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2011-08-14 (少なくとも当分は)誰も自動車産業の代わりになれない理由

[][] (少なくとも当分は)誰も自動車産業の代わりになれない理由 11:44

車を修理に持って行き、待っている間、つらつら考えた。

修理工場でツナギを着たメカニックを見るとなんとなくほっとする。自分が自動車会社に勤めたことがあって、自分もあれを着て仕事したことがあって、見慣れた姿だからなんだろうけれど、それだけでなく、古き良き時代のまじめな庶民の正しい姿の象徴、のような懐かしさを覚える。

シリコンバレーはいいところだけれど、「高学歴職業」でない限り生活は苦しい。古き良き時代には、日本でもアメリカでも、高校を出て自動車修理の技能を身につけたり、自動車会社で働いたりすれば、まともな生活ができた。「中流の崩壊」に関しては、しばしばこうした「雇用」の観点から語られるが、きっと本当はお金の話だけではない。

いまどきのブルーカラー的な仕事、例えば介護の仕事を考えたらどうだろう。たとえ何かの仕組みが変わって介護の給料が高くなったとしても、自動車のように、暴走族あがりのにいちゃんでも「ワクワクして働ける」職場であるとは思えない。ゲーム産業や流通産業でもイマイチだ。自動車というもののもつ、あの圧倒的な魅力にかなうほどの産業は他にはない。

本田宗一郎さんは、あのオイルの匂いが好きで好きで、幼い頃、めったに自動車を見かけない郷里の田舎にたまたまやってきた自動車を、どこまでも追いかけていったそうだ。特に男の子なら、そんな自動車に関わる仕事をしているだけで楽しい、と思う人は多いだろう。毎日自動車をいじっているメカニックの人たちは幸せそうだった。工場の仕事はきついが、工場の人たちはみんな優しかった。暴走族あがりのにいちゃんたちも、ホンダの工場に喜んで働きに来た。

もちろんどの産業でも、皆誇りをもって仕事をしている。そもそも、仕事とは、最初は乗り気じゃなくても、やりだして少しわかってくると面白くてハマる、というものだと思っている。でも自動車は、そういうのとちょっと違う。外から見ても魅力がわかりやすく、「ブルーカラー」的な職種でさえも、不思議なパッションを喚起する。しかも、あれだけたくさんの雇用を生み出してくれる。世界の大メインストリーム産業で働く、という誇りもあった。

でも今や、環境配慮のために自動車は「ワルモノ」になってしまい、若者は自動車離れし、工場は大幅にオフショアしてしまった。素直に、カッコいい自動車にあこがれる時代ではなくなってしまった。

「暴走族」やその予備軍的なにいちゃんたちでも、わかりやすく、パッションをもって働ける。カネもらってるからイヤイヤとか、誰かに強制されてとかではなく、扱うモノが大好きだから、自らすすんで、訓練を受けてがんばろうと思える、そして頑張れば自分でも手が届く、そんな仕事。先進国では、そういう自動車の職場が減ってしまった。たとえ自動車の職場があっても、逆に若者が「パッション」を持てる対象ではなくなってしまった。

アメリカでも、「若者の自動車離れ」は実感として感じられるようになっている。

「いま」を見つけよう

まぁ、昔を懐かしんでいても仕方ない。いつの日か、またそういった「スター産業」が誕生するのを夢見て、とりあえず私は本日の締切原稿を粛々と書くことにする。

totoron777totoron777 2011/08/14 23:28 おっしゃる通りですね。
自動車には五感の全てを刺激する要素があり、そして動かないものの塊が活力をもって動いていくという喜びがある。
しかし、そのようなものが福祉やITには不足している。むしろ人間相手の福祉は、おおよそ生命をもったものが失われていくのを見守るという立場。
自動車のような産業、他にはなかなかないでしょうね。

2011-05-08 オバマが電気自動車を支援するワケ

[][] オバマが電気自動車を支援するワケ 16:38

日経ビジネスオンラインに、2回シリーズでアメリカの「電力」対策について書いた。第一回の「発電編」に続き、第二回「送電・節電」編は明日あたりアップされる予定。

これを書き終わった後に、ビンラディン殺害成功事件があったのだが、その話を聞いていて、この記事ではサラっと触れただけのオバマの一連の「環境政策」は、単なる「エコ」ではなく、別の意味があったのだろうな、ナルホド、と思った。

