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2012-05-11 「コンプガチャ問題」に見る新興勢力の危機管理と矜持

[][] 「コンプガチャ問題」に見る新興勢力の危機管理と矜持 14:12

今週は出張していたので、例のソーシャルゲームおよびコンプガチャに関する件はROMしていただけだったが、遅ればせながら私の考えを一応まとめておきたい。

ソーシャルゲーム各社を叩く論調が多いが、ベンチャーの芽を次々と摘み取る役所への不満の話なども聞こえてくる。

私個人としては、グリーやDeNAを「人格攻撃」ならぬ「社格攻撃」をする気はない。せっかくベンチャーからここまで頑張ってきたのだし、世界で戦おうとやり始めているところで、ここで踏ん張ってほしいと思っている。遅きに失したが、それでもbetter late than neverで、かろうじて事前に自主規制したことはよかったと思う。

ベンチャーが出発するときには、既存のシステムに挑戦するがために、法律的にはグレーだったり網の目だったりするところを通るのもある程度仕方ない。グーグルだってフェースブックだって、今でもプライバシー問題などで、年がら年中戦っている。私が昔いたベンチャーも、結局潰れてしまったが、まーいろいろあったので、今でも外部の人は悪名の部分しか覚えていないだろう。

そして、そういう新興勢力をけしからんから潰そうという人たちがたくさんいるのは所与である。過去のリクルートやライブドアの件を見てもわかる。「だって、役所がー」と泣き言を言っても始まらない。過去から教訓を学ばなければいけない。

そして、一方では儲けなければいけない、という点もこれまた仕方ない。

何が正しいとか正義とかは相対的なものだ。線の引き方は人によりけりだし、なんとでも言える。ただ、この一連の事件を通して、ベンチャーが陥りがちな穴と、その危機管理対策というのも見える。

ぶっちゃけた言い方をすれば、そういった敵に負けないぐらいの「味方」勢力を作っておけばよい。やり方はいろいろあるが、王道は「お客さん」を味方につけることで、このお客さんがメインストリームに十分な数存在し、その人達が「このプロダクトがなくなったら困る」と心から支持してくれるようになれば、メディアもサポートするようになり、そう簡単には潰されなくなる。

以前のエントリーで、フェースブックに関する本の書評を書いたが、その中でザッカーバーグがマイスペースを評して言った引用がある。

「そこがシリコンバレーの会社とロサンゼルスの会社の違いだ。われわれはずっと長く使われるサービスをつくる。この(マイスペースの)連中は何ひとつわかっちゃいない」

理念がなければ成功できない - 「フェースブック 若き天才の野望」 - Tech Mom from Silicon Valley

マイスペースは、早くから広告による換金化を目指して、この頃にはかなり「ユーザー優先よりも金儲け指向」に陥っていた。フェースブックだって、いろいろ叩かれる材料もありながら、一方では「アラブの春はフェースブックが起こした」と言われるほど、(少なくともアメリカの世論やメディアから見て)社会的役割を果たしている。「高値どまりしているものをもっと安く広い範囲の人々に」だったり、「言論の透明化」だったりなど、多くのメインストリームの人の共感を得られる理念を新興勢力側が提供することができれば、その見えない力を援軍として戦うことができる。

日本のソーシャルゲーム各社が、メディアで問題が出だした頃から早めに自主規制する一方、「自分たちはこれだけ世の中の役に立っている」ということを胸を張って言えたらよかったのに、と思う。しかし、「法律に違反してない」だけでは言い訳に聞こえるし、たとえ議論でねじ伏せても、それを聞いている人たちが感情面でも納得しなければ味方にはなってくれない。現在のお客さんはどうやら、いわゆる「メインストリーム」ではなく、かなり大きいながら「ニッチ」な存在。結局は役所や古いマスコミだけでなく、ネット世論でも支持されず、援軍はどこからも来なかった。「味方」のアセスメントを見誤ったといえるだろう。

「役所やマスコミの圧力に対する危機管理」というと功利的に聞こえるが、みんなはバカじゃないので付け焼刃ではダメ。儲かったお金を震災対策に寄付するとかいう一時的な話ではなく、本業における自分たちの強みを活かして、どうやって社会に役立てていくか、ということを本気でやらないと、短期的には儲かるかもしれないが、長期的に生き残ることは難しい。

