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Tech Mom from Silicon Valley このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-12-30 シリコンバレーにおける「ユートピア主義」の大切さ

[][] シリコンバレーにおける「ユートピア主義」の大切さ 08:55

瀧口範子さんの記事に生越さんが噛み付いている。

no title

昔からそうだし、そうあるべきだよ

この批判は半分しか当たっていないように思う。

確かにベンチャー経営者の最重要課題は資金の調達と管理だし、「事業のアイディア」という、単位が小さすぎ不定型すぎて売り物にならないモノを「会社」というある程度の大きさの箱に入れて固定化し、金融商品として流通させるのがベンチャー・ファイナンスであることも間違いない。

でも一方で、シリコンバレーには深く根付いた「ユートピア的理想主義」の文化があり、この「地域的気分」に合わない企業は周囲の支持を得づらいという面もある。支持を得て人気の出た会社には、よい人が集まってくるし、資金も調達しやすくなり、地元プレスからもよい評価を得て、ユーザーも集めやすくなる、という好循環にはいって、地位を確立することができる。この地の歴史から来る、「ゴールドラッシュ一攫千金気質」と「ヒッピーのメッカとしてのユートピア主義」とうい二つの相反する文化がアウフヘーベンしちゃっているのがシリコンバレーなのだ。金儲けだけなら、今なら例えば中国のほうが有望なのかもしれないが、今でもシリコンバレーが「ベンチャーの聖地」として世界に冠たる地位を保っていられるのは、このユートピア主義文化が根強くあるからなのだ。

「ユートピア主義」の要素はいくつもあるが、主要なものを挙げると(1)「世界をよくする」という志、ユニバーサルな価値( プレゼンだけじゃない、世界進出の心得「何の問題を解決するのか」 - Tech Mom from Silicon Valleyを参照)、(2)技術がすごい、(3)独創的である、といったところか。

生越さんの記事にまさに言われているように、日本ではこういうことを「きれいごと」と呼び、「カネがすべてじゃぁ」という体育会系金儲け根性論のほうがウケがいいような傾向がある。でも、シリコンバレーでは「カネごと」だけでは足りず、「きれいごと」要素もすべて兼ね備えていないと成功できないという、さらに厳しい競争がある。そんなこと出来るわけない、と言われるかもしれないが、人間だれしも「仕事と家庭」とか「夢と現実」とかのせめぎあいをなんとかやりくりしているように、ベンチャーでも常にその両方の面をなんとかバランスしている。

そして、膨大な数のベンチャーの中から、たまに全部の要素を兼ね備えて大成功する企業が出る。大変なことだから、そんな成功例は何年かに一度しか出ないけれど、それでもちゃんといくつも成功例があるから、ユートピア主義は廃れない。「ユートピア主義は鼻につくが、カネが魅力だからこの地に来る」という人もいるけれど、何年かごとにやってくる不況でそういう人はだいたい自ら離れていくというセルフセレクションの仕組みもある。

瀧口さんがここで挙げているような、上場のために従業員との約束を反故にするというのは、一番大事な(1)に反するとして「ユートピア主義」でのイメージを損ない、地元の人気に悪影響を及ぼす。資金と並んで「人」の調達が極めて重要なこの地では、実質的にもそんなことしたらよい人が離反しちゃうのでは、という懸念もある。投資家と従業員の利害のせめぎあいで、考えた末にこうやったんだろうけどね。

瀧口さん自身も、長くシリコンバレーに住んで「ユートピア主義」が染み付いているだろうし、またベンチャーの成功要素としてこれが重要ということがわかっているから、「それは違うんじゃないか」と言いたかったのではないか。一般読者にわかりやすいように使った「金融商品に見える」という言い方が誤解を招いたかもしれないけれど、ココロはそういうことだと思う。

今年IPOしたIT・ウェブ系有名企業でいうと、もともとグルーポンとジンガは「ユートピア3要素」面がやや弱く、特にグルーポンは地元企業でないこともあり、シリコンバレー雀の間での人気はいまいち。一方、インターネットラジオのパンドラは全くその反対の極で、「カネ儲け」は下手だが「ユートピア3要素」面で地元の支持が強く、何度も潰れかけてはなんとか生き残ってきた。

