Hatena::ブログ(Diary)

Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-04-21 平清盛と「ソーシャルTV」の陰謀論

[][] 平清盛と「ソーシャルTV」の陰謀論 19:05

こんな記事を見つけたので、またまた「平清盛ヲタ」の私が湧いて来ましたよ。

朝日新聞『平清盛』記事へのコメントに関して - 春日太一の「雪中行軍な人生」

私は研究家でも評論家でもなく、ここに書くのは完全に根拠のない勝手な自分の想像話であることを最初に断っておく。

上記の筆者が書いているように、確かに平清盛ドラマの「画面の情報量」がハンパでない、ということを最近になって私も理解した。上記では「ハイビジョン」による画面の質のことを主に話しているが、ここで言っているのは、脚本の中に埋め込んであるお話の情報量のこと。時代劇では「史実と違う」という批判がよく出るのだが、ここでは逆に、「いかにもありえない創作の場面なのだが、実は史実がたくさん埋め込んである」ということに気がついたのだ。

例えば、お話が「源氏編」に移るときの信号として、源氏屋敷のペットである猿が最初に映し出されることが多く、これは私は「源氏は山猿(平家は海亀)」という、漫画的な記号であり演出だと思っていた。しかし、先日玉川大学の鎌倉時代に関する情報ページを読んでいたら、「当時の武家屋敷には馬の魔除けとして猿が飼われていた」という記述があり、「えー、これって本当だったんだ!」と驚いた。

このことに気がついたのは、ドラマの中で源義朝がドレッドヘアで木のぼりしているときに「ウチらの味方になってください」と三浦一族が頼みに来たエピソード、歴史上では「大庭御厨濫行」なる事件をウィキペディアで読み、たまたま郷里のすぐ近くでのできごとだったことから興味をもって、いろいろネットで資料を読みあさっていたときのこと。これもサラッと流していたら、なぜ自分の軍勢も持たないホームレス男を、「自分の手下として雇う」のではなく、「味方してくれたら自分たちは家来になります」という話になるのか、なんだかわからなかったので調べていた中でわかったこと。

あるいは、先週の話の中で、藤原頼長が家盛の件を忠盛に暴露し、その後近くの若い男の子の手を握りながら「きみはる」とさりげなくつぶやく。「ああ、新しいボーイフレンドね」としか思わなかったのだが、実はこれは秦公春という人で、赦免された殺人犯を私的に殺させた、頼長のいわば「私設:必殺仕置人」だった、という話をネットで読み、これまた「ほぉ〜」と感心したり。

史実だけでなく、伏線がものすごくたくさん張ってあるのだが、これも最初に見た時には気づかない。アメリカでは「TV Japan」というケーブルチャンネルで見ているのだが、日本語だけでリアルタイムで見るのに加え、英語字幕つきで2ヶ月遅れぐらいの再放送があるのを見ると「あ、2ヶ月前のこの話は、今のこれの伏線だったのか!」と気づいたりする。(例えば、清盛の最初の妻明子が、最初にいったん求婚を断る理由が「住吉大社のおかげで結婚できたということになるのはいや」みたいな話で、なんだかサッパリ理解できなかったのだが、これは先日書いた、「寺社勢力/タブーへの挑戦」という一連の話の一つだったのかも、と先週見て気がついた。)

要するに、サラッと見ていてもなんだかわからないネタが多すぎる。

そこで思うのが、最近はハリウッド映画でも、テンポが早すぎたり小ネタが多すぎたりして、劇場で一度見てもなんだかわからず、結局DVDやネット配信で、画面を見ながらネットで調べたり、他の人の解説を読みながら見る、という見方に「誘導」してるんじゃないか、というモノが結構あり、もしかしたら同じことを狙っているのでは?という陰謀論。

アメリカでは、映像作品のネット配信はすでに定着しており、そこにさらに、他の人とコメントを交わしながら見るという「ソーシャルTV」の機能を載せようと皆が必死になっている段階。ここなどに書いているように、ネット配信の強みは「配信」ではなく、「検索・オススメ・ソーシャル」といったネット独自機能との統合が肝だと思っている。完全にインターフェース上で統合するところまで行かなくても、今でも「視聴者はiPadもってツイートしながら見てる」ということを意識して番組を作っているケースが多く、番組そのもののネット配信がやりづらいライブ番組でも、例えば今年のフットボール「スーパーボウル」が史上最高の視聴率を獲得したのは、こうした「ソーシャル視聴戦略」が上手く行ったから、との言説がしきり。