シリコンバレーはそういう文化があり、日本ではそんなキレイゴトをバカにする傾向がある。でも、日本でもホンダやソニーやソフトバンクは、それなりのキレイゴトを本気で心に持ってやってきている(かつ、うまくそれを外に対してもアピールしている)と思う。薬品ネット販売の件も、必ずしも直接のお客さんではないメインストリームの人々が、「理念」の部分で新興勢力の味方になった例だと思う。

日本のモバイルゲームのリーダー各社は、世界の同業者からお手本として見られる存在でもあり、もうベンチャーではなく立派な大企業である。日本のモバイル通信業界の将来のためにも、矜持をもって、長期的な発展のできる方向に行ってほしいと思う。

タッチペン店長タッチペン店長 2012/05/29 04:01 問題があるとすれば、株価の低下が定番化している点。
東証1部へ行ったklabでさえ最安値に行きました。
コナミなどの旧大手も難しい状態。回復まで待たなければいけないと思う。

2012-04-18 ノマドという言霊ハイプを煽る

[][] ノマドという言霊ハイプを煽る 17:38

相変わらず、ネット界隈では「ノマド」ブームを揶揄する動きが続いている。

安藤美冬とかいう新たな勝間和代の襲来: やまもといちろうBLOG(ブログ)

だけど、私はいっそ「ノマド」も、こういった、なんとはなしの現象に名称を付与することで流行を作り出す「言霊ハイプ」にしちゃってもいいのでは、と思っている。

世の中には、メディアのハイプとか◯通的な仕組みのフィルターを通じてしか、新しい現象を理解できない人々が実に多く(どこにでもいるが日本国にはとても多い)、時にそういう人達のフィルターを通すために犠牲を覚悟で「言霊ハイプ」の力を借りるのもアリと思う。「ガラパゴス」*1とか「イクメン」なんかも言霊ハイプからお偉い方々の脳にも投影されて、それなりに世の中の気分に一定の影響を与えたと思う。

ノマドに関して言霊ハイプが必要と思う理由は、以前にもこのブログに書いた、「ノマド(あるいはフリーランス)」を雇うクライアント企業側の人々に、「あー、いまどきはそういうのもアリかもね」という気分を醸成してもらいたいからだ。特に、プロフェッショナルな分野でのフリーランス契約が広がるほうが、いろいろと世の中が良くなるのでは、と思うのだ。

ノマドというコインの裏側、「クライアントの存在」 - Tech Mom from Silicon Valley

ノマドという用語が合っているかどうかはわからないが、「フリーランスのプロ」という働き方は子育て中の女性には何かと利点が多い。女性本人がそうなってもいいし、女性が正規雇用でパートナーである男性がそうであるのもよい。どちらかがフリーランスだと、いろいろな意味で融通がきき、物事がいろいろとやりやすくなる。

たまたま、今日「小町」を読んでいて、転勤族の男性が共働き指向の女性と出会いたいのだが無理だろうか、という相談があり、これに答えている女性の大半が「ムリムリ」「そんなに何度も転職できない」と言っているのを見て、その昔会社に勤めていた頃のことを思い出した。同期の総合職女性が辞める決断をしなければならなかったのは、結婚でも出産でもなく、「パートナーの転勤」のとき、というのが一番多かった。一期下の世代では、女性の海外駐在も可能になったが、実際にそれができたのは、独身を貫いた人と、パートナーが「芸術家」だった人だけだ。

働く女性の最大の敵は、世上言われるような「保育園不足」よりも、「転勤」ではないか、と改めて思う。

その昔盛んだった日本型終身雇用の中で、大企業では転勤(海外含む)がもれなくついてきて、その対策として「専業主婦」という仕組みが必要で、そのために年金とか保険とか手当とか控除とかいろいろくっついていて、企業のほうでも高卒や短大卒の「専業主婦」候補を、男性社員のために用意してあげていた。そもそも、そういったインフラで長期雇用を支えているから成り立っていた終身雇用が崩壊したのに、「転勤」だけが残ったらうまくいかない。ますます、若い人が結婚できなくなる。女性が全国・海外転勤のある仕事に就く決断がなかなかできない。

