Hatena::ブログ(Diary)

Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-06-18 かみつく相手が違うのでは

[] かみつく相手が違うのでは 15:15

こんなこと書くと、火の粉が私にも降りかかってきそうだけど、せっかく祭りになっているので敢えて書く。はい、私は文系人間です。コードは全く書けません。オープンソースについても、一般人と同レベルの理解しかありません。梅田さんとも個人的知り合いです。今ちょっと忙しいので全部の関連エントリーは読んでいません。以上、情報開示。

オープンソース当事者組の方々は、かみつく相手を間違っているのじゃないかと思う。

梅田望夫にオープンソースを語るなとガツンと申し上げたい - yvsu pron. yas

404 Blog Not Found:梅田望夫がオープンソースを語っても残念でない理由

梅田望夫さんはオープンソースを不当に貶めている / M. Mochio Umeda injustement diminue le crédit de l’Open Source. - ふぇみにん日記(2009-05-19)

イノベーションはなぜ起きたか(上) 「指さない将棋ファン」がとらえた現代将棋の「もっとすごい」可能性著者インタビュー 梅田望夫氏 | JBpress(日本ビジネスプレス)

梅田さんにガツンとおっしゃる前に読んでいただきたい2つのURL | TRIVIAL TECHNOLOGIES 4 @ats のイクメン日記

素直に記事を読めばJBPressの話は、(例えば世界のオープンソース貢献者の数は、私がちょっと前の統計数字で知っている限り、圧倒的に欧州が多くて、次が米国で、日本は人口の割にものすごく少なかったという記憶がある、でも今は違っているかもしれないので、そうだったらご指摘乞う、まーなにしろ、オープンソース・ソフトウェアそのものでも、マクロ的には日本はまだまだ、という印象を部外者の私は持っていて、おそらく多くの一般人もそう思ってるかまたは全然ナニも知らないかどっちかと思うのだけど、それは置いといて)オープンソースを可能にした「精神土壌」や「社会的な仕組み」、つまり「こんなカネにもならないことを熱心にやって、オマエはバカだ、穀潰しだ、引きこもりだ、ニートだ、云々」などと言われることもなく、「おー、それはいいことだ」「面白いじゃん」「自分もやろう」「世の中をよくしている貴方はエライ」と言われる世界、そしてお金が儲かるわけでもないのに、ほとんどは浜の真砂のように埋もれてしまうのに、それでも気が遠くなるほどのたくさんの人が少しずつ貢献して、その中から誰かがちゃんとリーダーシップをとって組織化して動き出して、それに賛同する人が集まって、だんだんによいものになっていって、なんらかの形に結実するものが生まれ出てくるという驚くべきプロセス、そういうものが日本ではまだ力が弱いよね、根付いていないね、だけどようやく少しそういうのが出てきてるよね、と言っていると読める。*1 *2

そして、梅田さんがここで「仮想敵」として批判しているのは、「オープンソース的なるもの」の根付きを阻んでいる「旧型日本社会の悪弊」であり、「拝金主義・効率主義」に凝り固まった人々であり、「マジメにやりたいと思う人の揚げ足とって引きずりおろす嫉妬の文化と大衆の愚」、なのだろうと思う。ま、このあたりはかなり自分の意見、「アテネの学堂」論なワケだが。

いや、「オープンソース当事者」の方々から見て、上記の話が全く的外れであって、仮想敵などいなくて、日本はハッピーな世界でオープンソースは花盛り、というなら私は全く間違っているので、話を引っ込める。えらそーなこと言ってゴメンと言って消える。(実際どうなのか、どなたか体系的にちゃんと説明していただけるとありがたい。)

でも、もしそうじゃないなら、マジメにオープンソースやってる人、あるいは社会的な仕組みさえ整えば自分もやってみたいと思っている人は、梅田さんじゃなく、「仮想敵」に対してかみつくのが正しい戦略じゃないか。「xx藩の連中はユルセン、わが藩の面子をどーのこーの」と内輪もめしてる場合じゃないように思うのだが。