オバマ政権は、電気自動車推進を支援している。ブッシュのときは、いったんカリフォルニア州などが「電気自動車推進」の法律を作ってやり始めたのが引っくり返され、相当数市場に出はじめていたGMなどの電気自動車をメーカーが突然全量回収し、切り刻んで砂漠に埋めてしまったという話があったらしく、その様子は「Who killed the electric car?」というドキュメンタリー映画になっている。これがどこまで「政権の陰謀」だったのかはわからないが、映画は「石油ロビーが裏で圧力をかけた」と暗示した内容になっている。

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しかし、オバマはハイブリッド車などへの補助金に加え、電気自動車メーカーも支援している。トヨタも出資するテスラの車は、最近ときどき道で見かけるようになっている。

北カリフォルニアはプリウス大好きな地域で、そこに住む私は、無邪気に「ああ、エコなのね」と思っていたのだが、電力を作るための原料が例えば石炭なら、同じ距離を走るためにCO2をたくさん出すはず、考えてみればガソリンと石炭のどちらがよりクリーンなのかは「?」なところ。日経サイエンスで「州によっては、電気自動車のCO2パリティはかえってマイナス(電気自動車のほうがCO2が増える)」という記事を読んだ記憶がある。それで意味あるのかな??と不思議にも思っていた。

さて、今回の「電力」記事の第一回に、米国の電力源の分布円グラフがある(元ネタはこちらのCando Advisorsのブログ)が、米国では発電には石油をほとんど使っていない。石炭・天然ガス・原子力・水力でほとんどを占める。ウラン以外はすべて自国産でまかなっている。ウランも、主要産地はカナダ・カザフスタン・オーストラリアだそうなので、おとなりで安全な友好国であるカナダから持ってきているのだろう。

しかし、車を動かすガソリンは未だに中東の石油に相当頼っている。バイオ燃料もやってみたけど、食料不足と価格上昇を招いてしまった。だから、ガソリンを減らし、電気自動車を増やせば、「中東依存度」が減る、ということになるのだ。もちろん「エコ」も目的の一つだが、「国防」との合わせ技だったから、より多くの国民の合意が得られたわけだ。

ああ、そういうワケだったのか、と初めてナットクがいった。

石油確保のために中東に介入して軍隊を動かす代わりに、補助金を出してでもエネルギーの中東依存度を下げ、自給できる電気に替えて、ちょっかいを出さなくてもいいようにする・・・ということなんだな、と。

もちろん、オバマ政権以前から、「中東依存度を下げる」というのはアメリカの種々の政策の決まり文句のようになっているし、他の環境政策に関してはこの図式には当てはまらないが、少なくとも電気自動車に関していえば、このグラフのおかげでそれが腑に落ちたのだった。

うーむ、奥が深い・・・

門真人門真人 2011/05/08 18:17 >カリフォルニアはプリウス大好きな地域で、そこに住む私は、無邪気に「ああ、エコなのね」と思っていたのだが、電力を作るための原料が例えば石炭なら、同じ距離を走るためにCO2をたくさん出すはず、

プリウスは商用電源からは充電しないのでは?同じ量のガソリンでさらに長距離を走れるので「ああ、エコなのね」で合っていると思います。(500万以上の価格帯にプラグインタイプもあるらしいですが…)
純粋な電気自動車はおっしゃる通り発電所の燃料によって?マークが必要になると共に、発電所の増設も必要になってくるでしょうね。

2010-02-07 トヨタと電気自動車の「違和感」

[] トヨタと電気自動車の「違和感」 15:02

トヨタは最近、どうしたんだろう?と思うことが続いたので、英語のブログに最近思うことを書いた。

no title

細かいことは英語のほうを読んでいただくこととして。自動車会社にリコールや品質問題はつきもの。70〜80年代のジャパン・バッシングを経験した日本の自動車会社は、特に消費者運動が盛んでかつ世界最大の市場であるアメリカで、非常に気を使って、こういった事態のために常に備えているはずだ。アメリカの企業が同じようなリコール問題を起こした場合と比べて不公平だという陰謀説もあるようだが、そういう環境でビジネスをしなければいけないことも、彼らは慣れている。そして、こういった消費者のバッシングを招きかねない微妙な状況に陥ったとき、企業がどう対応しなければいけないか、という手法は確立されている。即座にトップが顔を見せる、というのが、こういったブランド企業の危機管理の上では常識中の常識。そういうつもりで事態の推移を見ていたので、何時まで経っても豊田章男社長がアメリカのメディアに顔を見せないことに、「ん?なんか変??」という違和感をずっと感じていた。