さらに、ここに書いたように、DVDに加えてネット配信でも、出演者や制作者にきちんとお金が落ちる仕組みができているので、こうした「何度も見てもらう」方式のコンテンツが作る側のメリットにもなる。この「みんなにお金の回る仕組み」ができるまでに、ハリウッドでもすでにかなり時間と労力がかかっており、日本ではまだまだだと思うが、NHKは例外的に有料のオンデマンドもやっているし、民放よりはコレをやる意味があるだろう。

<追記:うがった見方をすれば、「定額サブスクリプション制」のNHKでは、視聴率が高かろうが低かろうが売り上げに直接の影響はなく、それよりもあとでDVDが売れたり、オンデマンドで有料視聴してくれたほうが、売り上げが増える、ということにもなる。本当にNHKの人がそこまで考えているかどうかは関知しない。>

こういう状況に慣れているので、逆に「清盛」については、番組の作りそのものは「ソレ」向けにできているのに、「ソーシャルTVプラットフォーム」のほうがついてきていないのが残念、とついつい思ってしまう。ネット配信で、ニコ動風にリアルタイムでヲタの皆様の解説や解釈が読めるとか、画面上で猿にマウスオーバーすると「馬の魔除け」という解説を誰かが書き込んだのが読めるとか、そんなふうになっていたら楽しいのに。

せめて、公式ウェブサイトでこうした種々の「トリビア」「小ネタ」「織り込まれた史実」「場面の解釈」などをソーシャル的に書いたり読んだり、関連資料へのリンクを張ったり、そんなことができる場を作るなど、「ソーシャルTV」的な使い方を促進する仕掛けをNHKも自分でやればいいのに、と思ったりする。すでに、ツイッターではtrending topicになったりしているらしいし。

ということで、実験的な試み(=陰謀)なのかも、と、暑すぎる週末、暇なのでちょっと書いてみた。

<追記>

上記で、「猿」や「大庭御厨」などにつき、参考にした玉川大学の鎌倉時代資料ページのリンクを入れ忘れましたので下記に。わかりやすい神奈川県郷土資料です。

鎌倉時代の勉強をしよう

2011-08-25 ティナ・フェイ、米メディアの「男性優位」を痛快におちょくるの巻

[][] ティナ・フェイ、米メディアの「男性優位」を痛快におちょくるの巻 12:40

Bossypants

Bossypants

ティナ・フェイといえば、サタデーナイト・ライブでのサラ・ペイリンのモノマネで一躍有名になったコメディエンヌであり、アレック・ボールドウィンと共演しているコメディドラマ「30 Rock」の脚本・制作・主演をやっている人でもある。映画にもいろいろ出ている。私もサラ・ペイリンからしか知らなかったが、これを読んでみると、強烈な「フェミニスト(女性の権利擁護論者)」なのだそうだ。

この本は、ティナの半生記でもあるが、一方では彼女のいるメディアの世界で、男性が自分では意識せずに女性を差別している状況を、サタデーナイト・ライブ流の毒のある笑いで味付けしておちょくる、というのが言いたいことなんだろうと思う。

冒頭。「自分は、30Rockの制作では最高責任者なのだが、よく『女性がボスであるという状況にどう対応しているのか』といった趣旨の質問をよく受ける。男にそんなこと聞かないでしょ、なんで私には聞くのよ!?」という話から始まる。

少し前に書いた「なでしこジャパン」報道への批判の話と全く同じ話だし(なでしこ報道で露呈した“ニッポン”の未熟な女性観:日経ビジネスオンライン)、またついさきほど、ちきりんさんが「NHKの討論会で、女性出演者だけ母であることに言及されるのだが、あれはなんでじゃ?男だって父である人もいるだろうに!」とTweetしていた件とも全く同じ。