どうせ梅田祭りをするなら、建設的にいこうよ。徳力さんみたいに。「ネット的なるもの」を潰そうとする見えない敵のほうが強いんだから。

*1:もしかして、日本でオープンソースをやっている人たちは、常にそうやって周囲と戦っているために、過敏になって過剰反応しているのかも、とも思ったりするのだが。

*2:ちなみにわがシリコンバレーでも、前者のような批判はしばしばあり、ただ後者のように持ち上げる人もたくさんいる、という「程度の違い」ではあるのだが。

とおりすがりとおりすがり 2009/06/18 16:16 3番目の人は、かみついているのではなく養護しているように見えるのですが。。。

michikaifumichikaifu 2009/06/18 16:30 あ、そうです。誤解を避けるために順番変えますね。

higayasuohigayasuo 2009/06/18 18:44 順番的には、4番名が最初が良くて、
5番目のやつもその次にあったほうが背景がわかっていいかもね。

さて本題、今回の話は、言い方の問題だと思いますよ。

日本にももっとオープンソース的な動きが根付いた方がいいし、
もっとそのような動きを支える土壌が育ったほうがいい

そういう言い方なら、誰(少なくても私は)も怒ることはなかったでしょう。

根付いてないし、土壌がないといわれたら、関係者なら怒ると思いますよ。

後、世界のオープンソース貢献者の数ですが、オープンソースの性質を考えると正確に測ることは無理な気がします。
ありそうなのは、Linuxのコミッタの数というものですが、それでオープンソースの貢献者の数を表しているとは思えません。

shiroshiro 2009/06/18 18:57 うーん、そうだとしてもその「仮想敵」ってのが実感を持って見えないんですよねー。私がそういうところから離れたところにいるだけかもしれませんが。「こんなカネにもならないことを熱心にやって、オマエはバカだ、穀潰しだ、引きこもりだ、ニートだ、云々」って言いそうな人々っていうのはなんとなくわかりますが、自由なコードの持つ力強さに比べてそんなに障害になりそうなものとは思えないのですよ。

そう考えると、やっぱり今回の議論の根本にあるのは「オープンソース的なるもの」に対する認識の違いで、たとえ「言葉の厳密な定義にこだわっても仕方ない」と言われてもやはりそこに触れずには済ませられないのではないか、と思えます。

「そしてお金が儲かるわけでもないのに、ほとんどは浜の真砂のように埋もれてしまうのに、それでも気が遠くなるほどのたくさんの人が少しずつ貢献して、その中から誰かがちゃんとリーダーシップをとって組織化して動き出して、それに賛同する人が集まって、だんだんによいものになっていって、なんらかの形に結実するものが生まれ出てくるという驚くべきプロセス」自体っていうのは、特に社会や政治の面では、オープンソースとは関係なく昔から存在したし、その点について日本で土壌が弱いという事実はあると思います。そこを議論する際にオープンソース云々を持ち出す必要はないでしょう。

「オープンソース」によってそういうプロセスが注目され活性化されたのは確かですが、だからといって「オープンソース」を上のようなプロセスそのものと混同してしまうと、「なぜオープンソースが上記のようなプロセスを促進したのか」という肝心の点が見落とされてしまいませんか。そしてその肝心の点というのが、「自由なコード」なのです。ソフトウェアに限らず。

「自由なコード」の力とは、(1)誰もが (2)自分でビルドして動かしてみることができ (3)改良したものを広めて行くことができる、ということです。どんなに「仮想敵」が文句をたれようと、「ほら、いまここで動いているじゃないですか」と見せることができる、ということが最も重要な点だと思うのです。「仮想敵」が潰しにかかって、たとえオリジナルの作者が折れてしまったとしても、「動くもの」が広まってゆき、他人の手によって改良されてゆくことを阻止できず、それを「仮想敵」が阻止するためには結局「よりよく動くもの」を彼らが作ってみせるしかない、このメカニズムこそが「オープンソース的」と呼ばれるべきものだと思うのですね。