日本型終身雇用は、鉱工業が主力産業で、設備投資の足が長く、企業の寿命も長かった「社会主義が可能だった時代」には合っていたけれど、企業というより産業自身のライフサイクルが短くなる「サービス業時代」にはもう無理なのは明らか。もう昔日には戻れないので、仕組みとしては「フレキシブルな雇用」、個人の戦略としては「つぶしのきくプロ」を目指すのが良いと思っている。やり方はいろいろあるが、「フリーランスの拡大」というのはその一つのやり方。

上記の相談でも、前向きの答というのは、「自分は翻訳業だから世界のどこでもできる、そういう人を探せばよい」といったものだ。看護師や薬剤師などの資格業も、広い意味では動きまわることが可能な職業。一方、我が家の子供の友人家庭では、お母さんが公務員、お父さんはフリーのSEで、プレイデートの送り迎えにはだいたいお父さんが来る、というケースもあり、そういうパターンもアリだ。唯一のブレッドウィナーがフリーランスだと不安定だが、共働きでどちらかが定職ならばいろいろなヘッジができる。

でも、地味な私などがこんなことをブログに書いたって、人々のハイプ・フィルターを通すことはできない。もともと、私のブログを読んでくださる人は、こういう考え方に賛成なタイプの方が多いだろうが、全くこういう考えに馴染みのない人にも浸透しないと、フリーランスがどんどん雇われる世の中にはならない。

ならば、「ノマド」でもなんでもいいので、とりあえず「言霊ハイプ」に乗っかって、もちっと見栄えのよい女性とかに煽っていただくのもいいんじゃない、と思う次第。はやりに流され、ノリでノマドになった若者が火だるまになって焼け落ちるケースもあるかもしれないが、少々の犠牲は203高地を占領するためには仕方ない、というか、それで死ぬわけでもないので、灰の中から再び立ち上がるのも人生経験だと思って頑張ってくれたまえ。

<追記4/19>

なまじ職場での男女同権が進んだアメリカやイギリスでは、別の意味でやはり「転勤が障害」になっている、というお話をTwitterでいただきました。これも実感なのでご参考に。

MBA女性の10年後 | 世界級ライフスタイルのつくり方

*1:注:一応言明しておきますが、「ガラパゴス」は私の造語ではありません。私は「パラダイス鎖国」。韻を踏んでいるせいかよく間違えられます・・

KK 2012/04/19 08:55 アメリカドラマで、転勤することになって妻が夫より仕事を取って離婚てのをいくつか見たが、実態はどうなの?

2012-03-23 ノマドというコインの裏側、「クライアントの存在」

[][] ノマドというコインの裏側、「クライアントの存在」 10:05

なんか、ノマドという言葉が流行ってるみたい。私も、パソコン一つで仕事してる自営業者だからノマドといえるんじゃないかと思う。

404 Not Found

愛と幻想のノマド論 食いっぱぐれない生き方のぶっちゃけ話 – アゴラ

ノマドはやめとけとか言っているが、私は仕事を続けようとしたらこれしかやり方がなかったから仕方なくやっている。2000年を目前にして、史上空前のバブルだったシリコンバレーですら、就職しようとして面接受けても、幼児をかかえて身動きも取れない国際事業担当者なんてどの会社も雇ってくれなかった。

この手の「論」でいつも感じるのだが、ノマドがいいとか悪いとか、そんなの人によるのだし、その状況の中で自分はどうする、という話しかないのに、一般的に全体の話をしてもあまり意味ないんじゃないかと思う。特に、女性であるとか出産したとか子育てだとか、あるいは障害があるとか病気だとか、そういう制約的な状況を抱えている人は、与えられた条件の中で最大限やるにはどうしたらいいか、といつも考えている。私の場合でいえば、ノマド生活の中で最大限に自分のやりたい仕事をするにはどうするか、ノマドのいいところをどう活かすか、ということだけしか考えてない。ノマドがいいか悪いか、考えるだけ無駄なので考えたこともない。

