来福堂『ニルヤの花』

いつ又、揺れるんだろうか。そう思うと、恐ろしくて堪らない。うつらうつらと、眠っては覚める。あれから、ずっとそうだ。
だから、これが夢かうつつか分からない。
見た事のないような、色鮮やかな花々を両手に抱えて、親父とお袋が笑っている。
あの日二人は、冷たい波に消えたのに。
「南だ、ずっと南。流れついたら、冬の無い島だったよ」親父が語った。
「雪、降らないんだ。だから懐かしくて」
そうかい、こっちは、今ずっと雪だよ。
「ああ、でも、花は降るんだよ。はらはらとな。それ見て、雪を思い出すんだ」
雪かき要らないんだろ。花だもんな。
「あんた、寝てないでしょ。眠れなかったら、母ちゃん、子守歌を歌おうか?」
冗談はやめろよ。俺はもういい年だ。
「ま、そんな訳だから、こっちはこっちで楽しくやっている。心配するな」
「ご飯、ちゃんと食べるのよ」
花が降って、はらはら降って、二人が見えなくなったのち、布団の温もりに包まれている自分に気付いた。やはり、夢だ。
体を起こせば、未明の薄闇が、ひたひたと部屋を満たしている。冬の夜明けは遅い。今日が始まる。そろりと布団から這い出した、その時、濃厚な花の香りがした。
そんな馬鹿な、と窓辺に近寄り、カーテンを開けば、窓の向こうの白い景色から、冬の気配が伝わってくる。気のせいだった。
気抜けして、足下に目をやると、畳の上、あの日の親父が被っていた、毛糸の帽子がある。拾いあげようとすれば、溶けるように消えた。その刹那「いけねぇ、母ちゃんが編んだんだ。怒られるわ」と微かな声がした。
暖かいんなら、毛糸帽は要らないだろ。
花の香りも消えゆく中で、いつか誰かに聞いた、遠い南の土地のその又とおく、海の彼方にあるという、常世の国の話を、ぼんやりと思いおこした。