オープンソースにとっての敵がいるとすれば、このメカニズムを阻止しようとする勢力、たとえば法律などによって自由なコードの流通を妨げようとする勢力です。「こんなカネにもならないことを…バカだニートだ云々」と小言をたれる人など、雑魚敵のうちにも入りません。ただ聞き流して、黙って動くものを作って見せればいいだけですから。

で、私自身、なんで黙ってコードを書かずにあちこちに長文のコメントを書いているかというと、まあ本当は梅田さんが(オープンソースに期待するなら)自由なコードの力の方を宣伝してくれたらいちばんいいんですが、どうもそれは期待できなさそうなので、ブームに便乗して少し宣伝をしてみている、といったところです。

長々と書いてしまいましたが、そろそろ黙ってコードを書くお仕事に戻ろうと思います。では。

crodecrode 2009/06/18 19:06 michikaifuさんこんんちは。シリコンバレーのテックマムという希有な位置からのBLOGはいつも楽しみに拝見しています。

コンピュータプログラムの特徴として「できあがったモノだけ見ても、どうやって作られたかまったくわからない」というのがあります。

まだプログラムがBASICのようなインタープリタ型がメインだった頃は良かったのですが、バイナリ配布が当たり前になってきた今「プログラムというのはバイナリだけ遺しても、それはプログラムをこの世に遺したことにはならない」という事がそもそもオープンソースの意義だと思うんですよね。

作家が死んでも、作曲家が死んでも、棋士が死んでも作ったモノは残りますし見ればわかります。しかし、プログラムはちょっと違います。再現できないものなんて伝説にしかならないのです。

あえて例えるなら「耳コピがほぼ不可能な、楽器不明、楽譜無しの音楽」みたいなものでしょうか?

大きい組織であれば組織内だけで継承できるのでオープンにする必要はないかもしれませんが、個人だとそれは運任せになってしまいます。そして「どうせ遺すなら世の中に役に立つ形にしたいし、でもどこかの組織に独占させるのは趣旨に反する」という事であれこれ要件がくっついた結果が今のオープンソースの定義だと思っています。

作家であれば本を出せばそれは遺りますし「パクるな」とも言えます。見れば分かるからです。しかしプログラムはそれを両立させることが困難ですし、パクられたどうかをチェックするのも大変だからそんなことに労力を裂くこともマイナスでしかない。それならばという発想の転換で「パクッてもいい、ただしパクったお前も他人がパクれるようにしろ、その方が世の中にとってプラスだ」というコンピュータプログラム独特の事情から生まれたものだと思うのです。

結果的にそれを利用して「こんな凄いモノはローカライズしてもっと多くの人が使えるように!」とか「良いアイデアを思いついたから改良しよう」とか、様々な派生を生んだり、多くのプログラマーを刺激したりして成果を生んできました。このやり方は最高最適かどうかはわからないけど、今のところけっこうハッピーじゃないか!クールだ!というのが現状だと思います。

本なら出版するだけでソースを出したことになるんで、それで人を刺激できますし、いちいちオープンとか断らなくてもやろうと思えばいくらでもできます(やっていいかはともかく)

わざわざ「オープンソース」ということを定義せざるをえなかったコンピュータプログラム独特の事情をまったく梅田氏は理解してないんじゃないかと思われても仕方ないでしょう。

それを音楽や将棋や文章と十把一絡げにして「オープンソース的なもので世の中を良くしよう」みたいに言われても、そりゃあ反発したくもなるよねえ、と思います。そう言う事じゃないんだ、そりゃ知らない外から見たら一緒くたに見えるかもしれないけど、仮にもベンチャーソフトウェア企業の役員である梅田氏ともあろう人が、と。