そして、来年のIPOで期待の大きいフェースブックは「大成功例」として長く生き残ることができるかどうか。「カネごと」面と「ユートピア」面の両方で、まだ少々不安を抱えているようだが、そろそろ次の大成功例が出てくれないと困る、という気分が当地に蔓延していることもまた間違いない。

2011-11-09 コーポレート・ガバナンスも結局は「人とソーシャル・ネットワーク」

[] コーポレート・ガバナンスも結局は「人とソーシャル・ネットワーク」? 11:15

オリンパスの件は、野次馬根性でずっと追ってきた。押っ取り刀で日本の警察やメディアも動き出したようで、「better late than never」でこれから頑張っていただきたい。

その中で、こんな話が・・・

no title

この元某国内大手証券会社幹部氏が、「みなさん、こーゆーふうにやっていらっしゃいますよ」と助言したのかな?他にも似たような話が転がっているのかな?などと疑ってしまう。さて、真相はどうなのだろうか?

それで思い出したのが、昨年私の手元に届いた分厚いパンフレット。我が母校スタンフォード・ビジネススクールを出ると、このぐらいの歳になると大企業の経営者とか取締役になる人々が多いわけで、そういう方々のための「企業取締役のためのコーポレート・ガバナンス講座」なるモノのご案内であった。超絶なお値段で、超高級リゾートで宿泊して、このお値段払えない雑魚はそもそも来ちゃいけないというシロモノだ。(もちろん単に歳をとっただけの泡沫自営業者である私の場合はリサイクルごみに直行。)で、こういうところに行くと、錚々たるアメリカ(や国際)企業の取締役の皆様方がお互いに親しくなって、情報交換などをできるようになるという仕掛けだ。

講座でお勉強するというよりは、今回の某元証券会社幹部が疑われているようなことをすると、「こういった仲間の中でバカにされる、信用されなくなる」というピアプレッシャーが、実はけっこう抑止力になるのかなぁ??などと、ふと思ったわけだ。

今回の件で、コーポレート・ガバナンスとか社外取締役とか経営の透明性とかが、またぞろメディアを賑わすと思うが、結局は「仕組み」というハコも必要ながら、中身である「人」と、そのつながりというのが実は力を発揮するのかも、などとふと感じた。

私もアメリカ企業の取締役会の実態というのを知っているわけではないが、この本で少々垣間見たHPの話も思い出した。

「お天道様」じゃなくて「グーグル様はいつも見ている」という、内ゲバHPへの教訓 - Tech Mom from Silicon Valley

YukiYuki 2011/11/11 11:58 ここにも名指しでいろいろ詳しく書かれています。
http://www.nytimes.com/2011/10/25/business/global/acquisitions-at-olympus-scrutinized.html

2011-10-19 プレゼンだけじゃない、世界進出の心得「何の問題を解決するのか」

[] プレゼンだけじゃない、世界進出の心得「何の問題を解決するのか」 15:14

地元の友人でもある起業家、柴田尚樹さんが、テッククランチに寄稿している。とてもよい記事なのでぜひ読んでほしい。

シリコンバレーで起業した日本人が語るスタートアップガイド――受け入れられる投資家へのプレゼンとは | TechCrunch Japan

彼は「プレゼン」の話として書いているが、実は「プレゼン=見せ方」だけの話ではなく、また「ベンチャー」だけでなくどんな事業でも、そもそものスピリットというか、ミッションというか、そういったところからこの順番を心に置き、特に「何の問題を解決したいのか」にフォーカスしていないと、結局はユーザーに受け入れてもらえないし、成功もできないだろうなと思う。