本の中では、子供の頃から現在まで、彼女の生活の中で経験した、こうした「たぶん本人は悪気ないんだが、深いところにある無意識の女性差別がさせている発言、行動(それも、男に限らず、女性自身に染み付いているものもあり)」といったものを、鋭く、皮肉と毒をたっぷり盛って、おちょくっている。私には、非常に共感するところが多く、大笑いした。こんなこと、真正面から私が言ったら、このブログが大炎上して大変なことになるだろうが、コメディとはいいなぁ、とつくづく思う。

例えば、女性版下ネタ(生理に関する話など)が満載されているが、これらは女性なら顔をしかめながらも「あー、それってあるよねー、ワハハ」と笑うが、男性が聞いたらたぶん「気持ち悪い」と思うだろう。男性がこれを読むと、男性の下ネタを女性が聞いたときの気持ちがよくわかるだろう。表紙の写真で、顔はティナだがなぜ腕と手が違うのか・・というのも、中身を読むとわかる。

一番感動(?)したのは最後の部分。彼女は子供が一人いて、40歳になり、もう一人子供をつくるか、それとも仕事を優先してそれをあきらめるか、ですごく悩んでいるという。そして、彼女の場合、単に「自分がお金が欲しいから仕事をする」とか「好きだから仕事をする」という話だけではなく、「こうしたメディアでの男性優位の歪みの原因は、番組を作る側に女性があまりに少ないからだ、それを是正するために、今その場を与えられた自分は頑張らなければいけない」という使命感をマジに吐露している。本の中では解決していない。ずっと、迷い悩んでいる。

「(男性優位な)世間が求める女性の姿」と、「自分の中で自然に女性として表れてくる部分」と、「女性だからといって差別されているのに反発する部分」と、「自分で思い込んで作っている部分」と、「女性としての役割と共存しにくい仕事の部分」と・・・などなど、いろいろなもののバランスの中で、最適なものを求めて葛藤する、というのは、働く女性も働いていない女性も、それぞれに日々経験していることである。快刀乱麻の毒舌ジョークをかますティナも、実は私と同じように悩んでいるんだなぁ、としみじみ。

日本語版は出ていないようだし、この先も出ない(?)と思うが、なるべく多くの人に読んでほしい。私は例によってオーディオブックで聞いたが、これはティナ自身があの歯切れよいセリフまわしで演じていて、これまた面白かった。

<直後追記>

Twitterにて、ティナが今月第二子を出産したという情報をいただきました。ありがとうございます!そうか、結局それを彼女は選んだんだなぁ。でも相変わらずサラ・ペイリンもやってるようだし、頑張っているようです。

2011-01-03 日本のテレビ業界大再編の初夢

[][] 日本のテレビ業界大再編の初夢 11:52

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

当地では今日から子供たちの学校が始まり、平常営業となる。それで、2週間ぶりに、朝のいつものローカルニュースをテレビで見たところ、面白コマーシャルを発見。

有名な古いCMのパロディらしいが、昔風の「映画館へ行こう」という歌に乗って、ソーダやポップコーンのキャラクター・アニメが歩いてくる。が、実は歌は「映画館」でなく「DMV(Department of Motor Vehicle、自動車の免許や車両登録を扱う役所)」で、背景も、DMVの待合室の椅子で延々待っている人たちの映像。みんな、手にはスマホやタブレットを持って見ている。「ん?何のCM?」と思ったら、最後にAT&Tのロゴが出て、息子と二人で大笑いした。(YouTubeに出ていないか探したが、現時点ではまだ見つからない。)

このあたりの背景事情は、11月に日経ビジネスオンラインに書いた、「テレビ業界の大乱闘」の話を参照していただきたい。

米国版・荒野の西部劇「テレビ酒場の大乱闘」:日経ビジネスオンライン

このCMはどういう意味かというと、AT&TのIPTVサービス、U-verseのユーザーになると、居間のテレビだけでなく、iPhoneやタブレットでも、いつでもどこでも有料テレビが見られる、というサービス。テレビも携帯も持っているAT&Tならではの強みを生かしている。現在米国では、ケーブルテレビと電話会社によるIPTVサービスの間の競争により、両者しのぎを削っている分野の一つでもある。我が家は電話局から遠く、U-verseは当分やってこないので、仕方なくブロードバンドはComcastのケーブルモデムで、テレビもComcastであるが、こちらも最近「Xfinity TV」というサービスを開始。ケーブルは携帯部分を自分で持っておらず、やや出遅れていてまだ番組そのものは見られないが、iPhoneやiPadで番組のサーチや録画予約ができるようになった。テレビのリモートよりずっと簡単で、我が家でもよく使っている。