オープンソースは組織のプログラムにとってはそれが良いかどうかは冷静に判断するモノだと思います。欧米と日本の違いはドキュメントの英語の壁と、個人に帰するプログラムの割合の違いであって「だから日本人はダメなんだ」と言われるのはちょっと憮然とせざるを得ない、と思います。

石川石川 2009/06/18 19:34 反権力の思想を利用して、権威の象徴化を試みる梅田氏の理論は、グローバルなネット社会には受け入れられないということだけだ。なんじゃないかな? 「常にそうやって周囲と戦っているために、過敏になって過剰反応しているのかも」については、海部さんが、日本の歴史を知らなすぎるにつきる。開拓者に対して言う言葉じゃない。パソコンが、今の能力の100分の一しかないのに、100万円とか200万円とだして買い求め、中には、パソコンショップに展示されている見本のパソコンでプログラムを覚えたという世代もいるわけです。そういう開拓者に対する、尊敬のまなざしがまるでない。後からきたものが、先人に対す深い理解もなく、自分たちだけの利益追求をしたら、反発があって当然のことです。なんじゃないかな。提言者になりたいならば、もっと調べてください。反論者の言っていることだけでなく、プロフィール、実績と貢献を。ちなみに、アメリカ人は、なんでそこまで知っているんだというところまで知ろうとしているようですけど。

ななしななし 2009/06/18 20:20 >「仮想敵」に対してかみつくのが正しい戦略じゃないか。

言葉の定義を歪めて広めようとする梅田さんが今は仮想敵だと思いますよ。

>「オープンソース的なるもの」の根付きを阻んでいる「旧型日本社会の悪弊」であり、「拝金主義・効率主義」に凝り固まった人々であり、「マジメにやりたいと思う人の揚げ足とって引きずりおろす嫉妬の文化と大衆の愚」

上記に挙げられたようなものはソース公開後の雑音にはなっても敵にはならないと思いますよ。michikaifu さんがこういうエントリを書くことで変な対立構造をこれまた勘違いで広められてしまうのは非常に残念な話だと思います。

otsuneotsune 2009/06/18 21:13 >>
マジメにオープンソースやってる人、あるいは社会的な仕組みさえ整えば自分もやってみたいと思っている人は、梅田さんじゃなく、「仮想敵」に対してかみつくのが正しい戦略じゃないか。
<<
それはそれで別に良いんですが、そういう時に「オープンソース的」とか「オープンソースっぽい」みたいなbuzzwordとして引き合いに出すときに言葉を間違った定義で「日本に土壌が無い」とFUDで使うなってのが、ひがさん・kazuhikoさんなどの批判派の主張でしょう。

「なんだかよくわかんないけど日本ってオープンソースの土壌が無いんだって? 梅田さんが言ってたよ」という間違った言葉の定義が広まったら嫌だ。って事じゃないかなぁ。
これはそれぞれの人間の価値観の問題ですから、たとえば
「なんだかよくわかんないけどシリコンバレーの日本人仲介ビジネスって○○で大変なんだって? 梅田さんが言ってたよ。……と、言われても私は全然構いません。だからあなたたちも気にするな。もっと別の敵と戦え」
というような話は通じなくて。
ただ単純に「オープンソース」という言葉の使い方が間違ってるよ。ってだけの話でしょう。

KK 2009/06/18 21:41 TRONをアメリカに潰されたトラウマがあるんじゃねーの?余計な事したら、アメリカ様がお怒りになるから止めとけって。

benben 2009/06/18 23:15 自分もオープンソースの定義などについてきちんと理解できてるわけでないのですが、

まず、フリーソフト、フリーソフトウェアという用語が闘ってきた勘違いとの歴史を知らないと、なぜここまで用語の使用について敏感なのか一般の人には理解できないのでは?と思います。なのでこの問題を考えるならばまずそこらを確認するのがよいと思います。ただ、上記の最後のリンクにあるエントリで梅田氏自身が書かれた文章が紹介されてますが、これはお勧めしません。