トヨタの中で、何が起こっていたのかはわからない。豊田章男氏はとても大切に守られた「御曹司」なので、彼を傷つけない方法を周囲が一生懸命考えていたのかもしれない、とも思うが、憶測に過ぎない。ただ、日経新聞の報道の中に、「プリウスのブレーキについては、フィーリングの違いに過ぎない」と考えている内部の技術者も多い、という記述があったのは気になる。昨日、ネットテレビHuluを見ていたら、なかなかよくできたトヨタの「謝罪広告」が出た(あまりテレビを見ないので、テレビでやっているかどうかは不明)ので、ようやく「普通」の危機管理対策が発動したな、という感じである。こういう場合、原因となったアクセルペダルやブレーキの技術的問題をどうやって解決するか、という対策と同時に、広報対策も同じスピード感でやらなければいけない。ビジネススクールなら最初のほうの「基礎コース」で習う、基本の基本である。

トヨタにはよい友人も多いし、元自動車会社社員として尊敬する企業でもあるので、その基準からすると、何か裏事情でもあるのか、どうも不思議な気がして、首をかしげている。

「パラダイス鎖国」を書く際に参考にして本書の中でも引用している、佐藤文昭著「日本の電機産業再編へのシナリオ」という本がある。この中で、電機産業と自動車産業を比べているくだりがあり、そこで佐藤氏は、「自動車は、米国メーカーを温存しているから、日本メーカーが健在なのである。米国メーカーが高い製品価格を維持してくれるために、より効率のよい日本企業は高いマージンを得ることができる。電機では、米国メーカーを駆逐してしまったために、エンドレスな低価格競争に陥ってしまった」という意味のことを述べており、当を得ていると思った。その後トヨタが販売台数でGMを抜き世界トップとなり、GMが会社更生法適用となって規模縮小となったとき、このことを思い出し、「GMという風除けのトップランナーがいなくなり、トヨタがもろに先頭で風を受けることになったが、さてどうなるのかな・・」と思ったものだ。

もうひとつ、ずっと違和感を感じていることがある。「電気自動車」の話である。テスラのことは2年前からずっと気になっていて、2月15日号の日経コミュニケーションのコラムでは、フォードとテスラのことを取り上げた。また、2月5日、東洋大松原聡先生がTwitter上で電気自動車に関する議論を展開された。このやりとりは非常に情報価値が高く、松原先生ご自身もそれをまとめてブログにアップされている。

no title

私は、以前2006年のアメリカのドキュメンタリー映画「Who Killed the Electric Car?」(日本未公開)を見て衝撃を受けた。90年代にカリフォルニア州では、排ガス対策のためメーカーごとに一定比率以上の電気自動車を製造しなければいけない、という法律ができ、それをクリアするため、2000年代前半、GMは電気自動車EV-1を発売(リースのみ)し、ユーザーからの評判は非常によかったという。しかし、その後環境が変化し、この法律は葬り去られ、2年後にリース切れになったEV-1は、買い取りたいというユーザーの希望を無視して強制的に回収され、裁断機で粉々にされてアリゾナの砂漠に埋められてしまった、という事件があった。その事件を追ったドキュメンタリーである。この映画によると、この法律を葬るための活動は、GMだけでなく、日本メーカーも含む主力メーカーがこぞって参加したという。

電気自動車専業メーカーはアメリカにいくつもあるが、シリコンバレーではご当地テスラがなんといっても人気である。電子支払いのPayPal創業者Eron Muskが現在CEOを勤め、グーグルの創業者は出資者かつユーザーでもあり、グーグル本社の駐車場ではピカピカの「ロードスター」が時々見られるらしい。環境保護に熱心な人の多い土地柄もあり、テスラは「新しいご当地ヒーロー」だ。

テスラもMusk氏も、ベンチャーの常として優等生とは言い難く、内部抗争だのいろいろ問題がある。また最近同社は近々上場することを発表したのだが、上場のための公開資料によると、今後のラインアップと生産計画は非常に「綱渡り」のリスキーなものである。だから、この会社自身が果たして成功するのかどうかは何とも言えない。また、電気自動車自体も、まだまだ技術的には問題があるのも事実。手放しで「これこそ次の技術」などと言うつもりはない。

