真木真道『ババヘラ』

 秋田では夏になると独特の形で氷菓が路上販売される。ビーチパラソルの下で椅子に腰掛けた女性が、ヘラを使って大きな缶の中のアイスを掬いコーンに盛って売る。ババヘラという。頬かむりをした独特のスタイルは農家の女性の副業だった名残だ。販売員は老女が多い。そこここの道路脇に一人佇む彼女らの姿は、ごく普通に景色に馴染んでいる。

 雪に閉ざされる時期に見かけるババヘラはこの世のものではない。真っ白な空間の中に浮かぶパラソルの毒々しい原色は、強烈な存在感を放ちながらもどこか朧気。絶え間なく降りしきる雪もその上に積もることはなく、空ろな異界へと向かうようだ。販売員の顔は暗く陰になり、頬かむりの中はぽっかり開いた深い穴のようにも見える。雪が層を厚くしても沈まず埋まらずそこに居て、そしていつの間にかいなくなるのが常。どこに現れると決まっているわけでもなく、亡くなったババヘラ販売員の霊とも決めつけられない。何がしかの妖かしなのは確かだ。

 ある人は庭にいて驚いたと語った。
 ある人は写真に撮ろうと試みた。携帯で撮った画面には自分の真後ろの風景が写っていた。
 真冬のババヘラからアイスを買おうとした肝の太い者もいる。近づけなかったという。一定の距離から先、いくら歩いても間隔が縮まらない。前進しているのは確かなのに。

 あれは狢だ、と老人が言った。アイス缶の中は雪だ。ただし去年の雪だ。なぜそう云い切れるのかさっぱり判らない。冬のババヘラは時折微動だにせぬままくしゃみをする。