たしか、オープンソースという用語がつくられた理由のひとつが間違った用語の使い方を避けるため、だった気がします。それを間違えて紹介するのはできの悪い喜劇のようなもので、オープンソースに理解があると思われていた梅田氏がそのようなことをすることに対し、批判がでるのは仕方ないかと思います。

おそらく梅田氏が言いたいであろう「賛同する人が集まって、だんだんによいものになっていって、なんらかの形に結実するものが生まれ出てくる」というプロセスがもっと普及すればいいよね、ということに対しては批判している人はほとんどいないと思うので、それ以外の部分の議論に巻き込まれてそこが目立たなくなるのはもったいないと思います。オープンソースという用語に限らず、適切な言葉を選んでいくようにすれば、つまらない議論にならず有益なことが話し合われていたかも知れないと思うのですが、どうでしょうか。

> 梅田さんじゃなく、「仮想敵」に対してかみつくのが正しい戦略じゃないか。
オープンソースになぜ仮想敵が必要なのでしょうか?自分にはそうする理由が思いつかないので、梅田氏から矛先をそらすために何かを生贄にしようとしているように見えます。オープンソースに仮想敵をつくるべき理由は、特にないのでは?ここのプロジェクトや個人でそういうのがあるかもしれませんが。フリーソフトウェア財団にはあるかも知れませんが拝金主義などではなく、ソフトウェアが自由であることを阻害するもの、だと思います。

個人的に、成果物でなくオープンソースやフリーソフトウェアの概念について語っている文章で、無料だの拝金だのといったお金がらみの言葉が出てくる場合は、間違ってることも多いので注意したほうがいいと思ってます。文章によっては、ソフトウェアを販売してお金を稼いでる人達を「拝金主義」として貶めているようにも見えてしまいます。

> 「ネット的なるもの」を潰そうとする見えない敵のほうが強いんだから。
確かにオープンソースは「ネット的」という言い方ができるのかもしれませんが、それが唯一の「ネット」の使い方ではないので、仮に何かしら対立関係にあるものがあるとしても、それが「ネット的」でない理由はないと思います。というか、拝金主義などの言葉もそうですが、定義がいい加減な耳障りのよい言葉、悪を連想させるような言葉などを使って対立を作ったり対象を貶めたりするような、イメージ操作はやめたほうがよいと思います。今回の問題も、人によっては梅田氏がオープンソースというイメージのよい言葉を都合のいいように利用している、ととる人もいると思います。できるだけ、相手に正しく伝わるように言葉を選んでいくべきだと思うのですが、どうでしょうか。

t-tanakat-tanaka 2009/06/19 00:48 >「こんなカネにもならないことを熱心にやって、オマエはバカだ、
>穀潰しだ、引きこもりだ、ニートだ、云々」などと言われることもなく、
>「おー、それはいいことだ」「面白いじゃん」「自分もやろう」
>「世の中をよくしている貴方はエライ」と言われる世界、
>そしてお金が儲かるわけでもないのに、ほとんどは浜の真砂のように
>埋もれてしまうのに、それでも気が遠くなるほどの
>たくさんの人が少しずつ貢献して、その中から誰かがちゃんとリーダーシップを
>とって組織化して動き出して、それに賛同する人が集まって、
>だんだんによいものになっていって、なんらかの形に結実するものが
>生まれ出てくるという驚くべきプロセス

わざと言っているのだと思いますが,ニコニコや2chでしょっちゅう起こってます。
このプロセス。日本でも十分根付いてますよ。

なぜか望夫氏をはじめとして多くの方は,この動きが「サブカルチャーに限定される」と
切って捨てますが,新しい「文化」は最初は必ずサブカルチャーとして登場するというのが
私の意見です。俳句や短歌,歌舞伎や能,小説や社会学をはじめ,保険や金融だって
最初は「若い者がやってる変なモノ」あつかいだったはずです。PCだってそうでした。