池田信夫さんが「テレビの終わりの始まり」と書いておられるが、こういう傾向は皆様ご存知のとおり、今に始まったことでもなく、また日本だけでもない。アメリカでも、地上波テレビの視聴者平均年令は50歳を越えているらしく、相変わらずのフットボールなどのスポーツを除くと、いかにも中高年主婦向けの「Dancing with Stars」などといった番組が大人気である。

それでも、米国の地上波テレビ局は、広告以外の収入源への多角化がだいぶ進んでいるので、マシなようだ。ドラマをDVDにパッケージ化して売るというのは昔からあり、最近はDVDだけでなく、HuluやNetflixといったオンライン配信も進んでいる。もう一つの大きな収益源が、上記の記事にも書いた、「再送信権利料」である。ケーブル経由の配信料なのだが、ケーブルが儲かっているものだから、地上波は必死にこの分け前を増やそうとして、バトルが大変なことになっている。

日本で広告料減少により、テレビ局の行き場がないのは、広告代理店や芸能事務所などとの関係もあるのだろう程度にしか、外野の私にはわからない。わからないのでユーザーとして勝手に言うが、米国と同じように、全く新しい大きな収益源が見込めない世界では、力関係によって取り合うしかないのだから、テレビ局が本気で立ち直ろうと思ったら、「だから広告が」とか言い訳してないで、まずは統合して民放2局ぐらいにしてしまって、他のステークホルダーに対する力を強め、テレビ広告枠の供給を減らせばいいのに、と思ってしまう。(まぁ、日本のテレビ局は不動産業で儲かっているので、別に困ってなくて、めんどくさいことはしたくないので大きなお世話、ですね、きっと。)

それでも敢えて初夢話を続けると、余った電波は、携帯電話用に二次市場で売れるようにしよう。いい電波なら高く売れる。そして、長期的に投資する余力を確保してから、コンテンツをオンラインや携帯で売れる仕組みを徐々に作る。これはにわかには儲からないし、広告一発うん百億円の世界のテレビ屋さんに、一本番組売って300円というコツコツ商売は性に合わないし、課金の仕組みから作るのは大変だから、ケーブル会社とか電話会社とか経由でやれるようにして頑張ってもらい、そのかわりコンテンツ料をがっぽりとる。電波を増やせば携帯の帯域も増えて、映像コンテンツが見やすくなるし、課金モデルを作れば番組個別課金もしやすくなるので、携帯経由での有料配信も増やせる。ワンセグをどうするかは知らない。誰か考えてください。なにしろ、統合して、配信部分の工夫で有料化して、広告以外の売上を増やして、コンテンツ制作のお金がきちんとまわるようにするのが、最終的にはユーザーのためではないかと思う。ひな壇芸人の仕事が減ってしまうから、彼らは困るかもしれないが・・・

やたら競争させればいいわけではないと思う。今、ネット・通信業界は、統合と長期投資の仕込み時期だと思う。適切な時期に適切な形で「価格・料金」を軸に業界再編ができないと、全体が沈み、次のステージに進むことができない。日本のテレビ業界は、ブロードバンド政策と込みで、再編成すべきと思う。

<参考記事>

ウェブ2.0のオープンな世界は終焉するのか?:日経ビジネスオンライン

crodecrode 2011/01/06 17:27 ワンセグは移動体向けのモードだからあの画質ですが、固定向けモードにするとDVD画質(720☓480 30fps)の送信が可能です。HD番組の必要がなければ1局の帯域(13セグ)で6局ぐらい収納できそうなので(13局いけるかはわかりません)、電波売っても多ch維持に使う手がありそうです。

