もいれば、「お試し」と見る人もいる。この二つの境目はあいまいである。湯川れい子さんのエントリーへのブクマには、「本一冊まる読みする強者は困るけど」と但し書きしている方が多いが、さてどこまでがお試しとして許されるか、どこから先が盗み行為なのか、というのは線引きが難しい。えてして、供給側の人々は限りなく「盗み」のほうに近いところに線を引き、お金がないけど本が読みたい貧乏学生は限りなく「お試し」に近いところに線を引く。白か黒か、ではなく、どこがバランス点か、ということで、このせめぎあいは今に始まったことではないと思う。(このあたりに関しては、是非皆さん、レッシグの本を読んでください。)

Free Culture

Free Culture

レッシグ「Free Culture」の感想 - Tech Mom from Silicon Valley

上記で、私は「供給側」とあいまいに書いたが、実は前にも書いたように、供給側の一枚岩ではなく、ロングテール図でいう「恐竜の頭」側の人々と、「ミドル(背中?)からしっぽにかけて」の人々は、見方が違う。

「のまネコ」に見るWeb2.0時代の階級闘争 - Tech Mom from Silicon Valley

そして、ポイントは「著作権」という法律の問題というより、「ブランド」をめぐるマーケティングのバトルなのだと思う。

コンテンツというあいまいなものにお金を出すときには、食べ物や車や洋服以上に、「ブランド」の有無がモノを言う。車のような、あまりにスペックも見かけも性能も丸わかりのものでさえ、「トヨタ」「ホンダ」などというブランドの力は絶大である。ましてや、コンテンツを買うときには、ほとんどブランドにお金を出しているようなものだ。

本を例にとると、湯川れい子さんのような有名人が本を出せば、立ち読みしなくても買う人はたくさんいる。すでに個人名のブランドが確立されているので、本も「恐竜の頭」側になる可能性がきわめて高いので、出版社はお金をかけて宣伝もする。しかし、無名の私が本を出したとしても(今、ホントに書いているが・・)、小さな出版社だしショボい実用書だし、お金かけて宣伝もしないし、書店で私の名前や本の題名だけを見て買う人は、まぁせいぜいウチの親と奇特な友達ぐらいだろう。でも、100人が立ち読みしてくれて、たまたま書いてあることに興味をもったり、「わかりやすく説明してあるなー」と思ってくれたそのうちの1人か2人の人が買ってくれるかもしれない。

湯川さんにとっては、お試しの価値は極めて低く、むしろそれにより有べかりし利益が流出することのほうが問題だが、私にとっては、もともと有べかりし利益なんて限りなくゼロに近いのだから、お試しの価値は高い。

ネットで自分の音楽を配信しようとするインディ・バンドや、YouTubeで有名になるviral video(これって、いい日本語訳はないんでしょうか?単なる素人ビデオじゃなくて、ウィルスのようにじわじわと感染して広まる、という感じ・・ウィルス性動画??)をやっているコメディアン、なども、この比較の中では私の立場と同じである。

買ってきて、何度も食べたり毎日つかったりする普通の商品と違い、コンテンツの消費というのは、一回見たり聴いたりしてしまったらそれで終わりである。音楽や短いビデオ・クリップなどは何度も視聴できるが、映画や本のように、時間消費が大きく、かつ売ると価値の高いものは、そう何度も見たり読んだりしない。お試ししたら、それで終わってしまう可能性が高い。

だから、「ブランド」の力が絶大なのである。この監督の作品、この俳優が出ている作品なら見たい、と思って映画を見る。この作家の小説なら読みたいと思う。あるいは、どこそこの映画祭でナントカ賞をとったとか、芥川賞をとったとか、そういったブランドが、プロダクトそのものの中身がいいとか悪いとか、自分の好みかそうでないか以上に、売り上げを左右する。

ノーブランドのコンテンツ・クリエーターの作品を見る人は、それがどの程度のレベルのものか、お金を出す価値があるのかどうか、皆目見当がつかない。聞いたこともない作家の小説をいきなり買う、聞いたこともない映画をいきなり見る、聞いたこともないバンドのCDをいきなり買う、ということはきわめて起こりにくい。じゃぁ、聞いたこともない作家や監督や音楽家はどうするか・・・?