KK 2009/06/19 05:35 >「旧型日本社会の悪弊」であり、「拝金主義・効率主義」に凝り固まった人々であり、「マジメにやりたいと思う人の揚げ足とって引きずりおろす嫉妬の文化と大衆の愚」

すぐにこんな事を言われるのだけど、具体的な統計がある訳じゃないんだよね。日本独特なんて、思い込みじゃないの?
例えばEUの調査で、労働者の1割が過去1年間でイジメのあったと回答している。

KK 2009/06/19 05:57 それに、嫉妬ってキリスト教の7つの大罪の1つですよね。「強欲」「暴食」が溢れている事を考えてみれば、推して知るべし。

BlueくんBlueくん 2009/06/19 07:26 コミュニケーションが食い違ってしまっているようなので、整理しながら話を進めたいとおもいます。

まず、基本的に話をする前提として、共通の「事実」をベースにそれぞれの「意見」があるものだとおもいます。
そして、理系か文系かによらず「意見」は自由に持つべきものです。ですが、「事実」は共通化しておかなければいけません。
その前提である「事実」を間違った上で話を進めているので批判が出ていると認識しています。


まず、梅田さんもあなたも「事実」を誤認しています。
事実誤認) 上記から引用すると、オープンソースを「こんなカネにもならないこと」と認識していること。
根拠)
オープンソースは無償で貢献している人だけから成り立っているわけではありません。お金儲けができます。
redhatという会社はLinux開発に貢献していて業務としてLinux開発をしています。もちろん非営利団体ではなく、この不況下においてもちゃんと利益をあげています。他の営利企業も多くLinux開発に参加しています。LKMLというLinux開発が行われているメーリングリストを覗いてみてください。多くの企業ドメインのメールアドレスが業務時間中に飛び交っています。証拠はこれで十分ですよね?

ここからは「意見」になります。
なぜ、これに対して批判をしたいかというと、これは「オープンソースは金にならない」というオープンソースを盛り下げるFUDになるからです。
たしかに一般に認識はされてないかもしれませんが、日本ではすでにオープンソースが様々なところで利用され、開発されています。NECやパナソニックの携帯はLinuxで動いています。ソースコードも公開しています。東証のコンピュータにも富士通のマシンにLinuxが入っています。テレビにもLinuxが入っているものがあります。そしてそれぞれの開発の中での成果が全てではありませんが、Linuxのコードに取り込まれています。もちろん、社員が業務としてオープンソース開発を行っています。
オープンソースの活性化を目指すならば、企業のオープンソース開発への参加は歓迎すべきものです。あなたの意見はこれを阻むものになります。
オープンソースがより普及してほしい、と思うわたしはこれに反対せざるをえません。

自分からすれば、現在はむしろ、オープンソースで商売ができるのは当然であり、その中でどのように他者との競争に勝ち抜くかということを話す段階にきていると思っています。
申し訳ないですが、Tech momも梅田さんもオープンソース3部作「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」「魔法のおなべ」以前の認識で止まっています。
オープンソース3部作の中で、すでにオープンソースで企業はどのように儲けるか、ということが扱われています。
ぜひ、もう一度オープンソース3部作をよく読んでみてください。


そしてもうふたつ。


梅田さんの事実誤認)
http://enbug.tdiary.net/20080315.html#p02 にある「しかし日本人でたった一人だけ、世界中の人々が使うソフトウェアをオープンソース方式で開発したリーダーがいる。」という認識
根拠)
エントリで引用されている、ひがさんはseaserというオープンソースを開発しました。
http://www.seasar.org/
もっと居ますが、少なくとも一人ではないことがわかりますね。


