なかた夏生『姉』

 わ、たしを産んだことを母はしら、ない、ない。とても小さかたから、姉の髪の毛のな、かにかくれんぼうし、てい、きてきた。母が姉のかみの毛に、くし、をいれる時こわかった。わ、たしと姉が七つになたとき、かくれ家をかえた。お米入れのはこの中のそこの方で生きることにし、た。まよなかにはこから出て、おかずののこりを食べた。姉にかくれて、がこうに行った。すきな人がで、できたけど、あきらめた。話せるけれど、話さない。も、もじはおぼえ、お、ぼえていない、ぜんぶ。
早くしなさい。母のこえが聞こえる。きょう姉はおよめに行く。わ、たしもいしょに行く。きれいなふくを着てるから、みみなかでかくれんぼうをする。中へは、はいていて、かべをやぶて、もと中へはいる。母のこえがもやもやとしかきこえなくなた。
きしゃの中はよくゆれた。姉のとなりの男の人のむこうに、うみと、たんぼと、鳥と、ななめになた、松の木がみえた。姉のまぶたはぬれていて、あたたかくて、泣いているのだとおもた。
姉のおなかの中にあかぼうができたのは、きしゃからおりてから、ずと後の事だた。
おなかの中で、あ、姉とあかぼうはつながていて、その中でかくれんぼうをして、くらした。長いことくらして、おなかがすいたらその糸をたべたけど、たべたらあかぼうがなくから、できるだけがまんした。
糸をたどってあかぼうの中にはいた。は、入った。入っていて、いって、あかぼうの目になた。はなになった。耳にもなた。あかぼうは泣かなくなて、私はあかぼうになれた。
姉の足の間から光が見えた。しばらくたって、姉は赤ん坊の私を抱いた。柔らかい櫛を、私の髪に入れた。「こんにちは」と言ったから、私は笑った。寒い夜、姉は私を抱いてくれた。私が暮らした米の箱の匂いがした。
「道、凍ってるから、ゆっくり歩きなさいよ」と姉が言う。
「うん母さん」と私は答える。
 私は、小学校まで田圃の中を、駆け抜けていく。