ただ、一つだけ「全体の話」として言えると思うことがある。それは「ノマドというコインの裏側」、つまり「ノマドである私を雇ってくれるクライアント」のことだ。私の身の回り、ここシリコンバレーでは、女性で私と同じように自営でコンサルやコントラクターとして仕事をしている人が多い。私と全く同じ条件を抱えているからだ。もちろん、男性でも多い。そして、それが可能なのは、いろいろな分野において、自営業者を雇うクライアントがたくさん存在するからだ。

人事や広報、ウェブやプロダクトのデザイン、マーケティング、調査、特定の国や産業に強いコンサルタントなど、各種の「専門家」がそれぞれのやり方で仕事をしている。クライアントである企業のほうも、事業立ち上げ・起業のフェーズで先のことを約束できないときや、特定の短期的ニーズが発生したときに、プロジェクト・ベースでやってくれる専門家の存在を活用するニーズがある。

日本では、一般的に言ってこういうニーズが顕在化しづらいと思う。資金的に余裕のある大企業では、多かれ少なかれ「常態的に余分な人を抱えている」のが終身雇用という戦後的仕組みの残滓なので、「まずその人達を食わせる」ことが優先したら、こういった短期の仕事を外部の専門家に切り出してやってもらうというニーズが生まれにくい。幸いにして、私の場合は「アメリカに住んでいる」という、フィジカルなわかりやすいアドバンテージがあるので、社内の他の人とは違う仕事ができるとわかってもらいやすかったのがラッキーだった。

ただ、最近では日本企業も、雇用を抱え込まないように苦労しているようだし、だから「派遣」のニーズも高いわけで。この先、アメリカのように、もっとプロフェッショナル的な分野でも、コントラクターのニーズが増えるのでは、そうすると子育て中の女性でももっと仕事がやりやすくなるのでは、などと少々期待をしている。

幸いに、私の専門分野である「通信・IT」においては、女性プロフェッショナルに対する抵抗感は少ない。それでも、私が今の仕事を立ち上げた最初の頃、まだ本も出してない、ブログも書いていない、マッキンゼーなどの著名コンサルティング会社の経験もない、ただの無名な泡沫コンサルタントだった私に、継続的に仕事を出し、育ててくださったクライアントには、いつも感謝している。

就職難の昨今、日本では若い方でも私と同様に「他の選択肢がない」ということでノマドライフに突入する人も今後多くなるだろう。そんな中、ノマドになった人には、とにかく「誰の許可を得なくても費用は自己責任で使える」というメリットを最大限に活用して、自分の勉強にきちんと継続的に投資することをお薦めする。どんなにお金が苦しくても、決してここをけちってはいけない。勉強していれば、時代の流れも読めて、次にどんな知識やスキルが必要か、敏感にわかるだろう。

それと同時に、日本企業クライアント側でも、多くの分野で外部専門家を雇うように、柔軟に考えてほしいと思う。仕組みがまだまだ整っていない部分は確かにある。こういう場合には結局「口コミ」や「紹介」が一番合ったやり方なのだが、アメリカならば「LinkedIn」や、種々の人的ネットワークで適切な人を探す仕組みがいろいろあるのに対し、日本ではまだそれが足りない。でも、ニーズがあれば仕組みはできていく。四角四面な「雇用」でなく、ノマドを使いこなすほうが、いろいろとメリットがある世の中になっていると思うので。

<追記>

Twitterのコメントで気づいたのですが、上記に書いた私を雇ってくださっているクライアントは日本企業が多いです。念の為、付け加えておきます。

2011-08-27 過ぎゆく夏、湘南的なるもの

[] 過ぎゆく夏、湘南的なるもの 23:09

米東海岸をハリケーンが襲撃している。信じられないほどの天変地異が続く今年だが、これ以上被害が広がらないことを祈っている。

夏の終わり。Twitterでフォローしている、故郷の湘南や江ノ島の情報で、鵠沼海岸でTUBEが「震災復興ライブ」をやると聞き、YouTubeでその昔のヒット曲を聞いたら、懐かしさに涙が出そうになった。