梅田さんの事実誤認)
「オープンソース」の言葉の意味を「バザールモデル」と取り違えていること
根拠)
「オープンソース」というのはあくまでもソースを公開しているかどうか、それだけです。「オープンソース」ライセンスを採用するソフトウェアであっても「バザールモデル」を採用していない場合があります。たとえば一時期MySQLというソフトウェアは「オープンソース」ライセンスを採用していましたが、外部からの修正を取り込まない「伽藍モデル」とも言える状態でした。なので、「オープンソース」と「バザールモデル」を取り違えるのは適切とは言えません。

RossoRosso 2009/06/19 08:14 例によってプログラムを「書く」人と、それをうまいこと使う人の永遠に交わらない議論って気がします。プログラムを書く人間がコンサル的な人たちを毛嫌いする理由が一連のエントリーで何となく炙り出されてるような感じがするのは自分がちょっと被害妄想的になってるのか。

JavaBlackJavaBlack 2009/06/19 10:11 >「しかし日本人でたった一人だけ、世界中の人々が使うソフトウェアをオープンソース方式で開発したリーダーがいる。」という認識
>エントリで引用されている、ひがさんはseaserというオープンソースを開発しました。

「Seaserは、オープンソースではあっても,世界で通用してない」ってだけのことでは?

かずひこかずひこ 2009/06/19 11:09 かずひこ@ふぇみにん日記です。
「梅田望夫さんはオープンソースを不当に貶めている」という私の記事は、梅田さんのJBPressの記事よりも前に書いた記事です。
それに、私の論旨は、タイトルにそのまんま書いてあるように「梅田望夫さんはオープンソースを不当に貶めている」というものであって、具体的には、梅田さんが過去に書いてきた
・オープンソースとはバザールモデルで無償で開発されているものだ
・オープンソースは既存のビジネスを邪魔しないところで成立する
・オープンソースは質が低くてあたりまえ
といった意見は、単に間違っているとか用語を混同しているとかのレベルではなく、オープンソースの多様性や可能性を否定してオープンソースを不当に貶めるものであり、大変迷惑ですと言っています。
梅田さんの言う「オープンソースという考え方」が日本に根付いているかどうかという話とは、時系列的にも内容的にもまったく関係がありません。

通りすがり通りすがり 2009/06/20 01:22 ちょっと以下が気になりました。
>「旧型日本社会の悪弊」であり、「拝金主義・効率主義」に凝り固まった人々であり、「マジメにやりたいと思う人の揚げ足とって引きずりおろす嫉妬の文化と大衆の愚」

海外に移住されている方の中に、自国や自国の民族に差別的な言動を行うことで精神の安定性を保とうとしている人が時々います。いわゆるレイシストですね。
今回のエントリには、そうしたレイシズムの傾向を感じます。「文化や大衆」の使い方とかね。

ちなみに私はいくつかのオープンソースプロジェクトの日本語ローカライズ等に協力させていただいていますが、「拝金主義・効率主義」「マジメにやりたいと思う人の揚げ足とって引きずりおろす嫉妬の文化と大衆の愚」に邪魔されたなんて感じたことは、全くないですね。

Linuxへの貢献状況Linuxへの貢献状況 2009/06/20 05:47 http://wiki.livedoor.jp/linuxfs/d/OSC2008%20Tokyo/Fall
ここの資料「発表資料2008-縮小版」見てみるといいですよ。
日本の貢献度は5位。EU抜けば4位。もっと上がればよいとは思いますが、貢献度は高いほうだとおもいます。
開発者もボランティアでやっている人もいるでしょうが、企業で業務としてやっている人も多いことがわかります。少なくとも半数以上はニートではないですね。

ななしななし 2009/06/20 10:39 http://www.rubyist.net/~matz/20080314.html#p05

別件ではありますが似たような件で ruby のまつもとさんも苦言を呈してますよ。まさにオープンソースの当事者だと思いますが。

kyoto_tkyoto_t 2009/06/22 18:31 面白いシステムができれば、オープンソースでも、企業内で構築したシステムでも全然良いと思います。そもそも、この話のおこりは、オープンソースとはVSオープンソース的な考え方、云々ということではないので、このバトルで戦い疲れてしまい、その先のWebのオープンな利用という議論まで達しないことを危惧しています。