しかし、日本においてテスラがあまりに知られていないことに、ずっと違和感を感じている。ただ新聞などに載らないだけではなく、意外な人に「え、それ知らない」と言われることがあるのだ。(「パナソニックが電池を供給する」という話では記事が出た記憶があるが。)日本でも、三菱や日産が電気自動車に取り組んでいることはニュースに出るが、アメリカの電気自動車ベンチャーの話は、「話題」として非常に面白く、かつ日本経済の屋台骨を支える自動車産業に関して、重要だと思われるにもかかわらず、比重があまりに軽すぎるような気がしているのだ。ウェブ業界に関しては、シリコンバレーの新しいベンチャーやサービスは、日本の先端ユーザーや専門メディアにいちはやく取り上げられ、情報格差があまりないので、それとつい比べてしまうからかもしれない。

アメリカでも、電気自動車についてはかなり「ネガティブ」な評判がいろいろあり、上記の映画など見ると、これはGMなどのネガティブ・キャンペーンの結果もあるのかな、と感じることがあるが、日本でも同じことが起こっていないだろうか?と疑問を感じる。実際にテスラに乗っている人の話と、巷の「電気自動車神話」との間に乖離を感じており、また上記の松原先生の質疑応答の中で、日本の方々もまさに、同じ神話を疑問として呈しているからだ。

松原先生も指摘されており、また上記映画で言われているように、ハイブリッドや燃料電池ならば、現在の自動車産業を取り巻く「エコシステム」、すなわち部品メーカー、ガソリンスタンド、販売・保守ネットワークなどをかなり温存したままでいけるが、電気自動車だと、これらが一気に崩壊してしまう。「イノベーションのジレンマ」の本でいう、「disruptive technology」の立場にまさにぴったりなのだ。

巨大なアメリカの自動車産業の中にあって、テスラなどはアリ以下の存在である。アメリカの中でも、シリコンバレーの外では、それほど知られていないと思う。アメリカでも自動車は巨大な雇用マシンであり、既存メーカーは今でも非常に重要な存在だ。しかし、EV-1を切り刻んで砂漠に埋めた時代の政権にとって代わったオバマ政権は、テスラに財政的な援助を提供し、シリコンバレーを「現在のエコシステムの破壊者」としてではなく、「競争力の源泉」として使おうとしている気配が見られる。(ハイブリッドでも燃料電池でも、日本にはもう勝てないから、電気で、という話もありそう。)

別に、一般人がテスラのことを知らなくても構わない。ただ、日本の自動車業界は、こういった存在にどう向きあっていくのかな、ということを興味を持って見ているが、今のところあまりよくわからない。もし、新聞などの扱いから判断して、「大したことはない」と思っているとしたらちょっと違うと思うのだが、まさかそんなことはあるまい。ちゃんとわかっていて、いろいろやっているに違いない。・・・とずっと思っていたのだが、最近のトヨタに対する違和感と合わせると、「まさかと思うが、外からはいるネガティブな情報に鈍感になっているなんてことないだろうか?」とこちらでも疑問が湧いてきている。

いや、きっと私の思いすごしに違いない。あのトヨタなのだから、品質問題の危機管理も、電気自動車の動向も、きちんと把握して考えがあってやっているに違いない。私なんぞと比べて、中の人のほうがよくわかっているに違いない。今でも半分はそう思っているし、尻馬に乗ってトヨタバッシングするのも嫌なのだが、松原先生の主張をサポートする意味で、一応書いて置くことにした。

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<追記>

Twitterにて、すぐに「広告のないNHKでは何度も取り上げられている」とのご指摘を頂きました。ネットで見られる新聞系などの一般ニュースから見て上記の記述となりましたが、NHKはこちらでは見られないので、知りませんでした。ご指摘ありがとうございます。

KK 2010/02/07 19:08 トヨタ自動車幹部(名前は覚えていない)インタビューでは、電池の供給量不足でしばらく電気自動車は主流にならないとの判断のようでした。リチュウムの資源量がネックになると。
ただし電池の開発に力を入れるとも述べていた。
それと最近のニュースでは、リチュウム資源の権益確保も頑張っているみたいですね。

eakaseakas 2010/02/08 02:32 社内の品質保証部門のチェック、一般ユーザーを対象としたβテスト、そういった手順が十分に検証されていなかった、に尽きるのではないでしょうか。

tm256tm256 2010/02/08 04:45 日本の大手T社やH社はハイブリッド車が当面の環境対応車の主軸になると考えているようです。ただ、中国(BYDなど)や米国(テスラ、フィスカー、ベタープレイスなど)の動きを見ていると、ウサギとカメの寓話を思い出します。ウサギ(HVで成功している日本)が、カメ(EVでジワジワと追いかけている他国)に負けてしまわないことを願うばかりです。