今、こうした「ノー・ブランド」の人々が、すでにエスタブリッシュされた方法でなく、ネットを通じて別の入り口からブランドを徐々に作り上げることができる新しい手法が、ネットの上で試行錯誤されつつある。それは、時に「大幅なお試し」という、ブランド側からすれば「盗み」行為と映るものもが、かなり大幅に含まれている。

エスタブリッシュされたブランドをもつコンテンツ供給者が、こうしたネットの潮流を敵視する気持ちもわからないではないが、こうした人々は、コンテンツ・クリエーターの中でもおそらくほんの2−3%とか、そういったごくわずかな数でしかない。多くのコンテンツ・クリエーターはノーブランドであり、ネットによる新しい「大幅なお試し」が、埋もれている才能を引き出す可能性のほうが、私にとっては楽しみに思える。

私自身とて、記事を書いてお金をもらう立場の人間なので、「なんでもかんでもコンテンツはタダじゃなきゃダメ」とは思わない。とはいってもロングテール側でノーブランドなので、「盗み」が0、「お試し」が10というスケールとすると、私ならたぶん「7」ぐらいのところに線を引くだろうな。

通りすがらー通りすがらー 2006/10/03 20:40 ブランドが確立された立場と、そうでない立場からの考察、大変おもしろかったです。
立ち読みが「盗み」なのか?はやっぱりやり方でしょうね。
いくつかのケースで個人的な感覚で判定してみました。
・全部読む (こりゃいかんだろ)
・地図で必要な場所を調べる (これもだめ)
・イベントの日時を確認する (これもだめだな)
・週刊マンガで好きな所だけ読む (これもだめ)
・同じような本の中身を見比べる (ぜんぜん問題なし)
・何巻もある漫画の1巻だけ読む (いいんじゃない?)
立ち読みという行為が、購入するかどうかという判断になっているなら良し、必要な情報を入手する手段になってしまったらアウトって感じかな。

通りすがり通りすがり 2006/10/03 21:24 viral video → 増殖ビデオ?

kunikuni 2006/10/03 22:37 viral video → 口コミ動画 ではいかが?

7474 2006/10/03 22:41 viral marketing は伝染性マーケティングと訳されるようなので伝染性動画とかですかね.

michikaifumichikaifu 2006/10/03 23:45 ふぅむ、増殖ビデオとか伝染性とかって、ちょっと怖いですよね・・・テレビでそれを見ると、病気がうつるとかいうイメージで・・「リング」ですかっ!?「口コミ動画」という感じかもしれませんね。
通りすがらーさま、そうですねー、でも読んで結局買わなかったら、それが読者からして冷静な判断だったとしても、作家側から見たら「盗み読み」と同じような気もしますねー。それと、地図とかイベントとかの断片的な情報や、好きなところだけ読むという断片読みについては、「盗み」というモラルというより、全体の価格と必要な情報とのアンバランス、つまり必要とされる断片情報を有効に適切な価格で届けられない技術的限界の問題で、「これだけが欲しいのであって、全部買うほどのお金は出したくない」と思う消費者の気持ちを頭から否定できないようにも思います。アルバム全部買わずに、気に入った曲だけを少額で買えるiTunesのやり方、みたいなものが、出版の世界にないのが問題、という言い方もできると思います。この点については、いろいろ考えるところがあって、時間があったらまた詳しく書きたいと思っています。

通りすがらー通りすがらー 2006/10/04 00:13 書き手が立ち読みは盗みだと主張するなら、読み手は、タイトルやコピー、装丁は良くても中身の伴わない本は詐欺なので金と時間を返せ!と主張したくなるかな。(笑)

