Hatena::ブログ(Diary)

Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2010-07-08 いまどき、普通の人なら、英語が書ければよろしい

[] いまどき、普通の人なら、英語が書ければよろしい 10:35

私が「英語習得」に関して興味を持つのは、「日本人としての外国語」という意味だけでなく、このエントリーで書いたように、わが子が「国語としての英語」にいろいろ苦労していることも作用している。両方の面から、「コトバを習得する」という普遍的な作業に関して、人の脳の発達や社会においてのコトバの使われ方、といったことをつい考察してしまう。

楽天の「英語公用語化」に端を発した「英語習得」議論が、引き続きTwitterなどで垣間見られる。日本企業の「英語公用語化」については、その企業の戦略方向性や企業体質によるので、そうしたいところはすればいいじゃん、というだけの話で、楽天に関して言えば、相変わらず体育会系のノリで三木谷さんらしいな、と思っている。(体育会テニス部出身の方なら、「三面振り回し〜!」の発想だな、と言えばおわかりいただけるだろうか・・・)「英語できないやつは辞めてよろし」というのが批判されて、「ノルマ○○が達成できないやつは辞めてよろし」が容認されるというのはよく理解できない。おんなじことじゃん。

その議論でよく「英語がしゃべれる」云々という言い方がしばしばされているのがちょっと気になった。大半の人にとっては、人と英語で連絡をとる必要がある場面では、今やほとんどメールで済むから、書けさえすればいいじゃん、と思うからだ。

明治以降、古い時代の英語習得の主眼は、読むことに置かれていたように思う。外国の情報を日本に取り込むことが最重要だったから、外国語の文献を読むために外国語を習っていた。

私が英語を学び始めた1970年代頃には、「英語が読めてもしゃべれない」ということが大きく問題となり、「英会話」の重要性が増して、旧来の「読む」ことを重視した勉強法が「古臭い」と思われるようになった。いつ頃からそうなったのかは定かではないが、少なくともあの頃はそうだった。それは、飛行機が発達して国際間の人の行き来が盛んになり、実際に面と向かって外国人と話をする機会が飛躍的に増えたことが背景にあるだろう。そして、電話屋として我田引水すれば、「テレックス」の時代から「電話」の時代に移行して、「電話で話をする」ということが必要になってきたから、とも思う。テレックスでは伝えられない細かい内容は、旧来どおり手紙を書くか、または電話で話をするしかなかった。

その後ファックスが普及して、今度は「書く」ことによるコミュニケーションの時代への移行が始まる。そして90年代、eメールが通信のデフォルトになり、文書を添付したり、ウェブにアップしてURLを添付するという方法により、大量の情報を文章により相手に伝えられるようになった。旧来の手紙の時代よりもむしろ、文章を書くことの頻度も重要性も、これまた飛躍的に高くなり、「書く」時代への移行は決定的になった。

いつの時代でも、一部の直接海外との取引にたずさわる人々にとっては、外国人と直接話をしたり外国に住んだりする機会も多く、そこで人的関係を築くためにはどうしても「しゃべる」ことは必要だ。それは今でも全く変わらない。しかし、マクロ的に見れば、大多数の人は今や、「英語でメールを書く」ことができれば、だいたいコトは済むのじゃないかと思う。メールを書く機会に比べ、しゃべる機会は圧倒的に少ないので、そんな滅多に無い機会のために英会話を勉強して、発音に苦労するのはバカバカしい気がしてしまうだろう。

なので、なにかといえば発音が云々とかいう、英会話重視の勉強法が、私には時代遅れに思えてしまう。それは、「電話の時代」の発想だ。

そりゃもちろん、きれいな発音で英語が話せればカッコいいに決まっているが、多くの人にとって、そのためにものすごい時間とエネルギーをつぎ込むことは無駄。それより、前回エントリーで書いた、「機械的な文章を書く」訓練をして、英語でそれができるようになるほうが、今や決定的に重要だと思う。学校でそれをやってくれなければ、自分でやればよろしい。