KK 2010/02/08 06:43 アメリカ軍も、すぐに電気に移行するとは考えていないみたい。車両も船もハイブリッド志向。

uoshuosh 2010/02/09 02:06 経済新聞系メディアは[株価が上下する]と巡り巡って得をするから、トヨタ(Toyota)のハイブリッドカーのブレーキプログラム問題を、事実か否かに拘らず、過度に報道している、と思います。「市場を騒がしてやれ」「不安を煽ってやれ」「誤報があれば後で少し触れりゃいいだろ」ってな具合で。

misomiso 2010/02/09 23:53 ワザとでしょう。GMが潰れた腹いせにやられているだけなんだから、ここで模範的な対応しちゃったら次の難癖ネタを作られるだけ。
好きなだけ叩かせればいいんですよ。10年の利益が吹っ飛ぼうとも20年後には「GMなんぞに手を貸さなくて良かった」となるだけですから。
企業は国を超えないというのを再確認できたという意味でも良かった。
しかし毛唐のヒステリーはいつまで経っても変わらないねw

bando_alphabando_alpha 2010/02/11 19:45 まあテスラは結構知られていると思いますよ.少なくとも自動車関係のエンジニアなら.
で,評価はこの記事のような感じが多い.
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20090128/184217/
実際,今のような"車"作ってる限りさほどの脅威でない,と見ているのでしょう.

市民A市民A 2010/02/20 17:22 モーターには大きなエネルギーの無駄がある。
という記事を見かけました。本当でしょうか。

http://www.kanshin.com/keyword/2072446

2009-06-09 元AT&TのウィタカーがGMのCEOになるそうな

[][][] 元AT&TのウィタカーがGMのCEOになるそうな 10:37

ちょっと驚いたので脊髄反射してみる。

no title

エド・ウィタカーといえば、テレコム黄金時代を戦い抜いて現在の「2大キャリア体制」の一角を築いた人であり、私には「コワモテ」という印象が強い。シリコンバレー風の、新しい時代に柔軟に対応していくといったヤワなスタイルとは真逆。

90年代当時、旧AT&Tをバラバラに分割した7つの「ベビーベル」といわれた地域電話会社(今のNTT東・西のモデル)があった。ウィタカー氏はそのうちテキサスを本拠とするサウス・ウェスタン・ベル(SBC)のCEOとなり、同輩ベビーベルのアメリテック・パクベルを相次いでロールアップし、AT&Tワイヤレスと長距離電話のAT&Tを買収し、最後にAT&Tワイヤレスの合弁相手であったベルサウスも巻き取って、米大陸西側(というか北東部以外)の地域電話アクセス・携帯電話・長距離電話を全部攻め取った「西軍の大将」である。(これに対し、ベル・アトランティックを核として同じように携帯と固定を全部集めたベライゾンが東軍である。こちらも買収を繰り返してきたが、核となったベビーベルは、ベル・アトランティックとナイネックスの合弁だけである。)

東西両者ともに、業界で「Bell Head」とも言われる、「頭が固くて、保守的で官僚的で、云々・・・」という(どこかで聞いたような)体質の会社であり、そのうちでもウィタカー氏は、テキサス風マッチョで「企業買収のブルドーザー」で、また「ネット中立性」議論の発端となった、「やつらはタダ乗りしている」という攻撃的な発言をしたような考え方の人、というのが私の理解。

いわば、旧型産業の権化みたいな人というイメージがあるのだが、今回、チャプター11から脱した後のGMのCEOに指名されたというのは、どういう意味があるのかなぁ?現在、同じテキサスの石油会社エクソン・モービルの役員を務めているそうだが、自動車会社の経験はなさそう。テレコム業界をロールアップした過程では、1985年体制(AT&T分割、地域・長距離の相互不可侵)の法的枠組みを壊していく必要があったのだが、そういった政府への影響力や経験が買われたのだろうか?ヘタに表面的に「新しい流れ」にチャラチャラせず、なりふり構わず旧型産業の足腰をしっかり固めさせることに成功したとも言えるので、その手腕に期待しているのかもしれないし。