地震以降、日本の将来に不安を持つ若い人が増えたせいなのか、この夏は「シリコンバレーに進出したい」という人が日本からずいぶんたくさんやってきた。それ自体はいいことだが、「事業をこちらで展開」という話になると、この「スピリット」の部分が私が聞いてもなんだかよくわからないことも多い。自分が面白いことをやりたい、儲けたいのは結構だが、こちらのユーザーから見て「ああ、自分のこういう問題を解決してくれるのね」ということがわからなければ「ふーん」で終わりだ。

例えば、柴田さんの古巣である楽天。三木谷さんにはなんとかグローバルに成功してほしいとずっと思っているのだが、英語の会社紹介ウェブページにある「Mission Statement」にこんなふうに書いてあるのがずっと気になっている。

Our Goal is to become the No. 1 Internet Service in the World

これが社内のスローガンなら話はわかるんだけど、特に楽天に思い入れもない、外部のユーザーや業界関係者から見たら「So what?まぁがんばってね。」で終わってしまう。共感は得られない。

日本であれだけ成功しているのだから、必ず何かしら、スピリットがあり、実際になんらかの問題を解決しており、多くの人が共感するユニバーサルな価値を提供しているはずだと思う。それを恥ずかしがらずにどんと表に出せばいいと思うのに。そもそもそこを考えていなければ、表面だけつくろっても長続きしないが、たとえあっても、日本的な阿吽の呼吸が通用しないところでは、ちゃんと煮詰めてエッセンスにして、わかりやすく表現しないと、わかってもらえない。

一方、例えば任天堂Wiiが提供する価値は、アメリカ人にも非常にわかりやすい。「ゲーム好きの子供とそれを嫌う大人の間の溝を解消する」というものだった。子供だけが楽しむのでもなく、親が押し付けて子供がガマンしてつきあってやるのでもなく、みんなが一緒に楽しむ時間という、ユニバーサルな価値を提供していた。トヨタのプリウスも、「環境に優しいけれど、ガマン車ではないステータス」という価値を提供していた。最近の日本企業のアメリカでの大きな成功例としては、この2つがまず思いつくが、他に何かあったら教えてほしい。

ベンチャーでも大企業でも、ユーザーから見て「何の問題を解決してくれるのか」という、ユニバーサルな価値を中心に据えて事業を構築すること、それをユーザーや協力者(投資家・提携先・販売チャンネルなど)にわかりやすく提示すること、そしてそれを実現するために頑張ること。経営の中では当たり前の話なのだけど、「そんなキレイゴトを言っていたら儲からない」ということで儲けのテクニックにばかり心を奪われたり、「日本型パラダイス社会主義」*1の中で「雇用を守るための現状維持」がお客様よりも優先事項というメンタリティが染み付いたりしがちだ。

当地に進出したいベンチャーだったら、資金調達や法務のテクニックもある程度知らないと困るが、いざとなれば専門家が助けてくれる。それよりも起業家本人は、自分しかできない、ユーザーや関係者が共感して応援してくれるような「価値」を、研ぎ澄ますところから、すべてが始まる、と思う。

*1:この話はまた近々別に書きます。

2011-08-14 (少なくとも当分は)誰も自動車産業の代わりになれない理由

[][] (少なくとも当分は)誰も自動車産業の代わりになれない理由 11:44

車を修理に持って行き、待っている間、つらつら考えた。

修理工場でツナギを着たメカニックを見るとなんとなくほっとする。自分が自動車会社に勤めたことがあって、自分もあれを着て仕事したことがあって、見慣れた姿だからなんだろうけれど、それだけでなく、古き良き時代のまじめな庶民の正しい姿の象徴、のような懐かしさを覚える。

シリコンバレーはいいところだけれど、「高学歴職業」でない限り生活は苦しい。古き良き時代には、日本でもアメリカでも、高校を出て自動車修理の技能を身につけたり、自動車会社で働いたりすれば、まともな生活ができた。「中流の崩壊」に関しては、しばしばこうした「雇用」の観点から語られるが、きっと本当はお金の話だけではない。