エンジニアや企業が、オープンに使って欲しいと思うようなシステムを提供し、目的からすると有益な情報共有の空間になるはずだったものが、稚拙で意地悪な空気に支配されてしまいつぶされる、発展的でない事態になっているという話です。

今回のオープンソースうんぬんの議論が、Webのオープンな利用(システム側での制御というよりは、ユーザーの自由とか自律とか)の議論を止めてしまっています。声はちっさいですがエンジニアのなかにも、つくったシステムの利用を考える、本来の議論を再開したいと思ってる人達もいます。

shiroshiro 2009/06/22 21:42 確かに、うっかり「オープンソース」と口にすると難しいことを言う人がたくさん寄ってきて大変だという印象をもたれてしまったら逆効果ですね(もう持たれちゃってるかもしれませんが)。
私はただ一点のみ、広く伝えたいので、そこだけ繰り返させてください。

> 目的からすると有益な情報共有の空間になるはずだったものが、稚拙で意地悪な空気に支配されてしまいつぶされる、発展的でない事態になっているという話です。

稚拙で意地悪なことを言う人はどこにでもいるので、彼らの存在を残念がっても仕方ありません。それに潰されてしまったのなら、それはシステムの作り方が悪かったというだけです。

環境を残念がるのではなく、その環境で動くシステムを考えましょう。潰されたら、弱点を改善して、また試しましょう。何度でも、うまく動くまで。

そうやって試行錯誤して、「足を引っ張る人たち」につけこまれない仕組みをつくり、不断の努力で維持しているのがオープンソースです。他の分野に「オープンソース」を採り入れるなら、どうかその姿勢を真似てください。そうしたら、自由で自発的でポジティブな協業は、きっと結果としてついてくることでしょう。

かずひこかずひこ 2009/06/23 00:28 > 面白いシステムができれば、オープンソースでも、企業内で構築したシステムでも全然良い
この記事のコメント欄でも何度も触れられているように、「オープンソースかどうか」と「企業内で構築かどうか」はまったく関係のない話ですから、こういう表現は梅田さん的な誤解の再生産につながるのではないかと危惧します。真剣に議論しようとしている人からも、こういう表現が出てきてしまうのは、とても残念に思います。
もしおっしゃりたい意図が「面白いシステムができれば、オープンソースでも、プロプライエタリでも全然良い」であれば、「今、面白く使えるかどうか」だけであればそうかもしれませんが、将来にわたって面白く使いつづけられるかどうか」を考慮すれば、たとえ作者やベンダーがいなくなったり気が変わったりしてもメンテナンスを継続する手段を確保できるという点などで、オープンソースに利があると私は考えていますし、それがkyoto_tさんのおっしゃる「ユーザーの自由とか自律とか」に大きく関わっているのではないでしょうか。

KK 2009/07/05 19:26 アメリカにも足を引っ張る人は多そうですね。

Web 3.0とは「モノのインターネット」に他ならない そしてそこにあるのはデータの戦いだ
http://gaikokukabuhiroba.blogspot.com/2009/07/blog-post_1579.html
>さて、tonchidotのプレゼンが終わると聴衆からは「ヤンヤ」の拍手が沸き起こりました。しかし、、、ひな壇にあがっているエキスパート・パネル(有識者たち)の反応は結構、冷淡でした。

>「実現可能性は低い」、「どうやって十分な賛同を企業や個人のユーザーから得るの?」式の懐疑的な意見が支配的でした。

>とりわけtonchidotに喰ってかかっていたのがツイッターのエヴァン・ウイリアムズです。彼は「絵空事だ」と言わんばかりにメチャクチャけなしているのだけれど、これはエヴァンが他のところでスピーチしている自分のモットーと正反対の行為なんですね。(だいいちツイッター自体が未だぜんぜんビジネス・モデルが確立していないくせに!)