グーグル・モーターズのほうがネタ的には面白かったと思うのだけど、なんだかその「敵」の立場の人に、GMが委ねられることになったというのも一興。それと、月とスッポンというか、ゴジラとアリぐらいのレベルの違いがあるが、自動車会社から電話会社へと、逆方向に転身した私としては、ちょっと興味あるところでもある。

KK 2009/06/15 15:12 天下り先の確保っすか。日本と変わらない話ですねえ。

雑談:新GMの会長にウィテカー氏・・・
http://www.plateaus.com/econ/blog/archives/898

2009-01-14 「男の子は自動車がすき」という自明の前提が崩れているとしたら

[] 「男の子は自動車がすき」という自明の前提が崩れているとしたら 10:49

先日、日本語補習校で一年生の国語の授業を見ていた。「お店やさんごっこ」をする単元で、子供達が自分の好きなお店になる。まず、子供達が何になりたいか、発言を先生が黒板に書きとめていくのだが、ひととおり出たところで先生がちょっと首をかしげた。「薬屋さんとか、家具屋さんとか、なんだか珍しいものが多いわねぇ。普通、男の子は乗り物、女の子は洋服が必ず出るのに、このクラスは誰もやりたい人いないの?」・・・子供達は反応なしだった。

ふむ。確かに。我が家は男の子二人。女の子のことは実感としてわからないのでここでは省くとして、男の子には2-3歳頃に「きかんしゃトーマス」という通過儀礼があり、その前後、電車と自動車にはまる時期が、どういうわけか必ずある。知り合いの男の子は、家の近くにある電車の踏み切りが大好きで大好きで、おかあさんに「大きくなったら、何になりたいの?」と聞かれると、ためらうことなく「ふみきり!」と答えた、という話があるぐらい。日本の子供もアメリカの子供もこの点は似ている。しばらくするとその熱は冷めるのだが、中にはそのまま「鉄ちゃん」に育つ子もいるし、自動車がそのまま好きな子もいるし、他のメカに興味が移る子もいるし、全く消えてしまう子もいる。しかし、これだけ広範で生まれも育ちも違う男の子の間で、これだけ「乗り物」にはまる子供が多いというのは、何かDNAのしわざか、と思ってしまう。

しかし、機関車や自動車や飛行機が登場する前の時代、男の子の間で「馬車マニア」とか「駕籠マニア」とかがいたかというと、どうも違う気がする。例えば女の子が人形遊びをするのは、子供を育てるという生物的な必然から来ているだろうが、男の子の乗り物マニアは、それほどの蓋然性はないような気がする。

私自身も、女ながら結構乗り物が好きだが、その原因は「どこか違うところに行かれる」とういう自由のための手段だったり、また「自分の力よりもはるかに大きな力のものを操っている」という不思議な快感だったりする。男の子が乗り物好きな理由がそれと同じかどうかわからないが、もしこういった「根底」にある欲求が他の方法で満たされるようになったとしたら、「動力機関の時代」の男の子達が共通に感じていた、乗り物への憧れ衝動が弱まっている、ということがありえるのかもしれない。

たとえば、ゲームやパソコンなどの仮想的な仕掛けで、こういった「自由」へのドライブや、「操作の快感」が代替され、子供のときに脳の中に植えつけられるべき(というか、ここ数十年の間そうであったような)「乗り物への憧れ衝動」が弱まっているとしたら・・・?(ちなみに、上記の国語の授業で、「ゲーム屋さん」はやりたい子が多かった。)

もちろん、上の一つの事例だけでそうだと断言するわけではなく、これは思考実験に過ぎない。でも「クルマ離れ」は、最近の「若年層貧困」が問題となる日本だけでなく、アメリカでもあるようなので(プリウスがミームになっている、という話もあるけれど)、自動車産業で意思決定する立場にある人は、そういう可能性を念頭に置いておくほうがいいのかもしれない、と思う。

輸送手段としての自動車が、いまだに重要であることは論を俟たない。しかし、日本やアメリカのような先進国では、すでにひととおりの普及は済んでいるので、自動車が単なる「輸送手段」に過ぎないとしたら、今の産業規模ではなかっただろう。「新車が買いたい」「最新の自動車が欲しい」という「憧れ」の衝動と、それに基づく「ステータスシンボル」としての意味づけがなければ、ここまでの買換え需要はない。

クルマ離れの原因は若年層購買力の減少である」という記事が出ている。この記事にも「原因は他にもいろいろある」と断っているけれど、それでは若者が豊かになればクルマを買うか、というと、上記のように考えると、必ずしもそうでもないような気がしてならない。