書くことは易しいことではない。まずは読めなければ書けないし、話すときよりもきちんと文章を組み立てられなければいけない。でも、発音に苦労する必要はない。文学を書くのではなく、メールを書けるぐらいが目標ならば、機械的な文章のパターンをいくつも覚えればよい。会話と比べて反応時間が長いので、ゆっくり考えたり、推敲したり、語彙やスペルをウェブで調べたりしながらやればよい。敷居はむしろ低いと思う。

なお、英語至上主義がいけない、というエントリーもどこかで読んだ(Blogosだったと思うが忘れた、見つからない)。それも理想論としてはわかるけれど、これまた「多くの普通の人」にとっては、英語以外の外国語を習得したところで、メシのタネになる確率は極めて低い。英語以外の言語は本当に好きな人だけ、または必要性の高い人だけやればよいと思っている。私は「好き」だったので、高校から大学にかけてかなり激しくフランス語をやり、20代は必要に迫られてスペイン語を勉強したけれど、その後の人生でこれらがメシのタネになったことは一度もない。人生が豊かになったので、それはそれでよかったが、それまでである。今後の世界でおそらく唯一の例外が「中国語」かもしれないと思うが、中国語本位時代はまだ少し先だろう。

人間、それぞれに時間やエネルギーや能力には限界がある。その限られたリソースを外国語の勉強に割り当てるということを考えると、「メールを書ける程度の文章を英語で書く」ということを目標にしてやるのが、今の時代には一番合っている、と私は思う。

石川石川 2010/07/08 16:50 人間の脳は、聞き取れるようになると話せるようになり、話せるようになると読めるようになり、読めるようになると書けるようになるって、感じになっているみたいですよ。ようするに、日本語から一切隔絶された空間に3ヶ月たつと聞き取れるように誰でもなっているみたいです。外国人も同じで、外国人が日本にきて、まったく外国人がいない空間に3ヶ月いると聞き取れるようになる。で、そこが関西弁エリアなら、関西弁をしゃべる。笑

たぶん、自閉症や学習障害は、聞き取る能力が低い、もしかすると親も低くて影響しているかもしれませんね。ブログの人は、書き上手な人は多いですけど、聞き上手な人は少ないのは確かですし。ま、実験するとしたら、筆者自身が、いろいろな人の話を聞いてまわって、メモせず、どれだけ記憶できるかやってみるといいかもしれませんね。かなりストレスにはなるでしょうけど。

と、ブログから聞き取って思いつきました。

zm_nouveauzm_nouveau 2010/07/08 16:54 >英語至上主義がいけない、というエントリー
こちらではないでしょうか。
「英語を公用語化」する企業はグローバルを履き違えている。必要なのは多言語化[絵文録ことのは]
http://www.kotono8.com/2010/06/30multilingual.html

石川石川 2010/07/08 16:55 ついでに、昔からある方法ですが、今でも演劇でつかっているところもある、「口伝」。書いて、読ませて伝えるのでなく、口でいって、聞かせて、その場で覚えさせていく方法があるんです。調べれば、でてくるでしょう。ま、難点は、多くの人に使えないけど、いいところは、一対一でやると、とても密度が高い伝達になります。

michikaifumichikaifu 2010/07/08 19:23 zm nouveauさん、それです。ありがとうございます。

かもかもかもかも 2010/07/09 05:32 企業の公用語を英語にするなど、おかしくもない。どうぞご随意にと言うのが偽らざる感想。所詮、経営者の道楽のようなもので、必要なら、そうすればいいし、要らなければ、要らぬこと。
英語でも、ロシア語でも、必要な部門には必要なことで、必要がなければ、必要がない。
 日本人が、英語が出来ないのは、単に、必要がないからと言うだけのことで、必要なれば、どうにでもなる。
 其れより問題なのは、凡そ英語などと無縁の生活をしていたのに、突然、海外旅行をするから、英語が出来るようになれば良いだの、英語が必要な部署に配属になったから、明日から英語が出来るようにならなきゃならんとか、何とも虫の良い、都合の良い英語必要論が跋扈して、出来もしないことを出来ないと嘆いている。
 英語が必要なら、くそ暗記でも何でも、必要な語彙は取得しなければならないし、英語での疑問文や、否定文の作り方を知らなければ、会話など出来なくて当たり前。
 実は、英語が出来なくてとぼやく人の110%は、なんの努力もせずに、突然、英語が出来るようになりたいと夢想する人。出来たらいいのにと願望する人。10年も学校で教えられたのに何も出来ないと他人のせいにしてぼやく人。
 英語を、公用語にするなぞ、全く意味のないこと。イヤ、経営者の単なる自己満足。思い込みの所産。ですね。