情報の切り売りだけど、法律をかえる事まで考えるなら、書店によるコピーを認めるかわりにコピーした分が出版元に入るようになれば一番いいのかな。あと現状で考えられそうなのはページ単位のオンデマンド印刷系だけど、これは出版社の負担が大きすぎる気もする。何にしろ必要な部分だけを買えるようになったら嬉しいなあ。

通りすがる通りすがる 2006/10/04 12:46 素朴な疑問ですが、図書館で貸し出しされた場合、著者にはお金が入る仕組みが出来てるのでしょうか?
立ち読みが良いかどうかは、購入の必要が無くなるかどうかにあると思います。
別の言い方だと、数ページの情報だけで読み手にとって意味を持つかどうかが判断基準の1つになると思います。
雑誌など1部分だけの情報で読み手が必要な情報として満足出来ちゃうものは立ち読みがすんだら買うまでも無くなってしまうので、立ち読みは悪。
対して、小説なんかだったら数ページだけでは話が分からないので、立ち読みは問題ないと思うわけです。
短編小説はどうだ?とかいう突っ込みはご勘弁を。

michikaifumichikaifu 2006/10/04 16:38 次は、「通りすがれ」さんと「通りすがろー」さんが来てくださるのかな??

図書館から貸し出されても、著者にはお金ははいりません。(図書館が購入した分の印税は当然はいるでしょうが。)図書館での無料貸し出しは、「知識・文化の継承・伝播」という公共的な目的のために、この程度はいいでしょう、という通念上の合意ができている、と理解しています。「fair use」の典型例ですね。歴史上では、図書館の貸し出しに対して文句を唱えた著者がいて物議をかもした時期もあった、という記述が、レッシグの本にあったと記憶しています。(うろ覚えですみません)こうしたせめぎあいを経て、今のバランス点ができているので、どこまでが違法かというのは「人殺しはいつでも違法」というほどの絶対的な基準ではなく、今後も変化していくでしょう。(ちなみに、最近では映画のDVDなんかも図書館で借りられますからねー。)

立ち読みに関していえば、ここに書いたブランド著者、ノーブランド著者、お客の3つの立場のほか、書店の立場(肘掛け椅子とコーヒーで座り読みを奨励するバーンズ・アンド・ノーブルなど)もまた、マーケティングの潮流とともに変化していて、今は昔と違う均衡点ができていると私は思っています。だからこの話を「いまどき・・」と思ったワケです。

FaulenzerFaulenzer 2006/10/06 01:05 流れ断ち切りました。スイマセン(笑)

ブランドバトル、興味深い視点ですね。これから出てくるノーブランドに限らず、絶版になってしまった本もネットを使って気軽に安く入手できると良いのですが。高くて今買う余裕無くて文庫になるの待ってたら絶版とか、そういうのは勿体無いですし。
立ち読みというか試し読みに関しては実用書は試し読み必須なんじゃないですかね?買ってから思ってたのと違ったらやっぱり暴れますよ(笑)
雑誌は・・・正直半分も読まないようなものにはお金出したくないのが本音ですね。各誌読みたいものの詰め合わせセットなんてあったら文句なしに買うのですがね。今の紙媒体では無理ですが。

tennteketennteke 2006/10/07 14:55 はじめまして。
「買う」という行為が「商取引」だと考えている人と、
「所有」だと考えている人の差だと思います。
立ち読みは犯罪だ、図書館の貸し出しは著者の権利を侵害していると言う人は、買った後に本がどういう扱いをされるのか、考えていないんですよ、たぶん。
一方で立ち読みはお試しと考える人は、お金を払うことよりも、自分の手元に置いておきたい、本を捨てる行為に心理的抵抗があるなど、買うことの、買った後の責任に良心的なんじゃないかと想像しています。
そもそも本の定価の付け方って、CDのように、内容で決めているものより流通や製本の経費で計算されているのがほとんどじゃないですか?
内容を棚に上げて考えると、質(装幀)・量共に、本なんて圧倒的に余っている、インフレの状態なんですよね。
余計な物は家の中に置きたくありません。

と一方的な意見です。