私の古巣ホンダでは、もう何十年も前に、「バイク」でこうした「他の製品との競合」「当たり前と思われていたその製品への憧れが弱まっていく」というフェーズをすでに経験している。ホンダの人たちは、今クルマ離れ現象を目の当たりにして、このときの経験を思い出しているのかもしれないな、とふと思う。

eakaseakas 2009/01/14 14:49 アウトプットは必ずインプットとの相関関係があるのかと思います。
幼少の記憶を振り返るとポルシェやランボルギーニ、007に憧れていました。
全くもって影響の度合いを深く考えてはいなかったと思いますが、きっかけを与えたのは間違いなく両親だと思います。

aoringo12aoringo12 2009/01/14 17:07 eakasさんと同じで、私も両親の影響があると思います。
私の子供の時は父親が車好きでよく車の掃除などをしていました。さらに、近所のスーパーには精巧なミニカーの自販機(200円くらいだったかなー)が設置されており色々な車の造形美に感動し、触れる事ができました。
そう考えると今の子供は車に触れる事があっても、お財布事情から軽に乗ってあまり車を大事にしない(昔と比較して)親を見たり、アニメなどでもデフォルメされた車をみたりでその造形美に感動するような事が少なくなったのかもしれません。
そういえば最近は車のCMも少なくなってきまし、ロボットに変形したり小さくなったりあまり造形を一番手前におくようなCMも少なくなりましたね。

さとるさとる 2009/01/14 17:11 「馬車マニア」「駕籠マニア」のところで噴出してしまいました(笑)。さすが海部さん、引き出しが多いですね。ただ、自分は外資系の部品メーカーに勤めているので笑ってばかりはいられないのも事実です。「自動車産業で意思決定する立場にある人は、そういう可能性を念頭に置いておくほうがいいのかもしれない、と思う。」の部分、日本法人の社長と会う機会があるので、やんわりと言及してみようかなと思っています。

KK 2009/01/14 19:37 弟は「パトカー」になりたいと言っていたな。

ふみふみ 2009/01/14 20:37 極端な話になりますが、たとえば自動車メーカーが「乗り物絵本」の編集制作部門を真剣に運営してもいいと思うんですよ。あれほど小さな男の子が単純に喜んで、確実に影響を与えているものはないですからね。トヨタ自動車の元会長さんは経団連の活動や私立のエリートスクールの運営に熱心でしたが、それよりもっとお手頃なコストで社会に貢献しつつ自社の未来の畑耕しに繋がることっていくらでもあるでしょうし、それこそ大企業でしかできないある種のイノベーションだと思っています。でも日本でそういうことに許可を与えられる立場の人はすでに社会人としてのゴール地点にほぼ辿り着いていて、あとは名誉が欲しいという状況になっているからね……。

BaatarismBaatarism 2009/01/15 00:01 日経BPにはこんな記事もありますね。

消費を襲う“付加価値崩壊”の波 | 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090113/124572/

日本では衣料品消費がこの20年近くでほぼ半減しています。
「女の子は洋服がすき」という自明の前提も怪しくなってるのかもしれませんね。

gridgrid 2009/01/15 03:21 自分の周りでは、ミニカー&トーマス派 と レンジャー&ライダー派に分かれてます。レンジャー&ライダー派はその後アニメ派になる割合が高いです。ミニカー&トーマス派はその後賢そうなお坊ちゃんが多い印象が。。車が売れなくなった原因は線引きのレベルの高さと少子化だと思います。昔スズキのアルト47万円てcmが流れてました。バブル期にはエントリークラスとしてダイハツのミラとMAZDAのファミリアよく売れてました。ホンダのシティしかり。キーレスエントリー当たり前のご時世、いくら安くても、今あのレベルの車を出しても誰も買いません。バブル期に車に求める最低ラインが上がったのですが、はじけた後もそのラインは下がって来なかった。エントリーとして買ったくれる新成人も少なくなって当然台数でません。ホンダやトヨタは高利益の高級車と輸出頼みだった方向から既に向きを替えています。対環境の先(インサイトやプリウスの次ぎ)を見越して、ホンダもf1止めちゃったし、ダイハツもモータースポーツ止めました。トヨタのiq(実際140万〜)が60万円台だと多分シティぐらいの規模で売れると思うんです。そういう方向と、レンタカーやリースカーのサービスを広げてカーシェアリング時代にも対応して行こうとしているんだと思います。(土日休みの法人の社用車って週末だけドライブしたい人にとってはビジネス資源だと思うんです。)