2010-09-27 エリック・クラプトンと音楽業界の未来

[][] エリック・クラプトンと音楽業界の未来 10:31

先日、ネットフリックスの「粘り(tenacity)」について書いたが、ミュージシャンでtenaciousといえばこの人、エリック・クラプトンだろう。

私がE.C.に入れあげたのは1990年代だが、その後私には子供が生まれて生活リズムが変わり、NYを離れ、MTVが没落し、車のラジオですら音楽を聞かないようになる中で、徐々に音楽を聴く習慣を失い、E.C.についてもすっかり忘れ去っていた。それが先日、夜なべ仕事の息抜きにYouTubeをサーフしていていたらE.C.の公式チャンネルを見つけて止まらなくなり、二枚組ベストアルバムと2008年に出た自伝をダウンロードし、今週出る予定(日本ではすでに先週出ている)の新アルバムまで予約するという大人買いに一気に走った。

今ころになって自伝を読んだ(というかオーディオブックで聞いた)のはそういう訳で、昔のファンとして彼の「ドラッグと酒と女」でズブズブの壮絶な人生はだいたい知っていたが、改めて読むと、ややこしい家庭に生まれ、あんだけ無茶しやがって、何度も死にかけ、アル中リハビリ施設に2回はいり、子供を失い、それでも半世紀にわたってあれだけのペースで曲を出し続けライブツアーをし、何度も復活したtenacityには本当に感心する。

1960年代からの音楽シーンといったものも並行して垣間見える。アメリカにあこがれた60年代、ドラッグに沈んでいった70年代、大チャリティ・コンサート・ブームとミュージック・ビデオ勃興期の波に乗った80年代、そしてMTVの「Unplugged」がウルトラ大ヒットした90年代。もうあれから20年近く経ったという時代の流れに驚く。

彼が放浪の果てにようやくたどり着いた安寧の時期である最近10年間は、音楽ビジネスにとっては大試練の時期で、それは現在も続いている。「自伝」のエピローグでは、それに対してE.C.は「音楽産業は過渡期にあるけれど、いつの時代も音楽は変わらないし、なくなることはない」と書き、また「インターネットは本当にありがたい。おかげで、ツアー中でも家に残してきた娘たちの顔が見られる」と無邪気に語る。

「レコード(CD)」と「ライブ」の売上を頂点にして、その下にミュージックビデオ・ラジオ・テレビなどのメディアによる「宣伝告知」とそれにまつわる広告事業、レコード(CD)の流通・販売、雑誌などの関連メディアや楽器販売、といった裾野を持っていた「音楽産業」は、頂点部分のマージンが急減して、全体のエコシステムの重さを支えきれずに崩壊した訳だが、アメリカの音楽業界ではすでに「再建」のツチ音が聞こえ始めている。一時の「RIAA対ユーザー」という違法コピーをめぐる不毛の戦いがやや沈静化し、iTunesがWalmartを抑えて米国最大の「音楽小売」となり、そこを新たな頂点として、YouTubeとそれの「発展形」であるVevo(ミュージック・ビデオ専門サイト)が新たな「MTV」となり、それらの「合法動画」には電話会社や自動車などの「伝統的な大手広告主」が動画広告をつけ始めている。バナーやテキストに比べ、断然CPMの高い動画広告は、広告業界からも「一筋の光」として期待を集めているように見える。私は音楽業界の中のことはあまりよく知らず、これは「インフラ屋+ユーザー」という立場の、外から見た印象ではあるが。

こうした「米国音楽産業のtenacity」というのは、米国の音楽・メディア業界がもともと強くて大きく、ユーザーも多いから、そう簡単に壊れてはたまらない、と思う人が多いからという背景もあるだろう。その意味で言えば、次に「再建」されるべきは、世界第ニの音楽市場である「日本」のはずだ。

E.C.の自伝でも、日本が何度か登場する。故郷のイギリスと、世界の大市場であるアメリカが主要な舞台であるが、それ以外では、地理的に近い欧州の他の国や他の英語圏よりも日本が頻繁にライブの場所として登場するし、「日本は大好きだ、有働(ウドー音楽事務所)氏はサムライだ」などと言及している。感情としての好き嫌いはともかく、彼にとって市場として米国に次ぐ「儲けの源」であることは間違いない。