いまどきのブルーカラー的な仕事、例えば介護の仕事を考えたらどうだろう。たとえ何かの仕組みが変わって介護の給料が高くなったとしても、自動車のように、暴走族あがりのにいちゃんでも「ワクワクして働ける」職場であるとは思えない。ゲーム産業や流通産業でもイマイチだ。自動車というもののもつ、あの圧倒的な魅力にかなうほどの産業は他にはない。

本田宗一郎さんは、あのオイルの匂いが好きで好きで、幼い頃、めったに自動車を見かけない郷里の田舎にたまたまやってきた自動車を、どこまでも追いかけていったそうだ。特に男の子なら、そんな自動車に関わる仕事をしているだけで楽しい、と思う人は多いだろう。毎日自動車をいじっているメカニックの人たちは幸せそうだった。工場の仕事はきついが、工場の人たちはみんな優しかった。暴走族あがりのにいちゃんたちも、ホンダの工場に喜んで働きに来た。

もちろんどの産業でも、皆誇りをもって仕事をしている。そもそも、仕事とは、最初は乗り気じゃなくても、やりだして少しわかってくると面白くてハマる、というものだと思っている。でも自動車は、そういうのとちょっと違う。外から見ても魅力がわかりやすく、「ブルーカラー」的な職種でさえも、不思議なパッションを喚起する。しかも、あれだけたくさんの雇用を生み出してくれる。世界の大メインストリーム産業で働く、という誇りもあった。

でも今や、環境配慮のために自動車は「ワルモノ」になってしまい、若者は自動車離れし、工場は大幅にオフショアしてしまった。素直に、カッコいい自動車にあこがれる時代ではなくなってしまった。

「暴走族」やその予備軍的なにいちゃんたちでも、わかりやすく、パッションをもって働ける。カネもらってるからイヤイヤとか、誰かに強制されてとかではなく、扱うモノが大好きだから、自らすすんで、訓練を受けてがんばろうと思える、そして頑張れば自分でも手が届く、そんな仕事。先進国では、そういう自動車の職場が減ってしまった。たとえ自動車の職場があっても、逆に若者が「パッション」を持てる対象ではなくなってしまった。

アメリカでも、「若者の自動車離れ」は実感として感じられるようになっている。

「いま」を見つけよう

まぁ、昔を懐かしんでいても仕方ない。いつの日か、またそういった「スター産業」が誕生するのを夢見て、とりあえず私は本日の締切原稿を粛々と書くことにする。

totoron777totoron777 2011/08/14 23:28 おっしゃる通りですね。
自動車には五感の全てを刺激する要素があり、そして動かないものの塊が活力をもって動いていくという喜びがある。
しかし、そのようなものが福祉やITには不足している。むしろ人間相手の福祉は、おおよそ生命をもったものが失われていくのを見守るという立場。
自動車のような産業、他にはなかなかないでしょうね。

2011-08-07 ネット対応テレビでの「ガラパゴス」不安

[][][] ネット対応テレビでの「ガラパゴス」不安 15:10

日本では、民放の合弁でネットで番組を個別課金で配信、という話が出ている。ネット上での評判をざっと見ると「ダメに決まっている」、または「最初からガン無視」ということのようだ。私としては、「それでもゼロじゃなくて半歩を踏み出したことを評価すべきか、下記のようにかえってみんなに迷惑をかけることになりそうなのでdisるべきか」悩んでいる。

映像のネット配信は、それこそ90年代の最初のネットバブルの頃から、日本でもアメリカでもその他の国でも、いろんな人がいろいろなものを試していて、「成功例」というのはとても少なくて、それはクリエイティブに考えないとダメなのだけれど、少なくとも「こうすれば必ず失敗する」という経験値は膨大に積み上がっている。それと照らしても、これが成功するとはどうも思えない。

可哀想なのは、このプランに対応したテレビを作らされる家電メーカーである。ただでさえ、世界的には長期的かつ壮大なシェア争いで刀折れ矢尽きて、地上波デジタルで引っ掻き回されて、日立はテレビから撤退とかいう話が出ているところ。それなのに、日本の民放5社の「ガラパゴス」計画、それも前の携帯のときは日本国内で大成功したのでまだよかったが、今回は成功確率激低のものに、貴重な投資を割かなければいけない、というのはいくらなんでもと思ってしまう。私が読んだ記事では、具体的にどのような技術を搭載するのかわからないので、以下は「独自技術またはインターフェース」を作りこまなければいけない、ということだと仮定している。