technohippytechnohippy 2009/01/15 03:57 本筋とまったく関係ないですが、馬車マニア・駕篭マニアはいなくても「馬マニア」は一定数いたでしょうね。

nielknielk 2009/01/15 05:49 ステータスや象徴ではなくなってきたからなのかもしれませんね。
昔は車だとか電車というのは経済復興から発展の象徴でもあって、所有することなどがステータスであり格好いいことだという意識があったため、子供にもそれが影響していたのではないかと思います。
テレビでもそういう演出が強くありました。
例えば西部警察やナイトライダー、例えばウルトラマンや戦隊もの、例えば変形ロボ。
ですが、今は車や電車というものが当たり前のものとなってしまってステータスではなくなっています。
テレビでは優れた能力、特殊な能力をもった人物やキャラクターが活躍するものが多く、子供が乗り物に憧れを抱くきっかけのようなものが減ってしまっているのが原因ではないかな、などと個人的に思っております。
(最近の仮面ライダーは殆どバイクに乗ることすらないという話を聞いて友人は驚いていました)

shiroshiro 2009/01/15 15:27 そもそも男性にとって、車が「モテる」ファクターにならなくなったと悟ったからではありませんか?

バブルの頃は男性はモテるためなら「アッシー」になって女性の気を引こうとしました。
最近は女性の社会進出で女性は男性の内面に惹かれるという事実が知られるようになりました。
男性が車よりも、少しは内面を鍛えるためにお金を使うようになったのだと考えたいものです。

fatpapafatpapa 2009/01/15 17:56 本論にはおおむね同意ですが、導入の話はちょっとどうかと。
ごっこ遊びで車屋さんとか電車を作りたいという子は今も昔もあまりいない(いなかった)かと。運転手さんはいても幼稚園まででしょう。
ごっこ遊びではあくまでも自分が身近に接している大人を見てシミュレーションするものなので、車の営業マンのまねはしないでしょう。(ゆえにひとりでも作れる工芸系か自分で接客する販売系が多い)
車や鉄道に対する男の子の愛は、中段でご自身が述べられているように自力で制御できない(多くは巨大な)オブジェクトを操縦することに魅力を感じたり、それを動かす仕組みに関心を持ったりするわけで、ブロックならともかく、ごっこ遊びで車や電車を作りたいという子供はあまりみたことがないです。
それはともかく、確かに車を買うというステータスやこの車が欲しいという憧れや欲求は低下していると思いますが、個人的には車メーカが今までの作り方に安住しすぎてきた(旧態依然な仕様や万人向けのデザイン等)とも思います。

trshugutrshugu 2009/01/15 18:54 男子は車が好きなのが当然だったのか!知らなかった・・・

KK 2009/01/15 19:07 野生動物の雄は外見重視だが、野生が薄れてきたかね?
米欧人ならプリウスでも良いだろうが、アジアやアフリカ相手で小型だと軽く見られて駄目だろうな。相手によっては、見栄がまだ必要だろう。

oo 2009/01/16 16:45 馬車マニアはいなくても、騎士様にあこがれる少年はいたんじゃなかったかな…とまで考えてみて、「なるほど、これは『ステータス』への憧れそのものだな」と文意に納得した次第。

popopompopopom 2009/01/19 02:18 >自動車メーカーが「乗り物絵本」の編集制作部門を真剣に運営
 
それなんてコミックボンボン?
 
日本の車がメインに座ってる番組(カーグラTVはじめ芸能人がドライブで名所巡るやつとか)ってつまんないんすよねー。
おっさん臭いというか、チョイ悪臭がしててキモい。
乗ってる人が車の解説をすればするほど「こんな特徴がわかるボクってすごい」的な自意識が腹毛をチラ見させられてる感じで。
それと比べてtopgearはどのようにイギリス人が車を愛しているかがよくわかってオモロイ。ふざけてていい。
まあ日本であんなのやっちゃうと即苦情来るんでしょうが。

みーみー 2009/01/19 06:15 そういえば車の雑誌を買わなくなった。
欲しい車が無くなった。
都内に住んでいれば車が必要でない事に気づいた。
渋滞も嫌。

そんな僕は最近バイクに乗っています。
しかしバイクは車より悲惨な状態で生産終了が相次いでいます。
車もバイクのように競争力が無くなるんだろうな。