それでも日本の若者は留学すべし

こっちサイドの話だけが流れてしまうのもまずいと思うので、「パラダイス鎖国」の著者としては一応反論しておきたい。

議論:留学は就職にマイナスか?

留学といってもいろいろ。日本から大挙してアメリカに留学生が来ていた90年代、私が住んでいたニューヨークには、決まった一角に固まって住んで、ほとんど日本語だけで生活しているという留学生がけっこういた。そういう人でも、NYでの経験がその人なりに役立つならば、それはそれでいいけれど、そういう人が減るのはまぁ別にどちらでもよい。

また逆に、どんな環境にあっても自分の道を切り開いていけるほど優秀で、なおかつ留学目的である研究や勉強内容に情熱を持つ人は、今でも、なんと言われようと留学する。日本で就職できなければ海外で就職する、あるいは自分で仕事を作る。

問題は、あと一押しで後者のグループにはいれそうだけど、ちょっと自信がなくて就職が心配と思う人、あるいは本当はポテンシャルがあるけれど留学というオプションに思い至らず縁がない、という人たちだろう。

後者型の人々が国際的に上位の大学に行くことは、英語ができるようになるとか、就職に有利とか、そんな短期的なレベルの話ではない、はるかに長期にわたるメリットが、本人にも国にとってもある。学校とは、そこで何を学ぶかということだけではなく、そこで共通の考え方や文化を身に付けたグループに属するための「リアルなソーシャル・ネットワーク」の入り口でもある。だから、同じ学校の卒業生とは初対面でも親しみを感じ、共通の話題があり、信頼関係を築きやすい。世界からその分野を志す人が集まる学校に属すれば、その分野でのトップグループのネットワークにはいることができる。そのステータスは一生モノであり、歳を取るほどその価値は増していく。

商売でも政治でも文化でも、本当にトップの世界というのは、人と人のつながりで形成されている。野球選手が安年俸でもメジャーを目指すように、ジャズミュージシャンが食いっぱぐれてもニューヨークを目指すように、志のある人はトップグループの人的ネットワークに属したいという自然な欲求がある。そこにいなければ、どんなに説明してもわからない魅力がある。

また、日本という国にとっても、そういうグループに属する日本人がまとまった数存在することは、長期的に見て日本の国益にかなうことでもある。また「坂の上の雲」の話になってしまうが、日露戦争アメリカに仲介を頼みにいった金子堅太郎は、ハーバードでルーズベルトと同級生だったから選ばれた。こんな人とか、ノーベル賞をとるとか、世界的企業のトップになるとか、それほどの目覚しい活躍をする人はひとにぎりであり、私のように泡沫なんたらで一生を終わる人も多いわけだが、裾野がある程度なければトップは高くならない。

ここで言う「上位の大学」とは、日本的な「偏差値が高い」といった感覚ではなく、それぞれの分野でのトップクラスの学校のことであり、日本のようになんでもかんでも東大ではなく、世界を見渡せばかなりバラけている。

例えば、シリコンバレーではしばらく日本人ビジネスマンが減った後、最近になってまた戻ってきている印象があるが、若いときに起業のセオリーやソフトウェアなどの技術をアメリカ流で学んでいない人は、「共通言語」がないのでどうもずれて見える。社会に出てから、企業の看板を背負ってからでは、この「ずれ」が即、損失につながってしまう。でも、学生のうちならば、たとえいろいろ失敗があっても、取り返す余地が大きい。

日本に国際的トップクラスの人が集まる学校がたくさんあれば、外国語を苦労して学んだりリスクを冒して留学する必要はない。残念ながら、現実はそうなっていない。だから、志の高い若者ならば、世界でトップクラスの学校を目指してほしい。興味があるけれど「あと一押し」のところにいて迷っている人は、ぜひ現在海外留学をしている、志のある人たちの現実の話を聞いて欲しい。今、アメリカの大学院で学位を目指している学生さんたちは、自分も忙しいのに、後輩のためにこんな活動をボランティアでやっている。

米国大学院学生会

なお、3年前にこんな記事も書いているのでご参考に。余談だが、まだこの頃はシリコンバレーがモバイルでは「田舎感」があった、という自分の記述が感慨深い。たった3年で、今やここはモバイルのメッカになってしまった。ことほどさように、先のことはわからない。留学をあきらめて普通に就職するほうがよいのか、留学して新しい道を開くのがいいのか、先のことはわからない。長期的な視点ももってほしい。ただし、冒頭の記事にあるように、短期的には損という見方もあるし、厳しい世界に挑戦するなら脱落するリスクもあるので、この話は「志の高い日本の若者」だけが対象、と繰り返しておく。

今更、グローバルとは(1) 「平安のイチロー」と「現代の長安」 - Tech Mom from Silicon Valley