さて、アメリカの数少ない成功例の一つが、前回エントリーでもちょっと触れたネットフリックス。

で、彼らが郵送によるオンラインDVDレンタルをやっていた頃は、「提携先」としてソニーや東芝などのDVDプレイヤー・メーカーの名前がよく出ていた。提携といっても、単にDVDなので、どちらかというと「営業提携」という感じだった。

ところが、彼らが2007年からストリーミング配信を始めてから、ユーザーの目から見てもはっきりわかるほど、日本メーカーは出遅れてしまった。

(プレスリリースベースで)2008年になってそれぞれ最初にネットフリックスのストリーミングに対応したのが、テレビはLG、OTTボックス(ネット動画をテレビで視聴するための専用機器)はRoku、ゲームコンソールはXboxと、いずれもアメリカや韓国のメーカー。その後次々と提携が発表されたが、日本勢がようやく追いついたのは、ソニーがテレビ・ブルーレイ・ゲームコンソールで対応すると2009年終わり頃に発表したときで、最初のLGの発表から2年近く遅れている。東芝やパナソニックなどは「その他大勢」扱いで、翌年のCES(家電見本市)でまとめて発表されている。

その後、例えば今年のCESでの「ワンクリック・リモート」(テレビなどのリモートに「Netflix」ボタンをつけたもの)の発表では、これらの日本勢も、LGやハイアールなどと一緒に含まれている。

たとえ日本でネット動画が遅々として進まないとしても、日本勢各社にとってアメリカは重要な市場なのだから、こうした動きにはそれなりについていくはずなのだが、これは「日本メーカーが情報戦に負けている、またはアメリカ市場を後回しにしている」ということなのか、「ネットフリックスから見て、最初に話を持っていくのはLGとかになって日本勢は後回し」ということなのか、などと考えるが、外から見ているとどうも「all of the above」のような気がしてしまう。ちなみに、これはネットフリックスだけの話ではなく、その他の動きも含めた「ネットTV」全体に関して言える話だ。(だからこそ、GoogleTVでは頑張って巻き返し、ソニーと東芝が動いたのだが、GoogleTVが派手にコケてしまい、両社はこれまた大迷惑を蒙った、というなんとも気の毒な話がこれに続く。)

動きについていくには、それなりに人を張りつけて情報収集や水面下の交渉をしなければならず、全く新しいモノを作るにはリスキーな先行投資がいる。いずれも先立つものが必要なので、それだけの投資をする余力が日本メーカーにない、というのが根本原因のような気がする。で、おそらく皆様もそれはわかっておられて、最近になってシリコンバレーにこれら家電メーカーを含め、日本人が戻ってきている様子がある。

そこに、失敗確率が非常に高い(失礼!)民放プランなどに足を引っ張られるというのは、今度はネットTVで「ガラパゴス化」を促進して、家電メーカーはますます体力を失い、裾野産業はますます弱まり、日本の国際競争力はますます落ち、失業はますます増え・・という迷惑スパイラルにはいりそうな気がしてしまう。

民放も、ネット配信を試すのは大いにいいけれど、ぜひ、メーカーがつくった対応機器が世界でも使えるような「国際標準的」な技術でやってほしいと思う。

一つの対応策としては、「日本は家電メーカーもテレビ局も数が多すぎなので、企業統合・部門売却とかをして長期投資ができる体力をまずつけるべし」というのが私の持論である。

・・とはいえ、もしかしてこれでさらにメーカーを追い詰め、本当ならやりたくない「統合」に向かわせよう、という、誰かの「孔明の罠」かもしれない、などと考えたりもするが。

ちなみに、アメリカでのテレビ周辺の「壮絶な混戦」については、下記の日経ビジネスオンライン記事を参照してほしい。

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