just a readerjust a reader 2010/07/11 03:30 外国人は英語が上手に話せるからって相手を尊敬したり仕事に配慮してくれたりしないです。特に技術系は。技術の話題にきちんとついていけて何度も鋭い指摘をする。何が問題なんだ?という問いに具体的で納得できる答えを持ってる。ごく当り前のことですがこういうことができて外国人と仕事が出来ます。CスーツやVPの前でスピーチをするのが仕事ならそれは英語ができなければ話にならないけれど日本人同士で英語を話しあってもそんな英語は身に付かないし1つでも技術を身に付けた方が時間の節約です。技術を持っている人には向こうから話したいと思うものです。

ap_09ap_09 2010/07/15 21:48 石川さま
>日本語から一切隔絶された空間に3ヶ月たつと聞き取れるように誰でもなっているみたいです。外国人も同じで、外国人が日本にきて、まったく外国人がいない空間に3ヶ月いると聞き取れるようになる。
3ヶ月でそんなに上達できるなんてすごいですね。私は英語の単語がそのまま頭に入りだしたのは1年米国に住んでからです。それでも赤ん坊も言葉を覚え出すのが生後1年ぐらいなので、ひょっとすると脳生理的に、そんなものかな、と。読み書きは“decode a code”的に、暗号解読的、翻訳技術でも、時間さえかければこなせるようになると思います。日本語もそうですが、口語としての話し言葉と、読み書きの言葉は、ちょっと違うような気がします。
米語との対比では、日本語の言語音が母音はたったの5個、また子音の数も少ないので、米語スピーカーは日本語の語音を即座に把握できるのに、米語には日本の言語音にはない音がたくさんあるので、異なる言語音の識別が日本人には大変難しいのだと思います。「あ」だけで「a」「æ」「ə」「˄」「ɔ」みたいな感じでしょうか。私もついに滞米10年を超えましたが、いまだに“r”と“l”の違いがはっきり聞き取れません。
発音は口腔と喉の運動神経と筋肉が日本語用に剪定されてしまうので、大人になってからネイティブのような発音を習得するのは難しいのだと思います。でも別段早口で喋る必要はないので、明確な発音を心がければ、アクセントがあっても別段かまわないのではないかと思います。
外国語を学ぶことの一番大きな点は、言語は文化と固く結びついているので、異文化の人の心、ものの見方、世界観を知るという、その辺が醍醐味なのではないかという気がします。これはグローバル化に伴い、日本人にとって重要な学習要項なのではないでしょうか。自分の経験では英語を学ぶということは、自分の中に、もう一人異なる人格を作り上げる作業のような体験でした。

フランス語とスペイン語フランス語とスペイン語 2010/07/16 02:14 フランスやスペインに住んで仕事をしたい人には十分すぎるほどに飯の種になると思いますよ!

ap_09ap_09 2010/07/16 05:13 >フランス語とスペイン語さま
フランスやスペインというのは、外国人が自国の言葉さえ解せれば、「十分すぎるほどに飯の種」になるほど滞在ビザや就労ビザを発行してくれて、当該国内で就職するのに困らない国なのですか?
すごいですね。夢のような移民天国ですね。
そんな夢のような厚遇を利用せずに、日本で新卒だとかブラック企業だとかいって苦労してる人は、“白痴的バカ”ってことでしょうか?

Connection: close