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Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-05-03 カイザーの話、追記

[][] カイザーの話、追記 11:16

昨日は、私の体験を思わずTwitterでつぶやいたら、日本の現役のお医者様から「詳しく」とご希望をいただいたのでまとめて書いただけなのだが、意外に多くの方に読んでいただいた。ざーっと飛ばし書きしたため、かなり重要な事項を書き忘れたので、ちょっと追記しておく。

カイザーのビジネスモデルの最大の弱点は「スケーラブルでない」という点。大規模な自前の医療設備を持たないといけないので、面的に展開することができない。カリフォルニアにはかなり数は多いが、それでも一番近い拠点が自宅から30分以内ぐらいにないと不安であり、その設備を緻密に張り巡らすのはいくらなんでも無理だ。

似たようなモデルを目指す「ネットワーク参加型」で、個別の医院や病院をロールアップしているケースもあるが、個々の病院の方針などを尊重してルースにやっていては、カイザーほどの徹底したIT化や収益モデルはできないように思う。

この弱点があるため、広い範囲に従業員が散らばっている大企業の「法人契約」を取るのが難しいのではないかと思う。そのため、顧客は「地元密着」ローカルビジネス、私のような自営業者や個人契約に限られているように見える。はっきり言って、カイザーに来ているのはスペイン語系の方など、マイノリティやブルーカラーっぽい人が多い。それで最初のうちはやや不安だった。今でも、難しい病気にかかったらどうだろうか、というのはなんともいえない。

ただ、日常のものもらいや風邪や定期健診に関しては、むしろ利便性のほうが優っているので困っていない。子供が頭を打って怪我をして、MRIをやってもco-payの50ドル均一で済む(普通なら2000ドル以上で、それを保険で払戻してもらうのにえらい苦労したりする)、というのはめちゃめちゃありがたい。そして、だからこそ貧乏人の患者が多いのかもしれないし、だからカイザーを嫌いと思う人もいるだろう。

もう一つの点だが、カイザーは別にIT化のためにこのようなモデルになったのではなく、もともと成り立ちからして「会費制病院」(船員組合の病院が発祥だったと記憶)という形態だったので、IT化のインセンティブが強かった。どこまで行っても、しっぽが犬を振り回すことはできない。IT事業者側がいくら騒いでも、本業のビジネスモデルから発する強い「IT化インセンティブ」がないとコトは進まない。強調したかったのは、この点である。いくら回線の速度を上げても、立派なITシステムを提案しても、肝心の本業がそれを必要としていない人には必要ないのである。

なお、「ウェブ対応はコンピューター・リテラシーの低い人にはかえって面倒?」というコメントをいただいたが、患者とのインターフェースは基本は普通の病院と全く同じ。注意事項はプリントアウトして紙で渡すし、電話でのアポイントもあり、ただウェブを使いたい人にはそのオプションもある、ということである。

2010-05-02 カイザーの電子医療システム雑感

[][] カイザーの電子医療システム雑感 11:39

昨日(土曜日)、息子がものもらいを発症した。目薬を買ってきてつけさせたが、今日になってますますひどくなったので、医者に相談することにした。しかし、日曜日なので通常の外来はお休みである。どうするか。

我が家は、Kaiser Permanenteという医療サービスに加入している。アメリカの中でもあまり他にはない仕組みだが、「医療サービス」(病院・外来・検査機関すべて含む)と「医療保険」を両方兼ね備えたシステムで、カリフォルニア州内にいくつか拠点を持っている。月々、通常の「保険料」に該当する「会費」を払っている。

カイザーで診療を受けるときは、電話またはウェブから予約を申込む。緊急でないものは、ウェブから予約するのが便利。会員番号でログインし、担当医師の空き時間がウェブに表示されるので好きな時間を選んで予約する。変更やキャンセルもウェブでできる。

今日のように、すぐになんとかしたい場合には電話する。受付番号に電話すると、症状を聞いてトリアージ的に振り分け、「電話コンサルテーション」か、「予約」か、通常の診療時間以外であれば「救急外来に行け」と言うか、フレキシブルに対応する。その場でnurse practitionerが出て話をする場合もあり、また本当ならば医者に相談したいが、今日のように週末で診療が休みの場合や、遠隔地にいて具合が悪くなった場合には、「医者に電話相談アポイントをしますか?」と聞かれる。そうすると、その日の担当医師の空き時間に電話コンサルの予約をしてくれて、指定の電話番号に医師から電話がかかってくる。

今日の場合は、症状を聞いて、目薬を処方してくれた。カイザーには薬局もあるので、医師は(おそらく)自宅から薬局に電子処方箋を出す。私は、薬局が開いている時間に、薬局に行ってその薬を受け取る。この一連のやりとりに、特別にお金を払う必要はない。月々払っている「会費」の中で処理できるからだ。