私は最近よく「日本とアメリカは似ている」と言っているのだが、ここでもそれがあてはまると思う。(再び、「外」から見た印象ではあるが。)IP(知的財産)を尊重する傾向が業界に強く、ユーザーが有料ダウンロード(日本でいえば「着メロフル」も含め)にお金を払う習慣がある。欧州ではメディア企業の力に対して「Pirate Bay」の政治的力が大きくなりすぎ、有料ダウンロードが健全に伸びておらず、だから「Spotify」で対抗せざるを得ない状況があり(というのは当たってますか?お詳しい方があればコメントお願いします)、一方「伸び盛り」の新興国はIP管理がしっちゃかめっちゃかである。

それぞれの状況に合わせた「音楽業界の再建」がこれから行われていくと思うのだが、米国ではその後どういう姿になるのだろうか、とちょっと考える。再びE.C.自伝の話にもどると、60年代ヤードバーズで売り出し中の頃、アメリカに初めてやってきたE.C.は、「アメリカでは音楽の多くの分野がそれぞれに懐が深く、ブルースならブルースでそれなりの商売になる。これに対しイギリスでは、全体で一人のスターしかいる場所がなく、アメリカでそこそこの名声を得て帰国したらその年のスターは他にいて、自分たちは見向きもされないのでガッカリした。」と述懐している。この感覚は、70年代に初めてアメリカにやってきて、FMラジオ局の数の多さに驚愕した私の「一般人」としての肌感覚と全く同じである。アメリカというのはもともとこうした「地方分権」的な性格が強い場所でもあり、「ネットと分散」の時代の音楽・メディア産業も、こうした方向で「数多いニッチがそれぞれ少しずつ大きくなり、それなりに商売として成立するぐらいになっていく」という方向での再建になるのでは、と私は思う。

メディア集中の時代が終わったから、E.C.のようなスーパースターはもう今後出現しないのでは、と思う人は多いだろう。でも、もしかしたら、こうした「数多いニッチが少しずつ太る」時代のあと、アメリカのことだから、買収統合の嵐が吹き荒れ、ネットとメディアの壮大な集中が起こり、それに乗って、世界中の人が同時に熱狂するようなスーパースターの出現する時代がまたやってくるかもしれない。

日本は、従来は上記の「イギリス・欧州」と同じ、「中央集権型」の構造をしていたし、今でもその構造を前提としたビジネスモデルが音楽業界のベースになっているんじゃないかと思う。ネット側の人間としては、それよりも徐々に「アメリカ型地方分権」構造にしていったほうが、今の日本のユーザーには合うような気がするのだが、もしかしたら「アメリカ型」と「欧州型」の中間的なものが出来上がるのかもしれない。いずれにしても、従来型に固執せず、(にわかに儲からなくても少しずつでも)「再建」に向かうという業界人の決意が、そのスピードを左右するのだと思う。音楽だけでなく、映画業界を見ていても同じことを思う。

E.C.に関していえば、この大御所でも、YouTube公式チャンネルと、自分のサイトでの「新アルバム全曲試聴」と、iTunesの「一曲だけ無料ダウンロード・サービス」と、FacebookやTwitterと、PandoraやLast.fmと、そういったもののコンビネーションで新アルバムのプロモーションを行う「常識」を踏襲している。私がAmazonで大人買いしたアルバムのマージンが、こうした種々の裾野に流れていく。

YouTubeに上がっているE.C.の最近のライブ映像では、見かけはすっかりジイサマながら、ギターは相変わらずの艶っぽさを保っており、やはり彼は「Forever Man」である。そして今や「人生で最も幸福な時期」にあると自称する彼は、音楽産業のtenacityを無邪気に信じているようだ。

ちなみに、この自伝、新発売シャープの「ガラパゴス」で読めるのかな?(笑)

クラプトン

クラプトン

Clapton: The Autobiography

Clapton: The Autobiography

(なお、「自伝」は日本語訳もあるが、アマゾンの評価では、翻訳が直訳調で読みにくいとの評価があるようなので、ここでは一応原典英語版を掲げておく)