私にとって、湘南の海は子供の頃からの(無料の)遊び場で、夏は大好きで、波の音と青く広い水面には特別の思い入れがある。しかし、私は彼らの「シーズン・イン・ザ・サン」がヒットしていた頃、その華やかな「湘南的なるもの」の世界とはまるきり縁がなかった。(実は17歳でアメリカに交換留学に来て以来、湘南には定住していない。)

水着姿に自信はなく、それでも海もプールも好きだからよく行っていたけれど、ゴーグルつけてひたすら泳ぐ。水の中にいれば顔も体も見えないからね。一度だけ実家近くの海岸でウィンドサーフィンに挑戦したが、沖までなんとか出たものの戻って来られなくなり、弟に救助されて以来、その後全く機会なし。これまた一度だけ、江ノ島でセイリング教室にも参加したが、朝食ったピーナツバターが全部、海のお魚さんたちのランチになって終わり。夏の浜辺でデートしたこともなければ、もちろんナンパされたこともなく、胸ときめかすほどの男性を浜で見かけたこともない。

ティーンから20代にかけて、男女がお互いに品定めをする「マーケット」に出ている間じゅう、とにかくそういうものには縁がなかった。カッコつけて、「ワタシはそんなの関係ないワ」って顔してたけど、本当はいじけていた。

それでも、TUBEの曲は好きだった。それは、私にとっては、いつかは実現するかもしれないが、とりあえず夢の中にだけある、でも自分には縁のない、仮想の「あこがれの湘南」の象徴だったのだな。今から思うと。

なので、私がTUBEを聴いて懐かしいと思う気持ちは、「あー、あの頃はよかったな」というストレートなものではなく、「あの頃は辛かったな」と、「でも夢があったな」とが混ざった、複雑なうねりとキラキラが混じったものだ。

そして今、とっくの昔に「off the market」になったおかげで、もうそんなひねくれた思いはしなくてよい。今年の夏に海に行ったときは、「スズヤ」(=海の家)と巨大な字で書かれたボディボード(注:アメリカ人である子供たちにとって、日本人がその昔「Madison Square Garden」と書かれたバッグをありがたく持ち歩いていたのと同じノリのデザインに過ぎない)を借りて、子供たちを乗せて波に合わせて押してやり、うまく波に乗れたらみんなで大喜びしたのがいい思い出だ。

負け惜しみでなく、今のほうが若い頃よりも幸せなので、こうしてTUBEを懐かしく聴くことができるようになったのだろうと思う。

今、その頃の私と同じようなコンプレックスに悩む若い女の子がいたら、「安心して」と言いたい。若さと共に失ってしまうものが少なければ、年をとって増えるよきものとのバランスは「プラス」になる。もしかしたら、男の子でも同じかな。

そして今、故郷は私にとって、「遠くにありて想うもの」となった。あの頃とはそのカタチは変わったが、「夢の世界の、キラキラした、懐かしく湘南的なるもの」は、いつの日か手に入れることができるかもしれない、できないかもしれない、はるかな憧れの世界であり続けている。

☆Take It Easy☆☆Take It Easy☆ 2011/08/29 00:14 海部様はじめまして、時々覗かせてもらっております。
アイリーンの被害はいかがでしょうか?
私(男)はJHS時代より35年来の洋楽ファンで同時にサーフィンも好きになりウエストコーストに住みたいと思っていました。
しかし今は先祖の地、徳島・海部郡に住みたく思っています。

NaokiChibaNaokiChiba 2011/08/30 17:22 いつも楽しく拝見しています。今回は、いつものエントリーとは違った感じですね。去りゆく夏への郷愁。Don Henley "The Boys of Summer"とかVanessa Carlton "White Houses"とか聞こえてきそう。

"off the market"だなんて、海部さんのファンはきっと多いですよ。私も含めて。

街を歩けば、IT男子が一杯付いてきそうなイメージです。
特にFry'sのパソコン部品売り場ではファンに遭遇する確率が高いような。
広瀬香美さんはアキバにも行かれるとか。一度、アキバやFry'sで一緒に対談されたら、盛り上がりそうです。その際は、是非、大阪の日本橋にも遠征お願いします。