明日まで待って、学校を休んで医者に連れて行かなくてもよい。救急に高いお金を払わなくてもよい。本当に便利である。

これが、カイザー以外の通常の医療機関だとこうは行かない。保険会社と医師は別々。医師は診療内容を保険会社に連絡して保険支払を受けるのだが、保険会社はなるべく払いたくない、医師はなるべくたくさん払って欲しいので、この間の丁々発止が大変で、時間も手間もかかる。無駄なオーバーヘッドも多い。診療しなければ報酬が発生しないので、今回のような電話コンサルをやろうと思ったら、別料金をチャージしなければならないが、それで保険金を受取るのが難しいので、その場での電話コンサルはなかなかやってくれない。個人の医院で休みの日まで完全にカバーできる体制をつくるというのも大変なことだ。

しかも、米国でも医師の「IT文盲率」は高く、特に年配の医師の間ではパソコンにカルテを入力するという作業すら拒否する傾向が強い。医師は医療行為が「お金を生み出す行為」であり、それ以外の「パソコンの使い方」などを習得する時間をかけたくないので徹底的に避ける。保険が民間ベースで多くの保険会社があって細分化していることもあり、米国の電子カルテ化は本当に遅れている。他にもあらゆるゴチャゴチャが多く、話を聞けば聞くほど「カオス」であり、どこから手をつければいいのか途方にくれるような状態。オバマの医療改革の一環でこれをなんとかしようと補助金を出している。

なので、カイザーの仕組みはアメリカの中では画期的である。診療ごとにco-payという一回ごとのお金(一定)を払うか、またはdeductible方式(年間累積一定額までは自己負担、その後は保険でカバー)をとるか、選ぶことができるのは通常の医療保険と一緒。なので、ユーザー側の感覚としては普通の保険なのだが、仕組み全体としては「会費制の病院」と考えた方が当たっている。一回ごとのcopayは安く、とても医師の診療コストをまかなうほどではないので、カイザー側としては、基本的には極力医師に会わないで済ませ、コストを抑制するというインセンティブが働く。このため、内部の仕組みは徹底的に電子化・自動化し、電話コンサルや医師との電子メールでの相談を活用し、ウェブを使って患者が「セルフサービス」でなんでもできるようにする。その代わり、ウェブでも電話でも、365日24時間体制で対応してくれる。カイザーの病院には通常の診療科目が全部揃い、入院も検査も外来もここですべて済ませられる。どうしてもカイザー内で対応できない場合は、他の機関に紹介される。検査の結果も過去の履歴もすべてウェブで見られる。処方箋のリフィルはウェブで注文し、郵便で送ってくれる。

我が家でも、以前はカイザーでなく普通の保険と医師だったので、このあまりの利便性の違いに愕然とする。しかし、それでもカイザーの仕組みというのは全米の中でもごく少数派。現在は、個別のクリニックや病院が統合され、カイザー的な仕組みを備えられるようにする動きもあるが、まだまだである。

当地でも、ブロードバンドというと通信屋はすぐ「高精細画像で遠隔医療」などと言う。でも、その前に電話コンサルや電子カルテすらできない「仕組み」を変えないと、遠隔利用などできるワケがない。その仕組みは、上記のような「医療」と「保険」の細分化状況や「医者のIT文盲」に加え、患者側も「マスプロ的なカイザーはイヤ」とか「地元の顔見知りの医師でないとイヤ」といった、生活習慣レベルの意識というのも根強い。そんなこんなを引っくり返さない限り、遠隔医療なんぞできない、とつくづく思う。回線速度の問題ではないのである。

YanYan 2010/05/02 19:34 会費の金額・コンサルの誤診、初動ミス・それに伴う免責事項・扱う病気の種類など気になるポイントは多いですが面白いシステムですね。

yamayama 2010/05/02 22:09 The Economistに記事があって、なるほど優れた仕組みだと思ったのですが、実体験のレポートでさらに理解が深まりました。
http://www.economist.com/business-finance/displaystory.cfm?story_id=16009167

just a readerjust a reader 2010/05/04 16:48 年配の医師がパソコン習得をしたがらないのは、自分がよく勉強し優れた方の人であるという認識をもっているからだと思います。自分がすぐにわかる(見通せる)テクノロジーは積極的に使いますが、すぐにわからないということが自尊心を傷つけます。新しいものが好きな医師はなんでもやってみる方もいます。私もまたよく勉強したほうだろうと自覚することがありますが、それなのにすぐにわからないことは抵抗を感じます。

TakaTaka 2010/05/07 15:56 自分ではかなりITリテラシーが高いと思っている医師ですが、これまでのところ使えると思う電子カルテシステムに出会っていません。特にイラストなどの入力(かなり多いです)が非常にしにくい。また患者さんと話を進めながら入力するのに、紙であれば患者さんと自分の間に置けば、話を聞きながら、顔を見ながら書けますが、コンピューターでは隣に置いて姿勢を変えるか、スクリーンで間を遮るかされてしまいます(患者さんの評判が非常に悪い)。また検査データも測定機械(=病院)によってかなりばらつき(基準値)が異なり、簡単に持ち運びできる物ではありませんし、画像データも検査の種類によっては簡単に1GBを超えます。もちろん、いつかは使えるハードとソフトが出てくると思いますが。オフィス、家で使うにはコンピューターは充分に進化してきたと思いますが、医療現場にはまだ物足りないように思います。