AkiraAkira 2010/09/27 13:00 ソロになってからもがんばってますが、初期のCream、Blind Faith、Derek and the Dominosもすごく良いですよ。

garaigarai 2010/09/27 16:41 >新発売シャープの「ガラパゴス」
ガラパゴスという言葉がここまで来ましたね。TVでも「ガラパゴス化」が盛んに引用されています。名付け親としてはどんな気分ですか?(笑)
日本社会も”tenacity”でガンバロー!

michikaifumichikaifu 2010/09/27 20:03 いえいえ、実はけっこう皆さん間違われるんですが、「ガラパゴス」の名付け親は私ではないんです。私は「パラダイス鎖国」なんですが、「ガラパゴス」と「パラダイス」は韻を踏んでますしね・・「ガラパゴス」は一時野村総研がプッシュしていた用語で、最初は誰が言い出したか、諸説あるようです。

heridesbeemerheridesbeemer 2010/09/28 02:00 ガラパゴスは、たぶん、総務省のモバイルビジネス研究会(2007年)の審議過程で出てきたもの(最終報告は、総務省からダウンロード可能)か、野村総研のガラパゴス化する製造業、のどちらかが、最初だと思う。野村総研の本の方があとだと思うのだが。

wgaraiwgarai 2010/09/28 15:12 でも、「パラダイス鎖国」の渾身エントリーが日本の「ガラパゴス化」という文脈に火をつけたのは間違いないですから、もっと威張って下さい。(笑)

2010-07-11 「Investigative Journalism」の行方

[][] 「Investigative Journalism」の行方 13:50

一昨日、JTPAのセミナーにて、ウォール・ストリート・ジャーナル記者ケイン岩谷ゆかりさんと対談させていただいた。いろいろと面白い話が出たのだが、特に印象に残った一点について、ちょっと述べておきたい。(ゆかりさんの経歴や対談アウトラインについては、リンク先を参照)

ウォール・ストリート・ジャーナルは、ウェブ化当初から有料でやっており、それで「成功」している数少ない例。そんな中、2007年に同社を買収したルパート・マードックが、「いずれ紙の新聞はなくなる」として、ウェブ有料版で価値をあげるためにいろいろなことを試行錯誤している、というお話だった。その中で、記者も以前のように、ただ記事を書いていればいいだけでなく、自分でTwitterで発信したりブログを書いたりビデオの制作の携わったり、いろいろとやることが増えて大変、なのだそうだ。まだいろいろと手探りで、例えば記者にとっては常にデスクを通してから表に出してきていて、ツィッターのように誰の目を通さずに外とコミュニケーションを公の形で取るというのは初めてで、むしろひとりで炎上のリスクに立ち向かう百戦錬磨のブロガーのほうが経験があって慣れている、というご意見が面白かった。

私は、前にこのエントリーで書いたように、「広告でかせぐ新聞というビジネスモデル」が縮小した先に、「プロしか書けないような記事を書くためのプロ」をどうやって相当数確保するんだろう、という疑問をずっと持っている。私のイメージの中では、「プロの記者」と「アマチュアのブロガー」との最大の差が、特定の重要事項について、長期にわたってまとまった取材を行い、ウラを取り、一つのストーリーとしてまとめあげ、世に問うといった「investigative journalism」(日本語で何というのか不明ですみません)だと思っている。こういった仕事は、片手間でやっている素人では絶対できない。調べても無駄になるかもしれないリスクを取れなければならず、お金がかかり、普段からの蓄積も、身分の保証も必要だ。しかし一方で、素人ではできないからこそ、読者がお金を払う気にもなり、また政治や産業界における「監視役」としてのメディアの本来的な存在意義でもある。だからこそ、世界中で「記者」は身分を保証され、保護されている。プロのメディアの「付加価値の源泉」だし、だからこそプロのメディアがなくなってしまったら、民主主義社会がきちんと機能しなくなる、と思う。

こんなイメージは、ひょっとして、高校生のころ見て「ジャーナリスト」へのあこがれをかき立てた映画「大統領の陰謀」で、当時のロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンがカッコ良すぎたせいで、そう思い込んでいるだけかも、とも思っていたけれど、どうもそういうことではなさそう、と一昨日思った。ウォール・ストリート・ジャーナルでも、一面の記事となると、こうした手法で長期にわたって取材して書く記事が多いのだそうだ。