以前、StanfordのCSの教授(Lytroカメラfounderの指導教官)を大阪へ招いた際は、
日本橋の電気街を堪能していましたよ。

2011-08-25 ティナ・フェイ、米メディアの「男性優位」を痛快におちょくるの巻

[][] ティナ・フェイ、米メディアの「男性優位」を痛快におちょくるの巻 12:40

Bossypants

Bossypants

ティナ・フェイといえば、サタデーナイト・ライブでのサラ・ペイリンのモノマネで一躍有名になったコメディエンヌであり、アレック・ボールドウィンと共演しているコメディドラマ「30 Rock」の脚本・制作・主演をやっている人でもある。映画にもいろいろ出ている。私もサラ・ペイリンからしか知らなかったが、これを読んでみると、強烈な「フェミニスト(女性の権利擁護論者)」なのだそうだ。

この本は、ティナの半生記でもあるが、一方では彼女のいるメディアの世界で、男性が自分では意識せずに女性を差別している状況を、サタデーナイト・ライブ流の毒のある笑いで味付けしておちょくる、というのが言いたいことなんだろうと思う。

冒頭。「自分は、30Rockの制作では最高責任者なのだが、よく『女性がボスであるという状況にどう対応しているのか』といった趣旨の質問をよく受ける。男にそんなこと聞かないでしょ、なんで私には聞くのよ!?」という話から始まる。

少し前に書いた「なでしこジャパン」報道への批判の話と全く同じ話だし(no title)、またついさきほど、ちきりんさんが「NHKの討論会で、女性出演者だけ母であることに言及されるのだが、あれはなんでじゃ?男だって父である人もいるだろうに!」とTweetしていた件とも全く同じ。

本の中では、子供の頃から現在まで、彼女の生活の中で経験した、こうした「たぶん本人は悪気ないんだが、深いところにある無意識の女性差別がさせている発言、行動(それも、男に限らず、女性自身に染み付いているものもあり)」といったものを、鋭く、皮肉と毒をたっぷり盛って、おちょくっている。私には、非常に共感するところが多く、大笑いした。こんなこと、真正面から私が言ったら、このブログが大炎上して大変なことになるだろうが、コメディとはいいなぁ、とつくづく思う。

例えば、女性版下ネタ(生理に関する話など)が満載されているが、これらは女性なら顔をしかめながらも「あー、それってあるよねー、ワハハ」と笑うが、男性が聞いたらたぶん「気持ち悪い」と思うだろう。男性がこれを読むと、男性の下ネタを女性が聞いたときの気持ちがよくわかるだろう。表紙の写真で、顔はティナだがなぜ腕と手が違うのか・・というのも、中身を読むとわかる。

一番感動(?)したのは最後の部分。彼女は子供が一人いて、40歳になり、もう一人子供をつくるか、それとも仕事を優先してそれをあきらめるか、ですごく悩んでいるという。そして、彼女の場合、単に「自分がお金が欲しいから仕事をする」とか「好きだから仕事をする」という話だけではなく、「こうしたメディアでの男性優位の歪みの原因は、番組を作る側に女性があまりに少ないからだ、それを是正するために、今その場を与えられた自分は頑張らなければいけない」という使命感をマジに吐露している。本の中では解決していない。ずっと、迷い悩んでいる。

「(男性優位な)世間が求める女性の姿」と、「自分の中で自然に女性として表れてくる部分」と、「女性だからといって差別されているのに反発する部分」と、「自分で思い込んで作っている部分」と、「女性としての役割と共存しにくい仕事の部分」と・・・などなど、いろいろなもののバランスの中で、最適なものを求めて葛藤する、というのは、働く女性も働いていない女性も、それぞれに日々経験していることである。快刀乱麻の毒舌ジョークをかますティナも、実は私と同じように悩んでいるんだなぁ、としみじみ。

日本語版は出ていないようだし、この先も出ない(?)と思うが、なるべく多くの人に読んでほしい。私は例によってオーディオブックで聞いたが、これはティナ自身があの歯切れよいセリフまわしで演じていて、これまた面白かった。

<直後追記>

Twitterにて、ティナが今月第二子を出産したという情報をいただきました。ありがとうございます!そうか、結局それを彼女は選んだんだなぁ。でも相変わらずサラ・ペイリンもやってるようだし、頑張っているようです。