しかし、どうやら日本の企業はこういった取材のされ方に慣れていない、つまり日本のメディアはこうした取材方法はしないようだ、というお話だった。こうしたコストのかかる取材方法が、最近のビジネスモデル崩壊によってできなくなってしまったということなのか、以前からできていないのかはなんとも言えない。でも、今やっていないということは、この先ますますできないはず、ということでもある。

アメリカでも、旧型メディアの売上はどんどん減っていて、ウォール・ストリート・ジャーナルはその中で特殊な例だろう。しかし、お話を伺っていて、アメリカはそれでも、なんとかこうしたinvestigative journalismというのが、現在もそれができる人々がきちんと訓練され続けていて、将来的に規模は縮小するかもしれないけれど、社会の中できちんと役割を果たしていけるように思えた。しかし、日本はどうなのだろうか?とますます不安になっている。

メディアのビジネスモデルは、例えば新聞では従来から、購読と広告のコンビネーションだったわけで、ウェブ上でも、「無料+広告」一辺倒から徐々に購読の比重が増していき、最終的には別の形での「購読と広告のコンビネーション」で落ち着くのでは、と私は思っている。ミクロ経済的に言えば、メディア全体の「情報取得と配信の限界コスト」が、ウェブの登場によって「配信」部分が劇的に下がったために、単価も劇的に低下してきたワケだが、その価格がついに「限界コスト(変動費)」に限りなく近づいてきて、価格がついに下げ止まるような気がするのだ。メディアの経営者が、苦境を人のせいにせず、必要な企業統合や規模縮小をきちんとやり、新しいメディアへの対応をきちんとやることで、新しいビジネスモデルへの移行ができるような気が、以前よりもするようになった。

そんな中で、日本でも、メディア産業の給料が高いなら高くてもよいので、それに見合った、他の人ではできない仕事をちゃんとやってほしいな、と改めて思う。

wizardofcrowdswizardofcrowds 2010/07/11 17:01 investigative journalismは、日本語では、「調査報道」が一番近いかな、と。対義語ではないですが、「発表報道」という言葉があります。

Speechless in Silicon ValleySpeechless in Silicon Valley 2010/07/12 18:21 いや〜、岩谷さんと海部さんのトークおもしろかったっす!!いろいろ啓発されました。署名入りで記事を書くという米国の伝統は、自分の発言に責任を持つためだというのは、非常に深い言葉ですね。責任を背負って発言するから、どんなに立場がことなっても、議論が建設的になると思います。
新聞社の経営の模索に関してですが、Washington Post (大統領の陰謀のモデル) やReuters などは教育の分野の多角化に乗り出していますね。両社とも 法律の教育の大手として競合しているようです。Washington Postは PMBRというBar Prepを買収していますし、Reuters はもっと大きいBarBri/BarPasserを買収しています。やはり言論の自由とか法治国家というのがジャーナリズムの価値の源泉であるとすれば、新聞社がこちらの方向に進むというのも make sense という気がします。岩谷さんも法律のバックグランドがあるんですよね。

shimattaxshimattax 2010/07/13 07:28 新聞を読まない新聞批判者がはびこってますね。それがネットででかい声を出してます。読みもしないで。読売,朝日の紙面をお読みください。専門記者が育ってます。米国の新聞に遜色ないと思いますよ。そういう記者の書いた記事はネットには出ないのが大部分ですが。

slimslim 2010/07/13 08:29 揚げ足取り専門の偏向報道ばかりな記者なら、日本にもたくさんいます。Yellow journalism 全盛です。これからバタバタと事業縮小・人員整理へと向かうでしょう。自業自得ですが。

お気づきかと思いますがお気づきかと思いますが 2010/07/16 02:09 日本はどうなのか?っていうのは、どういった対象なのか?にもよるんじゃないですかね?

こと政治に関しては洗脳メディアですよ、日本のメディアは。

経済大国っていう言葉と米国の報道のあり方、海外に出ると分かると思いますが、気持ち悪いほどに偏ってます。